人は、知ることを快感と感じるという。  
 
 
 
   04 : By My Side  
 
 
 
「あ、これいいね」  
「どれどれ? へぇ、こんなのあったんだ」  
 化粧品の棚の前で、立花美幸と、宮村彩夏の二人はファンデーションを手  
の甲に塗って試していた。  
「新発売らしいよ。いい感じじゃない?」  
「だね。あんまり目立たないし」  
 腕を軽くあげ、光にあてて確かめる。その唇が艶々と光っているのは、近  
くに置いてあるグロスの試供品を試したからだろう。  
 
 日曜日の駅ビルの混雑はすさまじい。家族連れやカップル、それに交って  
私服の学生の姿も多い。彼女達もそれに交って、服を見たり小物を見たりし  
て休日を満喫していた。そうして最後に行き着いたのが、このへんでは珍し  
い、広いスペースのドラッグストアだった。すでに買い物もほとんど済ませ  
たのか、手には服の入った袋をそれぞれ二つ、握っている。  
「うーん、でも、今日は結構、使っちゃったしなぁ」  
「そうなんだよね。バイトでもしてりゃ、もっと使えるんだろうけど」  
 揃って溜息。名残惜しそうに試供品を戻し、彼女達は店を出る。  
「あー。早く大学生になって、バイトとかしたいよ」  
 彩夏の言葉に、美幸もうんうんと大きく頷く。何しろ、欲しいものは山ほ  
どあるのだ。いくらあっても追いつかない。  
「美幸は何か、してみたいバイトとかあるの?」  
「色々やってみたいよ。ウェイトレスとか、コンビニ店員とか、家庭教師と  
か」  
「最後のは美幸には絶対無理だと思うけど」  
「いやいや、わかんないよ? バカだから教えられることだってあると思う  
し。それに中学生なら」  
「はいはい」  
 ムキになって反論してくる美幸の声を聞き流して、彩夏はちょうど見えて  
きたビルの中のトリーズコーヒーを指差す。  
「とりあえず、休も。もう足がパンパンだし」  
「いいねー。お? なんか新作も出てるみたい」  
 コロッと態度を変えて、彼女は足早に追い越していく。その後ろ姿にこっ  
そりと苦笑をしながら、彩夏は歩みを少し速めたのだった。  
 
「あ、あそこ、空いてるよ」  
 冷えたモカとラテを一つずつ頼んで、ちょうど空いたばかりの席に座る。  
窓側の席で、駅前の広場を見下ろせるいい場所だ。  
「そういえば、この前に貸したマンガ、読んだ?」  
 椅子に座った途端に言われて、美幸は一瞬、キョトンと小首を傾げる。が  
、すぐに頷いて、  
「ああ、あれのこと。読んだ、読んだ。結構、面白かったよ」  
「でしょ? 特に最後なんて、素敵じゃなかった?」  
「うーん、まぁ、ね」  
 彼女の答えは、普段に比べて今ひとつ、歯切れが悪い。それが不満なのか  
、彩夏は机の上にわずかに身を乗り出して問いかける。  
「気に入らなかった?」  
「嫌いじゃないけどね。っていうか」  
 逆に顔をグイッと近づけられ、今度は彼女が身を引く。  
「魂胆、ミエミエ。ちょとわざとらしすぎだよ」  
 わざと目を細め、眉を顰める。怒っているのだ、というアピールだろう。だが  
そうして見せたところで、本気で怒っているわけではないのがバレバレ  
だし、逆に可愛く見えさえする。  
「ん? なんのことかなー?」  
 そんな感想が笑みとして表に出ることを必死に抑えながら、彩夏はなんと  
かとぼける。が、唇の端が微かに上がるのは止められない。  
「マンガの最後のこと。ヒロインが幼馴染を選ぶじゃない。前に貸してもら  
ったのも、そんな感じだったよね。ってか、その前のも」  
 これはなにかの偶然かなー? ニッコリと笑って問い詰めるのは、ドラマ  
か何かの登場人物の真似なのだろうが、ひどく迫力に欠けていて、決して怖  
いとは思えない。  
「プ……クックック、アハハハ」  
 とうとうこらえきれず、彩夏は思い切り声をあげて笑い出してしまう。一  
瞬、美幸はキョトンとした表情を浮かべて彼女を見た後、さすがにプイと顔  
を背けた。その仕草がさらにツボにはまってしまい、しばらくの間、彩夏は  
お腹を抑えて笑い続けるのだった。  
 
「ハー、苦しかった」  
「彩夏、ひどい」  
 ようやく笑いの発作が治まった彩夏に、美幸は口を尖らせて抗議するが、  
「やめて、その百面相。ホント、笑えるから」  
 また笑い出しそうになるのを見て、もう、と云うと同時に、コツンと彼女  
の頭を叩いた。ゴメンゴメンと云いながらも、まだニヤついてしまいそうな  
彩夏だったが、ストローでアイスのラテを吸い込んで表情を誤魔化した。  
「あんまりじゃない? そんなに笑って」  
「ゴメンってば。でもさ、さっきの話だけど」  
 強引に話を変えたのは彩夏の方。ついでに表情にも真剣みが増す。  
「まぁ確かに、意図がなかったわけじゃないよ。さすがに気付いてるみたい  
だけどさ」  
「いくらバカでも、あれだけ見せられりゃ気付きますー」  
 語尾を軽く延ばして、まだ怒ってるんだぞ、というポーズを取る美幸。だ  
からゴメンって、と謝ってから、彩夏は続ける。  
「でもさ、実際、ありかなしか、って言ったら、全然ありじゃないの?」  
 彼女がわざと誤魔化した人物を、美幸は正確に把握する。  
 九条正宗。美幸の幼馴染にして、無二の親友。  
「ちょっと無愛想で話しかけ辛いから、遠巻きに眺めてる子も多いけどさ。  
あれで案外、女子の間で人気だよ? 見た目、カッコイイし」  
「知ってるよ。私も何度か紹介、頼まれたことあるし」  
 美幸はさして驚きもせず、むしろ冷静に切り返す。今さらこれぐらいのこ  
とで、と言わんばかりの態度に、逆に彩夏が呑まれてしまい、そうなんだ、  
と呟いた。  
 
「実際に紹介したこともあるんだ。女の子と二人きりで出かけさせたりとか」  
「で、どうだったのさ?」  
「全然ダメだってさ。会話が弾まないらしくて。そんなの、普段の正宗を見  
てればわかると思うんだけど」  
 確かに彼はかなり寡黙な方だ。同級生の男子の輪の中にいる時はそうでも  
ないが、女子と二人きりの状況では、自分から喋るという方ではないだろう。  
その姿が容易に想像出来て、彩夏は苦笑する。  
 彼女自身、何度か正宗と一対一で喋ったことはあるものの、それほど多い  
わけではないし、会話が弾んだという印象もあまりない。  
「だから一緒にいて、つまんないのかな、とか色々考えちゃうんだって」  
「あー。あるある」  
 何を考えているかわからないから、不安になるのだ。話を聞いてくれてい  
ることは感じるのだが、反応が薄くて、どんな感想を抱いているのかが読み  
取れない。  
「けど、そうやって不安にさせる割には、優しいんだよね」  
 それがまたわからないわけよ。言って、彩夏は深い溜息をついた。さりげ  
ない優しさなことが、余計に難しく感じてしまう。好意と受け取っていいの  
かどうか、と。  
「私はそこらへん、よくわかんないな」  
「九条君のこと?」  
 そう、と頷く美幸の目はいつになく真剣だ。  
「わかんないし、もどかしい。正宗って、すごいいい奴だよ? それを皆に  
もっとわかって欲しい」  
 彼女の言葉に嘘がないことは、彩夏にも感じられた。そして確かに、美幸  
は心の底から、そう思っていたのだ。  
 正宗は確かに、無愛想に見えるかもしれない。あまり大声で笑ったりする  
ことはないし、無口だ。さらに黙っていると不機嫌そうに見える。  
 だけど実際は、とても優しいし、頼りがいがある。明るいとは言えないか  
もしれないが、意外にお茶目な部分も持っているし、何よりも一緒にいて楽  
しい男なのだ。  
 誰もそれがわかっていないことが、美幸は本気で悔しいし、もっと知って  
もらいたいと思う。見た目のかっこよさよりも、中身の方が数倍、いいと知  
っているから。  
「ベタ褒めだね」  
「そうかな? でも、ホントのことだし」  
 からかい交りの言葉に、あっさりと答えるモカを飲む彼女の素直さを、彩  
夏は眩しく感じる。他人のいい所を見つけ、それを素直に賞賛する美幸のあ  
り方は、自分には真似出来ないな、とも。  
「なら、さ」  
 だから、か。少し意地悪な気持ちが交った台詞を、彩夏の唇は紡ぐ。  
「自分が付き合えばいいのに。そんなにいいんだったら」  
「それとこれとは別」  
 予想していたかのように、一瞬の間もなく、しかもはっきりと美幸は答え  
た。そうして、彼女は視線を窓の外へと向ける。  
「いいとこいっぱい知ってても、好きにはならないもの」  
「どうしてさ?」  
「多分、正宗と幼馴染だから」  
 
 美幸の目が、駅前の広場を並んで歩くカップルを捉える。腕を組んで、幸  
せそうにして。  
 それを自分と正宗の姿に置き換えることが、彼女にはどうしても出来なか  
った。  
「私、正宗のことなら何でもわかってる。一緒にいて楽しいし、落ち着いて  
られる。でも、ううん、だからかな。好きって気持ちにはなれない」  
 黙っているのは、続きを促しているのだろう。チラリと彩夏の顔を見てか  
ら、美幸は続ける。  
「もっと知りたいとか、もっと一緒にいたいとか。好きって、そういうこと  
じゃないかな。違うかもしれないけれど、私はそう思ってる。で、私は正宗  
にそういう風に感じたことはないよ」  
「何でも知ってるから?」  
 答えの代わりに、コクリと美幸は頷く。  
 幼馴染で、ずっと長く一緒にいてきたからか、大体において、彼女は正宗  
の行動が予測出来る。普段はあまり意識していないが、次に何と言うかまで  
、正確に当てられることさえあるのだ。それだけ理解しているということな  
のだろう。  
 だから、というわけではないが、恋愛とは結び付かない。知り過ぎている  
からこそ、そういった感情とは一番遠い男性に感じられる。  
「じゃあ、さ」  
「ん?」  
 顔を上げた美幸に、彩夏は真剣な顔で問いかける。  
 
「もし私が、九条君を好きだ、って言ったら、どうする?」  
 
 壊したかったのだ、彩夏は。あるいは、羨ましかったのかもしれない。何  
でも知っていると、そう臆面もなく言える彼女のことを。  
 彼女の言の矢は、しかし目の前の少女には届かなかった。  
「勿論、そういうことだったら応援するよ。でも」  
「……でも?」  
「本気で好きなら、ね」  
 ジッと確かめるように見つめてくる美幸に、彩夏は苦笑して首を横に振る  
ことにする。  
「やめとく。嫌いじゃないけど、恋ってほどじゃないし」  
「なんだ、残念。彩夏なら、正宗とお似合いだと思うのに」  
「まぁ、本気になったら、その時はよろしく頼むよ」  
 冗談にする一方で、彩夏は思う。  
 軽い気持ちで付き合おうって考えられるわけがない、と。自分よりも彼を  
理解している人が側にいたら、きっとすごく辛いから。本気で好きにならな  
い限り、くじけてしまいそうだ。  
 しかもそれが一人ではなく、二人なのだから。彼女は、ここにはいないも  
う一人の幼馴染、忍の姿を脳裏に描く。あの子だって、正宗のことを良く知  
っているだろうから。  
「難しいもんだね」  
「何が?」  
「人を好きになるってことがさ」  
 キョトンとする美幸に、言ってみたかっただけさ、と彩夏は笑って見せた  
。あるいは他の少女達も、同じように太刀打ち出来ないと感じたのかもしれ  
ない、そんな風に思いながら。  
 
「それでさ、美幸にオススメのマンガがあるんだけど」  
「……また幼馴染ものでしょ?」  
「当たりっ! 今度のはさ、ホント、美幸にバッチリなんだって。ずっと側  
にいて、何でも知ってると思ってた幼馴染だったのに、実は彼はすごい秘密  
を抱えててさ……」  
「もーう! いい加減にしなさーい!」  
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル