茫洋大学所属の調査船、よっちゃんイカ丸は現在、某国の海域を航行している。  
海洋生物学の権威である、カナダのオッペケぺー大学教授、マイヤー氏による  
学術的調査がその目的で、茫洋大学は今回、勉強を兼ねたサポーターを務めて  
いた。  
 
「香澄、ちょっとこっちへ来てごらん」  
「なんです、教授」  
茫洋大学の学生である井下香澄はマイヤーに手招かれ、デッキへ出てきた。船  
は機材を積む為に、ちょっとした客船ほどの大きさもあり、嵐でも起こらぬ限り、  
波の影響も受けにくい。香澄は足取りも軽く、マイヤーの元へ歩み寄った。  
 
「これを見てみなさい」  
「・・・なんです、これ?」  
マイヤーの手には、見た事のない生物が動いていた。蛸の一種だろうか、ぺたん  
と潰れて、やたらとだらしがない姿だった。大きさは足の長さを入れても五十セン  
チくらい。見た感じでは、食用には不向きに思える。  
 
「蛸の一種だろうが、ちょっと妙なんだ」  
「妙?」  
「ああ、足の全てが精管になっている。しかも、足先には小さな棘が幾つもある」  
「棘?教授、手は大丈夫なんですか?」  
「棘といっても、キウイの毛程度の物だ。痛くも痒くもない」  
「珍しいですね、そんなの」  
「何か分泌しているようにも見えるが・・・これを、大学まで持って帰ろうと思うんだ  
が」  
「水槽の用意ですね」  
香澄は荷室へ行き、強化プラスティック製の水槽を持ってきた。  
 
「教授、この子、私の部屋で預かりましょうか」  
「頼む。私の部屋はすでにお客さんが一杯だからね」  
マイヤーは髭面を歪めて、大いに笑った。彼の言うお客さんとは、これまでに様々  
な海域で拾ってきた魚介類の事である。大学へ持って帰るにしても、えさやりなど  
専門的な知識が必要な為、他人任せには出来なかった。  
 
もっとも、勉強熱心な香澄だけは別で、彼女はマイヤーからの全幅の信頼を勝ち  
得ている。この珍客も、きっとレディの部屋の方が良かろうと、教授は言うのだ。  
「後で名前を付けてあげるわね、うふふ」  
珍妙な蛸を部屋へ持ち帰った香澄は、潮風にさらされてべたつく肌を清めようと、  
シャワーを浴びるつもりでシャツとショートパンツを脱いだ。  
 
長い航海で焼けた肌にくっきりと浮かぶ、水着の跡が悩ましい。乳房は大きめで、  
しっかりお椀型。そのくせ、乳首は薄桃色で、処女の如き貴さを帯びている。船旅  
ゆえ洗濯物を増やしたくない一心で、ブラジャーとショーツは普段、身に着けては  
いなかった。他の学生やマイヤーの目もあるが、香澄は今まで特に気にした事は  
ない。もし、誰かと男女の関係になっても、止むを得ないという割り切りがあるし、  
避妊さえしてくれれば良いと考えていた。  
 
「さて・・・と、あれ?」  
長い髪を束ね、ちょっとベッドに腰を下ろした時、ふと水槽を見ると、例の珍客が  
そこから出ようと足を伸ばしていた。  
「駄目よ、おいたしちゃ」  
香澄は無造作に近寄り、蛸の足を水槽の中に戻そうとして触ったその瞬間、体中  
に電流のような衝撃が走った。  
「あッ!」  
次いで、指先から波紋の如く拡がる痺れが襲ってきた。ほんの数十秒後には、香  
澄は眩暈と共に立つ事さえ困難な状況に追い込まれてしまう。  
 
「毒!」  
これほど回りが早いというのは、神経を侵す毒である可能性が高い。香澄は死の  
予感に包まれた。この若さで、外国の海上で果てるのかと思うと、涙が溢れてくる。  
その間に蛸は水槽を這い出て、横たわる香澄の傍らまでやって来た。  
「してやられたわ・・・」  
言葉など通じる訳もないと分かってて、香澄は毒づいた。勿論、蛸が何か言い返す  
はずもなく、ずるずるとその身を重たそうに引きずるだけ。  
 
ややあって蛸は女体の上を這い始めた。もしかして肉食なのだろうかと香澄が思っ  
ていると、  
「あッ!」  
可憐な乳首に、ちくりと棘が刺さるような感触を得たのである。  
「いやあ、なに、これ・・・」  
蛸の足が乳房にとぐろを巻き、その先端をぎゅっと締め上げた。乳首には断続的な  
痛痒感がもたらされ、香澄は思わず天を仰ぐ。  
 
「あッ!やめて!何か、変よ・・・」  
乳首がこれまでに経験した事のないほどに硬く尖っていた。キウイの毛ほどの棘  
が、乳首に何か毒のような物を打ち込んでいるように香澄は感じた。心臓に近い場  
所だけあって毒の回りは早く、乳房はすぐに赤みを帯びていく。  
「あ・・・ああ〜ッ・・・」  
何か泥酔したかのように、体が重い。頭がぼうっとして、理性が蕩けていくような危う  
さもある。蛸の足は相変わらず乳房に巻きつき、乳首を締め上げているのだが、そ  
れが心地良くてたまらない。  
 
「やだ、い、いくッ・・・おかしいわ、こんなの・・・」  
乳首を辱められただけで達する──香澄は初めて知る快楽に、ぶるぶると身を震わ  
せた。きっと毒を持った棘のせい──真っ白になりつつある頭の中で、香澄はそれ  
だけを考えていた。  
 
達した後も尚、蛸の乳首責めは止まる事を知らなかった。むしろ、棘に包まれた  
為、容易にこの責め苦から抜け出せそうにない。香澄はただひたすら、二つの  
乳首を犯されて喘ぎ続けている。  
「うッ、うッ・・・ああ・・うう」  
目は虚ろで口元も緩み、体全体が弛緩していた。大の字になった香澄の上に蛸  
が覆い被さり、嗜虐の限りを尽くさんとしているのである。  
 
しかも、蛸めは軟体であるのをいい事に、足を伸ばして今度は香澄の下半身へ  
と興味を注ぎ始めたではないか。どこまでもいやらしい畜生であった。  
「だ、だめ・・・へえ・・・」  
香澄はここで、マイヤーの言葉を思い出した。この蛸の足の全てが精管になっ  
ている──人間に例えると、手足全てが性器であるという事だ。  
 
蛸のオスは通常、一本だけ精管を持ち、それをメスの肛門へ差し込んで受精に  
及ぶ。だが彼奴は足の全てが性器、おまけにあの毒を出す棘がある。香澄は恐  
怖し、また絶望した。  
(あ、あんなのが、アソコで毒を出したら・・・)  
今も身を焦がす乳首への刺激に、女の敏感な部分を犯されたらどうなるのだろ  
う。そう考えるだけで、恐ろしくて仕方が無かった。  
 
だが、蛸は浅ましく香澄の女への侵入を開始した。  
「やめて・・・え・・え・・・」  
花弁を掻き分ける魔の手──いや、足が迫る。もとより痺れきった体ゆえ、抗う  
事は出来なかった。香澄はあっという間に、蛸に蹂躙されていく。  
「うぐぐッ!」  
何かこう麻薬でも打たれたように、香澄の脳内は澱み始めた。父母の顔や友人  
との思い出などが、走馬灯のように浮かぶ。あの棘から、やはり何か毒の如き物  
が放たれているのだろう、香澄の体が痙攣し始めた。  
 
 
ある日、某国の巡視船が波間に漂う船を一隻、発見した。船籍を調べると日本の大学  
が所有する船で、しばらく前から捜索願が出されている事も分かった。  
「無線にも応答がない。GPSの電波は発信してるのか?」  
「ありません。機械類の故障でしょうか」  
「かもな。おい、横につけろ」  
巡視船はよっちゃんイカ丸と書かれた船の横につけ、スピーカーで呼びかけるが、中  
からは何の返事もない。  
 
仕方が無いので武装した船員が乗船すると、饐えた臭いが鼻をついた。  
「あれを見ろ」  
デッキには血を流した外国人と思しき男性の死体が転がっていた。ポロシャツにはマイ  
ヤーと名が認められている。  
「すぐに照会しろ。俺は船内を調べる」  
船員が銃を抜いて船室をひとつずつ訪ね始めた。  
「誰かいないか」  
しかし、いるのは皆、物言わぬ死体ばかり。死後、数日という所だろうか、部屋に争った  
形跡はない。  
 
そしてある部屋に入った時だった。裸の女が怯えるように蹲り、船員に対して、  
「殺さないで!」  
と、叫んだのである。  
「私は海軍の者だ。君は誰だ?名前を言えるか」  
「・・・井下香澄。日本の大学生です」  
「捜索願が出てる名前だ。我が国は君を保護する。もう安心だ」  
船員が香澄に毛布をかけ、巡視船に連れて行った。よく見ると香澄は妊娠したように  
腹が大きくなり、かなり憔悴した様子だった。  
 
結局、生存者は香澄一人という事で、巡視船はよっちゃんイカ丸に船員を数名残し  
て、そのまま引き上げていった。後ほどヘリで鑑識を専門にする部隊がやってくる  
手筈になっており、それまでは現場の確保を命じられている。  
「計器類がメチャクチャだ。壊されたって感じだが」  
「誰かがやったんだろう。それと、あの子、妊娠していたな。可哀想に、酷い目にあ  
ったんだな・・・ん?」  
船員の一人が、艦内に設えられた監視カメラの存在に気がついた。  
 
ハードディスクタイプで、かなり長い時間、録画が可能な物だった。気まぐれに操作  
するとちゃんと動くので、船員は暇つぶしをかねてモニタを見始める。そして、二日ほ  
ど前の映像を見て愕然となった。  
「これは・・・」  
それには、裸の香澄が誰彼構わず性交し、その相手を絞殺する犯行の一部始終が  
映されており、船員は背に冷や汗を流す羽目となる。  
 
廊下や階段など、香澄はありとあらゆる場所で、学生やよっちゃんイカ丸の船員と性  
交していた。その後、相手が達した後で首を締め、殺している。ただ何の躊躇も見せ  
ず、淡々と殺害に及ぶために、何やら薬物による中毒患者のような感じであった。  
ついにはマイヤーにまで性交を持ちかけたが拒否された為に、香澄は素手で殴り殺し  
ている。その様子がありありと収められたビデオを見て、船員は何かおかしな所があ  
る事に気づく。  
 
「この時は妊娠していない・・・?たった二日前の事なのに・・・」  
先ほど乗船する時、香澄は確かに大きなお腹を抱えていた。ここで船員は急に思い  
立って巡視船へ連絡を取ろうとしたが、この船の無線はすべて壊されている。すでに  
トランシーバーでは電波の届かぬ場所にいて、巡視船への連絡は不可能である。船  
員は何か得体の知れぬ不安に襲われ、ただ呆然とするしか無かった。  
 
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