携帯で、彼女の差し出した名刺に記されたQRコードを読み取る。  
 名刺に記されている、星を抱いた三つ目の蛇の絵はは、超一流のメイド派遣会社、星智カンパニーのロゴだ。  
 わずかな接続待ち時間の後、液晶に表示されるのは一つの画面。  
 レベッカ=ウェザートップと名乗る女性の所属と所持資格だ。  
 
「MAPLE(国際メイド力検定試験)640オーバー!? 父さんも随分と凄いメイドさんを選んだんだな……」  
 
 念のためと彼女の所属を確かめ、そして立ち話も何だからと家に招き入れる。  
 お茶の準備なら私が、と言う彼女をまだ正式に雇った訳ではないからと制止し、慧は自分でコーヒーメーカーをセットする。  
 珈琲が入るまでの時間に、画面に記された彼女のメイドとしての能力をじっくり確認した慧は、改めてそこに記された彼女の能力に驚きの声を上げる。  
 人生の伴侶を選ぶ目は決して正しかったとは言えないかもしれない父だが、どうやらメイドを見る目はあったらしい。  
 
「自分で言うのも何だけど、星智カンパニーでもあたしみたいに優秀なメイド、そうそう居ないわよ」  
 
 ちょっと得意げにレベッカが言う。その口調は先程とは打って変わって砕けたもの。  
 実は彼女、玄関前では猫を被っていたらしい。  
 
「あんまり、この国の「ケーゴ」? うまくないのよ。もっとも、さっきまでの言葉遣いが良いなら戻すけど――」  
 
 考える。  
 確かに、メイドさんらしい口調のメイドさんは男のロマンだが……ざっくばらんな感じの金髪メイドというのも捨て難い。  
 それに、彼女の容姿と性格にはこっちの喋り方の方がぴったりくるような気がする。  
 ついでに言えば彼女のメイド服も、鎖骨が覗く程度に開いたフリル付きの胸元、膝を僅かに隠す程度のスカートと、どちらかと言えば活発なメイドさんタイプの服装だ。  
 それでいて不思議と下品な感じがしないのは、媚びるような態度など皆無な、さっぱりした彼女の性格ゆえか。  
 
「いや、レベッカさん――レベッカが喋りやすい方で良いよ。」  
 
 呼び捨てにするくらいは構わないだろうと言い直した。そんな慧にレベッカは目を細め、好意の表情を作る。  
 思わず頬が赤くなるのを感じ、慧は慌てて視線を逸らした。  
 
 母親が幼いころに出て行ったためか、慧はいわゆる男女の恋愛――恋人というものに対する興味が薄かった。  
 ゆえに、レベッカのストレートな感情表現に対し、どう返したら良いのか分からないのだ。  
 同性の友人のような付き合いをしているクラスメイト相手なら、普通に返せるのだが。  
 
「あ、こ……コーヒー入ったみたいだね。砂糖とミルクはどうする?」  
「あ、どっちも頂戴ー」  
 
 注いだ珈琲に、彼女は砂糖をスプーンで五杯、ミルクを三杯入れて掻き混ぜる。  
 素敵にライトブラウンとなった液体を、はふはふと冷ましながら、しかし美味しそうに飲む。  
 対する慧は砂糖を一杯だけ。ミルクはなし。ずずずと黒い液体を啜りながら、レベッカの顔を上目使いに伺う。  
 
 ――目が合った。  
 レベッカは悪戯めいた笑みを浮かべ、ぱちりとウインク。  
 慧の顔がさらに赤く染まり、レベッカは堪らず声を上げて笑った。  
 
「うん、いいよご主人様。その反応、初々しくて。あははっ」  
 
 からかわれた事に気づき憮然とする慧を尻目に、レベッカはひとしきり笑うと珈琲と共に笑いを飲み込んで表情を引き締め、傍らの鞄から一枚の紙を取り出す。  
 
「メイドが言うにはちょっと夢の無い話かもしれないけど……これ、一応契約書と注意事項ね。ざっとでいいから目だけ通しておいて」  
「あ、うん。わかった」  
 
 そう、彼女達も仕事として来ている以上、やるべき事とやって良い事、してはならない事についてはしっかりと決めておく必要がある。  
 
 今でこそ広く一般に膾炙して来たとは言え、日本におけるメイド黎明期は、トラブルとスキャンダルの嵐だった。  
 家庭という狭い場所で起きる諸問題は往々にして外部へ漏れ出ることも少なく、表沙汰にこそなっていないものの様々な事件が起こっていたと言う。  
 そんな混沌とした状況が好転するにはメイド法制定の翌年――いわゆるメイド革命が起こるのを待たねばならない。  
 なお、メイド革命と同様に、メイド法制定の年を一部では日本における新たなメイド文化誕生の年――メイド元年と呼ぶこともある。  
 これらの用語及び年数月日は国家メイド試験やMAPLEの頻出事項でもある。  
 
 ――閑話休題。  
 
 契約書に記された内容は、まあ妥当なものである。  
 
「あ、そうだ。部屋は……昔、僕の母親が使ってた部屋で良いかな? ずっと使ってなかったから掃除が必要かもしれないけど」  
「メイドだもの。掃除くらいなんでもないわ」  
 
 慧は慧で、契約書に記されていない部分の確認や、これからレベッカをメイドとして雇う上で決めねばならない事を積極的に詰めて行く。  
 一人暮らしが長いせいか、年の割には慧はこの手のことに慣れている。  
 
「買い物の時の財布は、専用の物を用意しておくよ。定期的にお金いれて置くつもりだけど、足りなかったら言って。  
トイレ、お風呂、冷蔵庫等の使用は自由に。ただし、おやつのプリンとか食べられたくない物にはメモを貼っておくか何かして自己主張しておくこと。  
後は――何かあるかな?」  
 
 契約書と、それ以外の諸事項をメモしたノートに視線をやりながらの慧の言葉に、レベッカはわずかに間を作って、  
 
「お父様――光太郎様のお部屋の掃除と整理はどうする? あたしがやっちゃってもいい?」  
 
 テーブルの上に視線をやっていた慧には、その言葉を発した時のレベッカの表情は見えない。  
 だから、ごく普通に考え、答えを返す。  
 
「そうだね……。でも、量が量だから、時間と余裕があって気の向いた時で良いよ」  
「ん、了解ー」  
 
 慧が視線を上げた時には、既に先程までと同じ悪戯めいた微笑の表情。  
 わずかに漂う不穏な気配も、続く言葉で消し去られてしまう。  
 
「あ、そうそう。忘れるところだった」  
 
 言って、椅子から腰を浮かせ、テーブルに両手を付いて慧の顔を覗き込むような姿勢をとる。  
 両腕によって強調された胸が、前屈みになったために大きく開いた胸元よりちらりと覗く。  
 思わず絶句する慧に、蠱惑的な表情で囁く。  
 
「当然のことだけど……えっちなことまでは、仕事に入ってないからね♪」  
 
 顔を真っ赤にして俯いてしまう慧に、再びレベッカが朗らかに笑う。  
 そんな、何の変哲もない平和な日常。  
 
 ――今はまだ。  
 
 

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