早朝、まだ日が昇る前に目が覚めた。  
 日の出を見るなんて、徹マンしてたときくらいだろうか。  
 シャワーを浴びて、洋服ダンスの前で考え込む。  
 他の二人はともかく、静華さんだけは筋金入りのお嬢様って感じだったから  
 変な格好で行くわけにはいかない。  
 「なぜか昨日着たブランド物のジャケットは没収されてしまったしなぁ…」  
 散々洋服ダンスの中身をひっくり返して、鏡の前で当てては変え当てては変えを繰り返して  
 あれほど余裕があった時間を無駄に浪費してしまった。  
 結局、もともと高級品なんか買わない俺は、彼女と釣り合う服なんて持ってなくて  
 できるだけ新しいTシャツとジーパンを出して、とどのつまりいつもの格好で行くことにした。  
   
 ほとんど始発の電車に乗り、待ち合わせの駅に着く。  
 相手はまだ来てないようだった。  
 缶コーヒーを飲みながら、辺りを見回す。  
 するとはるか前方から、黒塗りのリムジンがこちらに向かってくるのが見えた。  
 「あれだな……。  
  駅を待ち合わせ場所に指定したくせに、こういう登場かよ。  
  とりあえず、静華さんは諦めて他の二人に賭けるか……」  
 つい溜め息が漏れる。  
 もったいないけど、彼女じゃ俺といても可哀想なだけだ。  
   
 「すみません、お待たせしたみたいで…」  
 リムジンから降りてきた静華さんが深々と頭を下げる。  
 「あ、いや、俺が早く来すぎただけだから…」  
 そのまま走り去るリムジンを見送る彼女を見つめる。  
 上から下まで白を基調に清潔感ある服装できめている。  
 俺の身ぐるみを剥ぐより、彼女の指に輝く指輪一つ掠め取った方が何倍も儲かりそうだ。  
 「さて、どちらへ行きましょうか?」  
 静華さんが俺の方を振り向いて微笑みかけてくる。  
 「あ、じゃあ、どっかでめし…じゃなくて、朝食でも…」  
 「フフッ…、いつも通りの貴仁さんのままでいいですから」  
 まあ、ここでいくらいい格好見せても結婚したらバレるわけだし、お言葉に甘えようかな。  
 どうせこの最初の24時間は俺にとって夢みたいなものだ。  
 「それよりこんな時間にやっているお店をご存知なんですか?」  
 腕時計を見るとまだ6時前。  
 「うん、この先のファミレスなら24時間営業のはずだから」  
 「ふぁみれす…?  
  24時間も営業しているなんて、働き者の方が経営してらっしゃるんですね?」  
 真面目に聞き返してくる彼女を見て、思わず苦笑いがこみ上げてくる。  
 
 
 よく立ち寄る駅前のファミレス。  
 いつもの窓際の席で、いつものオムライスを頬張る俺の目の前には  
 本当なら別世界に住む女性が座り、物珍しそうに辺りを見回している。  
 しばらくして、自分の会計を済ませて店を出る。  
 「なにも頼まなかったね?  
  遠慮しなくても良かったのに」   
 この程度だったら、彼女の分も奢ってあげようかと思ったけど結局水を一口飲んだだけだった。  
 「あ、いえ、朝食は家で済ませてきたので……」  
 まあおそらくこんなとこで食事したことないんだろう。  
 「それより、どこか行きたいとこある?  
  そろそろその辺の店も開店しはじめる頃だし」  
 「あ、ではここの美術館なんていかがですか?  
  友人から招待券を頂いたので」  
 そう言って静華さんがカバンからチケットを取り出して見せてくる。  
 聞いたことない美術館だった。  
 もっとも学校の社会見学でしか美術館になんて行ったことのない俺には  
 この美術館が有名なのかどうか判断しかねるが。  
 
 その美術館は目立つところにあるわけでもなく、それほど大きいわけでもなかったが、  
 逆にそれがいい雰囲気を演出していた。  
 静華さんはここの館長と知り合いらしく、  
 入ってからは館長らしき初老の男性が付きっきりで展示物の説明をしてくれた。  
 あまりの優遇っぷりに周りから『何者だろう』という視線を感じるが  
 気にしているのは俺だけのようだった。  
 館長の話を真面目な顔で聞く静華さんの横で、俺ももっともらしく相槌を打ったりするが  
 絵心の無い俺には、裸婦画くらいしか記憶に残らなかった。  
   
 美術館を出て思わずまた溜め息をついてしまった。  
 「退屈させてしまったでしょうか…?」  
 静華さんが不安そうな顔で俺に尋ねてくる。  
 マズイことをしてしまったと、とっさに笑顔をつくる。  
 「あ、いや、こういうとこあんまり来ないから緊張しちゃって……。  
  でも、結構勉強になったし、面白かったよ」  
 「そ、そうですよね。  
  次は、貴仁さんの行きたいところへ連れて行ってくれませんか?」  
 そう言われて、自分がいつも行くところを想像するが、  
 とても彼女を連れて行っても楽しんでくれそうにない。  
 「貴仁さんは普段どういうところへ行かれるんですか?」  
 さらに顔を覗き込まれる。  
 いつも行くところと言われても……。  
 パチンコに静華さんを連れて行ってもなぁ…。  
 軍資金はいくらでも出してくれそうだけど。  
 カラオケ…。  
 馬鹿にしすぎかもしれないけど、静華さんは今時の歌なんて知ってるんだろうか?  
 ボーリングとかもちょっとなぁ…。  
 映画あたりが一番無難かもしれない。  
 
 
 かくして、二人で映画館に入る。  
 「なにか見たいのある?」  
 現在上映中の映画のラインナップを眺めて静華さんに尋ねる。  
 俺自身は、友達や前の彼女と来て、ほとんど興味のあるやつは見尽くしていた。  
 しばらく考え込んでいた彼女が選んだのは、タイトルからして歯が浮くような恋愛物。  
 あんまり俺の趣味じゃないけど、チケットを買ってきて彼女に手渡す。  
 静華さんは遠慮していたが、今回のチケットは俺の奢りにした。  
 今日はレディースデーで彼女の分はいくらか割引になった。  
 それでも、静華さんは隣でパンフレットを抱えて嬉しそうにしてくれる。  
 最低でも割勘を要求してきた前の彼女じゃこうはいくまい、と思うと俺も自然と笑顔がこぼれた。  
   
 席に深く腰を落としボケッとスクリーンを見つめる。  
 キャスト紹介を見ても誰が誰だかわからないうえに  
 内容は突っ込みを入れたくなるようなベタベタの恋愛物だった。  
 それでも最初の数分は、左手にポップコーンの入ったカップがあって、持ち堪えられたが、  
 それが無くなる頃には、今朝の早起きも手伝って睡魔との闘いになった。  
 隣の静華さんは真剣にスクリーンを眺めている。  
   
 
 気がつくと、たぶんラストと思われる場面になっていた。  
 主人公とヒロインが修羅場を向かえたところまでは記憶にあったが  
 今のスクリーンに映し出されている二人にとってそれはかるか過去の出来事のようだった。  
 「やべ、いつの間にか寝てたみたい……」  
 呆れられるのを覚悟で、隣にいる静華さんに謝って、座りなおそうとした時、  
 彼女も、俺の肩に頭を預けてすやすやと寝息をたてているのに気づいた。  
 そのままトイレに行くこともできず、静華さんがずり落ちそうになるたびに体を動かし  
 彼女の頭をすくい上げて、なんとか安眠を妨害しないよう気を配った。  
   
 彼女が選んだ映画だし、無理矢理にでも起こして見せればよかったのかな。  
 それにしても良く寝てる。  
 移動を徒歩にしたから、慣れてない彼女にとっては大変だったのかもしれない。  
 そういえば、すれ違うたびに振り返ってくる通行人が鬱陶しかったっけ。  
 大半の人は男だったから、静華さんを見るために振り返ったんだろうけど、  
 何割かはこの不釣合いな組み合わせに『あれ?』って顔で振り返ってたんだろう。  
 まだ俺の肩で安らかに寝てる彼女に視線を移す。  
 寝顔だけ見れば、この前まで高校生だった普通の女の子だ。  
 まあ、お嬢様ばっかりの有名女子高に通っていたらしいけど。  
   
 「……起きないなぁ」  
 俺はもう二度目のエンドロールを見て、つい呟いてしまう。  
 「あら、いつの間にか寝てたみたい……」  
 エンドロールの途中で、突然静華さんが目を覚ました。  
 「終わっちゃってますね……。  
  あの方と女の人が別れたところまでは覚えてるんですけど…」  
 静華さんが口に手を当て、小さく欠伸をする。  
 同じシーンで寝てたのかと思って、またつい笑ってしまった。  
 その笑いを勘違いされたのか、彼女は恥ずかしそうにしている。  
 「あ、その…、昨日の晩はなかなか眠れなくて……。  
  貴仁さんは全部見ていらしたんですか?」  
 「あ、うん、一応全部見たよ」  
 2周合わせてだけど、全部見たといえば全部見たのは事実。  
 「それにしてもずいぶん長い映画だったんですね」  
 時計に目をやると、確かに入ってから4時間以上は経っていた。  
 「いや、実はこれ2周目なんだよね…」  
 「えっ? そうなんですか…?」  
 それを言ってからまたマズイことをしたと後悔してしまった。  
 静華さんは、「せっかく奢ってもらったのに一人で寝てしまって…」と  
 映画館を出てからも終始申し訳なさそうにしている。  
   
 「それより、お腹すかない?  
  静華さんって昼も食べてないよね?」  
 すっかり日も落ちた空を見渡して、別の話題を振った。  
 「あ、そうですね。  
  実は夕食のために店を予約してきたんです、そこへ行きませんか?」  
 そう言われて静華さんの後を付いてタクシーに乗り込む。  
 連れられてきたのは、世界でも指折りの高級ホテル。  
 そこに、彼女が予約しておいた店というのがあるらしい。  
 エントランスを通り、ガラス張りのエレベーターで夜景を見ながら上に昇った。  
 この時は俺が辺りを執拗にキョロキョロしていた。  
 
   
 どんなものが食えるんだろう、と緊張しながらも期待に胸を膨らませていた俺だったが、  
 今はさっきより空腹の状態で駅前に座り込んでいる。  
 今日何度目かの溜め息が口から漏れる。  
 俺だけドレスコードに弾かれて、入店を許可してもらえなかった。  
 もともと自信なんてほとんどなかったけど、これでそのわずかな自信も消え去った。  
 もう見栄を張る気力も沸いてこない。  
 「すいません、全然気がつかなくて…。  
  私がもう少し気の効いた所を探しておけばよかったんですけど。  
  本当はあそこって夜景はいいんですけど、料理はいまいちなんですよね…」  
 静華さんは自分の方が恥ずかしい思いをしたはずなのに、  
 それでも隣に屈んで俺を励まそうとしてくれた。  
 「そのお洋服は、貴仁さんに良く似合ってるのに、何がいけないんでしょうかねぇ…」  
 いっそ愛想尽かしてくれた方が楽だったけど、  
 これじゃあ、『君と僕とは生きる世界が違うから』とか言って追い帰すこともできない。  
 適当に頷き自己嫌悪に浸りながらも、時間だけが無駄に過ぎていくのを感じる。  
 「お金を払って食事をしようとするお客を断るお店なんて、こっちから願い下げですよねぇ。  
  だから、貴仁さんはもう気になさらないで下さい……」  
 いろんな意味で俺にはもったいない人だ―――。  
 ここでまだ、うだうだと落ち込んでれば本当に愛想を尽かして帰ってしまうかもしれない。  
 けど、最後くらいは素の自分を見てもらっていい思い出にでもしてもらおう。  
 自暴自棄に近い決意が俺の中で固まった。  
   
 「よし! もう静華さんもお腹すいて限界でしょ?  
  お薦めの店があるから付いてきてよ!」  
 少し驚く彼女の手を引いて電車に乗り込む。  
 終電間際だというのに、結構人が乗っていた。  
 周りは酔っ払ったオッサンや、汗臭いサラリーマンばかり。  
 『この人は、おまえらが触れていい人じゃないんだよ!』と言わんばかりに  
 腕を張って空間を作り、人ごみから彼女をかくまう。  
 電車を降りて、そのまま彼女の手を引き寂れたラーメン屋に入る。  
 バイト帰りにいつも寄るラーメン屋。  
 かなり遅い時間になってしまったけど、いつも閉店ぎりぎりでも融通を利かせてもらってる顔馴染みの店。  
   
 「またこんな時間にきやがって」と愚痴る店主の前で、  
 こうやって食べるのが醍醐味なんだ、と大きな音を立てて麺をすする。  
 彼女も最初は、俺とラーメンの入ったどんぶりを交互に眺めていたが、  
 最後には一緒に空のどんぶりを置いて  
 「とても美味しかったです」  
 とにっこりと微笑みかけてきてくれた。  
   
   
 店を出て、缶コーヒーを一つ静華さんへ手渡す。  
 終電はなくなっていたので、タクシーを拾うために大通りにでる。  
 「必要な時に意外とないもんだなー」  
 独り言のように言いながら道路を見渡す。  
 そのとき突然、シャツの裾を掴まれた。  
 「ん、どうしたの?」  
 「貴仁さん…。  
  このマンション……」  
 「うん、このマンション?」  
 背後には地上10階建てくらいはある豪華なマンションが聳え立っている。  
 「最上階のワンフロア、私のものなんです……」  
 「………」  
 ポカンと口を開けたままそれを見上げる。  
 今まで目にも入らなかった、意図的に視界の外へ追い出していたような場違いな建物。  
 「よかったら、少し寄っていきませんか……?」  
 
   
 窓の外には、さっきのホテルと変わらない綺麗な夜景が広がっている。  
 ジャグジー付きの広い風呂にちょこんと膝を抱えて浸かりながら、  
 また今日の不甲斐ない自分を思い返してしまう。  
 言われるがままに彼女について最上階に着き、  
 また首が痛くなるくらい辺りをキョロキョロしていた俺に、静華さんが  
 「お先にどうぞ」と風呂を勧めてくれた。  
 なぜか風呂とかトイレだとどうでもいいこと考えちゃって長くなる。  
 
 「貴仁さん……」  
 突然ドアの外に人影が見えてハッとした。  
 そういえば、ずいぶんと長い時間風呂に浸かりっぱなしだった。  
 「あ、ごめん、すぐあがるよ」  
 「いえ、御一緒してよろしいですか……?」  
 あたふたとする俺の返答を待たずにドアがゆっくり開く。  
 タオルを体に巻いた静華さんが入ってきた。  
   
 そのまま浴槽の隣に座る静華さんに、嫌でも目が行ってしまう。  
 幸いジャグジーの泡のおかげで、暴走寸前の下半身は気づかれてないみたいだ。  
 しばらく無言だった静華さんがゆっくりと口を開く。  
 「私、小さい頃から貴仁さんのことを聞かされてきました。  
  私たちには、名家のご長男の許婚がいると……。  
  だから、私は幼い頃からその方にとってふさわしい女性になろうと努力してきました」  
 これを聞いて俺だけに黙ってた親父にさらに腹が立ってきた。  
 「だけど、あなたは想像していた人とはだいぶ違う方でした。  
  あなたにとって私はつまらない女性かもしれないですね…」  
 そう言いながら静華さんは困ったような笑みを浮かべる。  
 覚悟はできていたけど、フラれたな…。  
 しかし、そう確信した俺の手を、静華さんがそっと握ってくる。  
 「でも、貴仁さんは頼りがいのあるすごく素敵な方です。  
  だから…、もし、こんな私でも選んでいただけるなら、  
  喜んであなたの元へ嫁がせていただきます―――」  
 
 
 
   
 
それから、どれくらい経った頃だろうか。  
 風呂からあがった記憶はないけど、今はベットの上で横になっていた。  
 「まさか、夢……?」  
 上体を起こし辺りを確認する。  
 ここは確かにさっき静華さんと入ったマンションの一室だ。  
 問題は俺が何も身に着けていないこと。  
 「どっから夢なんだ……?」  
 頭をかきながら、記憶を整理しようとした。   
   
 「あ、気がつかれましたか?」  
 静華さんがコップを片手に寝室へ入ってくる。  
 「お風呂で気を失ってしまったんですよ。  
  のぼせてしまったみたいですね」  
 それを聞いてガクッと肩が落ちる。  
 てことは、風呂での一連のやり取りは俺の妄想か……?  
 「私が隣にいなかったら、危なかったかもしれないですね」  
 静華さんが隣に腰掛けて、俺にそっと水の入ったコップを差し出してくる。  
 それを一気に飲み干し、改めて見ると彼女も一糸纏わぬ姿。  
 ドキリとして身構えてしまった。  
 「あ、あの、私こういうの初めてなんです……」  
 視線に気づいてか、静華さんは頬を赤らめながら両手でそれとなく体を隠した。  
 「貴仁さんはそんなことないですよね……?」  
 「あ、あー…、俺も許婚とかいるって知ってれば、他の女とやったりはしなかったんだけど……」  
 「満足していただけるかわからないですけど、   
  やっぱり全てを見て判断してもらいたいから……」  
   
 
 
   
 
 ―――朝  
 
 マンションの前で、迎えのリムジンに乗り込む静華さんを見送る。  
 最後に名残惜しそうな顔で  
 「これからの二日間はもっと緊張して眠れそうにないです」  
 と言ってリムジンのドアを閉めた。  
 まだ昨夜の出来事を回想中の俺に、運転手の男が一枚の紙を手渡してきた。  
 「響華お嬢様からお預かりしてきました。  
  今日の待ち合わせ場所が書いてあるそうです」   
   
 

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