太陽が昇り始めるかどうかという薄暗い空の下、閑静な住宅街にある自宅へ向かう。
眠たい目をこすり、重い足取りで角を曲がり玄関の前に着く。
そのときうちの生垣の前に一人の女性がしゃがみこんでいるのが目に入った。
「遅いよ~! 遅刻だよ、遅刻!!」
静かに近づく俺に気づいたその女性が振り向いた。
一昨日静華さんの隣に座っていた次女の響華さん。
「んなこと言ったって、正確な時間書いてなかっただろ?」
先ほど受け取った小さな紙をひらつかせる。
静華さんと別れた時、運転手から受け取った紙。
その紙には『あなたの家の前で』とだけ書かれていた。
時間はおろか、駅の何番出口で待てばいいかまで明記されていた静華さんのメモとは大違いだった。
彼女は、響華さんはそういう女性なのかもしれない。
「ねえ、バイク持ってるんだよね? 乗せて乗せて!
海行きたいな~、私…」
本当はこういうノリの人の方が自分に合ってると思っていたけど、
静華さんみたいな女性と丸一日過ごした後だと、えらく感に触ったりする。
「ちょっと待ってよ。
風呂入って、朝飯食って、一眠りするまで…」
「なにバカ言ってんのよ! 早く行こうよ!」
彼女に強引に手を引かれガレージの方へ向かう。
「うわ~、何台車持ってんのよ…?」
両手じゃ収まりきらないくらいの数の外車が並ぶうちのガレージ。
「君んちだってそんなに変わらないだろ?
ちなみに俺が触れていいのは、
そこの自転車とそこにある中古で買ったバイクだけだから…」
「ふ~ん……、変なの。
ま、いいや、私こういうのの方が好きなんだよねぇ」
彼女は他の物には目もくれず、俺のバイクのイスを叩きながら笑顔で振り向いてくる。
逆にこの辺にある高級車の類は見飽きて、
俺のボロバイクみたいな庶民的な物の方に興味があるだけなのかもしれない。
結局彼女の押しに負けて、バイクを出しエンジンをかける。
「海行きたいって言ってたね?」
「うん、あんまり人がいない綺麗な砂浜がいいな」
響華さんが俺の渡したメットをかぶり、
後ろにまたがると大げさなほど俺の腰に回した手を強く握ってくる。
下道を走るくらいだと、ここまでする必要はないけど、
これも悪くないなと思って、あえて突っ込まないでおいた。
「この時間ならどこも人なんていないだろうから、近くの海にするよ?」
「うん、よろしくー!」
さらに背中に顔まで埋めてきた。
早朝の道は空いていて思いのほか早く海岸沿いまで出られた。
右手にはちょうど昇り始めた朝日と海が広がっている。
適当なところでバイクを止め、まだひんやりとしている砂浜に腰を下ろした。
隣に座って黙り込む響華さんを時々横目で見る。
当たり前だけど、黙っていると静華さんとは区別がつかない。
が、彼女は特に着飾ったりしていないため、
自分から言わなければ良家のお嬢様とはわからないだろう。
そんなところがちょっとだけ俺と似ているかもしれない。
「急に大人しくなったね?」
「そう……?」
「ここはお気に召さなかったとか?」
響華さんが無言で左右に首を振る。
「もしかして、眠いとか?」
「まさか……」
またしばらくの沈黙。
「あのさ、一旦帰って着替えだけでもしたいんだけどいい?」
「……うん」
また拒否されるかと思いきや、意外に素っ気無い反応、逆にちょっと気になる。
「ごめん、なんか俺悪いことしたかな……?」
しばらく黙って足元の砂をいじっていた響華さんがゆっくり口を開いた。
「お姉ちゃんの……、香水の匂い……」
ドキッとしてTシャツを掴み鼻に寄せる。
「いや、貴仁さんは何も悪くないんだけどね……。
…わかってはいたけど、こういうのって意外と辛いもんだね……」
「あ、え、その……」
声も顔も、性格以外のほとんどは瓜二つな二人だけど、彼女と静華さんは間違いなく別人。
別の女性だ……。
そして、心の中で二人を比べていた自分はずいぶん失礼だったかもしれない。
「ねえ、お姉ちゃんになんて呼ばれてたの?」
「え、普通に“さん”付けで……」
「やっぱりね~、じゃあ私は…」
彼女が言いかけたとき、俺はそれを遮るように勢いよく立ち上がる。
「あー、ストップストップ!
俺も昨日のことは思い出さないし、口に出さない。
他の二人と比べるようなマネもしない!
だから君もそんなこといちいち意識しないでよ、今日くらいは」
彼女の手を引いてゆっくり立たせてあげる。
「うん。
じゃあ、私、お腹空いちゃったから……」
「了解! なんでも好きな物奢ってやるよ」
再び彼女を後ろに乗せ、家に帰ると急いで着替えて街の方へ向かう。
「こういうのよく食べるの?」
ハンバーガーをかじりながら向かいに座る響華さんに尋ねる。
「まぁね、学校帰りとかに友達とよく来たし。 意外?」
「うん、ちょっとね…」
「ああ、私はお嬢様学校の出身じゃないから…」
「ま、いいや。
それよりどこ行こうか?
なんかリクエストある?」
「えっと、そうだなぁ……」
響華さんがジュースを飲みながら上目使いで考えている。
やっぱりこのへんも周到に準備してきた静華さんとは…、いやいやもう比べちゃいけない。
「遊園地行きたいな」
「遊園地?」
「うん、この前CMで見たんだけど、
世界最大のお化け屋敷があって、3回転ループのジェットコースターがあるってとこ。
知ってる?」
ファーストフード店を出て、目の前に停めてあるバイクにまたがる。
「たぶんあそこだと思うけど、1時間くらいはかかるよ?」
「いいよいいよ。
バイクで行くんでしょ?」
「まあ、せっかくだし…」
「じゃあ1時間はこのままだねー!」
響華さんがまたさっきのように腰に手を回して密着してくる。
だけど1時間もこのままだと、さっきから高鳴りっぱなしの俺の心臓が持たないかも…。
「あれ…、おっかしいな~……」
彼女の言う遊園地を目指していたはずだったのに、
今はなぜか見たこともない田舎道を走っていた。
そろそろ取り返しのつかないことになりそうで、一旦バイクを停めて辺りを見回す。
「どうしたの?」
「いや、その……」
店どころか民家もまばらで、辺りは山に囲まれたのどかな田園風景画広がるばかり。
「もうすぐ着くの? 楽しみだね~」
皮肉か本当に気づいてないのか、無邪気な笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「山が綺麗だねー。
ずっと運転してて疲れたでしょ?
こんなとこで一休みなんてのも悪くないよねー」
「あー、実はその…」
昨日から、やることなすこと裏目に出てる気がする。
いつものことだけど肝心なところで、ろくすっぽいいところを見せられない。
「ねえ、あっちに川原があるよ。
行ってみようよ?」
「あ、いや、それどころじゃ…」
響華さんにまた強引に手を引っ張られて山の麓に見える川まで走る。
ほぼ間違いなく見当違いの方向に来ている。
俺の少し前を走る彼女にいかに弁解したらいいものか。
黒く長い髪が、彼女が地を蹴るたびに揺れる。
すらりと伸びた手足はやや日に焼けていて他の二人とは違った印象を与えてくる。
だけどそれが妙に彼女に似合っている。
化粧やおしゃれに興味がないといった感じの素振りも、
地がいい彼女にとっては美しさを際立たせる一要素になってしまっていた。
「ねえ、水切りってできる?」
川原に着いてしばらく一人、水辺で遊んでいた響華さんが小さな石ころを持って俺の側に来た。
「そんな丸っこい石じゃ無理だよ。
もう少し平べったいやつを……、例えばこんな感じのやつ」
足元の適当な石を拾い上げ、姿勢を低くして水面に投じる。
石は七つほど波紋を広げ対岸にぶつかった。
「おー、やるね~!」
「まあ、一応野球やってたし」
「そうなんだ? いいフォームしてるもんね! …素人目線だけど。
私も体動かしたりするのは好きなんだよね」
「でも、俺は高校に上がるときには辞めちゃったし、たいした成績も残せなかったし。
響華さんみたいに自慢できるほどのもんでもないよ……」
「そうかなぁ? ま、多少は自慢になるけどね。
……もうやることもないだろうし、自慢ってよりは思い出かな」
「やることもない?
俺と違って才能あるんだから、もう一度なにかやってみればいいのに?」
結構真面目に返したつもりなのに、なぜか彼女に笑われてしまう。
「なんでよぉ? 私これからお嫁さんになるかもしれないのに。
私、家事も料理もダメダメだから、これからはもう少しそっちをやろうと思ってさ」
「え……?」
「私だって毎日旦那さんに、いってらっしゃいとかおかえりなさいとか言いたいし、
作った料理をおいしいって言ってもらいたいし…」
「へー、男ならたいていそういう奥さんには憧れると思うよ」
「…ホ、ホントに?」
って、他人事のように言ってから気づいたけど、旦那さんって俺のこと?
やば……。
今まで意識してなかったけど、気づいたとたん急に恥ずかしくなってきた。
これから自分のために、慣れない家事や料理をがんばろうと言ってくれる女性なんて荷が重過ぎる。
彼女も隣で顔を赤くして手に持った小石を弄っている。
いや、考えすぎかもしれない。
彼女はただ未来の旦那さんにそうしたいと言っているだけで、俺の為とは言ってないし。
彼女達にしたって、突然現れた男と結婚しなさい、なんて言われても易々と返事なんて出来まい。
ただ俺に理想を打ち明けてるだけだったりして。
ってまたこのスパイラル……。
辺りが夕焼けに包まれてきて、ようやくかなり長い時間が過ぎていることに気づいた。
「あ、あのさ、今さらで申し訳ないんだけど、道に迷っちゃったみたいなんだよね……」
「アハハ…、ホントに今さらだね」
「ごめん……」
「いいのいいの。
すぐに引き返してれば間に合っただろうけど、川で遊ぼうって言ったのは私だし」
響華さんが笑顔で言って手に持っていた石を投げる。
それもいくつかの波紋を残し対岸にぶつかった。
「戻ろうか?
今からすぐに戻ればどっかでいい飯でも食べれそうだし」
「うん」
「本当に申し訳ない!!!」
思わず道端に土下座してしまう。
辺りはすでに真っ暗で空には満月が輝いているばかりで、街灯もまばら。
来た道を素直に引き返していたところまではいいが、途中でガス欠になってしまい
もう俺のバイクは微塵も動く気配がない。
「いいよ~、そんなことしなくても。
しょうがないよ、こんな田舎じゃあねぇ…」
ガソリン残量がもうほとんど無いことはわかっていたが、探してもスタンドが無いほどド田舎にいた。
さらに間が悪いことに一昨日から充電していない携帯電話はもう電池切れ。
それでも近くに定食屋があったのが不幸中の幸い。
とりあえずそこに入る。
向かいの席では、響華さんが山菜の天ぷら定食を美味そうに食べている。
一方の俺は店主が許してくれる限り、コップに水を注ぎ空腹を誤魔化した。
「ホントに大丈夫?
お腹空いてないの?」
「うん……、ちょっと腹下したみたいで……」
まさかATMもない田舎に来るなんて想定していなかった俺の財布はもう空だった。
それでも一人分の持ち合わせくらいはあったのが不幸中の幸い。
彼女に辛い思いをさせずに済んだ。
響華さんが「私、海老苦手なんだ」と、特大の海老の天ぷらを一本口まで運んでくれた。
たぶん俺のやせ我慢なんて簡単に見抜かれていたんだろう。
でもそのサクッとした衣と染み渡る天つゆのおかげでさらに強烈な空腹感が襲ってくる。
再び夜道に出ると、来た道とは違う方向へ二人で歩き出した。
「ホントにこっちであってるの?」
時々不安げに聞き返してくる彼女に返事を返しながら、
少し後ろをバイクを引きながら付いて行く。
定食屋の女将さんにこの辺で一泊できる所はないかと尋ねたところ、
こっちの方にホテルがあると言っていた。
ホテルなら持ち合わせがなくても、カードでなんとかなりそうだし、
あてもなく歩くよりは、こっちの方が賢明な選択だと思った。
「ねえ、手伝おうか?」
「いや、大丈夫」
すぐに見えてくると言っていたけど田舎のすぐには俺にとってはすぐではないようだ。
もう眠気と空腹と、バイクを引きっぱなしで足は棒のようになっている。
「あ~、あれかぁ……」
突然立ち止まる彼女に気づいて、俺も顔を上げた。
目の前に見えたのは、派手なネオンと妖しい名前の、
見ただけでそれとわかるラブホテルだった。
「あ、いや、こ、これはその……」
女将さんから話を聞いていたのは俺だけだったし、
俺が初めっからこれ目的で連れて来たみたいに勘違いされているかも。
もうベットがあればダイブしたい気分なのに、変なプライドが邪魔する。
こういうホテルは個別に部屋が取れないとか聞いたことがあった。
しかし振り返った彼女はためらいのない笑顔を浮かべている。
「ま、いっか。
あなたが選んでくれれば、私はあなたのお嫁さんになるわけだし、
なにも、そういう相手に気を使うことはないんだよね……」
「………」
「でも私、初めてなんだぁ……。 ちょっと緊張してるかも……」
「…いいの、俺で?」
「うん、こんな不束者だけど、優しくしてください……。
そして…、もしよかったらこんな私でもお嫁にもらってください」
―――翌朝
響華さんの連絡で、彼女の家から豪華な車が迎えに来た。
三女の悠華さんが家で待っているらしいのでついでに俺も連れて行ってもらった。
運転手と執事らしき男が同席していたが、
二日連続で寝ていない俺は、彼らに対して体裁を取り繕う余裕はなかった。
そのまま崩れるように車のシートに横になると、響華さんが太ももにそっと頭をのせてくれた。
「ありがとう、重かったらすぐどかしていいから」とだけ伝え、目を閉じた。
こんな状態だと昨夜のことが夢に出てきてしまいそう。
無駄のないすらっとした体。
新体操をやっていた彼女の体は想像以上に柔らかくて、癖になりそうだった。
さらにベットの中だとやたらとしおらしくなる彼女は、静香さんとはまさに対照的。
究極の二択だ。
それももう少しで三択になるんだった―――
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