ふと気がついた。  
 どれほどの時間寝ていたのかわからないくらい泥のように眠っていた。  
 でも案外わずかの間だったかもしれない。  
 俺は未だに太ももを枕にして仰向けで横になっていた。  
 おもむろに上体を起こして頭をかく。  
 「昨日はごめんな…。  
  今度はもっとマシなとこに連れて行くよ……」  
 目をこすって、一つ大きな欠伸をする。  
 「人違いじゃない?」  
 朦朧としていた意識もこの一言ではっきりしてきた。  
 よく見ると目の前で正座している女性はとてもよく似ているが、響華さんではなかった。  
 そしてここはさっきの車の中ではない。  
 だんだん現状がわかってくると、冷や汗が滲み出てきた。  
 あえてこのまま寝ぼけたフリをしようか、謝罪しようか、  
 目覚めたばかりの頭が一瞬でフル回転する。  
   
 「悠華…さん……?」  
 「こうやって二人だけで会うのは初めてですね」  
 にっこりと微笑むこの女性は、三女の悠華さんで間違いないようだ。  
 いきなり出だしからまずいことを言ってしまったかなと考えてしまう。  
 「よく寝ていたから、起こすのも悪いと思ってそのままにしておきました。  
  きっと姉二人にそうとう振り回されたんですね」  
 すぐに素直に謝ろうと思ったけれど、最近やたら裏目に出てしまうので  
 あえて誤魔化し通したほうがいいかもしれない。  
 「でもさっきのは問題発言ですよ。  
  もう心の中では響華に決めてるってことですか?」  
 「あー、いや、寝ぼけててなにを言ったかさっぱり……」  
 「"今度は"って言ってましたよ。  
  それは響華には今度があるってことでしょ?」  
 意外に鋭いなぁ、この子。  
 「あ、それは……。  
  いや、彼女をろくな所に連れて行ってあげられなかったから、  
  お詫びにそのうちってだけで……」  
 「でも私と結婚したときに、そんなことしたらそれは浮気ですよ?」  
 「う、浮気……?」  
 「そうですよ。  
  じゃあ私は、貴仁さんに変な虫が付かないようにずっとお側で見張ってますね」  
 この精神が磨り減るような尋問、彼女には嫌われているんだろうか?  
 「な、なにを!?  
  それこそ犯罪になっちゃうんじゃ……」  
 「え?」  
 「だ、だってまだ悠華さんと結婚するかはわかんないし…。  
  い、いや、これは君をお断りってことではなくて、まだ考え中ってだけで……」  
 「そうですよね、まだお互いよく知らないですからね。  
  でも、お互いを知るのは夫婦になってからでも遅くはないんじゃないですか?」  
 「ふ、ふ、ふーふって…」  
 自分の顔が火照って赤くなるのがわかる。  
 まだただの大学生の俺には、実感の沸かない言葉。  
 
 「そ、それより、どっか行こうか?  
  奢るよ?」  
 「こんな時間に?  
  どこへ行くんです?」  
 なにやら嫌な予感がして、閉められていたカーテンに手をかける。  
 窓の外に広がった光景は、やたらと広い夏目家の中庭。  
 ただ、そこは漆黒の闇に包まれ、オシャレな照明で所々が薄明かりで照らされているだけだった。  
 「11時って、昼の11時じゃなくて、23時だったのか……」  
 寝起きにチラッと目に入った時計を見直して、肩を落としてしまう。  
 そのまま窓際に置かれた、大きなベットに力なく腰を下ろした。  
 「ごめん……。  
  でも、起こしてくれてよかったのに…」  
 「いえいえ、私はどこかへ出かけるより、  
  休日はこうやって家でごろごろして過ごすほうが好きですから。  
  まあ、今は学校に行っているわけでもなく働いているわけでもないので  
  休日もくそもないんですけどね」  
 そう言いながら、悠華さんもベットまで来てゴロンと横になる。  
 「さ、貴仁さんもどうです?」  
 彼女がベットの上をポンポンと叩き、俺にも横になれと催促しているような仕草。  
 それに甘えるように、両手を広げてベットに背をつけた。  
   
 「あーあ、マジで情けねぇ……。  
  ホントごめんなぁ、君だけ退屈させちゃって……」  
 ここ数日、癖のようになってしまった溜め息が口から漏れる。  
 「ちょっと失礼しますね」  
 悠華さんが近寄って来て、広げた俺の右手を枕のようにして懐で小さくうずくまる。  
 彼女とそっくりの女性と体を重ねたというのにこういうのばっかりは慣れないものだなぁ、  
 と、また火照ってくる自分の顔を左手で軽く覆う。  
 「べつに、退屈はしてないですよ。  
  寝顔、可愛かったし面白かったし」  
 悪い気はしないけど、寝顔をずっと見られていたなんて恥ずかしい。  
 それに一日中見るようなものでもない気がする。  
 「貴仁さん、ほっぺ突っついても全然起きないくらい熟睡してて…、  
  初めて会った女性にもクタクタになるまで一生懸命付き合ってる光景が浮かんでくるようで、  
  何があったか知らないけど、寝言でお姉ちゃんたちに謝ってるのがおかしくて、  
  それでも今はこうやってちゃんと私のことも気にかけてくれて……。  
  こんなに優しい人ならきっと幸せにしてくれる気がします」  
 小さい声で、ゆっくり、はっきりと悠華さんが耳元で呟いた。  
 それと同時に少し小さな手で、俺のTシャツをギュッと掴んでくる。  
 
 「で、でも初めて会う人にそれは言い過ぎじゃない……?」  
 「貴仁さんは本当に私たちのこと知らなかったみたいですけど、  
  私たちはよくあなたのこと聞かされてきましたから、それはないですよ」  
 俺は、まったく彼女たちという存在がいるなんて聞かされたことはなかったから、  
 まあ、普通の少年時代を過ごし、今に至る結果になってしまったんだが……。  
 「静華さんも言ってたけど、"よく"って?」  
 「ええ、もう写真なんてアルバムができるくらいたくさん」  
 「ア、アルバム…?」  
 たぶん親父以外悪意はないんだろうが、どこまでも俺を無視したプロジェクトだったようだ。  
 「まあ、写真と母が人伝に聞いた話を私たちにしてくれただけなので、  
  それぞれ、結構勝手な妄想を抱いていたかもしれませんけど」  
 そういえば静華さんは、俺の金持ちのお坊ちゃんってとこだけ強調されていたみたいだった。  
 「でも、あなたのような人だったら、姉たちもそうとう気に入ったでしょうね…」    
 「う〜ん、それなりに気に入られたみたいだけど……」  
 「そうですよねぇ…。  
  じゃあ、私の片思いだった人は、運命の人ではなかったんですねぇ……」  
 彼女は胸に顔を埋めてしまい、どんな表情なのか確認できない。  
 「え、それはどういうこと……?」  
 すべるように滑らかな彼女の髪に指を通して頭を撫でながら声をかけた。  
 「だって普通、私たちの中からお嫁さんを自由に選べって言われたら、上から順に選んでいくでしょ?」  
 「そんなことないと思うけど……」  
 「嘘……。  
  絶対初めて会った時、私が結婚するのは早いとか思ったくせに…」  
 あれ…、俺ってそんなに思ったことが顔に出やすいのか?  
 またつい左手で自分の顔をぺたぺたと触ってしまう。  
   
 「い、いや、いきなりそんなこと思ったりしないよ!」  
 とは言ったものの、微妙に間が空いてしまったし、焦ったように早口になってしまったし、  
 勘のいい彼女にはよけい変に捉えられてしまったかもしれない。  
 「あ、本好きって言ってたよね、どんなの読むか見せてよ」  
 なんでもいいから別の話題が欲しくて、彼女の自己紹介を記憶の中から手繰り寄せた。  
 それを聞いて、彼女もようやく顔を上げた。  
 「……いいですよ」  
 悠華さんが俺の腕を引っ張りベットから起こして、部屋の奥へ向かう。  
 
 少し目元が赤くなっているのが見えた。  
 他人の気持ちは鬱陶しいくらいに勘ぐるくせに、自分の気持ちも隠すことをしない人。  
 俺は今までの経験上、それほど自分の思ったことが他人に悟られていると感じたことはない。  
 だけどなぜか彼女は俺の些細な言動や顔色一つから気持ちを推測して、  
 のん気にもそれをほとんど遠慮することなく言ってくる。  
 でも彼女も自分の感情は隠さず態度や言葉にしてくれる。  
 そんなところが彼女が気が置けない女性に映った所以かもしれない。  
   
 「あ!」  
 突然悠華さんが振り返る。  
 また心でも読まれてしまったのかと思わず身構えてしまう。  
 「今、やっぱり単純で扱いやすい女だと思ったでしょ?」  
 やば、半分当たってる……。  
 「ち、違うって。  
  あれ、高校の教科書、あれって意外と文学性の強いものが載ってるじゃん。  
  あれでこういうのも面白いなー、とか思って、大学入って時間できたのを機に  
  俺もいろいろと読んでみようかなって思ってるんだ」  
 今度は逆に俺が彼女の背中を押して、早く行こうと促す。  
 「文学……?」  
 「そ、あーゆーのって結構ハマっちゃうよね。  
  すごい数の本持ってるんだってね。  
  やっぱ翻訳版だけじゃなくて、原版とかもコレクションしてるの?」  
 誤魔化そうとしてまた早口で思いつく限りなんでもいいからしゃべろうと思った。  
 「ほんやく…?」  
   
 「な、なにか勘違いされてるみたいですけど、  
  私こういう本しか読まないんですけど……」  
 そう言って悠華さんが通してくれた小部屋には、  
 身長の倍くらいある本棚が壁際に並び、そこには所狭しと…。  
 いわゆる、というか、漫画が綺麗に整列していた。  
 どおりで、俺でも多少なら有名どころの作家や作品は知っているつもりだったが、  
 まるで話がかみ合わないわけだ。  
 「あーあ、なんで勝手に私を文学少女に仕立ててるんですか?  
  これじゃあ、子供っぽいって思われちゃうじゃないですか……」  
 ざっと見た感じ、少女漫画から青年誌で連載されてる漫画、同人誌に至るまで網羅されている。  
 何万冊とか言っていたから、古今のあらゆるジャンルの漫画があるんだろう。  
   
 でも正直、天文学的な数の活字を目の当たりにするよりは、  
 こっちの方が何倍もマシだった。  
 「あー、でもすげーわかるよ。  
  俺も二連休もらったら一日は家でごろごろして過ごすし、  
  テスト前とかで切羽詰ってる時に限って古い漫画とか読みたくなるし、  
  それに一度集めだすと、なかなか止められないんだよね」  
 彼女より先に本棚に向かうと、両手に抱えられるだけ本を取り、  
 端にあるソファーに腰を下ろして、早速ページをめくり始めた。  
 「もういいです、そんなに気を使わなくて」  
 そのまま悠華さんは入り口の辺りでじっとしている。  
 俺は本を一旦置いて、彼女の元まで近寄って抱きかかえると、  
 ジタバタとする悠華さんをソファーまで連れてきて座らせた。  
 「いつまでもそんなつまんないこと言ってないでさ。  
  俺にはむしろこっちの方が親近感沸くけどな」  
   
 漫画本を一冊手渡して、いろいろ話しかけると次第に彼女も機嫌を直してくれたようだった。  
 スポーツ漫画を見ながら、「こんなんありえないって」とかありがちな突込みを入れ、  
 恋愛漫画を見ながら、「都合良すぎだよね」とやっかみ半分で笑ってみたり、  
 一話と最終話を比べて、「作画変わりすぎだね、さすがに」とか横槍を入れてみたり、  
 一通り読み終わるころには悠華さんもすっかり上機嫌になっていた。  
   
 「あ!」  
 また彼女が、思い出したように声を出して本を置く。  
 「また私のこと単純な女だって思いませんでした!?」  
 「………」  
 少なからず思ったけれど、ひょっとして疑り深いだけだったりして…。  
 「もうさ、どうでもいいじゃん。  
  そういうの意外と可愛いと思うけどな……」  
 またかという感じで、漫画のページをめくる手を休めず言い放つ。  
 そのまま俺は童心に帰ったように、ただ興味のある漫画だけを次々に読み漁った。  
   
   
 
   
   
 区切りのいいところで大きく伸びをして、目の前に積み上げられた漫画の山を見る。  
 適当に読み飛ばしたのも含めて百冊以上はあるみたいだ。  
 隣の悠華さんに視線を移すと、本を持ったままうつらうつらしている。  
 急に何もしゃべらなくなったと思ったら、眠かったみたいだ。  
 だけど、俺も一緒に居たとはいえ本を読んでいただけだし、  
 今度彼女を含めたみんなにちゃんと罪滅ぼしをしよう。  
 彼女の手から本を抜き取り、毛布でもかけてあげようとベットのあった部屋まで引き返した。  
   
 キングサイズの彼女のベットの毛布だと大きすぎかなと思い、  
 イスにかけてあったカーディガンを持ってまた奥の部屋へ戻る。  
 部屋に戻ると、すっきりと片付いたソファーの上で悠華さんが膝を抱えてうつむいていた。  
 「出しといてくれれば俺が片付けたのに」  
 そっと彼女の肩にカーディガンをかける。  
 「もうすぐ時間ですね……」  
 「時間?」  
 「私に与えられた時間は朝の6時までだから。  
  こんなことなら無理矢理起こしてもう少しお話しすればよかった……」  
 俺は適当にほっぽり出されたようなものだったから、  
 これに制限時間があったなんてすっかり忘れていた。  
 あと二時間か……。  
 ついこの前まで、俺が結婚なんてするのかと思っていたけど、  
 もう今は独身でいるのがあと数時間なんて妙な気分だ。  
   
 
 遠い目で見るともなく目の前だけを眺めていた俺の前に、  
 いつの間にか悠華さんが立っていて、背伸びをしている。  
 「ど、どうしたの?」  
 「まだあなたは誰のものでもないからOKですよね?」  
 そのまま彼女が両腕を俺の首にまわして、  
 しがみつくように飛び込んでくる。  
 「―――!!」  
 お互いの唇がそっと触れ合った。  
 「や、やっちゃってもいいですよ……」  
 つい返事も忘れ呆然と立ち尽くしていると、また悠華さんが恥ずかしそうに見上げてくる。  
 「背は一番低いですけど、胸は私が一番大きいですよ……」  
 彼女がそっと俺の手を掴んで、自分の胸まで誘導する。  
 「ホントですよ、ほら……」  
 みんなの正確な身長とか胸の大きさとか覚えてはいないけど、  
 彼女は確かに胸が大きい。  
 指先が触れると、彼女が下着を着けていないのがわかった。  
   
 
 
 
   
 
 
 
 
   
   
 ベットの縁に腰掛けて、朝日に照らされる庭をぼんやりと眺める。  
 三日連続で理性崩壊……。  
 彼女も初めてを俺に奉げてくれたとか、よけいに誰か一人に絞れなくなった。  
 もうどんなのでもいいからマイナス査定に繋がるようなものが欲しかったけど、  
 今思い出せるのはそれぞれのいいところだけ。  
 一つ深呼吸をして、脱ぎ捨てたTシャツを拾い上げ袖を通す。  
 「貴仁さん……」  
 声に反応して振り向く。  
 悠華さんがうつ伏せで寝そべったまま顔だけこちらに向けている。  
 「お姉ちゃんに捨てられたら、いつでも私のところに来てくださいね」  
 「縁起でもないこと言うなよ…。  
  それに、君を選ぶかもしれないのに……」  
 「実は巨乳好き?」  
 「バ、バカ!  
  生涯の伴侶を、そんなの基準に選ばないって…」  
 「まな板の響華よりはいいでしょ?」  
 「こらこら。  
  …まだ誰にするかは決めてない。  
  これから死ぬほど真剣に考えさせてもらうよ」  
 静かに立ち上がり、時計を見計らって彼女の部屋を出た。  
 答えを出すまであとどれぐらいの時間が残されているのだろう。  
   
   
 廊下に出るとなぜか親父が待っていた。  
   
 −――え!?  
 なんでこんなところに!?  
 いつから!?  
 悠華さん結構声大きかったから、聞こえてたりして…。  
 いや、こんな立派な家だし、防音設備くらい……。  
   
 あたふたとする俺に親父が近づいてくる。  
 「ちと早く来すぎたがな、おまえが花嫁を選ぶ席だ。  
  さすがに親も立ち会わんといかんだろう」  
 そう言って銀色に輝く指輪を二つ俺の手に置いた。  
 「え? 二個? 二人選んでいいの?」  
 「馬鹿者が!!  
  一つはおまえがはめるんだ!」  
 久しぶりに親父に喝を入れられた気がする。  
   
 左手の薬指に指輪を通すとスムーズに第二関節の下まで降りてピタリと止まった。  
 本当にいつの間に正確な寸法なんて測ったんだろうか……。  
 「本日の15時に、  
  彼女たちの中からまだおまえと結ばれてもいいという者だけ、この前の部屋に集まってくれる。  
  それまで彼女たちに会わなければこの屋敷の中のどこへ行ってもかまわんそうだ。  
  とりあえず食堂にでも行って朝食を済ませてきたらどうだ?」  
   
 もう頭の中は真っ白でなにも考えられない。  
 言われたままに、独身最後の朝食を済ませに食堂へ向かった。  
    
    

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