「なんでしょう、父上…」  
 広い和室にししおどしの軽快な音が響く。  
 話があるといって、父に呼び出された。  
 黒塗りの高価そうなテーブルの向かいで父が胡座をかいて座っている。  
 その背後には壺や掛け軸がこれ見よがしに並べられている。  
 美的センスや、古美術の知識に疎い俺にはそれらは単なるガラクタにしか見えない。  
 うちはいわゆる名家で、かつてはこの辺一体は全てうちの土地だったらしい。  
 使用人やお抱えの料理人もいるとんでもない金持ちだ。  
 だけど俺はその恩恵に全くと言っていいほど与れなかった。  
 地元の普通の公立の小中高を出た後、一浪して、普通に受験して地元の国立大学に入った。  
 父はなぜか俺に贅沢をさせてくれたことがなかった。  
 昔から小遣い制で、それ以上の金を出してくれた例はない。  
 どうしても欲しい物があるといっても、「バイトでもして稼げ」と言われてきた。  
 少なからず他人が羨むような生活は送ってきたが、  
 それでもこの家に生まれてきた以上もっと豪華な暮らしをしても当然だと常々思っていた。  
 結局、そこら辺にいるやつとたいして変わらない大人になってしまった。  
 
 「貴仁、おまえも、今年で二十歳だ。  
  面倒臭くて今まで黙っていたが、実はおまえには許嫁がいる。  
  そこで二十歳の誕生日を機に、結納を交わしてもらいたい。  
  相手方と、おまえが二十歳になったら結納を交わすという約束をしていたのをすっかり忘れとった」  
 初耳だが、冗談を言っているようには見えない。  
 「そ、そんな、突然なにを言ってるんですか……?  
  いきなりすぎますよ!?  
  それに俺には今付き合ってる彼女がいるんです!!」  
 両手で思いっきりテーブルを叩き怒りを露わにする。  
 「安心したまえ、その女なら手切れ金を渡して、おまえを諦めてもらった。  
  たった500万握らせただけで、二つ返事でもう二度とおまえに近づかないと約束してくれたぞ」  
 開いた口が塞がらない。  
 目の前で笑う親父に腹が立つというより、情けなくなってきた。  
 「だが一つ問題があってな……」  
 俺に発生した問題は一つどころではない。  
 だけどもう、なにも言う気力が沸いてこない。  
 「実は相手方は、三つ子の姉妹なんだ。  
  一方のうちは、おまえ一人しか子供がいない。  
  日本の法律では、三人と結婚することは許されていないのでなぁ、  
  おまえにもっとも気に入った一人を選んでもらいたいのだ」  
 「ハハ…、なに勝手なこと言ってんすか……」  
 「まあ、そう思うだろうが、相手方もそれで納得してくれた。  
  早速明日には彼女達に会ってもらう」  
   
 ―――翌朝  
   
 俺は気がつくと、車の後ろの席で横になっていた。  
 どっかの国の外車。  
 うちの車だけど、初めて乗った。  
 というか乗せられた。  
 昨日の晩飯に睡眠薬が混ぜられていたらしく、その後から全く記憶がない。  
 「おお、起きたか貴仁。  
  そこに今日のために仕立てたスーツがある。  
  あと30分くらいで着くから、それまでに着替えておきたまえ」  
 助手席に座る親父が振り返って話しかけてくる。  
 まだクラクラする頭をさすりながら、スーツを手に取る。  
 触り心地だけでも、十分高級とわかる逸品。  
 「初めて買ってくれた物がこれかよ……」  
 「シャツにジャケット、ズボン、ネクタイ、クツ、ベルトに至るまで  
  全て海外の一流メーカーの特注品だ。  
  おまえもたまにはオシャレしないとな」  
 なんか異常に腹の立つ言い方だったけど、こんな機会でもないと  
 これほどの高級品に袖を通すチャンスなんてなさそうなので大人しく言われたとおりにする。  
 
 慣れない手つきでネクタイを締める。  
 スーツは意外にも体にジャストフィットした。  
 いつの間に正確な寸法を測ったのかと思う俺の目に、さっきまで着ていた服が映る。  
 2万近くしたTシャツは、清水の舞台から飛ぶ思いで買った物だというのにえらく貧相に見えた。  
   
 しばらくして車が停車する。  
 「着きましたよ」  
 運転手が後部座席のドアを開け俺を降ろしてくれた。  
 「ほほう、馬子にも衣装とはこのことだな」  
 親父が俺を見て満足げな笑みを浮かべている。  
 「夏目……?  
  聞いたことねぇなー」  
 うちと負けず劣らずの広さを誇る豪邸の門柱についた表札が目に入る。  
 「ああ、おまえが来るのは初めてだからなぁ」  
 「けっ、いつの間にそんなに話が進んでいたんだか…」  
 いつものことだけど、親父は俺になんの相談もなく勝手にことを進める。  
 というか、毎度毎度直前になって『忘れとった』とかほざきながら  
 俺が断れないような状況に追い込んでくれる。  
   
 諦めて、親父の後をついて無駄に長い玄関までの前庭を歩く。  
 「へー、噴水つきの家なんてホントにあるんだなー」  
 噴水の中央でライオンが口から水を吐いている。  
 あからさまに金を持ってますよってアピールしてるような嫌味な彫像。  
 「こら、ポケットに手を突っ込むな!   
  型崩れするだろう!  
  あと、中では言葉遣いに注意しろよ!」  
 「は、はい、すいません……」  
 自宅にいるより、年の近い友達とその辺をぶらついていることの方が多かったから  
 いざお見合いの時に緊張して地が出てしまいそうだ。  
 相手はこの家の住人であるならば相当のお嬢様だろう。  
 いつもの俺ではまずいんだろうなぁ……。  
 
 さながら白亜の宮殿とでも言うような家のドアが開き中に招かれる。  
 最初に出迎えてくれたのは、10人近い女中とここの主らしき気品漂う女性。  
 親父と親しげに話をしているが、俺はおそらく初めて見る。  
 「…まさか、許婚ってこいつじゃないよな。  
  どう見ても40歳くらいはいってるし……」  
 「コラ、思ったことをすぐ口に出すな!  
  相手はこの人じゃない。  
  それにおまえより若い、みんな18だ」  
 また親父に一喝され、大人しく案内されるままに奥へついて行く。  
 たぶん大理石のタイルと、たぶん一枚数百万はくだらない絵画がいくつも飾られている。  
 思わず辺りをキョロキョロしていると、後ろをついてくる女中達に笑われた。  
   
 やがて一つの扉の前で、親父と主らしき女性が立ち止まる。  
 「ここまで多少の狼藉は目を瞑ってやったが、ここから先は決して粗相のないようにな!!」  
 親父がいつになく真剣な顔で話す一方で、主らしき女性は  
 「いつも通りで結構ですから」  
 と、口元を抑えながら上品に笑った。  
 いよいよ扉が開く。  
 無理矢理連れてこられたとはいえ、お見合いとなれば否が応でも緊張してくるものだ。  
 さらに、若き乙女三人のこの先の人生が俺の決定に委ねられているかと思うと緊張も倍になる。  
 物語の世界だと、たいていこの先には人間かと疑ってしまうような不細工か  
 絶世の美女がいるかの二者択一。  
 三つ子っていうくらいだから彼女達の容姿は似ているんだろう。  
 どっちにしろ一人だけ選ぶとなると苦労しそうだ。  
 まあ、俺の人生からいってこの先にいるのは8:2くらいで不細工が濃厚かな…。  
 ゆっくりと扉が開き、視界の先にテーブルにつく3人の女性が現れた―――  
   
 
   
 ―――夕方  
 
 帰りの車の中で、ボーっと考え込む俺に親父が話しかけてくる。  
 「どうした、貴仁。  
  えらく静かだったではないか?」  
 それもそうだ。  
 扉の向こうにいたのは予想に反して後者の方、つまり見たこともないような美人三姉妹だった。  
 正直誰をもらっても、俺にはもったいない美貌の持ち主ばかりだった。  
 「で、誰がお気に召したんだ?」  
 こんなに急に誰といわれてもなぁ――――  
 
 長女、静華(しずか)  
 名前の通り、物静かで上品で優しそうな話方をする人だった。  
 趣味は茶道と花道で、ホームステイの経験もありフランス語と英語とイタリア語を少し  
 とか言っていたが、たぶんめちゃくちゃ堪能なんだろう。  
 休日は知人の個展に出かけたり、クラシックのコンサートに出かけてり、乗馬に出かけてり  
 と、まさに絵に描いたようなお嬢様だった。  
 日本と海外に一つずつアトリエを持っているとかで、痛烈な次元の違いを感じた。  
 料理も、和洋中全てに多少の心得があるとは言っていたが、これもおそらく一流だろう。  
 正直、別の人を探した方が彼女のためになりそうだと思ってしまった。  
   
 次女、響華(きょうか)  
 名前の通り、他の二人に比べておしゃべりで元気が無駄にあふれていた。  
 趣味はスポーツで、見ることもやることも好きらしい。  
 中学時代は新体操で日本6位になり、高校時代は水泳でインターハイ出場経験を持つ  
 静華さんとは別の意味で、すごい女性。  
 小麦色に焼けた肌と、簡単に後ろにまとめた髪がいかにも庶民的だったが  
 最近テニスにはまっていて、長野にテニスコートつきの別荘を買ったという話を聞いたとき  
 次元の違いを痛感した。  
 料理は、目玉焼きとカップラーメンと白米を炊くことならそこそこ出来るらしいが  
 こんなことそこそこしか出来ないのは、人間として致命的だと思った。  
 一緒にいるだけでこっちも明るくなれそうだが、正直毎日一緒だと疲れそうだ。  
 
 三女、悠華(ゆうか)  
 名前の通り、マイペースでおっとりした雰囲気の女性だった。  
 趣味は読書で、休日は書斎にこもって好きなだけ本を読み漁っているらしい。  
 なんでも、書斎には10万冊の本があるとかで次元の違いを感じた。  
 俺も、SFや推理小説くらいなら多少知識があったのでその話題を振ってみたが  
 あまり、というか全く噛み合わなかったところを見ると、  
 俺では想像もつかない難しい本を愛読しているのだろう。  
 また唯一自前の衣裳部屋を持っている、洋服好きな人らしい。  
 他の二人に比べて子供っぽい一面が多いような気がした。  
 料理は、冷奴さえ作り方を知らないというほど女中任せな人だった。  
 たぶん一番一緒にいて気を使うことのない人だけど、正直まだお嫁に行くには早すぎる気がした。  
 
 
 「どうした、全員気に入らなかったのか?」  
 また親父に返答を急かされて、回想が中断された。  
 「いや、いきなりは決められないよ。  
  初対面だし、相手をあんまり知らないし、  
  ここまでの展開は目茶苦茶だったけど、相手は十分すぎる美人ばっかだし…」  
 「まあ、そう言うだろうと思ってな、  
  一人ずつと24時間だけデートする時間を設けた。  
  つまり72時間後に答えを出してくれればいいのだよ」  
 「いいのだよ、じゃねーだろ!!  
  72時間後に初対面の中から嫁を決めろなんて、普通の人には無理に決まってるだろが!!」  
 「ハハハ…、夏休みの宿題も最後の三日で終わらせたおまえなら出来るだろう?」  
 「だから宿題と結婚相手を選ぶことを一緒にすんな!!  
  相手もそんな軽い気持ちで選ばれたらいい迷惑だろ!!!」  
 「だから二人っきりでデートして気持ちを確かめればいいではないか?  
  少なくとも500万でおまえを振る女よりはまともな方々達だと思うぞ?」  
 頭の上まで上げた拳を振り下ろしたくなるのを必死に堪えていると  
 親父から一枚の紙が渡された。  
 「静華さんから明日の待ち合わせ場所と時刻を書いたメモを預かってきた。  
  おまえに渡しておいてくれだそうだ」  
 拳を緩めメモを開くと、待ち合わせ場所の駅と、時刻が書かれていた。  
 「おまえは肝心な時に寝坊してしまう癖があるからなぁ。  
  明日は寝坊しないように、今日はもう寝なさい」  
 親父がそう言うと、前の座席と後ろの座席の間に仕切りが出現して  
 後部座席の側だけにガスのようなものが充満してきた。  
 「な、なにすんだ、お…やじ……」  
 薄れ行く意識の中で、子守唄さえ知らない親父に腹が立った。  
    
 

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