「なんでー?なんで、ダメなのー?」
身内だけのアットホームな式の後新居に戻ってきた妻は、新婚早々不機嫌だった。
もしかすると安アパートの戸口をリクエストにお答えしてお姫様抱っこでくぐるときに、
蹴っつまずいて転びそうになって花嫁を落としそうになったからかもしれない。
「いや、そりゃ、その」
「そりゃその、って全然理由じゃないじゃん!」
そう言うと妻は、造花のブーケとベールを丸めてソファの上に放り投げた。新妻と言う言葉が泣きそうな荒々しさである。
「……ケッコンしたよね、あたしたち?」
した。したけれどそれは、自分としては不本意ながら衝動に負けてああいうことになってしまった彼女の立場を守るためで、
それ以上のいわゆる夫婦生活というのは、もう少し時が経ってからでも構わないことにしよう、と反省の意味で自戒していたのだが。
「言っとくけど、あたしの立場を守るため、とかいうのは聞き飽きたからっ!もう正式に籍入れたんだし」
そう言うと勝手にドレスをどんどん脱いでいく。それ、ちょっと脱がせてみたかったんだけど。
今そんなこといえそうな雰囲気じゃないか。
「いやほら、子供が出来たりすると」
「出来た方が、いいじゃん!」
「……え?」
「だって、若いお母さんって良くない?子供と一緒に遊べるしさー」
確かにすぐに子供が出来れば、ハタチそこそこの若いお母さんだ。
お父さんの方はは四捨五入したら四十になろうというのだから、決して若くは無いが。
「それにー、学生の方が、ゆっくり子育て出来るよー?休み多いし。
育ててから就職した方がいいじゃん、産休とか取りづらい職場も有るしー、そしたら先生の方が赤ちゃんと遊べるじゃん?ずるーい」
そう言うと妻は、ついにボタンが全部外れたドレスをするんと脱いだ。
脱いでもまだ胸から腰まで隠す長いブラジャー(ドレス用らしい)とドレスのスカートを膨らますためのバレリーナが着てるようなふわふわしたもの(パニエというらしい)を身に着けているので、あまり脱いだ感は無……って今それどころじゃない。
「いや、ずるいって言われても」
そういう状況で子育てすることになったら、確かにオレが大半の面倒を見ることになるだろう。
大学のセンセーとはいえマイナー分野の講師だし、大学の至近距離に保育園もあるし、そこに預けて子育てしている同僚も多いし……といっても同僚はほぼ100%女性だけど。
「だってー、ずるいもーん、先生ばっかり!だから」
妻はそう言って、振り向いた。
出会った時から何度も思ったが、小柄な彼女がこういう格好をすると、白い妖精か天使のようだ……口さえ利かなければ。
と思ったら、その口が背伸びしてオレの唇に押し当てられた。
「ねえ……あたしのこと、好き?」
しばらくして、妻はかすれた声で囁くと、オレの首に回していた手を素早くほどいた。
「いやそりゃ好きだから結婚したワケで……へっ!?」
オレが最後の言い訳を思いつく前に、妻は腰からふわふわしたパニエを落とし、指輪が光る手をオレの胸に置いて少し距離をとった。
気づいてやったのかどうかは分からないが、こうするとガーターとストッキングと下着だけ、という姿が抱き付かれているよりもよく見える。
「……ほんとは、あたしじゃ、嫌なの?」
俯いて泣きそうな声でそう言った妻の髪は、よく見るとかすかに震えていた。
「……ほんとは、あたしじゃ、嫌なの?」
俯いて泣きそうな声でそう言った妻の髪は、よく見るとかすかに震えていた。
まさか。
泣いているのか。
前に一度だけ見たことの有る泣き顔が、脳裏をよぎった。
実は、妻とこうなったきっかけは、気の強い彼女が滅多に見せない泣き顔にやられたからなのだ。
「あー……えっと、ね……」
こんな時に言うべき言葉の一つも浮かばない、研究馬鹿と言われた頭。
嗚呼、オレの役立たず。最低男。
結婚したばっかりの愛する新妻をこんな気持ちにさせるなんて、夫失格。それ以前に、大人失格だ。
容姿端麗将来性充分性格イマイチ……は置いといて、とにかく、こんな分不相応な子がオレなんかの傍に
居てくれることを選んでくれたのに、他に何を望むというのか。
彼女のたまの――じゃない、日々の――でもないな、毎時毎分毎秒の我が儘くらい、聞いてあげればいいだけじゃないか。
改めてそう心に決めて、名前を呼ぼうと口を開いた、その瞬間。
「いいもんんんんんんんんんん!!!」
「え?」
「も、分かったもん!あたし今日から、不良妻になってやるぅぅううううううううううう!」
「不良……妻って」
唖然。
どうやら妻は泣いていたのではなく、怒りで震えていたらしい。
だが、不良妻。新婚早々浮気か。不倫か。まさか、家出か。お願いだから捨てないで。
「あたしあたしあたし、せんせの嫌いなこと、しちゃうんだから!ピアスとか!ヘソ出しとか!」
「へ・・・そ?」
妻は予想外のことを口走ると、無理矢理ガーターを捲った。こんな時にナニだが、彼女の足は本当に綺麗だ。
見てると小さな爪の先まで満遍なく舐……いや違う今は自分の趣味どころじゃ、ホラ。
「足なんか足なんか、こーんなに、出しちゃうんだから!!!」
「……あー」
そんな理由で、ガーターを捲られても。流石にそういう服は無いだろ、下着と水着くらいしか。
「そんで、ご飯も、好きに作るから!大体さー、スパゲッティとかうどんとかはー、立派なおかずなんだから!
日本人の基本調味料は、マヨ!今日からウチは、目玉焼きには、ソースとマヨ!納豆には、たれとマヨ!」
「……はあ」
人の家に押しかけては怒涛の炭水化物乱立献立を平気で作る妻、オレが目玉焼きにも納豆にも醤油しか
かけないのを知っている妻は、色っぽい姿に不似合いな、駄々を捏ねる子供のような地団駄を踏んだ。
「お菓子とかだって、好きに買っちゃうもん!それ全部あたしが食べて、お金は食費から取っちゃうもん!」
「……それは」
無理かも。食費が底をついて、結局妻のバイト代から補填することになるのがオチだ。
ちなみに妻はこんな性格だが、子供の頃から和風の稽古事にいくつも通っていたらしく、茶道と華道と日舞と書道の
免状を持っている。それで今は、師匠の補佐としてそれらを教えて、バイトにしてはかなりの額を荒稼ぎしている。
時給にすると、オレより絶対高給取りだ。
ここまで考えて、どうして彼女が自分と結婚したのか、どうも分からなくなってきた。
例のアヤマチがあったとはいえ、今時そんなの珍しくも無い。
経済力も容貌も容姿もハイレベルな彼女が、何故各方面でローレベルなオレの嫁になろうと思ったんだろう。
彼女の優位に立てるのは、性格くらいか。あと言葉遣い。
もっともどちらも彼女のレベルが低すぎるので、比べてもあまり意味が無い。
「ねー!!!あたしの話、きーてるっ!?」
ぐだぐだ考えていたら、思いっきり耳を引っ張られた。痛い。
「聞いて、ます……から、その手離して」
「あのね!この際、はっきり、言っとくけどっ!!!」
耳を手荒に離すと、妻は鼻息荒く胸の辺りで腕を組んだ。
そうやって腕を組むと体格の割りにボリュームのある胸がほどよく潰れて、ブラの上からはみ出し……
いかん。こんなことを考えてるのがバレたらどうなるか、考えるだけでも恐ろし……
「あたし離婚は、しないから!ぜったい!!」
「え。」
ヨコシマ方面に流れがちな思考は怒号でぶっちぎられ、話はいきなりぶっ飛んだ。
この子は、何を言い出すんだろう。先が、見えない。
妻は組んでいた腕をほどいて握り拳を作り、ぶんぶん振った。
「だーかーらー、わ・か・れ・な・い!!!!!せんせがホントはもっと大人な女の人が良かったって思ってても、あたしみたいな子供と結婚しちゃって失敗したって思ってても、そのうちあたしのことに飽きても、」
「…そんな」
そんなことを、考えてたのか。悪いけどそれ全部、オレの方では1ナノ秒も考えた事が無い。感動とショックで固まっていたら、妻の言葉はまだまだ延々と続くらしかった。
「せんせがよぼよぼのおじーちゃんになって寝たきりになってボケても、その時あたしがすんごい色っぽくなっててモテモテでも、ぜったい、ぜーったい、ぜぇぇええええったあああああいい、別れない、もーーーーん!!!!!!!!」
正統派花嫁ランジェリーに身を包み(というほど包まって無いが)拳を握り締め、頭から湯気が出そうに怒っている、
自分とはかなり年の離れた、妻。もし自分がいわゆるヤンキーな青春を送っていたら、娘だったとしてもおかしくない程の。
「……それ、本気?」
怒れる妻に手を伸ばす。噛み付かれても構うもんか。
「だって、誓ったじゃん!忘れてないよね、あたしたち、一生」
頬に触れたら、見上げて視線を合わせてきた。
「『富めるときも貧しきときも』」
教会式のお決まりの台詞だ。実は二人とも信者ではないのだが、教会が挙式費用が一番安かったのだ。
「あ、それ、ごめん、さっきはさすがに言えなかったけど、多分一生富めるときは来ない気が」
「いーからせんせは黙ってて!それからー、『病めるときも健やかなるときも』っ!」
頬に止まった蚊かなんかのように、ばちんと人の手を叩く。痛い。全然健やかじゃない。
「『お互いに、愛と誠実を捧げ合う』……んだもん!!もう忘れたの、トシのせいでっ?!」
そう言うと、叩いた後の手をそのままオレの手の上に重ねて、頬を擦り付けてオレを睨みつけた。
「いえ、さすがにまだそれは忘れてません」
「ごめんなさいはぁ?優柔不断な夫にホンローされる可哀想な新妻のあたしに、ごめんなさいして!」
どっちかというとこっちが翻弄されてる気がするが、話がややこしくなるのでその事は記憶から消し去ろう。
「ごめんなさい。すみません。なんならもう一回誓います、『貧しきときもそれよりもっと貧しきときも』」
「いーよ、もー!」
良いよ、と言ったのに、彼女はなにやらぶつぶつ呟き続けている。
「もー……なんで分かってくれないのっ」
これを軽く見てはいけない。きちんと汲み取ってあげるのが、夫婦円満への第一歩である。
「分かってって、どういうこと?」
「……式で誓ったからってだけじゃ、ないんだもん」
そう言うと、ぎゅうっと腕に抱きついてきた。汲み取り成功。視覚から触覚へ、刺激バトンタッチ。
「好きなの。」
「う」
いきなりまた、爆弾発言を。しかも打って変わって態度がしおらしい。何の罠だ。
「好き。大好きなの、何でか自分でもわかんないけど、でも好き」
何の罠かは全く分からないが、どうでも良いからかかってみよう、という気分になってきた。
これが罠でも一時の夢でも今後残りの結婚生活を妻に牛耳られることになろうとも、この誘惑に勝てる気がしない。
「ほんとに、好き」
「……うん」
「うん?!うん、だけぇ!?」
仮初めの化けの皮は剥がれやすい。妻のしおらしさはしおれてしまって声が尖った。
「あ、えーと……有難う。」
誠意を尽くした言葉のつもりだったのに、妻は更に不機嫌になった。
「ありがとなんて、やだ!」
「え。」
有難うと言って、拒否される。日本の美徳が砕け散ったぞ。
「そーじゃなくって、好きって言って!」
「は?」
「好きって。あたしのこと好きって」
「ああ、『好き』。」
「あーって、何!とってつけたみたいのは、や!」
「すみません。じゃあ、『好き』」
「じゃーって、何!」
「…『好き』」
「じょーねつが足りない!」
「『好きだよ』」
「軽すぎ!」
「『好きだぜ』」
「ウザい!」
この調子で、小一時間。
花嫁が心から満足してくれるまで、ギネスブックに載りそうなくらい、何度も「好き」を口にした。
「これ、脱がせていい?」
好き好き攻撃にようやく合格点が頂けたところで、花嫁のお望みのままに、下着姿の彼女をお姫様抱っこでベッドに運んだ。
彼女を無事に横たえて、自分は取り合えず床に膝立ちでベッドにがっくりともたれた。
落下の危機が回避できた安心感でどっと疲れた。ロマンティックは年には勝てない。
「そーゆーの、わざわざ聞くー?オヤジくさー」
「そりゃ、実際充分オヤジだし。……ほんとはドレスも脱がせたかったんだけど」
でもドレスは、花嫁がさっき手荒に脱いでしまった。未練がましく言ってみたら、花嫁は意外と機嫌を損ねなかった。
「じゃ、あとでもっかい着てあげる」
「ほんと?!……いや、やっぱりいいや」
「どして?あたし別に良いよ?」
「や、でも、汚したら困るし」
会話しつつもながーいブラジャーとさりげなく格闘する。フォーマルな下着って、どうしてこうややこしいんだろう。
「なんで?クリーニング、レンタル代に含まれてるよ?」
「いや…もう一回着たら多分それで済まないしつこい汚れがスカート辺りに」
絶対追加料金決定な感じの、でも色的には問題ない感じの…とは言わなかったのだが。
「ばかっ」
夫婦相和し。伝わったらしい。その証拠に顔が真っ赤だ。
「うん、馬鹿ですよ。知らなかった?」
下着と格闘して更に疲れたので、小休止で下着から離れた。彼女が耳に付けっぱなしの真珠のイヤリングに気付いたので、
ついでに外して差し上げる。長時間付けていたせいか、美味しそうな耳朶が赤く鬱血している。手当て代わりにちゅっと二、三回キスしておいた。
「きゃ!みみ、やぁんっ……知らなーい、だってせんせ、大学のセンセーだもん、ばかじゃないでしょ?」
「いや、充分馬鹿ですから。奥さん限定の馬鹿」
「やだー、そんなの、へんなのー……あ、やん」
下着を脱がすのがどうにももどかしいので、ホックを外しながらレースの上から、胸の一番高まったところを軽く齧った。
そのうち白い肌が露になりはじめたので、顎でレースを避けて直接そこを口に含んだ。
「うー、くすぐったいぃい…ふ?……ぁ…んんっ」
片方の先端が自分の唾液で濡れて硬く立ち上がったところで、手でその滑りを使って強弱を付けて揉んでゆく。
形状記憶機能が付いているんじゃないかと思うほど張りのある感触は、何度触ってもいつまでも飽きない。
片方を弄くりつつもう片方も口に含んで舌と歯で甘く嬲ると、オレの頭を両手で抱えた妻の手が、髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「ぁ…あ、んっ……」
「感じる?」
「そんなのっ、あ」
背中に手を入れて少し持ち上げて、ごわごわした長いブラジャーを妻の体の下から抜き取った。
「……き…かなくっても、分かる、よね?」
呼吸も思考も乱れ始めた妻は、言葉が上手く出てこなくなってきているようだ。
「ううん、全然分からない。」
「ば、かっ」
また妻にぽかぽか叩かれた。今度は耳や手のときと違って、何故か痛くない。
「ばかっ……やだ、あ、えっち、ばかっ」
「うん。でも馬鹿じゃなくて、大馬鹿かも」
そう言いながら、さっきの言い争いで脱ぎ損なってた自分の式服の残りを脱ぎ捨てて、ベッドに上がって花嫁にのしかかると、安いベッドがぎしっときしんだ。
オレの下の新妻はオレの方に柔らかな腕を伸ばして首に絡めると、潤んだ目と濡れた唇で艶やかに笑った。
そそられ過ぎて、目が眩みそう……ってのは大袈裟か。
「ねー?」
「何?」
何でしょう。オレ、今ちょっと忙しいんだけど。
現在、君にキスしつつガーターとの摩擦係数が高いくせにやたらと布切れの少ない不思議なぱんつを脱がす、という難易度の高い技を
要求されてるもんで。
「さっきの」
「ん?さっき?」
触った感じではこのぱんつは結構湿っているが、まさか脱水済み未乾燥状態ではいたわけじゃないよな?
「あのね、さっき、感じたよ」
「ああそう、感……え。」
やっとぱんつを取り去って、最初から湿っていたにしては湿ってるのはごく一部に限定されすぎているように見受けられるので,
恐らくこの湿り気は乾燥状態で身に着けた後に付着したものであろうと推察される、とか下らないことを研究してたら、耳から入った言葉がのんびり脳に到達して、一瞬の思考停止の後に、頭を殴られるような衝撃が来た。
さっき
何を
感 じ た と … ! ! ! ! !
いつの間にか握り締めてたぱんつが、今度は赤血球とか白血球とか血小板とか血漿とか鼻水とかから成る赤い液体で
更に湿ってしまいそうなんですが……!それに、君の台詞を聞いた俺のあらゆる部分の方が、よっぽど色々感じてます、妻よ。
「感…じたの?」
もう一回言って欲しい。この唇にもう一回言わせて、もう一回聞いてみたい。
「うん、感じた、すごーく」
何がおかしいんだか、妻はくすくす笑った。
「……そっ…か」
「うん、そー。へへー……あ、ちょっ!…んっ、せん…!」
いくら彼女の保護者のような三十路でも、そこまで言われて張り切らなければ夫ではない。
手も唇も、あらゆるところで彼女に触れた。今までのさほど多くない彼女との経験で蓄積した、彼女の快感のドアをひとつずつ
丁寧に開いていく。
「んっ…や、あ、だめっ、それぇ…あ、はっ…う」
上気した肌に、いくつか紅い痕を付ける。露出の多いドレスを着るまではお預けだったが今日からは解禁だ。
明日からこの子はまた、教室では生半可な教師が太刀打ちできない程の跳ねっ返りで、大輪の花のように鮮やかに人を惹き付ける、
学内有数の我が儘な姫に戻る。
けれどその勝気な彼女の肌の上にいくつもの欲情の名残がひっそりと刻まれているのを、オレと彼女だけが知っているのだ。
オレが与えるもので、彼女をもっと悦ばせたい。もっと、蕩ける様な表情が見たい。
「…ぁん、あ、ふ……あ?…あーーーっ!」
「……ん?」
彼女がオレの下で快感の溜息を漏らし続けている……と思ったら、どうやら違うものが混じっている。
同じ「あ」でも同じじゃない。鼻にかかっていた声が、途中で突然日常の声に戻っている。
「ねえ、でんきっ!」
「ああ」
そういえば点けっぱなしだ。
「…消したい?」
「ん……あ、でも」
「でも?」
「や、離れちゃだめっ」
そう言ってすりすりと、オレの胸に顔をこすり付けてくるのは、たまらなく可愛いんだが。
いくらなんでもそれは妖怪でもない限り、物理的に無理だ。そこで、ひとつの提案をしてみた。
「じゃあ、目を閉じてたらどうかな?」
「目……二人とも?」
「まあね」
まあね、は決して肯定ではない。否定でもないが、まあ、時と場合による。
「うん、分かった」
そう言うと妻はぎゅっと目を瞑った。食べちゃいほど可愛い、という表現があながち嘘ではないと思い知るのはこれで何度目だろう。
力が入りすぎて皺が寄った瞼にキスをすると、妻は言った。
「……せんせ?」
「何?」
「せんせーも、目、つぶった?」
「うん。瞑った」
嘘ではない。但し、ほんの二秒ほど。
「薄目とかもー、してない?」
「してないよ」
勿論していない。今は、普通に開けている。
「ん……約束ね、見ちゃダメだよ?」
これに対する正直な返答は、いささか難しかったので。
取りあえず、可愛い妻の頭を撫でて、返事の代わりに口付けをした。
「あ、やだぁ、ずるい!目、あいてるー!!」
目を閉じる提案をしてからしばらく、彼女のそこここを弄った。
約束どおりぎゅっと目を閉じた姿がいじらしく可愛くて、暴走しそうになる自分を宥めながら、髪の先から綺麗な足の爪先まで愛撫した。
妻は最初は目と一緒に口もきゅっと閉じていたが、だんだん我慢できなくなったのか、小さな声を漏らし始めた。
そしてそれが抑えきれなくなってきたらしく、首筋に少し強く口付けたときにあ、と声をあげ、ついでに目も開けてしまったのだった。
少し前までの内股とかウエストだったら誤魔化せたのに、場所が首筋ではどうしようもない。ばっちり目が合ってしまったのだから、バレバレである。
「そっちだって開いてるでしょ」
「う、でもぉ」
「お相子お相子。お互い様」
「お互い様って何よー!!」
「……だから、ほら、見てても良いよ?」
「え?……やっ!……あ、んっ、あぁん」
オレの体に反射的に視線を走らせた妻は、途端に信じられないほど真っ赤になった。
それから恥ずかしそうに目を逸らして身を捩り、その刺激に震えて可愛い声を出した。
「や!見ないもんっ!」
「そう?」
これから一緒にお風呂入ったりしたら、嫌でも見ると思うんだけど。
「だから、せんせも、見ないで!」
「そうか。でも」
こういう時の溜息は、できる限り大袈裟に。狡い大人、万歳。
「見なかったら、もうどこ触ったらいいのか分かんないねぇ」
「えーーーーっ!!うそっ!」
「嘘なもんか。オレが嘘ついたこと、有る?」
「……ない」
さすが俺の妻、ご名答である。確かに無かった、今までは。
「……それに、どこにキスしていいのかも」
分からないことを示すために、わざと胸の薄桃色の部分を避けて二、三回キスしてみた。
妻は唇が触れるたびに、あ、と残念そうな声を出した。
「うううっ……いじわるっ」
「そう?正直に言っただけなんだけど」
一応、嘘はついてない。妻はしばらくオレのことを恨めしそうに見上げていたが、溜息混じりに白旗を揚げた。
「分かった。見ても」
「見ても?」
聞き返すと、目を伏せて、一言。
「いい、よ…っ!?」
お許しが出たところで早速色々と眺めてみる。
「あ、やだそんなとこ、きゃ!」
眺めるついでに、色々と刺激もして差し上げる。
「そんなトコは嫌?じゃあこんなトコは」
「ひゃんっ!?や、きゃ、んん、あ!」
済みではあるが、本日は正式な初夜である。とりあえず一通り、確認の為に触っておかないと。
妻は実に素直に様々な反応を返してくれて、確認は非常に有意義に進行した。
「うーん。こっちも」
「え?え、え、え!?」
表が終わったら、今度は裏だ。ふにゃふにゃになった妻をころんとひっくり返すと、今度は後ろから触れた。
胸が重みでボリュームを増して触感を楽しませてくれる上に、白い背中に続く尻のなだらかな丸みが視覚をそそる。
その白い肌を唇で触れ舌でなぞりながら太腿の間を指で弄ると、充分すぎるほど濡れていた。
太腿丈のストッキングにまで滴りが伝わってしまいそうな程だ。
「入れるよ」
こっちも楽しみたいところだが、時間も時間だし一度に色々するのも躊躇われるので、さっさと先に進むことにした。
ご利用は、計画的に。お楽しみは先にとっておくのも、大人の知恵というものである。
「え!?だって、そっち……あ!」
後ろから突くと、先端はぬるんと何度か目的の場所を逸れて跳ねた。
その度に彼女の別の場所が刺激され甘い声の混じったやるせない溜息が零れる。
「あ、はっ…やっ…いままで、こんなこと、しなかったっ」
「そりゃ、いつも同じじゃ面白くないだろうし」
「おもしろく、って、そんな……あ」
そろそろ良いだろう。手を添えて狭い彼女の入り口に自分を当てがい、腰を突き入れた。
「あぁん!や、いたっ…!」
「力、抜いて」
まだ経験の浅い彼女には、多少キツかったらしい。様子を見ながら他の部分への愛撫も繰り返し、少しずつ自分を収めていく。
「んっ…ぅ、」
「ん、入った」
良し良し、と髪を撫でると、溜息のような声が漏れた。
「…や…いっぱいっ…あ」
「ん、いっぱい入ったよ…動くよ」
後ろから背中にかぶさるようにしてゆるゆると動く。
さっきまで嫌だの何だの言っていたが、妻の体は実に敏感な反応を示した。
「あふ、ぅ、ん、あ、」
続けているうちに慣れてきたのか、腰が揺れ始めた。
声が甘くねだるようなものに変わり、吐息に次第に熱がこもる。
「んっ!?」
そうこうしている内に、オレを咥え込んでいる内部がきゅんっと締まった。
「っ……くそ、やば」
危ない所で引き抜くと、妻は息を切らせて驚いたようにオレを振り向いた。
「…せん、せ…?」
「ごめん、やっぱり」
こんなに反応されると、バックはキツい。初夜があんまり速く済んでも今後の夜の生活に差し支える。
ウチの妻は今後の成長が楽しみだねと思いつつ、ひっくり返して、白いレースのストッキングの膝を立てさせて開く。
くったりと力が抜けた妻は、さっきのような仮初めの抵抗も見せず、成すがままだ。
純潔をあらわす白のガーターストッキングの間に、濡れた紅色が誘うように覗いている。
とオーソドックスな体位でも格好によっては刺激的になる好例として学会発表したいくらいだ……何の学会だ。
「や、きもち、いっ…」
溜息とともに妻は可愛いことを言った。
「気持ち良い?」
「ん、んっ」
「もっと良くしてあげようか」
そう言うと、結合部の上の小さな突起に触れてみた。溢れかえった滑りをぬるぬると擦り付けると、妻の背はびくびく震えた。
「ふ、あ、あ、い、あ」
「そんなにイイ?」
「んっ、うん…せんせ」
「ん?」
妻は、縋るような目を向けた。
「せんせも、あたし」
そこで言葉を切って、はぁっと息を吐く。その唇を塞ごうとしたら、指で止められた。
「…あたし、きもち、い?」
……先生も、私、気持ち良い?
一瞬、意味が分からなかった。
妻よ、それ絶対文法間違ってるぞ……って、今授業じゃない。
もしかして、それって。
妻の体が、オレにとって、気持ちがいいかどうか…ってことか?!
今までどんな女にも、そんなこと聞かれた事なんて、無いぞ。
この子は、なんてことを、考え付くんだ……日本語としては最低だが。でも最低だけど成績を付けるとしたら多分特A。
「……気持ち良いよ。最高。世界一、気持ち良い」
鼻先にキスして言うと、妻は涙目で笑った。見上げるその目の淵に溢れた滴を舐め取る。
可愛さ余って憎さ百倍、では無いが、募った愛しさが行き場を無くして身勝手な欲望が膨れ上がった。
この子を、滅茶苦茶にしたい。
泣いてオレを乞わせてみたい。
こんなに何かを渇望するのは、何年振りだったろう。
この子に会わなければ、こんな事は一生思わなかったかもしれない。
「ふ、あ、せんせっ……!」
きらきらと式の名残のラメが散っているゆるく波打った髪が乱れる。そんな風でも彼女は綺麗だ。狂おしいほど。
「すき、せんせ、すきっ」
「うん、オレも好きだよ、大好きだ」
しがみついて来るのを押さえ込んで、そのまま何度も突き上げる。
「あ!……や、だめぇえ、いっちゃうっ」
手を離してシーツを掴み、唇を噛んで首を仰け反らせ、いやいやをするように頭を振った。
「いいよ、イって」
「や、まだ、やっ」
またんっ、と唇を噛み締める。
「まだ?」
「ん……んっ」
手を緩めると息を吐き、こくりと焦点の合わない目で頷く。
「もっとぉ……もっと、いっしょっ……あ、や、またぁ…ん…くふぅん…」
堪らずに動くと、妻は子犬の鳴き声のような声を出した。限界が近い時の声だ。
「うわ、っ」
まるで搾り取ろうとするかのように、妻の内部がビクビクと収縮する。
「ふ、ぁあああん!あ、ぁああ!」
まだだ。まだ、もう少しこの子を味わいたい。
上り詰めた妻に引きずられないように自分を押さえ込み、快感の名残りで蠢く内部を体の動くままに突いた。
「っ、く、は」
もう。もう、全てぶちまけてしまいたい。
柔らかく絡みついて離れない白い手足に、促されるように。
「っ、あ…っ!」
まだ、ともう、のせめぎ合いの中で、自分の精を余すところ無く存分に愛しい妻に注ぎ込んで、果てた。
「もー…あんなこと、するならするってゆってよー…」
しばらくは、動けなかった。口を開くのも億劫だった。
それを妻の柔らかさと温もりが現実に少しずつ引き戻し、何回か雄弁なキスを繰り返し、やがて二人とも意味の有る言葉を口に出来るようになった。
「それも変じゃない?」
本日の予定と希望を、夜のイトナミ前に披露し合う夫婦。つまらん。
「だってー、恥ずかしいもん」
「恥ずかしいの、嫌?」
あんまり嫌そうに見えなかったけど、と耳元で内緒話のように囁くと、つまはやだもぉ、と言って体をすり寄せて来た。
「あのね、お願いがあるの。言っても、いい?」
「何?」
欠伸をしながら答える。今夜は良く眠れそうだ。
「えっとね、出来れば、できればで、いんだけど」
「うん」
彼女の我侭は断らないって決めたっけ、と思いながら目を閉じて柔らかい髪を撫でる。
「あの…もっかい、したい…かも…」
「え。」
もっかいしたいって、何を。
結婚式…じゃないよな。ってことはアレか。
「あ、あの、言ってみただけ!言ってみたかっただけだから!
分かってる、無理だよね、明日もお仕事だし、あたしは学校だし、こんな時間だし」
恥ずかしそうにおねだりをした妻は、欠伸しかけたまんまで口を半開きにしたオレを見て、顔を真っ赤にして慌てた。
確かに、こんな時間…色々とたっぷり時間をかけたせいで、通常のご休憩、とかでは全然足らない時間になっている。
「そだよね、そーゆーの、お休みの前の日…とかの方が、良いよね?」
「…そう…かもねぇ…」
ヤりたい盛りの、彼女には悪いが。睡眠不足は、ともかくとして。
年相応の恋人ならばもう一回といわず二回でも三回でも、なんだろうが……
生憎当方はそれなりの年なので、あまり張り切ると明日の腰が心配だ。
「良いの良いの!無理するの、やめよ?だって、明日も明後日もあるし!」
毎日ヤルのね。嬉しいけどツラいかも。複雑に引き裂かれる現代社会における個人の縮図……じゃないか。
「それにー、もう充分幸せだもーん」
笑ってぎゅうっと抱きついてくる、心も体もしなやかな、オレの最愛の妻。
「…ごめん」
「もう良いよー、忘れてっ!もう寝よ?」
「いや」
「え?」
「……やっぱり、もう一回だけ、良い?」
「えーっ!?大丈夫?」
「……って言うか、このままの方が大丈夫じゃない」
「どうして?」
「悶々として眠れなそう」
手っ取り早く分かっていただく為に、首にぎゅっと回ってる妻の手をほどいて、どうみてもこのままでは大丈夫じゃなさそうな部分に触れさせた。妻は、あ、と驚いたような声を出したが事情は理解したらしく、そのまま手でそれを軽く弄って、子供かなにかをあやすように呟いた。
「……やっぱり、せんせーって、ばかぁ……」
だから何回も言ったじゃないか。それにお生憎様ですが、多分それは一生治らない。
「奥様は馬鹿はお嫌いでしたか」
額にキスすると、妻は嬉しそうにはにかんで笑って、手はそのままで体を滑らせ、顔の位置をオレと同じ高さに持ってきた。
そうしておいて、ちゅっと音を立ててオレの唇にキスして、唇が触れたままで、こう言った。
「……ううん。おばかなときも真面目なときも、富めるときも貧しいときも、」
「だからごめん富めるときは永遠に来な」
「せんせーは、黙ってて!!!!!!!」
ハイハイハイ。分かりましたからそれ以上強く握らないで。
言われなくてもヤバい刺激で、そろそろ喋れなくなりそうです。
オレが仰せの通り口をつぐんだら、もう一度ちゅっとキスをして、可愛い妻は今まで見た中で一番幸せそうに、ふにゃんと笑った。
「死があたし達を分かっても、いつまでもずっと、ずーーーーっと、大好き。」
〈 おしまい。〉