白く、細い指が、あたしの唇をなぞる。  
 あたしは、そっと舌を出し、その指先に触れる。誘うように、じらすように、指先だけを舐めてやる。  
 指は、その誘いを受けて、あたしの口の中へ這ってきた。  
「あふ……」  
 あたしは、きゅっと眼をつむり、吐息を漏らす。  
 指が、あたしの口の中で蠢く。舌に触れ、上顎に触れ、舌の裏にまで潜り込もうとする。  
 あたしは指の動きに身を委ねる。口の中に、熱い唾液があふれてくる。  
 指が、あたしの口から這い出した。  
 そして今度は、あたしの首筋を、つぅぅぅっと撫でていく。  
 あたしは、ぴくっと身を震わせた。そして指が、もう一度、口へ挿し入れられる。  
 あたしは口をすぼめて、それを吸ってやる。  
 つるん、と、唾液に濡れた指が口から抜かれ、今度は、あたしの乳首の先に触れた。  
「あん……っ」  
 思わず声を上げてしまう。  
 指は、あたし自身の唾液をこすりつけるように、すでにしこり始めていた、あたしの乳首を弄ぶ。  
 あたしは眼を開けて、指に触れられている自分のその部分に視線を向けた。  
 白く豊かに盛り上がった乳房の先、淡くピンク色をした突起の部分を転がす、白くて細い指。  
 ……あたし自身の、指。  
「あぁぁぁぁぁっ、もうっっっっっ!」  
 あたしは耐えきれなくなって、絶叫した。  
「何でよっ、何でなのようっっっ!」  
 どうして、あたしみたいな美少女が、じめじめした陰気な洞窟でひとりエッチしなくちゃなんないのっ!  
 
 自慢じゃないけど、このあたし、顔じゃそこいらの妖精どもに負けない自信がある。  
 美人、というよりキュートなタイプだけど、澄みきった蒼い瞳のぱっちりした眼に、小ぶりで形のいい鼻に、  
ちょっぴりぷっくらした厚めの下唇が悩ましげな口元。  
 本当よ! 毎日、地底湖の水面に映して確かめてるんだから!  
(何を確かめるって? 自分の可愛さに決まってるでしょ!)  
 嘘だと思うなら、洞窟トカゲたちに訊いてみなさいよ!  
 それに、身体だってスゴイんだから!  
 吸いつくような白い肌と、愛らしい顔に似合わぬ豊満ボディ。  
 でも、ちょっぴり小ぶりな乳首は淡い桜色で、穢れを知らぬ清純な乙女といった雰囲気を醸し出しているわ。  
 何よ? 清純な乙女がどこにいるのかって?  
 ここよ、ここ! あたしのことよ!  
 そうよ、あたし処女よ! バージンよっ! 生娘よっ!  
 処女で悪かったわねっ! だから男が欲しいんじゃないのっっ!  
「……はぁぁぁっ……」  
 あたしは、ため息をついた。  
 最近あたしは、ひとり言が多くなってしまった。悪い傾向だと思う。  
 そのうち頭がおかしくなるかも知んない(男日照りで気がふれるなんて、あまりに情けないけど)。  
 がっくり肩を落とし、あたしは地底湖へ向かって、そろそろと移動する。  
 こんな洞窟の中にいても、気が滅入るばかりだ。ここにいて素敵な彼が見つかるわけでもなし。  
 地底湖の周囲は、洞窟の中でも特に広々とした空間になっていた。  
 ごつごつした黒い岩の壁面を、ぼうっと白く身体を光らせた蛍光虫たちが無数に這い回る。  
 あたしは暗闇でも物が見えるから、彼らがいなくても困りはしないけど、なかなか幻想的な光景ではある。  
 
 あたしは地底湖の水面を覗き込んだ。  
 そこに映った自分自身の姿に、ほんと、こんなに可愛いのに、どうしてあたしには彼氏がいないのかしら……  
とか歎きながら、えいっ、と、水の中に飛び込む。  
 実はあたし、泳ぎは大の得意である。  
 可愛い上に、泳ぎも上手なんて、ほんと、あたしって万能の美少女ね。  
 きっと幸運の女神様が、万事に恵まれたあたしに嫉妬して、男運だけは授けて下さらなかったに違いないわ。  
 地底湖の底近くに、地下水脈のトンネルが口を開けていた。  
 あたしは、その中に入り込み、すいすいと潜水したまま進んでいく。  
 トンネル内は完全な暗闇だけど、あたしには、そこに棲息する小魚エビの水棲動物の姿が見えている。  
 一生、太陽の光を知らないまま生きる彼らの姿が、あたし自身にダブってしまう。  
 こんなことではダメなんだ、と、あたしは首を振った。  
 あたしは彼らのようにはならない。一生、男を知らないままでなんか終わらない。  
 必ず、素敵な彼をゲットしてやるっっっ!  
 ……まあ、いつか、そのうちに。  
 かなり長いこと泳いだだろうか。  
 よく息が続くなあ……というのは、そこはそれ、万能の美少女だから。  
 行く手に、ぼんやりと光が見えてきた。近づくにつれて、それは強く、きらきら輝きだす。  
 外の太陽の光だ。この辺りから、トンネルの壁面にも、コケや水草など水棲植物が生え始めている。  
 やがて、あたしは光に包まれた広い空間――地上の湖の底に出た。  
 そこは地底湖や地下水脈の中よりも、遥かに多くの種類の、色とりどりの生き物が暮らす場所だった。  
 蛍光虫の放つ淡い光に照らされた洞窟の美しさを夜の夢に譬えるならば、こちらは昼の現実世界の美しさ。  
 うーんっ、そんなことを考えてしまうあたしってば、詩人だわ。才色兼備とはこのことね。  
 
 あたしは魚のように優雅に体をくねらせながら、水面へ浮上していく。  
 誰か男がこの姿を見たら、あたしに一発で惚れること間違いなしと思う。  
 可愛いオッパイも揺れてるし。  
「……ぷはぁっ!」  
 水面に顔を出し、外界の新鮮な空気を思いきり吸い込んだ。  
 太陽の光がまぶしいっ!  
 湖の周囲は、ほぼ三方を森に囲まれて、太陽の位置から見て東に当たる一方だけが広い野原に面していた。  
 その向こうには、澄みきった青空を背景に、なだらかな丘が連なっているのが見える。  
 あたしは、外の世界が大好きだ。  
 太陽が明るいし、風が気持ちいいし、鳥たちの歌声が聞こえてくるのが素敵だ。  
 洞窟の中では、蝙蝠のキーキーいう声か、トカゲたちのガラガラ声しか聞こえないから。  
 それでも、あたしが洞窟の中で暮らし続けているのは、外の世界ではあたしの姿は目立ちすぎるからだった。  
 やっぱ、あたしってシャイなヒトだしぃ、自分の可愛い姿を人に見られちゃうのはぁ、恥ずかしくてぇ……  
 というわけではなくて、まあ、色々と事情があるのだ。  
 この湖に、たまに遊びに来るのも、滅多に人が近づかないことを知っているからで。  
 あたしは実は、この場所以外に外の世界を知らなかったりする。  
 あたしは水面をぱしゃぱしゃ泳いで、西側の岸辺から陸に上がった。  
「ふうっ……」  
 下半身は水の中に入れたまま、水面に向かってなだらかな下り坂になった岸辺に腰を下ろす。  
 濡れた髪を、かき上げた。  
 黄金色の髪から飛び散った水滴が、太陽の光にきらきら輝いた……んじゃないかと、思う。  
 自分では見えなかったけど。  
 
 湖の東側の丘の麓には街道が通っていて、牛を連れた農夫が、のんびり歩いていくのが見えた。  
 ここからではかなり遠いけど、手でも振ってやれば、向こうもこちらに気づくかも知れない。  
 けれど、あたしはそうする代わりに、想像の中だけで彼との邂逅を楽しんだ。  
 彼は、日に焼けた筋骨逞しい農夫だ。  
 彼は白い歯を見せて微笑み、あたしに愛の言葉を囁く。  
『地上の光の下にある全ての物が、君の前では色褪せて見える――』  
 そして彼の大きな手が、あたしの乳房を、ぐいっとつかむ。  
 彼の愛は野性的で強引だ。  
 白く弾力のある乳房にめり込んでいく彼の骨太な指。  
 あたしは小さく声を漏らす。  
 苦痛ではない。歓喜だ。  
 彼は、あたしの身体を岸辺に横たえる。草と土の匂いが鼻腔をくすぐる。  
 やがて、それよりも強い彼の体臭が近づいて来る。  
 男の汗の匂いだ。あたしには、決して不快ではない。  
 衣服を脱ぎ捨てた彼の身体が、あたしの上に覆いかぶさる。  
 彼は一方の手で、あたしの乳房を荒々しく揉みしだきながら、もう一方の手を、あたしの腹の上を滑らせる。  
 彼の唇は、あたしの唇を吸う。  
 あたしにとっては初めてのキス!  
 想像していたように甘美ではないけど、彼の情熱が感じられて、あたしは歓びに身を震わせる。  
 彼の悪戯な指が、あたしのおへそに触れる。  
 あたしは、びくんっと身を震わせる。  
 彼の指は、しばらくその周囲をなぞってから、ゆっくりとあたしの下腹部を撫でて、その下へ……  
 
 そして彼は、気づくのだ。  
 あたしが「人間」ではないことに。  
『君は、――なのか?』  
 ええ、と、あたしは頷く。  
 こんな女を、抱くのはイヤ?  
 たずねるあたしに、彼は首を振る。  
『いや。君が地上に棲むどんなモノよりも美しいと言ったことに偽りはない』  
 そして彼は、再び熱いキスをしてくれる。  
 そう、あたしは人間ではない。  
 あたしは……  
「――人魚、なのか……?」  
 背後で声が聞こえて、あたしは、ぎょっとして振り向いた。  
 想像上の農夫との愛の営みを思い浮かべながら、あたしは、またもや自慰にふけっていたのだ。  
 ちなみに本物の農夫は、とっくに視界から消えている。牛と一緒に家に帰ったのだろう。  
「君は、人魚か……?」  
 若い人間の男の姿が、あたしの間近にあった。  
 茶色というより赤に近い髪、褐色の日焼けした肌をして、瞳は澄んだ翡翠の色。  
 そこいらの村人と変わらない身なりだが、腰に剣を提げているところを見ると、非番の騎士だろうか。  
 森の中を散策でもしていたのか――こんな近くに来るまで彼に気づかなかったなんて、あたしは迂闊すぎた。  
「……あ、あたしは……」  
 あたしの水の中に入れたままの腰から下は、黒光りする、ぬめぬめした鱗に覆われている。  
 人魚――にしか、見えなかったのだろう、彼には。  
 
「驚いたな……」  
 彼は、放心したように言った。  
「人魚は、海に棲むものだと思っていた。こんな湖にいたなんて……」  
「……み、湖は川に続いて、川は海に続いているから」  
 ああ、我ながら何と間の抜けた台詞だろう。  
 でも、突然の事態に混乱しているあたしの頭では、せいぜいこの程度の言いわけしか思いつかない。  
 そして、驚いたことにこの台詞に、彼は感銘を受けたらしい。  
「そうだね」  
 彼は、にっこりと微笑んでくれたのだ。  
 ……えーっと……  
 あまりに爽やかな彼の笑顔に、あたしはどうリアクションしていいのかわからなかった。  
 だって、オナニーしてるところを見られたのよ、女の子が(それも美少女が)!  
 ……いや、待てよ。  
 オナニーといっても、あたしはオッパイをちょっと軽く触っていただけだ。  
 それに、彼はいま現れたばかりのようだから、あたしが何をしていたのか、気づいていないのかも。  
 そんなことを、あれこれ考えていると……  
「……あ、ごめん」  
 彼は頬を赤らめて、くるっと後ろを向いた。  
「その……君は、裸だったんだね」  
 ……げげっ!  
 あたしは真っ赤になって、あわてて両腕で自分の胸を隠した。  
 けど、よく考えたら、オッパイを見られたからって恥ずかしがる必要ないんだよな。  
 
 あたしは裸でいるのが普通だし、自分のオッパイは可愛らしくて気に入っている。  
 そして、これが男にとっても魅力的なものならば、むしろアピールしてやったほうがいいのだ。  
 いまのあたしの(男日照りの)立場なら。  
「……に、人魚は裸でいるのが普通だから……」  
 あたしは苦笑いしながら彼に言った。その途端、  
 ――ぢぐぅっ!  
 と、胸に針を突き立てられるように良心が咎めた。  
 あたしにだって人間並みに良心はある。あたしは、確かに嘘は言っていない。  
 人魚は裸でいるのが普通で、あたしも裸でいるのが普通だ。  
 あたしが人魚だと言ったわけではない。  
 でも、それはやはり、あたしの正体を隠したということなのだ。  
 あたしは、自分がラミアの一族であることを恥じてはいない。むしろ、誇りに思っているはずなのに。  
   
   
 ラミア――蛇女。  
 あたしたちの種族は、最初の人間が生まれる以前から、この世に富み栄えていた。  
 あたしたちは知恵を司る職務を神様から委ねられ、あらゆる生き物に、彼らが生きるための術を教えた。  
 野獣には獲物の狩り方を、鳥には空を飛ぶことを、魚には水中を泳ぐことを。  
 最初の人間に知恵を授けたのも、あたしたちだった。  
 確かアダムとイヴとか言ったと思うけど、最初の人間たちは、それまで服を着ることさえ知らなかったのだ。  
 だが、知恵を得たがために、人間は楽園を追放されてしまい。  
 彼らは、そのことを深く怨むようになった。  
 
 あたしに言わせれば、逆怨みだ。怨むなら神様を恨むべきだ。  
 知恵を身に着けた、それだけを理由に人間を罰したのは神様なのだから。  
 それに――そもそも、ラミアが知恵を司る存在なんて伝説ですよ。  
 人間よりも長生きだから昔のことをよく知っていて、なおかつ少しばかり強力な魔法を操る程度のことで。  
 そうじゃなきゃオナニーにふけってねーよさっさとオトコ作ってるよご自慢の知恵を働かせてさ!  
 それなのに、人間は、あたしたちの種族を憎んでいる。あたしたちを忌み嫌っている。  
 不公平だと思う。人魚のことは美しいとか言うくせに、あたしたちはバケモノ扱いなんて。  
 下半身が魚であるか蛇であるかの違いだけなのに。  
 どちらも同じように鱗があって、蛇のほうが、ちょっぴり長いだけなのに。  
 でも、あたしがラミアだとわかったら、彼のあたしに向ける眼差しは、やはり変わるだろう。  
 悲鳴を上げて逃げ出すか、剣を抜いて斬りかかってくるか、どちらかだ。  
 ラミアに向かって微笑んでくれたり、ましてや愛を囁いてくれる人間など、いるはずがないのだ。  
 だから、あたしが男が(人間の男が)欲しいなどと言うのも、所詮は叶わぬ願い。  
 ちなみに――あたしが人間の男にこだわるのは、あたしたちの種族にはオスがいないからだけど。  
   
   
 ……そんなことを、とりとめもなく考えていると。  
 何だか人間である彼に、ラミアの一族として報復してやりたい気持ちが、ふつふつと湧いてきた。  
 そう、このまま人魚の芝居を続けて、彼を騙してやるのだ!  
 騙して――あわよくば処女返上! それが叶わずとも、とりあえず面白そうじゃん!  
「……そう、あたし、この湖に棲む可愛い人魚なの。うふっ(はぁと)」  
 ……うあああああ! あたしの脳味噌、男日照りの直射日光で腐り始めているかも知んない。  
 
 自分で言ってて頭が痛くなってきたほどの、あまりに間抜けな台詞に、しかし、彼は歓びの声を上げた。  
「そうだったのか! こんな場所で会えるなんて、嬉しいよ! 僕は、ずっと人魚に憧れていたんだ!」  
「……そう。あたしも、あなたと会えて嬉しいわ。人間の男の人と、お話しをしてみたかったの」  
 あたしは(心の中で舌を出しつつ)優しい声で言って、こちらに背を向けたままの彼に呼びかける。  
「ねえ、こちらを向いて。ちゃんとお互いの顔を見て、お話ししましょう?」  
「え……でも、それは……」  
 彼は耳まで真っ赤になってしまった。  
 ……くすくすくす。あたしは内心でほくそ笑みながら、  
「あたしが裸でいることは、気になさらないで。むしろ人間のあなたに、あたしの姿を見ていただきたいの。  
そうすれば、人魚はもっと美しく光り輝くのよ」  
 本物の人魚が聞いたら泡を吹いて笑い転げそうな台詞をあたしが言うと、  
「わ……、わかった」  
 彼は意を決したように頷いて、あたしのほうに向き直った。  
 あたしは蛇の胴体は水の中に隠したまま、岸辺に腰掛けた格好で、上体だけひねって彼のほうに向けている。  
 あたしの白くて結構大きくて形がよくて可愛いオッパイが、彼の眼に映っているはずだ。  
 彼はあたしの顔を見て、あたしの胸を見て、それから、すーっと視線が下に動いて。  
 あたしの細くくびれた腰から下は、やっぱり魚である(本当は蛇だが)ことを確かめて、眼を伏せた。  
「何ていうか……想像していた通りだ。とても綺麗だ、人魚って」  
「あら、まあ。お上手ね」  
 あたしは、にっこり微笑んだけれど、あたしの良心は、また。  
 ――ぢぐぅっ!  
 と、痛んだ。あたしが本当はラミアだと知っても、彼は同じことを言ってくれるだろうか?  
 
 でも、考えたら、あたしの顔は現実に可愛いし、あたしのオッパイも可愛いし。  
 彼が見ている部分に関しては、あたしは何も自分を偽っていないのだ。  
 ただ、見られて困る部分を隠しているだけだ。  
「……もっとそばへ行ってもいいかな?」  
 彼が言ったので、あたしは微笑んだ。  
「ええ、どうぞ」  
 彼はあたしのそばに来ると、水に足を入れないよう膝を抱える格好で、岸辺の草の上に腰を下ろした。  
 もっと近くに寄ればいいのに、間に人ひとり割り込めるくらいの距離を置いている。シャイなのね。  
 彼は、照れたように笑って頭を掻き、  
「……参ったな。子供の頃から、人魚に会ったら訊いてみたいと思っていたことは、いくつもあったんだ。  
でも、何から質問していいか、わからないよ」  
「何でもいいわよ。好きな食べ物、好きな音楽、好きな男性のタイプ」  
「え……」  
 彼は驚いた顔をして、それから、「ぷっ」と吹きだした。  
「参ったよ。人魚は冗談も言うんだね」  
 あ、冗談ととられたのか。  
 あたしは彼をからかっているつもりだったのに。ちなみにあなたはストライクゾーンど真ん中。  
「そうだね。じゃあ、まず……君の名前を教えてくれるかい?」  
「……ミアよ」  
 隠す口実が見当たらないので、あたしは答えて言った。  
 ラミアのミア。  
 安直な名前をつけたママを何度怨んだことか。  
 
 だが、あたしの正体をラミアと知らない彼は、  
「ミア……可愛い響きの名前だね」  
 そう言って、にっこり微笑んでくれた。  
 ……「ラミ」と名づけなかったことを、ママに感謝するべきだろうか。  
 可愛い響きとは言いがたいよな。「ウラミ」とか嫌なあだ名をつけられそうだし。  
 それはともかく。  
「ごめん、僕から先に名乗るべきだったね。僕はヴォルフだ」  
 そう言って、また彼は、にっこりとした。なんて爽やかに笑うんだろう。  
「ヴォルフ……」  
 あたしは、その名前を口の中で繰り返す。  
 ヴォルフはヴォルフガングとかヴォルフラムの愛称だ。  
 でも、人懐っこい笑顔の彼は、皆に愛称で呼ばれることこそ、ふさわしいように思えた。  
 それにしても、シャイなヴォルフくん。  
 君に任せていると、いつまでも、ふたりの関係は進展しそうもないのだよ。  
 というか、あたしはヤリてえんだよ発情してんだよさっきまでオナニーしてたんだよ!  
 テメェは人魚とのおしゃべりだけでイケるかも知んねえけど!  
 あたしはオッパイおしゃぶりしてもらうかチンポおしゃぶりしなきゃダメなんだよ!  
 ……なんて、複雑な乙女心は直接的には口に出さず。  
「ミアは、よくこの岸辺で……」  
 とか、当たり障りのない質問をしかけたヴォルフを遮り、あたしは、じっと彼の眼を見つめて、  
「……ねえ、人魚は、初めて出会った人間の男性と結ばれなければならないって、知ってる?」  
「えっ……?」  
 
 驚きに眼を丸くしているヴォルフを、あたしは押し倒した。  
 下半身は水の中に隠したままで、あたしは彼にのしかかる。  
 彼のシャツを引きちぎるようにはだけた。ボタンが弾け飛んだけど気にしなかった。あたしの服じゃないし。  
 そして、剥き出しになった彼の逞しい胸に、唇を寄せた。  
「なっ、何をするんだ……」  
 抗おうとするヴォルフの眼を、あたしは涙に潤んだ瞳で見つめ返した。  
「お願い。そうしなければ、人魚は泡になって消えてしまうの」  
 おとぎ話の人魚姫が聞いたら泡を喰って卒倒しそうな台詞を言って。  
 彼の胸にもう一度、唇を寄せて、強く吸った。  
 あたしは、自分では演技のつもりだったけど、眼に涙が浮かんだのは、本当の気持ちかも知れなかった。  
 これを逃したら、あたしには男とエッチできるチャンスは二度と再び永久に訪れないかも知れないから。  
 あたしの涙に心を動かされたのか、ヴォルフも、それ以上は抵抗しようとしなかった。  
「……あっ」  
 彼は、小さく声を上げた。あたしが彼の乳首を吸ったときだ。  
 男の乳首が、やりようによっては感じる場所であることは、ママからの性教育的指導で承知していた。  
 ラミアの世界に保健体育を教えてくれる学校はないので、種の保存に必要な知識は親からの口伝だ。  
 あたしは何度も繰り返した空想のエッチで自分がされたことを、彼にしてやろうと考えていた。  
 世の男どもはセックスは自分がリードするべきものと思い込んでいて、それは女の立場ではありがたいけど。  
 本当のところは、相手にリードさせたほうが、よほど気持ちいいのだ。  
 だって、何もかも任せきりで自分は快感に溺れてしまえばいいのだから。  
 彼が従順に無抵抗でいるからこそできる――題して、あたしに身も心も溺れさせてみせますわ作戦。  
 ……ネーミングセンスないのはママ譲り。でもいいの。彼さえ、あたしの虜にできれば。  
 
 あたしは自分の指を舐めた。そして、その濡れた指で、ヴォルフの乳首の周りをなぞった。  
 ヴォルフの呼吸が、荒くなる。見ると、彼のズボンの前も膨らみ始めている。  
 あたしが何度も夢に見たその部分。  
 知識としてその機能及び構造は熟知していたけど、未だ実物を眼にしたことのない、それが。  
 彼のズボンの中で息づいていた。  
 あたしは恐る恐る、その膨らみに触れた。  
「……ああっ」  
 ヴォルフは、切なげに声を上げる。きゅっとつむった眼に、涙を浮かべて。  
 あたしは、ちょっぴり怪訝に思った。  
 ううむ、男の身体って、こんなに感じやすいものなんだろか?  
 彼が剣を吊るしているベルトに手をかけ、留め金を外した。  
 ズボンのボタンを外し、前をはだける。  
 そして、その下に彼が身に着けていた下穿きを、ぐいっと一気に引き下ろした。  
 おおおおおっ! これがっ!  
 初めて見る男のモノっ!  
 黒光りしてそそり立つ、その雄姿っ!  
 竿の部分には、ごつごつと血管が浮かび、その上に、傘のように張り出した部分があって。  
 頭頂部は、つやつや照り輝いているっ!  
 ……ううっ、ママから話に聞いて想像したより、グロテスクかも……  
 だが、しかしっ!  
 あたしは、意を決してヴォルフのそれを口にくわえこんだ。  
 えいっ、ぱくっ。  
 
 ――どびゅっ!  
 ……ん?  
 口の中に、何とも言いようのない味が広がって、あたしは驚きに眼を見開く。  
 ねばねばして生温かいモノが、あたしの口の中に……  
 うそっ? これって、ちょっと!  
「……けほっ、けほっ!」  
 あたしは慌てて彼から離れて、むせ返りながら、それを吐き出した。  
 初めて味わった、これが精液なのね。  
 でも、ちょっと、早すぎじゃないっ?  
「……ご、ごめん……」  
 ヴォルフが、あたしの背中をさすってくれた。  
「でも、君が、その……あんまり気持ちよくて。それに僕……実は、初めてだったから」  
「ええっ、そうなのっ?」  
 あたしは思わず素に戻り、彼の顔を、まじまじと見た。  
 ヴォルフは眼を伏せて、照れくさそうに笑い、  
「そう、僕はいままで、その……経験なかったんだ。初めての相手が人魚だなんて、一生の記念になると思う」  
 そりゃ、初体験は一生の記念だろうけど。  
「でも、あまりに早すぎたよね。何だか、恥ずかしいな」  
 彼は、じっと、あたしの眼を見た。  
「だから……もう一度、いいかな?」  
「え……ちょっと?」  
 抗う暇もなく、ヴォルフは、あたしを押し倒した。  
 
 攻守逆転というやつか。  
 初フェラチオ体験で超早漏を露呈したばかりのくせに、気持ちの切り替えが早いヤツ……  
 ヴォルフの手が、あたしの乳房をつかんだ。  
 ぐっ、ぐっと揉みしだかれて、あたしは、  
「あっ、あっ……!」  
 と、声を上げる。  
 でも、そんな力任せに揉まれても、あまり気持ちよくないぞ。  
 と、思っていると、彼はあたしの乳首に顔を近づけて、舌を伸ばし、  
 れろれろれろ……  
 と、舐め始めた。  
 んんん……っ!  
 こ、これは気持ちいいっ!  
 あたしの淡い桜色の乳首を舐める、ヴォルフの紅い舌。  
 ああっ、男の舌に舐められるって、こういうことだったのね!  
 ざらざらした感じが、あたしの敏感な部分をこすって、空想なんかより遥かに……  
「ああっ、いいっ、いいわっ!」  
 あたしは思わず叫んでしまった。  
 彼の髪に手をやり、両手の指で掻きむしるように荒っぽく撫で梳く。  
 こんなに気持ちのいいことをしてくれる彼が、愛しくてたまらない!  
 ヴォルフは、あたしの左右の乳首を交互に舐めながら、広げた掌で、あたしの乳房をこね回した。  
 ときには、口をすぼめて乳首を吸い(あたしは「あんっ!」と声を上げる)。  
 また、軽く歯を立てて、蕾のように堅くなった乳首を噛んでくる(あたしは「ああっ!」と身をよじる)。  
 
 そのうちに、ヴォルフの息遣いが荒くなってきた。  
「その……僕にも、もう一度してくれないか?」  
 彼は、頬を紅潮させながら言う。  
「ええ……」  
 あたしは頷き、彼に指示した。  
「もう少し水際に来て、横になって」  
「……あ、ああ……」  
 ヴォルフは、一度立ち上がり、ズボンと下着、それに上着も脱いで素っ裸になった。  
 そして、あたしのそばに来て、水に両脚を膝まで浸ける格好で、岸辺に横になった。  
 あたしは前からやってみたかったことを試すことにした。  
 両手で自分の乳房を左右から押すようにして、彼の堅く憤ったペニス――そう、これってペニスって言うの  
よね、初めて使った言葉だけど――を、挟み込んだ。  
 あたしの意外と大きなオッパイなら、これは絶対できると思っていたのだ。  
 ちょいロリなプリティフェイスのくせに巨乳って、あたし絶対、男ウケするタイプよね。  
 出会いに恵まれないだけで。  
「ああっ……」  
 自分のペニスがどうされているのか見ただけで、ヴォルフは感極まったらしい。  
 熱いため息をついて、きゅっと眼をつむる。その様子が、何だかいじましい。  
 あたしは乳房を揺すり立てて、彼の屹立したモノをしごき始めた。  
「ああっ……あたしまで、感じちゃう……」  
 あたしの弾力のある二つの乳房が、彼のペニスを包み込んでいる。  
 彼の赤黒く怒張したペニスが、あたしの乳房をこする。  
 
「んっ……んっ……んっ……!」  
 ヴォルフは呻いた。  
「あぁっ、はぁんっ、あぁんっ……!」  
 あたしは声を上げ、身をよじらせる。  
 ぱしゃんっと、あたしの蛇の胴体がのたうつように水面を叩き、再び水中に沈む。  
 ――やばっ!  
 あまりに感じて、無意識にやってしまったのだ。  
 だが幸い、彼は眼をつむったままだったので気づかない。  
「んっ……も、もうっ!」  
 ヴォルフは叫んだ。  
 やっぱ早すぎだよ、この彼!  
 でも、それすらも許せるほど、あたしは彼を愛しく思い始めていた。  
 だって、あたしにとっても彼は初めての男だし。  
 早漏にしても、あたしへの愛情というか欲情ゆえのことと考えれば。  
「いいわ、そのまま出して……。全部あたし、受け止めてあげる……」  
 本当は自分も処女のくせに、あたしは彼に対してお姉さん気どりで微笑みながら言った。  
「ああっ、でっ、出るっ……!」  
 ――どびゅるっっっ!  
 彼のペニスの先から白い粘液が勢いよく噴き出し、あたしの顔を直撃した。  
 予想していなかったわけじゃないけど、やはり経験不足のせいか、あたしの反応は遅れた。  
「あっ……!」  
 粘液が眼に入ってしまって、あたしは声を上げる。  
 
 ――どくっ! どくっ! どくっ!  
 あたしの乳房に挟まれたままのヴォルフのペニスが脈動し、二度、三度と欲望を吐露した。  
 そのたびに、あたしの自慢の美貌と自慢の金髪に白濁液が撥ねかかる。  
 でも、それが何故だか心地よくて避ける気になれず、ただ眼をつむり、彼の精液を浴び続けた。  
 やがて、熱情の奔流が収まり、  
「ああっ……」  
 ヴォルフが切なげな吐息をつくと、  
「……はぁっ……」  
 あたしもまた、ため息をつき、くたっと、彼の胸に倒れ込んだ。  
 あたし自身は、この程度でイクことができたとは、とても言えない。  
 だってパイズリしただけだし。オッパイこすれるのは気持ちよかったけど。  
 でも、彼を満足させられたというそれだけで、あたしは幸せだった。  
 精液まみれの顔で、なにカッコつけてんのって言われそうだけどさ。  
「ごめん……顔、汚れちゃったね」  
 彼は身体を起こし、あたしの頬に優しく両手を添えると、顔を近づけてきて……  
 あたしの頬にかかった精液を、れろりと舐めた。  
 ……え? あ? 彼、どんな趣味?  
 戸惑うあたしに、微笑みかけてくるヴォルフには、しかし邪気はなさそうだ。  
 つまり、彼は精液にまみれたあたしの顔を綺麗にしたいと思っただけなのだろう。  
 男が自分の精液を舐めるってどんな気分だろう? 他人の精液よりは、いいだろうけど。  
 なんか彼、浮世離れしたところがあるように思う。早漏だし。  
 あたしの知識の中にある一般的な人間の男性像と比べると、だけどもさ。射精の早さも含めて。  
 
 ……って、何度も早漏そうろうソーローと繰り返すなって?  
 そんな自己ツッコミを頭の中で入れているあたしに。  
「……ミア」  
 呼びかけてきたヴォルフは、もう一度、今度は正面から顔を近づけて。  
「人魚は……唇は許してくれないのかい?」  
「え……?」  
「ずっと憧れてたんだ。でも、それだけじゃない……。人魚なら誰でもいいと思ってほしくない。  
もちろん君以外の人魚を知っているわけじゃないけど、出会ったばかりだけど、僕は、君を……」  
 あたしは拒めなかった。  
 身じろぎもできなかった。  
 彼の真摯な瞳に見つめられて、まるで魔法でもかけられたように――  
 眼を閉じて、彼の唇を受け止めた。  
   
   
 そんなつもりでは、なかったのに。  
 これは、ささやかな復讐のゲーム。ラミアから人間への。  
 人魚なら誰でもいいわけじゃなくても。  
 あたしが人魚に似て非なる存在だと知れば、怒り、罵り、憎悪するくせに。  
 だから、キスくらい。  
 あなたを騙すためならば。  
 許してもいい。そう思ったのは、しかし。  
 後付けの口実にすぎなくて……  
 
 唇が離れた。眼を開けた。ヴォルフは微笑んでいる。  
 そして、あたしは――  
 身を翻し、湖に飛び込んだ。  
「……ミア!」  
 彼の上げた声が、すぐに遠くなる。それほど速く、深く潜った。  
 振り返ることなく。  
 泣きたいときは泳げばいいと、昔、ママが教えてくれた。  
 そうすれば涙を拭う必要がないからと。  
 でも、そんなの大嘘だった。  
 涙は、ただの水とは違う。舐めるとしょっぱくて、つまり成分が違う。  
 だから、すぐには湖の水と混じらない。  
 ハッタリにしても知恵を司る存在と呼ばれるラミアなのだ。ママだって、それくらい知ってたはずなのに。  
 視界が霞むのを何度も手で拭いながら。  
 あたしは地下水脈のトンネルをくぐり抜け、元の洞窟の地底湖へ戻った。  
 もう、二度と地上の湖へ出かけることも、再び彼に会うこともないだろうと思った。  
   
   
 傷つくのは、あたしひとりでいい。  
 彼を騙したことも。あたしがラミアであることも。  
 全てが、あたしの罪だから……  
 
 
 ――どぉぉぉぉぉんんんっっっ!  
   
 轟音が響いて、洞窟中が揺れた。  
 洞窟トカゲたちの騒ぐ声が聞こえて、あたしは、はっと眼を覚ました。  
 きょうもまた泣きながら眠ってしまったらしい。頬が涙で濡れているのが、自分でもわかる。  
 湖の畔で出会った彼――ヴォルフとの、あまりに甘美で、あまりに切なく。  
 そして、あまりに苦い出会いと別れ以来、あたしは、毎日泣き暮らしていたのだ。  
 だから、油断していたのかも知れない。  
「――いたぞ! この奥だ!」  
「――ラミアだ!」  
 ……嘘っ?  
 あたしは、心臓が止まりそうになった。  
 人間たちが、あたしを殺しに来たのだ!  
 あたしがラミアである、それだけの理由で。  
 当然、予期していてしかるべきだった。  
 ヴォルフと出会う数日前から、この洞窟に人間の冒険者たちが偵察に来ていたことは、気づいていた。  
 そのたびに、あたしは、息を潜めて身を隠したり、洞窟トカゲをけしかけて追い返したりしていたのだけど、  
今度ばかりは無防備に眠っていたところを、彼らに見つかってしまったのだ。  
「待って……!」  
 あたしは叫んだ。人間と争いたくなかった。  
 知恵を司る存在と呼ばれるラミアは、人間が操る以上に強力な魔法の奥義を心得ている。  
 けれど、あたしは自分の身を守るためにしても、血の流れる争いは好まなかった。  
 
 まして、ヴォルフとあのような体験をしたあとでは、なおさら人間たちを傷つけたくなかったのだ。  
   
 ――どごぉぉぉぉぉんんっっっ!  
   
 衝撃が、あたしを襲った。  
「あああああっ……!」  
 風の渦が剃刀のように肌を裂き、あたしは苦痛の叫びを上げる。  
 身体が宙に舞い上げられ、そして、洞窟の硬い岩肌に叩きつけられた。  
「……ごふっ!」  
 背中を尖った岩に打ちつけ、あたしは血を吐きながら、地面に倒れ伏した。  
 身体中の痛みが酷くて、どれだけダメージを受けたかわからない。意識が朦朧としてしまう。  
 松明を手にした冒険者たちが、こちらへ走って来た。  
「――殺せ! ラミアを殺せ!」  
「……やめて……、……お願い……」  
 あたしは身体を起こし、声を振り絞った。眼から涙があふれ出す。  
 ……あたしは、人間と戦いたくない……  
   
 ――ずむっっっ!  
   
 冒険者の一人が放ったボウガンの矢が、あたしの右の乳房に突き刺さった。  
「ああっ……」  
 あたしは呻いて、再び地面に倒れ込んだ。  
 
 身体中の傷から、赤い血がどくどくと流れ出す。  
 人間たちは認めたくないだろうけど、ラミアの血は色も匂いも人間のものと変わらない。  
 あたしは血の海に倒れたまま、ふるふるとみじめに体を震わせた。ひどく寒気がした。  
 死ぬのは怖くなかった。  
 でも、このままバケモノとして殺されるのは、イヤだった。  
 あたしは、人間に愛されたかったのに……  
 冒険者の一人が、あたしの身体を無造作に蹴り転がした。  
 松明の炎を近づけ、あたしの顔を照らして、  
「まだ子供じゃないか……」  
 あきれたように言ったその男に、別の冒険者が叫ぶ。  
「騙されるな、そいつはラミアだ! 千年生きている魔女なんだ!」  
 本当のところ、あたしは子供でもなければババアでもない。  
 花も妖精も恥らう十八の乙女だ。  
 あたしが人間なら。あるいは人魚なら。  
 ラミアでさえなければ、冒険者たちからこんな仕打ちを受けることもないのに……  
「……くくっ」  
 あたしは声を上げて笑ってしまった。  
 このまま殺されてしまう自分があまりに哀れで、みじめで、可笑しくなったのだ。  
 だが、冒険者たちは、その笑いを別の意味にとったらしい。  
「わ……笑ってやがるぞ、このバケモノ!」  
「はっ、早くとどめを刺せ!」  
 冒険者の一人が、剣を振り上げた。  
 
 そのとき、あたしの脳裏に、地上の湖の畔で出会った男――ヴォルフの面影がよぎった。  
 彼も腰に剣を提げていたっけ。いまごろ、どうしているだろう?  
 憧れの人魚との「初体験」は、忘れられるはずないよね。  
 といっても、数秒間のフェラチオとパイズリだけの、セックスというよりペッティングだけど。  
 その貴重な体験を振り返るたびに、彼が思い浮かべるのは、あたしのことで……  
 涙が出てきた。  
 ……このまま死ぬの、やっぱり、やだ……  
   
   
 あたしは、口の中で呪文を唱えた。  
 冒険者の振りかざした剣が、蛇に変じた。  
「……うわぁっ!」  
 冒険者は悲鳴を上げ、蛇を振り払う。  
「早く、とどめを!」  
 ボウガンを手にした冒険者が、あたしに狙いをつけ……その手の中で、ボウガンは蝙蝠に化けた。  
 蝙蝠は甲高い鳴き声を上げて、洞窟の天井へ飛び去っていく。  
 あたしは最後まで、人間たちを傷つけるつもりはない。  
 傷だらけの身体を起こし、地底湖を目指して這い始めた。  
「逃がすなっ!」  
 あとを追いかけようとする冒険者たちの行く手を、犬よりも二まわりほど大きい洞窟トカゲの群れが遮った。  
 洞窟トカゲは蛍光虫を食べて生きる温和な爬虫類だけど、見た目の醜悪さで人間から恐れられている。  
 それに、あたしの言うことはよく聞いてくれるのだ。鳴き声は酷く耳障りだけど。  
 
 冒険者たちが洞窟トカゲ相手に悪戦苦闘している間に、あたしはひたすら逃げた。  
 とはいえ、痛めつけられすぎた身体は思うように動かない。  
 蛇の胴体を不器用にくねらせ、のたうつようにしか進めない。  
 全身は痛みを通り越して痺れた感じで、何度も意識が遠のきかける。  
 それでも自分を励まして、やっとのことで地底湖の岸辺へと、たどり着く。  
 そして、あたしが湖へ飛び込もうとした、そのとき。  
 あとから追いついて来た人間の冒険者が、強力な魔法の術を放った。  
 
 ――ずっ、どおおおぉぉぉんんんっっっ!  
 
 あたしの身体は宙に吹き飛ばされ、洞窟の天井の鋭く尖った岩に、蛇の胴体が見事に突き刺さった。  
 ぶぢゅっ、というイヤな音がした。  
「……あああああああっっっ!」  
 あたしが激痛に身をよじらせると、今度は、  
   
 ――ぶちっ!  
   
 と、音が聞こえて、急に身体が軽くなった。  
 ……うそっ……?  
 蛇の胴体が途中で千切れて、身体の長さだけは人魚と同じくらいになったあたしは。  
 何だか、辺りが急に静かに、暗くなっていくのを感じながら。  
 湖に落ちて、そのまま底へ沈んでいく。  
 
 
 千切れた蛇の胴体から血が噴き出し、たちまち湖水は赤黒く濁った。  
   
   
 ごめんね、ママ。  
 あたしは子供を残せなかった。ママの血統は、あたしの代でおしまい。  
 人間がどれほど、ちっぽけな生き物か、知ってたのにさ。  
 ママが愛した、なのにママを裏切った、あの男から学んだのにさ。  
 人間なんて、ラミアが子種を得るための家畜と思えばよかったんだ。  
 人間が牛を飼って乳を搾るのと一緒。  
 ヴォルフという名の世間知らずな彼が、あたしを人魚と思い込んだのは好都合。  
 うまいこと言いくるめて、あたしの産みたての卵の上に射精させればよかったんだ。  
 種付けの方法、人魚とラミアは一緒だものね。  
 なのに……  
 世間知らずは、あたしのほう。  
 彼のあたしへの好意は、あたしが人魚であるという前提の下に成り立っていて。  
 あたしの正体をラミアと知れば、それはたちまち憎悪や敵意に変わるのに。  
 ならば、そもそもラミアであるあたしが、彼に好意を抱くことこそ愚か。  
 ただ利用すればよかったのに。騙し通せばよかったのに。  
 あたしの正体に最後まで気づかなければ、彼だって傷つかない、誰も傷つかないのに……  
 ねえ、ママ。  
 今度は、あたし……人間の女の子に生まれてきたい。  
 そしたら、ママの子じゃなくなっちゃうかもしれないけど……  
   
   
 あたしは最後の力を振り絞り、地下水脈のトンネルへ潜り込んで、あの地上の湖に向かい、泳ぎだした。  
 暗闇の中で死にたくない。  
 せめて、外界の太陽の下で死にたい。  
 そうすれば、今度は太陽の下で大手を振って生きる――人間に生まれ変われるかもしれないから。  
 それだけが、あたしの最後の望みだった。  
   
   
 そう、それだけだったのだ。  
 ……もう一度、彼に会えるなんて、思いもしなかった。  
   
   
 何だか柔らかくて、いい匂いのものに、あたしの身体は包まれていた。  
 こんなに安らかな気持ちでいられるのは、ママが生きていたころ以来だった。  
 あたしのママは、洞窟の中で怪我をして動けなくなっていた人間の男を助けた。  
 そして、その彼と結ばれて、あたしが生まれた。  
 でも、あたしの父親だった男は、ラミアであるママが自分を魔法で誘惑したのだと言って……  
 あとから現れた仲間の人間たちと一緒に、ママを殺した。  
 その直後に、別の人間の一団が現れて、父親だった男のグループと戦闘になった。  
 父親だった男と、その仲間たちは殺された。  
 彼らの所持品を漁り、大きな宝石のようなものを手に入れて、勝者の一団は引き上げた。  
 
 その宝石がどのような由来のもので、二つのグループにどんな因縁があったかは、知ったことではない。  
 まだ幼くて魔法も使えなかったあたしは、ママに言われた通りに身を隠していたので、助かった。  
 それからのあたしは、洞窟の中で、ひとりで生き続けて……  
 あたしの頬を、涙が伝って落ちた。  
 ヴォルフと出会って、悲しい気持ちで別れて、そして人間の冒険者たちに襲われて。  
 こんなつらい目に遭うのだったら、あのときママと一緒に殺されてしまえばよかったのに……  
 何かが、そっとあたしの頬に触れた。  
 あたしの涙を、拭ってくれた。  
 人間の手だった。  
 …………、え……?  
 あたしは、眼を開けた。  
 彼が――地上の湖の畔で出会った、あのヴォルフが、あたしの顔を覗き込んでいた。  
「大丈夫かい?」  
 彼は、優しい笑顔で言った。  
「つらい目に遭ったんだろう。大丈夫、僕がそばについている。もう、誰にも君を傷つけさせはしない」  
 そこは、地上の森の中に建てられた小屋だった。窓の外に、明るい木漏れ日の差す森の広場が見えている。  
 あたしは、どうやらベッドの上に寝かされていた。  
 そこにはシーツの代わりに、何か薬らしいものを染み込ませた布が敷かれていた。  
 あたしの身体が沈み込むほど何層にも。  
 いい匂いがしていたのは、それだった。  
 あたし、まだ生きてるんだ。  
 また彼に、会えたんだ……  
 
 そう思うと嬉しさと、心の痛みが、同時にこみ上げてきた。  
「あたし……、謝らなくちゃいけない……」  
 涙がこみ上げてきたけど、彼に言わなくちゃいけなかった。自分の口から。  
 あたしがラミアであることは、千切れた蛇の胴体で、とっくにバレているとしても。  
「あたし、本当は人魚じゃないの。あたしは、本当は……」  
「わかってる」  
 ヴォルフは、あたしの手を握った。  
「人魚は海にしか棲まない。あのあと僕は、もう一度君に会いたくて、人魚のことを勉強し直した。でも、  
もういい。君が人魚じゃなくてもいい。君が何者でもいい。もう一度会えただけで、それでいい」  
「……ヴォルフ……」  
「ミア……、僕の故郷ではね」  
「え……?」  
「十五を過ぎた男は、血縁以外の女性に初めて裸体を見せたとき、その女性と結ばれなくちゃならないんだ。  
それも、一生ね」  
「なに……、言ってるの……」  
 あたしは動揺する。あたしは人魚じゃないし、もちろん人間でもない。  
 ラミアだ。人間に忌み嫌われる存在だ。  
 だが、彼は優しい眼差しのまま、あたしの手を握る力を少しばかり強め、  
「僕は見ての通り十五はとっくに過ぎてるし、君は僕の血縁ではない、これから身内になるにしてもね。  
それに何より、僕は自分から君の前で服を脱いだ。それはつまり、君への気持ちだと思ってほしい」  
「だって、それは、あたしを人魚だと思って……」  
「君が人魚じゃなくてよかったよ。人魚は地上では暮らせないし、僕も海の中では暮らせない」  
 
「ヴォルフ……」  
 せっかく再会できた彼の顔が、涙で霞んでよく見えない。  
 でも、あたし、こんなときなのに、たぶん、こんなときだから照れちゃって、素直になれなくて。  
「あたしは知恵を司るモノよ。そんなおかしな風習の土地があるなんて、知らないわ」  
 泣いてるくせに、生意気にも言ってしまった。  
「……ごめん」  
 ヴォルフは顔を赤くしたみたいだ。涙でよく見えないけどね。  
 でも、カマをかけてみたら、やっぱりハッタリだったらしい。  
「君が、人魚は初めて出会った人間の男と結ばれるなんて言うからさ。ちょっと真似してみた」  
「でも、ヴォルフ、大事な話……」  
 あたしは彼の手を握り返しながら、空いている手で涙を拭い、  
「……あたし、人間の女の子と同じようには、あなたと結ばれない。あたしの身体、見ればわかるでしょう?」  
「人魚に憧れていた僕だよ。そんなこと、問題になるものか」  
「そしたら、どうやってあたしをイカせてくれるの?」  
「……えっ?」  
 ヴォルフは、眼を丸くした。あたしは、わざとふくれ面をしてみせて、  
「あたしはクチとオッパイで、あなたに尽くすわ。あなたも、きっとそのつもりでしょう? それで、  
あなたはどうやって、あたしを満足させてくれるの? 人間の女の子みたいにはイカないわよ」  
「いや……、その……」  
 困った顔をするヴォルフに、あたしは、くすくす笑ってしまった。  
 こんなふうに、心から笑えたのは、ママが生きていたとき以来だ。あたしの心は、もう決まった。  
「キスでいいわ」  
 
「えっ?」  
 きき返すヴォルフに、あたしは、にっこりと会心の笑みで言った。  
「キスでいい。女の子は、男ほど欲望がストレートじゃないの。キスだけでハッピーになれるときもあるのよ。  
その代わり、あたしが求めたときは、いつでもキスして。約束できる?」  
「……君が求めたときはもちろん、僕がしたくなったときも、いつでもするよ」  
 そして、あたしたちは唇を重ねた――  
   
   
 あたしたちは、森の中の小屋で一緒に暮らし始めた。  
 あたしの肌は……そう、あたしの真珠のような美しい肌には!  
 魔法の嵐に巻き込まれたときに無数の切り傷ができて、それは彼が塗ってくれた(彼の優しい指遣いに、  
あたしは感じてしまった)ご先祖様の秘伝とかいう薬のおかげでほとんど治ったのだけど。  
 あたしの白磁のような麗しの背中と、とても可愛いらしい右のオッパイには、消えない傷が残ってしまった。  
 あの冒険者ども……あのとき、殺しておくべきだったかも知れないっっ!  
 蛇の胴体は、途中で千切れたままだったけど、いちおうは傷口が塞がってくれた。  
 あたしは地上を這い回ることはできなくなったけど、不便は感じなかった。  
 だって、陸の上では優しい彼が抱っこして、あたしの行きたい場所に運んでくれるし。  
 水の中では、元のように自由に泳ぐことができた。  
 あたしたちふたりは、ほとんど毎日毎晩、何度も何度もエッチなことをした。  
 あたしたちは、幸せだった。  
   
 
 ヴォルフの舌が、あたしの口に挿し入れられた。  
 上顎を撫で、舌を撫で、歯茎の裏を、つぅーーーっとなぞって……あんっ、くすぐったいっ!  
 彼の唇が、あたしの首筋から胸元へ、そして、形よくふくらんだ大きめの可愛らしいオッパイへと。  
(可愛い可愛い、しつこいって? いいでしょ、自分でもお気に入りなんだから!)  
 あたしのなめらかな肌をなぞっていく。  
 森の夕陽が差し込む窓辺に置かれたベッドの上で、あたしたちは、愛し合っていた。  
 ぷるぷると震わせた舌を、ヴォルフは、あたしの乳首に触れさせる。  
「あ、あ、あ……んんっ!」  
 あたしは陶然と声を上げ、身をよじらせる。  
 彼、舌の使い方が、とても上手になった。  
 それから、ちゅぱちゅぱと、ちょっぴりイヤらしい音を立てて、あたしの乳首を吸ってくれる。  
 あたしは愛しい彼の髪を撫でる。  
 彼の手が、あたしの、きゅっとくびれた細い腰に回される。  
 悲しいけど、あたしには人間の女の子のようにオ○ンコはない。  
 それを使って彼を歓ばせることはできない。  
 産卵用の穴は、蛇の胴体にあったりもするけど、そんなところに挿入するのは彼もイヤだろうし……  
 だから、あたしは、口で彼に奉仕する。  
 彼の堅く憤ったペニスの裏筋を、何度も何度も、すーっと縦になぞるように、舐めてやる。  
 しわしわに縮れた、舐めているこっちの舌もくすぐったくなるような玉袋に舌を這わせる。  
 ちょっぴり悪戯心を起こして、玉ごとそれを口に含んで、ちゅぱちゅぱ吸ってやる。  
「ああっ……」  
 彼は切なげに声を上げ、腰をよじった。  
 
 あたしとは、何度もこういうことをしてるのだから、そろそろ慣れてきてもいいはずなのに。  
 相変わらずヴォルフの反応は、ウブな少年みたい。  
 それがまた、彼の可愛いところなのだけど。  
 これをヴァギナに入れてもらえたら、どんなに気持ちいいことだろう……  
 と、ラミアとして生まれた自分をちょっぴり怨めしく思いながら、彼のペニスを、口にほおばる。  
 それを、喉の奥まで呑み込むようにする。ディープスロートってやつ。  
 初めてやったときは、思わず吐きそうになったけれど、いまでは結構慣れてきた。  
 この吸い上げられる感じが、彼にも最高に気持ちいいらしい。  
 それから、頭全体を前後に動かし。  
 唇では彼のペニスの竿を、舌では裏筋を、上顎では亀頭をしごくように、口腔全体で彼に奉仕する。  
 あたしの全てを彼に捧げたい。あたしを愛してくれる、彼のために。  
 唇も、舌も、オッパイも、全てがヴォルフのもの。  
 すでに、あたしは知恵を司るモノではなく――ヴォルフに身も心も支配された、一匹のメス蛇だ。  
「……ああっ、ミア。僕は、もう……」  
 あたしの髪を撫でながら、彼は言った。  
「んー……」  
 あたしは彼のペニスを口いっぱいに頬ばったまま、呻くように返事する。  
 びくぅっ!  
 と、彼の体が震えて。  
 どくっ、どくっと、彼の熱情が、あたしの口に、ほとばしった。  
 あたしは、それを全て受け止め、ごくんと、喉を鳴らして呑み込んだ。  
 しばらく彼のペニスをくわえたまま、余韻を楽しむ――  
 
 
「……そろそろ、出かけなきゃ」  
 ヴォルフは言って、あたしから離れ、ベッドを降りた。  
 脱ぐときには、あたしが手を貸した服を、手早く身に着ける。  
 あたしは……彼が服を着るときは手伝わないで、黙って見てる。口とがらせて。  
 服を着るのは、彼が外に出かけるときで、その間、あたしは留守番なのだ。  
 洞窟では、ずっとひとりだったけど……孤独じゃない生活を知った途端、あたしは欲ばりになったみたい。  
 もしくは我がまま。  
 あたしたちの生活(新婚生活!)が、彼が外で働いているおかげで成り立っていることは理解している。  
 彼には薬草の知識があり、森で集めたそれを、近くの街で食べ物その他の必要な品物に換えて来るのだ。  
 でもでもぉ、愛する人とぉ、片時も離れず一緒にいたいってぇ、可愛らしい我がままでしょぉっ?  
 あたしが人間だったら、せめて人間のフリして二足歩行できる身体なら、街まで彼について行くのに。  
 それか……ヴォルフ、もうちょっとマッチョに鍛える?  
 あたしを四六時中、抱っこして活動できるように。  
 ま、それは、ひとまず置いといて。  
「……ねえ、ヴォルフ。夜しか花を咲かせないという、その薬草。今度、持ち帰って見せてくれない?」  
 あたしが言うと、ヴォルフは困った顔をした。  
「ダメだよ……。あの薬草、乾燥させる前は猛毒だしね。特に、蛇によく効くんだ」  
「花もダメ? 花だけ摘んで来てくれたら、いいじゃない?」  
「花を摘んだら、希少な薬草が死に絶えるよ。植物は、ミツバチなどの昆虫が花粉を運んで繁殖するんだ。  
だから、僕が集めるのは葉っぱだけ。それも薬草を傷つけないように、一本から一枚か二枚ずつだ」  
「それはわかってるよぅ。でもでもぉ……」  
 ぷうっと可愛らしく(自分で言うなって?)頬をふくらませる、あたしに。  
 
 ちゅっと口づけして、ヴォルフは、にっこりとした。  
「君は、僕に出かけてほしくないから、我がまま言うんだろ? でも、お金のための仕事じゃないんだよ。  
お金だけなら昼間働けば充分、稼げる。でも、あれは特別な薬草でね。難病の特効薬になるけど、満月の夜に  
咲く花を目印に集めるしかない。それを必要とする人がいるからこそ、僕が集めて来なくちゃならないんだ」  
「夜の森は危険だわ」  
 あたしは真顔になって言った。  
「特に最近、満月の夜は、よく狼の遠吠えが聞こえてくるの」  
「ごめんよ、心細い思いをさせて。でも、君は魔法で自分を守れるだろうし、僕だって……」  
 腰に締めたベルトに提げた剣を、軽く叩いてみせ、  
「この剣がある。君に腕前を見せたことはないけどね」  
「そんな機会が来てほしいとは思わないわ。ねえ、約束して。今夜も狩ったり、狩られたりしないと」  
「僕は狼狩りに行くんじゃないんだよ。薬草を集めに行くんだ」  
「でも、約束して」  
「わかった、わかったよ。約束する……」  
 ヴォルフは微笑み、あたしにもう一度キスをして、小屋を出て行った。  
   
   
 彼――まだ、あたしに気づかれていないつもりなのかしら?  
 出かけるのは、必ず満月の夜。翌朝、帰宅するときには、彼の服は茶色い獣の毛だらけだ。  
 だいたい、名前がヴォルフって、そのまんまでしょ? ラミアのあたしの名前がミアであるように。  
 彼には人間を狩ったり、人間に狩られたりしてほしくない。狼みたいに。  
 ……そして今夜も、森から狼の遠吠えが聞こえてきた。【終わり】  
 
 

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