「んじゃー三木麻友美、生中イッキまーす!」  
麻友美は声を張り上げ、威勢良くジョッキを傾けた。  
おーっという歓声と共に視線が彼女に集中する。  
麻友美がジョッキの泡越しにあたりを窺うと、自分の迫り出した胸に  
痛々しいまでの視線が集まっている。  
 
麻友美はほくそえんだ。  
名目はゼミの飲み会だが、場の空気は握手会に近い。  
肩甲骨までのさらっとした黒髪、絞り込まれた胴に隆と盛り上がる乳房。  
パンツが窮屈そうな尻に、ニーソックスがこれでもかと栄える長々とした美脚。  
顔の造詣はやや洒落たといった程度だが、その身体がたちまちに異性を呑んだ。  
ゼミにいる他の数名の女子には気の毒だが、独壇場である。  
 
「っはー、つめて!」  
ジョッキをカンッと机に打ち鳴らして息を吐く麻友美。  
笑いが起きると共に多くの視線が泳ぐ。  
  (女冥利に尽きるねぇ)  
彼女は、男たちの興味を一身に受ける状況に心の底で酔いしれた。  
しかし表面にはおくびにも出さず、色恋に興味の無い酒豪を演じる。  
実際さばさばした性格ではあるために、同性からも比較的僻まれずに済んでいる。  
 いや、むしろ同性からの人気はかなりのものだ。  
昔から麻友美は発育がよく、部活仲間に絡まれた。  
当時粛々とした性格であった彼女が生き残るには、変わるしかなかった。  
女子高時代の男っぽさが抜けないのが、彼女のささやかな悩みである。  
 
「いい飲みっぷりだな」  
ふと麻友美の隣に座る男が声をかけた。  
上回生の一人で、長身に茶髪の見目の良い男だ。  
おそらくはこの中でも一番のルックスで、女の扱いも慣れている。  
「へへ、惚れるねよ〜」  
麻友美は笑いかけながら、料理を取るふりをしてさりげなく距離を空ける。  
  (下心見え見えだっての…)  
よほど自信があるようで、一番いい女を堕としにかかるタイプだ。  
「…でお前、ホント俺と似てるんだわ。だってさ……」  
男は延々と話し続けている。  
内容はナンパテクニックの典型だった。  
麻友美のもっとも嫌うタイプだ。しかしいつも迫ってくるのはその手合い。  
彼女の好みは、たとえば…。  
視線は、部屋の隅で一人チューハイを啜る小太りの男に向けられる。  
 
先の男が別グループに呼ばれた隙に、麻友美はテーブルを跨いだ。  
目の前で腿がゆれ、小太りの男は背筋を伸ばす。  
彼女の好みは、たとえば垢抜けない男。  
過剰な自信をもたず、気の利いた事を言うでもない不器用な男。  
「よー、もっとどんどん呑まんと元取れないぞ」  
男の隣に座りこみ、むっちりとした腿を晒す。  
すぐに躊躇いがちな視線が落ちるのがわかった。  
 
麻友美はまた子供らしからぬ笑みを浮かべる。  
「みんなー、女みるときってどこで選ぶ?」  
彼女の言葉に、雑談をしていた筈だった皆が振り向いた。  
「胸!」「黒髪かどうか」「やっぱ顔かな」  
次々と意見がならび、女子もやや意外そうに頷いている。  
麻友美は適当に相槌を打ち、最後に小太りの男を黙って見つめた。  
彼はその顔にぞくっとしたように息を乱し、脚、と小さく呟く。  
そしてさらに細く、隣にしか聞こえないような声で続けた。  
「…そ、み。三木さん、みたいな……」  
麻友美は頬がくにゃあっと溶けたのがわかった。  
 (くそー、かぁいいなぁっ!)  
彼女は男の髪をくしゃくしゃと撫で回し、胸に彼の頭を抱え込んで動揺を愉しんだ。  
 
彼女はやはり、駄目な異性しか自然に愛する事ができないらしかった。  
小太りで目が沈みがちで、ぼけっとしていて、人任せ。  
そんな相手だと母性をくすぐられて仕方ない。  
彼女はまだ気づいていなかった。  
その根底にあるイメージが、誰のものであるかを。  
 
麻友美が帰宅したのは11時を過ぎていただろう。  
玄関を開けた瞬間、彼女は家の異様な空気に気がついた。  
「なら今すぐ警察行くか!」  
父親の叫びにも似た怒号が響いている。  
彼は息子の襟首を掴んでいる。  
さらにソファでは、母親が泣き崩れていた。  
そして最も異様なのが、床に散らばった数多くの女性下着。  
「えっ、ちょっと、何の騒ぎよ?」  
麻友美が慌てて父親に駆け寄ると、彼は脱力したようにソファに腰をついた。  
「この馬鹿が、他所様の下着を盗み続けてたらしい」  
床を眺めて彼は言う。  
母親の号泣が大きさを増す。  
 
弟の寛治が下着泥棒だったという。  
ここ半年にわたって近所を荒らし、今日不信に思った被害者の父親に取り押さえられたらしい。  
事件はなんとか示談で済んだが、寛治はまたやるかもしれない、と言っているそうだ。  
「お、抑えられないんだ。そのうちまた、や…」  
言葉の途中で父親の拳が唸り、寛治は床に倒れた。  
母親が発狂したように叫んでいる。  
「なら、一生塀の中で暮らせ!二度と出てくるな!!」  
父は寛治の髪を鷲掴みにし、玄関へ引きずっていく。  
「あなた、やめて!!」  
母は必死になってその腕にすがりついた。  
そして父を諌めた後、涙を溢しながら娘の下へ歩み寄る。  
「麻友美、お願い。あなた協力してあげて」  
 
泣き続ける寛治を横に、議論は朝まで続いた。  
父は他所に迷惑をかけるぐらいなら警察に突き出すと主張し、  
母は今高3の寛治はプレッシャーも多く、仕方の無いことだと説く。  
その結論は常軌を逸していた。  
身内であり歳の近い麻友美が、毎晩下着を与え、監督すること。  
当然麻友美は泣き喚いて反対したが、もはや家族の結束を守るにはそれしかない。  
 
この時ふたりの姉弟の距離は、歪な狭まりを見せることとなった。  
 
ぎしっと床が鳴り、麻友美は焦った。  
弟の部屋の前、フロ場に持ち込む着替えとは別に持った下着をひろげる。  
よりにもよって白。  
何かの拍子に覗かれたとき、白ならウケがいい。  
そのため最近は純白のショーツを多く集めていた。  
いわば一種のファッションのつもりだったのだが、それが完全に裏目に出た。  
さほど汚れてはいないが、尿道や菊座に当たる部分にややくすみが見える。  
おそらく、弟には見透かされてしまうだろう。  
 
麻友美は息を吸った。  
「……入るよ」  
軽くノックをした後声をかける。  
どうしてか、怖かった。  
ドアを開けて久しぶりに顔をあわせる。  
金髪ですっかり生意気そうな弟は、気まずそうに目を逸らした。  
麻友美は奥歯を噛み締めてその横顔をにらみつける。  
「最ッ低!」  
ショーツを床に放り捨て、荒々しく扉を閉めた。  
ひっ、という声が閉まり際に聞こえた。  
 
麻友美は寝付けずにいた。  
酒は回ってきて頭が蕩けそうだし、風呂で暖まって眠気もある。  
しかし時計が2時を回っても眠れない。  
仕方なくヘッドフォンを外して目を瞑っていると、隣から奇妙な音が洩れてくるのに気がついた。  
対流のような、重苦しい何かが渦巻く気配とでもいうのだろうか。  
そっと壁に耳をつける。  
パソコンのタイプ音が離れていても聞こえる厚さだ。傍なら布擦れの音でもわかる。  
『…ぇちゃん』  
うっすらと、そう聞こえた。  
麻友美は目を見開く。  
 
『姉ちゃん…ごめん…姉ちゃん』  
泣き声がする。しかし、同時に何かをこする音も途絶えない。  
ティッシュを引き出す音まで聞こえ…  
 
 (匂い…嗅いでやがんの………)  
 
姉は頭を抱えた。頭がおかしくなりそうだ。  
自分のショーツにそこまでの執着をみせている。  
少し前まで後をてこてこついて来ていたちびが。  
『あ、あ、姉ちゃん…そんな男…なんで…』  
弟の声は止まらない。  
                    
麻友美はパジャマを強く握り締める。  
背筋に寒気が走った。  
しかし、それは昼間の色男にたいする物とは違う。  
 
 (飲みすぎた。ちっと飲みすぎたよ)  
彼女は脚を立て、するっと下を脱ぎ捨てた。  
黄金の夜灯と月光で明るい部屋の、ガラスに下肢が覗いている。  
『……綺…麗だ』  
脚を折り曲げるように抱え、陰核をこする。  
二つの指ではさみ、こすり上げ…。  
「……っう、ぅ…ん」  
細切れな息が洩れた。  
 (あたし、どんだけ興奮してんだ――豆が掴めないよ)  
とろとろになった淡いの淵をゆっくりとなぞる。  
 
『ねぇちゃん…嫌わないで……そんな…目……』  
二本の指が不意に滑り、とぷっと体内への侵入を果たした。  
「くっ!」  
麻友美は内腿に太筋を立てて身悶える。  
 (あの、ちび…クソちび…めぇ…)  
奥へ導くと、腰がぐんぐんと海老反った。  
いつもと変わらない太さ、長さ、今までにもあった角度なのに。  
『もう…話とかも…もう…』  
根元まで沈んだ指からとろみが垂れ、手首から幾筋もながれて  
為すすべなくシーツを香らせた。  
 
 (これ…やばい、って…!)  
麻友美はいったん飛沫を上げて指を抜き、肺を弛緩させた。  
今までのどんなSEXよりも刺激的で、体中を嘗め回されるより火照り、  
ビデオを撮られるよりこめかみが歓んでいる。  
 
『姉ちゃんにだけは…って、俺……なのに…ご、め…ごめ、な…ぁい……』  
見られるのが大好きで、見せたいと思う気持ちばかりで、  
だが、本当の視線に今まで気づいていなかった。  
 
 (こうして離れて…あいつは、もっともっとあたしが好きになる。  
  それで、あたしは…? )  
 
指で作った幼い猛りで女を辿りながら、麻友美は崩れかけの脳髄でのろけた。  
舐めてみる蜜は心なしかしょっぱい。  
それが女らしい頬を伝い、ぽたぽたと垂れ落ちる。  
 
まだ初めての夜だ。  
 
 ――父さん、母さん、あたしだよ。  
 
『姉ちゃん、ねえちゃん、ねぇちゃん、ねーちゃん、ねーちゃん――!!!』  
 
 ――もう、あたしをどこか連れてった方が、いいんじゃないかな…  
 
 
                            了  
 
 

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