自宅近くの大きな辻まで来たとき、川島隆文はえらく勢いのついた車とすれ違った。  
車夫が慌てているのを見ると、乗客はよほど急いでいるに違いない。雨上がりのぬ  
かるんだ道にできた轍を見つつ、隆文は自宅へと向かった。  
「はて、そういえば今日は姉さんに、見合い話があったはずだが」  
二十歳になる姉の千鶴子には、最近、どこの誰ともわからぬ男からの、求婚の申し  
込みが後を絶たない。  
 
やあ、何処其処の公爵の次男ですなどと、やたらと身分を強調してくるのが多いの  
は、川島家が成り上がりの新興財閥ゆえであろう。もっとも姉は爵位など気にも止  
めない為か、軽くあしらう事が多いという。  
「そうなると、さっきの車は見合い相手かね」  
きっと、姉が見合い相手を手ひどく追い返したに違いない。隆文が急ぎ足で帰宅す  
ると、案の定、玄関先でおろおろとする母の姿があった。  
 
「あっ、隆文・・・ちょっと聞いて頂戴。千鶴子さんったら、また」  
「見合い相手を怒らしたんだろう」  
「ええ、そうなの・・・お相手は土竜小路家のご子息様だというのに・・・私はもう、どう  
したらいいの」  
「姉さんの好きにさせるさ」  
母には悪いが、隆文は姉に喝采を浴びせたくなった。今時、政略結婚などという発想  
は古いとしかいいようがないし、千鶴子は近隣でも評判の美人で、かつ学もある。家庭  
に収まり、良い妻、良い母にならなければいけない理由は、どこにもないのだ。  
 
広大な屋敷の玄関を上がって、長い廊下を何度か折れて、中庭を眺めながら姉の部  
屋へ行く。今日はどのような話が聞けるのかが楽しみだった。  
「姉さん、入るよ」  
「隆文か。おいで」  
六畳ほどの和室に卓袱台、その上に一輪挿しの花瓶がひとつと、壁には名の知れぬ  
誰かの掛け軸が一幅。この殺風景な趣の中に、大輪の如き美しき花が咲いている。  
それが姉、千鶴子であった。  
 
「派手にやったようですね」  
千鶴子はふ、ふ、と鼻を鳴らした。  
「どこの公爵か知らないけど、世間知らずのお坊ちゃま寄越して、嫁にくださいも  
ないもんだ。笑わせるよ」  
「手ひどくやりましたか?」  
そう尋ねると千鶴子は中庭を指差して、  
「池に放り込んでやった。ははは!」  
と、高笑い。  
 
ここで普通なら、姉を諌めるべきだが、隆文は愉快でならなかった。拍手喝采で  
包み、賛辞を送りたいくらいである。しかし、表向きはそれらしい顔をして、  
「さぞや、父さんの骨が折れることでしょうね」  
などと言っておく。  
 
「見合いなんて柄じゃないよ」  
「でも、姉さんも年頃だし」  
「そうだね」  
一瞬、千鶴子が寂しそうな顔をしたので、隆文は中途で購入したシトロンを鞄から  
取り出して、  
「冷えてますよ。やりますか」  
「いいね。気が利くじゃないか」  
「栓抜きを取って来ます」  
嬉しそうに微笑む姉を見つつ、部屋を後にしたのであった。  
 
台所へ行くと、女中も慌てふためいていた。千鶴子がやらかしたのを見ているの  
だろう、誰もが右往左往の有様で、中には泣き出すものもある。それにしても、  
何という素敵な姉であろうか。公爵家のご子息様を、池へ放り込む女傑の頼もし  
い事、頼もしい事・・・隆文はにやつく顔をしかめる事に必死だった。こんな時、笑っ  
ていてはまずいのである。黙って栓抜きを取り、再び姉の部屋へと向かった。  
 
二度目という事で、今度は声をかけずに入室すると、千鶴子は着替えの最中だっ  
た。先ほどは余所行きの着物だったが、それが暑苦しいのか、洋服に着替えてい  
る所であった。  
「すいません」  
「なにを謝ってるんだい。早くシトロンの栓を抜いておくれよ」  
「はい」  
千鶴子はまとめていた髪を解き、流れるままにした。それで出来た小さな風に乗っ  
て白粉の匂いが漂う。  
 
(胸が)  
すぐ傍で生肌を晒す姉の体は日の光を帯び、神々しいほど眩い。隆文は動悸を覚  
えながら、卑しい心をひた隠していた。  
「おまえ」  
「はい」  
千鶴子が背を向けたまま声をかけてきたので、隆文は横目で艶かしい女体を盗み  
見しながら、シトロンの栓を抜く。襦袢が滑り落ち、尻の割れ目がはっきりと見える。  
姉はすでに素っ裸だった。  
 
「男ばかりの学校に通って二年にもなるけど、もう誰かに衆道の手ほどきでも受け  
たかい?」  
「いえ、幸いにもそういう事はありませんが」  
「あれは良いものらしいよ。だけど、おまえは今後、社会に対して責任ある立場に  
つかなきゃならないから、野郎陰間なんて陰口を叩かれないようにしなきゃね」  
「心得ます」  
「シトロン寄越しな」  
 
冷えた瓶を手渡すと、千鶴子はそれを一気に煽った。喉を鳴らし、まるで土方男  
のような下品さだが、この姉がそれをやると何だか婀娜で艶っぽい。歌舞伎踊り  
でも見るような、そういう艶かしさがあるのだ。  
 
千鶴子はシトロンを飲み干すと、弟の目があるにも構わず、着替えを続けた。  
近頃は洋装流行という事もあり、下着も舶来物をよく身に着けるようで、彼女の  
手には毒々しい紫色の布切れがあった。隆文はシトロンを飲みつつ、姉に向け  
た卑しい視線を悟られぬよう、壁の掛け軸に目を遣った。千鶴子は素足に間延  
びした靴下の如き物を履き始めていた。  
 
(なんだろう、あれ)  
網になった靴下を伸ばしたような、不思議な物である。千鶴子は慣れているよ  
うで、衣擦れの音もさせずにするするとそれを履いた。長く美しい脚線が、紫色  
の網に包まれたようで、何やら怪しげである。それを、腰に巻いたバンドで吊り  
終わると、千鶴子はおもむろに振り向き、  
「おまえ、これが何か分かるかい?」  
などと言うのである。  
 
隆文は恐る恐る目を合わせた。姉は襦袢を着けていない。素っ裸の身に、紫色  
の長靴下と、それを吊るバンドしか着けていないのだ。ちょうど良い大きさの乳房  
も、若草がふうわりと茂った下半身も、すべてが隆文の目に映じている。  
「分かりません」  
「仏蘭西の娼婦が身に着ける物だそうだよ。まったくの男を喜ばせるためだけの  
下着らしい」  
「そうですか」  
 
胸の動悸が治まらず、隆文は息苦しさを感じた。姉が異国の娼婦と同じ姿でいる  
と思うと、心がはちきれそうになった。  
「娼館で女たちはトランプをやるらしいよ。その様子を男たちが見て、決めるんだっ  
てさ。どこの国だって、男は助平だねえ」  
ふ、ふ、と千鶴子は笑った。公爵の倅を池に放り込んだ時も、このようにして笑っ  
たのだろうか。興奮した隆文は、いい加減、眩暈まで覚えてきた。  
 
「おまえ、ズボンをお脱ぎ」  
「え?何故ですか」  
「黙って言うことを聞けばいいんだよ。弟ってのはそういうもんだ」  
そう言われると仕方がない。隆文は命ぜられるままにズボンを下ろした。  
「四つんばいになるんだよ」  
 
犬のごとく這うと、千鶴子は隆文の尻をなで始めた。初めはまあるい尻たぶをゆっく  
りと。次第にすぼまりがある辺りを突付くように、それはいやらしく撫で付けるのであ  
る。  
「ね、姉さん」  
「黙ってな」  
隆文は尻の穴に、何か冷ややかな液体のような物が、塗られている事に気がついた。  
それによって、姉の細い指が穴を出入りし、心細いようなそれでいて楽しいような、摩訶  
不思議な心持になるのである。  
 
「私は男は嫌いなんだけどね。おまえは特別さ。こうして、クリームも塗ってやるんだ」  
千鶴子の目は血走っていた。外国の娼婦の如き姿で弟の肛門に指を入れ、昂ぶって  
いるようだった。  
「姉さん、すいません。このままでは僕は・・・恥をかきそうですが」  
「いいんだよ」  
隆文は別に、男色の気がある訳ではない。だがこうやって、姉の愛撫に身を任せてい  
ると、自分が無垢な乙女になったような気がする。陰茎が凄まじく張り詰め、そのまま  
裂けそうだった。  
 
「おまえみたいに可愛い顔をしていると、男子校なんぞにやるのは勿体無いね。ああ、  
汚らしい」  
「僕は別に・・・そういう訳では」  
「いつかはそうなるさ。寄宿舎にでも遊びに行けば、一緒に風呂へ入る事もあるんだろ  
う。そういう時、悪戯な先輩が一人は必ずいるもんさ」  
千鶴子はそう言うと、空いた手で熱くなった陰茎を握った。  
「こいつを入れられて、ひいひい泣かせられるのさ。だから、男は嫌だよ」  
肛門を犯す指の動きが早くなり、隆文は呻いた。素晴らしい一瞬が、目の前まで訪れて  
いた。  
 
「ううっ!」  
陰茎がわななき、大量の粘液を吐き出した。懐紙の用意が無かったので、畳の  
上は悲惨な状態になる。肛門はいまだ姉の指によって犯され、生肉をこねるよう  
な音がしていた。  
「ふ、ふ、随分と元気が良いね」  
「す、すいません」  
「陰間が気に入ったらしいね」  
 
千鶴子はふと自分の飲み干した、シトロンの空き瓶に目を遣った。  
「男の物はちょうどこれくらいかね」  
つるりと滑らかな瓶の先を、千鶴子は隆文の肛門にあてがった。そして指戯によ  
ってすっかり解されたそこは、しずしずと瓶を飲み込んでいく。  
「あううッ!」  
「いい声だ。さぞや、学友や先輩たちのお気に入りになるんだろうね、おまえは」  
 
瓶は呑み口から五センチも入っただろうか、少し太くなった部分で止まった。千鶴  
子は今や、芋虫のように転がる弟を軽蔑と悲哀の眼差しで見つめ、こう言った。  
「いい格好だよ、おまえ」  
隆文が見上げると、姉の狂気のような笑顔が確かめられた。異性へ対する憎しみ  
と、弟への憐憫が入り混じった複雑な表情だった。  
 
「姉さん」  
「なんだい、おまえ」  
「僕はずっと、あなたの傍にいますから」  
「・・・・・」  
千鶴子は何も答えない。ただ、黄昏かけた西の空を見て、立ち尽くすだけであった。  
 
おすまい  
 

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