「ね〜お兄ちゃん。お○んこって何?」  
ブッ……!  
 思わずりんごジュースを吹きこぼす俺。妹はなおも聞き続ける。  
「クラスの男子が馬鹿にするんだよ! 『お○んこも知らないんじゃ  
この先生きていけないだろ〜』『みんな持ってるよ』とか言ってからかうの!  
お兄ちゃん。教えて」  
「辞書にも載ってないんだよ! 大体お○んこなんて……」  
 フリーズ! プリーズ誰かこの子を止めて!!  
 
 その後、意味を知った妹が恥ずかしがり、赤面するのは  
お約束。その時隣に車が猛スピードで通り抜け、兄は妹の手を取って引き寄せた。  
 戸惑い、胸が熱くなる妹。思わずもれる声。「あっ」  
 妹を引っ張らなかったら、車に接触していたかもしれない。  
「急に手引っ張ってごめんな」「あっ、えっ、あの……車が悪いから」妹は兄の胸元から  
離れる事さえ忘れ、上に顔を向けて顔を綻ばせた。「ちょっとドキッとしちゃったけど」  
「うん……。あ、ごめん」兄は妹の手を離した。さっきからずっと握りっぱなしだった。  
これでは妹は離れられない。兄が手を離すと妹はさらに赤面し、兄から少し離れた。  
「ねえ、お兄ちゃん。手繋がなくなったのって、いつだったっけ?」  
「ん〜、すまん。忘れた」  
「酷いッ!」  
 妹は瞬時に顔を曇らせて、抗議した。  
「私、お兄ちゃんと手繋いで登校してからかわれたんだよ!? 覚えてないの?」  
 そういえばそうだった。  
 俺は親の代わりに入学式に出席する事となり、妹と手を繋いで中学校の正門をくぐった。  
その時、はやしたてる男子の声が聞こえてきたのだ。「中学にもなって兄貴同伴かよ。ガ  
キだなぁ〜」「いやいや彼氏だよウン、間違いない」「パパだろパパ。顔がいやらしい」  
「ウン」三名の男子は頷きあい、妹の周囲にたむろった。男子の一人、リーゼント小僧が  
聞いてきた。「お前、非処女?」  
 その時には俺の我慢が限界に達し、思わず手が出てしまった。右拳が男子生徒の頬を打  
った。確かな手応えの後、リーゼントは声を立てずに左横に吹っ飛んだ。  
 
 その後、三名との喧嘩が始まった。繰り出される蹴りやパンチをかわし、俺は次々に三  
人の生徒を倒していった。三人目が降参した時、教師が駆けつけてきて怒声をあげていた。  
 
 冷静なようでいて喧嘩っ早い俺とおろおろする妹は、入学式前に教育指導室に連れて行  
かれた。  
「すみません」  
 俺は平謝りした。申し訳なさそうに付き添う妹。説教をした教師は、「次はないぞ」と  
念を押した。  
 
 それから、兄は妹に干渉しないようにし、妹は兄に頼る事をやめた。いつも甘えてべっ  
たりだった妹は兄に手を繋いでもらう事もやめ、兄は妹に喧嘩はしないと約束した。  
 そして一年が過ぎた。  
 妹の知る限り、この一年間兄は喧嘩をしてこなかった。その代わり兄と触れ合う時間は  
確実に減っていった。兄は部活とレポートと遊びで忙しく、妹は学校と部活で忙しくなっ  
ていた。二人で買い物するのも久しぶりだったのだ。  
 
 
「あ……うん。思い出した」  
 兄は目を細めて言った。  
「お前を不細工だとか言ってた奴らを殴った、あれだろ」  
「不細工なんて言われてません」  
 イーッと歯を剥き出して反論すると、兄は微笑んだ。「そうだっけ」  
 その笑顔がやけに眩しくて、直視できなかった。  
 一年前、あの男子生徒ら言われた誹謗中傷は、「お兄様とはもういたしたの?」「義理  
だから大丈夫だよね、ヤっても」「中出しさえしなけりゃ」「で、どっちが最初に誘惑し  
たの?」などだった。  
 ありえない暴言を吐く彼らは、人間には見えなかった。呆然としていると、兄がいつの  
まにか殴りかかっていた。暴言を言われた私以上に、兄は怒った。その兄があの事を忘れ  
るはずがない。私に気を使って、あえて言わなかったのかもしれない。  
「ねぇねぇ、忘れんぼさん?」  
 
 やや上擦った口調で兄に問いかけた。兄はギョッとして私を見た。  
「俺のことかよ」  
「うん。もちろん」  
 いつものように、軽い感じで言った。「手、繋ご?」  
「嫌だ」  
 兄は断った。「何でよ?」  
「恥ずかしい」  
 思わず兄をジト目で睨んでいた。「一年前まで率先して私の手を引いて歩いていた人の  
発言とは思えないですわ、ですわ〜」  
「あれはお前がガキだったから」  
「今だってガキだもんッ!!」  
「違う」  
「違わないもん、ガキでガキでどーしょーもないガキだもん。お兄ちゃんと手繋ぎたいも  
ん。仕方ないじゃない。お兄ちゃんがす……好きだから!」  
 兄に抱きついた。体ごとぶつかっていき、両手を兄の背中に廻した。  
 がっしりとした体躯の兄を、離したくなかった。兄の胸元に頬が触れ、私の胸が惜しげ  
もなく兄の腹を圧迫した。兄は硬直した。  
「は、離せ」  
「嫌」  
 断固として断った。「手離したらもう二度と会えないよ。だってお兄ちゃん私の事避け  
てるもん」  
「避けてない。つーかモンモン言うなよ」  
 兄がおどけて言う。  
「私の勝手だもんッ!」  
 兄はしばし、言葉をなくした。何を言っても意味がないと分かったのだろう。  
 それから何分ぐらいだろうか。私と兄は体をくっつけていた。  
 秋空を枯葉が舞い、風に乗って二人のもとに降りてくる。幾枚もの葉が車道に落ちる間、  
兄の体をひっしと抱きとめていた。  
 あまり車の通らない道を、夕陽が差している。隣接する家屋の窓ガラスを赤く照らして  
いた。  
 
 綺麗な夕焼けだった。ベールを掛けたかのような薄い雲が空を覆い、東に向かって流れ  
てゆく。風は強くない。だが胸が熱いのはなぜだろう。  
 兄との関係がどんどん疎遠になっていく気がして、怖かった。  
「帰るぞ」  
 兄の声が聞こえた。私は自然と手を腰から離し、兄を見つめる。兄は怒ってはいないよ  
うだった。だがお互い言うべき言葉は出てこない。  
「手ぐらい繋いでやるよ」  
 ひょい、と右手を出してきた。「ぐらい」という言い方が気になったが、素直に左手を  
兄の掌に乗せた。  
 大きな手だ。私より2センチ以上大きい。  
「お兄ちゃん」  
「何だよ」  
 心なしか、兄の頬は赤らんで見える。  
「手、おっきくなったね」  
「かわんねえよ、そんなに」  
「成長したんだね」  
「ナマ言うな。変わんねえさ」  
「ううん」  
 どういうわけか、嬉しくなった。理由は分からない。だけど、とても嬉しくなったのだ。  
胸が熱くなり、顔を綻ばせて言った。  
「お兄ちゃん。家まで手、離さないからね」  
 その時の兄の顔は忘れられない。  
 嬉しそうでいて困ったような、何ともいえない表情だったのだ。  
 

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