本来、女の子とのデートは楽しい気分でするものだ。  
 手を繋いで歩きながら買い物したり、映画館に行って好きな映画を見たり、  
喫茶店に入って他愛のないおしゃべりをしたりするだけで楽しい。  
 1人の女の子とデートするだけでも楽しいのだから、2人だともっと楽しいだろう。  
 ……と考えるのは間違いだ。たった今、僕はそのことを実感している。  
 
 あおいに左手を握られ、みのるに右手を握られて歩くというのは予想以上に疲れる。  
 みのるは時々、見慣れないものを見かけては僕に話しかける。  
「なおき君、あのデパートっていつ出来たの?」  
「去年の8月ごろかな。この辺りでは一番大きいところだよ」  
「へー……ちょっと入ってみようよ」  
 みのるが急に方向転換し、僕の右腕を引っ張りながら歩き出した。  
 右腕が引かれると、左腕を握りながら前進するあおいの力と拮抗することになる。  
 必然的に僕の体は綱引きの綱のようになる。  
 
「あおい、ちょっと止まってくれ!」  
「なに?」  
「喫茶店で休んでいかないか? ほら、あそこの」  
 両手が塞がっているので、顎でデパートの方角を指す。  
 あおいはデパートの方を見ると、僕の右手を掴む力を少し緩めた。  
「……そうね、なおきがそう言うんなら、そうしましょう」  
 言い終わると、今度はデパートの方向へ歩き出した。僕の手を引いたまま。  
 
 ふと、周りを見回してみる。  
 駐車場に停めてある車から出てきた人の視線がいくつか浴びせられていた。  
 カップル、家族連れ、男だけの集団、女だけの集団。  
 近くを通りすがると、かなりの高確率で観察される。  
 女の子2人に手を引かれている僕の姿は、他人からはどう見えているのだろう。  
 
 いや、考えるのはやめよう。屈辱的な答えしか出てこない気がする。  
 
 デパートの店内に入ると、あおいが手を離した。  
 僕とあおいの肩は触れ合わないぐらいの距離を開けている状態だ。  
 人がたくさん居るところで手を繋いでいると他人の邪魔になるし、  
人前で手を繋ぐのは恥ずかしいから、という理由かららしい。  
 
 しかし、そんなあおいとは対照的にみのるは僕の腕を離そうとしない。  
「ねえ、喫茶店はどこにあるの?」  
「2階にあるんだけど、って、そんなに強く引っ張らないでくれ」  
「早く、早く行こう?」  
 みのるに導かれるがまま、エスカレーターに乗り込む。  
 今日は客の入りはほどほどで、他に乗っている人はいなかった。  
 みのるは僕と同じ段に立って、肩を寄せてきた。  
「こうしてると、私達恋人そのものだね」  
「いや、僕にはあおいがいるんだけど」  
「むう……でも、今の姿を見たらどっちが恋人に見えるかな?」  
 言われるまでもなく、どちらが恋人に見えるかは一目瞭然だ。  
 そして、今の僕とみのるを見ているあおいにもそう見えているのだろう。  
 
 おそらく後ろにいるあおいを見るために、首を左にゆっくり曲げていく。  
 肩越しに見たあおいの目は、僕ではなくみのるに向けられていた。  
 あおいの目は睨むものでもなく、いつもの不機嫌なものでもなかった。  
 目を少しだけ細めて、みのるの背中をじっと見つめていた。  
「あおい?」  
「ん、何?」  
「いや、元気ないみたいだけど、どうかしたのか?」  
「……別に」  
 あおいはそっけない返事をすると、1階のフロアに視線を移した。  
 
 喫茶店に入って、空いている丸テーブルに座る。  
 椅子はテーブルを囲むように4つ置かれていた。  
 僕の右にはみのる、左側にはあおい。2人は向かい合うようにして座っている。  
 注文を取りに来た店員にコーヒーを3人分注文すると、店員は一礼して去っていった。  
 
 みのるは僕の方に椅子を軽く寄せて話しかけてきた。  
「この辺りで他に新しくなったところはあるの?」  
「他には特にないかな。いくつかお店がなくなったりはしたけどね」  
「へー……」  
「みのるはイギリスに行ったんだよな。あっちはどうだった?」  
「まあ、一言で言っちゃえば……いまいち面白くなかったかな。  
 あ、あっちでの生活が面白くなかったわけじゃないよ。  
 私は日本生まれの日本育ちだからそう思ったんだよ。きっと」  
「そうなのか。イギリスには一度旅行してみようかと思ってたんだけど、考え直したほうがいいかな」  
「行きたいんだったら行ったほうがいいよ。まるで別世界に行ったような気分になるから」  
「でも英語なんて喋れないからな。宿すらとれないかもしれない」  
「大丈夫だよ。その時は私の家に泊まればいいよ」  
「え? 両親の出張は終わったんだろ? もうあっちには住んでいないはずじゃあ……」  
「あ」  
 
 聞き返すと、みのるは口に右手をあてて固まった。  
 目は大きく開き、僕の顔とテーブルの間を泳いでいる。  
「みのる?」  
「えっと、あの……向こうに親戚が住んでるから、そこに泊まればいいってこと」  
「ああ、そういう意味か」  
 海外に親戚が住んでいるというだけで結構凄いことに思えてしまうのは、  
僕が日本からでたことがないからだろうか。  
 それに、イギリスで2年間も生活してきたということは、みのるは英語を喋れるということだろう。  
 英語のヒアリングがまったくできない僕にとっては実に羨ましいことだ。  
 
「お待たせしました」  
 ウエイターがトレイを持って僕らのいるテーブルの前にやってきた。  
 みのる、僕、あおいの順にカップを置くと、トレイを脇に持ち替えた。  
 なんとなく、僕を見つめる彼の目つきが鋭い気がする。  
「ご注文は以上でお揃いですか?」  
「はい」  
「ごゆっくりどうぞ」  
 ウエイターは頭を下げると、テーブルの前から去った。  
 
 コーヒーに角砂糖とミルクを入れて、スプーンでかき混ぜなら2人のカップを見る。  
 あおいは何もいれず、ブラックのまま飲んでいる。  
 みのるは角砂糖を3個入れて、しっかりとかき混ぜた後で口をつけた。  
 取っ手がまだ熱いままのカップに僕が口をつけると、あおいが口を開いた。  
「みのるさん」  
「なに?」  
「イギリスは紅茶が美味しいらしいけど、本当?」  
「そうみたい。お父さんが美味しい美味しいってよく言ってたから」  
「そう」  
 あおいはカップをソーサーの上に置くと、テーブルに肘をつき組んだ手の上に顎を乗せた。  
 
「他にも聞いていいかしら?」  
「いいよ。どんなことでも」  
「日本から発つとき、それまで住んでいた家はどうしたの? 手放したのかしら」  
「うん」  
「今ご両親はどこに?」  
「日本に帰ってきてるよ」  
「それじゃあ……ご両親の住所はどこ?」  
 
 あおいの言葉を聞いて、みのるはカップを持ち上げる手を止めた。  
 音を立てずにカップを置くと、手元に視線を落としたまま返事をした。  
「昔住んで……、いや、えっとね……」  
「昔住んでいた家には住んでいないわよね」  
「……どこでもいいでしょ、そんなこと」  
「そうね、確かにどうでもいいことだわ」  
 組んでいた手を解くと、あおいはコーヒーカップの中身をあおった。  
 カップをソーサーの上に置くと同時に、あおいは口を開く。  
「なおきの家の前の、アパートの家賃はいくら?」  
「なんでそんなことを、あなたに言わなくちゃいけないの」  
「比較したいからよ。あたし達が借りているアパートとどっちが高いのかと思って」  
「……3万円」  
「あら、家賃値下げしたのかしら。半年前、あそこに住む人から聞いた話では4万円だって……」  
「っ! それがいったい、なんなの!」  
 
 みのるは大声を上げ、テーブルの上を叩いて立ち上がった。  
 あおいは椅子に座ったまま、表情を変えずにみのるを見上げている。  
「さっきから人のことを詮索するようなことばっかり言って! 結局何が言いたいの!」  
 みのるの怒声を聞くと、あおいは椅子をゆっくりと引いて立ち上がった。  
 店内にいる全員の視線を浴びながら、2人は見詰め合う。  
 どうしてかわからないけど、みのるはかなり怒っている。  
 ここで僕が怒りをおさめないと、周りの人に迷惑だ。  
「2人とも、とりあえず座って……」  
「なおき君は黙ってて!」  
 僕の声を一段と大きな声で遮って、みのるはあおいを睨みつける。  
「答えて! 何が言いたいのよ、あなたは!」  
「あたしが言いたいのはね……無理しないほうがいいんじゃない? ってことよ」  
「なっ……」  
「言っている意味、わかるわよね?」  
 
 あおいはそう言い残すと、テーブルの上の伝票を手にとった。  
 頭を下げながらレジに向かい会計を済ませ、店員に向けて頭を下げると、喫茶店の出入り口から出て行った。  
 僕は座りながら、立ち去るあおいの後ろ姿を見ていた。  
 あおいの質問を聞いているとき、ひとつ気づいたことがある。  
 みのるの発言につじつまの合わない部分があったということだ。  
 
 みのるの方に視線を移すと、彼女はテーブルに手をついて下を向いていた。  
 長い髪が顔を隠しているから表情はわからないが、「なんで……そんなこと……」という、  
誰に向けられていない呟きは聞こえた。  
 
 周りのテーブルについている客は僕たちから目を離して会話を始めた。  
 それでも何人かは時折ちらちらとこちらを見る。どうやら話のタネになってしまったようだ。  
「みのる、とりあえず店を出よう」  
「……うん」  
 みのるの手を引きながら喫茶店を出て、しばらく店内を歩き、人気の少ない場所で立ち止まる。  
 今いる場所は裏手にある階段で、エスカレーターから離れていることもありほとんど人がこない。  
 僕が階段に腰を下ろすと、少しの距離を空けてみのるも同じ段に座った。  
 
 みのるはぼんやりと下の階段を見つめたままだった。  
 僕から話しかけようと思っていたのだけど、みのるの沈んだ顔を見ていると声をかけられなかった。  
 横顔を見つめたままでいると、やがてみのるの唇が小さく動いた。  
「ごめんね、なおき君」  
「どうして謝るんだ?」  
「私、いくつか嘘をついてたの」  
「……いくつ?」  
「ふたつ……ううん。ふたつと半分。住んでる場所のこと、家庭のこと、あと半分は私の性格……かな?」  
 そこまで言うと、みのるは立ち上がった。  
 
「ここじゃなんだから、外に出よう。別の場所で説明してあげるよ」  
 

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