「あやちゃんだーいすき。」
「わたしもゆうくんだいすき。」
二人の子ども達は、実の親に捨てられるという辛い境遇にありながらも健康に、健やかに育っていた。
「綾ちゃん、優君、こっちに来て下さい。」
「「は〜い。」」
二人とも無邪気に手を繋いで走り寄ってくる。
「せんせいな〜に?」
「二人とも明後日に新しいお父さんとお母さんの所に行くことになりました。」
「ゆうくんといっしょのところ?」
先生は困った顔をしながら答える。
「残念だけど、違うお家よ。」
「「ええ〜」」
「さぁ、今日は遅いからもう寝ましょうね。」
「は〜い。」
先に男の子が返す。
「はい。」
女の子も一瞬遅れて返す。
二人ともまだ、別れという意味を解っていなかった。
「綾芽っ、起きなさい。」
下でお義母さんが怒鳴ってる。
「は〜い。もう起きたよ!」
義母に怒鳴り返した少女は、藤崎綾芽。
特徴的な釣り目で、気がとても強そうである。
だがその釣り目は、目の中にある大きな瞳と調和して、トゲトゲしさを全く感じさせなかった。
更に整った顔立ちと、誰を相手にしようと物怖じしない性格は、そのスレンダーな体型と合間って特徴的で人気がある美少女を形作っていた。
「また優祐の夢だ。」
綾芽は最近昔の、施設に居た頃の夢をよく見ていた。
無論今の生活に不満があるわけじゃなく、純粋に会いたいのだ。
優祐に。
特にこの一年くらいその思いはただ強まるばかりだった。
綾芽は結局施設から出た日以来、それまでず〜っと一緒に居た優祐と一度も会えなかった。
何度も何度も連絡を取ろうと努力した。
施設の先生にも聞いた。でも優祐の家の住所は愚か電話番号すらわからなかった。
綾芽はそれを聞いたとき、憤ったものだった。
ここまで優祐に会いたくなった発端は、綾芽の年代が思春期と呼ばれる頃に入ったころにある。
回りの女友達や男子が色恋に明け暮れ始めていたた。
だが綾芽は全くそういう気になれなかった。
異性を恋愛対象として見ていなかったのだ。
勿論同性愛者等ではなく、綾芽に取っての異性、好きになり得る人は優祐ただ一人しか居なかったのだ。
それとて自分で気付いたわけではない。
昔の境遇、そして今の自分を知っている数少ない親友の指摘で気付いた。
否、気付かされたのだ。
それからだ、優祐に無性に会いたくなったのは。
「綾芽〜早く出ないと遅刻するわよ。」
「は〜い。」
綾芽は大声で返すと、階段を駆け降りていく。
「綾芽、酷い顔だな。」
「してるね〜。」
冷静で冷厳とも取れる声と、非常に柔らかくちょっと間延びした声が同じ事実を語る。
「うるさい。」
「また優祐君の夢でも見て悶々としてたんだろ。」「だろ〜。」
「凜、鈴菜、うるさい。」
凜と呼ばれた少女の名は、香原凜。
容姿的にはいたって普通。特徴といえば、腰まで伸びた漆黒のストレートヘアー位だ。
だが、その冷静で冷酷で平等な性格はとても頼りになる。
時々その厳しさに、辟易することもあるにはあるが・・・ 。
またその強い性格から、一部の男子に圧倒的人気もある。
鈴華は本名、武田鈴華。
おっとりとした口調と、丸く柔かそうな女の子の体型をしており、典型的なお嬢様ムードだ。
男女に人気があるがその内側に秘められた、悪戯っ子な鈴菜を知る人は数少ない。
「本当の事を言われたからって怒っちゃダメだよ〜。」
「誰も怒ってなんか。」
「ほんと〜に〜?」
「し つ こ い!」
「怒ってるじゃん。まぁいいけど。じゃ後でね。」
「けど〜」
彼女たちはそう言い残し、呆れたように三々五々自分の席に戻って行った。
まったく、なんで凜達はすぐ分かっちゃうのよ。確かに夢は見たけど、またってほど頻繁じゃないし。
別に悩んでた訳でもないし。
単純に優祐に会いたいだけだもん。
口にださずに本音をまくし立てる。
誰かに聞かれていたら赤面ものだ。
「あれでバレてないつもりかな〜。」
「ああ、多分な。」
「凜ちゃん冷酷〜。」
「お前が言うな。」
凜の冷静な突っ込みが入る。
「あはは、ごめんごめん。。」
この二人は席が隣なのを良いことに、綾芽が聞いていたら憤慨するであろう会話を、延々と続けていく。
「あ、先生来たよ〜。」
「起立!礼!」
先生が来るのに合わせて凜が号令をかける。
ちなみに凜は委員長である。
「はい、おはよう。報告です、今日から転校生が来ます。みんな仲良くしてやってください。」
「転校生か〜。少女漫画だと運命の再会ってところかな〜?」
「べたべただな。それはそれで面白そうだが。」
「でしょ〜。」
「武田、入って来てくれ。」
先生が外にいるであろう転校生に声をかける。
瞬間殆どの生徒たちの目が教室のドアに向かう。
ガラッ
「少女漫画になったらしいな。」
「困惑しまくってるね〜。」
この二人のみ、ドアを見ずに綾芽を見ていた。
少女漫画的出会いを期待していたのだろうか。
まぁ結果的に決定的な表情を見たのだが。
そして二人は、この顔を後で綾芽をからかうネタにしようと固く心に誓った。
「武田、自己紹介を頼む。」
「はい先生。武田優祐と言います。昔この辺りに住んでました。ぜひ友達になって下さい。これからよろしくお願いします。」
優祐は、そつなくセオリー通りの挨拶を述べる。
パラパラと拍手が鳴る。
優祐はそれにもお辞儀して、後ろの方のーー先生に指定されたのだろうーー席に座った。
「90点かな〜」
「鈴菜高いね。私は75点位かな。」
「やっぱあれだけ可愛いと高くなるよ〜。食べちゃいたくなるよね〜」
「うむ。男としてはどうかと思うが、一人の生き物としては最高だな。」
優祐は純粋に可愛かった。
160に足らないであろう身長に華奢な体つき。
それに中性的で一見女の子のような顔。
ウイッグなど付けて髪を長く見せればまず間違いなく、美少女と間違えられるだろう。
「起立!礼。」
凜が号令をかける。
HRが終わると同時に二人はせかせかと綾芽の机に向かう。
「綾芽、運命の再会おめでとう。」
「綾芽ちゃんの言ってた子ってあんなに可愛かったんだね〜」
優祐の出現。
という明らかに許容オーバーなショックを与えられた綾芽は、完璧に凍っていた。
「ってバカ!バカバカバカ!」
「やっと溶けたか。」
「べ、別に運命の再会なんかじゃ、そりゃ嬉しいけど、でっでも私は顔じゃなくて優祐が好きなだけで」
フリーズは解除されたが、明らかに混乱している。
混乱中の綾芽の両肩に手が置かれる。
「落ち着け。」
冷静な声で凜が呼び戻す。
「深く深呼吸、すって、はいて、すって、はいて。」
綾芽は凜の言うままに深呼吸する。
「落ち着いた?」
「ん、うん。」
「まぁ綾芽の本心が良く分かったよ。」
さっきまでの自分の醜態を思い出したのか、綾芽の顔がさっきとは別の感情で真っ赤になる。
「べ、別に」
「いいのか、あれで?」
皆まで言わさずに凜が遮る。
凜が指差した先には、クラスの少女の壁と遠巻きにそれを羨ましそうに見る男子諸君。
そしてそれに囲まれ、辟易してるーーように見えるーー優祐がいた。
そもそも転校生と言うだけでも興味をそそるのに、それがとても可愛い美少年だったのだ。
当然の如く、優祐は好奇心旺盛な女子生徒の注目を浴び、女子に囲まれるという現在の天国ーー地獄ともいうーを作っていた。
「なに?あれ?」
それを一目見た綾芽は凜に問う。
「可愛い優祐君奪取戦。」凜が珍しく楽しそうに言う。
「綾芽ちゃんいいの〜?優祐君取られちゃうよ〜?」
「取られるって別に優祐はそんなんじゃ・・・」
顔を真っ赤にしながらしどろもどろに答える。
「素直になろうよ〜。それとも私が優祐君貰ってもいいのかな〜」
「べ、別にいいわよ。」
「へ?いいの?」
正直、鈴菜はここまで言えば綾芽は白状してくれるだろうと思っていた。
「綾芽、意地を張るのも大概にしておけ。」
凜の声に綾芽の動きが止まる。
「だからっ」
「じゃあ本当に貰うからね。」
皆まで言わさずに鈴菜が宣言する。
「えっ。」
綾芽も綾芽で、鈴菜の言葉を本気だと思っておらず驚きを声に乗せる。
「じゃあね。」
そして鈴菜は優祐の机に行き、凜は中立と言わんばかりに自分の間の机に腰掛け、見物を始めた。
「なっなんなのよもう!」