〜粉砕天使ナツメ 中編〜  
 
「どうやらここがヤッコさんの隠れ家みたいね」  
 
「………うん。たぶん」  
 
緑地の最奥部。殆ど手入れが行き届かず、  
雑草が腰の高さまで生い茂る一角で二人は足を止めた。  
 
「…………………」  
 
ベトベトに輝く軌跡はここで途絶えていた。  
地盤沈下でも起こしたようにボッカリと巨大な穴が天を仰いでいる。  
まるで空を飲み干そうと大口を開ける深海魚。  
知らずに通りかかれば思わず足を踏み外してしまいそうだ。  
 
「下に………足場が見えるね」  
 
「とりあえず、降りるわよ」  
 
着地地点に例の液体が付着していない事を確認すると、  
エミリアは颯爽と暗闇にその身を躍らせる。  
爪先が足場を捉えるのと同時に膝立ちで<クロイツァー>を構え策敵。  
ざっと周囲を確認し、敵が近くに潜んでいないと見ると、  
頭上のナツメに合図。彼女もその後に続く。  
 
「驚いた。人工空間ね。ボイラー室……それともポンプ室?」  
 
右手に出現させた光の矢で、エミリアは辺りを照らし呟く。  
 
「この林っていうか空き地は3年前まで浄水場が立ってたの。  
 さっきのプールもね、その跡地を使ってるんだよ。  
 この街の海は殆ど護岸工事されてて、泳げる場所なんて無いから」  
 
「へぇ………、あなた随分詳しいわね」  
 
「うん、中学のとき、社会科のグループ研究で丁度これがテーマだったの。  
 住宅環境に配慮した新構想の衛星都市型公共施設モデル、ってゆーので」  
 
「なるほど。やっぱこーゆー時、地元の人間は強いわね」  
 
「あ、でも実際に入るのは初めてだから、あまりアテにしない方向でお願い」  
   
コツコツと二人の足音が闇の中を響く。  
後から大型の機材を搬入できるように余裕を持って設計された間取は、  
まさにバブル期の建造物ならではだ。  
ここならあのデスパイアも十分に出入りできる。  
 
「気をつけなさいナツメ。可愛い女の子がこの手の場所に絡むと、  
 かならず、きゃー、いやー、って襲われちゃうのが昨今の相場よ」  
 
「ヤ、ヤな相場作らないでよー!」  
 
「そんでナツメはきっと、やめて下さいー、とか言っちゃうタイプね。  
 相手を余計に盛らせるから、よしといた方がいいわよ。そ〜ゆ〜の」  
 
「なによそれ!言わないってば、もー!」  
 
緊張を解そうとしているのか、はたまたプレッシャーを掛けようとしているのか。  
そんな先輩にオドオドとスレッジハンマーを胸元に抱き寄せてナツメは抗議する。  
いじらしい後輩の反応を楽しみながらも、エミリアの手は大きな金属製の扉を探り当てた。  
大型の作業用車両が優に二台は並んで通れるような巨大な造り。  
恐らく開閉は電動式だろうが、今は完全に動力が死んでいた。  
しかし…………稼動部だけは見事に埃が落ちている。  
つまり、とてつもない馬力を持った誰かが力ずくで開け閉めしている証拠だ。それも頻繁に。  
 
「……………ビンゴね」  
 
エミリアは静かに弓を持ち上げ、矢をつがえる。  
その後ろで黙って頷くナツメ。  
ゆっくりと<フロムヘヴン>を振りかぶり、ヒタリと扉に寄り添う。  
聞き耳を立てても扉の向こうは沈黙を堅持。となれば仕方が無い。  
 
「……………準備は?」  
 
「……………オッケー」  
 
ナツメが指を三本立てて合図。  
エミリアが黙って頷く。  
 
「イチ、ニィ、サン、……えいッ!!」  
 
 
 
――――――――ゴォン。  
 
 
 
唸るスレッジハンマー。突風に煽られるトタン屋根のように吹き飛ぶ扉。  
現れた前方の空間にすぐさま<クロイツァー>の照準が向けられる。  
 
「…………………」  
 
「…………………」  
 
しかし、その先には何も居なかった。  
今までと同じ薄暗がりが延々と続いている。  
ふぅ、と肩で息をつき、エミリアが弓を下ろす。  
―――――――――しかし次の瞬間!  
 
「きゃぁぁぁあ!!いやぁぁぁあ!!」  
 
すぐ背後から後輩の悲鳴が。  
エレミアは振り返りながら跳び退ると間髪居れずに弓を構える。  
その先には……………。  
 
「べー」  
 
舌を出しているナツメ。  
 
「さっきのお返しー」  
 
「こ、…………この…ッ!」  
 
麗貌を怒りに引きつらせるエレミア。初めて見せる表情だ。  
大股で百八十度回頭するとゴスゴス足音を立てながら彼女は先を急ぐ。  
 
「ナツメがデスパイアに捕まったら、助ける前に小一時間ほど見学させて貰うわ」  
 
「あー!ごめん!ごめんってばー!!」  
 
「ついでだから記念に一枚撮ってあげようかしら?話の種に丁度いいわよ?」  
 
「だーからー!ごめんってばー!」  
 
肩を怒らせスタスタ行ってしまう影を慌ててナツメが追う。  
 
地下の敷地は相当広そうだ。ここだけではない。  
この街にはこんな閉鎖施設が至る所に点在している。  
昭和初期は軍港。戦後は臨海コンビナート。高度経済成長期は娯楽都市。  
そして平成以降は新興住宅地。なかなか方向性が定まらず、  
試行錯誤の下に続けられた開発は思わぬシワ寄せを呼んでいる。  
 
化け物たちにとっては正に穴場だろう。  
その不届き者を排除するためにエンジェルが投入され、  
それを狙って新たなデスパイアが近隣から集まり、  
………………事態は収束のメドが一向に立たない。  
 
このままではいずれ街の若い女性全てが連中の性欲処理器具にされてしまうのではないか、  
そんな空恐ろしい未来像さえも、エミリアには笑い飛ばせないのが辛いところだ。  
 
「―――――――――あっ!エミィちゃん!!」  
 
「……………今度はなに?」  
 
また冗談だったら承知しないとでも言いたげなジト目で振り返る。  
ナツメが指差すその方角を光の矢で照らすと、そこには………。  
 
「……………いよいよ殴り込みね」  
 
乗用車が複数台まとめて通れそうな空洞が大口を開けていた。  
僅かな照り返しを受けて真新しい粘液の跡がキラキラ光る。  
二人は互いに頷くと己の腕に抱く武器の状態を再度チェック。  
悪魔の巣へと足を踏み入れた。  
 
 
 
「酷い匂い………。鼻がバカになるわね」  
 
建材で構成された洞窟から岩盤の魔窟へと舞台は移り変わる。  
エミリアの言う通り、凄まじい臭気が充満している。  
生乾きの精液から沸き立つ悪臭。堪った物ではない。  
 
「これってやっぱ、男の人のアレの匂いだよねぇ……」  
 
「あ〜ら、随分詳しいのね。ま、お年頃だから仕方ないけど」  
 
「なっ!ヘンな事言わないでよ!これってエミィちゃんが読めって渡してきた  
 対デスパイア用なんとか必勝マニュアルに書いてあったんだからね!!」  
 
「ああ、アレね。企画の段階で古い友人が参加してたから仕方なく  
 受け取ったんだけど、どうにも家に置いときたくなくて」  
 
「そ、それで私に押し付けたのー!?」  
 
「いらなくなったら古本屋にでも持ってきなさいな」  
 
ナツメがどれだけ恥ずかしい思いをして読破したことか、彼女は知らないらしい。  
実際、今も家に置いて来たソレが家族の目に触れやしないか気が気でないのだ。  
ちなみに件の大量破壊兵器はベッドの下奥深くに蹴り込まれ眠っている。  
中学一年生レベルの隠し場所しか思いつかない自分にも泣きたくなった。  
 
いらぬ心配事を打ち払うように首を振り、視線を前方に戻す。すると、  
 
「エ……エミィちゃん。あれ………なに?」  
 
「…………………?」  
 
震える声で呼びかけるナツメに、エミリアはその視線を追う。  
洞窟の壁面で、何か僅かに動いているようだ。  
嫌な予感はしたが、見過ごす訳にもいかず、その方角に灯りを向けてみる。  
そこには…………………。  
 
「酷い……………」  
 
駆け寄るナツメの背中を、周囲に警戒しながらエミリアも追う。  
彼女が見つけてしまったのは……………囚われの身の女性だった。  
気を失って動かない。まだ若い、新人のOLだろうか。  
上半身を包むのは真新しい黒のリクルートスーツ。  
だが、下半身の方は……………何も穿いていなかった。  
剥き出しの陰部は真っ赤に腫れ上がり、そこから下はベットリと、  
思わず目を背けたくなるような量の白濁液が垂れている。  
溶かされず僅かに残ったパンストの名残が膝から下を申し訳程度に包んでいた。  
 
「相当焦ってご馳走になったみたいね」  
 
正面より僅か斜めに陣取ったエミリアが淡々と分析する。  
粗雑に扱われた性器周辺の腫れ具合。対照的に殆ど乱されていない上体の衣服。  
碌な愛撫を加えずにいきなり行為に及んだのだろう。  
再生の為の魔力吸収を急いだと思われる。  
 
「………と、とにかく、降ろしてあげなきゃ………」  
 
惚けていたような瞳に気合を入れ直すと、  
ナツメは被害者を拘束している肉の塊のような物体に手を掛けようとした。  
その光景を見たエレミアの顔が驚愕に引きつる。  
 
「危ないッ!!」  
 
「―――――きゃっ!!」  
 
咄嗟にナツメを引き寄せ一緒に倒れ込む。  
 
 
 
ブピュ―――――――――ドチャ。  
 
 
 
その間、一秒も無かっただろう。  
拘束具に生えるコブから、勢い良く白濁液が放たれた。  
床に飛び散った飛沫の内一滴が、ナツメの衣装に付着。  
純白のフリルがジュっと音を立て、小指が通るほどの穴が開く。  
 
「…………う……ぁ」  
 
ナツメは恐怖した。マトモに浴びていたら……………。  
先程嫌というほど見た、プールサイドの被害者たちと同じ運命を辿ることになる。  
 
「ご、ごめんなさいエミィちゃん」  
 
「えぇ、まったくよ。………あ痛たた……」  
 
自分の腰を撫でながらエレミアが立ち上がる。  
 
「助け出そうとする人間をカモるためのトラップね。  
 …ったく、あの軟体生物、やってくれるじゃない」  
 
忌々しげに呪いの台詞を吐き捨てた。  
被害者の体を拘束しているのは恐らくデスパイアの身体の一部。  
暇を見繕って自らの肉片を切り離し仕掛けて置いたと見て間違いない。  
 
「可愛そうだけど、こっちも救出は後回しね」  
 
「でもエミィちゃんの弓なら遠くから触らずに……」  
 
後輩は被害者の救出に尚も食い下がる。  
 
「それもヤツの狙いよ。こいつで私たちを足止めして、  
 その隙に蓄えてある子を次々レイプしようって算段。   
 そうすりゃ私たちが到着する頃には五体満足ってね」  
 
「……………何で、そんな事平気で思いつくんだろう」  
 
ナツメが声を震わせる。ちょっと小突いたら泣き出してしまいそうだ。  
 
「そーゆー連中なのよ。私たちのお相手は。ま、とにかく。  
 もう触手を挿し込まれてるワケじゃないから、悪いけどもう暫くこのままね。  
 幸い気絶中みたいだし、ここならまず人目にも付かないでしょ」  
 
「…………………うん」  
 
蚊の鳴くような、小さく消え入りそうな声をナツメが返した。  
だが、その小さな囁きの中に、エミリアは確かな怒りの色を感じ取る。  
その矛先は言うまでもない。この延々と続く陵辱劇の元凶に向けられている。  
 
(………この様子だと荒れるわね………)  
 
難しいフォローの求められる戦いになりそうだ。  
 
 
二人は尚も最深部を目指す。  
途中、先程のような女性に幾人も出くわした。  
エミリアは視界の端でその場所をさり気無く記憶し、  
一方のナツメは努めて見ないように振舞っていた。  
 
「言葉にも難儀する下級デスパイアのくせに、  
 よくもあそこまで大きく成れたと思ったけど、  
 ………タネ明かしはこういう事だったのね」  
 
「―――――え?」  
 
あれから一言も発しないナツメにエミリアの方から声を掛ける。  
 
「奴はここから伸びる上下水道を利用してゲリラ的に獲物を調達していたのよ。  
 当然、私たちの情報網にも失踪者は引っ掛かるけど、普通の地図じゃ点と線が結べない」  
 
「ああ………なるほど」  
 
「オマケにこんな快適な一軒家持ち。それで今日まで一度も姿を見せる事無く、  
 あのサイズまで膨れ上がる事が出来たのよ。とは言ってもね。  
 結局あのガタイを維持するのに餌の供給が追いつかなくなって、  
 仕舞いにはさっきみたいな乱痴気騒ぎに至っちゃったってトコかしら。  
 …………要するに、奴の仕組みはもう破綻してるワケ。そこは不幸中の幸いね」  
 
「…………………うん」  
 
返って来るのは気の無い返事ばかりだ。  
エミリアは大きく息をつくと、思い切って切り込んでみる。  
 
「ナツメ、あなたさっきから何を考え込んでるの?」  
 
「………え?あ?」  
 
「慣れてないのは分かるわ。私も最初はそんな感じ。  
 いや、ひょっとするともっと酷かったかもしれない。  
 けどね、そんな沈んだままで勝たせてくれるほど、  
 生易しい相手じゃないって事はわかったでしょ?」  
 
「……うん……」  
 
「思い切って吐き出してみたら。歩きながらでも相談に乗るわよ」  
 
「………………」  
 
少々気まずい沈黙が辺りを支配する。  
響き渡るのは岩盤を噛む二組の靴の音だけ。  
そんな空気に耐えかねてか、ようやくナツメが重い口を開く。  
 
「私たちも……負けたら……あんな風にされちゃうんだよね……」  
 
「…………え?」  
 
今度はエミリアが思わず聞き返す番だった。  
 
「ここで負けたら、やっぱ、私たちも………されちゃうんだよね、って」  
 
伏し目がちに再度呟くナツメ。  
そんな彼女にエミリアは一度深く息を吸い込むとこう返す。  
 
「他の結末があるっていうなら是非伺いたいところね」  
 
「あんな事されたら………私、どうなっちゃうんだろ……」  
 
尚も後輩の弱音は止まらない。  
ムリも無いか。彼女はまだ三回目の出撃だ。  
先輩としての経験という奴を、語って聞かすべきか否か。  
いや、やめておくべきだ。そうに決まっている。でも……。  
そんな逡巡をしている内に、エミリアの唇は動いていた。  
まるで、彼女自身を突き放すかのように。  
 
「別に。強いて言えば少し人生観が変わるだけよ」  
 
「―――――――――え?」  
 
後から思えば、エミリアは少しでも自分を解かってくれる相手が欲しかったのかもしれない。  
だから………言ってしまった。背後でナツメの足音が止まる。  
 
「エミィちゃん……、その………」  
 
「私、捕まった事あるわよ」  
 
「……………っ!」  
 
僅かな吐息が気道と擦れる音。それは言葉にはならない。  
先輩であり、戦友であり、そして親友でもある少女の告白に、  
ナツメの瞳はハッと見開かれる。  
 
「……で、でもさっ!今こうして無事だってことは――――……」  
 
「えぇ、幸か不幸か一晩で助け出されたわ。姉さんにね」  
 
「へ、へぇ………。お姉さん、いるの?」  
 
「あら、言ってなかったかしら。それは悪かったわね」  
 
ナツメはなんとかして話題を逸らそうと試みる。  
自分は今、不躾にも友達のとんでもない過去に触れてしまった。  
そんな罪悪感が彼女の胸の内に広がっている。  
内心後悔していたエミリアも、とりあえずその努力を受け入れる。  
 
「うん、初めて聞いた。どんな感じの人?やっぱキレイなのかなぁ?」  
 
訊き過ぎかとも思ったが、今はとにかく話題を別の方角に持って行きたかった。  
 
「………そうねぇ………」  
 
一瞬考え込むような素振りを見せ、  
その直後、エミリアの顔が一気に険しくなる。  
 
「正直、余り褒められた人間じゃないわ」  
 
「え……、あ……。仲とか、悪いの?」  
 
二個目の地雷を踏んでしまったようだ。  
自分の学習能力の無さを呪う。ナツメの狼狽は止まらない。  
 
「でも、アレと張り合えるデスパイアなんてダーウィンでも  
 そう簡単には見つけられないでしょうね。ま、そんな感じよ」  
 
「………はぁ………」  
 
純粋な尊敬と軽い敵意の混ざった声色に、  
ナツメはただ戸惑う他に術がない。  
とりあえず今の会話からしてひとつ言える事は、  
 
(物凄く、強い人なんだきっと……)  
 
そしてエミリアが今もその影を追いかけている事も。  
どこか気難しい彼女。その視線の先にあるものが何となく見えてくる。  
ほんの少し、本当に少しだが、彼女の事が解かった気がした。  
 
(なんだか………そこだけは普通の女の子みたいだね)  
 
気が付けば、幾らか気持ちは軽くなっていた。  
ナツメは再度歩みを進め、エミリアの後姿に追いつこうとする。  
だが―――――――――、  
 
「エミィ………ちゃん?」  
 
「しっ!静かに!!」  
 
今度はエミリアが立ち止まっている。  
彼女は唇に人差し指を立て、ナツメを制した。  
その真剣な眼差しに気圧されて、ナツメも黙り込み耳を澄ます。  
 
 
 
 
………や、……や、……あぁん……あん……。  
 
 
 
進行方向前方より漏れてくる喘ぎ声。近い。  
 
「エミィちゃん!」  
 
戦友の呼び掛けに黙って頷くエミリア。  
二人の眼差しが向けられる方角からは、仄かな灯かりが漏れて来る。  
奴がいる。今度こそ逃さない。  
己の運命を託す武器をもう一度強く握り締め、エンジェルたちは地を蹴った。  
 
 
「あ……、や……、嫌ぁぁぁぁぁぁぁあーっ!!」  
 
ドク……ドク……、ドク……、ゴプン。  
 
絶望と絶頂の悦びが混ぜこになった悲鳴が響き渡る。  
限界まで反り返って跳ねる細い身体。  
許容量を遥かに上回る白濁液を注ぎ込まれ、悲鳴を上げる膣壁。  
瞳は大きく見開かれ、開け放たれた唇の端から一筋よだれが流れ落ちる。  
 
「ヌブァァァァァア………!ムゥウ〜………」  
 
射精後の満足感と余韻に浸るデスパイア。  
ほどなくして彼は獲物の股間から触手を引き抜くと、  
少女の片足首に絡み付いていたグレーのショーツをビッと剥ぎ取り、  
それをナプキン代わりにして、粘液の滴る肉棒の先端をグイっと拭った。  
 
「来ィたァなぁ〜。まっでたぞぉ、えんじぇるどもぉ〜」  
 
その周囲には力なく横たわる少女たち。十人はいる。  
みな半裸で大きく脚を開かされたまま、気を失っていた。  
その下に広がる白濁液の池は、既に行為が完了している証明である。  
余った精液を拭き終えた下着がベチャリと持ち主に投げ返される。  
虚ろな瞳で荒い呼吸を繰り返すその娘はもう、  
自らの顔にへばり付いたソレを取り払おうともしなかった。  
 
「………………」  
 
銃口のような、化け物を射殺さんばかりの視線で睨みつけるエミリア。  
状況は余り好ましくない。切り落とした触手は既にほぼ再生を終え、  
甲羅の方は完璧とは行かないまでも、薄い角質が既に患部を覆い尽くしている。  
潰された視力もどうやら回復しているようだ。  
襲われた女性の数からすれば、少なくとも万全ではないと思われるが、そんなのは気休めに過ぎない。  
戦闘領域はほぼ円形。狭くは無いが決して広くもない。  
その気になれば、触手は端から端まで届く。  
 
「………ま、やるっきゃないわね」  
 
構えられる<クロイツァー>。  
 
「貴方に弄ばれた女性たちの分、全部まとめて叩き込みます!」  
 
凄惨を極まる場の空気の飲み込まれぬ様、  
強く<フロムヘヴン>を握り締め宣言するナツメ。  
 
「ぬぅかぁせぇぇぇえ〜。先にィ、抱かれたいのはァ、どっちだぁぁぁあ!!」  
 
二人のエンジェルと触手の軍勢が地を離れたのは同時だった。  
 
逃げ場は無い。動きを止めれば即、触手の餌食。  
敵は正面以外は頑強な殻に覆われている。  
その装甲は手数で押すエミリアの技では抜けない。  
必然的にフォーメーションは挟撃。  
前方のエミリアが撹乱を担当。繰り出される触手たちを逐次撃ち抜く。  
そして背後からは本命のナツメ。隙を伺い、その脳天に必殺の一撃を叩き込む。  
 
「―――――ハッ!!」  
 
弓鳴りと共に一本の触手が壁に縫い付けられる。  
尚も足掻き続けるそれに一瞥もくれず再びマウントされる矢。  
狙うは肉塊に埋もれる水晶のような輝き。  
先程同様、視力さえ封じてしまえば、形勢は一気にこちら側へ傾く。  
まだ大して時間も経っていないのだ。  
地上で見せた大量射精のような奥の手を繰り出せるほど、モノは貯まってないだろう。  
 
「……………くッ」  
 
だが、敵もそのぐらいは重々承知。  
瞳に狙いを定めようとしても、眼前を掠める次なる触手によって、  
照準は妨害されてしまう。  
 
「参ったわね。対戦車ロケットでも持って来るんだったわ」  
 
「―――――でぇぇぇやぁぁぁあッ!!」  
 
その背後から、炸裂するナツメのハンマー。  
しかし、回避動作の連続で碌な“溜め”の利いていない一撃は、  
デスパイアの背中に僅かなヒビを走らせただけで止まってしまう。  
 
「……………きゃッ!」  
 
デスパイアが巨体を捩り背後を薙ぐ。  
動きを止めていた所に横殴りの一撃。  
右肩を触手で打たれたナツメが吹き飛んだ。  
 
「―――――ナツメ!」  
 
「………だ、大丈夫!!」  
 
岩盤を蹴ってバランスを取り、なんとか転倒だけは逃れる。  
すぐさま壁に飛び上がり、追撃してきた触手たちを回避。  
ギシギシ伸び切ったソレに腹いせの一振りを見舞う。  
 
「ったく、これじゃマラソン勝負ってヤツね」  
 
その通りだった。だがデスパイアの息も荒い。  
押し切れない状況ではないハズだ。  
二人とも、少なくともこの時点ではそう思っていた。  
 
デスパイアの半身がグググっと殻の中に引っ込み、次の瞬間、  
 
ギギギィ――――――――――グチュア。  
 
「……………!!」  
 
文字通り“奥の手”だ。  
殻から出現したのは先刻の倍以上はある大量の触手。  
どうやら奴の背負ってる自慢のブツは、  
協力無比な盾であると同時に武器弾薬庫も兼ねていたらしい。  
 
「冗談は顔だけにして欲しいわね!」  
 
「は、反則!反則だよ、あんなの!!」  
 
二人の抗議を無視して触手の大部隊がギシギシと全身の筋肉を軋ませる。  
次の瞬間、圧縮されたスプリングが解き放たれたように爆ぜる大群。  
繰り出される攻撃が次々と岩盤を穿ち壁を軋ませる。  
 
「ホント、初日からとんだサマーホリデーね!!」  
 
黒衣を翻し<リヒト・レーゲン>で応戦。  
だが、押せども叩けども肉の壁の侵攻は止まる気配など無く、  
大きなステップでエミリアは後退を余儀なくされる。  
壁までの距離はまだあるが、あまり余裕をかましていられない。  
 
「――――――――っ!?ナツメ!上を!!」  
 
「―――――――えっ!?」  
 
叩き付けられる鞭の衝撃に耐えかねて、頭上の岩盤がボコリと剥がれ落下する。  
半ば反射的に、振り返りざまの一撃でナツメはそれを粉砕した。  
 
「こ、このままじゃ生き埋めだよ!」  
 
貴重な獲物でもあるエンジェルを捕らえる機会、  
そうそう簡単に手放すとは思えないが………。  
流石に追い詰められれば分からない。  
なにせ奴には強力なシェルターがある。  
洞窟を崩壊させてしまえば、最悪でもドローより上の結果を狙えるのだ。  
 
「ナツメ、右よ!早くッ!!」  
 
「―――――――あっ、危ない!!」  
 
あやうく犠牲者の上に落下しかけた一枚をナツメが砕く。  
 
「止むを得ないわ!攻撃は私が捌くから、ナツメは落下物から皆を守って!!」  
 
「無理だよ!それじゃエミィちゃんが――――――っ!!」  
 
「無理でも不利でも通さなきゃならない道理ってのが私たちにはあるのよッ!!」  
 
叩き付けられる肉塊を数本を光の矢で串刺しにする。  
奴も堪えている。こんな派手な攻撃、そう長続きするハズが無い。  
チキンレースだ。付き合ってやる他に無い。  
 
すぐさま次の矢をノッキングしデスパイアに放つ。  
案の定、弾かれた。だが、ここで打ち止めにする訳には行かない。  
すぐさまナツメが舞い、スレッジハンマーを一振り。  
剥離した大岩を粉々にすると、彼女は汁まみれで気を失っている一人を担ぎ、  
気休め程度に安全なこの部屋の入り口へと跳躍する。  
その背後に一本の触手が追いすがった。  
 
「あんたの相手はこっちだって!」  
 
解き放たれた矢が不埒な襲撃者を貫いた。  
真横から飛来した触手は体を反転させ弓本体で薙ぎ伏せる。  
次なる一本をつがえ、デスパイアへ振り向こうとしたその瞬間、  
 
―――――――ベチョ。  
 
「―――――――!!!」  
 
足首に湿った感触。すぐさまエミリアは足元に目線と弓先を向ける。  
視界に飛び込んできたのは、黒いタイツに絡みつく赤紫色の触手。  
 
「こ、……………このっ!!」  
 
すぐさま矢を放とうとした。  
だが……………、間に合わなかった。  
 
「きゃっ!」  
 
刹那の差で引っ張られる足。可愛らしい声で尻餅をつくエミリア。  
起き上がろうと、彼女が顔を上げたその瞬間。  
頭上から、……………肉色の塊が降ってきた。  
 
 
 
「きゃぁぁぁぁぁぁあー!!!」  
 
二人目の女の子を床に降ろし終えたところで、  
その悲鳴に思わずナツメは振り向いた。  
飛び込んできたのは我が目を疑いたくなるその光景。  
 
「え、エミィちゃん!!!」  
 
デスパイアの巨体に、エミリアが覆い被されていたのだ。  
蠢く無数の触手の下で、彼女は必死にもがいている。  
すぐ傍に転がる<クロイツァー>を手に取るが、  
その弓までもがすぐさま肉蔓に絡め取られてしまった。  
 
「むっふっふ〜!獲ったァぞぉぉぉぉお!!」  
 
「こ、この!や、放せ、………あぁっ!!」  
 
振り乱されるプラチナブロンドの髪。  
完全に組み敷かれ、ヌメった雑兵に絡め取られていく身体。  
 
「この変態っ!エミィちゃんを放せぇぇぇぇえ!!………きゃっ!!」  
 
怒りと焦燥に震える突撃は、唸る触手の壁に阻まれる。  
 
「エミィちゃぁぁぁん!!!」  
 
エミリアの身体は膨大な数の捕食器官に飲み込まれ、  
もはや外に出ているのは首から上と右腕だけ。  
苦しそうに食い縛られた彼女の口が開き、ようやく言葉を紡ぐ。  
 
「……ナツメ!作戦……失敗よ。他の子達を連れて逃げて!!  
 お願いだから聞き分けて。あなたは急いで他の天………あっ!」  
 
親友の言葉はそこで途切れる。  
 
ズズズル―――――――ごぷ。  
 
ソバをすする様な音と共に、彼女の姿はデスパイアの貝殻の中へと消えて行った。  
 
 
 
「う………うそ……。嘘………でしょ……?」  
 
呆然と立ち尽くすナツメ。現実を脳が処理しきれない。  
すぐさま叩き込まれた触手を、半ば身体が自動的に回避した。  
 
「エミィちゃんが………そんな……」  
 
目の前が真っ暗になりそうだった。  
虚ろな表情のまま、二発目、三発目の攻撃をハンマーの柄でいなす。  
 
『……や、やめ………や。あ、あぁ………駄目っ!……そこは!!』  
 
デスパイアの体内から、僅かばかりの声が漏れていた。  
なにか土管の中で反響するような感じで、ただひたすらそれは聞こえて来る。  
 
「……や、やめて、……お願い。エミィちゃん……そこにいるんでしょ……」  
 
「ヌァア、いるなぁ〜。おれン中でナンか言っでるぞぉ〜?」  
 
うわ言の様なナツメに台詞にデスパイアが返す。  
しかしその言葉は彼女の耳には届いていなかった。  
ナツメの意識を縛り付けているのは……………、  
殻の内側から聞こえて来るエミリアの声だけだ。  
 
『あ、や、や、……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!』  
 
ナツメの身体がビクンと震える。  
ひときわ大きな絶叫が体内から聞こえてきた。  
間違いなくそれは友人が何かを踏みにじられた証。  
そしてその後に続くのは……………、  
 
『あ……あん、……や…あ………はぁ………んっ』  
 
「ヌハァ!いいぞぉ。いいぞぉ〜。魔力がぁ漲るぅ〜」  
 
デスパイアの傷が急速に再生していく。  
プールサイドで嫌というほど聞かされたあの響き。  
すなわち、蹂躙される女の声。  
それを悟った瞬間、ナツメは―――――――、  
 
 
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!」  
 
 
 
 
ナツメは爆発した。  
 
 
「ヌゥゥゥゥゥウ!?」  
 
炎が渦巻き、閃光が走る。視覚化されるほどの猛烈な魔力の噴出にたじろぐデスパイア。  
ナツメの握るスレッジハンマーが自らを砕かんばかりに猛り狂う。  
別人のように見開かれた漆黒の瞳。怒りに引きつった表情。  
噛み締められ、並び揃って剥き出しになる歯。もはや戦鬼という呼び方すら生ぬるい。  
彼女が大地を蹴ると、ゴバァンと足元の岩盤が宙に舞った。  
 
「こ、ここ、……こ、小娘ぇっ!!」  
 
虚勢を取り繕うような咆哮。どちらが化け物か分からない。  
少女の姿をした鬼神の突進を阻止すべく、条件反射で触手を繰り出す。  
だが、その肉の槍は彼女の身体を貫く寸前で、レンジに放り込まれたナマ卵のように破裂する。  
ナツメから湧き出し彼女を包む魔力の聖域に、不浄の身はもはや存在さえ許されない。  
その姿はまさに燃え盛る大気を纏い大地に突き刺さる流星。  
進路上のあまねく存在が無条件で“粉砕”される。  
 
 
 
「ま、ま、ま、待で!おれン中にばっ、おまえのっ、な、な、仲間が――――」  
 
「エミィちゃんを!返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」  
 
 
 
振り下ろされる<フロムヘヴン>。天国からの招待状。  
咆哮。打撃。炸裂。全ては同時だった。  
気化爆弾でも投下されたかのように、辺り一面は真っ白になる。  
 
「ンがば!?ぬぅぅぅがぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」  
 
―――――――――ズズゥゥゥゥゥン。  
 
アトラスでさえ支え切れないかと思われる強烈な一撃。  
直撃を食らった部位が瞬間的に粉末状に砕け散る。  
衝撃は外殻を貫通し、内臓を通過し、着弾地点の反対側の甲羅をも突き破った。  
摩擦が死んだように大地を滑り、豪快に壁に叩き付けられるデスパイア。  
その上に追い討ちの岩盤が容赦なく降り注ぐ。  
所々から噴き上がっているのは蒸発した体液。  
再生しかけていた甲羅の傷は第一撃の時以上に叩き壊され、  
中から真っ赤に裂けた肉と触手が飛び出した。  
 
「ハァ………、ハァ………、ハァ………、ハァ………」  
 
頭がガンガン痛い。手の平がジンジンする。  
自分の身体の負荷など一切考えていなかった。  
いや、考えてはいけない。いけないのだ。  
エミリアが味わされている痛いみは、こんなものじゃない。  
 
「ヌフゥ………が……あば………げぷぅ……ッ」  
 
まだ息がある。そうだった。コイツの生命力は半端じゃない。  
ならば再度、今度は剥き出しのその身に鉄槌をくれてやるまでだ。  
疲弊した身体に鞭打ち、ナツメが再び<フロムヘヴン>を振りかぶる。  
 
「―――――――え!?」  
 
そこで彼女の動きは止まってしまった。  
デスパイアの貝殻に開いた大穴から、何かが這い上がってくる。  
間違いない。アレは人間の手。そして次に現れたのは、プラチナブロンドの髪。つまり、  
 
―――――――ベトベトになった………エミリア。  
 
「え、エミィちゃぁん!!!」  
 
裏返った声で叫ぶナツメ。  
這い上がってきた友人は数分前とは似ても似つかぬ哀れな姿。  
漆黒の衣服は殆ど溶かされ僅かな名残が肌に付着し、  
その下のライラックの花を思わせる薄紫色のショーツは太腿半ばまで降ろされ、今まさに溶けていく最中である。  
剥き出しの陰部にはこれでもかと深く差し込まれた触手。  
その先端は膣のサイズに合わせて膨張し、もはやエレミアに抜くことは叶わない。  
それでも彼女は震える歯を食い縛り、上気する肌の感触に耐え、  
涙を瞳の淵に押し止めながら陵辱の檻から這い上がってきたのだ。  
 
「ナ………ナツ…メ。…………あぁう!!」  
 
胎内でビクンと蠢く触手に、美しい顔が更に歪む。  
 
「エミィちゃん!!」  
 
再度その名を叫び、駆け寄るナツメ。  
 
「ナツメ……来ちゃ……ダメ……っ!」  
 
後輩の身を案じ、救いの手を拒絶するエミリア。  
後一跳びでナツメがデスパイアの殻に飛び乗れる  
かといった距離まで近づいたその瞬間。  
 
―――――――ブチュア。  
 
「……………あぁっ!」  
 
エミリアの身体は、穴から追いかけるように飛び出してきた数本の触手に抱きすくめられ、  
背中から倒れ込むように肉の中へと引き摺り戻されていった。  
 
その光景をただ見守ることしか出来なかったナツメ。  
 
「よくも……ヒク、よくも……エミィちゃんを……あんな……ヒック」  
 
怒りの表情でボロボロと涙を流しながら震える言葉を紡ぐ。  
他の見ず知らずの女の子たちとは訳が違う。  
こんな事になるなんて、最初は思いもしなかった。  
さっきまで一緒だった親友が、メチャメチャに強姦されてしまう。  
なんでこんな思いをしなければならないのか。  
 
……なぜ?分かり切っている。デスパイア。コイツがいるからだ。  
 
「あんたなんか、あんたなんか、サッサと死んじゃえぇぇぇぇぇえッ!!!」  
 
これが止めの一撃。頭上高く振りかぶられる<フロムヘヴン>。  
怒りと、憎しみと、ありったけの哀しみを込めて、それは振り下ろされる筈だった。  
 
 
 
―――――――ズンっ。  
 
 
 
「……………え?」  
 
両手から離れ、ズシンと地面に転がるスレッジハンマー。  
 
「―――――――かはっ……」  
 
悲鳴を上げる肺から吐き出される空気。口の中に仄かな鉄の味が広がる。  
武器を振りかぶり、ガラ空きになっていたお腹に叩き付けられたのは、  
一抱えほど岩のような物体。チャイルド・デスパイア。この攻撃を……忘れていた。  
鳩尾の真下へと入った一撃に、ナツメは膝から崩れ落ちる。  
再度武器を拾い上げようにも手が動かない。  
 
(私……、またドジ踏んじゃった……)  
 
発射されたきりチャイルドは動かない。  
たぶん、先程の一撃で既に親の胎内で死んでいたのだろう。  
だから、代わりに動いたのはデスパイア本体。  
所々から血を流す満身創痍の触手でかつての敵、そして現在の戦利品を抱きかかえる。  
 
「手こ……ずらせ、やがってぇぇえ。さあ、お友達が……ぐふ……お待ちだぜぇぇぇえ」  
 
最後の賭けに勝利した暴君は、傷だらけの顔でニンマリ微笑んだ。  
 
(……………ごめん…………エミィちゃん……)  
 
そして―――――――ナツメは頭から飲み込まれた。  
 
 
 
 
真っ白なコスチュームに、同じく真っ白な液体が滲み込んで来る。  
濡らされて肌に張り付く生地の感触が、なぜだか酷く気持ちいい。  
 
(結局……負けちゃったんだ……私たち)  
 
ここはデスパイアの体内。彼女は肉の壁でサンドイッチにされているような状態。  
ジュクジュクと音を立てて溶け始めた衣装。肌がヒリヒリしてきた。  
足掻くにも身動きなど殆ど取れない狭さ。その中を次々と群がってくる触手たち。  
先刻までの強敵は今や抵抗ひとつ出来ない。嬲りたい放題だ。  
どうやら彼のシェルターは盾と武器庫の他にもうひとつの役割があったらしい。  
つまり食糧庫。エンジェルという極上の糧を閉じ込め貪る為の檻。  
 
(このまま私も……裸にされて……無理やり……エッチされちゃうんだ)  
 
他人が嬲られている様なら短期間で嫌というほど見せ付けられてきたが、  
その行為が実際どんな感触のモノなのか、ナツメ自身はまだ知らない。  
痛くて、悔しくて、恥ずかしくて、悲しくて、今までの人生全てを否定されるような感じ。  
ただ漠然と、そんな心情風景を思い描いていた。  
 
(フロムヘヴン……落っことしてきちゃったな……。もう……駄目か…)  
 
僅か三度の出撃で、ナツメの戦いは終わりを迎えようとしている。  
不思議と涙は出なかった。ただ心が空っぽになったような感じがする。  
私が帰らなかったら叔父さんと叔母さんはどうするんだろうとか、  
夏休みが終わって私がいなかったら学校の皆はどう思うんだろうとか、  
そんな事ばかりがひたすら頭の中を駆け巡る。  
 
(ハルカ……ごめんね。お姉ちゃん……カタキ……討てなかったみたい)  
 
ナツメは病院のベッドの上で今も泣いている妹に謝る。  
もしあの時、エミリアが現れてくれなかったら、  
妹は今もデスパイアのオモチャにされていたかもしれない。  
そう思うと、彼女には感謝してもし切れない。  
こんな結果に終わった今でも、その気持ちだけは変わる事が無かった。  
 
(そうだ……エミィちゃん……)  
 
自分はもう、どうなってもいい。  
せめて彼女だけでも助け出したい。それだけは諦めたくない。  
確か、エミリアが囚われていたのはもっと上の方だ。  
僅かな力を振り絞り、ナツメはデスパイアの体内を這っていく。  
フリルがドロリと滑り落ちた。一糸纏わぬ姿にされるのは時間の問題。  
いや、その前にたぶん、粘液でおかしくされてしまう。  
天使の耐性を持ってしても、デスパイアの媚薬を防ぎきることは不可能。  
現に内股の辺りが妙に切ない。タイムリミットは僅かも残されていまい。  
 
だが、そんなささやかな時間も手負いのデスパイアは待てなかったらしい。  
ジュルリと触手が一本、溶け掛けのスカートの中に潜り込むと、  
ナツメの穿く淡いピンクのショーツをグイグイと引っ張り始めた。  
全部溶け切るまでなど到底待っていられない。  
さっさと挿入れさせろ。早くオマエの魔力をよこせ。  
そう言いたげにナツメのお尻から下着を引き剥がす。  
 
それでも彼女は止まらない。  
ショーツが太腿を滑り落ちる感触もお構いなしに、ひたすら這い進む。  
曝け出される秘裂。一度も使っていないソコはまだ堅く閉ざされている。  
だが、もうデスパイアはお構いなしだ。エンジェル一体では回復が追いつかない。  
一刻も早くもう片割れのご馳走にありつかねば。  
 
―――――――クチュ。  
 
「………………あ!」  
 
グググ―――――――グイッ。  
 
「あ……い、い、痛い!い、い、痛ぁあ……っ!!」  
 
殆ど愛撫などされていない身。当然まだ潤っていない。  
そんな事など今やどうでも良いと言わんばかりに、肉の責め具は侵入を強行する。  
メリメリと楔が食い込むような感触。破瓜の痛みにナツメの顔が歪む。  
 
「ハァ…、ハァ…、エミィ…ちゃん……、エミィ……ちゃ……んっ!」  
 
それでも必死で親友の名を繰り返しながら、尚もナツメは進む。  
その時、肉の壁の中に伸ばした右手が何かに触れたような気がした。  
握り返してくる。間違いない。人間の手だ。  
 
「エミィちゃん!!」  
 
「……ナ…ナツ……メ…なの?」  
 
肉と触手の釜の中で、ようやく二人は再会した。  
 
「この……お馬鹿…っ。逃げろって……言ったのに…」  
 
熱くなった息を混ぜながら、エミリアが語り掛ける。  
 
「だって、エミィちゃん置いて逃げるなんて……私……できないよ。  
 ―――――――あうっ………あ……痛い………く、…はぁ………」  
 
胎内に完全に収まりきった触手が自らの身体を膨張させ、  
ナツメの小さな膣をガッチリとロックした。これでもうナツメには抜けない。  
 
「………ナツメ………」  
 
エレミアの顔が悲しみに歪む。  
ここからナツメの背後がどうなっているのかは伺えないが、  
そこで何が行われているかは苦痛に耐える彼女の表情が物語っている。  
とうとう自分は後輩を守り切れなかったのだ。何て不甲斐ない。  
いっその事、代わってやりたかった。二人分、自分が犯されてもいい。  
 
「ねぇ、エミィちゃん」  
 
苦しそうな顔で無理に笑いながら、ナツメが口を開いく。  
 
「私の魔力、……使って。エミィちゃんならきっと、逃げられると思うから」  
 
「……………えっ!?」  
 
我が耳を疑った。作戦失敗の責任は私にあるというのに。  
 
「……ナツメ、あなたって人は……ホントに…」  
 
思わず涙が溢れそうになってしまう。  
官能に耐えるフリをして、エレミアは顔を背ける。  
 
「私はもう、ここまでみたいだから…。だからエミィちゃん、今までありがとう。  
 私の残りの魔力、全部使っちゃっていいから。なんとかならない………かな?」  
 
ナツメの視線はある一点に注がれている。  
エミリアと一緒に取り込まれた武器、<クロイツァー>だ。  
確かに魔力の扱い方こそ素人だが、ナツメのキャパシティはズバ抜けている。  
彼女の残る全ての魔力を奪い取ってアレを撃てば、あるいは……。  
しかし、それを実行に移せばナツメは………。  
 
「ごめん、無理」  
 
「―――――――え?」  
 
「私、……もう中にメチャクチャ出されちゃったから。  
 これ以上、……動けないのよ。……ほんと悔しいけど」  
 
半分嘘だった。確かに一度はイかされたが、自分だって天使だ。  
あと一回ぐらい、最後の一撃を放つくらいはやってみせる。  
だが、それができるのなら……、  
 
それができるのなら―――――――生き残るべきは、私じゃない。  
 
ナツメはまだこれからどんどん伸びる。もっともっと強くなる。  
自分が今いる場所より遥か先の高み。そこでもっと大勢の人を救うことが出来る。  
腹は決まった。後悔などしない。この場から逃がすべきは彼女だ。  
 
「あぁう!ちょ、っちょっと!や、やだ!な、なにこれ!?……いやぁ……っ!」  
 
突如、ナツメの身体がリズミカルに揺さぶられだす。ピストン運動が開始されたのだ。  
未体験の性技にナツメは甲高い悲鳴を上げる。触手の伸縮に合わせて動く下半身は止まらない。  
自分の腰がこんな動作をするなんて、彼女は今まで知りもしなかった。  
 
「やだ!……こ、こんなのやだぁ!止めて!ねぇ、誰か止めてぇ……っ!!」  
 
「……な、ナツメ!落ち着いて!リードされちゃ駄目!呼吸を整えて!!」  
 
「え……エミィちゃん……でもっ……でもっ、私のカラダ……おかしくなっちゃう!」  
 
セックス・テクニックへの耐性などナツメにあるハズがない。全てが初体験である。  
何の前振りもなしに強要されたハードな行為に、彼女はもうパニックに陥りかけている。  
このままでは、三分と経たずに絶頂へ持っていかれてしまうだろう。もう時間が無い。  
エミリアは決意と共にその手を強く握り返すと、渾身の力で肉壁の中から<クロイツァー>を引き抜き、  
泣き叫ぶナツメの頬を優しく撫でながら差し出す。  
 
「ナツメ。これを撃って」  
 
「え、……………で、でも!?」  
 
「大丈夫!いつも通り、私がフォローするから!!」  
 
<クロイツァー>は扱いに熟練を要する武器だ。  
一撃必殺型の波長を持つナツメとは殊更相性が悪い。  
事実、訓練中だけで同型の武器を三機も暴発させて壊している。  
だからこそ彼女の武器は剛性の高いハンマーと決まったのだ。  
 
魔力の暴発は術者自身に危害を加えることはない。  
なにせ常に自分の体内を流れている物なのだ。  
故に、被害を被るのは周囲の人、物、建造物その他。  
 
「そ、そんな事したらエミィちゃんが!」  
 
「だからフォローするって言ってるでしょ」  
 
無理に笑って見せる。その笑顔は当然気休めだった。  
 
「私の魔力はもうカラッポ。吸い尽くされちゃってるの。  
 ナツメもイかされたらもうアウトよ。だからその前に!」  
 
エミリアは死を覚悟している。ナツメにそれを悟らせてはならない。  
 
「………さあ、早く!このまま揃ってオモチャにされたいの!?」  
 
「…………………」  
 
暫しの躊躇の後、ナツメは決意に満ちた瞳で差し出された武器を受け取る。  
エミリアは優しげに微笑むと、静かにその身体を抱きしめてやる。  
触手に弄ばれるナツメの動きが止まった。今なら集中できる。  
 
(ナツメ……温かい……)  
 
瞳を閉じ、ナツメの身体を流れる魔力の奔流を探り当てる。  
 
(あなたは本当にいい子。お馬鹿だけど、どこまでも……真っ直ぐで……優しくて)  
 
あまねく迷いを打ち払うように、大きく息を吸い込むナツメ。  
これが最後の一撃。彼女は<クロイツァー>を握り締め、その弓先を頭上にかざす。  
狙うは一点。未だ完全に塞がり切らぬ再生ポイントを内側から穿つ。  
絡み合う魔力の糸。最初は静かに、やがて力強く輝きだす二人の身体。  
デスパイアが体内で生まれた違和感にたじろぎ始める。  
限界を超えた魔力を注ぎ込まれ、洋弓が悲鳴を上げだす。  
グッと腕に力を込め、より強くナツメを抱き締めるエミリア。  
 
二人の鼓動が重なった刻、その一撃は放たれた。  
 
―――――――………ズズズズズズズ。  
 
「ぬぁ?こ、ここ、、こ、こればぁ!?ぬがぁ!?」  
 
突如、身体の奥底から走り始めた激痛。限界を超えた銅線のように焼き切れる神経。  
デスパイアの全身が裂け始め、そこからまばゆい光が漏れ出している。  
メチャクチャに振り回される触手が内側から沸騰、砂のように崩れて空気中に散った。  
クワっと見開かれたデスパイアの瞳が収縮し、ボコリと本体から弾け飛ぶ。  
 
「ぶ………ぎぃやぁぁぁぁぁあぁあああぁぁぁぁぁあ!!!」  
 
 
 
ズ――――――――――――――ゴバァァァァァッァ!!!!  
 
 
 
瞬間的に膨れ上がった化け物の背中。立ち昇る光の柱。  
あらゆる臓器と体液を撒き散らしながら、デスパイアの身体は破裂。  
その身を貫いた輝きは天井の岩盤をも突き抜け地上へ。  
アスファルトを突き破り、空高く――――――どこまでも空高く天を駆ける。  
 
 
 
やがて上空遥か彼方まで走る天使の輝きは、真夏の入道雲の中へと消えて行った。  
 

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