〜粉砕天使ナツメ 第五話 前編〜  
 
…ずちゅる、こぷ…ぬちゅ…ごぼ…。  
 
時刻は夜の十時を回っていた。  
空き地を挟んで向かい合うパチンコ屋と風俗店ネオンが裏通りをピンク色に染め上げ、その下の通りを酔っ払いの一団が野卑な声を上げながら千鳥足で横切って行く。  
蹴り倒されたゴミ箱に群がり残飯を漁るのは、みすぼらしく痩せこけた野良猫の群れ…。  
 
ここは雛菊駅の南口ロータリーから広がる再開発地区。  
落書きまみれのコンクリートジャングルには、新興オフィス街として目覚しい発展を遂げていた当時の面影は見当たらない。  
毛細血管のように走るくねった路地には、お子様お断りの店々がひしめき合い、怪しいチラシが散乱するビルの谷間は、通勤通学の時間帯でも往来が疎らであった。  
 
「…ん…、は…ぁ、…んくっ」  
 
そんな準ゴーストタウンの合間に響く艶めいた喘ぎは、フル稼働する室外機の低音に掻き消され誰の耳に届くこともない。  
裏路地に少し入った雑居ビルの3F。古びた「テナント募集中」のビラが半分剥がれて垂れ下がるアトリエ跡。無数のマネキンが転がるその一室で、いつ終わるとも知れない凌辱劇は今宵も繰り広げられていた。  
 
「んっ…んむっ!はぁ…ぅ」  
 
「ひぁっ…きゃっ…」  
 
バラバラに横たわる無機質な人形に混じって蠢くのは本物の人肌…。  
全部で4名。いかにも夏物といった軽装のカジュアルを着込んだ娘が2人。残る半分はスーツとタイトスカートに身を包んだ一目で分かるOLコンビ。  
開け放たれた胸元からは皆、各々サイズも形も違う乳房が振り出され、振動する胸板に調子を合わせて波間の風船のように踊っている。太腿を締め付ける拘束具により無残にも開かれた股間には、誰一人例外なく肉色の触手が頭から没していた。  
赤黒い血管を表皮に浮かばせビクビクと震えるその一物は、正に怒張した男性の陰茎そのもの。そしてその触手を辿った先にいる三体の陵辱者…。  
手足の区別もない洋梨のような図体からワラワラと伸びる無数の触手。ローパー型デスパイアたちである。  
 
「う…あ…ぁ…っ、ふぁっ!!」  
 
被捕獲者の一人、香澄は目の縁から涙をこぼしながら目の前で犯されている予備校仲間の瑞穂を眺めていた。  
日焼けした小麦色の肌に塗りたくられた白濁液。曝け出された乳房は水着のトップの形に日焼け跡が残り、桃色の突端には花のつぼみのようにすぼんだ触手が吸い付いている。  
全員合計で8個になる乳首を咥えているのはいずれも小さい方のローパーだ。お目当ては恐らく母乳。親個体の方は胸には見向きもせず、ひたすら犠牲者達の膣内に精液を注ぎ込み続けている。  
いや、そもそも初めからここに居たのはこの大きい奴だけだった。  
 
…捕まってから三日目の晩の事だ。先に連れ込まれ犯されていたOLの一人が、急にそれまでとは異なる呻き声を上げ、バタバタともがき苦しみ出した。  
尋常ならざる光景に恐れ慄く二人を前に、下腹部をパンパンに膨らませたその女はひとしきり唸り続けた後、突如腰を持ち上げ、下半身だけでブリッヂのような体勢を取り、そして―――。  
 
…産み落としたのだ。一匹のローパーを。  
 
更に翌朝には別の女がもう一匹のローパーを出産。その光景を目の当たりにした時、瑞穂は絞め殺される鶏ような悲鳴を発し、遂に正気を失った。  
犯されながらも互いに励まし合っていた友人は、もうそこにはいない。香澄は独りぼっちになった。  
 
じゅる…じゅぷ…、ちゅぽっ。  
 
「…んぐっ!!」  
 
吸い上げられる愛液。放たれる精液。逃げ出そうにも手足は縛られ、床一面ヌルヌルしたスペルマの海。  
おまけに生まれた時はラグビーボール大しかなかったローパの幼体は、僅か数日の内に、愛液をふんだんに啜って一メートルを越える背丈にまで成長していた。  
もう助からない。自分達はきっとあのOLと同じ運命を辿るのだろう。バケモノの母となった先客達は今、部屋の真ん中でミルクを搾り取られ続けていた。  
腰まで捲りあがったスカートの中には破れ放題になっているベージュのパンストが覗き、食い込む触手により太腿はハムのように締め上げられている。  
ローパーはこの母胎がさぞお気に召したようだ。既にその秘所には次の子供を作る為の白濁液が流し込まれている。あれと同じ液体が既に香澄の体にも満タンまで注ぎ込まれているのだ。  
 
「…ひっく…、えぐ、あぐ…」  
 
嗚咽と共に涙がこぼれ落ちた。歪む視界の端っこで足首に絡まっているのは、自分の履いていたパンティだ。買ったばかりだったこの下着も今やクリーム色のヘドロにまみれ、黄ばみ、すえた悪臭を放っている。  
悔しかった。あの晩、予備校の帰り。遅くなったから近道をしようなどと言って、行方不明者の集中する再開発地区に足を踏み入れさえしなければ…。ビルの隙間から伸びて来た、この触手に捕まりさえしなければ――――。  
 
ガシャァァァァァアーーーーーン!!  
 
突如響いた破砕音に、香澄の瞳は見開かれた。  
ガラスの破片が粉雪のように舞う中、ローパーの上半身…と呼べるのか分からないが上半分が消し飛び、白濁液で染め上げられていた部屋は一面鮮血で上塗りされる。  
香澄を犯していた触手は本体を失い、彼女の秘部に頭を突っ込んだまま、ビチビチと傷を負ったミミズのようにのた打ち回り…。  
 
この夜、捕獲から十二日目にして香澄と瑞穂は救出される事となった。  
だが…搬送先の病院で自分達の体の異変を知った彼女たちには、もう以前の笑顔が戻る事は無かったという。  
 
♯  
 
『ハラショー!初弾命中。さっすがわたくし。ビバ、マルーシャ。さー突入だぜエミィさん!!』  
 
携帯越しの自画自賛を聞き終わらぬ内に、分厚い防火扉を蹴り開けエミリアは室内に踊り込んだ。  
窓の外からの狙撃で同胞一匹を挽肉にされたローパーは、4人の人質を窓際へと引きずり並べ、即興のバリケードを築いている最中であった。  
火照った乳房を冷たい窓ガラスに押し当てられ、官能的な呻きを洩らす女たち。  
その酸鼻な光景を前にしても揺らぎひとつ見せぬ天使の瞳は、予期せぬ方角からの乱入者に動転する一匹の心臓に狙いを定め―――。  
 
ザシュザシュザシュ…っ!  
 
正確無比な三連射でその生命活動を停止させた。光の矢で貫かれた肉塊が静かに血の海へ沈む。  
状況を理解する猶予も無く取り残された最後の一匹は、事切れた相棒が床に放り出したOLを即座に絡め捕り、自身とエミリアの間に吊るし盾とした。  
 
ガシャァァァァァアーーーーーン!!  
 
再びガラスの砕ける音。大胆不敵なスナイパーが、銃撃によって開けられた風穴を数倍に拡げ、弾丸に続いて向かいのビル屋上から飛び込んで来たのだ。  
コートをバサリと翻し、ガラスの破片を振り払うマルーシャ。その両手には、狙撃用の二脚を展開したまま灼熱の銃剣を突き出し、標的の急所を窺う対戦車ライフルが。  
 
「キシィィィィイ…!」  
 
エミリアへ向け掛けていた人質の半数を大わらわで灼熱天使に回し、最後の怪物は威嚇の唸りを上げた。  
前門の虎、後門の狼。人間を盾にしたまま天敵二名に挟まれたデスパイアは進むも退くも儘ならない。しかし、人質を前に攻め手を欠くのはエンジェル達も同様。  
事態は膠着状態にもつれ込むかと思われた。…が。  
 
「ええーーーーーいっ!!」  
 
天井を隔て真上から降って来た少女の怒号。続いてビル全体を揺るがす激震。  
仰天し頭上を仰いだローパーの視界を覆い尽くしたのは、今まさに落下してくるコンクリートの塊であった。  
 
ズズウゥゥーーー…ン…。  
 
地響きと共に舞い上がる粉塵が戦闘の終結を告げた。勝敗は語るまでも無いだろう。  
上の階の床をぶち抜いて現れたナツメの急襲により、ローパーはピザのように押し潰され、そのまま瓦礫の下に没していた。触手に絡め取られていた四人は既に、エミリアとマルーシャの脇にそれぞれ抱えられている。  
 
「はっはァーん。見たか必殺ナツメ落とし!こいつを喰らやあジャブローのモグラも木っ端微塵よ!」  
 
「…勝手におかしな名前付けない下さい」  
 
パラパラと降り注ぐコンクリート片を振り払いながら、細めた両目でマルーシャを睨むナツメ。そうこうしている間にも、エミリアは被害者達を壁にもたれ掛けさせ、それぞれ様態を窺う。  
 
「命に別状は無さそうね。二人とも、毛布か何か探して頂戴」  
 
「あ…うん」  
 
指揮官としての表情を崩さぬまま、千切れた触手を被害者の股間から引っこ抜くエミリア。めくるめく官能のフィニッシュに、犠牲者は思い思いの声を張り上げ最後の絶頂へと達した。  
程なくして四人の身体にはマネキンに被せられていた白布が掛けられる。後は救護班が到着するまでの間、現場を見張り続けるだけだ。  
ここみたいな絶好の隠れ家は、漁夫の利を狙う他のデスパイアが目を付けている場合が多い。それに…抵抗できない女性を狙う不逞の輩は何もデスパイアばかりとは限らない。  
 
汗と精液に腐肉が混ざって放つ耐え難い悪臭がいつまでも鼻を突く。匂いを消す魔法が無いのが何とも恨めしい。  
 
「なァ。ここんトコやったら多くないか?今週だけでもう3件だぜ、エミィ」  
 
「ええ…」  
 
多いとはローパー型デスパイアの事だ。以前、ナツメの家を襲い両親を殺害し妹を辱めたのも同種のデスパイア。あの頃からローパーの出現数は右肩上がりで伸び続けている。  
確かに、彼らはデスパイアの中でも繁殖能力に長けた者たちでこそあるが、それでも今までは月に三匹も遭遇すれば多い方だった。最近のこの数は少々異常である。  
 
「うぅ…ん…」  
 
壁際でOLの一人が呻き声を上げた。見れば彼女に掛けてやった布の一部がしどしどに濡れている。どうやら母乳が垂れ続けているようだ。  
バケモノの子供を産まされた挙句、身体まで変えられてしまった被害者。居た堪れない気持ちになりながら見過ごす訳もいかず、ナツメは彼女の布を取り替えようとする。  
 
「ひ…ぁ…」  
 
余韻の抜け切らぬ身体でクネクネともがく年上の女性と格闘しながら、辛くも作業を進めていくナツメ。脇からマルーシャの差し出したバスタオルで被害者の胸と股間を拭い、丁寧に包み込んでやる。  
 
「…あ」  
 
「……………」  
 
毛布を取り替え終えた時だ。何気なく他の被害者を見渡したナツメの視線が潤んだ視線と被さった。犠牲者たちの中で唯一人、意識の残っていた香澄である。  
 
「どう…して…」  
 
「え?」  
 
潤んだ瞳のまま、震える唇で香澄は囁いた。聞き取り損ねたナツメは彼女に一歩近づく。  
 
「どうして…、どうしてもっと早く…来てくれなかったの…?」  
 
「え…あ…。それは…っ」  
 
思わず言葉に詰まらせるナツメ。香澄はゆっくりと壁から身を剥がし、半裸のまま彼女の方に這い進んで来る。そして…。  
 
「なんでよ!?どうしてもっと早く助けてくれないの!?私もう、こんなに、こんなにされちゃって…!何度も叫んだのに!助けて、助けて、って!それなのにっ!!」  
 
「そ、そのっ」  
 
「嫌ァ!あんなバケモノの子供なんて!何で、何で私たちなの!?ねぇ!答えてよ!ねぇっ、答えてってばあっ!!」  
 
誰の目にも錯乱しているのは明らかだった。鉄砲水のように噴き出す言葉はまるで前後が繋がっていない。  
香澄はそのままナツメにしがみ付き、彼女の肩をガクガクと揺さぶった。キリキリと二の腕に食い込む指が痛い。  
しかしナツメはその手を振り払えなかった。途切れる事無く発せられる悲痛な叫びに、粉砕天使は言葉を失い、ただひたすら蒼くなる。  
 
「ねぇってば!?答えてよ!ねえ―――…うぐっ」  
 
半狂乱の詰問は唐突に止んだ。うつ伏せに崩れ落ちる香澄の背後から姿を現したのは、手首をコキコキと鳴らすマルーシャ。軽い手刀を後頭部に打ち込んで失神させたらしい。  
 
「…マルーシャさん…」  
 
「気にすンな。よくある事さ」  
 
マルーシャは香澄を背中から抱き起こすと、慣れた手つきで壁際に横たえ、跳ね除けられた毛布を掛け直してやる。  
 
「意識の残ってる被害者には注意しとくんだね。大抵気が動転してるからさ。酷い時なんて首絞められたりもするよ」  
 
「…ハイ…」  
 
力の抜けた返事が精一杯だった。香澄の表情に呑まれてしまったナツメは無力感に打ちひしがれ、呆然としたままその背中を眺る事しか出来ずにいる。だが…。  
 
「まァ。討ち洩らしもなく、一人の死人も出さずに済んだんだ。上首尾だよ、上首尾」  
 
その一言を聞いた瞬間、ナツメの中で何かが弾けた。  
 
「上首尾って…どう言う事ですか?」  
 
「ん?」  
 
「何が上首尾なんですか!?何が上出来なんですか!?この人たちはみんな…っ、みんなメチャメチャにされちゃったのに、そんな言い方ってあるんですかっ!?」  
 
「え、あ。…お、おいナッちゃん?」  
 
猛然とマルーシャの前に詰め寄り、鼻と鼻の触れるような距離で捲くし立てるナツメ。普段の彼女からは想像もつかないその剣幕に、流石のマルーシャも思わず言葉をどもらせる。  
 
「ナツメ!!」  
 
そんな二人を咎めるように凛とした声が割って入った。  
 
「こっちの被害者も毛布取り替えるから、手伝って頂戴」  
 
「え、あ…はい」  
 
エミリアの声で我に返ったナツメはバツの悪そうな表情を浮かべると、小走りでエミリアの方に駆けつける。同僚の助け舟に救われマルーシャは安堵の吐息をついた。  
 
辺りは静寂を取り戻し、空調設備だけがやかましく唸り続ける。遠くから近づいてくる救急車のサイレンに、三人は気まずい空気の下、言葉数少なに耳を傾けていた。  
 
♯  
 
「い…いぃ!んぐうーーーぅっ!!」  
 
毛も生え揃ったばかりの下腹部を惜し気もなく曝け出しながら、一人の少女が狂おしい呻きを上げていた。剥かれた白目と飛び出た舌は、その声が耐え難い苦痛により発せられる物である事を物語っている。  
 
「うあ、あ、あ…っ、いあァーーーーーっ!!」  
 
風船のように膨れた異様な腹。ウエストの膨張に耐え切れなかったミニスカートは、とうの昔に彼女の足元へ落っこちている。  
触手で拘束された両手両脚を死に物狂いで振り回し、言語化不能の叫びで何かを訴え続ける少女。  
セーラー服が殆ど用を成さないほど体積を増した彼女の腹は、その内部に息づく何者かの運動に合わせしきりと蠢いていた。そして…。  
 
「ひっ、ひぐッ!」  
 
ちゅぷ…ちゅぷちゅぷ。粘膜同士がこすれ合う湿った音と共に、彼女の真っ白なショーツに汚らわしい染みが広がった。  
 
「んぎぃぃぃぃいっ!!」  
 
下着の股布がモコモコと動き始めた。薬物中毒者のような形相で首を振り回し、獣の如く叫び続ける少女。  
やがてベトベトになったショーツを内側から持ち上げ、チョロリと顔を覗かせたその物体は何と…不気味に蠢く赤黒い触手の塊であった。  
 
ぐちゅ。ぐちゅ。ぐちゅ…ずぽっ。  
 
少女の胎より顔を出したローパーの幼体は、左右で暴れる太腿の肉を押し退けるとイボだらけの体を大きく一捻り。栓を抜くような音と共に少女の膣から飛び出し、冷え切った床の上にベチャリと落ちる。  
無機質なコンクリートの上でぬたくる異形の赤子。闇の中から伸びて来た極太の触手が、その身も毛もよだつ新生児を愛しげに撫で回した。  
 
「おぉ、よしよし。よしよし。今度はまた一段と可愛らしい子だこと」  
 
視界の利かぬ暗黒世界に響き渡るのは、我が子を慈しむ母の声。無論それはローパーを産み落とした少女のものではない。  
 
「お産ご苦労様。少し休んだらこの子の授乳お願するわね。うぅふふふっ…」  
 
ねぎらいの言葉にも少女もうは反応しなかった。魂をどこかに飛ばしてしまったような顔のまま涎を垂れ流し、辛うじて呼吸だけを保っている。光を失った瞳の淵に湛えられる涙は、耐え難い苦痛と快楽の産物か、或いは僅かに残された理性の欠片か。  
 
薄暗がりの中に瞳を凝らせば…そこには妊婦のように腹の膨れた十名ほどの女たちが、皆頭上で組まされた両腕を触手で戒められ、トンネルを埋め尽くす肉の縄で吊り下げられていた。  
既に半数以上の者が妊婦の腹と化しており、まだ腹の膨れていない娘はその股間に図太い生殖器をねじ込まれ、命の素をひたすら体内に流し込まれている。  
 
「嫌…っ。あたし産みたくない…。こんなの…産みたくないっ!!」  
 
這い進むローパーの赤ん坊を見て、別の少女が首を左右に振りながら連呼する。  
無理もない。今、自分の股間から滴っている白い液体には、まさに天文学的な数の精子が泳いでいるのだ。目の前の妊婦達は数日後の自分の姿である。  
 
「あらあら。酷い言われようね。貴女達は来たるべき私達の時代に自らの遺伝子を残せるのよ。こんなに喜ばしい事が他にあるって言うの?」  
 
「いやぁぁぁあーーー!そんなの嫌ァーーーーー!!」  
 
拒絶の意思表示を嘲笑うかのように、声の主がブルブルっとその身を震わせる。すると…ごぼり。狂ったように喚く少女の恥部から、再度大量の白濁液が溢れ出した。  
哀れな獲物は己の体が汚されていく光景をただ眺めている事しか出来ずにいる。  
 
「んー…でもチョット困ったわねえ。いい加減ここも狭くなって来ちゃったし、そろそろ潮時かしらね」  
 
ズズズ…と、その途轍もない重量の物体は闇の中で蠢いた。彼女達の股間を貫いている触手は、皆この巨大な何者かから伸びている。  
 
「それでは、いらぬ横槍の入らぬ内に次の街も頂いちゃうとしましょうか。オホホホホ…」  
 
新しい玩具をみつけた女児のような声で微笑み、巨大な肉塊は這い進んでゆく。凌辱中の娘たちを体の至るところにぶら下げながら。  
八月の太陽に焦がされる海沿いの街。雛菊市へと…。  
 
♯  
 
「もっぺんっ、もっぺん言ってみろよ!!」  
 
薄暗がりの中に聞き覚えをある声が響き渡っている。  
 
(うっさいねー。つーか誰の声よ?)  
 
長い長い棺桶を思わせるコンクリートの空洞。足元を流れるのは凍えそうな冷水。声の主を警戒しながらチロチロ走るドブネズミが神経を逆撫でする。  
愉快不愉快の感覚さえ麻痺させられそうな真冬の下水道。そこで立ち尽くしている二人の少女。  
一人はカーキ色のコートを着込んで小銃を携えた白人の娘。もう一人は花嫁衣装を黒一色に染め上げたような禍々しいコスチュームの少女。二人とも年は似たようなものか。  
コートの娘は手にした銃をかなぐり捨て、ボロボロの皮手袋で怒りに任せ相方の襟首を掴んでいる。  
 
(ああ…そうか。ここはあそこだな)  
 
揉める二人の顔を確かめたとき、マルーシャの意識はようやくここが夢の中なのだという事を理解した。コートの天使は昔の自分。そしてその傍らのゴスロリ娘はエミリアの姉。殲滅天使イゾルデだ。  
彼女はマルーシャの手を払い除けると、背中まである白銀の髪を優雅に掻き揚げ、冷たい水面に落っこちていた帽子を被り直した。  
 
「オイっ、イゾルデ!!」  
 
彼女たちの前方で伸びている巨大なゼラチンは、三分前まで交戦していたクラゲ型デスパイアの死骸である。  
その周囲に散らばって倒れている年端もいかぬ娘たち。彼女らはこのデスパイアに犯されていた被害者だ。いずれも未帰還だった天使達である。  
強力な魔法障壁と百本近い触手を自在に操り、数多のエンジェルを慰み物にしてきたこの怪物も、十二天使の第三位に数えられるイゾルデの前では据物同然であった。  
 
彼女の背中に背負われているのは、対デスパイア用の黒魔術駆動式チェーンソー<ブルーメン・シュトラオス>。花束の名を冠されたこの恐るべき凶器は、生物非生物を問わずあらゆる物体を片っ端から輪切りにする。  
変身ヒロインの武器として余りにも似つかわしくないスプラッターな装備は、ゴスロリ中毒の末期的コスチュームと相まって、イゾルデの悪趣味を芸術の域にまで昇華させていた。  
ある意味、アナレイトエンジェルの相棒としてこれほど相応しい武器は他にあるまい。  
 
「くだらない事言ってないで帰るわよ。サービス残業続きで寝が足りてないのよ私。約束通りマルーの部屋貸して頂戴ね」  
 
怒りに震えるマルーシャを完全に無視し、踵を返したイゾルデは来た道をバシャバシャと引き返して行く。  
 
「ま、待てよ!こいつらはどうすンだよ!?助けていかないのかよっ!?」  
 
イゾルデの行動に面食らったマルーシャは、転がっている犠牲者達を指差して喚き散らす。  
 
「無駄よ。ここまでされたら、どの道もうエンジェルとしては使いものにならないわ。後は救護班に全部やらせておきなさい」  
 
黒衣のお姫様は振り返りもせず背中で答えた。  
 
「い…イゾルデ、てめぇ!!」  
 
怒りを爆発させたマルーシャは大股でイゾルデに詰め寄り、力任せに彼女を振り向かせ再度その襟首を掴み上げる。  
 
「何よ。喧嘩がしたいなら裏路地。ディベートがやりたいならお金貯めて大学行きなさい」  
 
妹のエミリアと瓜二つな美貌。しかしその瞳に宿る輝きは刃物の峰のように冷たく無機質で、マルーシャへの露ほどの関心も窺えない。  
そんな西洋人形のような彼女にマルーシャは獣の如く吠え掛かった。  
 
「じゃあ何だ!?こんだけ犠牲者出しといて、何が“上首尾ね”なんだ?その頭のどこをどう回したら、ボロボロに犯られちまった味方の前でっ、一体全体そんな台詞が吐けるンだよ!?オイ!!」  
 
この時のマルーシャは許せなかったのだ。犠牲者に対し一欠けの憐れみも持ち合わせていないイゾルデが。  
そして同時に…後方への注意が散漫にもなっていた。  
 
「ピギィィィィイイーーーーー!!」  
 
「―――――!?」  
 
背後から突然の襲撃。犠牲者の一人の胎内に身を潜めていたデスパイアの子供が、隙だらけのマルーシャに躍り掛かって来たのだ。  
振り返ろうとしたところを、触手でバシャーンと引きずり倒され、膝の高さまでしかない水中へ無様に転がるマルーシャ。  
 
「ぶはっ!…ひっ!?」  
 
慌てて顔を上げてみればなんと、今まさにデスパイアの子供が自分のスカートの中へ潜り込もうとしてしている最中だった。  
クラゲ型デスパイアの幼生であるプランクトン形態。触手の生えたゾウリムシのような怪生物は、マルーシャの脚をM字に開かせ、ショーツの股布をずらそうとする。  
 
「やっ、や…!!」  
 
犯られる。寄生される。あの時みたいに何から何まで汚される。嫌だ。嫌だ。絶対に嫌だ。  
恐慌の余り手は滑り、拾い上げようとした銃を滑稽に取り落とす。駄目だ。間に合わない。  
 
「嫌ぁーーーーーっ!!」  
 
 
―――――ズバ。  
 
 
呆気ない幕切れだった。マルーシャの体を乗っ取ろうとしたデスパイアはイゾルデの軽い一薙ぎで半身に切り開かれ絶命する。  
ようやく得物を取り直したマルーシャは、冷たい壁にはね返って転がったその死骸に、半狂乱になって銃剣を突き立てる。何度も何度も、何度も何度も突き立てる。  
 
「ハァ…、ハァ…、ハァ…っ。ハフっ」  
 
デスパイアが光の粒となり始めたのに気づきようやく我に返ったマルーシャは、震える肩で荒い息を付きながら、どっと押し寄せてきた疲労感と無力感に打ちのめされていた。  
膝からガクリと崩れ落ち、灼熱天使はその場で尻餅をつく。そんな彼女の傍らでイゾルデはクスクスと堪え切れない笑いを洩らしている。  
 
「ふふ…。いやあー!だって。思ってたより可愛い声出るんじゃない」  
 
「……………」  
 
初めて見るイゾルデの笑顔。言い知れぬ悔しさが込み上げてくるが、それを彼女にぶつけるだけの余力はもう残っていない。  
 
「ま。要するにお子様なのね」  
 
そう一言だけ言い残し、イゾルデは先程と変わらぬ歩調で去っていく。冷たい水の中に、ひとりでヘタリ込んでいるマルーシャを残しながら。  
 
「―――――くそっ」  
 
バシャリと一度、堅く握り締めた拳が水面を殴った。  
 
♯  
 
「…ん…んんー…――――いでっ!?」  
 
予告無しで脳天を襲った鈍痛によりマルーシャの意識は強制起動させられた。慌てて跳ね起きれば、今度は爪先がベット脇のくずかごを蹴り倒す。  
誰を恨む訳にもいかない。ベットサイドに頭をぶつけさせたのは自分の寝相であり、この部屋をガラクタ渦巻くソドムとゴモラにしているのもマルーシャ自身なのだから。  
 
(あー…。もうこんな時間かよ)  
 
エアコンの稼動していない室内は蒸し暑く、寝汗を吸って肌にへばり付くパジャマ代わりのシャツが何とも気持ち悪い。  
時計を見れば時刻は既に正午を回ったところ。カーテンの向こうには恨めしい真夏の太陽が昇り、今日も勤勉に太陽系第三惑星の地表を加熱している。  
一も二も無く撃ち墜としてやりたいところなのだが、残念ながら射程外である。  
 
(しっかし、随分昔の夢見たモンだなァ…)  
 
アンニュイな目覚めの真犯人は先程まで見ていた夢。幼き日の冷たく苦い思い出である。  
埃まみれの記憶を引きずり出させたのは恐らく昨夜のナツメとの悶着だろう。夢の中のマルーシャは、昨夜の彼女自身が吐いたのと同じ台詞に憤慨していたのだ。  
 
(昔のアタシがガキだったのか、それとも今のアタシが腐ってるのやら…)  
 
考えたところで答えは出ない。  
バサバサの金髪をひとたび掻き揚げると、マルーシャはすらりと伸びた白い脚を寝床から繰り出しキッチンへと歩みを進める。  
ノブに手を掛け冷蔵庫を開くと心地よい冷気が流れ出してきた。ライトアップされた棚の片隅で缶ビールが甘い誘惑を放っていたが、ここは涙を呑んで烏龍茶。  
ボトルから直接喉に滑り込んでくる液体が、気だるさを徐々に洗い流していった。  
 
「ん?」  
 
ようやくシャワーを浴びる気力の湧いてきたところで、マルーシャは充電中の携帯電話が緑色の点滅を放っている事に気づく。  
詰め替え用のシャンプーを片手に携帯を拾い上げ、親指でボタンを繰りながら、到着から既に小一時間経過しているメールを彼女は開いた。  
 
『至急、百貨店“紅鶴”雛菊支店屋上まで来られたし。所用あり。エミリア』  
 
お呼び出しである。  
 
「流石はヒンヌー教徒。なんてえ色気の無い文章打つモンかね…」  
 
♯  
 
「うわァ…っ」  
 
物々しい扉を開け蒼白い殺菌灯の下をくぐると、そこはもう別世界だった。  
規則正しく整列した無機質な棚を埋め尽くしているのは密閉容器の数々。  
そこに収められたグロテスクな物体は、研修を終えたばかりの須藤蛍子に、この職場に長く居つけるナースが少ないその原因を三秒で理解させてくれた。  
 
(これが…、こんなのが全部…被害者達の中から…)  
 
ここは雛菊市中央病院の特別病棟地下に設けられたサンプル室である。認証式の扉で閉ざされたこの部屋に安置されているのは、俗にデスパイアと呼ばれる生命体の肉体の一部である。  
今では広く普及しているその呼び名も、元を正せば何処の誰が使い始めたともつかぬローカル的なものであり、公的機関やマスコミ、医療機関などでは『特別害獣』の名が正式な呼称として使用される。  
 
(ううー。これなんてまるっきり男の人のアレじゃない…)  
 
先端の包皮がめくれ返ったムキムキの肉棒。現物を拝んだ事のない蛍子でもその形状は卑猥と感じる。そしてこの物体が何に使用されるのかも想像が付いた。  
 
一般的にデスパイアは死亡すると組織分解が急速に進み、一分も経つ頃には原形を止めない塵状の物体と化し消滅してしまう。  
ではなぜ彼らの身体が、一部分であるにせよ、こうして保管貯蔵されているのか。  
答えは簡単だ。本体が絶命し生命力の供給が途絶えた後も、別のルートからそれを供給可能であった場合。つまり、千切れるなり切断されるなりして、被害者の体内に取り残されていたケースである。  
 
(つまりこの液体って…ホルマリンじゃなくて…)  
 
思わず容器を手に取るのを躊躇してしまう。だが綺麗事ばかり言ってもいられない。  
被害に遭った女性達を救出後も苛ます後遺症の数々。  
突発的な性的興奮や愛液の異常分泌。フラッシュバックを伴うセックス恐怖症や、その逆の性交依存症。重症患者は救出後半年経っても異常な頻度の自慰行為を繰り返したり、秘部と股布が擦れただけで下着をグショグショにしてしまったりする。  
デスパイアの体液が原因と言われるこれら『D症候群』の治療とメンタルケア、そして彼らの生態研究がこの科の目的なのだ。  
 
(No.0244A『産卵後48時間経過』。No.0244B『寄生』って…おえ…)  
 
貼り付けられたラベルにはいずれも食欲の失せる単語が日付と一緒に刻印されている。  
生殖器ばかりではない。膣内や肛門に寄生していたもの。更には産み付けられた卵まで。そして極めつけは…。  
 
(これがNo.0068A『第一号ハイブリット』……)  
 
遡ること五年前、世界を大いに震撼させた事件。デスパイアに襲われ膣内射精された女性の妊娠が発覚した事例である。  
このケース以前は、彼らが女性を襲うのは粘膜接触により栄養を吸収する為だという見解が定説だった。  
女性の体内に注ぎ込まれる精液も、生物学的構造が根本から異なる以上、あくまでも性的興奮を促進するためだけのモノに過ぎないと。  
性器や直腸に卵を産み付ける種族も確認されてこそいたが、それらは全体からしてホンの一握りに過ぎず、大概のデスパイアは分裂により増殖するのだと信じられていたのだ。  
 
それだけに人々の受けた衝撃は大きかった。  
以降、人間と同数の染色体を持ったデスパイアが堰を切ったように次々確認され、多くの女性がその子孫を身篭り、世界は人類とバケモノの生存競争へと突入して行ったのである。  
そういう意味で、このサンプルは記念碑的一体であるとも言えよう。  
 
(ヤダヤダ。長居すると頭おかしくなりそ)  
 
おぞましい光景の数々に呑まれていた蛍子は、忘れかけていた自分の仕事を思い出した。  
明後日、隣町の大学病院で開かれる学会。そこのプレゼンテーションで使用されるサンプルを彼女は取ってくるよう言いつけられていたのだ。  
 
「えーっと…。ゼフィルス、ゼフィルス、ゼフィ…あった!!」  
 
程なくして彼女は目立ての品を探し当てる。それは先日葬られたゼフィルス・クィーンの子供。被害者の体内から取り出された幼虫である。  
ちなみにこの犠牲者は蛍子と同い年だった。  
 
(こりゃ辞めてく人多いはずよ…もぅ…。嫁入り前にこんなの見てるってお父さんが知ったら、わたし仙台に引きずり戻されちゃうわよねぇ…)  
 
ありったけの愚痴を頭の中に並べながら、彼女はその瓶を手に取る。と、そこで――――。  
 
「ん?」  
 
ぴちゃり…。棚の上で、蛍子の手は何か湿った物体に触れた。  
 
「………?」  
 
瓶から手を放し、自分の目線よりやや上の高さにある棚をもう一度探ってみる。ぴちゃり…ぐに。今度はハッキリと、彼女の手は細長くヌメった物体を探り当てた。  
 
(げ。やっぱ容器割れてる!?)  
 
だとしたら掴んだ物体は…。  
 
(あー…。やっぱ私も転属希望しよう…)  
 
げんなりした顔で、彼女がそう決めた瞬間だった。  
 
――――ジュバッ!!  
 
「なっ!?」  
 
その湿った“何か”が、彼女の手首に巻き付いてきたのだ。そして…。  
 
ガシャガシャ、ガッシャーーーーーン!!  
 
真横に薙ぎ倒される棚。ビンが砕け散り、内容液が溢れ、床に散乱する無数のサンプル。棚の向こうから姿を現したそれは…。  
 
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁあっ!!」  
 
蛍子の背丈ほどもある、肉色の巨大な怪生物。ローパー型のデスパイアだった。  
 
「誰か!誰かァーーー!!だっ…むぐぅ!?」  
 
悲鳴を張り上げ助けを求める蛍子の口にうねる触手がねじ込まれる。  
 
「んむぅーーー!うむむぅ!!」  
 
口を塞がれた蛍子はすぐさま目に飛び込んだ火災報知機のボタンに手を伸ばそうとする。が、あと数センチのところで彼女の腕は触手に絡め取られ、体ごとローパーの方へと倒れ込んでしまった。  
 
「むふう!!」  
 
蛍子の体を受け止めたのは腐臭を放つ柔らかい肉の壁。突き放そうとする暇もなく十本近い触手が彼女めがけて殺到し、蛍子は膝立ちのままローパーに抱きかかえられた格好になってしまう。そして。  
 
「…むぅ!?んんーーーーー!!」  
 
ストッキングに包まれた両脚を、先端の膨らんだ触手が這い上がって来た。ナース服の襟元からは二本の触手が入り込み、胸元のボタンを内側から無理やり外していく。  
 
(なんで!?なんでこんなヤツがここに!?)  
 
はだけた胸元から次々と滑り込んでくる触手たち。スカートはするすると腰の高さまで捲り上げられ、高級シルクで編まれたレースのパンティが丸見えになる。  
 
(い、嫌っ!こんなバケモノに、こんなバケモノに抱かれたくなんかないッ!!)  
 
ストッキングを吊るしていたガーターがブツリと音を立て外される。粘液の滲み始めた白衣の中では、パンティとお揃いのブラジャーが触手の猛攻に曝され悲鳴を上げていた。  
 
…くちゅり。  
 
「ふむっ!?」  
 
先走りの汁を垂れ流しながら、触手がパンティ越しに蛍子のヴァギナを撫でた。キメが細かく生地の薄いその下着は、いとも簡単に粘液を浸透させ、その下で恐怖に震える割れ目にヌチャっと張り付く。  
触手が移動するたびにシミは広がり、クリトリスが、陰毛が、パンティの表面へと透けて浮き出る。  
続いてブラジャーの止め金具が、強烈な引っ張りに耐えかね乾いた音を立てて壊れた。締め付けから開放され余裕の生まれたカップの下に、触手は遠慮なく潜り込んで来る。  
 
「うむぅう!ふむっ、…んぐうッ!!」  
 
このままでは、このままでは間違いなく犯されてしまう。裸に剥かれ、レイプされ、バケモノの子供を授けられてしまう。  
助けを求める為には、口の中を占領しているこの触手を何としてでも追い出さなければならない。  
乳房を揉み始めたローパーに焦りを感じた蛍子は、意を決して口腔内の触手に前歯を突き立てる。すると…ごぶッ!  
 
「む、むぶぅ!?――――んぐ…ん、…んぐ、…ぶばッ!!」  
 
その刺激が引き鉄になったのか。一物は蛍子の舌の上で小刻みに震えたかと思うと、まるでシェイクされた炭酸飲料を開け放つような、凄まじい射精を彼女の口内で敢行したのだ。  
 
「む…げほッ!ケホっ…ケホっ…、ケホっ!うぁ…」  
 
途方もない数の精子が泳ぐその液体を、蛍子はノドをフル稼働させ懸命に飲み干した。  
銀のアーチを描いて彼女の口から飛び出した触手は、ボトリと一度床に落ち、再び鎌首をもたげて足首から順繰りに登って来る。  
 
「誰かァーーーーー!誰かっ、助けてえーーーーーッ!!」  
 
精液まみれの顔を拭くことも出来ぬまま、蛍子は喉を振り絞り、あらん限りの絶叫で助けを求める。  
だが…返って来たのはシンとした静寂。自分を抱きかかえたローパーが発するヌチャヌチャという音だけが、冷たい箱庭に響き渡っている。  
 
「いやあッ!誰かッ!誰かァーーーーー!!」  
 
何度繰り返しても結果は同じだった。  
 
「そ…そんな…」  
 
瞳の淵から涙が溢れたその時、ふわっと冷たい空気が股間を撫でた。見れば蛍子のパンティが、先程吐き出した触手に後ろ身ごろから引っ張られ、太腿半ばまでズリ下ろされている。  
そして、柔らかな脚と脚の間から顔を出し秘部を狙っているのは、怒張して包皮がめくれ返り、自身の分泌液でドロドロになった赤黒い肉棒。  
さっき見た標本などとはレベルが違う、ナマの精力がみなぎった本物の生殖器。これで貫かれる。これで辱められる。この病院の入院患者たちが味わされて来たのと同じように…。  
 
「や、やだっ…!やめ、やめっ…ひいッ!?」  
 
くちゅり…。半開きの二枚貝を思わせる谷間に怒張の先端分があてがわれた。そのヌメっとしたおぞましい触感に蛍子の秘部はキュっと収縮し、拒絶の意志を表明する。  
だが、粘液で摩擦を殺した触手はいとも簡単に自身の穂先で閉じた花弁を綻ばせ、そして遂に…。  
 
――――ずちゅ。  
 
「い、いぎっ!?」  
 
ずちゅぅ…。ずぶずぶずぶ…ぐにゅん、ぐにゅん、ぐにゅん…。  
 
「ひぃやァーーーーーーーッ!!!」  
 
新人看護婦、須藤蛍子の性器にデスパイアのペニスが挿入された。  
 
「か、かは…っ。あ、あぐ、…んくぅ」  
 
狭苦しい膣壁の合間をシャクトリ虫のように伸縮しながら、奥へ奥へと這い進んでゆく悪魔の一物。  
その進攻から逃れようと、蛍子は必死になって腰を浮かせる。だが膝立ちのまま長時間抵抗していた彼女の脚は遂に限界に達し…。  
 
「んんっ!?…ひゃあうぅ…ぅ…。あ、ああっ!」  
 
ガクリと膝が砕け、一気に腰を落としてしまう。触手は深々と、膣の最奥部までスッポリ飲み込まれてしまった。  
 
「う、う…嘘よ。こんなの嘘よ…。こんな…の」  
 
自身の触手が限界まで入った事を確認すると、ローパーは満足気に巨体をのけぞらせ、蛍子の体をユッサユッサと上下に揺すり始めた。  
あらゆる女を堕とし、絶頂に至らしめ、そして孕ませるピストン運動の始まりである。  
 
「ひゃ!?ひぁっ、ひやあーーー!いや、いやいや、嫌ァ!やめて…、やめてェーーーッ!!」  
 
全身がリズミカルに上下する最中、蛍子は下腹部から込み上げて来る仄かな心地よさを感じ取っていた。悦びと言ってもよい。  
規則正しく揺さぶられる彼女の両目は、視界の中心に、向かいの棚のあのサンプルを捉えていた。  
密閉容器の中のデスパイアの子供。人間の卵子とバケモノの精子が出逢い創り上げた命の結晶。アレが、あんなモノが、もうじき自分のお腹の中に。  
 
(誰か…助け…て…)  
 
彼女は気づいていない。  
犯されている自分の背後…。リノリウムの床に開けられた大穴から、一匹、また一匹とローパー達が侵入している事に。  
後からやってきた本隊たちは、既に種付けが始まっている蛍子に目もくれない。彼女がこの部屋に来た道をズルリ、ズルリ、と這い進み、階段を伝って上のフロアへ…。  
 
「きゃ!?きゃぁぁぁあーーーーッ!!」  
 
上の階から女性の金切り声が響き渡り、病院全体が俄かに騒がしくなり始める。そして丁度その声に合わせるかのように、蛍子は一回目の絶頂と膣内射精を味わっていた。  
 
♯  
 
メールが開かれてから経過すること三十分。指定の場所に悠々到着したマルーシャを二人の天使は疲れ切った面持ちで迎えた。  
 
「弁解なら一応聞くけど?」  
 
「寝てた」  
 
ドス黒いオーラを放ちながら問い質す隊長にあっけらかんと答えその隣を見れば、ハリセンボンのように脹れたまま厚手の本に目を落としているナツメがいた。彼女はムスっとしたまま一言も漏らさない。  
 
「わーった、わーった。ランチはアタシのおごり。これでオッケーっしょ?」  
 
「ナツメ、遠慮は要らないわ。明日からこの国の自給率が1%切るくらい食べちゃいなさい」  
 
「むー。私ダイエット中なのにー」  
 
ようやく顔を上げ、とんがらせた口を開くナツメ。手元の本は意外にも物理の参考書だった。  
 
(へー、理系だったのか…)  
 
程なくして三人は屋上売店で調達したシーフードピザを囲みテーブルに付く。  
八月の炎天下ということもあり周囲に人影は疎らだ。遊具とじゃれ合う買い物待ちの子供たちが少々騒がしいが、日陰さえ確保できれば密談には持って来いの場所ではある。  
 
「で。お呼び出しの理由はなんでござんしょーか?」  
 
芳ばしい香りを放つトッピング満載の一片を口に運びながらマルーシャは質問した。  
 
「大方予想はついてると思うけど、例のローパーの話よ」  
 
その一言にピクリと反応したのはナツメ。ピザへと伸ばしかけていた手を止める。  
同じ地雷は二度踏まない。およそ食欲を促進させてくれるようなトピックスでない事を彼女は瞬時に察知したのだ。立派な成長と呼べないことも無い。たぶん。  
 
「まず、昨夜救出した被害者たちの報告からね。救護班の話しによれば、先に捕まっていた二名は既にデスパイアを出産済み。捜索願いが出されていたのは二ヶ月前ね。  
搬送先で意識は取り戻したそうだけど、残念ながら…完全に虚脱状態らしいわ…」  
 
言い辛そうに語尾を濁すエミリア。マルーシャは黙って目で続きを促す。  
 
「残る二人は検査の結果、膣内に受精完了した卵子の存在を確認。既に着床してるみたいだから、一両日中に処置を施すそうよ」  
 
「…………」  
 
普段と何ひとつ変わらぬ顔のマルーシャとは対称に、ナツメは唇を横一文字に結んだまま沈痛な面持ちで耳を傾けている。  
 
「四人犯られて全員ホールイン・ワンか。最初の二人は期間が期間だったとしても、馬鹿に高確率だな」  
 
マルーシャは口の中でピザを咀嚼しながら淡々と論評した。脇からナツメの嫌な視線が注がれているが、ここは敢えて気づかぬフリで通す。  
確かに、通常デスパイアとの交わりで妊娠が成立する確立は人間同士のそれに比べてまだ格段に低い。  
 
「ええ。それなんだけど…」  
 
ここでエミリアは前回同様ハンドバッグをガサガサ掻き回し、大判の茶封筒をひとつ取り出した。  
恐らくまたとてつもなく生々しい、恐るべき事実が明かされるに違いない。そう踏んだナツメは心の準備を整えるため、手元のドリンクで喉を潤そうとする。が…。  
 
「これを見て頂戴。先月現場から採取して解析を依頼してたヤツらの精液よ」  
 
「ぶっ」  
 
含んでいた真っ白な乳酸菌飲料を盛大に噴き出すナツメ。新米天使はまたもや醜態を晒した。  
 
「大丈夫かナッちゃん?」  
 
「むー…」  
 
ナツメは仏頂面でテーブルに洩らした白濁液…もとい零れたドリンクを拭う。  
 
「あーその…続けていいかしら?」  
 
てんやわんやのナツメを代理してマルーシャは頷いた。  
 
「ええと、そう。それで解析の結果が今朝方出たんだけどね…」  
 
そう言ってエミリアは数枚のレポート用紙を続けて取り出した。  
 
「少しキツイ話になるから引き締めて聞いて頂戴。今回出没してるローパー達の精子。これがその…女性の胎内で一ヶ月以上生存可能な事が判明したのよ」  
 
「「…一ヶ月?」」  
 
二人のオウム返しが見事にハモった。無理もない。放たれた精子が膣内で一ヶ月以上生存する。それはつまり一度犯られてしまえば、例え安全日だろうと洗浄しない限り確実に妊娠させられてしまうという事だ。  
 
「なるほど。大量発生のカラクリはそーゆー事かい」  
 
合点が行ったようにマルーシャが返す。犯されたら100%孕まされてしまう。これが爆発的な繁殖を可能にしている原因か。  
デスパイアに襲われた女性の全員が全員、病院に駆け込むとは限らない。自力脱出した被害者の中には、連中に犯された事を申告する苦痛と妊娠のリスク。それらを天秤に掛ける者もいるという事だ。  
今回に限って言えば、そういった方々も全員アウトになる。いや、既になっているのだろう。  
 
「……………」  
 
隣のナツメはごくりと唾を呑む。顔を見ずとも彼女が今どんな表情をしているのかは大方想像できた。  
 
「ま。厄介と言やあ厄介なハナシだけどさ、ウチらに直接関る問題じゃないねそれは。察するにもっと不味い話題が続くンだろ?エミィさんや?」  
 
「…えぇ。マルーの言う通り、ここからが私たちエンジェルに直接関ってくる話なんだけど…」  
 
さして間を置かずにエミリアはレポートの第二項をめくってみせる。するとそこには…。  
 
「う…。これって…」  
 
「オタマジャクシだな。元気なオタマジャクシ。大きさ的にウシガエルに千円。ナッちゃんは?」  
 
ワザとらしく茶化してみせたマルーシャだったが、殺気の乗ったナツメのジト目に射抜かれ慌てて咳払いをする。プリントされていたのは勿論カエルの子供などではない。  
デスパイアの精子。その拡大写真である。  
 
「このローパーの生殖細胞。良く見ると薄い粘膜みたいな物に覆われてるの分かる?」  
 
二人は言われるままに…余り見たくはないが…その写真を凝視する。  
 
「んー…。言われてみれば何かヌルヌルしてる感じのー…」  
 
「ああ。確かに見えるけどナンだこりゃ?お肌を紫外線から守るアレか?」  
 
古参と新米は共に要領を得ない様子。そんな二人を交互に眺めながら、エミリアは意を決して言い放った。  
 
「これはね…対魔法障壁の一種よ。つまり私たちの魔力でもコイツは中和できない。中に出されたら…その…覚悟する必要があるってこと」  
 
その一言を最後に、長い沈黙が広がった。  
 
♯  
 
「なァ…ナッちゃん」  
 
「なんですか?」  
 
エミリアの解説が意味する事を各自が飲み込んだ頃、マルーシャが口を開いた。  
 
「この街で鉄のパンツ売ってる店知らない?超ジュラルミン製の」  
 
「いや、流石に…なんてゆーか、そっち系の器具は…」  
 
エンジェルの優位性がまたひとつ崩れ去った。覚悟はしていたが、敵の進化はそれを上回る速度でやって来たという事だ。  
 
「救出が早ければ当然病院で措置は受けられるわ。ただ…」  
 
例え勝っても犯られっ放しはアウトになる。この精子は、たった一回の交わりで、どんな相手であろうとも確実に妊娠させてしまうのだ。  
 
「とりあえず、この肉ダルマどもの退治が完了するまで単独行動は御法度だな」  
 
「そういう事になるわね。ナツメ、貴女の家族やお友達にも外出は極力控えるように、なんとか遠回しに言っといて貰えるかしら?」  
 
「…うん」  
 
険しい色を浮かべつつも頷くナツメ。簡単なように見えて案外難しい話だ。  
自分が今話題のクラッシャーエンジェルである事など打ち明けられる筈がないし、かと言って伏せたままだと情報の出所を聞かれた際に詰まってしまう。  
しかしこれ以上親類や友人から犠牲者を出したくはない。そのことだけは確かだ。なんとかする他に無い。  
 
「で、今後の方針だが。やっぱローラー作戦か、エミィ?」  
 
「そうね。ただし、これからは三人で一斉にやるわ」  
 
ナツメが戦力として機能し始めた近頃は、各自が個別に偵察を行い、敵を発見し次第連絡を取って集合。三人で叩いて行くという手法を採っていた。固まって偵察するとなれば効率の低下は避けられないが、状況が状況だ。致し方ない。  
 
「なァ…。いっそ楓たちに加勢頼めないのか?」  
 
「無理ね。彼女たちも火の車でしょうし」  
 
「かえで…って?」  
 
唐突に話題に挙がったその名前に首を捻るナツメ。  
 
「隣の縄張りのエンジェルさ。腕は立つがあんまし社交的なヤツじゃない。それと金魚のフンが二人いる。」  
 
マルーシャは腕組みしたままナツメに答えた。彼女が話題の人物に余り好印象を抱いていない事は、棘のある言葉の端々から窺えたが、とりあえずそちらは置いておくべきだろう。  
要するに今回は数の不足は補えないという訳だ。  
 
「警察や保健所に連絡は?」  
 
「いってるわ。市民にもじき警戒を促すよう通達が回るハズよ」  
 
「なんか…戒厳令みたくなってきちゃった…。戦争みたい」  
 
「言いえて妙だよナッちゃん。だがね、言わせて貰やあ戦争なんてとっくの昔っから始まってたのさ。ただ他の人間がな、揃いも揃って傍観決め込んで、マトモに取り合って来なかっただけで―――…」  
 
金髪娘の愚痴が始まった丁度その時であった。  
 
……――――ドクン!!  
 
大渦のような巨大な魔力の出現に三人のクリスタルが高鳴る。  
 
「エミィちゃん!今の…っ!!」  
 
「ええ…」  
 
「まさか、こないだのデカブツか!?」  
 
「ちょっと波長が違ったわ。でも…並みの相手じゃないわね」  
 
三人は席を蹴って立ち上がり屋上のフェンス越しに東の方角、街の中心部を横断する大通りの方を見詰める。  
林立する墓石のような建造物群の彼方。発破でも掛けたような土煙がモウモウと上がり、その中に怪獣映画さながらの巨大な影が見える。そして、風に乗って聴こえて来るのは逃げ惑う人々の悲鳴…。  
 
「ナツメ!マルー!行くわよ!!」  
 
いつの時代だってそうなのだ。こちらの準備を待ってくれる脅威などこの世には存在しない。  
 

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