〜粉砕天使ナツメ 第六話 前編〜
「シャギィィィィィィイ!!」
追い詰められた異形の咆哮が淀む大気を掻き乱す。
ほんの数瞬前まで奪う側だった者の最期の悪あがき。
渾身の力で振り抜かれた筋肉の鞭は、天敵の美しい銀髪を僅かに触れただけで通り過ぎていった。
―――――ザシュ。
滑稽なほど取り乱した怪物とは対照的な静けさで、エミリアの細腕が水平に走る。
彼女の手を離れた矢は音も立てずに虚空を駆け、寸分違わずデスパイアの核を貫いた。
平衡を失いグラリと揺れる腐肉の塊。息絶えたローパーは、一足先に転がっていた仲間の上へと折り重なるように崩れ落ちる。
制御を失った触手が、筋繊維の痙攣によりビクビクと震えていた。だがそれも長くは続かない。
息絶えたデスパイアは、葬られた順どおりに規則正しく光へ還ってゆく。行き先は…少なくとも天国でないのは確かだ。
「これで…全部?」
心持ち上がった息を幅のない肩で整えながら、エミリアは誰にともなく問いかける。
闇の中に凝らされる銀色の瞳は、例え勝利の後でも微塵の隙も覗わせない。
「んぁ…あ…、はあっ。あん…」
彼女の問いに応じたのは咽せ返るほどのエロスを湛えた女の吐息。
銀髪の天使の背後では、今しがた片付けた一団により犯されていた若い女たちが数名、薄紅色の肌に断片と化した衣服を付着させ転がっていた。
粘液の効用に意識を乗っ取られた者は、異物の除かれた己の秘部を一心不乱に慰め続け、わずかでも理性の残る者はその身に受けた凌辱の残滓にただただ涙を流している。
(捨て駒相手に随分時間を食わされたわね。マルー達、無事かしら…)
少女の顔は険しかった。先ほどから何度もコールしているのに相方からは応答が無い。
片時も手を離せない熾烈な戦いを繰り広げているのか、救出したナツメとハルカを抱え逃走中か。あるいは…。
「くっ」
案じたところで事態は動かない。今は一時一秒さえ惜しいのだ。
脳裏をかすめる最悪の予想を打ち払い、散りゆく骸を踏み越えようとしたその時である。
「…ひっ!?い、い、いや…。やだ、もうやだっ。もう嫌ぁぁぁあぁぁぁあッ!!!」
「ヌルヌルしたのが来るう!!ヌルヌルしたのがぁぁああ!!」
辛うじて意識らしい意識を保っていた何人かが、エミリアの背後を指差し狂ったように叫びだす。
一体何を見つけてしまったのか。…いや、この空間でその問いは愚問だろう。
ズル…ずる。ズチュル…ずぶぶ…。ずぷっ。ぬちゅる。ずずず…。ずぶ…。
闇の中で蠢く大小の影が、まるで誘蛾灯に惹かれる羽虫のように、エミリアの青い光を目指してゆっくりと這い進んで来る。
姿形は不確かでも、その不快極まりない足音が彼らの正体を何よりも簡潔に示していた。
この世の終わりとばかりに喚き散らす女達を小さなその背に庇いながら、天使は黙って弓を引く。
敵の数は十…いや二十。数えている間にも増えていく。
本当はこんな雑魚にかまけている暇は無い。事態は一刻を争う。だが…。
「来ないでっ!来ないでぇぇぇえ!!」
「やだぁぁあ、私もうやだぁぁぁあ!!帰してっ、お願いだから帰してぇっ!!」
真っ赤に腫れた陰部をボロ切れ同然の衣服で庇いながら泣き叫ぶ犠牲者一同。
無慈悲な触手責めで肉体を酷使され彼女らは、とても自力で逃げ出すことなど出来ない。
そして彼女達がいる以上、エミリアもこの場を離れる訳にはいかないのだ。迫り来る敵の、全てを殲滅することなくしては。
「嵌めてくれたわね。態のいい捨て駒だって事すら解ってない肉団子のクセに!!」
およそ似つかわしくない罵声と共に、蒼き閃光は重厚な包囲の真っ只中へ飛び込んでいった。
♯
奥へ、奥へ…。節くれだった侵入者は躊躇う事なく這い進んで来る。
「ん…ぐっ、はあ…ァ。くっ…そ、くうぅ…!!」
股の間からその身を裂かれるような拡張感。
どれだけ腰を引いたところでもう逃げ場は確保できない。
『あらやだ頑張っちゃって。久しぶりのセックスなんでしょ。もっと楽しまないと損よ?』
「ふ…ざけ…ッ。…んぐ!」
黄昏時のような薄暗い照明の下。メンバー随一の火力を誇る灼熱天使は、込み上げてくる鈍痛と疼きにその端正な顔を歪めていた。
厚手のコートを脱ぎ捨て一回りも二回りも細くなった背筋は、浮き出る汗で輝き、挑発的な微笑を湛えていたその顔は、キャンパスに淫らの彩り広げまいと防戦一方である。
『強がっても下のお口は正直ね。可愛そうに…随分欲求不満だったのね。私のモノをこんなに一生懸命しゃぶっちゃって…ほぉら』
結合部から溢れる透明な液体を、一本の触手が拭ってマルーシャの顔の前で見せ付けた。
「言ってろよ…。貧相だね…てめぇのナニは…」
『あらそう?ならお望み通りに』
「くっ…。ぐぅ!?あ、あ…あぁう!!」
強がるマルーシャの膣内で異物がボコボコと脹れ上がった。波打ち際を埋め尽くす巻貝のように触手の表皮を覆っていたイボたちが、グネグネと蠢き始めたのだ。
亀頭を包んで締め付ける洞穴を、内側からコリコリと刺激する無数の肉の粒。心地よい痛みと甘美な温もりが下腹部に広がり、溢れる愛液は幾筋もの白糸となって滴り始めた。
『調子が出てきたわね。それじゃあ、そろそろスイートルームに招待してあげようかしら…ぬふふっ』
「ん…だ、と…?」
何を言っているのか。潤んだ瞳で目一杯の睨みを利かせながらマルーシャは訝しむ。
そんな彼女の眼の前で…なんと伯爵夫人の腹がビチビチ音を立てながら縦に裂け、まるで女性器のような艶かしいクレヴァスが出現したのだ。
「…―――――なっ!?」
スプラッターな光景に言葉を飲む天使。まさかと思ったその瞬間、彼女の体は触手に貫かれたままガクンと引っ張られた。
無数の拘束具で戒められたマルーシャは、異臭を放つその空洞へゆっくりと手繰り寄せられてゆく。
「ま、マジか…。く、くそ…。んぁッ」
人間ひとりが優に納まるその空洞は、まるで巨大魚の口のようにくぱっと開き、彼女を丸呑みにしようと待ち構えている。
開かれされた脚をその外縁に突っかけ、なんとか抵抗を試みるマルーシャ。
だが…乳房に吸い付いた触手がその形良い果実をしゃぶり上げ、股間に潜り込んだ触手が一暴れすると、張り詰めていた両脚はいとも簡単に力を失い、膝から砕けてしまう。
つっかえ棒を失った体は、実に呆気なく地獄の釜の中へ引きずり込まれていった。
(ちィ…。やっぱ…デス公と体で張り合おうって考えが、無茶もいいトコだったか…)
救いは訪れない。肉の絶壁から見渡す下界では、下っ端のローパーに嬲られている娘たちが、陵辱者の触手を頬張ったまま恨めしげな目でこちらを見上げている。
乱入してきたマルーシャの姿を見て、助かるとばかり思っていたのだろう。
だが当のエンジェルは自分たちを助けるどころか、身内の救出に失敗した挙句、訳の分からぬやり取りを経て、あろう事か自分から体を差し出してしまった。
犯され尽くした女達の胸を、灰色の絶望と黒い怒りが駆け巡る。熱湯のような精液の注入と同時に搾り出される悲鳴は、まるでエンジェルへの怨嗟の喘ぎのようだった。そして…。
『さァ、いらっしゃい。今晩からはここが貴女のベッドよ』
「や、やめ…!う…ッ!!」
聖者に割られた海が元の姿へ還るように、肉の谷間が閉じていく。
徐々に細まってゆく外からの光。左右からジリジリと迫る赤黒い壁。
グチャグチャという粘着音を立てて肉と肉が癒合し、マルーシャは遂にその中へ完全に閉じ込められてしまう。
「あ、うあぁぁあぁっ…!!くぅ!くっ、そお…。や、気持ち…わりぃ…ッ!!やっ、やめ…っ!!」」
まるでハンバーガの具よろしく腐肉の布団で挟み込まれる戦乙女。
牢獄の内壁は膿んだニキビのような無数の突起で覆われており、心拍のように脈打つそのイボの頭頂からは、すえた匂いのする謎の液体がグジュグジュと溢れ出していた。
隠すべき場所を殆ど隠せないほど乱された衣服は、みるみる内にその粘液で浸蝕されて泡立ち、ベルトの金具や下着のゴムを残してその殆どが粥のように溶かされていった。
『アハハハハハハッ!いいサマになってきたじゃない。上で大砲振り回してた貴女より、よっぽど美人よ!!』
ドロドロになった髪止めがブツンと切れた。ポニーテールと呼ぶにはやや乱暴に束ねられていた金髪がふわりと広がり、マルーシャの顔を大人びた雰囲気に変える。
だがその美しい髪も、生臭いローションを即座に塗りたくられ、彼女のうなじや額へと汚ならしくへばり付いていった。
『さあ、お膳立てはこのぐらいでいいわね。今度は貴女が尽くす番よ。腰を振りなさい』
「だ、誰がそこまでサービスするって………うッ、んぐァ!」
大きなストロークで前進後退を繰り返していた触手がボコリと怒張し、マルーシャの陰部が悲鳴を上げる。
『口答えできる立場かどうか、よ〜く考えてから物を言いなさい。ヌルい真似してくれたら…わかってるんでしょうねぇ?』
拷問部屋の外でナツメとハルカの脚がガバッと拡げられた。同じポーズを取らされた姉妹の割れ目に触手の先端がゆっくりと狙いを定める。
二人の陰部に突きつけられた図太い生殖器は、銃口以上の強制力をマルーシャに発揮した。
「…クソッタレ」
拒否権は無い。肉の絨毯で挟み込まれたまま、彼女はゆっくりと腰を持ち上げる。
「ちく…しょう、こん…畜生……うっく!」
引き締まった下半身は緩やかな放物線を描いて上昇し、伸び切った触手を飲み込みながらゆっくりと降ろされる。
一振り腰を動かすたびに、怪物の一物を飲み込んだ下腹部は一層熱く昂ぶっていった。
「ん…んは…っ。くふ……、ふぁ…う…っ」
股間に突き刺さっていた異物感が、だんだん体に馴染んできた。
痛みと違和感は後退し…代わりにやって来たのは、うっかり気でも抜けば無意識の内に求めてしまいそうな快感。
まるで理性が下半身に引きずられていくようだ。心を確かに持たなければ、マルーシャの腰は勝手に動いてしまうだろう。
そして、行為が効いているのは彼女だけではない。
秘所に頭をうずめた陰茎はブルブル痙攣しながら膨張し、次第に硬さを増している。
マルーシャの腰使いがよほどお気に召したらしい。
『結構来ちゃうわ。男がいない割には随分お上手ね。もっとテンポを上げてみましょうか。それでこう、横にもぐりんぐりんって』
「ンな…馬鹿言うな…。こっちゃもう…ヤバいトコまでっ、来てるってのに………うぐっ!」
『あらあら。いいのかしら、そんな態度で?』
「…ちッ」
お約束の展開に歯噛みしながら、イグニートエンジェルはゆっくりと腰を横へスライドさせる。上下の動きと併せて8の字を描いてみせたり、平仮名の『の』を描くような円周運動を加えみたり…。
ぎこちないグラインドにその身を任せる触手は、並のコンドームならはち切れてしまいそうなほど膨張し、水揚げされたウナギのように時折膣内でのた打ち回る。
こんな化物が自分の中で暴れているというのに、エンドルフィンを分泌してしまう自分の頭が、マルーシャは心底恨めしかった。
―――――ズクン。
「んぐッ!?」
短い悲鳴と共にマルーシャの動きが止まる。
蒸気機関のように高鳴る心臓の鼓動が頭蓋にまで響いていた。
もうこれ以上は駄目だ。イッてしまう。
(…どうする?時間稼ぎも限界だ)
打開策は浮かんで来ない。
お預けを食らった触手は怒ったようにズクンズクンと跳ね、行為の再開を訴えている。
「ハァ…ハァ…、ハァ…っ。くそっ。くっそぉ…!」
『ふぅん。どうやらここまでね。まあ、これだけ出来れば上等でしょ。楽にしていいわよ』
「…―――な!?」
予想外の反応にたじろぐイグニートエンジェル。
次の瞬間、何かがチリっと肌を刺激し…。
バチッ!バリバリバリバリーーーーー!!
「うっ、ああぁぁあぁぁあぁあぁあーーーーーッ!!!」
マルーシャの喉から絶叫が迸り出た。頭の天辺から足先まで、全身の筋肉が残らず悲鳴をあげる。
この痺れ。焼け付くような感覚。間違いない。電気ショックだ。
(こ、こいつ…発電器官…持ってやがったのか…ッ)
電気の通っていない廃線で、この部屋だけ照明が点いているカラクリをマルーシャはようやく理解した。
そして、ナツメの衣装が煤けたように焦がされていた訳も。
『さあ、これでもうお人形さんね』
ヒルバーツは嘲笑う。その通りだった。手足の感覚は完全に吹き飛んでいる。
「く、くそ………あっ!?ちょ…っ!!」
麻痺した膀胱の筋肉が、勢い良く小便を開放してしまう。
止めようとしても体は言う事を聞かず、充満する腐臭に彼女は自身の尿の香りをブレンドしてしまった。
『ほほほほほほ…ッ!はしたないわねぇ。お漏らしするような悪いお人形さんは、こうしてあげちゃう』
ヌチュヌチュヌチュ…ビュッ!!
「…っ!?」
今度は何だ。されるがままのマルーシャの視界に、無数の赤い糸のようなものが飛び込んできた。
一瞬、血かと思ったが……違う、これは液体じゃない。
彼女を包み込んでいる肉のカーペット、その内側に生え揃った小さなイボたちが、無数の微細な触手となって皮膚組織から伸び、マルーシャに踊りかかって来たのだ。
「まっ、まて…っ!やめ…っ、うぁッ!!そこは…やめ…ッ!!」
水疱瘡のようなイボが次々と弾け、中から飛び出した数え切れないほどの触手が、マルーシャの性感帯を陥落させにかかる。
ヒザの裏を、ワキの下を、うなじを……エノキのように小粒の触手たちが這い回り、小突き、粘液を存分に刷り込んでいく。
「よせ…やっ!ん…あッ、あぁぁ!!」
鼻先を撫で回し、内股をなぞり、背筋をさすって、耳の穴を探り回し―――。
為すがままに嬲られる彼女の姿はまるでイソギンチャクに捕らわれた熱帯魚のようだ。
「あ…あん!やっ…くぅう、ん!」
半開きの口から、とても自分の物と思えない粘ついた声が溢れ出る。
語尾に全てハートマークが付くような、恥ずかしさと悦び、敵意と甘えの混じった混沌の嬌声。
死に物狂いで呼吸をしているハズなのに、生き延びようとしているだけなのに、感じ入る肉体はひたすら妖しい旋律を奏で続ける。
『んっふふふふ…。ようやく雌になってきたわね。そうよ。これが女の子の体の真実なのよ』
「な、なにが…ッ。んあ…。ふぁ……やあっ。あ…ああぁぁあぁッ!」
過去に幾度か穢された身ではあったが、こうまで徹底した辱めは流石に初体験だった。
自分の体にここまでの感度が、欲望が、官能が潜んでいたとは。
信じられない。もう何もかも悪い夢で終わらせてしまいたい。
『頃合ね…。貴女の力、たっぷりと吸わせてもらうわ!!』
「うあぁぁッ!ば…っ、とめ…っ、止めろ…!あ、あ……ひあうぅっ!!」
ズクン、ズクン、ズククン。あまねく性感帯に愛撫を加えながら、狂乱のベリーダンスが始まった。
8の字に振り回される腰に併せて、胎内の触手が膣壁をこすりあげ、ささくれ立ったコブが出入りするたびに陰唇を押し広げる。
暴れ馬を抑え込もうと、マルーシャの膣壁は侵入者をキュ〜ッと締め付けるが、その行為が却って快楽の炎に駄目押しの油を注いでしまう。
『アッハハハハハ!その子たちも一緒にイかせてあげなさい!!』
「へっ!?…ひゃっ。や、やっ、やぁぁあぁぁぁあああーーーーー!!」
「やめっ、やめ…いいいぃぃいあああ!!!」
伯爵夫人が呼びかけると、他の女たちを犯していた下っ端のローパーどもは、一斉に愛撫をトップギアへ切り替える。
しばしの休息から叩き起こされた彼女らは、太腿の間でビチビチのた打つチューブを必死で抑え込もうとする。
しかし天使の力を持たぬ一般人に、この状況で出来る事などあるはずも無かった。
地獄絵図のように広がる地帯の沼と、そこから湧き上がる喘ぎの混声合唱が、痩せ細ったマルーシャの理性に追い討ちをかける。
「畜生……ッ!!てめぇ、なんもできない素人相手に……うぐッ!!あ…あぁ、あぐ…!!」
怪物の腹を中から蹴飛ばしてやりたかったが、どんなに力を込めてもM字に開かされた脚は寸分とも動かず、指だけがブーツの中でキリキリと張り詰めた。
股の間からはジュルジュルと愛液の啜られる下品な吸引音が聞こえて来る。
滑らかな肌をくすぐり回す微細な触手たちは、流れ出る汗を一滴残らず吸い取り、エロスに火照る獲物の体に冷却時間を与えなかった。
この身の昂ぶりはもう限界一歩手前まで来ている。
(ナ…ツメ……。ナツメと、ハルカは…無事なのか……?)
駄目だ。もう助かる手立ては無い。残る選択肢は「耐える」の一択のみ。
だがそれは黙ってデスパイアの所有物になる事を、少しばかり綺麗に言っているに過ぎない。
「んはっ……はっ、はっ!んぐッ!?」
秘所に繋がる触手がひときわ大きなウエーブを描き、イボだらけの亀頭が膣内で元気よく跳ねる。
絶頂への階段を駆け上がろうとする自分の体を、危ういところで圧し止めるマルーシャ。
外からは小型犬の遠吠えのような切ない叫びが聞こえてきた。今の一発で、他の娘たちはもうイかされてしまったらしい。
「ふ、あ…あっ…!くぅ…あうっ!!」
ずくん……、ずくん……、ずっくん…。第一波を受け流された触手が立て続けに波を打ち、崖っぷちの理性を無慈悲に突き落とそうとする。
普段の啖呵も悪態も、今となっては出てくることは無い。唇の隙間から溢れるのは背徳の香りと悔しさに満ちた女の官能。そして淫らに尾を引く銀の糸。
勢いを増すピストン運動に、モデルのようなプロポーションは激しくうねり、乳房に吸い付く触手をぶるんぶるんと振り回す。
「ん…んぐッ!ふあ、あ…っ、あぁあぁーーー!!」
目蓋の裏に星空が見えた。シナプスがショートする。
マルーシャの穴がギュっと径を狭め、狼藉の限りを尽くす侵入者をひときわ強く締め上げた。伯爵夫人の巨体がブルルっと震え、気持ち良さそうな呻きを一声洩らす。
数秒前までの前後運動が嘘のようにやみ、堅くなった肉棒はブルブルと痙攣し…そして…。
「…んぅ!?」
ずっくん、とその先端が膨らんだ。次の瞬間…。
ごびゅ。ぶちゅるるるるるるる―――――ッ!!
「ひあッ…。あ、あ、あぁ…っ、あぁぁぁあぁぁぁあぁああああーーーーーーーァ!!!」
ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ…。どくん、どくん、どくん…。膨大な量の流動する熱源が…天使の膣内に放出される。
流し込むなんて生易しいものではない。加熱した蜂蜜を風船になるまでパンパンに詰め込み、そいつを腹の中で破裂させたような。およそ人間同士の交わりでは永劫に味わう事のない中出し。
触手のバイブレーションで土俵際まで追いやられていた肉体は、下半身全体を揺るがす射精の衝撃と、注ぎ込まれた液体の熱さに敗北し、遂にオーガズムを迎えてしまう。
全身をくまなく愛撫する小さな触手たちもそれに倣い、素麺のように細いスペルマの糸がマルーシャの体中に降り注いだ。
抗う意志の最後の一欠片が視界を覆いつくす量の精液に洗い流されていく。
「ふあッ、あ…ぁ。かは…っ」
ごぼっ、ごぼぼ…、ごぷっ。ぶちゅ、ぶちゅ、ごぼぼぼぼ―――――…どっくん。どっくん…。
マルーシャの子宮は分銅でも詰め込まれたかのように重さを増していく。
まるで水飴のような、凄まじいネバつきを誇る体液。一体どれだけの精子が濃縮されているというのか。
命の塊を膣内に無事届け終えた亀頭は、心臓のように規則正しく脈打ちながら、自身の中に残留した白濁液を胎内にひねり出し続ける。
送り込まれる体液で、マルーシャの膣は一分の隙間も無く満たされ、もはや限界に達していた。
だが絶頂に達した彼女の陰部は、怪物の生殖器をギッチリと締め付け、注がれた精液を逃すまいとする。
絶頂の余韻に浸る女の体は、当人の意向などまるでお構い無しに、ありったけの命の素を摂り込もうとしているのだ。
「あ…あ…っ、あぁ…。か…。んぐ…ぅッ」
どびゅ、びゅびゅ…。ぶじゅーーーッ。噴き出す白濁液と共に、永遠にも思われた数十秒が終わりを告げる。
吊りそうなほど張り詰めていた四肢から力が抜け、マルーシャはその場に横たわった。
津波のようなエクスタシーが引き、緩んだ結合部から白く濁った鉄砲水が噴き出す。盛り上がっていた下腹部がゆっくりとしぼんでいった。
♯
『ぬっふぅ〜…。これが上級エンジェルの魔力……。流石ね、漲って来るわァ…』
射精後の陶酔に浸っていた伯爵夫人が、歓喜の名残をその声に滲ませながらマルーシャの金髪を撫でる。
彼女はもうそれを振り払おうともしなかった。
媚薬と精液で汚され尽くしたブロンド。もう、こんな物を触りたがるものなど、それこそデスパイアしかいない。
「ハァ…ハァ…ハァ。う…くうぅっ、ちく…しょぅ…!う、うぅ…」
カラカラに焼け付いた喉。桃色の肌を白濁液と一緒に流れる滝のような汗。指先の感覚はようやく戻り始めたか否か…。
かなりまとまった量の魔力を持っていかれてしまったみたいだ。
全身が鉛と化したような事後特有の倦怠感と疲労が彼女を包み込んでいる。
(……参ったな。一体どんだけ流し込まれたんだよ……)
そう、このデスパイアの精液は中出しされたが最後、卵子と結合するまで膣内を泳ぎ続ける。早いところ処置をしないと手遅れになってしまう。
汁の伝い落ちる肌が、液体のこびりついた睫毛が、無性にムズムズした。まるで白濁液の中で息づく精子たちの運動が、皮膚へと伝わって来ているようだ。
喉元までこみ上げてきた昼食を、マルーシャは危ういところで飲み殺す。だが………。
『ハイ。それじゃ二回目いっちゃいましょうか』
「…なっ!?」
園児にでも呼び掛けるかのようなその声に彼女はギョッとして顔を上げた。
「こ…殺す気かよ、テメェ…」
『だって、ヤワな人間達を守るのが天使の役目なんでしょ?だったらホラ、私の熱〜い視線が他の娘たちに向かないよう、精一杯ご奉仕するのもお仕事じゃなくって?ムゥフフフ〜…』
ヒルバーツは心底楽しげだった。天敵を思う存分に嬲り、犯し、孕ませる嗜虐の陶酔に酔いしいれている。
妊娠の心配なんてしている場合ではないのかもしれない。このまままじゃ本当に殺されかねない。
(くっそ…このド変態め……)
『そんな顔しないで。頑張れば何でも案外いけるものよ。ホラ、まだ使ってない穴だってあるんだし』
使っていない……穴?
「――――っ!!」
咄嗟の判断だった。ゾクリと走った悪寒に、マルーシャは顔を背ける。
その直後、マルーシャの口を狙って打ち出された野太い触手が、彼女の右頬にグニュっと押し当てられた。
(あ…危ねっ)
あと一歩のところで口を占領し損ねた触手が、腹立ち紛れに汚い亀頭を頬にこすりつけてくる。
精液の匂いをしこたま嗅がされて馬鹿になった嗅覚でも感じ取れるイカ臭さが、彼女の鼻腔を攻め立てた。
こんな汚い一物のイマラチオに自分の口が使われるなど堪ったものではない。
(へっ…。ざ、ざまみろ…)
そんな勝気な感情が幾らか戻ってきたかに見えた。だが…。
『あらあら…仕方ないわねぇ。だったら、こっちのお口から先に頂くとしますか』
その言葉を訝しがる暇も無く、下から飛び出てきた何かがマルーシャの尻肉を左右に押し広げた。
固くすぼまった菊門に、ビクビク痙攣する硬い物体が当てがわれる。
「んな…ッ!?やっ、やめ―――――!!」
慌てて腰を浮かす…が、間に合わなかった。
ズニュ。ぐいぐい、ぐいッ。
「う…ッ、うあぁぁああぁぁあああぁ―――――……んぐッ!?」
悲鳴は途中で途切れた。
目にも止まらぬ早業だ。アナルを貫かれ絶叫する彼女の口に、先ほどの触手が間髪入れず潜り込んだのだ。
三つの穴を残らず塞がれたマルーシャは、鈍色の両目のカッと見開いたまま、ガクガクと震える。
「ンんーーー!んぐっ、んーーーーー!!!」
『あら、お尻はバージンだったのね。ふふ…安心なさい。一番乗りの私が責任持って調教してあげるから』
アナルに潜り込んだ触手が、括約筋の締め付けを堪能するように前後運動を開始。
亀頭の先端をわずかに残すほどまで抜けたかと思えば、今度は抜けた分だけ潜り込み。
醜悪な異物を体外にひねり出そうと萎縮するマルーシャの肛門を、表皮に生え揃った硬いイボが強引に押し拡げていった。
「ふむぅーーーーーッ!!ん、んぐふう!ふむうぅぅぅぅぅうーーーッ!!!」
『あぁ…温かい。天使ってお尻の中まで魔力で一杯なのねー…』
直腸を掻き回されるグロテスクな感触に耐え切れず、彼女は両目を皿にしたまま三日月のように背を反らす。
口の中では、悲鳴を封じていた肉棒が熟れた果実のようにはじけ、無数の小さな触手となってマルーシャの舌へ襲い掛かった。
イソギンチャクのような、あるいは糸ミミズの大群のような…。
侵入者を押し出そうと奮闘していた彼女の味覚器官は、花開いた触手により即座に絡め捕られてしまう。
「んむふッ!?むぶ!!むぅー、むぐぅーーー!!」
振り解こうにも口の中に逃げ場は無い。蜘蛛の巣に囚われた芋虫のように、マルーシャの舌は無様にのた打ち回る。
鼻声の悲鳴を上げながら、悪魔のディープキスを一方的に強要される。
(く…狂う…!ホントに…壊れちまう…!!)
いくらエンジェルの体とはいえ、こうも激しい三穴責めが続けば本気で神経が飛んでしまう。
そんな懸念が相手に通じたのか、あるい単なる気まぐれなのか。
抽送を続ける触手のピッチが徐々に上がり、三つの秘所にねじ込まれている矢尻がぐんぐん脹らみを増していく。
『ちょっと気が早いかもしれないけど、いい事思いついちゃった。とりあえずこれで二発目ね』
ボコッと、気球が膨らんだような圧迫感に呼吸が止まりかける。
申し合わせたかのようにピストン運動が止まり、怒張した一物が力むようにブルブル震え…。
――――どぶちゅッ!びゅばっ!!ごびゅ!!!
口に、お尻に、女性器に。潜り込んでいた肉塊がほぼ同時に爆ぜた。
どくん、どくん、どっくん…という脈動と共に、真っ白な液体がまたもやマルーシャの中へ送られて来る。
「んぐ……ぐむむ…ぐっ。ぐうぅ…ぐ…!!」
注ぎ込まれる体液に直腸の内容物が押し戻され、下腹部からはぎゅるぎゅるという下劣な響きが発生した。
飲み干せど飲み干せど注ぎ込まれる白濁液によりマルーシャの頬は限界まで膨張する。
あわや顎が外れるか。限界に達しかけた瞬間、ねじ込まれた触手がようやく口内から引き抜かれた。
「――――がは…ッ!!んゲホっ…!ゲホっ、ゲホっ……かぁ…っ!」
唾液と精液の混合物をシャンパンのように放出しながら飛んで行く拷問器具。
噴射物を盛大に被り、マルーシャの視界はまたも不潔な銀世界と化した。
――――どくん、どっくん…、ど…っくん…、ど……く…。…ずぽッ。
破裂せんばかりの子種を膣内と肛門に流し込んだ触手もようやく抜き去られ、両太腿の間には精液のカーテンが出来上がる。
緩み切った秘所と菊門から命のスープが流れ出るにつれ、妊婦のように膨らんでいたマルーシャの腹も元へ戻っていった。
――――ぶり…っ。…べちゃ。
聴くに堪えない下品な音と一緒に、排泄物混じりのザーメンがひと塊飛び出し、二度目の射精は完結した。
両腕を頭上で組まされたマルーシャは、強がるわけでも泣き叫ぶわけでもなく、汚物臭と共に自分の足元に広がっていく濁った溜め池を、ただ無言のまま眺めていた。
♯
『んふふふふふ…。いかがかしら、二発目のお味は?』
マルーシャは応えない。
憔悴し切った美貌をゆっくりと持ち上げ、白濁液の滴る瞳にただ敵意を込めて、どこにあるとも知れぬ伯爵夫人の顔を睨みつけている。
うるさい。もうどうにでもしろ。壊したければ壊せ。
どこか気だるそうなその顔には、ハッキリとそう書かれている。
『あらあら、せっかちさんねぇ。せっかく人がいい事思いついたっていうのに』
(…人じゃねぇだろ)
一切を拒もうとするマルーシャの目の前に、握り拳ほどの大きさをした肉の塊がひとつ、触手に吊るされて運ばれて来る。
よく見ればソレは軟体動物のようにしきりと蠢き、弱々しくも確かな生命が宿っている事を自ら主張していた。
『これ、なんだかわかる?』
(…知るかよ…)
マルーシャは取り合わない。
『実はこれね…。昨日、他の人間のお腹から出て来ちゃった赤ちゃんなのよ』
赤ちゃん。その一言にマルーシャの眉がピクリと動いた。
なるほど確かに親に似て不細工な赤ん坊だ。
『体質が合わなかったのか拒絶反応起しちゃってね、未熟のまま外に放り出されちゃったのよ。可愛そうでしょ。で、そこでなんだけどー……』
ぞくッ。本日最大級の悪寒が背筋を走った。まさか――――…。
『…――――あなたの中でこの子を育てて貰おうと思うの』
「…ッ!!!」
マルーシャが何か言い返すよりも早く、両脚を拘束する触手にグンと力が入る。新体操のような大開脚に股関節がギリギリと痛んだ。
赤みの乗った太腿の付け根には、クリーム色の液体を今も垂れ流し続ける二つの穴が。
そして…ローパーの未熟児を吊るした触手はゆっくりとそこへ迫って来る。
「な……よっ、よせ変態野朗!!んなモン自分で育てやがれ!や…やめっ、来るなァ!!」
ぐにゅり、とその肉塊がマルーシャのお尻に押し付けられた。
すると驚いた事に、それまで意志の有無さえ分からなかったその塊が、まるで目を覚ましたかのように活発化し、体を伸ばして彼女の秘部を探り始めたのだ。
「ひぃ!?」
真っ赤なナマコか、はたまた巨大なヒルか。
環形動物を連想させるグロテスクな仕草で、ローパーの赤子は遂にマルーシャの肛門を補足する。
「て、てめ…!どこ狙って―――――」
『その子はお尻でお願いするわね。貴女の子が使うから…ふふ。女の体って便利よねぇ〜…』
「くっそ…、ゲスが…!!」
一方通行のはずの菊門は触手によって蹂躙され尽くし、門番を司る筋肉は完全にその役目を放棄していた。
どれだけ全身に力を込めようとも拘束具のはギシギシ鳴るばかりで緩む気配を見せない。
そして…無駄な足掻きをしている間にも、異形の胎児はとうとうその頭をマルーシャの排泄孔へと押し付け……内部へと滑り込ませ始めたのだった。
「んぐッ!?あ…あぁっ、が、んぬ…う!あぁぁぁぁッ!!」
想像していたほどの衝撃は無かった。じわりじわりと、まるで力加減しながら嬲ってくるような低周波の痛みだ。
緩み果てた尻穴から滴るスペルマが潤滑油となり、内臓色の赤子はさほど労せずして直腸内へ進むことが出来た。
楕円形の体をミミズのように伸縮させながら、のっぺら坊の頭で中の様子を丹念に探りつつ、天使のアナルをゆっくりと穿っていく。
侵入者が前進するたびに垂れ流す脂っこい液体が、彼女の粘膜を焦がし、焼け付くような熱さを体の芯へ直接流し込んでいった。
「あ、あぁ…かはっ!ぎ…ギブだ…!やめ…ッ、やめろ、やめろぉ…!!あ、ああ…ンあぁぁあああ!!!」
便意を何倍にも膨らましたような強烈な異物感。直腸がグイグイ押し拡げられているのが分かる。
ゾウリムシの化物は既に全長の半分ほどがマルーシャのお尻へと消え、残る半分だけが股から飛び出しクネクネ動いている。
どんなに小さくてもデスパイアはデスパイア。
下腹に力を込めて肛門から捻り出しても、次の瞬間には押し出された分の倍以上の距離を一気に進み、見栄も外聞も捨てた無様な抵抗を見事に嘲笑ってくれる。
(くそぉ、出てけ…クソ餓鬼っ!出てけよ……畜生…ッ!)
泣きたかった。一体これからどんな毎日が待ち受けているというのか。
巨大ローパーに捕り込まれて…魔力を供給し続ける動力炉にされ、こいつの子供を産み続ける子宮にされ、未熟児を育てる保育器にされ、尽きることない性欲の捌け口にされ…。
デスパイアの一臓器のまま、自分の守れなかったものが…ナツメや、妹や、この街の女たちが片っ端から犯されていくのを延々見せ付けられるのか。
敗者への罰にしても、幾らなんでもあんまりだ。
(まさかあたしが……こんなトコで終わりとはね…。ハ…ハハ…っ)
終わりとは天使として戦いに生きる日々の終わり。
正確な命の終わりは恐らくもっと…もっともっと先の事だ。
『入った入った。…どう坊や?エンジェルのお尻はいい具合でしょ?』
「ん…くふっ!は…あっ!う、動いてんじゃ…な―――――…あうッ!!」
マダムの呼びかけにグネグネと応じる幼体。
搾り出し切れなかった白濁液が羊水代わりの揺り篭の中で、怪物の赤ん坊は大変上機嫌であった。
繊細な粘膜の洞穴を内側から変形させられ、マルーシャの言葉は途切れ途切れの苦悶となって分解されていく。
触手の突き上げは腰使いで殺せても、こればかりはどうにもできない。
あと何日?あと何時間?一体…どれだけ耐えればいい?
『こっちの穴も、あと半月もすればパンパンに膨らんでくるわ。貴女との子供が何匹も揃えばもう、他の奴らに大きな顔はさせないもの』
悦に言った声でマルーシャに語りかけながら、今も白濁液を垂らし続ける陰唇を伯爵夫人は撫で回した。
『駄目押しにもう十回くらいシておこうかしら?月イチってのも何かと不便よねぇ…。もとっこう、ボトボト産んでくれれば―――――…』
浸り切った科白が唐突に途切れる。
「―――――!!!」
部屋の空気が一変した。意識の混濁しかけたマルーシャにも分かる。
俄かに殺気立つヒルバーツ。その周りで無茶苦茶に被害者達を犯していた下っ端までも、全員抽送を止め警戒態勢に入っていた。
(エミィ!!)
そう…。地下操車場の入り口からこちらを狙う高密度の魔力。
分かれてから一時間も経っていないのに、余りにも懐かしく感じるこのオーラ。
『来たわね………一番非力な娘がノコノコと、餌に釣られてグチャグチャにされに!!』
化物は舌なめずりを隠そうともしない。
ナツメとハルカを人質に取り、マルーシャまで取り込んだ自分には、もう敗北する要素は無いものと信じ切っている。
『お馬鹿さん、本当にお馬鹿さん!これでこの街のエンジェルは一人残らず私のもの…ッ!!!』
その巨体をブルブルと鳴らし、勝利宣言を下したその時――――。
暗闇を真一文字に引き裂くコバルト色の閃光が一筋、伯爵夫人の土手っ腹めがけ突進してきたのだ。
『甘ァいッ!!』
一喝と共に触手が唸る。
瞬きひとつで怪物の急所を貫くと思われた光の矢は、標的まであと僅かのところで肉の盾に阻まれてしまった。…しかし!!
ピシピシ…パリッ。シュバァァァァァァアーーーーーン!!
『!?』
矢が、破裂したのだ。
砕け散った矢から噴き出す真っ白な霧が、あれよと言う間に視界を覆いつくす。
消火器の中身を頭っから浴びせかけられたような、一メートル先さえ見えない霧地獄。
伯爵夫人は気付いた。エミリアの狙いは起死回生をかけた一発必中の狙撃ではない。
彼女の狙いは…人質の―――――。
『………!!ヌゥゥゥゥバァァァァァァアーーーーー!!』
霧の中に微かに浮かんだ影めがけ、先端の角質化した攻撃用触手を打ち出す。…だが!!
―――――ずしゃ。
湿った音と共に串刺しになったのはエンジェルではなく…。
囮として蹴り上げられた、哀れな若いローパーだった。
―――――ざくッ。
虫の息で痙攣する我が子を引き抜こうとしたヒルバーツの体に衝撃が走る。続いて何かの噴き出す音。
どさりと音を立てて、重そうな物体がふたつ転がった。それが自分の捕獲器官であることに、マダムは三秒ほどしてようやく気付く。
だんッ、と誇りまみれのコンクリを噛み締める音。
ようやく薄らぎ始めた煙幕の中から姿を現したエミリアの両脇には、気を失ったままのナツメとハルカが抱えられていた。
『…ぬゥ!!』
頼みの綱の人質を二人まとめて奪還され、伯爵夫人は苦々しそうに呻いた。
無理もない。手札から一度に二枚エースを持って行かれたのだ。してやられたとはこの事である。
だが…怪物は自らに言い聞かせる。それでも自分の優位は揺るがない。なにせこちらにはまだ切り札が一匹、ジョーカーが残っている、と。
―――――しかし。
「マルー、今よ!!」
ぐちゃり…ずる…。
「流石だな…エミィ…。この際遅刻は…大目に見たるよ。」
エミリアの声に応えるように、ヒルバーツの体内で何重にも拘束されていたマルーシャが動き出した。
あれだけ嬲られてもまだ抵抗する力が残っていた事に陵辱者は不快感を露にする。
『なんのつもりよ?そのザマで何が出来るって言うの?…大人しくしてないと、その細首へし折るわよ』
彼女の愛銃はおよそ手の届かない所にひん曲がって転がっている。
丸腰の天使に出来る事など何も無い。何も無いハズだ。供物は供物らしく黙って犯されていればいい。
だが…。伯爵夫人の体内に捕り込まれたマルーシャは、腐肉の更に奥へと腕を伸ばす。
そして、その指先には―――――…。
「へ…へへッ。騙して悪ぃな…。あたしのホントの武器は…この"アファナーシェフ"なんだよ」
血のように真っ赤な宝石を填め込んだ指輪が力強く輝いていた。
『!?』
「ま、ぶっちゃけ自分の魔法から自分を守るための"防具"なんだけどな…。実を言うと、あたしは魔力は激しすぎて殆どコントロールが効かなくってね。迂闊に使うと辺り一面、……焼け野原になっちまうんだわ」
『なんですって!?じゃあ、あの鉄砲は一体なんだって…っ』
「"ブラチーノ"はタダの銃さ。いろいろイジってあるけどね。魔力を弾に込めてぶっ放すための…言ってみりゃ補助器具だな」
あらゆる女を蹂躙し絶望に染め上げてきた化物は、この時、生まれて初めて戦慄を覚えた。
体内から込み上げてくる言い知れぬ恐怖と全身が粟立つような殺気。
便利な人質とばかり思っていた娘の正体はなんと、ナパーム弾を山と積んだ火薬庫だったのだ。
「残念だったな。ナツメとハルカを手放しちまった運の尽きさ。ぶっちゃけもう、意識…飛びそうだから、一発で決めさせて貰うぜ」
『こ…このッ!小娘!!』
この天使は自分の体内で攻撃魔法を発動させるつもりなのだ。
腹の底で鳴り響く魔力の大渦。あれだけ徹底的に凌辱したというのに、まだこれほどの力が残っていたのか。
正気の沙汰とは思えぬ大技に、ヒルバーツはベリベリとマルーシャの拘束具を引っぺがし、彼女を体外に吐き捨てようとする。
だが―――――…。
「これだけ食い散らかしゃ思い残す事もねぇだろよ!!焦土魔法"ヤーガの抱擁"、久々に解放させて貰うぜッ!!」
一足早く、真紅の指輪"アファナーシェフ"が輝いた。
『ぬあがぁぁぁああぁぁあ―――――……っ!!』
絶叫はそれを上回る轟音によって掻き消された。
丸々と肥えたヒルバーツの肉体はガスタンクのように膨張し……次の瞬間、無数の火柱に内側から食い破られ炎に包まれた。
巨体を循環する体液は次々と沸騰し、臓器や皮膚組織が水風船のような音を立てはじけ飛ぶ。
『ギィィィィィィィイ!?』
取り巻きのローパー達は、突如キャンプファイヤーと化した主人の姿に仰天し、獲物を放り出して我先にと逃げ惑う。
だが、ある者はエミリアの矢に貫かれ、ある者は火達磨になってのた打ち回るヒルバーツの巨体に巻き込まれ、断末魔の悲鳴を上げる間さえ与えられずに彼らは絶命していった。
『ひぃ!!ひぃぃぃぃいいい!!ぎィィィいィぃいぃーーーーーーっ!!!』
まるで太陽が吠えているような姿である。
怪物はなおも瓦礫の上で七転八倒し、地獄の業火を払い落とそうと足掻いたが、自身の腹の中から噴き出す炎の前では、それすら無駄な足掻きであった。
凄まじい早さで炭と化していく巨体はとうとう自重を支えきれずに足元から潰れ始め、焼け焦げたスクランブルエッグに変わり果てていく。
『え…え……んジぇ……ル…めぇ………』
呪いの言葉を一声吐き、伯爵夫人の巨体はぐらりと揺れ、朽ち果てた老木のように倒れた。
「へッ。ざまあ……見やがれ」
業火の中で、灼熱天使は一人会心の笑みを浮かべ中指を立てる。
焦げた肉のくすぶるジュウジュウという音を聞きながら、マルーシャの意識は深い闇へと沈んでいった。