〜粉砕天使ナツメ 第二話 前編〜  
 
「ハァ…、ハァ…、ハァ…、ハァ…、ハァ…ッ!」  
 
無人の校舎に響き渡るハイテンポな靴音。月明かりに照らされる廊下を一人の少女が駆け抜けていく。  
ひっきりなしに振り返りながら、短いスカートが翻るのもお構い無しに、瞳の淵に涙を湛え、背後に迫り来る脅威から逃れようと我も忘れて走り続ける。  
先程まで一緒だった友人とも既にはぐれてしまった。果たして彼女は無事だろうか。いや、今はそれでころではない。だって――――――――――、  
 
コツン……、コツン……、コツン……、コツン……、コツン……、  
 
その少女の後を静かに付け回す靴の音。哀れな獲物に迫る運命の刻へのカウントダウン。  
 
「ハァ…、ハァ、ヒィ…、ハァ………ッ、フ…ッ!」  
 
迂闊すぎた。皆と一緒にいれば夜でも化け物は襲ってこないと、何の根拠もなしにエリカは信じていたのだ。美しい顔を恐怖に歪めどれだけ走り回ろうとも、その足音との距離は一向に広がらない。  
大腿筋が悲鳴を上あげるほど脚を酷使し、酸素の回らなくなった頭は眩暈さえ起こしているというのに、背後の踵を繰り出す音は一定の間隔を保ったまま優雅にエリカを追跡してくる。まるで悪魔との鬼ごっこ。  
あるいはお釈迦様の掌の上で逃げ回っているような、そんな感覚に陥ってしまう。そんな彼女の瞳はひとつの標識を捉えた。  
 
―――――職員室。  
 
巣穴を見つけた兎のように、迷わずその部屋に飛び込み、乱暴にドアを閉め、大急ぎで鍵を掛ける。  
もう一箇所の出入り口も忘れない。デスクの影にその身を滑り込ませ、背中を丸め、恐怖に震える体を両腕で抱き止める。出来る事ならこの荒い息も、心臓の鼓動さえも、いや、全身のあらゆる音源を止めてしまいたかった。  
 
コツン……、コツン……、コツン……、コツン……、コツン……、  
 
来た。足音が徐々に近くなる。神様の慈悲でも悪魔の悪戯でもいい。  
ガチガチ鳴る歯を必死で食い縛り、彼女はその響きが通り過ぎる事だけをひたすら祈るのみ。  
 
コツン……、コツン……、コツン……、コツン!  
 
祈りは届かなかった。足音は職員室の前で止まる。そして―――――。  
 
コンコン、コンコン。  
 
(―――――ひぃ!)  
 
扉をノックする音。思わず喉のまで出掛かった悲鳴を噛み殺す。  
 
コンコン、コンコン。  
 
再び繰り返されるノック。完全にバレている。もう終わりだ。震える頬を涙が伝わる。いっその事、自分から身体を差し出してしまおうか。機嫌が良ければ最後の一線だけは許して貰えるかも知れない。  
いや、駄目だ。そんな生易しい相手ではない。兎に遠慮する狼なんているはずも無い。  
脳裏を過ぎるのは一学期の惨劇。帰宅途中、奴らに襲われて餌食になってしまった前の教育実習生。その第一発見者は他ならぬエリカだった。  
 
捕まってしまえば、私も……、私も……、あんな姿に!!  
どうすればいい?どうすればいい?どうすれば―――――。  
 
 
 
………………………………………。  
 
 
 
(…………………あれ?)  
 
それきり事態は動かなかった。静寂だけがその場を支配している。  
一分……、二分……、三分は経過しただろうか。物音一つ立てないまま、変化は一向に訪れない。  
 
(まさか………、諦めた?)  
 
助かったのだろうか。だが、足音が去っていった気配も無かった。それとも、今までの恐怖が全て幻覚だったかのような、そんな思案にさえ捕われる。  
静まり返った職員室。時計の秒針の音だけが、やたら大きく聞こえて仕方が無い。頭を抱えていた両手を離し、恐る恐る顔を上げようとした時―――――。  
 
ガタァァァァァァン。  
 
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」  
 
大音響と共に落っこちて来たのは、通気口を覆っていたアルミ製の金網。  
ガランとフローリングの上に転がるその落下物の上に、ドサドサと、おびただしい量の蠢く物体が続いて降り注ぐ。  
鎌首をもたげ月明かりに照らされるソレの正体は―――――。  
 
(――――――――――蛇ッ!?)  
 
ただの蛇ではない。なぜならその顔には獲物を見据える目も、飲み込む口も、チロチロと出し入れされる二股の舌も無い。  
ウロコ一枚持たず鈍い光沢を放つ粘液を全身から滴らせたのっぺらぼうの蛇。  
その頭部の形状は先端に小さな口を開いた亀の頭………、つまり剥け上がった男性器そのものである。  
 
ドサドサドサ―――――ドサッ。  
 
次々と天井の穴から這い出し、その数を増やすモンスター。  
エリカは弾ける様に起き上がると、殆ど抜けかけている腰を引き摺るようにして扉へと一直線。  
先ほど自分が施錠したドアを開けようと試みる。しかし。  
 
「な、なんでっ!?なんで!?なんで!?やだ、開いてよっ!!!」  
 
鍵が外れないのだ。ガタガタと扉枠の揺れる音だけが虚しく響く。  
 
 
 
―――――ジュル。  
 
 
 
背後に迫る湿った音。振り向いてはいけない。振り向いてしまったらもう抵抗できない。頭の中で何度も自分に言い聞かせる。しかし………。  
彼女の本能は、背後でその身に迫っている脅威を確かめるべく、ゆっくりと首を反転させ、視線を後方に走らせてしまっていた。  
 
「…………あ……あ、あ……あぁ…」  
 
その光景を視野に納めた途端、もう彼女の喉から言葉は出なくなっていた。  
ガタンと、一歩下がったエリカの背中が扉を鳴らす。ドアを背にした彼女は、密集隊形で床を覆い尽くす蛇の軍勢に取り囲まれていた。  
 
―――――ジュルリ。  
 
エリカを包囲する輪が小さくなる。降伏勧告だ。その身を我々に委ねろと、無言の内に迫られている。  
 
「お………お、お願いっ。……許して」  
 
ようやく喉が搾り出したのは哀願の文句。僅かな沈黙の後、蛇たちは返事の代わりに殺到した。  
 
「いやぁぁぁぁぁあ!いやっ、嫌っ、嫌ぁっ!!」  
 
瞬きひとつする間もなくローファーに鎌首を掛け、紺色のハイソックを這い上がり、ふくらはぎを遡上する突撃兵団。繋ぎ止める本体を持たず、個別に動ける触手たちの機動力は、人間の抵抗など物ともしない。  
大量の粘液を内股に塗りこみながら、女の大事なところに一番乗りを目指し我先にと争う。  
脚を閉じても太腿同士にできる僅かな隙間に頭を潜り込ませ、両手で払い落とそうとすればすぐさま手首に絡みつき、二の腕から半袖ブラウスの中へと潜入。  
悲鳴を上げれば上げるほど、その声に反応して数は増すばかり。  
 
―――――ズル、ジュル、グニュ、グチュ。  
 
「あ、やめ、嫌あっ、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ…………………」  
 
次々とスカートの中へ突入してくる蹂躙者。オーソドックスなシルクのパンティは、肌との僅かな隙間から驚くほどアッサリと蛇たちの侵入を許してしまう。  
もう終わりだ。結局、素敵な恋なんて一度も味わう事の無いまま、エリカの青春に幕が下ろされようとしている。  
 
――――――――――ズルリ。  
 
大所帯へと膨れ上がった侵入者の重みに耐え切れず、純白の下着が一気にズリ落ちた。その中で夢見心地に浸っていた異形の者たちは、ハッと慌てて再度、脚美線の上をよじ登り直す。  
エリカの膝からガクンと力が抜けた。彼女の身体は前方に倒れ込み、蛇の海へと頭から突っ伏したのだ。  
 
「あ………、あ、あ、……………むぐぅ!?」  
 
すぐさま一匹が口腔を占領。まるで椅子取りゲームだ。  
あぶれた連中は仕方なくボタンを引き千切りブラウスの中へ。ブラジャーを押し退けるとその下の膨らみ襲い掛かりとぐろを巻く。  
グニグニと、気の抜けた軟式テニスボールの様に変形させられる乳房。その先端は既に堅くシコリ始めている。  
 
「むーっ、むーっ!むぐぅ、むん、ふむぅ………ッ!!」  
 
舌で押し出そうとしても無駄だ。味覚器官と敵の筋肉のサイズは根本的に桁が違う。もう呼吸しか出来ない。それしか許されない。  
全身を這いずり回る無足爬虫類の軍勢。その気になれば今すぐユカの穢れ知らぬ穴を貫くことが出来る。  
だが、敢えてその上の肉芽に注がれる集中砲火。額を流れ落ちる汗、焼けるような喉、止め処なく流れる涙は止まる気配が無い。  
 
――――――――――絶望。  
 
それこそが究極にして他に類無き彼らの好餌。  
ブツリと、ブラジャーのホックが壊れる音が職員室に響いた。大きく開かれた股の中心には、月明かりに照らされてキラリと光りが一筋。  
少女の身体が女へと変貌遂げる為の下準備は、行為開始から僅か五分も経たず整っていた。下書きの終わった絵画は、ただひたすら筆の下ろされるのを待っている。  
 
一方の蹂躙者。彼らは眼前でおねだりしている穴を差し置いて、その身をぶつけ合い、叩き付け合い、威嚇しあって仲違いに興じていた。  
誰もが一番手を譲ろうとしない。同類の身を省みない自己主張が繰り広げられる。  
 
その最中、争う一団を一際巨大な一匹が、鎌首をブンと振るって薙ぎ払う。威容に気圧された雑兵たちはそのまま後ずさり。異存も一発で失せたらしい。  
満場一致で信任された巨根は厳かに進み出て、これからドッキングする秘裂をクイっとなぞった。ビクンと弾ける獲物の身体。弛緩し切った穴が下品に口を開く。  
その一瞬を逃さず、挿入は敢行された。  
 
くちゅ――――――――――ずずず……ぐ。  
 
「ふむ………むっ!むぐぅ――――――――――ッ!!!」  
 
目玉が転げ落ちそうなほど見開かれる瞳。虹のようなアーチを描く背骨。  
骨盤が砕けてしまうようなメリメリという感触と共に、侵入者が深く深く、膣の行き止まりまで突き刺さる。  
滝のような汗がドッと全身から噴出した。対照的な優雅さで、一筋の赤い雫が陰部から走る。  
爆発寸前の鼓動もお構い無しに開始されるピストン運動。抽送の振り幅は大きく、深く、命さえも引きずり出さんばかりに腰を粘らせる。  
 
「ふ、ふ、……むぅ!……ふむ!……むーっ!!」  
 
流れ出る涎も、洟も、涙も拭うことが出来ない。  
股間から徐々に込み上げてくる切なさにその身をただ任せるのみ。  
異物の伸縮運動は徐々に激しくなる。窓から差し込む仄かな光の下、エリカの身体は水から上げられた魚のように跳ね回る。そして―――――。  
 
「――――――――――――――むぐッ!?」  
 
ごぷ、ごぽごぷ―――――――ぶちゅ。  
 
吐き出される白いマグマ。圧力の高まりに耐えかねた陵辱者が上と下の口から勢い良く飛び出す。  
そのタイミングに合わせて、職員室を埋め尽くしていた順番待ちの面々も、その身に滾らせていた液体を次々と発射。  
窓ガラスに、デスクの上に、プリントに、日誌に、デスパイアの精がベチャリと飛び散り白く染め上げる。  
 
「むぅ……、ハァ、ハァ、ハァ………あ……ぁ……」  
 
一面に広まったスペルマの池。その中で無人島のように浮かぶ少女は息も絶え絶えにただ宙を見つめる。  
どれくらいの量を飲み干したのか自分でも判らない。確かなのは辛うじて気道は確保されているという事だけだ。  
眼鏡こびり付いた白点が、トロリと頬に滑り落ちた。  
 
グジュル、ジュル―――――――ジュル。  
 
視界の端で、ゆっくりと持ち上がる鎌首。座席が空くのを待っていた次の客だ。  
弛み切ってゴプゴプと白濁液を垂れ流す陰部に、再びその先端が当てられる。第二部の幕開けである。  
 
くちゃ―――――――ぐちゅぅ………。  
 
「あ………あぁ…ぁ、びぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」  
 
途切れる意識が最後に紡いだ叫びは、とても人間の少女が発した物とは思えなかった。  
 
♯  
 
校舎全体に響き渡ったその絶叫に、ビクンとユミエは身を竦める。  
また一人、餌食になった。これでもう五人。残すは彼女のみ。  
三階一番奥のこの教室は不気味なまでの静まりを見せている。しかしその空気はとてつもなく重苦しく、そして異質だ。いつもの教室がいつもの教室でない。まるで異空間のように。  
 
狩人はまだ満たされていないのだろうか。映画だったら、最後の一人は助かったりするのに。  
もう泣いてしまいたい。だが、泣けば見つかってしまう。  
そうなってしまえば、待ち受けているのは化け物との―――――――セックス。  
 
(神様……!なんで、こんな……っ!!)  
 
その身の震えを鎮めようと、我が身を抱き寄せたその瞬間。  
 
 
 
―――――――ガラガラァァァァァッ、バタァン。  
 
 
 
填められたガラスが割れんばかりの勢いで開け放たれるドア。そして。  
 
「ちィ―――――――ッス!おコンバーン!!」  
 
大音量で響き渡る体育会系の挨拶。その主は――――。  
 
「キャァァァァァァァァァァアっ!!!」  
 
褐色の鎧を全身に纏う、巨大なサソリ型のデスパイアだった。  
 
「どうもー、夜這いでぇーす。失礼しまーッす、ってうわ狭ッ!?こんちきしょ、ぬぅぅぅぅぅぅん!!!」  
 
一歩踏み出したところでガタンと音を立て止まる巨躯。  
横開きの入り口に半身を挟んだ化け物が、巨大なハサミを豪快に振り回す。まるで落ち葉か何かのように木製のドアは宙を舞い、激突した掃除用具入れをベコリと変形させた。  
 
「ぷーぅ、よっこらせ。あらヤダ奥さん、なーんてガッデム極まり無い寸法なんザましょ。いいかァ!覚えとけよォ!  
オレ、総理大臣になったらゼッテー通達出すかんなッ!!全てのガッコーは大型デっちーが最低二体は並んで通れる間取りを義務付ける、ってよ!  
オレらだって立派な市民!税金はエッチでお払いします!!ビバ、バリアフリー!!」  
 
ガラガラと、整列されていた机と椅子を薙ぎ払いながら、デスパイアはユミエとの距離を縮める。迫り来る貞操の危機に、彼女は脇目も振らずその場から逃れようとする。しかし。  
 
―――――――ドサっ。  
 
「―――――――きゃあ!!」  
 
「おーっと、何だよ何だよツレないねぇカノジョ。まーちょいと待てって。もう鬼ゴッコなんて年頃じゃァないだろ〜?こ〜んなにピッチピチしちゃってさあ。  
むしろ、そろそろ大人の階段ってヤツを上がってみても、いい頃合なんじゃないかな〜?な、な、オレなんかどうよ?手取り足取りリードしてやるぜ、なぁ?」  
 
床の上に倒れ込むユミエ。襲撃者の巨大なハサミが、彼女の右足首を捕らえていた。万力のようにギリギリと締まる凶器。  
その気になれば人間の脚など一思いで骨の混じったミンチに変えてしまうだろう。  
 
「いやぁ!放してっ、放してっ、放してぇっ!!!」  
 
哀れな獲物は、辛うじて自由が利く方の足で、デスパイアにガシガシ蹴りを入れ抵抗する。だが、全身を甲冑に覆われた巨大な節足動物はビクともしない。  
むしろ攻撃のたびに顔の前で翻るスカートに興味津々といった様子だ。  
 
「うっほー!見える見える、白だよ白!ってかひょっとしてオレ、誘われてる!?だよなぁ!?  
イヤッホォウ、来た来たOKサイン!任せとけよー、すっげぇキモチ良くさせてやるからなぁ!!」  
 
長い尻尾がグニュンとユミエの方角に向けられる。そう、コイツはそこだけが普通のサソリと違う。先端に備わっている凶器は毒針ではない。  
彼女の握り拳よりも大きな、ペニス以外の何物でもない物体だ。  
 
「つーかキミ、まだバージンでしょ?当たり、当たり?やっぱなー!!ニオイが違うよ、ニオイが。マジで。  
いやー、男冥利に尽きるぜホント。こんな可愛い子ちゃんの初めてを―――――――って、あ、くらぁッ!!」  
 
素っ頓狂な声を張り上げる巨大サソリ。彼の掴んでいた革靴だけがスッポ抜け、ハサミの間に虚しく残っている。  
最初で恐らく最後の幸運を手にしたユミエは、一縷の望みに縋り、一目散に廊下へと急ぐ。だが―――――、  
 
ガラガラガラ―――――――バン。  
 
「―――――――ひっ!?」  
 
福音は唐突に途切れた。ノブに手を伸ばそうとした途端、真横に開け放たれた地獄の扉。  
ユミエの前に立ち塞がったのは黒髪の女性。如何なる慈悲さえも飲み込んでしまいそうな漆黒の瞳が、微笑を湛え彼女を見据えている。  
 
「あ……、ぁ………ぁ……っ」  
 
ユミエは動けない。それ以上前に進めなかった。理屈ではない。彼女の本能が告げている。  
目の前にいる女は味方じゃない。いや、そもそも人間じゃない、と。  
 
「―――――――あうっ!!」  
 
突如背後から襲った足元を薙ぐ一撃。ユミエは再び床と対面する。  
起き上がろうとした瞬間には全てが手遅れ。彼女の上からデスパイアが覆いかぶさって来ていたのだ。  
 
「んにゃろー。恥ずかしいのは分かるけどよォ、そこで逃げちゃダメだろ〜?せっかくの月夜なんだからさァ、スーパー子作りタイムはこれからだっての」   
 
仰向けで組み敷かれるユミエの顔に、グチャグチャと涎を垂れ流すデスパイアの顔面が寄せられる。ベロリと一回、その巨大な舌が彼女のうなじを撫で回した。  
 
「………随分と手こずってるのね。私、待たされるの嫌いなんだけど」  
 
コツンと踵を鳴らす音。教室に踏み込んできた女は、そんなユミエの姿を見下ろしながら不満気に告げる。  
 
「あ……、姐さん!?いつの間に?」  
 
声に反応したのは意外にもデスパイアの方だった。  
 
「今よ。危うくこの子とぶつかる所だったわ。………ったく、何やってるんだか」  
 
「あぁ、そりゃ道理で。面目ないッス。―――――んじゃ、残念だけどコイツは姐さんの獲物ってぇ事で……………」  
 
「もう結構。アンタがモタついてる内に何人も頂いたわ。だからサッサとして頂戴」  
 
「イエッフー!!流石は姐さん、太っ腹ァ!急ぎますんでチョイトばかしお待ちを!!」  
 
下敷きにしているユミエに向き直り、鼻息も荒く興奮気味にハサミを振るうデスパイア。その鋭利な先端が触れる度に、制服のボタンが弾け跳び、乾いた音を教室に響かせる。  
 
「んー、チョーット控え目なサイズだけと、やっぱ女の子はこれっくらいが一番だよねー!!ウンウン。  
いやさ、オレ、牛みたいにデカイ奴とかあんま好きじゃないから。これマジ。ンだからもー全ッ然気にしなくていーよー!!」  
 
ブラウスの胸元を強引に開け放ち、その下から現れた綺麗な膨らみをデスパイアは絶賛。複眼の視線で一通り舐め回した後、真っ赤な舌を伸ばしてブラジャーを退け、もぎたての果実を舌の上で遊ばせるようにして、今度は物理的な舐め回しを加える。  
剥き出しの乳房は、肉食動物に追い詰められた小動物のように震え、ひたすら怯える事しか出来ない。  
 
「お願い……です……、み、み、見逃して……ください……っ!お願いですっ!!」  
 
追い詰められたユミエが縋るのは、頭上で佇む黒髪の女性。味方ではない。そう分かってはいるが、それでもユミエは女に助けを求めた。  
人間ではなくても、同じ女性なら………、そんな僅かな思いが彼女を駆っていた。しかし現実は非情である。  
 
―――――――ベチャリ。  
 
返事の代わりに、ユミエの顔のすぐ横へとベトベトに濡れた物体が放り捨てられた。  
月明かりに照らされたそれは五枚の下着。ドロドロに汚されウエストのゴムも伸び切ったショーツだ。  
 
「ふふ、お友達は一人残らず私がご馳走になったわ。大した魔力も無かったけど、お口の締まり具合はどの子も合格点ね」  
 
白が二枚に水色と桃色が一枚づつ。最後の一枚は水玉模様。いずれもクリーム色の液体にまみれ、所々真っ赤な血のスポットが付いている。  
つい先程までこの薄布を履いていたであろう少女たちは、恐らくもう…………。  
 
「部長さんだけ助かっちゃたら、他のみんなが可哀想よ。上級生なら婦人科でも後輩の面倒見てあげなきゃ。ね」  
 
「な、なんで………!?貴女なんで……っ、そんな事を……平気で…ッ!?」  
 
涙ながらに問い返すユミエの顔を、ズイっと真っ黒な瞳が覗き込んで来る。微かに鼻を突く香水の香り。そして彼女は言い放った。  
 
「美味しそうだったからよ」  
 
ナイトガウンを翻し、唇をこれでもかと三日月型に歪め、女はニンマリと笑っていた。  
 
♯  
 
「……さ。早いトコやる事やっちゃってくれる?」  
 
「あのー、姐さん。大変申し上げににくいんですがー………」  
 
今度は何だ、サソリの方から異議申し立てが上がった。  
 
「…………………何よ?テンポ悪いわね」  
 
「スンマセン。まあチョットばかし聞いて下せぇ。オレもホラね、もう結構いいトシでしょ。  
いい加減、そろそろ嫁さんの一人も貰ってガキ揃えて見せないと、なんつーかその、男が廃るワケよ。  
いや、女の姐さんにまで、こんなん分かれなんて事ァ言いませんよ。うん」  
 
ポリポリと、バツの悪そうにハサミで頭を掻くデスパイア。恐ろしいまでにミスマッチな仕草だ。  
 
「で、なら何が言いたいワケ?」  
 
「そんでまぁ、その、せっかくこのお嬢さんにオレの子種流し込んでもさ、ここに放置プレイしたら病院に担ぎ込まれて中まで洗われて全部台無しじゃん?  
でさ、オレ的にはこのお嬢さん、なんとかしてお持ち帰りしたいんスよ」  
 
それを聴いている女は徐々に目を細めていく。あからさまにご機嫌斜め。危険信号だ。  
 
「何考えてるのか知らないけど、どうせこの子も大した魔力は持ってないわ。街で一晩物色してれば、こんな小娘より上物は腐るほど手に入るわよ?」  
 
「いやあのそうじゃなくって、ぶっちゃけスゲェ好みなんすよ、もう。そこでさぁ、姐さんあんましワガママ言えた立場じゃ無いんスけど。どうかこのオレの気持ち、ソイツを酌んじゃ頂けやせんかねぇ……?ホントこの通りで……ダメ?」  
 
ガラにも無く、顔の前でハサミをスリスリと擦り併せるデスパイア。そんな滑稽なリアクションの最中でも、ユミエを組み敷く脚の力が緩むことは無い。  
 
「駄目」  
 
嘆願は虚しく退けられた。  
 
「泣いていいスか?」  
 
「駄目」  
 
ちぇっと舌打ちし、デスパイアはコツンと椅子を一個蹴飛ばす。  
 
「我慢なさい。この子達は撒き餌よ。最高の獲物をここに呼び出す為のね」  
 
―――――――撒き餌。  
 
そんな物の為に、自分はレイプされるのか。他の部員たちは踏み躙られたのか。怒りと絶望に震えるユミエの頬から、大粒の涙が流れ落ちる。一方の蹂躙者は残念そうに、大きなタメ息をつきながらユミエに向き直った。  
 
「ゴメンネー、お嬢ちゃん。なんかオレたち結局ロミオとジュリエットで終わるっぽい。  
だからさァ、せめて今夜は夜が明けるまで相手してやるから、それで我慢してくれなァ」  
 
ハサミの先端でクイっとユミエの頬を拭い、掬い上げた涙をぺろりと舐める。  
 
「そんじゃあ、これ以上焦らしちゃうとお互い萎えちゃうし、姐御の雷落ちると怖いから、ぼちぼち合体と行きますか」  
 
ズルリと、尻尾の先端の皮が剥かれた。チーズのような異臭が辺りを満たす。  
現れたのは真っ赤に怒張した欲望の塊。巨大なペニスは所々に“返し”が設けられ、一度挿し込まれたが最後、被害者には抜くことが出来ない凶悪な造りになっている。  
オマケにその窪みにドッサリこびり付いている大量の黄色い恥垢。衛生状態が最悪である事は疑う余地も無い。あんな物挿入されたら一巻の終わりだ。何を伝染されるか分かったものではない。  
トドメに切っ先で酸素不足の金魚のようにパクついている穴は間違いなく精液の射出口。その気になれば人間の小指くらい入ってしまいそうな直径が通過する液体の量を何よりも雄弁に物語っている。  
 
思いつく限りの絶望的要素を満載したその尾がググッと撓った。背中側に持ち上げられていたソレは、逆方向へと反り返って所有者の胴体下へと滑り込み、組み敷かれたユミエの下半身を目指すのだ。  
 
「あ、大丈夫だよこれ。入れる時はちゃんと通るサイズまで縮められるから。まァ、中で元に戻るんだけどねー。だはははは!!」  
 
「いやぁぁぁぁあ!やだぁっ……放してッ!そんなの嫌だぁぁあっ!!!」  
 
「うんうん、誰だって初めは怖いんだよ。ホラ、俺の手ぇ握ってイイからさ」  
 
力の篭った内股を掻き分け、ユミエの短いスカートの中に臭気を放つ先端が吸い込まれていく。  
 
「は〜い、おぱんちゅさ〜ん。ちょっと脇から失敬しますよ〜」  
 
「ひ……ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃいっ!!!」  
 
股間に達した逸物がクイっとショーツの股布をズラした。暴かれる桃色の秘裂。今夜まで誰一人触れさせずに来た女性のシンボル。だが、その運命も今や風前の灯。そして遂に―――――――、  
 
「ほんじゃま、そ〜れドキドキドッキング〜、パン横そ〜にゅ〜!」  
 
「や、ひぁ………!いやぁぁぁぁぁぁあ、あふぅ、ひあぅ、痛ぁぁぁぁぁぁあ!!!」  
 
ぐにゅう―――――――めりめりめり…………  
 
「よぅし!もうチョイ奥、もうチョイ奥なぁ〜!あ、そうそうそう!!うっほ、いいカンジ〜!!」  
 
「痛い!い、い、い、………あ、あぁぁぁぁ……………………ッ!!」  
 
聖域に雪崩れ込み暴虐の限りを尽くす肉の柱。滴り落ちる純潔の証。背骨に沿って電極を打ち込まれたような衝撃が全身を駆け巡る。  
下半身を裂かれるような痛みから逃れようと、ユミエは死に物狂いで腰を浮かすしかない。  
 
「おーし、そうそう、ここで浮かすんだよ。な〜んだ、バッチシ分かってンじゃな〜い!!やっぱお年頃ってヤツだよねー。お嬢ちゃん、きっと床上手になるよ。彼氏が羨ましいぜ、くぅ〜!!」  
 
「い、い、あ………ッ。……ぬ、抜いて!は、早く……抜いてぇッ!!!」  
 
「ヌ、ヌいて!?ヌいてと来たか!?いっやー、こりゃ参ったねー。おねだりされちゃったよ。ヌいてだってさ、マジ積極的。  
よぅし任せろお嬢ちゃん。欲求不満が溜まってたんだな?オレも男だ。存分にヌかせて貰うぜ。  
見ろよコレ。ギシギシだろ?中にすっげぇ溜まってるからさ。お望み通りその身体ん中にたっぷりヌコヌコしてやるからなァ。くぅーもー、サイッコォー!!!」  
 
どこまでも白々しい曲解。見ろと言われてもこの体勢でユミエの視線は逸物に届かない。  
だからそのモンスターがどれだけ膨張しているのか彼女にとっての知る術は唯一、陰部を突き上げる異物感のみである。確かめるまでも無く明らかにソレは巨大化している。これ以上膨れられたら骨盤が砕けてしまいそうだ。  
 
「ハイ、ここで振る!恥ずかしがらずに、あ、それワン、トゥー、ワン、トゥー!!もっともっと、リズミカルに!!」  
 
「あふ……、やぁ…ひ…、ぎ……、あン!あふッ……、い、いたっ……はひぃ、あ……、ぁン!!」  
 
「いいよ、いいよ〜、キッモチー!あ、そーそー忘れてた。お尻で“の”の字を描くように動かすと、男の人とっても喜ぶから覚えといた方がいいよー。ここ、テストに出るからねー」  
 
彼女に出来る足掻きはそのストロークに併せて全身を上下させ腰を振り続ける事。極限状態のベリーダンス。とても抵抗なんて呼べる行為ではない。むしろ奉仕だ。恍惚に浸り呆けるデスパイアの顔が何よりもそれを証明している。  
だが、こうでもしなければユミエの膣は破壊されてしまう。否が応でも楕円軌道を描く下半身。小振りな乳房はゼンマイ仕掛けの玩具の様に胸板の上で飛び跳ていた。  
 
「うっほ〜!出て来た出て来た、らぶらぶじゅ〜す!絞りたてドリンク飲み放題ィ!!」  
 
「あう、やぁっ、お、お願いっ!!もう、あ、もう止めてぇッ!う、うご……あっ、動か、ないっ、……でぇ!!」  
 
滴り落ちる透明な雫がチュルチュルと小気味良い音を立てながら肉棒に吸い上げられる。  
勢い余って振り飛ばされた愛液は教室の床に透明な斑点を刻み、その上に柔らかなお尻が何度も何度も叩き付けられ、ペタンペタンと音を立てながら恥ずかしいシミを伸ばしていった。  
 
「お、お、お!?来た来た来たァ!オレの愛しのムスコ達が、込み上げて参りましたよォ!!」  
 
ボッコリと、ラグビーボールのような膨らみがデスパイアの尻尾の中をやって来る。  
そのコブに詰まっているモノは、………恐らく本人の解説する通りなのだろう。何にせよ狂ったように腰を振り続けるユミエにはもうどうすることも出来ない。  
早く行為を終わらせて欲しい。それだけが彼女の願い。そんなに大逸れた望みではないハズだ。しかし、今日は危険日だ。今、ここで出されたら………。  
 
「そんじゃ、とびっきり熱い夏の思い出!このオレのレッスン、存分に受け取ってくれよなァ!撃ち方よ〜いッ!!」  
 
「い、ひ、あぁぁぁ……、や、やめぇ………、ひぁう、……止め……てぇ……」  
 
「いやムリ。オレ早漏。―――――――ってなワケで発射ァァァァァァァァア!!!」  
 
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」  
 
ごぶごぶごぶ……―――――――ごっ、ぶしゅぁぁぁぁぁあ。  
 
「あ…、あ…、あぁぁぁあ、熱い!熱い!あ、あ、熱いィイ!!」  
 
お腹の中で煮え滾る釜が横転したようだ。大物を咥え込んだ膣にその煮汁を受け入れる余力がある筈も無く、接合部から鉄砲水のように迸る白濁液。横倒しの机に、椅子に、化け物の精液が降りかかる。  
脇に掛けられていた私物も一瞬にしてベトベトだ。壁にまで届き、ロッカーも既に使用不能。  
恐るべきスペルマの逆噴射は、その上に張り出されている美術の作品までも真っ白に塗り潰してしまった。  
 
「んー、はぁ〜………。やっぱこう、中出しってのはだな〜………。なんて言ったらイイのかな、こう…………。  
ぶっ放した後にヒクヒクしぼんでいくナニを、女の子のアソコが優し〜く締め上げてくれるトコに醍醐味があるんだな。  
こんなカワユイ子が最後の一滴までチョーダイっておねだりして来てると思うと、くぅ〜、もォたまんねぇっすよ!」  
 
「ああ。そう。機会が有ったら参考にさせて貰うわ」  
 
事後の幸福感をわざわざ言語化するデスパイア。だが、その下に組み敷かれた少女はもう反応しない。虚ろな瞳で何やらうわ言を並べている。代わりに声を掛けてきたのは壁にもたれて一部始終を見学していた女。  
 
「よ。と。さて、終わったみたいね」  
 
背中を壁から剥がし、軽く背伸びをし身体をほぐしている。そのすぐ隣まで飛び散っている白濁液にもお構い無しの様子だ。  
 
「………へ?なに言ってんスか姐さん。今のはホンの前書きッスよ?オリンピックで言うなら開会式。映画で言うなら予告編ってトコで。  
まだオレの中のモノはバケツで汲み出すほど溜まってるんスから!!嘘じゃないっスよ!?見せろってんならマジで出しますから。これホント!!」  
 
ゴキゲンだ。盛り切った化け物はハサミをブンブン頭上で旋回させて主張する。流石にと言うか、耐えかねた様子で女の顔がゲンナリと歪んだ。  
 
「……ああ、なんか、もういいわ。そこらへん散策してくるから、気が済んだら呼んで頂戴な」  
 
「サー、イエッ、サー!!」  
 
ガラガラとドアを開け、待ち疲れた様子で教室を後にする。  
 
「最高の獲物ねぇ……。なんつーか、姐さんも一途だよなァ」  
 
その哀愁漂う後姿を見送るデスパイア。誰に聞かせる訳でもなく、率直な感想を口にする。  
 
「女同士の禁断の恋ってヤツも、なかなかどうして難儀なモンで」  
 
少しでも好みの女を見掛ければ好き放題犯しまくって生きる彼には、到底理解出来ない人生だ。  
軽蔑している訳ではないし、かと言って憧れている訳でもない。彼女と組むのはあくまでエンジェルを犯る為だ。早い者勝ちは暗黙の了解である。  
ただ……、もし、あの女の方を自分のモノに出来るとしたら………。いや、論外だ、論外。分を弁えない者は長生きしない。これは真理だ。なんせ彼女は……。  
 
「う……ぁ、……あ……、ひく……、ひっく……」  
 
「ん、あぁ?………あっ、メンゴ、メンゴ!忘れてたわ、なははは!」  
 
下から聞こえてきた啜り泣きにデスパイアの意識は引き戻される。快感の引き潮も去り、再び疼きが満ち始めていたところだ。そろそろゲーム再開せねば。  
 
「いや〜、神様も人が悪いよねぇ。女の子のカラダをこんなイジワルな造りにしちゃってさぁ」  
 
ズクンと尻尾を波打たせ、管の中に残留していた精液を、残さずユミエの中へ注ぎ込む。  
次の弾は既に砲身の機関部に装填済み。ちょっとの刺激でもう暴発してしまいそうだ。  
一方のユミエ。どうした事か涙に濡れた目尻はトロンと下がっている。彼女自身も気が付いていた。自分の身体が何かおかしい、と。  
 
「あ……、あ、あぁ……、熱い……パパ…、ママ……、熱いよぉ……」  
 
そう、熱いのだ。先刻まで下半身を突き抜けていた痛みは嘘の様に消え去っている。  
代わって込み上げて来るのは言葉にならない気持ち良さ。異物の妨害さえなければ、疼く内股を擦り合わせていたかもしれない。  
天井目掛けてそそり立ち微かに震える乳房の先端は、鼻を鳴らしてご飯をねだる仔犬のようでさえある。  
 
「んー、お〜よしよし。そろそろお股が寂しくなってきちゃったかな〜?でーも心配ゴム用!  
今夜は一晩かけてキミを特訓してやるからなー。日が昇る頃には日本一エッチな女の子だよ〜!!お礼は魔力でいいからネー!!」  
 
逸物に再び力が込められ、彼女の身は大きく跳ねた。チューブの中は既に二発目が向かって来ている。止まりかけていた汗が毛穴からドっと噴き出す。頭が痛い、目が回る。立っているのか寝ているのかすら既にあやふやだ。  
 
「熱い……、熱い…の…、あ……つ……」  
 
虚ろに繰り返される彼女の呟きだけが、真夜中の教室に響き渡っていた。  
 
♯  
 
「―――――――暑い……」  
 
昼下がりのカフェテラス。真夏の太陽は容赦ない。  
 
「暑い……。なにコレ、ほんと暑い。湿度とかも幾つよ?うはっ、……暑い」  
 
「………………………」  
 
聞いているだけで発汗機能がやられそうなフレーズが続けざまに放たれる。  
困惑の表情を隠さずに紅茶を啜るナツメの向いに構えるのは白人の女性。ウェーブのかかったブロンドをポニーテールと言うには少々乱暴に束ねた髪型。  
テーブルにベタリとへばりついた顔は表情が読み取れない。これは軟体生物の一種だろうか。このまま放置しておけば口からヨダレと一緒にゴーストが出てくるかもしれない。  
年齢はナツメとそう変わらないと思われるが、流石に外国人女性となると少々自信が無い。どんなに高く見積もっても二十代前半より上という事は無さそうなのだが………。  
 
いずれにせよ、この季節にタートルネックとロングスカートで決め込み、オマケに厚手のオーバーコートを羽織るなど、この国の夏を舐めているとしか思えない暴挙だ。  
 
「あの……………」  
 
「日本暑い。本気で洒落ンなんない。空港出たらサウナよサウナ。料金払った覚えなんて無いっつーの。これが噂のヒートアイランドってヤツ?北極大陸じゃなくても溶けちゃうよ?チベットも溶けちゃうよ?地球温暖化とかホントありえない」  
 
ナツメの声を掻き消すのはザクザクというカキ氷の音。親の仇のようにスプーンで抉られている氷菓子は既に三杯目。ここは午後の炎天下のカフェテラス。冷房の利いてる店内は既に満席だ。アザラシのように伸びている女性は、中の客を恨めし気に横目で見つめている。  
ちなみに大陸は南極の方だ。念の為。  
 
「あぁーのぉー…………」  
 
「ん!?あぁ、悪い悪い!!ちょっとボツワナ辺りに飛んでたわ。ハハハ……」  
 
前回より大きなボリュームで、少しワザとらしく声を掛けるナツメ。ようやく目の前の女は反応し、卓上からその顔を引き剥がす。  
 
美人だ。だが、知的美人という趣きではない。スクリーンを賑わせているブロンドの女優たちともチョット違う。どこかこう、摩れたような。それでいて油断のならないような。何とも独特の印象を与える人物だ。  
美しい毛皮を纏った猫科の猛獣、なんて例えは流石に失礼だろうか。歴代のクラスメイトを振り返っても似たような雰囲気の人物は出てこない。いずれにせよ、ナツメが今まで見たこと無いタイプの相手なのは確かだ。  
語り口からしてもあまり育ちの良さそうな印象は受けないが、一方で声はとてつもなく綺麗で深みがあり良く通る。  
 
「えーと、それで……」  
 
「マルーシャ=アレクサンドルヴナ=トルスターヤ。長いんで知り合いにはマルーシャかマルーで通してるから」  
 
「あ、はい、マルーシャさん。お名前だけならエミィちゃんから聞いています」  
 
「エミィちゃん……ねぇ。もうそんな風に呼ばせてるのかアイツ。懲りないねぇ………」  
 
「え、あ、何かマズかったですか?」  
 
「うんにゃ。独り言よ。聞き流して頂戴な」  
 
マルーシャと名乗る娘は気の抜けた感じでヒラヒラと手を振り話を流そうとする。  
そんな彼女の指をさり気無く網膜に焼き付けるナツメ。ここらへんの目敏さはエミリア仕込だ。爪はどれも端麗に整えられ丁寧にマニキュアが塗られていたが…………、一方で手の平は要所要所で乾いた皮が厚くなり何度も剥けた痕跡が見られる。  
これは相当な猛者だ。  
 
「ま、エミィがどこまで話したかは知らんけど、一応、アタシの口からも紹介させてもらうわ」  
 
「お願いします。………って言うか私まだ呼び出された理由も分からないんですけど」  
 
「まぁまぁ、話を急ぎなさんなって。順路通りに回ろうや。怒りんぼエミィが日本に来る前、欧州でデスパイアと戦ってた話は聞いてるね?」  
 
「ええ。確か、三人でチーム組んでたとか………」  
 
「そ。アタシはそん時の仲間よ。あと一人ね、困った子がいたんだけど、それも追々話してくから……」  
 
そこまで言って、彼女は一度スプーンを口に運んだ。釣られてナツメもティーカップに口をつける。  
 
「とりあえず、この写真を見て頂戴な」  
 
「……………?」  
 
差し出されたのはプリンター用紙に印刷された少々不鮮明な画像。写っているのは黒髪の女性。  
全身を包む紺色のナイトガウンに目線を隠すサングラス。相当古そうな皮製のトランクを転がしながら、恐らくは通路を歩いている。  
 
「先月、空港の監視カメラが捉えた映像よ。この女が到着したのはベルリンからの国際便」  
 
「ドイツ……ですか?」  
 
「この二十分後、機内のトイレで客室乗務員の女性が裸で発見されたわ。服はドロドロに溶かされて、既にメチャメチャに暴行を受けた後だった」  
 
「―――――――じゃ、じゃあ!この人、デスパイア……っ!?」  
 
「ご名答」  
 
「じょ、女性のデスパイアっているんだ……。しかもこんな人間そっくり……」  
 
「珍種と言えば、ま、珍種だね。むしろオンリーワンってヤツなのかな。コードネームは“サーペンタイン”。つまりは蛇紋石ね。にょろりーん、ってな具合で」  
 
そこまで述べてマルーシャは一際大きな氷の塊を口にする。左手は鎌首を作って見せ、蛇のジェスチャーでおどけていた。  
 
「他の客や乗務員は全く気づかず。入管の職員も記憶に無し。オマケにパスポートは赤の他人の物と来た。真実を捉えたのはカメラだけ。相当なヤリ手ね」  
 
「なんか………国際テロリストみたい………」  
 
「ハハ………。ンまぁ、あながち的外れな例えじゃないね。ただし容疑は連続婦女暴行」  
 
口の中で溶ける塊をゴリゴリと咀嚼しながら彼女は同調した。ナツメは紅茶をもう一口啜ると再度その写真を覗き込む。  
 
「でも……なんかこの人、東洋系って言うか………日本人っぽいですね」  
 
手にしていた紙をマルーシャにも見える位置に戻し、ナツメは指差した。  
 
「そーよ」  
 
「―――――――え!?」  
 
あっさりと肯定するマルーシャの顔を目を丸くして覗き込むナツメ。  
 
「本名は辻堂ユイ。さっき言ったエミィと愉快な仲間たちの最後の一人。元エンジェルさね」  
 
「元………天使…!?」  
 
「ポジションはフロント。ここもアンタと一緒だね」  
 
信じられない。その一言の他に感想が出てこない。そこへ更なる追い討ちが掛けられるとは誰が予測できようか。  
 
「んで、帰国の目的は九分九厘、―――――――エミィだ」  
 
♯  
 
真夏の太陽もそろそろ傾き始めている。  
この国に来て、もうかれこれ一年。一度も訪れた事の無かった母方の故郷。この強い西陽だけは未だに馴染む事が出来ない。強烈で、それでいてどこか酷く切ない感じ。  
全語彙力を投入しても上手く言い表せない。この感触、母なら一体どう表現しただろうか。  
 
夏休みの静まり返った教室を、エミリアは一人闊歩している。ここは彼女の通うミッション系の女子校。  
小高い丘の中腹に建てられたこの学校は、帰国子女や在留外国人の息女が多く在籍し、ハーフの彼女でもさほど労せず溶け込み、束の間の日常を送ることが出来ていた。  
 
だが、その平穏もどうやら終わりを告げようとしている。  
 
六名、犯られた。被害者は全員が天文部の女子。昨夜の台風一過を利用して、屋上で星空観察を行っていた際、不幸にも襲われたようだ。  
これほど派手に備品を壊して回っていると言うのに警報装置は一切作動せず。下級ではない。頭の回る手練の仕業だ。それでいて、これでもかと痕跡を残していく。どこまでも不敵な奴。  
 
他の生徒たちはパニック状態だ。無理もない。次に襲われるの自分かもしれないのだ。いや、そもそも、もうこの街の女の子に安全な場所なんて恐らく無い。  
今や近隣の病院は奴らに踏み躙られたと思われる女性たちが毎日のように担ぎ込まれているのだ。思われる、と表現するのは情報規制ゆえにエミリアでさえ正確な数を掴み兼ねている為である。  
それは被害者のプレイバシーを考慮すれば至極当然の措置なのだが、実際は診察も受けず、家族や友人にも打ち明けず、デスパイアに犯された事を一切伏せてしまう者も少なくない。  
それが仇となり、後になって連中の子種を植え付けられていた事に気づき、悲劇に追い討ちを掛ける女性だっているのだ。  
表沙汰にならない事例を考慮すれば被害の実態は想像以上。全国規模の行方不明者も勘定に入れれば気の遠くなるような数字だ。もはや状況は如何なる逡巡も許さない所まで来ている。  
 
話しは現場に戻る。部員たちは皆、散り散りの場所で見るに耐えない姿で発見された。  
最後の一人が見つかったのは三階一番奥、エミリアのクラスの教室。室内の備品はことごとく薙ぎ倒され白濁液の海に浸かっていた。  
少女はそこで夜通し犯され続けていたらしい。激しい行為に腰を痛め起き上がることも出来ず、早朝の教室で一人泣いているところを発見された。衣服はズタズタにされて周囲に散乱し、身に着けていたのはソックスのみという酷い有様。  
全員が即検査、そして入院となった。教室から溢れ出た精液は廊下まで満たし、非常階段にまで達していたそうだ。  
 
そして………、そんな惨状の中、エミリアの机だけが元の位置に戻されていたのだ。  
その上に広げて置かれていたのは六人分のショーツ。すべてに処女喪失の爪跡が刻まれていた。酷たらしいまでの宣戦布告。敵はエミリアを知っている。そして、―――――――エミリアも敵を知っている。  
自分を追っている、たった一体のデスパイア。貴女がこれ以上、自分を避け続ければ、犠牲者は更に増えるぞと。そう彼女は警告してきている。どうやら、三年越しの戦いに決着をつける時が訪れたようだ。  
 
夏休み中の部活動は全面停止。現場検証も既に終わり、清掃も一通り完了している。今校舎に残っているのは忍び込んだエミリアだけだ。  
静かな教室に差し込む西陽は殊更眩しい。黙って質素な椅子を引き、背もたれに背中を預けると、机の上に両足を投げ出し彼女はひたすら待つ。その傍らには既に修復完了して久しい相棒<クロイツァー>。  
 
探す必要は無い。彼女は恐らくここに現れる。三年前と同じ顔で、同じようにやって来る。  
目蓋を閉じれば蘇る。屈辱と哀しみと、そして同情が綯い交ぜになったこの想い。忘れよう筈がない。エミリアの初体験を奪ったのは、美しい顔を狂気に歪めた後輩の少女。  
二人の苦しみは断たれぬまま、こうして今日まで縺れ込んでしまった。いい加減、幕を下ろさねばならない。どちらにとっても不幸な結末なのは承知の上だ。  
 
キリキリキリ―――――――………ブツン。  
 
共に戦っていた頃の思い出。ユイの笑顔を打ち払うかのように、もう一度<クロイツァー>の弦を鳴らす。  
 
キリキリキリ―――――――………ブツン。  
 
ふと思った。自分は今どんな顔をしているのだろうか、と。この教室に鏡が置かれていないのは救いだった。  
 
♯  
 
「エミィ……ちゃんが……狙い?」  
 
カフェテラスに差し込む日は徐々に傾き始めている。  
 
「ユイはね、完璧エミィに惚れてた」  
 
追加注文したレモンティーの氷が溶けてカランと鳴った。  
 
「もちろん、エミィもアタシもユイの事は大好きだったさ。西はイベリアから東はバルカンまで、こんな齢で幾度も死線を潜り抜けて来た本物の戦友ってヤツ。神様にだって自慢できた仲間さ」  
 
再びカランと氷の鳴る音。今度はナツメのクリームソーダだった。  
 
「でもね、ユイがエミィに求めてたのは、その程度の関係じゃなかったんだよ。  
だけどそんな事エミィの奴に分かる筈が無い。アタシだってエミィの横顔を寂びそうに見つめるユイの目線に、それほどまで深い意味があったなんてそりゃ気づきもしなかった。  
そんな状態がどれっくらい続いたかねぇ………。今となっちゃ考えても詮の無い事か。そんでとうとう、三年前のあの日、アイツはエミィをミュンヘンの寂れた教会に呼び出した」  
 
前髪をクシャリと潰しながら、マルーシャは額に拳を当てる。  
 
「新月の夜だったよ。ユイはいきなりエミィに永遠の愛を迫った。当然、エミィは冗談だと思った。  
んでどう答えたかは知らない。アタシとイゾルデが駆けつけた時、二人はイエス様の前にいた。エミィはもうボロボロで、一方のユイは化け物になってた。お取り込み中だったよ。酷いもんさ」  
 
「……イゾル…デ?」  
 
「ん、あぁ、エミィの姉貴さ。アタシの師匠でもある」  
 
市営プールの一件。あの時エミリアが口にしていた人物の名が判明する。  
もう少し探りを入れてみたい衝動に駆られたが、今は他に訊かなければならない事が山ほどある。そこを掘り下げるのはまたの機会にして、ナツメは次なる疑問を口にした。  
 
「あの……、どういった過程でユイさんはデスパイアに?」  
 
「さあ。わかんね。ただ、あの子はよく倒した連中の触手とか切り取って集めてたね。標本みたいに。確か」  
 
「そんな物、集めて一体何に?」  
 
「それもわかんね。勲章か何かだと思ったんだけど。すまないねぇ」  
 
謝るとマルーシャはストローに口をつける。ズズーっとグラスの中の液体が水位を下げて行った。少々品の無い音を立てて底の一滴まで平らげると、彼女はナツメを真正面に見据える。  
 
「ま、とにかくだ。ユイのヤツは間違いなくこの街に来る。事によっちゃもう来てるかもしれん。そこでアタシの目論みはエミィより先に彼女と接触すること。そんであわよくばユイを始末する。  
身内から出た錆だからね。これだけは後腐れの無いようにしておきたいんだ、ホント」  
 
「え、あの、だったらエミィちゃんや私と一緒に………」  
 
「戦力で比べりゃ正論だけど、そいつぁ駄目だよ。あの日から、ユイの話しが絡むとエミィも普通じゃなくなっちまった。ちょっと情報掴むたびに先走って勝手に暴れて。そんで二、三日沈んで繰り返しだ。  
悔しいのか、それとも責任感じてるのか、あるいは半々か。いずれにせよ可哀想って言やあ可哀想だけどさ、もう今のエミィにゃアイツは任せられないんだ」  
 
「あの、言ってる意味は分かりますけど……、エミィちゃんは独断先行とか、そういうのは絶対無いと思います」  
 
容赦ない酷評に思わず親友の肩を持ってしまうナツメ。だが、共に過ごしてきた歳月は目の前の女性の方がよっぽど上なのだという事実にすぐ思い当たってしまった。  
 
「……分かってない、全ッ然分かってない。確かにアイツはクールで頭も良く回る女だよ。けどね。一見静かに見える海だって、その下じゃマッコウクジラと大王イカが死闘を繰り広げてるワケよ。そこんとこオーケイ?」  
 
「…………はぁ………」  
 
案の定、そこをマルーシャに突かれた。少々例えがダイナミック、というかズレている気もするが、言わんとしている事は十二分に理解できる。  
 
「とりあえずナツメ、アタシが今日アンタに頼みたい事は、だ。この女の姿を見たらアタシに速攻で知らせて欲しい。  
連絡先は………そだな。今朝アタシがアンタを呼び出すのに使った番号、そっちに頼む。いつでも捕まるからさ」  
 
マルーシャが再度、冒頭に見せた写真を掲げ強調する。  
 
「それで、私も一緒にユイさんを止めればいいんですね?」  
 
「いんや。ソイツはいい」  
 
「―――――――え!?」  
 
自信に満ちた表情で問い返したナツメはその返事に固まってしまう。そんな彼女に詫びれもせずマルーシャは続ける。  
 
「ナツメ。ハッキリ言っとくよ。アンタとユイじゃ勝負にならない。実力キャリア共に差が有り過ぎる」  
 
彼女は断言した。  
 
「足手纏い……、いや、人質にでも取られたらアタシもエミィも一巻の終わりだ。  
それだけじゃないよ。何よりアンタの身だって危ない。エミィが何を考えてナツメに天使をやらせてるのか、アタシは知らないけどね。ボチボチここらでもう手ぇ引きな。それがアンタの為でもある。  
泣き見てからじゃ何もかも遅いんだよ。いいね?」  
 
そこまで言って、彼女は席から腰を上げた。そしてゴトリと、テーブルの下に置いてあった荷物を持ち上げる。楽器ケースのようなやたら横長のトランク。その大きさは実にマルーシャの身の丈ほどもある。  
あまりマトモな物が入っているとは、ちょっと考えられない。そのまま踵を返しカウンターの方角へ。もうナツメの事を振り返ろうともしなかった。そんな彼女をナツメは―――――――。  
 
「……………何のつもりだい?」  
 
「…………………………」  
 
マルーシャの歩みが止まる。テーブルから身を乗り出したナツメが、無言で彼女のコートの裾を掴み放さないのだ。ギロリと、斜めに振り返ったマルーシャの瞳がそのナツメを見返す。  
さっきまで机の上に伸びていた女性と同一人物とは思えない。眼を合わせただけで心臓に風穴を開けられそうな、まるで金属のような鈍い光沢を放つ目玉。その中心に浮かぶ虹彩は魂魄を撃ち抜く大口径の銃口のようですらある。  
 
「…………………………」  
 
怖く無いと言えば嘘になる。怒った時のエミリアだってこんな目はしない。達観というか何かとてつもない悟りと共に一線を越えている人間の眼だ。  
だが、ナツメは退かない。退く訳にはいかない。デスパイアと戦うと決めたあの日、そう―――――、退くという選択肢は既に粉砕済みである。  
 
「私は戦えます」  
 
「その通り。なまじ戦えるから余計危ない」  
 
「足は引っ張りません。もし捕まったら、私ごとデスパイアを倒して下さい」  
 
「言っていい事と悪い事がある。親御さん、泣くよ」  
 
「父と母はもう――――――いません」  
 
「そいつは悪かったね。でも、失う物の無いヤツの戦い方ってのは尚更危うい」  
 
「だから、私はエミィちゃんを失いたくありません」  
 
顔だけ半分こちらに向けていたマルーシャが、ようやく体も反転させる。そのまま睨みあう事どれぐらいだったろうか。  
 
「――――――ハァ………」  
 
根負けしたかのように金髪娘は溜息をつく。  
 
「なんでこうエミィのヤツは変な子ばかり拾って来るんだろ」  
 
ガランと、彼女は戻したばかりの椅子をもう一度引いた。  
 
「とりあえず、………コーヒーでも追加しよっか?」  
 
ナツメはようやくマルーシャのコートを放した。  
 
♯  
 
「一応、確認しとくけど………」  
 
「ハイ、私が捕まった場合は見捨てて下さっても――――――」  
 
「待て待て待て。仮にもアタシらはエンジェル。清く正しい天使サマなワケ。だから仲間を見捨てるのはナシだ。神風アタックも禁止。まずこれ、叩き込んで置きなさいな。オーケイ?」  
 
「あ、ハイ………。でも………」  
 
「いい。そんときゃ責任持ってアタシが助けたる。新入りがそんな切羽詰った事考えるなっての。ただし、相手は本物のド変態どもだ。人様に言えない傷の一つや二つは覚悟しときなって事」  
 
人に言えない傷。ナツメの脳裏を公営プールでの死闘が掠める。だが、今はそれを悟られたくなかった。  
 
「わ、……わかりました」  
 
カチャリと、二人の前にコーヒーと紅茶が運ばれて来た。  
 
「ま、重ねて伝えるようなことは特に無いね。アンタの戦い方は大体知ってる。後は、そうだな………。とりあえずエミィのオツムが引っ繰り返らないよう、神様に祈っといて」  
 
「なんか………信じられないです。あのエミィちゃんにそんな激しいとこがあるなんて」  
 
「信仰は自由。信じられないならそれも良し。ただ、実物見てから戸惑ったりはしないように」  
 
「……………ハイ」  
 
二人は同時にカップを啜る。さっきまでの緊張はほぐれて、それでいてまだどこか居心地が悪い。だが――――――――、嵐の前のお茶会、悪い気はしないひと時だ。  
 
「――――――ンあ、忘れてた!」  
 
唐突にマルーシャが、そんな空気を壊す声を張り上げる。  
 
「………何か?」  
 
「いやー、危ない危ない。そうだ、デスパイアとこれから渡り合おうって乙女には、コイツを忘れちゃいけないトコだった。あー、気づいてよかった、ホントに」  
 
「……………………?」  
 
ナツメの困惑を他所に、彼女はゴソゴソとコートの中を探っている。そして、  
 
「むっふっふ……。遠からば音に聞け!近くば寄って目にも見よ!!」  
 
バサッ――――――――!と翻る外套。  
 
「じゃじゃーん!対デスパイア用ドキドキ必勝マニュアル新装改訂版ー!!」  
 
「――――――むぼふぅッ!!!」  
 
世紀末系の悲鳴と共に豪快に噴出される紅茶。危うく茶色に染まりかけたその書物をマルーシャが慌てて頭上に持ち上げる。  
 
「ア、アンタなにすんのよ!?いきなし!?」  
 
「い、いや。むしろ、それは私のセリフって言うか………っ!」  
 
飛び出したのは地獄の恥ずかしい本。慌てて他の客の視線を伺ってしまう。忘れるものか。エミリアに必読だと押し付けられて、夜中ベッドのスタンドを灯し内緒で読破した一冊。  
訳の分からない単語は辞書とネットで検索した。18歳未満お断りなサイトがズラーっと並んだあの光景は履歴から消せても記憶からは消し難い。  
どうしよう。そう言えば弟は今日、丸一日家に居るんだ。もし、私の部屋で勝手に漫画とか探してたら………。何はともあれ、今はこの場を切り抜け手ぶらで生還するのが最重要任務である。  
 
「い、いや、だから、その。ここでソレは少しイケナイって感じで………っ!!」  
 
「はぁ?何言ってんのアンタ?新入りだからって物を知らないにも限度ってモンがあるんよ。コイツ抜きでデスパイアと渡り合おうなんて、ピッケル無しでK2踏破に挑むも同然!!」  
 
「……あ……いや……そのっ」  
 
とりあえずソイツをまずは隠して欲しい。日本の法律上その本を並べて許される公の場は書店の片隅の桃色ゾーンだけだ。  
次に表紙。化け物と美女の絡み合いはもう勘弁して。教科書ってのは普通、もっと無難なデザインで。  
いや、そもそもソレ、もう絶対エロ本以外の何物にも見えない。中身も何物でもない。  
 
「と、いうワケでナッちゃん。聖書よりもマルクスよりもアリガタ〜イこの教典。謹んで受け取りなさい」  
 
「そ、そ、そうじゃなくて!ウチにも既に一冊あるみたいな……っ!」  
 
「へ。そーなの?」  
 
マルーシャの顎が落ちる。態勢の立て直しに苦闘しているようだ。いける。後一押しで駆逐完了。多分。  
 
「あー、んー、まぁでもこっち一応改訂版だからさ。手許に置くならやっぱ最新鋭の知識ってヤツを………」  
 
「わ、私のも改訂版ですッ!!」  
 
嘘だ。と言うかもそもベッドの下の核兵器が第何版なのかすら知らない。迂闊に取り出せばいつIAEAの査察官、もとい家族の目に触れるか分かった物ではない。今、金庫って幾らくらいで買えるんだっけ。  
 
「む〜ん、そりゃ残念。せっかく企画の段階から前面監修してきた本なのに。タダであげるってんだからさ、もう一冊くらい受け取ってくれたってー」  
 
「………………」  
 
今の一言で、現在、自分の所有物になっている一冊を、エミリアに押し付けた犯人も判明した。目下、ナツメは刑事告発を検討中である。罪状は純情乙女強制羞恥罪。検察側の求刑は懲役五十年で。  
 
「ま、しゃーないモンはしゃーない」  
 
「………………」  
 
本当に諦めたのだろうか。ナツメはフェイントを恐れていた。  
 
「ふぅ。そんじゃアタシはボチボチ行くとしますか」  
 
コーヒーを一気に飲み干し、よっこらせと、マルーシャが椅子から腰を剥がす。  
 
「お世話様でした」  
 
「何言ってんの。お世話はこれからだって」  
 
ジト目で礼を述べるナツメにニカっと彼女は笑って見せた。先程より幾分軽い足取りで、踵を返しナツメの前から去っていく。  
 
「あ、そうそう!」  
 
「………………」  
 
まだ何か出てくるのか。警戒感も顕わにナツメは身構える。  
 
「その本には結局載せなかったんだけどさ………」  
 
「………………?」  
 
「何があっても、例え連中の玩具にされてもさ。女に生まれた事を後悔しちゃあダメだ」  
 
「え、それって……どういう……?」  
 
「最期の瞬間が訪れても、パパとママへの感謝は忘れるなよって。そーゆー事!」  
 
そう宣言すると、マルーシャは背中を向けたままヒラヒラと手を振る。  
 
「アドバイス以上。ほんじゃなー」  
 

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