〜粉砕天使ナツメ 第三話 中編〜  
 
―――――ズル、ジュル、ブニュ、グチュ。  
 
「い、痛いっ!!やめて!やめ………ッ!!」  
 
たわわな膨らみを間断無く責め立てるバキュームプレイ。餌食になっているのは同世代の平均的なサイズより明らかに大きく育ったナツメの乳房。  
少々重たそうな脂肪の塊は、吸い付いた触手が上下する度に、まるで縁日で掬った水風船のように姿を変え形を変えタプタプ踊る。  
 
「い…、い…っ……!!」  
 
「あーら、チョット痛かったかしら?御免なさいねぇ。待ってて、今気持ち良くして上げるから」  
 
「や、や…!何を―――――!?」  
 
服の中に潜り込んでいた無数の蛇たちがジュルリと蠢き、宴の席を替え始める。欲望の権化たちの向かう先はナツメの下半身。  
真っ白な肌の上に塗りたい放題粘液を垂らし、擦り込み、汚らわしいマーキングを刻み込み、そして……。  
 
「な、なな、何考えてるんですかッ!?そ、そこは………!!」  
 
「ええ、ここはアリスの迷い込んだ不思議の国よ」  
 
細いウエストを横断するゴムが持ち上げられる。デスパイアのチャイルドが潜り込んできたのはショーツの内側。ペニスを象った容姿の蛇が一匹、また一匹と、蒸れた下着の中に潜り込んでくる。  
汗を吸ってへばりつく布地を肌から引き剥がし、化け物たちは更に奥へ奥へと進攻。  
上品なレースをあしらった白一色の下着は、不埒な侵入者たちの分泌液で染まり行き、その薄い生地はみるみる内に透明度を上げ、下に秘めたピンク色の割れ目を外部に誇示し始めている。  
秘裂と共に浮き出る恥ずかしい茂み。太腿を滴り続ける粘液。足掻く事さえ許されない状況下で、天使の下半身は貪られていく。そして嗜虐の宴に乱舞する蛇たちは、遂にお目当ての突起を探り当てた。  
 
「それじゃ……。魔法のマッサージ、始めるわね」  
 
「ひ………ッ!!やぁぁぁぁぁあ!!!」」  
 
ピクンと、一匹の蛇が黒い芝生の下で震えるちっちゃな尖りを弾いた。脂汗の浮いた背肌を仰け反らせ、搾り取られるような悲鳴を放つナツメ。  
その無様な姿を愉しむかのように、もう一匹が、更に一匹が、休む暇も与えず次々と殺到。  
縦に横にと裂けてしまいそうなほど伸びるパンティの中で、震える唇を、濡れて輝くデルタを、代わる代わる撫で回し思うさまに刺激を与えてくる。  
 
「ふぁぁあ!!や………はぁッ!!やめ……ひやぁ、やめぇ…!!!」  
 
クリトリスが擦り上げられる度に脊髄を走る火花。固く閉じられた目蓋の淵から大粒の涙が跳ねる。  
 
「ふふふ…。何言ってるのか分かんないわ。日本語で喋りなさいな」  
 
「は……ふっ!や、止めて下さい!!お願いです!止めて下さァい!!」  
 
「イ、ヤ、ヨ」  
 
―――――ズチュ、グニ、グニ、クチュリ。  
 
むぜび泣く獲物の顔が真っ赤に上気し始めているのを認めると、ユイは乳房への愛撫を再開した。  
先程同様の豪快なストロークに今度は手の込んだ細やかな愛撫を織り交ぜ、少女の心を包む理性の皮を一枚づつ、懇切丁寧に剥がしていくのだ。  
 
「や!だめッ!だめぇぇぇぇぇえ!!!」  
 
「ふふん。随分と呆気なくおピンクモードね。日頃から鍛えて置かないからこーゆー事になるのよ。お馬鹿さん」  
 
―――――ズチュゥゥゥゥゥゥウ………。  
 
クレーンでキリキリと持ち上げられる肉のプリン。半紡錘形に姿を変えられたその乳房に休む事無く新手の触手が襲い掛かる。  
新たにイボだらけの身を伸ばしてきた肉蔓のペアは、ナツメの胸を包み込むようにして螺旋状に巻きつき、乳房全体を締め上げて揉みしだき始めたのだ。  
 
「痛いっ!いたぁぁぁぁあ!!」  
 
「ふふ、まァちょっと落ち着いて御覧なさい。ねぇ、ホントに痛いのかしら?」  
 
「え――――――――?」  
 
ズクリと心臓が跳ねる。涙でグショグショニなった睫毛を震わせ、クラッシャーエンジェルは両目を見開いた。デスパイアが指摘してきたのは先刻から胸の内で膨らんでいた違和感。  
無意識の内に頭がフィルタリングしていたこの感覚。そう、それは紛れも無く――――――――。  
 
(痛く………ない。って言うかむしろ………)  
 
そう。気持ち良いのだ。  
 
「く………、あうっ!!」  
 
認めたくなかった。だが、窮屈なショーツの中で肉芽が弾かれる度に、吸い付く触手の内側で乳首が摘まれる度に、ナツメの身体には桃色の電気信号が走っている。快楽という名の信号が。  
 
「どう、いい塩梅でしょ?世間の厳しさを知らない真っ白なおっぱいなんて、所詮こんなもんよ」  
 
「だ、誰が………っ!!………あふぅ!!」  
 
投げ掛けられる言葉を懸命に打ち払おうとする強い眼差し。だがその目線も数秒と持たず恍惚に緩む。  
下着の中でクリトリスを攻撃していた蛇たちがズルズルと這い出て、巣穴に帰る働きアリの様にサーペンタインの腹部へと帰還。たっぷりとその身に浴びたナツメの愛液をデスパイア本体に持ち帰る。  
そして入れ替わるようにして飛び出して来る交代要員。滴り落ちる蜜を求めて、生地も伸び切り半分ほどズリ落ちた見るも無残なパンティの中に再びその頭を埋めていく。  
しどしどに濡らされた布地から滴る液体が乾いた校庭の砂を黒々と染めた。  
 
「あ、あ、……あぁ…っ、こんなのって………、こんなのって……ぇッ!!」  
 
何もかもがグチャグチャになった下半身に後れを取るまいと、緊縛された乳房への愛撫はますますヒートアップする。  
もう嫌だ。私の負けでいい。認める。だから、だから、もう殺して欲しい。  
まるで自分の肉体では無いかのように、胸板の上で跳ねては踊る脂肪の塊。もう形が崩れて元に戻らなくなってしまったかもしれない。  
限界だ。頭がキリキリ痛む。流れ出る汗も涙も涎も止められない。これが……、こんなのが自分の最期の姿なのか………。  
 
「苦しいならサッサとイッちゃいなさい。そしたら後は一捻りで楽にしてあげるわ。なんせ今夜はまだメインディッシュが残ってるんだから」  
 
「――――――――!!」  
 
……………そうだ。忘れていた。  
 
ここでナツメが絶頂を迎え魔力を吸い取られてしまえば………。そう、次はエミリアの番だ。ナツメの肩に掛かっているのは自分ひとりの命だけではない。  
一生分の気力を使い果たしたっていい。今この瞬間だけは何としても耐えなければ。例え勝ち目が無くっても、自分はここで果てようとも、彼女が逃げるだけの時間は稼がなければ。  
 
(だって私は……!今の私は天使なんだから!!)  
 
惚けかけていた瞳に黒鉄色の輝きが戻り始める。  
思い出せ。プール地下の浄水場跡で、デスパイアに取り込まれ嬲られた時の事を。あの時自分は一体どうやって耐えた―――――?  
 
(………そっか。あの時はエミィちゃんが……)  
 
抱き締めてくれた友は今ここに居ない。恐らく彼女は今も礼拝堂の中。そこで自らの身体を縛める猛毒と戦っているのだ。  
 
(だったら………!だったら今度こそは、私の力で耐えてみせる!!)  
 
そう、自分ひとりだけ楽になる訳には行かない。天使の使命。それは絶望と戦い続ける事なのだから。  
 
♯  
 
(何だ………?持ち直し始めた?)  
 
ついさっきまで、赤ん坊のように無様に泣き散らしていた二つの黒曜石が、モンスター化したユイの顔を鋭い視線で貫き返している。  
震える目尻は所詮虚勢に過ぎない事の証しだが、それでもそこから闘志が崩れ去る気配は無い。正に土俵際。崖っぷちの底力だ。  
 
(ひょっとしてコイツ、処女じゃないとか?)  
 
先刻吸い上げた愛液は酷く味が濃かった。そう頻繁に流されてるワケでも無さそうだ。ウブな立ち振る舞いも併せて、てっきりバージンだとばかり思っていたのだが―――――。  
 
(…………………………)  
 
試しに両乳房をグイッと持ち上げ、そのまま左右に振ってみせる。巻き付けた触手でヤワヤワと愛撫を続ける事も忘れない。  
 
「あ……ッ、……ひぁう!!」  
 
案の定、指先で虐められる小動物のような反応が返ってくる。綺麗な黒髪は既に砂にまみれ今や完全に土気色だ。砂と涙と分泌液にまみれ、図に乗りすぎたルーキーは天国の階段を一歩づつ昇っている。  
 
しかし―――――。  
 
次の瞬間には、キッとこちらを睨み返してくる真っ黒な瞳と目が合った。殺されても屈しない。そう言外のメッセージがユイに突きつけられている。  
 
(…………………………)  
 
どうやら余り遊ばない方が良さそうだ。  
ベテランの天使なら、全身総ての穴を塞がれても一太刀報いるぐらいの芸当はやってみせる。  
いや、それどころか現に三年前、イゾルデなど前後の穴に蛇の亀頭を咥え込んだまま、顔色一つ変えずユイの上半身を斬り飛ばして見せた。  
他ならぬエミリアの実の姉によって放たれた一撃により、あの夜の自分は撤退を余儀なくされたのだ。  
 
もちろんこのナツメとかいう娘にそれほどの真似が出来るとは思っていない。もう五分もあれば、このままでもオルガスムスまで持っていける。  
だが夏の夜は短い。そもそも自分はエミリアを抱きに来たのだ。彼女の身体を、彼女の匂いを、彼女の心を、今夜は自分の物にしてみせると固く誓ったではないか。  
あまり前菜ばかりにかまけている訳にも行かない。  
 
(そうよ。馬鹿みたい。変に拘らないでパパっとイかせちゃいましょ)  
 
喉の奥をゴクリと一鳴らしすると、ユイは背中に生え揃った残りの触手を余さずナツメへと向けた。ありったけの敵意を込めて見返して来ていた双つの瞳に恐怖の色が差す。  
 
そう、この表情だ。  
 
いつの頃からだろうか。自分が女の顔を絶望一色に染め上げる事に病み付きになっていったのは。  
同じぐらいの年の瀬の娘たちが、自分たちエンジェルをスケープゴートにし、人類とデスパイアの生存競争を蚊帳の外の出来事扱いして、のうのうと暮らしている現実。  
初めて天使として戦ったその日からずっと付き纏っていたこの違和感は、歳月を重ねるに連れ血石のような塊となって、ユイの胸の内にテリトリーを広げていった。  
捕食者から自らの身ひとつ守れない軟弱者どもの身代わりになって犯される自分。何かが間違っている。そう主張したところで、取り合ってくれる者などユイの周りにはい誰ひとり居なかった。  
 
そんな中、差し伸べられた一本の白い腕。そう。一人だけ、一人だけ居たのだ。  
身も心もボロボロになった自分を抱き締め、暖めてくれた天使が。厚い雲に覆われた灰色の空から射す一筋の光に、ユイは夢中で縋った。  
 
(……………エミィ……………)  
 
本当は仲間内でも一番冷たい人間だと思っていた彼女。その胸の内の温もりに触れた瞬間、ユイの中の歯車は何か別の方角へと回転し始めた。とてつもなく甘美で、背徳的で、狂おしい方角へ。  
そうだ。自分にはエミリアさえ居れば良い。決めたのだ、もう他の誰にも渡さないと。彼女を独占する為だったら化け物に成り果てる事さえ惜しくない。  
私が天使もデスパイアも震え立つ最高の化け物になって、エミリアの肌に触手を這わせようとするクズどもから彼女を護ってみせる。  
エミリアを取り込んでしまえば、もうずっと彼女と繋がっていられるのだから。  
他の女なんて知らない。一人残らずデスパイアの玩具になってしまえば良い。その方が清々する。  
 
そして今、自分の目の前には悲願を妨げる“敵”が転がっている。お姫様だって着ないようなドレスに恥ずかしげも無く身を包んだ、グズで、ノロマで、間抜けな天使が。  
こんなヤツが今エミリアの傍らに居る。こんなヤツにエミリアは助太刀した。そしらぬ顔で彼女を惑わす泥棒猫。  
許さない。いや……―――――絶対に許せない。  
 
(メチャメチャに………してやる………。メチャメチャに………ッ、メチャメチャにしてやるッ!!!)  
 
全身を駆け巡る黒い炎を吐き掛けるように、ユイは煮え滾る体液の嵐をナツメに降り注いだ。  
 
♯  
 
―――――ごぶごぶ………どぱっ!じゅぶじゅぶぶ……べちょ!!……ぶしゅ、ぶしゅ、ぶしゅぅぅぅう!!!  
 
 
 
「嫌ぁぁぁぁぁ………んぷッ!!かはッ……、げほっ、けほ、……や、やめ……んぶ……、げほッ!!」  
 
鎌首を擡げた複数の射出口から、想像を絶する量の白濁液が迸る。標的にされたナツメは咽せ返りながら、空気の通り道を確保しようと懸命にもがいた。  
粘性の強いクリーム色の液体は口腔にも鼻孔にも流れ込み、僅かでも抵抗を怠れば即窒息させられてしまう。  
顔射などという生易しいレベルではない。湯船を引っ繰り返したような白濁液の滝にナツメは頭から呑まれているのだ。  
 
―――――ごぷん……ピチャリ。……………ピチャリ。…………………ピチャ。  
 
時間にすれば僅か十秒にも満たない出来事だったのかもしれない。最後に大きな塊をドベっと吐き出し、永遠にも思える悪魔の生理現象は終息した。  
 
「けほ……っ、けほ……………。ハァ………、ハァ………、うっぐ!」  
 
大の字で地面に固定され一滴残らず粘液を浴びせかけられたナツメは、まるで水滴の表面張力に捕まった羽虫のような哀れな姿で、息も絶え絶えに横たわっている。  
身に着けていたコスチュームはリボンから下着に至るまで大半が溶かされ、紙屑のような断片と化して白濁液の中に浮いていた。  
いつか見たプールサイドの女性たち。スペルマの海に溺れながら恍惚の表情を浮かべていたあの姿を、自分は今追体験しているのだ。  
曝け出された天使の肉体をコスチュームに代わって包むのはクリーム色の粘体。まるでそれが初めから身に着けていた衣装のように、白濁液はナツメの肢体を覆い尽くしていた。  
 
(く……、うぁ………。やっぱ、女の人のデスパイアでも出るんだ………)  
 
止め処なく沸き立つ悪臭は精液そのものだ。いや、男性の物を嗅いだ事は無いので断言は出来ない。何せナツメが嗅がれるのは毎回、決まってデスパイアから放たれるモノなのだから。  
 
(変な感じ、止まんない……。流石にもう………、駄目…かも……)  
 
衣類と一緒に抵抗する気力も何もかも洗い流されてしまった。  
息をしているだけでも肌が粟立つ。無理も無い。今のナツメは満杯まで媚薬を張ったバスタブに浸かっているも同然なのだから。ここで魔力を抜かれたが最後、精神を支える源を失った自分は発狂させられてしまう。  
 
ズルリ………、べちゃ。  
 
「――――――――――あ」  
 
仰向けにされていた身体が反転し、今度はうつ伏せに。お尻を突き出して犬のように這い蹲った姿勢でナツメは固定される。  
もはや如何なる抵抗も意味を為さないな。力を込めればそれだけで絶頂を迎えてしまいそうな快楽地獄。せめて、せめて一思いに殺して欲しかったのだが、相手はもうそんな慈悲などとうの昔に捨てた女。期待するだけ虚しかった。  
 
(………エミィちゃん)  
 
彼女は逃げ切れただろうか。いや、………多分、無理だろう。結局ナツメに稼げた時間はホンの僅かだった。幾度か勝機が見えた瞬間も有りはしたのだが、やはり自力の差という物を覆すには至らなかった。  
後は………、ユイがエミリアを丁重に、せめて苦しまぬよう扱ってくれる事を祈るのみだ。無駄だと分かり切った事かもしれないが。  
 
グジュル………グチュ、グチュ、グチャ。  
 
「ひぁ……ぁ…、やめぇ……」  
 
三本の触手が互いに絡み付き、身を寄せ合い、結合し合い、一本の極太の肉棒を完成させる。その亀頭が向けられる先には緩み切った桃色の秘裂。  
恥ずかしさの余り漏れる声も今や只のうわ言に過ぎない。  
 
「エミィちゃ……ん、ごめ……ン……」  
 
校庭のフェンスに止まった一羽のカラスと目が合った。まるでコロセウムの観衆よろしく彼女が殺されるのを待っているかのようだ。  
一声も発さず、ただ爛々と不気味に輝く真紅の瞳が、これから始まる凌辱地獄をその目に焼き付けようと待ち侘びている。  
 
「さて、それじゃあナツメちゃん。今夜の経験、来世があったらせいぜい活かす事ね」  
 
「……………あうっ!!」  
 
勝利宣言を合図に、ナツメの太腿がグイと開かされる。決壊したように愛液を垂れ流す性器が夜風に曝されてヒクついた。  
頭が痛い。地べたではなく波間に揺られているように視界はブレている。  
終わりが来たようだ。この状態では一分も持つまい。いや、恐らく入れられた瞬間にイッてしまう。  
そしてその後は………、捻り潰されるか、絞め殺されるか、あるいは、そのまま串刺しにされるのか。  
 
もう――――――――それも考えても仕方の無いことだ。  
 
「それじゃナツメちゃん。貴女の初めてを失敬しまーす♪」  
 
(馬鹿にして…。私、もう初めてじゃ……ないのに……)  
 
薄れ行く意識の中、巨大な亀頭が押し当てられるグイっという感触だけが妙に確かで嫌だった。  
虚ろな瞳の中をオルゴールのように流れる人々の顔。これが走馬灯なのか。  
 
パパ、ママ、ショウ、ハルカ………。  
 
エミィちゃん………。  
 
――――――――ごめん…ね。  
 
 
大粒の涙が、最後に一滴、白濁液の沼へと落ちる。と、その時。  
 
 
ドダァァァァァァァァア――――――――………ン。  
 
 
「――――――――――え?」  
 
大地を揺るがす轟音に揺さ振られ宙を舞う砂埃。続いてバサバサという羽音。視界の端で先程のカラスが飛び去って行くのが見える。  
 
「………が、がふッ!!」  
 
地獄から聞こえて来る様な苦悶と共に、生暖かい液体が降り注ぐ。精液………、いや違う。デスパイアの血液だ。  
世界がコマ送りで再生されているような感覚。今、ドサリと地に落ちたのはナツメの膣を貫こうとしていた触手。そしてサーペンタインの左腕。  
何が起こったのかナツメには解らなかった。  
 
ただ、ひとつだけ確かなのは誰かがユイを攻撃したという事。そしてそれはナツメでもエミリアでもないという事。  
 
(……………あ)  
 
そうだ。忘れていた。  
 
「マルーシャ……さ…ん……」  
 
その一言を最後にナツメの意識は途切れた。  
 
♯  
 
およそこの国で平穏な暮らしを望む限り嗅ぎ慣れないであろう匂いが鼻を突く。硝煙だ。  
吹き出す血の奔流を苦々しい表情で一瞥すると、ユイ、いやサーペンタインは攻撃の飛来方向を睨み付ける。  
5階建ての校舎の屋上。そこに建てられた給水槽のそのまた上。ひとつの影が夜風に巻かれ外套を翻しながら佇んでいた。  
 
「よ。久し振りだな相棒」  
 
「……………マルー」  
 
やはり彼女だったか。化け物の顔が一瞬、複雑な表情を描いた。炸裂寸前の敵意の中に、少しばかりの哀愁を滲ませた混沌とした色。  
 
「相変わらず馬鹿と煙は高い所がお好きなようね」  
 
「ヘヘ。今のは結構サマになってたろ?」  
 
思い出の中にあるそれと寸分違わぬ笑顔で、マルーシャはかつての仲間にニカっと笑って見せた。  
だが、そのスマイルの中に充満する殺気は、肩に担いだ巨大な武器が何よりも雄弁に語っている。  
 
対戦車ライフル<ブラチーノ>。それが彼女の得物だ。  
 
猟銃のような古木的質素さも、狙撃銃のような洗練されたスタイルも、この怪物的兵器には見出せない。どこまでも暴力的で時代錯誤気味な黒鉄色と赤銅色に彩られた銃身。そして大口を開けた海の魔物のような銃口。  
その全長はマルーシャの上背を優に超えている。エンジェルによる取り回しを前提に、対デスパイア戦を想定してカスタマイズし尽くされた外観は、もはや元の銃器の姿は愚か名称さえ窺い知る事が出来ない。  
 
「わりぃなユイ。その子、暫定だけどウチらの仲間でさ。助けてやるって昼間約束しちまってるんだ」  
 
アンバランスなまでに長大な銃器を担ぎ直し、空になった缶ビールを無造作に蹴飛ばすと、マルーシャはタンクの上にドッカリと腰掛ける。  
風になびくのは日中着込んでいたオーバーコートではなく、古めかしい黄土色のトレンチコートのようなコスチューム。その上をキリル文字の刻まれた何本ものベルトが交差し、奇異な見てくれはまるで拘束具か何かを連想させた。  
 
「あらそう。でも私には関係ないわね」  
 
「まァそう言いなさんなって。大体こんな時間にそんなムチムチした子食ってたらメタボ直行だっての」  
 
あっけらかんとした会話の中にも、交錯する二人の視線はピアノ線のような冷気が張り詰めている。ユイは黙ったまま千切れてのたうっている左腕を拾い上げ、惨たらしく爆ぜた傷口へと宛がう。  
ズブズブと、ホラー映画の効果音と共に細胞と細胞、血管と血管が絡み合い、数秒と経たずしてデスパイアの腕は本来の姿を取り戻した。  
 
「えらく便利な体だな」  
 
「羨ましいでしょ?」  
 
「いんや。全然」  
 
「意地張ること無いわ。貴女もすぐにこの体の血となり肉となるのよ」  
 
五体満足を取り戻したユイ。血に飢えた両腕の鉤爪がジャキリと伸び、狼の牙の輝きを放つ。  
 
「カッチョイイ台詞だね。ンだけどさ、アタシ的には今夜はもういい加減お開きにしたいんよ」  
 
「あら、ドンパチ大好きっ娘のマルーが珍しいわね」  
 
「ハハ…、否定はしないけどサ。それよりぼちぼちホラ、あっちゃこっちゃで目覚ましの鳴る頃合だろ。良識家のマルーシャさんとしちゃ、ここは二人を回収して一旦お暇したいワケよ。  
人様の前で晒しモンになるのが面白くないのは今のアンタ一緒だっしょ?なァ、ユイ?」  
 
普段とさして変わりもしないその口調は、デスパイア化した彼女の姿を嗤っている様だった。だけども銃把を握り締めた力を片時も緩める事は無い。  
そんな彼女の態度にユイはただ黙りこくる。まるで頭の中で自己の願望と彼女の提案を棒引きする様に。もっとも、その逡巡は僅かな間に過ぎなかったが。  
 
「却下ね」  
 
「そんなにエミィが欲しいのかい?」  
 
「ええ。今の私は彼女を抱く為だけに在るの。邪魔立てすれば、マルー、貴女と言えどもミンチよ」  
 
「ハァ……―――――そうかい」  
 
不敵な笑みを浮かべていたブロンド美女の顔に、僅かばかり寂寥の影が射す。だが、それも束の間。  
 
「なら、しゃーないね」  
 
ジャキリと響いた金属音。<ブラチーノ>のボルトが引かれ、巨大な空薬莢がカランと屋上に転がった。レバーが戻され薬室の閉じた機関部には既に次なる銃弾が装填。標的の喉笛を喰らい千切る瞬間を今か今かと待ち侘びる。  
 
「尻を出しなユイ。昔のよしみだ。一番上等なヤツをブチ込んでやる」  
 
「ふふふ。火付きの良さは相変わらずね。乾燥した藁みたいでお似合いよ」  
 
陸上のトラック一周分もあろうかという長大な胴体に詰まった筋肉をギシギシと軋ませながら、最後の障壁として立ちはだかったかつての友の喉を裂くべく、ユイは爪を鳴らす。  
 
「そりゃお互い様だな、ユイ。事のついでに一つ教えておいてやる」  
 
「……………ん?」  
 
「オマエは一個の戦力としちゃ完璧に近い。集中力、スキル共に申し無い。ンだがな、惜しむべきはそっから来るのめり込み易さだ」  
 
「………―――――ッ!?」  
 
デスパイアの顔に焦燥に歪む。  
彼女は気づいた。先ほど転がった空き缶。そしてさも見計らったと言わんばかりのタイミングの横槍。  
あれはマルーシャが相当前からこの場に陣取り、ナツメとの戦闘を眺めていた事を意味する。そう、自分は既に、この魔弾の射手が編んだトラップの真っ只中に―――――――。  
 
「視野が狭いんだよ!ルーキーと遊び過ぎたなァ、ユイ!!」  
 
校庭全体を包み込むようにして突如上空に出現した幾何学模様の円形魔法陣。血のような緋色の中心部が下界に佇むただ一匹の魔物を超越者のように睥睨している。  
 
「天使謹製14.5o神聖撤甲焼夷弾、<灼熱の貴婦人>!皿の底まで舐め尽しやがれッ!!」」  
 
ドダァァァァァァァァア――――――――………ン。  
 
銃声が一発。天高く振りかざされた<ブラチーノ>のマズルから紅の閃光と共に弾丸が吐き出され、魔法陣の中心部に吸い込まれる。  
瞬間、化学反応のように凄まじい魔力の奔流が唸りを上げて一面を包み込み、目蓋を閉じても遮れないほどの閃光と業火が円陣より決壊。真下に居たデスパイア目掛けて濁流のように襲い掛かった。  
 
「マ…、マルーシャァァァァァァア―――――……ッ!!!」  
 
絶叫を飲み干す熱線のシャワー。そして叩き付けられる巨大な火球。校庭の砂利が次々と粟立ち、溶けては蒸発していく。  
時間にして一分ほどだろうか。丘の中腹にあるこの学校の敷地は、真昼の太陽の数百倍はあろうかという輝きに包み込まれていた。  
 
♯  
 
「んー。やっぱ、こんぐらいしないと斃せないよなァ……」  
 
静寂を取り戻した校庭に降り立ち、マルーシャは半ば弁解気味に呟いた。  
その足元には直径10メートル近い場違いなクレーター。真上から巨大な火球を叩きつけられたグラウンドの中心部は、未だ焼肉の鉄板のようにジュウジュウと余熱を放ち続け、赤熱化した砂利が不気味に輝いている。  
 
「ったく、ユイの馬鹿野郎。後味ワリイよ………、ホント………」  
 
敢えて言葉にしてみれば少しは欝の気も軽くなるかもしれない。そんな風に思い胸の内の蟠りを吐き捨てるように呟いてみた。だが、喉の奥に引っ掛かっているモヤモヤした物は、どこかに飛んでいく様子も無い。  
これで五人目になる。反転、或いはデスパイア化という末路を辿った仲間を始末したのは。  
一人殺すごとに磨り減っていく自分にも既に慣れていたつもりだ。しかし今度ばかりは相手が少々近すぎたかもしれない。長いこと妹のように可愛がってきたユイだったのだから。  
 
「まァ……。エミィが手を下さずに済んだだけでも御の字ですかねェ……」  
 
彼女は何と言うだろうか。顔を合わせるのが少しつらい。けどこのまま放って置く訳にもいかない。  
他の二人も揃って相当な激戦をやらかした事は、外から一瞥しただけでも分かるくらいボコボコにされた教会を見れば猿でも解る。  
平素なら周辺への被害に一番気を遣うのはリーダーのエミリアなのだが……、流石の彼女も今夜は平常心とはいかなかったらしい。  
何にせよ回収して手当てをしてやらねば。お互いに説教垂れ合うのはそれからだ。  
 
余熱で温もっている<ブラチーノ>を担ぎ直し、歩みを進めようとした次の瞬間だった。  
 
 
 
―――――シュバ!!  
 
「ンなっ!?」  
 
ゾクリと首筋を走った悪寒。何かが空気を切り裂く音。即座にマルーシャは野生動物を思わせる身のこなしで翻り、自慢の銃器を盾にその身を庇った。  
 
「フフ……、フハハ……っ!!ふはァ〜、アンタもエミィも甘いんだよ………」  
 
「ち、畜生!!」  
 
ギリギリと縄の締まるような音がする。<ブラチーノ>のバレルに絡みついたのは肉色の蔓。デスパイアの触手だ。  
 
「マルー……、昔のアンタなら死体にだってもう一撃くれてたハズだよ。その歳でもう耄碌しちゃったのかなァー?」  
 
「クソ。こりゃアレか、お約束の第三形態!?それともギーガーか何かのコスプレか!?」  
 
ズブズブとクレーターの底を突き破って現れた異形のユイ。皮膚という皮膚は焦げ付いて剥がれ落ち、壊れた蛇口のように全身から体液を振りまきながら、それでも彼女は動いている。その身体はもはや原形を留めていない。  
地を這う半球体に近いその身体には、目やら口やらといった人体のパーツが無数に生え揃い、一様にマルーシャを睨みつけ、呪っている。赤紫色のグロテスクな物体から聞こえて来る少女の声が恐ろしくシュールだ。  
 
「ナルホドな。しくったぜ、まさかソコが弱点たァ………」  
 
「ふふ………、なかなか倍率高かったかしら?」  
 
常人が見れば卒倒しそうなスプラッターな出で立のまま、デスパイアは這い進んで来た。ダメージが蓄積した巨体は既に喋る肉の塊と化しているが、一箇所だけが焼かれる前の姿のまま突き出していた。  
 
―――――尻尾だ。そしてその先端には魔力の源、蛇紋石のクリスタル。  
 
恐らく全身を使って庇ったのだろう。表皮こそ剥がれ本体が露出していたが、そこにはヒビひとつ入っていない。  
三年前、イゾルデと共闘し退けた時のユイならばあの一撃で葬れた筈だったが、見積もりが甘かった。コイツは相当な数の女を貪り、精力を奪い、今夜の決戦に備えてきている。  
 
「ンだよ……、随分小賢しいマネできるようになったんだな、ユイ。ポーカーなんかド下手だったくせに、……っとと!!」  
 
体ごと銃身持って行かれそうになるのを踏ん張って耐えるマルーシャ。このまま引き寄せられたら一巻の終わりだ。  
あの肉の塊に捕り込まれでもしようものなら………。そこから先はもう考えたくない。  
 
(畜生め。ここで綱引きやってたらジリ貧だ。何とかしてあのクリスタルを叩き割る他に無ぇ………)  
 
ハンドアックスに手榴弾、栓の空いたボトルに鉄パイプ。残りは予備の弾帯が3カートリッジ。あと例の本。コートの内側に隠した凶器(一部例外)が順々に頭を巡る。  
大半が接近しないと使えない。爆発物に至っては最期の手段。下手を打てば自決用だが、このままあの中に引きずり込まれてホニャララされるよりはマシかもしれない。だが……。  
 
「ふーん。その顔はまだ何か悪い事企んでる顔ね。でもさーせないっ」  
 
―――――じゅぷッ!!  
 
「くァッ!!」  
 
肉の塊から触手が二本勢いよく飛び出し、マルーシャの身体を得物ごとギリギリ締め上げ、両手を封じてしまう。  
 
「勝負あったわねマルー。ハタチにもなって変身ヒロインなんかやってるから、貴女も焼きが回ったんじゃない?」  
 
「ハ、ハハ……。そいつァ痛いトコを突かれたと言ってやりたいがね。生憎これから先ずっとクトゥルー神話みたいな格好して生きてく誰かさんに比べれりゃあ、まだ救いがあるってモンで」  
 
「ふふ、心配ご無用。これっくらいの傷、エミィと一晩共にすればウソみたいに消えちゃうわ」  
 
「………堕ちるトコまで堕ちやがったな、この色情魔ッ!その格好でエミィを嬲る気なのか!?ユイ、テメェは一体どんだけアイツを苦しめりゃ気が済むんだよ!!  
テメェが化け物になっちまって、一番責任感じてるのはあの馬鹿タレなんだぞ!好きじゃなかったのかよっ!?」  
 
「ええ、大好きよ。だからひとつになるの。肌も、心も、互いの持っているもの全てを重ね合わせるの」  
 
笑顔のポーカーフェイスを捨てたマルーシャの口から迸る言葉の奔流。だが、友を想うその叫びにもデスパイア化したかつての仲間は応えない。  
 
「あーそうかい。アタシが馬鹿だったよ、クソッタレめ」  
 
「あらあら、強がっちゃって。それなら貴女も一緒に取り込んであげてもいいわよ?ホントは寂しいんでしょ。また三人で仲良く、楽しい事一杯しましょうよ。ね、マルー?」  
 
「……………ちっ!」  
 
勝利の陶酔と喜悦を滲ませ、デスパイアは獲物に囁き続ける。  
 
「あ、そうそう。ホラ、ナツメちゃんだっけ?あの娘もついでに頂いちゃおうかしら。ちょっとムカツク感じの娘だけど、丸一日くらいかけて調教してあげたら、いい具合に仕上がると思うのよねェ……」  
 
「………―――――ナツメ?」  
 
初めて聞く名であるかのように、少々間の抜けた声でマルーシャが返す。  
 
「あら酷い。貴女忘れてたわね」  
 
確かに。最初の大技の際、巻き込まないように気を遣ったあたりまでは覚えていたのだが、いつの間にやら、頭の片隅よりコロリと転げ落ちていたらしい。  
 
「……は、………ハハハっ」  
 
乾いた笑いが喉の奥から漏れ出す。眉間の皺が薄れ、不敵な笑みがマルーシャの顔に戻り始める。  
 
「何か嗤える様な事言ったかしら?」  
 
「……ハァー。いや、何でもない。危うく忘れるトコだったな。アッチャー、トホホ、イッケネーって奴だ」  
 
カラカラと一通り笑って見せた金髪娘は普段と変わらぬ良く回る舌で話を続ける。  
 
「なァ、ユイ。ちなみに、だ。話題のナツメ嬢が今何処にいるか、ご存知かい?」  
 
「さっきからそこで転がってるわよ?」  
 
「あー惜しい。当たらずとも遠からずって言うか微妙に違うね。正解、教えてやろうか?」  
 
クィっと顎で、マルーシャは肉の塊の後ろを指した。  
 
「テメェの真後ろだよ、ワトソン君」  
 
「………―――――え?」  
 
ドロドロの表皮に浮かぶ巨大な眼球がギョロリと動き、背後をサーチしようとする。そして、半秒後に彼女の視界を覆い尽くしたのは、膨大な魔力を滾らせたまま振り降ろされる巨大な鉄の塊だった。  
 
♯  
 
「でぇぇぇぇぇぇぇえ、やぁぁぁぁぁぁあッ!!!」  
 
 
 
―――――グシャア!!  
 
 
 
肉の潰れる音。そして魔力のスパーク。  
 
「ギィィィィィィィィイっ!!こ、このメスガキィィィィィィィイ!!!」  
 
身体中に空いた口から化け物の悲鳴が混声合唱になって響き渡る。  
 
「………うるさい!……うるさいっ!!もうこれ以上、みんなには手出しさせないんだからあっ!!」  
 
打ち下ろされた<フロムヘヴン>の下敷きになり、ビチビチと尻尾がのたうっている。急所を狙った一撃は惜しくも外したらしい。ナツメのハンマーが叩き潰したのは、クリスタルを宿した末端部ではなく、尻尾の中腹あたり。  
だがユイは身体の一部を大地に縫い付けられる容になり、そこから身動きが取れずにもがいている。ピンで留められた昆虫標本の状態だ。  
 
(………―――――スゲェな)  
 
マルーシャは内心舌を巻いた。  
ナツメのコスチュームはもう殆どが溶かされ残っていない。大事なところも剥き出しな上、塗りたくられた粘液の効力で肌は完全に上気している。  
快楽地獄と闘争心のせめぎ合いの中で、それでも彼女は立ち上がったのだ。並ではこうはいかない。  
 
(けど、長くは持たない………!)  
 
<フロムヘヴン>を跳ね除けようとするユイと競り合うナツメの脚が微かに震えているのを見て取ったマルーシャ。彼女に気を取られ、触手の締め付けが緩んでいる隙にすぐさま左手をコートの中に忍ばせ、手斧のグリップを握る。  
 
―――――ザシュ。  
 
「………ぬぐァ!?」  
 
「マルーシャさん!!」  
 
切り落とされる捕獲器官。万力のような痛みと焼けるような痛みの挟撃に遭ったデスパイアが苦悶の声を一層強くする。  
 
「ナッちゃん!十秒だ!!後十秒持たせろ!そいつでカタをつけるッ!!!」  
 
「ハ、ハイ!!」  
 
「マ、マルーシャぁぁあ!……――――がァ!?」  
 
ありったけの呪詛を込めてマルーシャを睨み付けた目玉に、回転しながら飛来した手斧が突き刺さり、緑色の飛沫が吹き出す。その隙にマルーシャは疾走。目指すはこの化け物の魔力の源。  
対デスパイア用の神聖弾頭では、例え1000m/sオーバーの初速があってもクリスタルには障壁で弾かれる。ならば取るべき手段はひとつ。物理的破壊、つまり銃床で直に叩き潰すまでだ。  
残すところ数メートル、天使ならばひとッ飛びのレンジで彼女は<ブラチーノ>を真逆に振りかざす。だが………!  
 
「さァ、せるかぁぁぁぁぁあーーーーーーッ!!」  
 
地の底から響き渡るような咆哮。と同時に、デスパイアの身体がビチビチと音を立て、背中の中心線から真っ二つに裂ける。  
 
「………―――――げ!?」  
 
「う、……うそ?」  
 
マルーシャとナツメ、二人の驚愕の声がシンクロした。肉塊の裂け目から生え揃う鋭い牙。デスパイアの身体が一瞬にして巨大な口器へと変貌を遂げたのだ。  
そしてすぐさま二本の舌が、ヨダレを垂らす牙の合間を縫うようにして飛び出し、二人の天使に襲い掛かった。  
 
「く………、うァ!!」  
 
「きゃぁぁぁぁぁあっ!!!」  
 
攻撃態勢のため防ぎ切れなかったマルーシャと、元より相手を押さえつけているため動けないナツメ。両名はいとも簡単に巨大な舌に巻き付かれ、宙へと持ち上げられてしまう。  
 
「ぬふァー………。手こずらせてくれたわねぇ……」  
 
「……くそッ!お次は物体Xかよッ!!持ちネタが悪趣味にも限度があるぞッ!?」  
 
「や、やァ、嫌ぁぁぁぁぁあ!!」  
 
毒づく余裕のあるマルーシャはまだマシな方だ。殆ど衣服の残っていなかったナツメは、ザラついたイボが密集する舌を素肌の上から直に巻かれ、肉色の手巻き寿司のような有様でヨダレまみれのになって泣き叫んでいる。  
 
「もう情けは無用ね。アンタたちの魔力なんか要らないわ。このままグシャグシャに噛み砕いてあげる!!」  
 
「畜生め!ミサイル落ちろ、このバケモンっ!!」  
 
引き寄せられる二人のエンジェル。眼前に迫るのは横二列に並んだレイピアのように鋭い歯。肉という肉を裂き、骨という骨を断ち、人間をペースト状に加工してしまうであろうシュレッダーだ。  
 
(クソが。アタシが大人しく喰われてドカンとやってりゃ、ナツメだけでも助けられたかもしれないってのに…!)  
 
懐の手榴弾も今となっては要を為さない。よしんぼ起爆させたところで、この距離ではナツメも巻き添えだ。オマケにその一撃でユイを斃せる保証は無しと来た。万策尽きたようだ。  
鋭利な歯列を伝って滴る唾液が、今まさに咀嚼されようとしているマルーシャの金髪を濡らす。  
 
「チェック……メイトか―――――……」  
 
奥歯を噛み固く目を閉じる。その目蓋に煌く、セントエルモの蒼火に安らぎを抱きながら―――――。  
 
(………え、―――――光?)  
 
♯  
 
ザシュ。  
 
時間が止まった。いや、正確には誰もが動けずにいた。ナツメも、マルーシャも、ユイ変異体も。  
その場に居合わせた三名は揃って、ず太い舌に突き立てられた蒼白い光の柱を、息をすることも忘れ、ただ凝視していた。  
 
「……ぐ…っ、ぬぐぅ!?」  
 
最初に沈黙を破ったのはデスパイア。エンジェルを戒めた肉蔓に走る激痛が、彼女の発声器官を突き動かす。  
 
……ザシュ―――――ザシュザシュザシュ!!  
 
化け物の苦悶を合図に、光の矢が続けざまに殺到。瞬きひとつ許されぬ間に、二人を絡め取っていた舌はハリネズミと化し、未明の校庭に獲物を放り落とす。  
土埃にまみれたナツメは両手を付いてその身を起こし、ただ目を丸くしながら攻撃の飛来方向を見遣る。そして呟いた。  
 
「……エミィ………ちゃん」  
 
湿った風になびく銀髪。真冬の湖面のように静かな瞳。一糸纏わぬ姿の彼女は、相棒<クロイツァー>を構えたまま、ただ沈黙の内に、斃すべき相手デスパイア、いや、辻堂ユイの影を補足していた。  
白み始めた東の空の下、その裸体はまるで弓を携えた狩猟の女神像のように、現実から遊離し、神聖なオーラさえ帯びている。  
 
「えみぃ………、なん、で?なんで…なの?ねぇ……、えみぃぃぃぃ……?」  
 
傷口から漏れ出る血液と魔力を見送りながら、すがるような声を絞り出すデスパイア。だが、葬送天使エミリアは応えない。彼女にとって、今や目の前の肉塊はユイではない。  
かつての仲間の見送りなら先刻、礼拝堂の中で済ませた。今、そこにいるのはデスパイア。仲間を毒牙に掛けようとした邪な敵。  
だからもう――――――――躊躇いは無い。  
 
………―――ズザシュゥウ。  
 
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃい!!」  
 
弓鳴りと共に一際巨大な閃光が撃ち出せれ、デスパイアの身体を貫通。喉元から突き破り背中まで、大きな口を串刺しにする。  
運動停止後も尚も消失せず、傷口を焦がし続ける魔力の塊に、化け物はのた打ち回りながら絶叫。その姿は誰に終幕が近づいている事を予感させた。  
 
「流石だな、隊長」  
 
ガキィィィィィィィィイン。  
 
ただ一言。低いトーンで送られる賞賛と共に、甲高い打撃音が一帯に響いく。  
<ブラチーノ>の銃床を打ち下ろしたマルーシャが、ゆっくりとその身を起こす。その足元にはデスパイアの尻尾。先端から生える紫色のクリスタル。  
 
「あ…、あ…、あぁ………」  
 
わななくユイの目の前で、ピシリと一筋、音を立てて結晶にヒビが入る。  
 
「やだ。やめて………、ねぇ…?二人とも……、や、やめてってば……。消えたくない。私まだ、消えたくないよォ……」  
 
積もった煤を振り払い、記憶の彼方から聞こえて来るような子供っぽい声。間違いない。本当のユイの声だ。  
 
「ユイ………。私も――――――、いえ、私たちも、そう遠く無い将来あなたの処に行くわ。だから――――――」  
 
逆風がエミリアの顔を撫で前髪を翻す。丁度、彼女の表情をナツメから隠すようにして。  
 
「――――――少しだけ、ほんの少しだけそっちで………待っててね」  
 
別離。その言葉が結ばれるのと同時に、再度、マルーシャが得物を振り下ろす。狙いは寸分違わず、一撃目と同じ場所。ユイのクリスタルへ――――――。  
 
 
 
「素晴らしい。大変素晴らしい。嘔吐しそうなくらい感動的だ。こんな処で幕を下ろしてしまうなんて、君たちはよほど刹那的なんだな」  
 
♯  
 
ズズゥゥゥゥゥゥゥゥ………ン。  
 
「「「――――――――――!!!」」」  
 
轟音と共に、敷地全体が揺れる。波打つ大地に足を掬われ転がる天使たち。何が起きたのか誰にも分からない。  
振動の直前、男の声が聞こえたような気がしたが、あれは一体………。  
 
「…………くぅッ!」  
 
「エ、エミィちゃん!なんなの、これ!?」  
 
「ああ、気にしないでくれ給え。なかなかいい舞台だったのでね。僕なりの拍手のつもりだ」  
 
「畜生、誰だテメェ!スカしてねぇで出て来い!!」  
 
「マドモワゼルの仰せの通りに」  
 
吠え掛かるマルーシャに応える謎の声。次の瞬間、間欠泉のような噴出音を伴いながら校庭の地面を突き破り、巨大なツタが次々と出現。  
電柱ほどの太さはあろうかという植物の一部が、群れを成し、ナツメたちを包囲する。  
これは………そう、茨だ。  
 
「新手!?こんな時に!?」  
 
苦々しげに声を上擦らせるエミリア。無数のツルが大地から生え、さながら異世界のような景色に変貌した校庭。  
誰も口にしないが分かる。大気を満たし揺るがす濃厚な魔力。ケタが違う。一面を飲み込む膨大な魔力のせいで、敵の本体が一体何処にあるのか検討も付かない。  
 
(やべぇ……。アタシら三人、犯られたかも……)  
 
間違いない。SSクラス、いや、下手すればもっと上。観測史上初となるランクオーバーのデスパイアだ。  
この街、東雛菊市を中心に半年ほど前から発生している、若い女性ばかりの連続失踪事件。その真相を遂に垣間見てしまった。そんな気がする。  
 
「ごめんなさい、ナツメ」  
 
「――――――えっ?」  
 
唐突に謝られたナツメが、素っ頓狂な声でエミリアを見遣る。傍らの彼女は、心の準備など何ひとつ出来ぬまま、歴史的瞬間に立ち会ってしまった後輩にぎこちなく笑ってみせた。  
 
「覚悟、決めて頂戴」  
 
そう告げて、ジャキリとエミリアが<クロイツァー>を構える。ナツメの後ろではマルーシャが、溜め息混じりに<ブラチーノ>の檄鉄を起こした。  
今の状態で勝てる相手ではない。だが、黙って殺される、いや、犯される訳にもいかない。  
 
「ああ、勘違いしないでくれ。今夜の僕はただのしがないギャラリーだ。ただ、応援してる主演女優がどうやら怪我をしてしまったようでね。彼女をエスコートしに来た次第さ」  
 
「――――――!?」  
 
エミリアの手で引き絞られる弦が緩む。幕?舞台?主演女優?一体こいつは何を言っているのか。  
努めて平静を保とうとする彼女の真後ろで、マルーシャが叫んだ。  
 
「不味いぞエミィ!こいつァユイを逃がすつもりだ!!」  
 
「――――――なッ!?」  
 
振り向くと目線の先にはグチャグチャのユイ。肉塊になり果てた彼女を庇うようにして茨のツタが覆い被さり、その身を包み込んでいく。  
刹那、耳をつん裂くような号砲が響き渡り、マルーシャの対戦車ライフルが鉛の塊を吐き出した。しかし、その一撃も射線軸上に割り込んできたツルに遮られ、その内一本を千切り飛ばすだけで終わる。  
 
「ナツメっ!!」  
 
「うん!!」  
 
すぐさま、のたうつ蔦を踏み越えて、残りの二人が弾ける様に跳び出す。だが………。  
 
「言っただろう。幕引きにはまだ早い。むしろ今夜が始まりでもいいくらいだ」  
 
「きゃあっ!!」  
 
「くァうっ!!」  
 
真横からブンと振り抜かれた別の鞭に、二人の身体は空中で打ち払われてしまう。背中から思いっ切り落下するナツメ。一方のエミリアは何とか体勢を整え着地。ユイの方角へ視線を走らす。しかし………。  
 
「――――――く………ッ」  
 
手遅れだった。  
デスパイア・ユイの姿はゆっくりと、茨のツタが大地に穿った大穴の中へと沈んでいく。三人の天使たちを包囲していた他のツタたちも、それに続く。  
エミリアはただ矢を番え弓を引き絞り、穴だらけの校庭に立ち尽くしながら、指の隙間から零れ落ちていく勝利を見送る事しか出来なかった。  
 

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