〜粉砕天使ナツメ 第三話 後編〜  
 
「……………逃がしちまったな」  
 
ジャリっと砂を噛むブーツの音。背後から掛けられたマルーシャの一言に、エミリアは振り返らず沈黙を以って応えた。  
一分前までの喧騒が嘘であったかのように静まり返った校庭。そこにはもう、内臓標本のような肉塊と化したユイの姿は無く、荒れ狂う巨大な茨の蔓の影も無い。  
夢から醒めたような静寂。辺り一面に穿たれた傷跡だけが、そこで繰り広げられた戦闘の熾烈さを無言の内に語り継いでいた。  
 
「だが、考えようによっちゃあ、見逃されたのはウチらの方かもしれないぜ?」  
 
それも理解している。目蓋を閉じ、<クロイツァー>を下ろしたエミリアは踵を返し、ただの一言も発さずマルーシャの脇を通り抜け、校庭の真ん中で転がっているナツメの傍らへ静かに歩みを進めた。  
力を使い果たしたのだろう。無理も無い。粉砕天使は規則正しい寝息を立てながら、見事なまでに昏睡している。  
 
「………マルー」  
 
「ンあ?」  
 
ナツメの脇に腰を下ろし、彼女に膝枕をあてがいながら、ようやくエミリアは口を開いた。  
 
「何時から日本に?」  
 
「あー……、先週の土曜だな。まだ荷解きも済んでない。アパートに帰るのが億劫だ」  
 
「傷は大丈夫なの?」  
 
「生憎、生まれてこのかた悪運だけにはホント恵まれててね。見ての通りさ」  
 
軽く肩をすくめ、金髪娘は自嘲気味に笑い飛ばす。  
 
「……そう。じゃあ到着早々で悪いんだけど、ひとつ訊かせて貰うわ……」  
 
そんなマルーシャの態度とは対照的に、エミリアの声は徐々にトーンを落とし、険を孕んでいく。  
彼女は問い質した。  
 
「どうしてナツメをここに連れて来たの?」  
 
「……………」  
 
刺すような視線にもマルーシャは全く動じる気配を見せず、さもその質問は想定内といった態で、黙って地べたのエミリアを見下ろしている。  
 
「ナツメが何を言って食い下がったのかは知らないけど、彼女が天使になって日が浅いって事ぐらい、貴女なら一発で判るわよね。それを事もあろうにユイにぶつけるだなんて!貴女の頭は一体どうなってるの!?彼女を殺す気!?」  
 
「お言葉だがねぇ、エミィ」  
 
息を切らせながら、一気に捲くし立てるエミリア。怒り心頭のご様子だ。そんな彼女の台詞が途切れるのを待って、マルーシャはゆっくりと口を開いた。  
 
「まず、アタシの頭は至ってクリアだ。コンパウンドで磨いた銀板より透き通ってて美しい。もちろん可愛いナッちゃんを殺すつもりなんざ毛ほども抱いちゃいない」  
 
束ねたブロンドを一回掻き揚げ、マルーシャは続ける。  
 
「ナツメ一人でユイと戦わせた件はアタシも本気で想定外。まァ、白状するとアタシが網を張る場所を間違えて此処に遅刻したワケだ。  
が、しかし、これがアタシ一人の責任じゃないって事は、独断専行の果てに、馬鹿正直にも敵の指定してきた場所でドンパチ始めた隊長サンが、一番良く分かってらっしゃるでしょう……ンね?」  
 
「………そ、それは……」  
 
「とりあえず起きたらまずナツメに謝れ。エミィ、あんたは今夜、現に一人で闘り合ってユイに負けた。三年も前から雨ざらしになってた地雷をご丁寧にもう一度踏んづけたんだよ。  
危うくナツメはなァ、ホントの意味で置いてけぼりにされちまうトコだったんだぞ?アンタ一人が誰にも何の相談もなしにクリスタルを与えちまった娘をだ。分かってンのか、そこ?」  
 
一転して問い詰められる側になってしまったエミリアは言葉に窮する。  
だらしがないようで緻密。何も考えていないようで恐ろしく筋道を通している。つくづく、このマルーシャという娘の二面性には敵わない。  
いや、正確に言えば、今回の自分の行動が余りにも支離滅裂で目に余るものだったのだ。  
 
「ま、とりあえず今夜はナツメ嬢の実力を拝めたって収穫はあったけどな。まァ……彼女に関しての話は日を改める事にしようや。  
もうじき人が来る。広域のカモフラージュを張っといたんだけどな、あのデカブツのお陰で全部消し飛んじまった。今のところヤツに関する情報は殆ど白紙だ。  
取りあえずアタシが収集に当たるから、エミィたちは休息に専念してくれ」  
 
「ごめんなさい。恩に着るわ」  
 
「気にすンな。一人で始末をつけようとしてたのはアタシも一緒さ」  
 
お説教は終わったらしい。鋭かったマルーシャの瞳は平素の柔らかさ、と言うか気だるさを取り戻す。  
 
「私が見てられなかったから?」  
 
「ご名答。しかしまぁ、力及ばずなトコも一緒でして。あんま大口叩けないね、ハハハ……」  
 
エミリアとナツメの上にバサリと、重たそうな音を立ててマルーシャのコートが掛けられる。  
安物の香料でも誤魔化し切れていないドぎつい硝煙の匂い。彼女を感じさせる、懐かしい香りだ。  
裸のナツメを自分と一緒に包み込み、支えてやるようにしてエミリアは立ち上がる。  
 
「服拾いに行くついでに神様に誓っときな。“次こそはユイを倒します。仲間と力を合わせて。アーメン”ってな」  
 
礼拝堂に向かう二人の姿を見送ると、ガチャリと<ブラチーノ>を担ぎ直し、マルーシャは正門に向かう。  
ここに来て、ようやく彼女の口から溜め息が漏れた。  
 
「………………ふぅ〜」  
 
随分とまあ、濃い一夜になった。  
 
狂乱の果てに肉塊の化け物にまで変貌したユイ。間違いない。彼女は三年前、なんらかの接触でデスパイアと融合したのだろう。そこまではいい。  
問題は人格の主導権を握っているのがユイだと言う事。本来ならば乗っ取られた側であるハズの彼女が抱いていた、エミリアへの異常なまで執着。それがデスパイア側の意識を飲み干してしまったのだ。  
残されたのは、怪物にも勝る欲望を秘め、思い人を我が物にするためだけに駆動する、黒一色に染まった少女の心。  
 
分かっている。どちらかが倒されなければ終わりは無いと。だが、それでもマルーシャは僅かな期待を込めていた。  
もし、意識の主導権を握っているのが化け物の方だったら、ユイが押さえ込まれているだけだとしたら、それならまだサルベージもできたかも知れない。  
ハッピーエンドは望めないにしても、せめて最期は、彼女の希望するかたちで苦痛から開放させてやれたかもしれない。  
 
だが現実はそう甘くなかった。エミリアを求めるのはユイ自身の意志で、それはもう境界線を突破し、誰にも止められない処まで来ている。僅かな望みは呆気なく、塵の山のように崩れ去った。  
 
そしてナツメ。デスパイアの媚薬をマトモに浴びて、それでもなお短時間であるにせよ、再度立ち上がり戦って見せた。  
普通の天使ではこうは行かない。潜在能力には冗談抜きで目を見張るものがある。いや、その評価さえ近い将来、生易しいものだったと思える日が来るかもしれない。  
 
ただ―――――………。余りにも、彼女はエミリアに依存し過ぎている。  
それほど孤独な人間にも見えない。ああいうタイプはむしろ集団内部で受けがいいクチだ。友情に飢えているとも考えにくい。  
しかしその割には随分とウブだ。あのルックスでクラスの男から声は掛からないのだろうか。まさかレズビアン?いや、そこまで発展家でもなさそうだ。  
 
何にせよ、あの性格はおよそ戦い向きではない。優しくて、一途で、それでいて暴発しやすい。  
闘争の場に於いて一番最初に消えて行く人種だ。折角の才能もこれでは開花する前に虫に食われてしまう。経験を積まそうにも、その過程で簡単に命を落としてしまうだろう。  
 
昼間の評価は間違っていないようだ。やはり………戦わせるべきではないのかもしれない。  
 
「………………はァ」  
 
二度目の溜め息。  
 
エミリアは、まぁ、大丈夫だろう。本来は自分なんかよりよっぽど切れる女だ。釘は一本刺しておけば足りるし、次からは普段どおりの判断力と活躍を見せてくれるだろう。  
元来、ちょっと危ういと言うか思い詰めやすいタチだが、そこをフォローするのは自分の役目。だからこそマルーシャは年下の彼女を敢えて隊長として建てているのだ。それくらいで丁度いい。  
 
残ったのはやはり最大の問題。敵だ。  
 
デカイ。質量ではない。今まで見てきたヤツの中でも一、二を争う。  
細かい精査はこれからになるが、現行基準でSSランクはもう堅いだろう。下手をすればその更に上、SSSランクの新設を余儀なくされるかもしれない。なんでこんな大物がこんな所に。  
確かにこの雛菊市一帯の行方不明者は多い。だが、余り好ましくは無いが、もう若い女性の失踪は珍しくもなんとも無い。白昼、人前でいきなりデスパイアに襲われる時代なのだ。  
おおよそAランク程度のヤツの仕業だろうと踏んで現地入りしたワケだが、その見積もりは到着早々、大幅修正を余儀なくされた。  
ありふれた公園の池をふと覗き込んだら、いきなり人間より大きな巨大魚と目が合った。例えるならそんな感じだ。  
最上位がAランクだった時代が酷く懐かしい。  
 
一も二もなく増援を要請したいところだが………、今の時代、数は何よりも貴重。天使の台所はどこも火の車である。  
きっかけは他でも無い、ヒトと同数の染色体を持ったデスパイアの出現。進化の果てに、人間と交配可能になったバケモノたち。奴らの出現を期に、戦局は一気にデスパイア側へと傾いてしまった。  
津波のように押し寄せる敵の軍勢。今の自分達はまさに玉砕覚悟で孤島を守る兵士だ。  
人類と化け物の生存競争に於ける切り札であるエンジェル。その数は確実に減っていっている。  
 
(………嘆いてたって始まりゃしないか。といあえずは、ヤツとユイの関係だな)  
 
ユイの馬鹿が土俵際に追いやられるまで助太刀しなかった点から観るに、連中は共同戦線を張っている訳ではない。少なくとも現時点でこれは確定だ。  
お互いの目的達成の為に、都合の良い部分だけ利用しあう。まあ、デスパイア同士の関係としては至ってオーソドックスなものだ。  
むしろそうでないと困る。あの二人、いや二匹に束になって掛かられたのでは、今の倍の戦力があっても持ち堪えられない。  
となれば連中の関係が希薄な内にどちらか一方を、順当に行って幾らか格下であるユイの方を片付ける。これしかない。  
もっとも、他のデスパイアによる横槍も覚悟せねばなるまい。空前絶後のハードミッションだ。  
 
「あーあ、畜生。神様、仏様、お母様、貴方の愛しい御子たちは、今何気に大ピンチですよー………」  
 
遠くで犬が吠えている。住宅街からは新聞配達のバイクの音。朝靄の立ち込める街は東の山辺から射す陽光に照らされ紫色に染まりだした。  
坂の途中に放って来たケースに相棒<ブラチーノ>を寝かしつけると、マルーシャは新たな一日を迎えようとしている雛菊市の中へと溶け込んでいく。  
コート一枚無いだけだというのに、あれほど暑かった夏の風が酷く寒々しいものに感じられた。  
 
♯  
 
「ひ、ひゃぁぁぁぁぁぁあーーー………んっ!!!」  
 
ドームに反響する金切り声。むせ返るほどのセックスの香り。えび反りになった胸板の上で、ふたつの脂肪の塊が勢い良く跳ねる。存分に汗を吸ったYシャツが素肌にへばりつき、強調されるボディラインは恐ろしく艶かしい。  
 
「あ……、あ……、んはぁ………ッ」  
 
絶頂の硬直から開放された女体はゆっくりと力を抜き、先ほどまで無我夢中で振り回していた四肢をダラリと弛緩させた。  
真っ赤に腫れた陰部から引き抜かれる触手。一拍間を置いて、窮屈な膣に収まり切らなかった白濁液がゴプリと音を立て、泡ぶくと共に地面に垂れていった。  
 
「はァ…、はァ…、はァ………。クソっ、クソクソっ!ムカツク奴ら!ムカツクんだよホントにッ!!」  
 
ゴキゴキと骨格が組み立てられる音が止み、デスパイア・ユイはようやく少女の姿を取り戻した。  
怒りに任せて吐き出される言葉は余りにも語彙に乏しかったが、戦いの余熱に浮かされる彼女の頭ではそれ以上の単語が出てこない。  
狂った犬の如くギリギリと歯を噛み鳴らし、胸の奥に溜まったマグマを逆流させるように、二匹のお邪魔虫、灼熱天使と粉砕天使をひたすら呪い倒す。  
 
―――――ドチャリ。  
 
触手に保持され宙に浮いていた女体が放り捨てられる。十二人。人間の姿に戻るのに、これだけの女の魔力を要した。  
彼女の周囲にはヒステリーのままに剥かれて触手を挿入され、強烈な猛連続ピストン運動で絶頂を味あわされた年頃の娘たちが、折り重なるようにして倒れている。  
余韻で痙攣する四肢と微かに上下する腹部が、まだ辛うじて息がある事を証明していた。  
 
「いやはや全く、分別の無い女だ。後でケアする者の身にも少しはなって貰いたいものだね」  
 
「だったら、こうなる前に加勢して欲しかったわね。………ッたく。繁華街でナンパでもしてたの、アンタは?」  
 
助けられた恩も忘れ、ユイはこの植物園の主を横目で睨み飛ばす。視線の先の巨大植物は、触手に手足を縛られたまま自分の前に並べられ、必死にもがき続けている女性五人を眺めてご満悦の様子だ。  
ユイの視線など気にもかけていない。ナンパはあながち間違いでも無さそうだ。  
 
「―――――――――ちっ」  
 
自分が女漁りの帰路途中で、事のついでに拾われた事を悟り舌打ちするユイ。何はともあれ、命拾いした事だけは確かだ。  
 
「まったく、大したザマじゃないか。ついこの間、僕に向かって“足元すくわれても知らない”なんて言い放ったレディは一体全体どこの誰だい」  
 
「うるさいわね。御託並べなくたって、この借りは耳揃えて返してあげるわよ。あんた好みの女でね」  
 
天井から無数のツタが降りて来た。触手はユイに貸し出されて犯された女性たちの身体を包むと丁寧に起こし、ゆっくりと、その身を上空に持ち上げていく。  
半球状の天蓋には半裸で吊り下げられた無数の女性たち。誰一人例外なく、性器とお尻に触手をねじ込まれ、時折やってくる絶頂と白濁液の放出にエロティックな呻きを洩らしていた。  
ほどなくして、ユイに貪られた十二名もそれぞれ元あった場所に戻され、前後の穴に肉のツルがグチュっと音を立てながら没する。挿入の瞬間、完全に果ててヒクついていた身体が大きくビクンと跳ねた。  
 
(これだけ並べても満足しないなんて、とんだ大飯喰らいだこと。他が黙っちゃいないわね……)  
 
生贄たちの身体を包むのは、ボタンもベルトも尽く外され、胸元と局部を曝け出し、殆ど用を成していない衣服の数々。  
若者らしいカジュアルスタイルに何種類もの学生服。スーツ姿に水着姿。中には一体どれほど長い間犯され続けているのか、去年流行した冬物まで見られる。  
ブラウスや下着などはかなり黄ばんでいる者もいるが、その割に肌は随分と艶があり小奇麗だった。相当念入りに手入れをしているのだろう。  
みな揃いも揃って美女ばかりだ。自慢のコレクションは、ユイが前回訪れたときよりも明らかに数が増えている。  
 
「そう慌てる事は無い。キミのお陰で相手方の手札が揃うのを見ることができたんだ。もう少しくらい、ここでゆっくりして行き給えよ。お友達にやられた傷はクリスタルまで届いているんだろう?」  
 
「………………」  
 
やはり感付かれていたか。今のユイにとって肉体の再生は容易い事だ。だが、クリスタル本体に加えられた打撃ばかりは、そう簡単には癒せない。  
並の人間を相手にする分には支障は無いが、この状態でエンジェルと渡り合うのは幾らなんでも危険すぎる。マルーシャならば今晩からでも、目ぼしい場所をシラミ潰しにして探し回り出すだろう。  
匿って貰えるなら、甘えておくに越した事は無い。幸いここなら食事には困らないのだし、何よりこの植物園跡は強力な魔法障壁で視覚情報としての“存在感”を抑制されている。  
こちらからボロを出さない限り、エンジェルと言えどもそう易々と発見は出来ないはずだ。  
 
「嫌っ、嫌ァーーー………っ!!」  
 
「助けて!誰かっ!たす………ひィ!!」  
 
「や、やァ、ぬが……っ、脱がさないでぇーーー………ッ!!」  
 
打算に没頭しているユイの目先で、昨夜の収穫と思しき女たちが触手に弄ばれ始める。  
スーツの胸元がはだけて飛び出すブラジャー。腰の位置まで捲り上げられるタイトスカート。五人とも似たような服装だ。仕事帰りのOLの一団をまとめて捕獲してきたと言うワケか。  
 
「お、お願いっ!お願いですから見逃してください!!わ、わたし、付き合ってる人いるんですっ!!だから……ッ!!」  
 
自分達がこれから何をされるのかは既に理解している様子だ。  
まあ、仮にデスパイアに関する知識が何も無くたって、あからさまに男性器の形をしている触手の先端と、ここの天井を埋め尽くして行われている凌辱地獄とを見れば、自分がどうなるかぐらい馬鹿でも見当が付こうと言うものだ。  
 
(あらあら。あんなに泣き叫んじゃって。おかわいそーに)  
 
玉葱の皮を剥くようにしてブラジャーがズラされていく。  
その隣ではガーターからストッキングを吊るすストリングがプチリと外され、先端をフックのように曲げた触手がショーツを捕らえて引き摺り下ろしに掛かる。  
辛うじて手の自由の利く者は、必死になってその下着を掴み脱がされまいと抵抗するが、力の差は歴然。引っ張り合いは数秒と成り立たずに決着し、彼女たちのお気に入りの一枚は虚しくそれぞれの膝下へと連れ去られていく。  
暴かれた恥部を隠そうと、揃って脚を閉じる生贄五名。  
しかし、絶対的捕食者の前にそんな抵抗が功を奏すハズがなく、ほどなくして伸びて来た肉蔓によって彼女たちの膝は割られ、黒ツヤを放つ茂みとその下の突起、そして女体の神秘を司る秘裂が晒しものになる。  
耐えかねた一人がついに、ボロボロと大粒の涙を流して泣き始めた。  
 
(お馬鹿ねぇ。わざわざ相手が喜びそうなリアクション取っちゃって。無様だこと)  
 
ヒタリと、冷たいヌメリ気がクリトリスにあてがわれる。  
 
「――――――ひっ!?」  
 
「先輩っ!先輩っ!ひぁ……っ、先輩ぃぃぃぃい!!」  
 
「やだ……、わたしもうやだ……。ねぇ…、やだってばぁ……」  
 
ある者は固く目を閉じ、桃色の頬を腫らして声ひとつ洩らすまいとギュっと唇を結び、ある者は涙まみれの瞳を見開き、ガチガチと歯を鳴らしながら赦しを請う。  
各人は個性別の痴態をもって肉芽をこねくり回される責め苦に耐えていた。  
彼女たちの羞恥心を何よりも倍加させていたのは、自分達が数え切れないほどの視線の前で晒し者にされているという現実だ。  
先客としてこの楽園に囚われている女性たち。天蓋に吊るされ犯され続けている彼女達の眼差しは、自らが味わって来た凌辱地獄をこれから追体験する運命にある新入りたちへと注がれている。  
 
「お、お願い……見ないで……、見ないでぇ……っ!!」  
 
もっとも、長きに渡る凌辱生活のお陰で彼女たちは忘れてしまっている。かつては自分に向けられた哀れみの視線も、結局は生き地獄に拍車を掛けただけだったという事実を。  
意識して目を逸らしている者はごく僅か。気を失っているか、疲れ果て、眠っている娘が少数。  
結局、大多数の女性たちは、恥辱に歪んでいく五人の顔を、時折やってくる触手のストロークに合わせて腰を動かしながら、ただ観衆としてぼんやり眺めているのだ。  
 
「さて、少し早い気もするが何分客人の前だ。これぐらいでいいだろう。洗礼を始めようか」  
 
楽園の主の声を合図にして、クリトリスへの愛撫がピタリと止む。そして………。  
 
―――――――くちゅり。  
 
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!」  
 
「ダメぇ!それだけはっ、それだけは許してぇ……っ!!」  
 
しどしどに濡れて輝くクレバス入り口に、チューリップのように丸くてすぼんだ触手の先端が押し付けられた。  
口々に放たれる拒絶の語句とは裏腹に、その僅かな刺激だけで秘裂からは悦びの奔流が溢れ出し、内股を伝い落ちてはストッキングを湿らせ、その薄地の肌着を黒々と染め上げて輝かせている。  
僅か数分にも満たなかったクリトリスへの愛撫は、その小さな尖りに触手が帯びていた粘液を余すことなく塗りたくり、彼女たちの性感を完全に自らの支配下へと置いてしまったのだ。  
もはや抗う事が許されるのは首から上だけ。  
 
「恐がる事は無い。じきにその悲鳴も天上の聖歌に変わるというものだ」  
 
そう。変わってしまう。この肉棒を挿入されたら、自分達の人生は元に戻らなくなってしまう。  
だというのに………彼女たちのバルトリン腺は、まるでこの時を待ち侘びていたかのように、初恋の相手と結ばれる瞬間が訪れたかの如く、止まる処を知らず活性化し膣粘膜の摩擦係数を加速度的に低下させていく。  
もう―――――――身体は彼女たちを完全に見放していた。  
 
「嫌ァァァァア!!こんなの嫌ァァァァァア!!!」  
 
腐臭を放つ槍の穂が聖所中の聖所にゆっくりと沈み、緩んだ花弁の栓をクイっと開き始める。  
そして、…………非情の瞬間は訪れた。  
 
―――――――ぐちゅうぅぅぅ………。  
 
「ひ、ひ、ひぐぅ………っ!!」  
 
「い、いあぁぁぁぁぁあーーーーーーーーっ!!」  
 
「あ………あぁ……、あ、あ、あ…っ!」  
 
それまで思い思いの仕草で抵抗の意思を表示していた五人の行動が初めてシンクロした。  
挿入。最初の一突きで、亀頭部の膨らみは自らの八割以上の表面積を、早くも彼女たちの肉壷の中へと潜り込ませていた。  
四方から迫り来る狭苦しい肉の壁を、自らの体型と粘液に物を言わせてグイグイと這い進む生殖器官。獲物が腰を引いて逃げようとしても、そのリーチに制約など存在しない。  
 
(ふん。ご愁傷様)  
 
腕組みしながら傍観者に徹するユイの前で、生贄達は一様に背筋を弓のように反らし、狂ったように両脚をバタつかせている。勿論、そんな足掻きで胎内の侵入者に不都合が生じるハズなど無い。  
命を育む神の庭まで到達し、膣の完全制圧を完了した触手たちは、その鶏卵型の先端部をムクムクと膨らませる。  
秒単位で強くなる下腹の異物感。ほどなくして自分を取り囲む肉壁を限界まで押し広げた先端は膨張を終え、容赦ない伸縮運動を展開。自らの纏う液体をこれでもかと膣壁に擦り込んでいく。  
 
「ウソ……、こんなの…………ウソよ……」  
 
合体は完了した。昨夜捕らえられた五人の新入りたちは、化け物の身体を介して数十人、いや数百人の性奴隷たちと繋がり、哀れにも巨大な魔力回路の一端として組み込まれてしまったのだ。  
 
「さぁ、仕上げだ」  
 
放心したような顔の女性達をそれぞれ見遣り満足気な色をその顔に浮かべる楽園の主。  
自らの下半身から広がる触手の塊から更に数本の新手を放ち犠牲者たちの許へ走らせる。今度の狙いは臀部の窄まり。性感帯として未開拓のアナルだ。  
性器に潜り込んだ触手の蠕動に併せて振られるヒップの肉を掻き分けながら、乾いた生ゴムのように萎縮した排泄口にその嘴角をあてがう。  
 
「ひぃぃぃぃぃぃい!!」  
 
これから訪れる衝撃を予想して一人が悲鳴を上げる。他の女たちは腰を突き上げる触手の運動を逃がすので精一杯。欠片ほども気が付いていない様子だ。  
果たしてどちらが幸福だったのか、それを考えても仕方が無い。結局、辿る運命は同じなのだから。  
 
―――――――ぐにゅ。  
 
「えっ、あ!?えぇぇぇぇえっ!?」  
 
「ダ、駄目ぇ!そっちはそっちはァーーーーーーーーっ!!」  
 
―――――ぐぃ……ぐぃぐぃ………ぐちゅ。  
 
「いぎいぃぃぃぃぃいっ!?」  
 
お尻のドッキングも完了し、狂気の二穴責めは此処に完成。  
残すところひとつだった穴にありつき損ねた触手たちは仕方なく胸板を駆け上がる。つぼみ状にすぼんだ先端を開き、ある者は乳房へ、ある者は口腔へ。  
女の香りのする部位をひとつ残らず占領しに掛かる。  
 
「ひゃあ!お願い、もう、も―――――――ぶぐッ!?ん、ん、んんーーーーー!!」  
 
「ふむぅーーーー!ふむぅーーーーーーーッ!!」  
 
洗礼の名を借りたその行為は、正に完全なる蹂躙。  
暴かれたブラウスから躍り出た乳房には、先端が吸盤状になった触手が赤子のように吸い付き、愛液滴る太腿は剛直を咥え込む前後の穴をひけらかすように開かされる。  
その下の足首は降ろされたパンストないしパンティでもって拘束され、生贄たちの下半身は必然的に酷いガニ股となっていた。  
腕は背中あるいは頭上で縛り上げられ一切の抵抗を封じられている。口に挿し込まれ舌での奉仕を強要する肉棒は僅かな救いを求める叫びさえも許さない。  
 
「んぐ、んぐ、んぐぅ…………」  
 
頬を伝う幾筋もの涙。およそ女として生まれた身として最も見られたくない姿のまま、彼女たちの身体はユッサユッサと大きく上下に揺さぶられだす。ピストン運動が開始されたのだ。  
 
「ぬぐぅーーー!んぐ、んぐ、んんーーーーーー!!」  
 
涙に汗に唾液に鼻水。顔面か分泌可能な総ての液体を垂れ流し、声にならない悲鳴で行為の中止を訴える娘たち。  
その訴えをかき消すように、上下運動だけだった触手の突き上げに、今度は大きな楕円を描くグラインド運動が混じりだす。  
大きく、深く、猛り狂い、身体全体をダイナミックに揺るがす抽送は、途轍もない量の何物かを女の器に流し込もうとしているようだった。  
 
♯  
 
「お取り込み中、ちょっといいかしら?」  
 
「――――――――なんだい、蛇?」  
 
暫しその様子に見入っていたユイは、やがて待ち兼ねた様子で声を掛ける。全裸だと言うのに臆面も無く、腰に手を当てて彼女は口を挟んだ。  
 
「私の服、知らない?」  
 
「知るも何も、君自身が力を解放する時に脱ぎ捨てていたじゃないか」  
 
「……………」  
 
やはりそうだったか。  
 
「まぁ、どの道あの娘たちに手酷くやられて布切れ同然だったしね。今更惜しむ程の物でもないだろう」  
 
そのコメントにユイは憮然とした表情のまま黙り込む。  
 
――――――――違う。  
 
あれは三年前、エミリアを組み敷いて奪い取ったコスチューム。遠く離れた彼女との繋がりを唯一肌で感じさせてくれるマテリアルだったのだ。あの黒衣の前では聖骸衣さえそれこそ雑巾に等しい。  
 
(あのトンカチ娘め………。落とし前がもうひとつ増えたわね)  
 
顔半分をドス黒く歪め奥歯をギリっと鳴らす彼女の姿を、真紅の花は面白そうに眺めている。  
 
「いいわ………。ホテルに着替えと荷物取って来るから、適当なの一着貸して頂戴」  
 
返事の代わりにドサドサリと、天井から数組の衣服が落ちて来た。どれも手にとって良く見ると怪しい液体が大なり小なり付着していたが、この際贅沢は言わない。  
比較的まともな状態のジーンズとシャツを選び抜き、ユイは素早く身体を通す。  
 
「いらぬ忠告になる事を願って言うが、あまり遠出はしてくれるなよ。海のより深い僕の慈悲を以ってしても、流石に二度は助けられない」  
 
その台詞を最後まで聞きやらぬ内に、ユイの姿は植物園入り口のゲートへと消えていった。  
 
♯  
 
「………例の堕天使か。あの様子だと散歩のついでに二、三人は襲うだろうな」  
 
突如、低く重苦しい男の声が響き渡る。  
彼女が出て行くのを見計らったように、バサバサと大きな羽音を立てながら、一羽の大きなカラスが窓辺にやって来た。  
 
「レブナンか。君も見ていたのかい?」  
 
「……まァ、な」  
 
漆を塗りたくったかの如く見事な羽毛に、爛々と光る真紅の瞳。荘厳とした佇まいに纏ったどこか不吉で非生物的な気配。  
そう――――――。ナツメがユイに嬲られている最中、校庭のフェンスに止まって眺めていたカラスだ。  
 
「時にレブナン、君はどう思う?」  
 
「それは何を指す問いだ?」  
 
「無論、彼女と戦っていた天使たちさ」  
 
暫しの沈黙。ハイトーンな女の喘ぎ声だけが伽藍に響き渡る。そして……。  
 
「………貴様の首が獲れる器だとは思わん。が、早めに始末しておけ」  
 
やや間を置いて、レブナンと呼ばれたカラスは忠告とも取れる文言を紡いだ。  
 
「ほう?なかなか高く買っているご様子だね?」  
 
「少なくとも、貴様らの荘園のひとつやふたつは潰せるやもしれん」  
 
「気になる言い回しだね。貴様“ら”とは僕の他に一体誰を指すのやら」  
 
それまで余興半分に耳を傾けていた茨が眼を細めた。  
その龍の心拍を凍てつかせ、虎の心臓も握り潰すであろうその視線に曝されながらも、レブナンこと大ガラスは全く動じる気配を見せない。  
まるで生命活動が停止したかのように、それこそ無風下の風見鶏のように微動だにせず沈黙している。  
 
「伯爵夫人が南下している」  
 
ようやくして放たれたその一言。今度は茨の動きが止まった。  
 
「マダムが………?なるほど。それは良くない。良くない知らせだ」  
 
「奴は現在、田峰市の地下を移動中だ。貴様の領地に最接近するのも時間の問題だろう」  
 
「ふむ。なるほどね。奴の眷族と思しき肉塊がチラホラ出没しているようだったが、これで合点がいったよ」  
 
荘園の支配者は腕を組み、顎に手を当て思案に更ける。自分が現在進行形で犯している娘たちの事など既に眼中に無しの態だ。  
 
「ンむぅぅぅぅぅぅぅぅぅうう!!」  
 
「んくーーーーーーーーーーーッ!!」  
 
出口を塞がれた喉から一際長い悲鳴が反響してきた。カッと見開かれる瞳に反り返った背筋。絶頂だ。  
 
「むぅぅ………――――――んむ!?」  
 
脳天から爪先まで突き抜ける快楽が冷めやらぬ内に、挿し込まれた触手は硬直しビクビクと小刻みに震えだした。  
危機的な何かを察知し、大慌てで舌を使って口の中から押し出そうとするも、とても敵う相手ではない。そして……。  
 
「むぅ!?ふむうぅーーーッ!むふふぅーーーッ!むふ――――――…………ごぶッ!!?」  
 
くぐもった悲鳴に続く粘ついた破裂音が続いた。ほぼ同時に絶頂に至った二人が、膣に、直腸に、口腔に、洗礼完了の証である大量の白濁液を放出される。  
飲み干そうにも飲み干しきれず、搾り出そうにも搾り出せず、ゴボゴボという注入音と共にどんどん膨れ上がる異物感。三つの穴の中で同時に爆ぜた触手は、ありったけの精液を筋肉のポンプで奴隷の体内に注ぎ込もうとする。  
 
「ンぐ、ンぐ、ンぐ……。むぅ……ぅ、ぅ、………ぶはッ!!うゲホっ…、かっ、ゲホっ、ゲホっ――――――ぅあ………」  
 
食道の動きが追いつけず、内圧に耐え兼ねて頬が裂けるかと思ったその瞬間、ようやく訪れた開放。シャンパンの栓のように触手が口から飛び出し、彼女たちの気道はようやく新鮮な空気を取り込み肺の欲求を満たす。  
咳き込む唇から滝のように溢れ出した白濁液とヨダレのカクテルが、胸の谷間を垂れて、無駄肉の付いていないお腹の上を滑り落ちていった。  
 
「ン、ン、ン………。んんんーーーーーーーーーーー!!!」  
 
「ふむーーーーーーーーーンっ!!」  
 
続いて三人目が、少し遅れて四人目がオルガスムスを味わい精液の発破を掛けられる。飲み干すのを拒んだ一方が無様に鼻腔から白濁液を噴出。  
下半身のドッキングポイントから漏れで出た高粘度のスープが尻の肉を伝い落ち、膝下まで降ろされていたパンストの股間部に汚い水瓶を作った。  
 
「う、そ………。ねぇ、うそ……でしょ。うそだって……言って。ねぇ……誰か……」  
 
「あ…、あ…、な、中に…出され………。いや……、いやいやいやァ、嫌ァっ!!」  
 
犯さた。犯されてしまった。滴り落ちるの真っ白な証拠。  
 
「あつ……ぃ…。拭い、て……。綺麗に……し…」  
 
「先輩、私…大丈夫…ですから………、ねぇ……せん……ぱ………」  
 
絶望一色に染まった視線が自然と向かう先は、異物を埋め込まれたままゴボゴボと音を立てる自らの恥部。  
触手と大陰唇の間に生じた僅かな隙間を縫い、真っ白な汚泥が滴り落ちていく映像から、彼女たちは眼を逸らせずにいる。  
全力疾走後のように上気した顔のまま、粘液まみれの舌で虚ろに奏でられる言葉は、ある者は現実の再認識、またある者は現実逃避といった具合に趣旨を違えていた。  
 
「どうする?まさか自分の領地の娘たちがあの醜悪極まる脂肪の集合に孕まされていくのを、ただ指を咥えて見ている訳ではあるまい?」  
 
途切れ途切れに流れる娘たちのうわ言をBGMに、カラスは妖花に向かって問い質した。  
 
「ああ、勿論だ。勿論だとも。少し面白い事を思いついた」  
 
「………ほぅ。妙案か」  
 
ようやく沈黙を破る茨。その顔は何か新しい遊戯を思いついた児童のような、イタズラっぽい笑みが張り付いている。  
その様子に満足したのか、短いフレーズでこそあったが、今まで抑揚の見られなかったカラスの声に少しばかりの、しかし確かな喜色が見て取れた。  
 
「何はともあれ知らせてくれて有難う。お礼と言ってはなんだが何人か愛でていくかい?」  
 
「生憎、他人に股座を開いた女は食わぬ主義でな」  
 
「素晴らしい。やはり君は美食家だ。近頃に無く感動させられたよ」  
 
「そこでひとつ契約だ」  
 
真紅の瞳が妖しく輝く。  
 
「あの天使どもの三人目。灼熱天使には手を出さないで貰おうか」  
 
「ほう。なかなか興味深い提案だね。何やら深い根がありそうだ。事の顛末を知りたくなる」  
 
「私は貴様の好奇心を満たす為に生きているのではなくてな。話はそれだけだ」  
 
にべも無く会話を断ち切り、レブナンは全身の羽毛を逆立たせ大きな翼を広げる。そして二、三度背伸びするように羽ばたくと、不気味極まりない来訪者は窓枠の外へとその身を躍らせた。  
光の中を滑空していく一羽の黒点。その不吉な影は、やがて降り注ぐ朝陽の中で希釈され、空に溶け込むように見えなくなっていく。  
 
「ふむっ!ふむぅっ!ふむうぅーーーーーーーーーーー………ぐぶッ!?」  
 
その後姿を、最後の一人の絶頂と射精音が見送った。  
 
 

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