〜粉砕天使ナツメ 第四話 中編〜  
 
じきに時計の針は夕方の四時を刻もうとしている頃合。最も暑い時間帯は過ぎ去ったものの、未だ街角に人影は少ない。時折、日傘を差し買い物袋を下げた通行人とすれ違う程度だ。  
 
「……………ハァ」  
 
心持ち足早に靴の踵を繰り出しながらナツメは物思いに沈んでいた。  
彼女が足を運ぼうとしているのは、デスパイアによる暴行の被害に遭った女性達が収容されている中央病院の特別病棟。病室は完全個室で表札も掛かっておらず、スタッフの許可無しでは患者の家族でさえ立ち入らせて貰えない場所だ。  
時折、面会を終えた他の被害者の家族と廊下ですれ違う場合もあるが、その時の刺すような沈黙は他に例えようが無い。  
 
自分が守れなかったものを、天使が防げなかった悲劇を、どこまでも生々しく突きつけ糾弾するかのような静寂。快方に向かっているにも拘らず、ハルカの見舞いに行く足取りが近頃やたらと重く感じるのもこのせいなのだろう。  
 
ナツメは時に思う。あのような思いをする人を少しでも減らせるのなら。自分の罪悪感が少しでも和らぐなら。今すぐにでも、自分独りでも、全てのデスパイアと戦ったっていい。  
勿論、そんな考えが現実離れした危険な空絵事だといいうのは分かっている。自分や仲間さえも殺しかねない脆い心の隙間だという事も理解している。  
それでも、先ほどのように仲間と賑やかに昼食を摂る事が、今このように路肩を歩いている事が、ここ最近酷くもどかしくて仕方ないのだ。  
 
(ハァ………。エミィちゃんは最初の頃、どんな風に感じたんだろう……)  
 
もっとも、ナツメが彼女について知っている事といえば、これがまた悲しいくらい少ないのが現実である。  
欧州生まれのハーフであるという事と、イゾルデという姉がいる事。そしてユイとの因縁……。こうして数えてみると片手の指すら埋まらない。  
自分が彼女の内面にどこまで踏み込んでよいのかすらも見当が付かない。  
頼みの綱のマルーシャも飄々としていてどこか掴みどころの無い女性だ。あっけらかんとしている風に見えて、実のところ何をどこまで考えているのか全く読めない。困ったものだ……。  
 
(いけない、いけない!まだ始まったばかりじゃないの。ここで沈んでてどうするのよ。とりあえず今はハルカのとこに急がなくちゃ。婦長さん、面会時間には厳しいし―――――……あ!)  
 
はたとナツメは足を止める。  
病室の花瓶に挿し替える花を買い忘れていたのだ。花屋は丁度先程のそば屋から来る途中に一軒あったのだが、鬱々とした思考に浸っている間に通り過ぎてしまっていたのだ。  
 
「あーもー、えーっと。五時までにはまだ結構あるからー……。うん、戻っても間に合う!」  
 
腕時計との相談を手短に終えると、ナツメは踵を返し今来た道を引き返そうとする。と、その時―――――。  
 
「いやあーーーーーーーっ!!」  
 
「!!!」  
 
やかまし過ぎて風情の無いアブラゼミの歌を掻き消すように、甲高い悲鳴が住宅街に響き渡る。間違いない。この感触はデスパイア。それも近い。  
先ほどまでの迷いを決意の彼方に押しやり、ナツメは大急ぎで悲鳴の聴こえた路地へと駆けて行った。  
 
♯  
 
「やめ、やめてッ!や、嫌ァーーーーーーッ!!」  
 
「あっ……誰かたすっ、助け……あ、はぁーーーーーーーー!!」  
 
両端をブロック塀に覆われた住宅街のありふれた十字路。しかし、そこで繰り広げられている光景は、およそ道端でお目に掛かるハズの無い奇怪かつ淫らなものであった。  
 
「許して、許して、許し………ひぃぃぃぃい!!」  
 
買い物袋の散乱したアスファルトの上で組み敷かれているのは、若い主婦らしき二人の女。両名とも仰向けのまま、長めのスカートを豪快に捲くられて両脚をガニ股に開かされていた。  
下腹部を覆っていたショーツは太腿半ばまで降ろされて伸び切り、桃色の秘所には既に一本の肉の管が深々とその身を埋めてポンプ運動を始めている。  
ろれつの回らぬ舌で紡がれる哀願。テンポ良く上下するハリのある身体。自らを押し倒した巨大生物を何とか押し退けようと突き出された両腕にも、もはや力は入っていない。  
股間に潜り込んだ醜悪な器官が蠢くたびに、襲撃者の体から金色の粉末が振り飛ばされ、哀れな犠牲者達を苛ませる苦痛と恥辱は、歓喜と高揚に書き換えられていく。  
 
「ヒッ……やぁ、くぅあ、あ、あ、ふぬぅ…っ!」  
 
動く。腰が動く。犯されているというのに、辱められているというのに、彼女たちの下半身は自らの意思に反してゆったりと艶かしく波を打ち始める。  
寄せては返し、返してはまた寄せ……。真っ白なお尻の肉がアスファルトに当たる感触さえも気にならない。今まで誰との交わりでもここまで積極的にならなかった身体が、狂おしいほど疼き高ぶり自ら求め始めているのだ。  
押し寄せる官能の高波は、そんな身体の変化に対する戸惑いと恥じらいさえも飲み干し去ろうとしている。  
 
「ひやだ、変になる!変になるぅーーーーー!!」  
 
「もういい、もういい、もうい、い、い、あぁーーーーーーっ!!」  
 
ビートアップする上下運動と共に、じゅるじゅると何かを啜るような音が聞こえてくる。だが、既にこの世と地続きの別世界に遊んでいる彼女らの頭にそんな音は届いていない。  
とてつもない悦びが突き上げてくる正にその刹那、潤んだ瞳に残された僅かな理性は、一陣の風の如く突っ込んで来る純白の影を捉えていた。  
 
♯  
 
「………――――――――うっ!」  
 
走り出してから三つ目の角を曲がり、現場に到着した藤沢ナツメ、いや、クラッシャーエンジェルは思わずその場に立ち尽くしてしまった。  
一人は上品そうな黒髪の女。もう一人は茶髪のいかにもヤンママ風の女。ナツメより明らかに年上と思われる二名の女性は、二匹の巨大な蝶に六本の脚で組み敷かれている。  
衣類の暴かれた性器には既にデスパイアのストローがそれぞれ挿し込まれ、二人の犠牲者はまるで競い合うかのように仰向けで腰を振りまくっているのだ。  
溢れ出る愛液に濡れたアスファルトは黒々と輝き、雨上がりの匂いを辺りに振りまいている。路面に描かれた“一方通行”の標識が酷く皮肉っぽい。  
 
(なんてことを………!!)  
 
まだ日の高い住宅街の一角で堂々と繰り広げられる陵辱劇。下手をすれば、いやしなくても、被害者はこのアラレもない姿を誰かに見られてしまう。  
ナツメが周囲の家を見渡すと、シャッっという音共に慌ててカーテンが閉られていった。  
 
「ゆ、許せないッ!!」  
 
対デスパイア用スレッジハンマー<フロムヘヴン>を振りかざしナツメは突撃。猛り狂う魔力に運動エネルギーを加算した一撃が暴風と化してデスパイアを襲う。  
乱入者の姿をその複眼に捉えたワーカー・ゼフィルスは、紙一重の差で双翼をはためかせ断罪の鉄槌を回避。二匹はそれぞれ電信柱の天辺に陣取り天敵と対峙する。  
 
「大丈夫ですかっ!?しっかりしてください!!」  
 
巨大昆虫による凌辱からようやく開放された二人を抱き起こそうとするナツメ。しかし。  
 
「やだ……。やめないでぇ〜、ねぇ、ねぇ、ね〜ぇ〜……」  
 
「ふぁ…、ふぁ…、んくぅッ!!」  
 
犠牲者達は丸出しの局部を隠そうともせず、地べたに寝転がったまま一心不乱に自らの秘部を慰め続ける。その顔は恍惚一色に染まり果て、リミッターの外された秘裂からは水源のように愛液が湧き出していた。  
 
「………――――――くっ!」  
 
酷たらしいありさまから目を反らし立ち上がると、粉砕天使は頭上のデスパイアたちをキッと睨みつける。感情の伺えない巨大昆虫達は、目の前の天使に怯む訳でもなく威嚇する訳でもなく、その姿を舐め回す様に凝視していた。そして。  
 
――――――バサァ……。  
 
同時に羽ばたく二匹のワーカー・ゼフィルス。彼らの画一化されて思考は、眼下の少女を排除しなければ獲物を持って帰ること叶わぬと判断。本能の裁決に従い、敵生命体の駆逐に掛かる。  
 
(――――来る!!)  
 
真っ青な翼が唐突に羽ばたくのを止め、デスパイアはそのまま地面に吸い込まれるように頭から降下。自らの巨体を質量弾に変え、アスファルトに激突すれすれの高度で突進してきた。  
 
「……うぐッ!」  
 
横っ飛びで辛うじて直撃を回避したナツメを新幹線とすれ違ったような風圧が襲う。そして暴風に煽られ姿勢を崩したところに突っ込んで来る二匹目。  
何とか体勢を整え、スレッジハンマーの横薙ぎでそいつを仕留めようとしたが……。命中の瞬間、デスパイアは風に吹かれ舞う木の葉のようにヒラリと宙返り。ナツメの反撃は空振りに終わる。  
 
(うー……。こいつら凄い身軽……)  
 
家屋の屋根を足場にすれば頭上を取れない事も無い気がしたが、そんなもの相手が更に上昇してしまえば無意味。二本脚で地べたを這いずり回る人の身が恨めしい。  
 
(いけない、いけない!ここで負けたら後ろの人たちまで攫われちゃう。何とかして食い止めないと……!)  
 
ふぅ〜っと大きく深呼吸し、ジャキリと<フロムヘヴン>を構え直すクラッシャーエンジェル。陽炎の立ち込めるアスファルトの中央で、彼女は勇ましく仁王立になる。  
幸い敵の攻撃は体当たりと鱗粉だけだ。幾ら機動力に長けた飛行型と言えど、結局間合いを詰めなければならないのは一緒。すれ違う刹那に、体制を崩さず、極上の一撃を叩き込んでやればよい。  
つまりは度胸比べ。チキンレースだ。  
 
――――――バサァ……。  
 
上空を旋回していたデスパイアが一際大きく羽ばたくと、再び翅の運動を停止した。  
 
(――――来い!!)  
 
アクロバティックなループを描いた蒼い影は、傾き始めた太陽を背に、路面から数十センチの高度をミサイルのように滑空。そのまま一直線に、およそ百メートルほどの距離からナツメ目掛けて突進してくる。  
 
(もっと……、もっと引き付けてから……ッ!!)  
 
手の平の中、汗で滑りそうになるハンマーのグリップを握り締め、瞬きひとつせず敵の姿を睨みつけるナツメ。  
小さなシルエットに過ぎなかったデスパイアの巨体はみるみる内に近づき、いまやその醜悪な顔面が細部に至るまで見て取れる距離に。  
爛々と輝く赤い複眼に映ったナツメの姿がズンズン大きくなり、今まさに重なろうとしたその瞬間。  
 
「でやぁぁぁぁぁぁぁあーーーーーー!!」  
 
魔力を乗せて光り輝くスレッジハンマーが振り抜かれた。だが―――――………手応え無し。  
 
(外した!?)  
 
インパクトの瞬間またもや急上昇を掛けたデスパイアは上空へ悠々逃れ……。  
……いや。逃れようとしたところで、今までの悪事が祟ったのだろうか。大きな翼を電線に引っ掛けて高度を落としてしまった。  
 
(チャンス!!)  
 
すぐさま大地を蹴るナツメの爪先。装飾過多の衣装が重力に逆らい、翻ったフリルが空中に白い花を咲かす。  
 
「いっけぇぇぇぇぇえーーーーーーーっ!!」  
 
ムーンサルと共に全体重を乗せて振り降ろされるピンポイント攻撃、<トライアンファル・アーチ>。  
その一撃は防御姿勢をとったデスパイアの鉤爪を枯れ枝の如くへし折り胸部を粉砕。さらには貫通した衝撃が背中の外殻をも吹き飛ばし、ワーカー・ゼフィルスを急角度で大地に叩きつける。  
哀れデスパイアは胴体着陸した飛行機のように舗装の上をオーバーラン。緑色の血液を存分に撒き散らしながら三回バウンドし、数十メートル彼方でようやく停止した。  
路面との摩擦で焦げた肉から漂うバーベキューの香り。無論、即死である。  
 
「やったァ!!」  
 
原形を留めぬ肉塊へと変わり果てた敵を遠くに望み勝ち誇るナツメ。その天真爛漫な笑顔に、残されたデスパイアがたじろぐ。だが……。  
 
「よーし、あと一匹!………って、あれ!?」  
 
禍福は糾える縄の如し。威勢良く意気込んで見せたナツメの頭上にもう二つ、蒼く巨大な敵影が出現したのだ。  
 
(ぞ、増援っ!?)  
 
一匹減らして二匹増えて、差し引きプラス一。逆転に次ぐ逆転で、形勢はまたもやデスパイア側に傾いてしまった。  
それだけではない。一対三ではボヤボヤしてると本格的に囲まれてしまう。いつもなら多勢で包囲する側のエンジェルが、事もあろうにデスパイアの檻に閉じ込められてしまうのだ。  
加えてマズイい事に、襲われた一般人を庇っているこの状況下では、一旦退いて仕切りなおすワケにも行かない。  
 
(これって何気にすっごいピンチかも……)  
 
ナツメを囲むようにして上空をグルグル旋回する三匹。その輪は徐々に縮まり始めている。静かなる圧力に思わず一歩後ずさりしかけるものの、片足を何とか叱咤し踏み止まるナツメ。  
そんな彼女の様子を嘲笑うかのように、三匹は見事なシンクロで急降下の構えを取る。だが………!  
 
ズダァァァァァァァァ……………ン………。  
 
轟音。そして空中爆発。  
巨大な何かにぶち抜かれたデスパイアの腹部が跡形も無く爆散し、形容不能になった各パーツが家屋の壁に降り注ぐ。  
とっくに生命活動を停止したデスパイアの上半身が、どちゃりとブロック塀の上に落下した。そして……!  
 
――――――――ザシュ。  
 
生命の危機を察知し、上空に逃れようとした一匹の胸部を、蒼白く輝く光の矢が貫く。  
一撃で急所を射抜かれたゼフィルスは既にその瞳に生気を宿さず、まるでピンを刺された昆虫標本のように手足をちぢ込めて舗装の上に転がった。  
 
「ちわーす。天使屋でーす。ご注文の神罰を100ダースお届けに上がりましたァ〜」  
 
「マルーシャさん!エミィちゃん!!」  
 
「どうやら間に合ったみたいね」  
 
巨大な銃身を軽々担ぎながら駆け寄ってくるマルーシャ。ジャキリと<ブラチーノ>のボルトが引かれ、栄養ドリンクのビンほどもある巨大な空薬莢が吐き出される。  
その傍らに音も無く着地する黒い影。エミリアだ。  
 
「おーいナッちゃん。携帯の電源入ってンのになんで出ないんだよー?」  
 
「え、あ、いや……。戦闘中だったから気が付かなくって」  
 
戦況はまたもや逆転。あっと言う間に同胞二匹を葬られた最後のワーカー・ゼフィルスは、百八十度回頭して高度を稼ぎ、戦闘領域からの離脱を試みる。  
 
「逃がさないんだからっ!!」  
 
「あッ!ちょっと、こら、ナツメ!?」  
 
エミリアの静止も耳に届かず、<フロムヘヴン>を振りかざしたナツメは電信柱を足場代わりに蹴って再び飛翔。そして。  
 
「ええーーーーーいッ!!」  
 
迫り来る背後からの殺気を感知し振り向いたその瞬間、デスパイアは頭部を跡形も無く削ぎ飛ばされ、残った胴体が空中でトリプルアクセルを踏みながら賃貸駐車場へと墜落していった。  
 
♯  
 
「やったあ。命中!!」  
 
「何が“やったあ”よ。このお馬鹿!!」  
 
「え、エミィちゃん……あ、痛っ、いたいいたいいたたたた!!」  
 
着地してガッツポーズを決め込むなり、柔らかそうなナツメの頬が、エミリアの指によってギュ〜っと引っ張られる。  
 
「へ、ヘミィひゃん!?ひたいってば!な、なにふんのよもぉ〜っ!?」  
 
「尾行して巣穴を突き止める、ってさっき言ったばかりでしょ!何聞いてたのよスカタン!!」  
 
「……………あ」  
 
すっかり失念していた。そしてエミリアたちが何故三匹とも撃ち落さなかったのかも理解できた。  
慌てて自分が落っことした最後の一匹を振り返るが覆水は盆に帰らず。不埒な巨大昆虫はもう何だか良く判らない挽肉状の物体に変わり果て溶け始めている。  
 
「あー……ほ、ほのー………。ごめんなはい」  
 
「もうっ!」  
 
短くも荒い溜め息をつくとエミリアはナツメの頬っぺたを解放。シュンとしょげ返った新米天使は申し訳無さそうに上目遣いのまま赤くなった顔を撫でていた。  
 
「まァ、そう熱くなりなさんなって。一応ホラ、要救護者もいたんだしさ、どの道今から追跡じゃ距離によっちゃ陽が暮れたかも分からんし。今回は全員無傷って事で結果オーライにしようや。な?」  
 
「マルーまでそんな事言い出す………。仕方ないわね、もぅ」  
 
古い友に合理的に宥められ、肩を怒らせたままツカツカ歩いて行くエミリア。襲われていた二名を手当てするようだ。おっかなそうに肩を竦めながらマルーシャもその後に続く。  
 
「むー。なんか微妙につねられ損ー…」  
 
少々納得いかない空気を味わいながらも、ナツメは後を追おうとした。しかし……。  
振り返れば勝利の後で注意力が散漫になっていたのだろうか。思い掛けない不幸がここでナツメを襲った。  
 
ヒュゥ――――――――ッ。  
 
音も無く大気を切り裂き背後から接近する蒼い影。………そして次の瞬間。  
 
「え、あ、――――――――きゃあッ!?」  
 
背中から何かに突き飛ばされたような衝撃を受け、思わずナツメは声を張り上げた。  
 
「ナツメ!!!」  
 
「ナッちゃん!!!」  
 
驚いて振り向いた先輩天使ふたりの声が見事にハモる。だが、彼女たちの視界には既にナツメの姿は無い。粉砕天使は彼女たちの遥か頭上、一匹のワーカー・ゼフィルスに抱えられ大空を舞っている。  
遅れてやって来た五匹目のデスパイアが、魚を攫う水鳥のように華麗な挙動で、路上にいたナツメを見事に捕獲してしまったのだ。  
 
「や、やだ!ちょっと、放してよ!こらってばァ!!」  
 
背中からガッチリその身をホールドされたナツメが<フロムヘヴン>をブンブン振り回して抵抗する。しかしこの体勢では中々思うように当たらない。そして……。  
 
「ああーん、もう!エミィちゃん、マルーシャさん、こいつ撃ち落と……し………、って……!?」  
 
まずい事に、助けを求めた彼女は下を見てしまった。見てしまったのだ。  
 
「……………」  
 
高い。高圧電線が遥か下界に起立していて、自動車が米粒くらいで、二人の仲間に至ってはそれこそゴマ粒くらいで……。  
 
「――――――はふん……」  
 
そこまで確かめたところで、哀れナツメの意識は雲の彼方に飛んでいってしまった。  
 
♯  
 
「あーあーあー……。ナッちゃんの天然ボケ炸裂だよ」  
 
「マルー!撃ち落して!!」  
 
「無茶言うない。ンなことしたらあの子も巻き添えだっての」  
 
右手で逆光を遮りながら、遥か彼方にナツメの姿を仰ぎ見つつマルーシャが嘆いた。一方のエミリアはというと、彼女は随分とまた切羽詰った形相だ。  
 
「おーい、ナッちゃん聞こえるかーっ!?空中散歩をお楽しみのとこ悪いンだけど、そろそろそいつ、トンカチでボカーンって殴っちゃいなよ。下でアタシらが受け止めてやるからさー、遠慮無くいっちゃっていーよー!!」  
 
両手をメガホン代わりにしてナツメに伝達するマルーシャ。しかし返事は無い。  
どうした事か。この距離ならまだ届いている筈なのだが………。  
 
「無理よ。多分聞こえて無いわ」  
 
「なんでさ?」  
 
首を傾げる灼熱天使の傍らで、葬送天使は苦虫を噛み潰すような顔で呟いた。  
 
「あの子、高所恐怖症よ」  
 
「え、あ、……――――なんですと!?」  
 
それまで余裕の構えだったマルーシャの麗貌がドーンと崩れる。  
 
「きっともう完全に伸びちゃってるわ」  
 
「な、なんつーベタなオチを………」  
 
金髪娘は呆れ返りながら並行して状況のマズさ理解する。このまま行けば、ナツメの行く先は連中の巣穴だ。彼女ほどの魔力を持った娘となれば、当然果汁を吸われるだけでは済まされない。  
 
「とにかくエミィ!見失ったらアウトだ。今すぐ追っかけてって、奴が降りる場所を――――…って、え?」  
 
ヒュルルルルルルルルル………。何かが空気を垂直に裂きながら落下してくる。マルーシャが再び天を仰いだその瞬間、彼女の身体は本能的に危険を察知し、踵で地を蹴り飛び退る。そしてその挙動に一拍遅れて……。  
 
ドッ…ゴォォォォォォォォォォォオン!!!  
 
天から降ってきた物体が轟音と共にアスファルトへと突き刺さった。  
 
「あ、ああ、危ねぇっ!!もっ、モノ落とすってレベルじゃねーぞ!!」  
 
ナツメの<フロムヘヴン>である。気を失った際に手からスッポ抜けて落っこちたのだ。  
異形の存在を一撃で滅殺する凶器は路面の舗装を粉々に砕き、マンホールの蓋をメンコのように引っ繰り返し、三秒前までマルーシャが立っていた場所に見事なクレーターを作り上げていた。  
引き剥がされたアスファルトの下からは、もう長いこと雨水を吸っていない表土が露出し、もうもうと土煙を立ち昇らせている。  
 
「ナツメの武器よ」  
 
「いや、見りゃ分かりますから。ってかこんなん直撃したらピカソのゲルニカじゃ済まねぇっての。あ〜、怖っ」  
 
巻き添え食らい破裂した水道管から噴出する水のアーチ。尻餅をついたままのマルーシャは心底肝を冷やし胸を撫で下ろす。  
いや、のんびりしている場合ではない。今ので初動が遅れてしまった。降り注ぐ水滴と虹の向こうでは、既にナツメを抱えたデスパイアの姿が米粒のような大きさになっている。  
 
「畜生。今から追っ掛けて間に合うか………!?どうするエミィ?」  
 
置き上がって埃を払いながら、灼熱天使は奥歯をギリっと噛んだ。  
距離が開けば魔法によるサーチも当然効かなくなる。おまけに陽が傾けば強烈な西陽に遮られ目視で追うのも難しくなるだろう。一度見失ってしまえばそれきり。巣穴を付き止るには次の遭遇を待たなければならない。  
当然ナツメは………終わりである。  
 
「オイ、聴いてンのかよエミィ………、ってナンだそれ?」  
 
無反応なエミリアの方を振り返ってみれば……。  
一番大騒ぎしそうな戦友は、一体どこから取り出したのか、ジャンクパーツの寄せ集めと思しき謎のモニターを地べたに広げ、そこに表示されている赤い点滅に見入っている。  
 
「おいエミィ………。まさかとは思うがソイツは………」  
 
「発信機よ」  
 
さらっと答えるエミリア女史。  
 
「げ。やっぱり」  
 
「正確にはそれの受信装置ね。ナツメが何処に居るのか把握しておけるように、あの子の家のクローゼットにあった服には内緒で全部仕込んであるわ」  
 
マルーシャの方を見向きもせずにすらすら解説しながら、エミリアはカチカチとキーをクリックする。  
喪服を思わせる控え目で神秘的な出で立ちと、混沌とした電子機器の塊の組み合わせがこの上なくシュールだ。しかもここは路上。センターラインの真上。  
 
「いやでも、それってマズいっしょ!?いくら同性とは言え年頃の女の子の私生活にまでそんな…、ってかそれ、あからさま日本の法律上アウトじゃん?」  
 
「大丈夫。手段は結果で正当化されるわ」  
 
過激派の跳ね返り分子が口にしそうな台詞を、綺麗な唇はこれまたけろりと言い放った。  
 
「……リ、リアル犯罪者。恐るべきプライベート蹂躙行為……。エミィ、アンタってそーゆー事する奴だったんだ…」  
 
「あーもー、うるさいわね。それを言ったらマルーの大砲だって立派な銃刀法違反よ?」  
 
ようやくモニターから顔を上げたエミリアが、マルーシャの担ぐ対戦車ライフルをビシリと指す。  
 
「む、心外な。<ブラチーノ>はアタシの生活必需品。魔法なんてオカルトめいたモノよりよっぽど頼りになりますよーだ。戦艦並みのビーム砲が天使の標準装備になってから吠え面掻くなよロートルども」  
 
「何言ってるの。それロッド代わりしてドカドカ魔法発動させるクセに」  
 
「気にすンな。細かいこと言いだしたら地球も回りませんよ。お嬢さん」  
 
「分かればよろしい。さ、ナツメを追うわよ!」  
 
「あ……。なんか丸め込まれた」  
 
早くも走り出しているエミリアの背中を、頼もしくもアンニュイな気分に浸りながらマルーシャは追いかけた。  
………自分のコートに何か仕込まれていないか確かめながら。  
 
♯  
 
あ、……あぁ……っ。  
 
(う――――――、うぅん……)  
 
ひやっ……、あ……やめぇ………。  
 
(あれ……。ここは……?)  
 
目蓋がゆっくりと開くにつれ、ダウンライトを灯した寝室のような薄明かりが滲んでくる。覚醒したばかりの脳に飛び込んでくる視覚情報は全てがボヤけており、自分の置かれている状況がいまひとつ掴めない。  
確か…、ハルカの見舞いに行く途中でデスパイアと遭遇戦になり、エミリアたちの加勢もあって何匹かを仕留め、その後……。  
 
「嫌ぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」  
 
「……ひっ!?」  
 
鼓膜を切り裂かれそうな女性の悲鳴。ナツメの視界に掛かっていた靄は一瞬にして消し飛び、目の前で繰り広げられている地獄絵図が鮮明な映像となる。  
 
「嫌、嫌、嫌、いやいやいやァーーーーーー……、ひぎっ!?」  
 
天井に張り付いた数メートルの長大な白い物体。飛び出た腸のようにブヨブヨした何かが盛んに蠢き脈打っている。  
その根元に乗っかっている昆虫型デスパイアの上半身を見つけたとき、初めてナツメはそれが肥大化した化け物の腹部である事を理解した。  
間違いない。これがエミリアの言っていたゼフィルス・クィーンだ。今や用を為さなくなった青い翅はクシャクシャにちぢれ、六本の脚も足場に届かず、自力では動けない事を物語っている。シロアリの女王とはよく言ったものだ。  
 
「あ…、あぁ……、いぃぃ、ひぃーーーーーー!!」  
 
先程から響いている悲鳴の音源は丁度ナツメと同い年くらいの少女。紺色の競泳水着にその身を包んだ彼女は、クィーンの尻に当たると思われる部位から伸びる触手に絡め取られ宙に浮いている。、  
両脚はMの字に開かされ、更に一際太くて半透明の触手が水着の股間部をぐいと脇に押し退け、彼女の秘部に頭から没しているのだ。  
 
そして……デスパイアの巨大な腹部の伸び縮みに合わせて、管の中を行儀良く並んで進みゆくクリーム色の球体。丁度、先刻食べた白玉団子くらいの大きさのそれは…。  
 
(ま……まさか………っ!?)  
 
ナツメは青ざめ周囲を見渡す。そこは奥行きのある洞窟のような空間。その至るところに、ネバついた糸のような物で拘束されている少女達。年はいずれもナツメとそう変わらない。  
ある者はズボンごとパンツを降ろされ、またある者はスカートを腹まで捲くられ、彼女たちは一人残らず局部を曝け出されていた。  
そして………、少女達のお腹はみな揃って膨張し、時折中に潜んでいる“何か”の動きに合わせてモゾモゾ内側から脈動していたのだ。  
 
(たっ――――――、卵!?)  
 
そう。今ナツメの目の前で、少女の子宮に流し込まれているモノは、紛れも無くデスパイアの卵。そして他の少女たちはデスパイアの幼虫を宿した苗床なのだ。  
いや、天井を埋め尽くすようにぶら下がり羽を休めているワーカー・ゼフィルスの数からすれば、既に出産を終え、二度目の種付けを敢行された者もいるのかも知れない。  
ぐったりと気を失っている娘が大半を占め、残りは口ぽかんと開けヨダレを垂らしながら虚空を見つめている者。他には――――――。  
 
(………あ…)  
 
パンパンに腫れた自分のお腹を眺め、ハラハラと涙を流していたポニーテールの少女と目が合ってしまった。彼女は慌てて顔を逸らし、ナツメに無言のメッセージを送って来る。見ないで……、と。  
洞窟内に時折こだまする複数の嗚咽から、不幸にも正気のまま産卵床にされている娘達も存在している事が伺える。  
 
「ああーーーーーーっ!!……は、…はァ、………あぐ…ぅ…」  
 
デスパイアの女王は、自らの腹を捻るようにして産卵管の中に停滞していた最後のひとつを送り込むと、ようやく競泳水着の少女を解放した。  
ずぼっという湿った音と共に産卵管が引き抜かれ、粘液の上に投げ出された彼女は、両目をカッと見開いたまま細かく痙攣を繰り返し、わらわらと集まって来たワーカー・ゼフィルスによって、洞窟内に張り巡らされた糸に絡み付けられていった。  
 
「そ……そんな………」  
 
ショックの余り目を逸らす事もできず、蒼白い顔のまま引きつるナツメ。恐れと怒りが目まぐるしく優先順位を入れ替えながら、彼女の頭の中を代わる代わる駆け巡る。  
どうする?どうすればいい?反転攻勢に出るにも此処は敵地のど真ン中。何をするにせよ、まずは自身の身の安全を確保しなければ始まらない。しかし…。  
 
「……えっ!?」  
 
ここに至ってようやくナツメは気が付いた。今の自分は半袖のTシャツにジーパン姿。そう。気を失っている間に変身が解けてしまっていたのだ。  
両手は頭上に組まされたまま糸状の粘体でもって戒められ、一撃必殺の破壊力を宿した相棒もそこに無かった。いや、そもそもそれ以前にこうも見事に縛られていたのでは変身すら儘ならない。  
 
「なっ!?………こ、このっ!!」  
 
か細い手首に力を込め、必死に拘束の解除を試みるがびくともしない。ナツメが暴れる度にギシギシという歪な音が、少女達のむせび泣き混じって洞窟内に響く。  
 
(くぅ…!ダメ、外れない……!!)  
 
当然だ。獲物に逃げられるようなヤワな手錠は手錠の内に入らない。無駄な足掻きを続ける少女の吐息と衣擦れは大きくなる一方。その様子を眺めている、この空間の主の存在にも気づかずに……。  
 
……ずるり。  
 
(―――――え?)  
 
重量のある湿った物体が運動する不吉な響き。汚らしい拘束具を相手に奮闘していたナツメが顔を上げるとそこには―――。  
 
(―――――っ!!)  
 
細い気道を通過する悲鳴は声にならなかった。震える瞳が捉えたものは、天井に張り付いた腹部から上体だけ持ち上げてこちらを見ているクィーンの姿。  
爛々と輝く一対の巨大な複眼は、恐怖の余り凍りつくナツメの姿を爪先から体の芯を抜け毛先に至るまで視線で以って舐め回し、メリハリの利いたその肢体を品定めする。そして遂に…。  
 
………ずちゅり、と。行動が開始される。  
 
「や、やだ!来ないで!!」  
 
誰もが発するありきたりな台詞を搾り出し拒絶の意思を表明するナツメ。そんな様子を露ほども気にかけず、ゼフィルス・クィーンの肥大した腹部から数本の細い触手が伸びて来た。  
太さは丁度、ピアノ線の一番太いヤツぐらいだろうか。先端は角質化し鉤爪のような形状をなしている。  
 
「―――――ひっ!!」  
 
まるでアサガオのツルが伸びる映像を高速再生するかのように、細っこい触手の群れは手探りで辺りの様子を窺いながら這い進み、遂にナツメの足元までやって来た。  
するとどうした事だろうか。獲物を探り当てた触手共はそれまでの曖昧な挙動が嘘であるかのよう勢いづき、流れるような動作でナツメの脚を螺旋状に登って来る。更に……。  
 
カチャ。  
 
「………なっ!?」  
 
カチャ、カチャカチャ。  
 
(う、嘘でしょ!?)  
 
驚いた事に、触手たちは器用にもベルトのバックルを外し始めたのだ。産卵管の差し込み口である女性器を曝け出させる術を、彼らはその都度学習する能力があったのだ。  
振り払う暇も無くカチャリという音と共に留め金具を外されベルトの締め付けが緩む。幾分楽になった腹部に戸惑う間も与えられずに、今度はジーっと音を立てジッパーが下ろされた。  
 
(な、なんとかしないと、なんとかしないと、このままじゃ………!)  
 
窮地を脱しようと回転数を上げる頭も、この状況から逃れる妙案を提示する事はできない。  
そんなナツメを嘲笑うかのように、武装解除された彼女のジーンズはズルズルとデスパイアに引っ張られ、真っ白な脚を滑り落ちていく。  
その下から露になったのは、脚美線に負けじと白いサイドリボン型のショーツ。いわゆる紐パンツである。  
 
「……くっ、くぅぅぅう!!」  
 
ソフトジーンズを膝下まで降ろし終えると、細い肉蔓共はシルクで編まれた頼りない砦を攻略するため下着の前へと集まって来る。  
ナツメは僅かに自由の利く下半身を必死に捩り、盲滅法に腰を動かし、マトを絞らせないようにと懸命に足掻いた。だが、そんなささやかな抵抗も無視して触手は一閃。  
先端の爪に引っ掛けられた右サイドのリボンはしゅるっと解かれ、間髪入れずに引っ張られた左側も同様に結びを解かれる。慌てて脚を閉じ太腿で挟もうとしたが時既に遅し。  
純白の下着は着用者の温もりを残したままジーンズの中へと落下していった。  
 
「い、いや……。いやよこんなの……」  
 
ショーツの圧迫から開放された真っ黒な茂みが、わた飴のように膨らみを取り戻す。同時に冷涼湿潤な洞窟の空気が丸出しの股間を撫でた。  
ズボンに巻きついた触手がぐいっとナツメの足を天井に向けて持ち上げ、彼女の体を“く”の字に折り曲げる。  
ゼフィルス・クィーンの真正面に曝される桃色の秘裂。フルフルと頭を左右に振りながら、受け入れがたい恥辱と現実の前にナツメは打ちひしがれた。  
 
ずず……、ずぶずずずずず………。  
 
そんな彼女の下半身に狙いを定めて、ひときわ太い半透明の触手がやってくる。その中には窮屈そうに押し込められた乳白色の球体が。今更解説するまでも無いだろう。産卵管だ。  
 
「エミィちゃんっ!!マルーシャさぁーーーんっ!!」  
 
ひょっとすれば近くにいるかもしれない仲間の名を、ありったけの声量で叫んでみる。分かってはいたが無駄だった。巣穴の中でエコーした呼び声に、何匹かのワーカー・ゼフィルスと、何人かのお腹を膨らませた少女が振り向いただけ。  
 
―――――ぺたり。  
 
「ひっ!!」  
 
堅く閉じられたナツメの秘口に産卵管の先端があてがわれる。  
怒張した男性器の形状その物の生殖器官は、小さな門をすぐには貫こうとせず、その入り口を上下になぞりながら往復し、潤滑剤を兼ねた粘液を丹念に塗りこんで下地を整える。  
なにせ自分の大切な子供達を育む腹である。クィーンは彼女たちの身体を大変丁重に扱うものなのだ。  
 
「嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌ァ………っ!!」  
 
平常心はとうの昔に何処かへ飛んでいってしまった。狂ったように同じ単語を発するナツメ。  
連呼される拒絶の意思表示とは裏腹に、彼女の弄ばれている部分はジワジワと濡れ輝き、閉じられていた肉色の貝殻は徐々に貝柱を緩め、目の前の異物へ祈りを捧げるが如くヒクつき始めている。  
 
………くちゅ。  
 
「…や、やだ!!誰かっ、誰かァーーーーーっ!!!」  
 
これぐらいでいいだろう。矢じり状に膨らんだ一物の突端が左右に身を捩り、二分咲きの花のつぼみを押し広げた。  
自分が天使である事も忘れ、ナツメは見栄も外聞も無く助けを求める。無駄な事だ。今この魔窟に囚われている人間で、女王と未だ交わっていない者は彼女だけ。  
他の物たちはもう身動き一つとれない。自分がその身に受けた悪魔の儀式を追体験する同性の姿を、彼女たちはただ眺めている事しか出来ないのだ。  
そしてその最後の一人も遂に―――――。  
 
ぐちゅうぅぅぅ………ぅ。  
 
「嫌ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」  
 
不浄の槍で、その身を貫かれた。  
 
♯  
 
ごしゃッ!!  
 
ありったけの脚力で蹴られた瓦が音を立てて陥没する。川の流れに点在する飛び石のように、住宅の屋根を足場代わりにして、二人の天使は陽の傾き始めた雛菊市の上を駆け巡っていた。  
魔力で限界まで強化された脚力は、跳躍の度に足場となった屋根を傷めていたが、そんな被害も今の彼女たちには些末な事象である。  
 
「どうだエミィッ、捉まえたか!?」  
 
「………………」  
 
大声で小学校の給水塔の上から呼びかけるマルーシャ。時を同じくして数十メートル彼方の高圧鉄塔に着地したエミリアは返事をしない。二人の顔には明らかな焦りの色が見て取れた。  
理由は他でも無い。エミリアお手製の“ナツメレーダー”上から、発信機の反応が消えたのである。それはナツメが電波の届かないところ、つまり奴らの巣に搬送された事を意味する。  
 
「くそッ!」  
 
これまでの人生で数えるほども吐いていない下品な悪態をつきながら周囲を見渡すエミリア。隠せぬ苛立ちを理性の重石で抑え込みながら、眼前に広がる景色の中に敵の巣穴となり得るポイントを見出そうとする。  
廃ビルにコンビナート。鍾乳洞に地下駐車場。ゼフィルス型が今まで巣穴に使ってきたような建造物は、残念ながら見当たらない。  
ナツメの反応はこの辺りで途絶えた。どう大きく見積もっても、敵の本拠地は半径二、三百メートル以内にあるハズなのだが。  
 
「畜生。やっぱ地元の人間が攫われちまったのは何気に痛いな……」  
 
マルーシャの言うとおりだ。ナツメなら何かしら心当たりがあったかもしれない。残されたのが土地勘の無い異邦人コンビというのがネックになった。  
かくなる上は、この近辺の建物の中から現在人の手が入っていないと思しき物を、手当たり次第当たってみるしかない。つまりローラーシフト作戦だ。  
本来ならば最期の手段であるべき策だ。なにせ二人で決行するとなれば、終わる頃には確実に日付が変わっているだろう。  
おまけに巣穴を突き止めても、もう一方が駆けつけるまでの間、発見者は単独で化け物の大軍を抑え込まなければならない。実に悪い事尽くめだ。しかしもう贅沢は言っていられない。  
 
(………ナツメ………)  
 
作戦練り直しの為にマルーシャを呼び戻そうとしたその時だった。  
 
「おーーーい、エミィーーー!!」  
 
「!」  
 
「ちょっと来て見ろやーい。なんか面白いモンみっけたぞーーー!!」  
 
校舎の裏手、広葉樹に覆われた小高い丘陵の麓からマルーシャの声が上がった。  
 
♯  
 
ぐちゅ……くちゅ、くちゅ、くちゅぅ………ずちゅ。  
 
「い、いやァ!ひ、ひぁう!!やめっ、やめてぇ………!!」  
 
同刻。クラッシャーエンジェルから只の少女ナツメに戻っていた娘は、凌辱地獄の二合目に差し掛かっていた。  
ゼラチン状の球体を満載したグロテスクな激昂物は、その身をあたかもミミズのように伸縮させ、膣という名の肉洞を奥へ奥へと這い進んで行く。  
Lの字に曲がっていた背筋を真逆に反らし、ブリッジの姿勢でもがき苦しむナツメ。  
以前バケモノに犯された時の様な、自らを支え律する強い使命感は今回は無かった。あの時、必死の思いで助け出そうとした友は今ここにいない。  
故に、彼女の思考を満たしているのは純粋なる恐怖。魔物の生殖器で辱められ、彼らの卵を宿す事への混じり気無い怖れである。  
 
「ひゃぁーーーーーッ!!」  
 
自らの纏う粘液の衣と少女の膣内分泌物で摩擦を殺し、進むにつれ狭まる道幅を強引に押し広げ、クィーンの産卵管は最奥部の神殿入り口へと到達。  
これから産み落とす胚の卵割を促すホルモンを、とろとろとナツメの胎内に注ぎ込む。副次作用として幾ばくかの催淫効果を含んだこの液体は、卵が子宮頚を通過する際の痛みを気休め程度ではあるが弛緩するのだ。  
 
ぴゅく。ぴゅくぴゅくっ、……びゅく。びゅくん。  
 
「やあーーー!動か……っ、かはあっ!くあっ!だ、誰かっ!止めてぇ!これ止めてえーーーーー!!」  
 
カイコの幼虫にも似た産卵管は、ナツメの陰部が自身を奥までしっかりと咥え込んだのを認めると、半透明のボディを支えるしなやかな筋肉を小刻みに痙攣させる。  
この未体験の強烈なバイブレーションの前に、ナツメは眼球が転がり落ちそうなほど両目の見開き、背中まである黒髪を獅子舞のように振り乱し、白滝の如き愛液を接合部から迸らせた。  
 
「お願い、やめぇ…てぇ…。私、死んじゃう。死んじゃうよおっ!!」  
 
ユイに乳房を揉みしだかれた時のうねる様な快楽とは違う、白熱した痛みに近い悦びが彼女の中で芽生え始めていた。無論、ナツメにはそれが快楽だというのは解っていない。彼女はもう完全にパニックに陥っていた。  
その狂態を眺めているのはどこまでも冷たく感情を宿さぬ昆虫の複眼。そして、一足先にこの責め苦を味わい、今は心を空っぽにしてただ現実を受け流している少女達の瞳。  
幾度となく見せ付けられるこの光景は、日ごとに膨らんでいく腹部と相まって、家族や友人の待つ日常への回帰願望を苗床の心から奪い去っていくのだ。  
 
―――――――ずくり。  
 
「あうっ………!」  
 
振動が収束し、一際大きなうねりがナツメの股間を突く。先程の這いずり回るような動きとは何かが違う、まるで膣内の産卵管のそのまた内部から起こるような脈動。それは生命を司る心臓の鼓動のように崇高で力強い。  
 
「―――――――っ!!!」  
 
ナツメは顔を起こし、そして息を呑んだ。ゼフィルス・クィーンの腹部があたかもポンプのように脈打ち、そこから伸びる管の内径をクリーム色の球体が進んでくる。卵である。  
 
「いやあーーーーーー!いやいやいやいやいや、いやぁーーーーーー!!」  
 
悲鳴はかすれて裏返り、がむしゃらに振られる頭からは汗と涙と涎が飛び散る。  
なんとかして、なんとかしてあの球体の到達を阻止せねばならない。だが、両手は頭上高く縛り上げられ、足首には粘液の上から中途半端に下ろされたジーンズが絡みつき、正にナツメはまな板の上の鯉である。  
 
「うあああああああああーーーーーっ!!」  
 
―――――――ぐにゅ。  
 
意識して出来た訳ではない。僅かに開く両膝で、ナツメはデスパイアの産卵管を挟み込む事に成功した。火事場の底力である。彼女の関節は変身していないとは思えぬほどの怪力を以って万力の如く生殖器官を締め付けた。  
外部からの強烈な圧迫により卵が通るハズであった細道は狭き門に閉ざされ、命の珠は産卵管の中での停滞を余儀なくされる。  
無罪放免はないにせよ、僅かばかりの執行猶予がナツメに与えられたかに見えたのだ。しかし………。  
 
―――――――ビシィ!  
 
ナツメの視線が斜め右四十五度に飛ぶ。続いて頬にジーンと焼け付くような痛み。彼女からズボンとショーツを奪ったあの細い触手が、束になって頬を平手打の如く打ち据えたのだ。  
 
「………あ」  
 
気狂いも醒めるような一撃を食らい、呆気に取られるナツメ。その隙は余りにも大きかった。  
彼女が痛みを認識している間に、産卵管の中の卵は膝の間をすり抜け、とうとう彼女の股間へと運ばれて来たのだ。  
 
―――――――ずくり。  
 
先程とは違う、陰部を左右に押し広げるような異物感。何か丸っこい物が押し当てられているのが分かる。  
 
「………い、……いや……」  
 
拒めどもハナからナツメには選択権が無い。  
 
「やめて………。お願い………」  
 
相手にはナツメの哀願を受け取る理由が無い。  
 
―――――――びゅくん。  
 
性器に挿し込まれた触手が再度、大きく脈動した。そして………。  
 
―――――――ごぷっ……。  
 
「嫌あああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」  
 
悲鳴。ナツメのお腹に、デスパイア・ゼフィルスの卵が産み付けられた。  
 

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