〜粉砕天使ナツメ いんたーみっしょん〜
グチュ…、グチュ…、グチュ…ヌプッ。
決して珍しい事ではない。
夢とは往々にして、見ている当人にも、それであることを自覚できるものだ。
そして、そこからどんなに逃れたいと願っても、夢はそれを聞き届けてくれない。
ことに悪夢は自らより目を逸らす者を決して許さず。
今ナツメが置かれている状況がまさにそうだ。
「やっ、やめ…ひぃぃぃぃぃいっ!!」
「いやぁぁぁぁあ―――……あっ、あぐ!!!」
まるで体操競技のように両脚を開いたまま、女が二人宙吊りにされ泣き叫んでいる。
張り詰めた血管の浮き出る赤黒い触手は、細い腰を容赦なく締め上げ、硬く起立したその先端で、彼女らの決して人前には晒してはならぬ部位を無慈悲に貫いていた。
欲望の権化は両手の華では到底満足できぬのか、逃げ惑う人々の波から、己の眼鏡に適った女性を手当たり次第に引き抜き、まるでトロフィーか何かのように高々と掲げていく。
健康ブームの賜物とも言えるしなやかなボディラインを覆う衣服も、高級そうな革のベルトも、彼女らの身をデスパイアから守るには何の役目も果たさない。
死に物狂いに触手を振り解こうとする女のスカートの中へ、触手たちは先を争って潜り込み、身に着けていた下着を力任せに引きずり降ろした。
両足首に絡み付いた触手はぐんっと左右に開き、これから蹂躙するその秘部を、下界の住人に見せびらかすように拡げさせる。そして―――。
「あっ、あっ、んはぁぁああーーーーー!!」
「ややっ、やめて!わたし駄目、そそそんなの駄―――…いやぁぁああっ!!!」
「た、助けて!たっ、たす…きゃああああああ!!」
およそ前戯と呼べそうな行為など一切無しに、触手たちは自らの纏う粘液にモノを言わせ、その頭を秘裂に沈めていった。
「あ、あがぁ…っ!あ、ぐぅう……!!」
「いやあーーーーーっ!!!誰かァーーー、だっ出して!これ抜いてぇーーー!!」
背筋を反らしたまま白目を剥きビクビクと震える者。破瓜の痛みに耐えかね半狂乱になって喚き散らす者。
だが、無数の筋繊維が束となった触手の、万力のような拘束から逃れられる人間はいない。
充血するクレヴァスに大きな亀頭を潜り込ませながら、怪物の一物は陸揚げされた深海魚のようにのたうち回る。
その内部を送り込まれてくるのは、出来立ての粥のように熱い怪物の精液だ。
恋人の名を叫ぶ青年の目の前で、制服姿の少女がほんの一分前まで生娘だったその体に、白いタールを流し込まれる。
その隣に並んで吊るされる母子は、せめて娘だけでも助けて欲しいと哀願するが、二人の膣内は無残にも白濁液で満たされていく。
じゅぷ…じゅぷ…、ドクン、ドクンドクン………ぶしゅっ!
嬲られている女性達にはいずれも見覚えがあった。
そう。彼女らは昼間、ヒルバーツによって捕獲され、凌辱されてしまった人たちだ。
巨大ローパーの暴挙は止まる所を知らない。悲鳴と嬌声の輪舞は際限なくエスカレートしていく。
(なんで私、こんな夢を…)
まるで己の無力さを、無様さを、襟首掴んで見せ付けてくるようなこの光景を前に、ナツメは自問した。
自分は現実だけで手一杯なのに、夢までもが真っ黒な絶壁になってナツメに襲い掛かってくる。
目を閉じても目蓋は透明で、耳を塞いでも悲鳴は手の平を通り抜け、どす黒い何かは容赦なく全身に絡み付いてくる。
いやだ。この場から逃げ出したい。逃がして欲しい。
『ふふふ…、無駄よ無駄。どんなに抗ったってもう、あなたはこの螺旋から逃げられやしないわ』
夢の中のヒルバーツがニカリと笑った。
顔が無いのに笑うというのも変な話だが、なぜだかナツメには目の前にいるデスパイアが、満面の笑みを浮かべているのが分かる。
『私ひとり倒しただけで、あなた達の運命が変わるハズもない。行き着くところはみぃんな同じ。あなたも、他の二人も、そしてこの子も……』
目の前に現れた雁字搦めの少女にナツメの表情は凍りつく。
「あ…あ、あ、あぁ!おねえ…ちゃん、あうッ!!お姉ちゃ……あぁぁあーーーーっ!!」
下半身の二つの穴で野太い触手を咥え込んだまま、その少女―――ハルカは盛んに細い腰を前後させていた。
幼さの残る顔は涙と精液にまみれたまま高潮し、助けを求めるその声とは裏腹に、目尻と口元は幸福そうに緩んでいる。
忘れたくても忘れられないその表情。ヒルバーツの隠れ家に突入したナツメの目に飛び込んできた妹の顔だった。
「ふあ…あ、あぁーっ!!やめ…あうッ!なんで…っ、もう嫌!もう嫌ァ……!!」
相手が異形の怪物でなければ、一体どちらがどちらを犯しているのか、およそ判別できなかっただろう。
ハルカの秘部はそのぐらいあからさまに口を開き、まるでそこだけ飢えた別の生き物のように、積極的に侵入者を頬張っていた。
少女の体は持ち主の心など省みもせずに、デスパイアという人間より遥かに強大な存在の子種を進んで受け入れ、その母体になろうとしているのだ。
(いや…やめて、やめてッ!!)
ずっと一緒に生きてきた妹が、自分そっくりの顔立ちを、今まで見せた事も無い表情に歪ませながら、他の女たちと一緒になってデスパイアのされるがままになっている。
あの時、自分の理性を一瞬にして奪ってしまったこの光景。
瞳に映ってしまった現実を否定したくて、受け入れたくなくて、無我夢中で叫び、がむしゃらに突進し―――その後は覚えていない。
気が付いたのは病院のベッドの上だった。
『アッハハハハハ、傑作だわ!半端な覚悟でこっち側に踏み込んできたお嬢ちゃんに、おあつらえ向きの大団円じゃない!アーッハッハッハッハッハッハーーーーー!!』
喘ぎ声の大合唱に被るヒルバーツの甲高い笑い声に、頭の芯がキリキリと痛む。
(いやだ!やめて!!お願い、誰かここから出して!!!誰か……)
頭を膝で抱え込み、子供のようにうずくまっても、笑い声は四方八方から聞こえて来る。
目を背けたくて仕方ない地獄絵図は、焦点のない無数の像となってナツメを取り巻き、そのままグルグルと回転して、底の見えない大渦の中へと彼女をいざない――――。
「ナツメ!」
その一言に、少女はハッとして顔を上げた。
自分の肩に置かれているのは細く白い女の手。
規則正しく座席の並ぶ縦長の空間には、アイドリンク中のエンジン音が響いている。
窓の外の暗がりに浮かぶ町並みは見覚えがあった。
「エミィ…ちゃん?」
ボヤけた視界の中で次第に像を結んでいく友人の顔。
ナツメはようやくここがバスの車内だという事に気づく。
「着いたわよ」
「え、あ…うん」
視界の一番奥からは若い運転手が不思議そうな表情でこちらを振り向いていた。
慌てて財布を捜そうとするが、咄嗟に出てこない。
「…これ」
その脇から回数券を一枚、エミリアは差し出した。
♯
大型車特有の低い唸り声を上げながら、路線バスのテールランプは闇の中へと消えていく。
時刻は午後九時を少し回ったところ。帰宅ラッシュからそれほど外れている訳でもない平日の夜だが、道行く人影は皆無に等しかった。
無理もない。昼間あれだけ派手にデスパイアが暴れたとあっては。
バス通りから住宅街へ一歩入れば往来は更に減り、墓場のようなという比喩表現さえ、本当に例えなのか怪しくなってくる。
多くの家は雨戸が閉ざされ、カーテン越しに漏れてくる明かりも僅かだ。
遠くで吠える犬の声と、夏の虫の斉唱が、否応無くハッキリ聞こえる。
「…………」
エミリアがそれとなく後ろを覗ってみると、ナツメは電柱一本分くらい間隔を空け、俯いたまま付いて来ていた。
帰る方角は途中まで同じなのだから当然なのだが、しかし彼女はエミリアと肩を並べて歩こうとはしない。
病院を出てからこの方、ずっとこの調子である。
(…無理もないわね)
ナツメは完全に塞ぎ込んでいた。
ヒルバーツとの戦いで連発した失態。そしてハルカのこと。
今日という日がこの新米天使に与えたダメージは計り知れない。
戦闘中のミスはもういい。
あの後、病室から出てきたナツメは、それこそ見ていて哀れになるぐらいに、必死にマルーシャに謝っていた。
マルーシャはマルーシャでそれを笑って許したのだから、エミリアがこれ以上どうこう言っても仕方の無い話だ。
変な理屈かもしれないが……新人のエンジェルをパーティーに迎える以上、この程度の被害は当然織り込み済みでないと、実際やっていけない。
大切なのは同じ失敗を繰り返させない事。それは今後の課題だ。
問題は妹の容態だろう。
命に別条は無い。敵が繁殖目的だったのも幸いした。
捕獲から救出までの時間が割合短かった事もあり、経口避妊薬もまず効くと思われる。
もう少し経過を観てみないと確実とは言えないが、それでも、長期間軟禁されていた被害者達は一人残らず妊娠させられていた事を考えれば、マシだと思っても良いだろう。
しかし、心のダメージの方はそうは行かない。
ショック状態を和らげるための鎮静剤が切れ、意識を取り戻した後も、ハルカはまるで蝋人形のようにベッドに鎮座したまま、殆ど受け答えもままならない状態がしばらく続いていた。
薬の効果が残っているというよりも、解離症状が深刻化してしまったのだろう。
乾いた唇を半開きにしたまま、虚ろな瞳で格子の取り付けられた窓を眺めているその姿は、暴走したユイに襲われ純血を奪われた時のエミリア自身と重なる。
来月に予定されていた一時退院は当然延期。
デスパイアに凌辱されてこのかた、ずっと続けてきたリハビリの成果は、嵐に晒された塵の山のように、全て吹き飛んでしまった。
廃人にならずに済んだだけでも良しとするべきなのだろうか。
姉の必死の問い掛けに反応したのは奇跡と言って良い。しかし……。
『おねえちゃん……。わたし、たすかったの?』
病室の中は酷く静かで、妹の手を握り締めるナツメの嗚咽が、空調設備の唸り声と一緒に響き渡っていた。
廊下に一歩繰り出せば、母や娘がデスパイアに犯された事を知り泣き崩れる家族や、化物の子供を妊娠している事実を告げられ半狂乱に陥った被害者の悲痛な叫びが飛び交っている。
そんな外界の喧騒から隔絶された一室で、壁の白さに吸い込まれてしまいそうな無表情のまま、ハルカは言った。
『もう…………たすけてくれなくて、よかったのに』
エミリアはこの先忘れる事無いだろう。
その一言を聞いた時の、妹以上に凍りついた、幽鬼のようなナツメの表情を。
『たすけてくれなくてよかったのに。だって――――』
失敗だった。そこから先をナツメに聞かせてはいけなかった。
肩を掴んででも、病室から引きずり出すべきだった。
取り返しの付かない一言が、放たれる…その……前に………。
『わたしのこと、たすけようとしたから………パパもママも、死んじゃったんだよ?』
♯
「あ――――」
何かがナツメの前髪に触れた。
手の平をかざすよりも先に、生け垣がパラパラと音を立て始める。
海沿いの街に付き物の夜半雨だ。
「入りなさい」
「…エミィちゃん」
引き返してきたエミリアが、棒立ちのナツメに声を掛ける。
彼女の手にはチェックの折り畳み傘が握られていた。
「………………」
径の小さい傘の下で身を寄せ合いながら、二人は静かに夜の街を歩いていく。
湿った風が少し吹くたびに、生温かい雨が傘の中に吹き込み、少女達の体をより一層寄り添わせた。
二組の足音は雨音に混じり、死に絶えた世界をゆっくりと進んで行く。
寄り添うエミリアに幾許か心をほだされたのか、それとも気まずい沈黙に耐えかねたのか。
二つ目の十字路に差し掛かったところで、呟くようにナツメの方が口を開いた。
「ねえ…」
「何?」
「エミィちゃんの家族って、今どうしてるの?」
返事は返って来なかった。
答えるべきか迷っているのか、あるいは脈絡の無い質問に怒っているのか。
変化の無いその横顔からは、いかなる思いが去来しているのか窺い知れない。
ごめんなさい。諦めてナツメがそう言いかけた時――――。
「母さんはエンジェルだったわ。どこで生まれて、どこで育ったのかも分からない。ただ、父には日本から来たとだけ……」
以外な返事にナツメはハッと面を上げ隣の顔を覗き込む。
街灯の明かりを受け、その白さを際立たせたエミリアの表情は、とても同い年のものとは思えない。
「父と結婚し、姉さんと私を授かった後も、母さんは戦い続けていた。でも……長くは続かなかったわ」
さる強大なデスパイアとの決戦で、天使側の一翼を担った母は、その戦闘のさなか消息を絶った。
残された夫と娘二人は、生死も知れぬ家族の帰りを待ち続ける日々を送る。
父は次第に深酒を煽るようになり、幸せな結婚生活の中で下火になっていたアルコール依存症を徐々に再発させていき……。
結局、姉妹が親元を離れるのを期に、実家へと引き取られていった。
誕生日とクリスマスの年二回、黒い森の外れにある梨園から届く国際郵便だけが、目下の生存報告である。
「母さんがデスパイアと戦っていた事を、姉さんと私が知ったのは、行方不明になってからよ。パッと見、普通の共働き夫婦だったから。
本当の事を知ったのは、一年くらい経ってから。母さんの部屋で、ふたつの綺麗な石を見つけたとき。最初はタダの紫水晶かと思ったわ」
今度はナツメの黙る番だった。
ここまでの物を掘り起こす権利が、果たして自分にあったのだろうか。
だが――――。
ナツメは知りたかった。
今こうして並び歩く少女が、一体何を思って、何を守ろうとして戦いに身を投じているのか。
そうしないと……そうでもしないと、このままでは自分はいずれ耐えられなくなる。
特別な力があるんだから弱い人たちを守るのは当然ですなんて、そんな子供染みた使命感では、凄惨な現実の前にいとも簡単に押し潰されてしまう。
いや、現に自分は今、押し潰されかかっている。
「ある晩、一人の女の子が家を訪ねて来たわ。背は私達よりよっぽど低くて、それでも綺麗な長い金髪で。彼女は言ったわ。その石を渡して欲しいって。
でも、私たちはもうそれがタダの石ころではない事を知っていた。……そして、母さんの遺志を継ぐことも」
その娘は猛烈に反対したが、幼い姉妹の決意は固かった。
父が酔い潰れているのをいい事に、遂には客人を家から締め出そうとまでしだした二人に、とうとう彼女も根負けしたらしい。
少女は溜め息を付きながら、一枚の下手糞な地図を差し出した。
本当に戦う意志があるのなら、強くなりたいのなら、そこに記された教会を訪ねるといい。力になってくれる人がいる。クリスタルの使い方も分かるだろう、と。
「その子が――――」
「ええ。多分、天使のオリジナルだわ。確証は無いけれどもね、そんな気がするの」
エミリアは伏せていた視線を上げ、雲の合間から微かに覗く月を見上げる。
「姉さんはすぐに強くなっていったわ。もう振り向きもせずに。私はその背中を追うのが精一杯で……きっと今もそうなのね。
こんなんじゃ母さんの代わりなんて務まらないって、がむしゃらに、酷いくらい戦い続けて。途中でマルーに出合ってなければ、きっと壊れてしまっていたわ」
「マルーシャさんが?」
「ええ。なんだかんだ言ってあの子は大人よ。ほんと、一体どんな生き方してきたのか知らないけど。彼女が姉さんから離れて私の隣に来たのも、今にしてみれば殆どお守り役みたいなモノだったのかもね」
銀髪の少女はそこまできて初めて、ふっと溜め息混じりに、けれど穏やかに口元を緩めた。
「天使の使命……ね。そんな物、本当は二の次。私に戦う理由があるとすれば、私を産み育ててくれた人の守りたかったものを、あんなバケモノたちの手で汚させたくないから。
そして、駄目なクセしてそんな大それた望みを持つ私を、支えてくれている人たちに報いたいからよ。……あなたが訊きたかったのは、そういう事でしょう?」
そして今度は………真っ直ぐにナツメを見詰めてくる。
狭い傘の下で目と目が合い、思わずナツメはドキリとしてしまう。そして…。
「――――怖くなったの?」
「違うっ!ただ……、ただ………っ!!」
声は詰まり言葉にならない。ハルカの姿が頭をよぎる。
ようやくナツメ自身にも分かってきたのだ。
自分はただ、これ以上家族を失いたくなかっただけなのだ。
そして丁度そんな時に、妹を守っていけるだけの力と、両親を奪った相手に復讐するできる武器が、都合よく転がり込んできた。
ただ、それだけの事だったのだ。
そして、その力とやらが、自分で思っていたほどの物でなかったという事も。
「私、わたし…っ、このままじゃ本当に何もできない…!ハルカどころか…、自分のことさえ………!!」
いつの間にか涙が溢れてきていた。
肩を震わせながら懸命に嗚咽を噛み殺そうとする。だけど止まらない。
目と鼻の触れるような距離にあるエミリアの顔がボヤけてきた。
必死に抑えてきた何かが、とうとう決壊してしまったかのように、拭っても拭っても、涙は頬を伝い落ちる。
「マルーが言ってたわ。あなたと私たちの違いは、守りたい人と帰るべき場所の有る無しだって。私はそれを否定するつもりはないし、あなたにハルカを切り捨てろなんて言わない。だから――――」
温かくて少し固い何かがナツメの涙を拭った。そして……。
「あ…」
二人を包んでいた小さな傘が、できたての水溜りの中へ転がった。
だが、雨粒がナツメの頬に触れる事はなかった。
雨夜の匂いよりもずっと近に感じる香水の香り。そして服越しに感じる確かな鼓動と体温。
「――――だから、何もかもを自分ひとりで背負い込まないで。あなたがこうして立っている限り、私も…ずっと…あなたの傍にいるんだから……」
エミリアはぎゅっとナツメを抱き締めるその腕に力を込めた。
まるで胸の内から搾り出したその言葉を、雲の彼方の何者かへ誓い立てるようにして。
♯
「きゃぁぁぁぁぁあーーー!!」
金切り声と共に、一人の女が湿ったアスファルトの上に転がる。
バッグの中の口紅や財布がバラバラと辺りに散らばったが、彼女は自分の貴重品には一瞥もくれず起き上がり、その場から逃がれようとした。
だが…、踵の折れたハイヒールが舗装を踏み締めるよりも先に、女の体は宙に浮き、今度は倒れた方角と反対方向に突き飛ばされる。
「あうッ!」
背中一面に感じる硬く冷たい感触。それは高速道路の高架を支える橋脚だった。
半ば寄り掛かるようにして立ち上がったその瞬間、彼女の両足に鞭で打たれたような熱い痛みと衝撃が走る。
「ひ、ひぃぃぃぃいい!!」
足首を絡み付いていたのは小腸のような赤黒い物体。
そして…それの伸びて来る方角、柱の影から姿を現したのは、大人の背丈ほども有る鏡餅のような肉の塊であった。
「やあっ!こ、ここ来ないでえッ!!」
トーンの高い悲鳴と仄かに漂ってくる香水の匂いから、そのローパーは捕縛に成功したのが女である事を確信しほくそ笑む。
仕事帰りのOLと思しきスーツ姿の女性は、ウェーブのかかった黒髪を振り乱しながら、提げていたバックで両足首に絡みつく触手を何度も打ち据える。
「くあっ!?」
けれども、女は再び背中から橋脚に叩きつけられた。
負けじと抵抗を試みたときにはもう、彼女の両腕は頭上で組まされていた。
ズルリ…ズルリ……、ズルリ。
獲物を柱に縫い止めたローパーは、水死体を引きずるような音を立てつつ這い進んで来る。
怪物が近づくにつれ、汗と脂のムッとする臭いが彼女の鼻孔を突いた。
「や、やだ!たた助け――――……ひい!!」
ぬちゅり、と。ローパーの土手っ腹から、銀光りする糸を引いた触手が三本、彼女めがけ伸びる。
その先端は、勃起して包皮のめくれ返った男性器そのもので……。
「いやぁぁあ!!やっ!やっ!嫌ぁぁぁあーーーーー!!」
両手両足を縛られたまま、祭壇の羊は無様にその身をくねらせる。
だが、脚を閉じて防ごうとしたその瞬間、三本の触手は迷う事無くスカートの中へと滑り込んで来たのだ。
「はあッ!やだ、やだぁぁあ!!」
窮屈なタイトスカートの中で、こすれあう太腿と触手。
暴れ回る侵入者のお陰で、まるで股間に立派な一物がそそり立っているかのように、紺色のスカートは盛り上がっていた。
「あ…っ、痛っ!」
一本の触手がパンストの縁を探り当て、ベージュのショーツもろとも力任せに引きずり降ろした。
存分に蒸れた下腹へ、流れ込んでくる夜の冷気。
彼女の秘部を守っていた下着は、半分裏返しになりながら膝まで移動する。
強引な脱がし方のお陰で、太腿が摩擦で赤くなっていた。そして…。
「ひ…!!」
スカートの中で、残る二本の触手が、それぞれの収まる穴を補足した。
一本はその充血した亀頭で縦に裂けた唇をなぞり、もう一本は尻肉を左右に押しのけながら後ろの窄まりへ。
「やだ、やだ、やだやだやだやだやだッ!なんで、なんで私なのよーーーーっ!!」
彼女の叫びは高架の上を走る高速道路の騒音に飲まれ霧散する。
家まであと100メートルも無いところで、誰にも知られずひとり、こんな化物に暴行されるのか。
絶望に飲まれ涙を流し、下から突き上げて来るであろう挿入の衝撃に、歯を食い縛ったその瞬間―――。
「まったく、これで5匹目よ。一体どんだけ討ち洩らしてるんだか」
「………っ!?」
怪物と獲物。果たしてどちらの驚きが大きかったかは分からない。
突然、背後から掛けられた嘆息に、ローパーは仰天して振り返ろうとした。そこへ……。
ヒュウ……。
真夏とは思えない一筋の冷たい風が疾る。
OLの目には、かすかな銀色の閃光が弧を描いて消えたようにも見えた。
時間が止まったかのような静寂。一秒が一時間にも思えた。そして……。
ブシュゥゥゥゥウーーーーー………どちゃ。
時が動き出した。
咲き誇る鮮血の花。肉塊の上半身が、まるで地滑りを起したように、斜めに切り取られ滑り落ちる。
凹凸ひとつ無い綺麗な切断面を夜風に晒し、切り株のような姿へと変わり果てたデスパイアの向こうに立っていたのは……。
「ま、要はあのメンツじゃこの程度って事よねぇ」
衣装。武器。頭髪。瞳。
真っ白な肌を除いて、その全てが黒一色で統一された、細身の少女だった。
♯
頬についた返り血を真っ赤な舌で一舐めしながら、ユイは黒塗りのマシェットを背中の鞘に収めた。
足元で尚も鬱陶しくのた打ち回る触手を、ブーツの踵でグリっと踏みにじり黙らせる。
「ふう。食事中とはいえ、なんとまぁ…」
両手を腰に当て伸びを一回。
腰まである深いスリットの入った、アオザイの上衣のようなコスチュームが、しなやかな肉体の輪郭線を強調する。
エミリアから奪い取った愛用の衣装は、先のナツメとの戦闘で失っている。
つまり今のこの姿こそが、彼女本来の、正規の戦闘服であった。
「この様子じゃあ、あと何匹逃げ回ってることやら。頭痛いわ、ホント」
彼女が仕留めて回っているのは、壊滅したヒルバーツの巣から逃がれたローパーである。
連中は構造が単純なだけに、受精卵の発生も早く、繁殖能力はえげつ無いほど高い。
現に大店から焼け出された今夜でも、こうして女を襲って回っているくらいだ。
再び勢い付かせたくなければ、散っている今の内に一匹残さず潰しておくに限る。
恐らく今夜はこの街に巣食う他のデスパイアも大忙しだろう。
しかし滑稽な話だ。これは本来、天使の業務のハズなのに…。
「あ……あの…!」
「ん?」
ボヤボヤしてはいられない。夜が明ければ奴らは地下に潜ってしまう。
手早く次の標的を探さねばと、一歩繰り出そうとしたその時、背後からお声が掛かった。
「あ、ありがとう……ございましたっ」
まだ恐怖が抜け切らぬのか、血の気の引いた顔の女が一人、震える瞳でこちらを見詰めていた。
「わたし、てっきりもうダメかと」
「……ふーん」
定型的な感謝の言葉を適当に聞き流しながら、ユイはその漆黒の瞳でOLの姿を舐め回すように凝視する。
女は慌てて、膝まで降ろされたパンストと下着を穿きなおそうと、中腰になった。
歳は少し行っているが、ほっそりとした脚美線はキメの細かい肌に覆われ、引き締まった腰と、スーツの上からなんとか分かる程度の胸の膨らみも、バランス良好といえる。
「…へぇ…」
喉に軽い渇きを覚えた。
なるほど。下級デスパイアにしては中々の上玉に目を付けたものだ。
「え……あ、ちょ…っ!あのっ!?」
ユイは無言で歩み寄ると、服装を整えていた女の右手首を掴み、乱暴に壁へ押さえ込んだ。
噂のエンジェルに助けられたとばかり思っていたOLは、戸惑いの色を隠せない。
その長い黒髪に鼻をうずめ、心地よい香りを堪能しながらユイは囁く。
「よかったわねアナタ。あんなバケモノ相手に腰振らずに済んで」
「あ……?は、ハイ…」
「じゃあ、そのお礼にちょっと私の相手してくれるくらい……当然オッケーよねぇ?」
「え?あい…相手?」
「別に特別な事はしなくていいのよ。そのまま綺麗な声で鳴いてくれさえすれば……」
一体何を求められているのか、皆目見当のつかないOLが少し慌て始めたその時、何か冷たいものが彼女の脚に触れた。
まだそれほど身の危険も感じず、ただ触れた物を確かめようと、女が視線を下ろしたその先には――――。
「――――――――え?」
どす黒い無数の触手が、穿きかけのショーツとパンストを、グイグイと、再度引きずり降ろしていく最中であった。
そしてその触手は、自分に抱きついている少女のスカートの中から伸びてきている。
「や、や、ちょ…ッ!な、なに!?あの、ちょっと!!」
「ふふふふ。大丈夫よ、殺したりはしないから」
「え、あっ、ひぃい!!い、いやぁぁぁぁあーーーーーーっ!!!」
熱っぽい息をうなじに吹きかけながら、ユイの舌が女の首筋を這う。
愚かな生贄が今更どれだけ足掻いたところで彼女の抱擁は解けない。
タイトスカートの縫い目を、ビチビチと縦に裂きながら、上級デスパイアの触手がOLの股間に雪崩れ込む。
「ひぁあッ!!やめて、やめてっ!やめ――――……んきゃぁぁぁぁぁあーーーーー!!!」
まあ、自分一人がこうして少しサボったところで、どうせ他のデスパイアが首尾よくやってくれるだろう。
無断で国境を跨ぐ者のに厳しいのは、何も人間だけとは限らないのだ。
街角に淀む闇の底から、先ほどに倍する悲鳴が響き渡った。
♯
「ん…、んふ…ぅ…」
悩ましげな呻きを洩らしながら、布団の中の塊がモゾリと蠢く。
少々手狭なマンションの一室は既に、ペンギンの飼育小屋もかくやという程、キンキンに冷やされていたが……。
――――ピ。
短い電子音と共にタイマーのランプが灯り、エアコンの仕事はもう一時間延長された。
「くっそ…。鎮まんねー…」
モゾモゾと再び掛け布団が波打ち、やがて中から一枚の薄布が吐き出される。
しどしどに濡れたショーツは、重たそうな音を立てながら、ベッド脇の洗濯籠の中に落ち、既に脱ぎ捨てられていた先客達の上に折り重なった。
これで五着目である。
「あンのオカマローパーめ。人の体ヘンタイ仕様に改造しくさって…」
ベッドの中でペリペリと新品のショーツを開封しながら、マルーシャは既に鬼籍入りしている昼間の敵を呪う。
これだけガンガン冷やしているのに、彼女の寝床はまるでサウナのような有様だった。
動くたびに中から溢れてくる湿った熱気には、女の臭気がむせ返るほど充満している。
「…ちぇ。もう穿き替えても無駄だな、こりゃ」
左右の足首を通し、下着を太腿まで上げたところで、早くも内股が濡れてくるのが分かった。
たったこれっぽちの刺激でこの体たらくである。一体どれだけ強力な体液を注ぎ込んでくれたのやら。
抑制効果のある飲み薬は、病院で既に処方して貰ってあるのだが…。
困った事に、尻に産み付けられたローパーの胎児を殺す薬を先に投与していた為、飲み合わせの関係で今しばらく服用できないのだ。
最低でも空けなければならない間隔は、まだ残すところ十時間強。
どう足掻いても今夜一晩は、この官能地獄の底でのた打ち回らなければならない。
「はぁ…ん。くっ。しっかし持つのか、こんなザマで…」
役目柄、デスパイア達のスペックには人並みならぬ知識を持っている彼女であるが、体液にここまで強烈な催淫作用を持っている個体は、そうお目にかかれない。
エンジェルであるマルーシャをしてこの状態なのだから、ハルカを初めヒルバーツにレイプされてしまった普通の女性達に至っては、今どれほどの惨状を呈している事やら。
一晩病院で過ごす選択肢もあったのだが、無理をしてでも帰って来て正解だったかもしれない。
先ほどトイレに流してやった幼体の死骸を思い浮かべ、あの無様な姿が僅かでも被害者の慰めとなるよう、改めて祈る。
「…んんっ!」
余計な事を考え気を抜いていたのが不味かった。
わずかな寝返りによって生じるシーツとの摩擦さえ、今の鋭敏化した肌は愛撫と受け取ってしまう。
思わずベットの上で跳びあがりそうになるほどの疼きが、爪先から脳天まで走り抜けた。
(……………駄目、か)
どうやら限界らしい。一度鎮めないと今夜は凌げそうにない。
正直、昔はこの手の行為には敵意にも似た嫌悪を抱いていたのだが……。
他の天使達が大抵、デスパイアに辛酸を舐めさせられたその晩、「充電」やら「愛の力の確認」と称してボーイフレンドの所へ転がり込んで行くの見ているにつれ、つまらぬ意地を張るのも馬鹿馬鹿しくなってしまった。
抵抗したってどうせ、次の日の洗い物が増えるだけだ。
(まぁ…その点他の連中に比べりゃ、エミィもナッちゃんも硬派だよなァ…)
枕元のスタンドを一番暗く灯し、何か使えそうなものを探す。
卑しくも天使の端くれ。デスパイアの魔の手から人類を守護する戦乙女である。
枕元に大人の玩具など置くワケにはいかない。
いっそ枕を挟んでしてしまおうかとも思ったが……。
(う……。畜生、使って下さいと言わんばかりの配置に…)
彼女の視線はベッドサイドに置かれた制汗剤に止まった。
腋などに使うローラータイプの奴だ。キャップの先端もそれに合わせて丸まっている。
形状、太さ、硬さ、ともにおあつらえ向きというか……。
「……………」
数秒の逡巡の後、マルーシャはその小さなビンに手を伸ばした。
体を横にして肘で掛け布団を持ち上げ、スタンドの灯かりを頼りに自分の秘部を直視する。
金色の茂みの奥にあるマルーシャのそこは、踏み潰された苺のように充血し、透明な粘液をシーツに滴らせていた。
ここまで来ると、自分の体の一部というよりも、むしろ小さなデスパイアが張り付いているかのような、いささかグロテスクな光景である。
(ん……よいしょ…)
流石に直に触れる気にはなれない。ブレーキが壊れてしまう恐れもある。
芋虫のようにモゾモゾと動き、太腿半ばまで持ち上げていたショーツを一気に穿いてしまう。
乾いた股布は吸い付くように秘所へ張り付いた。
「んぁ…っ!」
魚のように跳ねそうになるのを何とか堪える。
すぐにジワリとした温かい感触が広がり、新品の下着が早くも駄目になってしまった事実を伝える。
こんな事なら生理用品をもっと買い込んでおくべきだった。
我慢したところで出口のないこの官能を終わらせるため、手早く始めてしまう事にする。
声を殺すためにシーツの端を噛みながら、マルーシャはしどしどに濡れた股布に、制汗剤の頭をあてがった。
「んくっ―――!んぁ、あ……っ!」
ぬちゃりと湿った感触を伴って、地盤沈下に飲み込まれたかのように、器具の先端は沈んだ。
想像の遥か上を行く柔らかい手応えに、押し殺しているはずの声が漏れる。
マルーシャの秘部は飢えた鯉のようにその口を開け放ち、薄布越しの侵入者を咥え込もうとしていた。
「ぬ…う、うぅ……んっ!!」
そのままゆっくりと、手首のスナップに頼りながら、陰唇をグリグリ押し広げる。
太腿と太腿の間に位置する不自由な空間では、これが精一杯の努力だったが、それでも効果は絶大だった。
マグマのように溢れ出す快感に、くの字に曲げて布団の中に収納されていた両脚が、思わず突っ張ってしう。
(最悪……。ド変態になった気分)
デスパイアのそれに比べれば、到底及ばぬ稚拙なテクニックであったが、火のついてしまった今の体には、十分過ぎるものであった。
ベタベタになった股布と秘唇の隙間では、愛液の気泡が現れては潰れ、嫌な音を立てている。
シーツと布団の中からは、鼻が馬鹿になってしまいそうなほどの性臭が噴き出していたが、マルーシャはもうそこから顔を背けようとはしない。
「んぁあ…!ふ、ふぁッ!ん、ん、んくっ――――!!」
噛み締めていたはずのシーツはいつの間にやら口から離れていた。
エアコンが小休止に入った室内には、聞くのも恥ずかしい嬌声が反響している。
(ちょっと……マズった…か?)
誰かに聞かれていたら―――。
そんな戸惑いが脳裏を過ぎったが、それも一瞬のこと。
どうせ両隣は揃って老夫婦。おまけに片っ方は食道ガンが見つかったとか何とかで、先週から入院して不在だ。
ここまで来てしまったら、もうどうと言う事もあるまい。なるようになれだ。
「う……あっ…ん!くぅ…ん、ん、んんーっ!ちく…しょ…。ちくしょう……」
口でこそ悪態をついていたが、その奥の喉は完全にカラカラだった。
少し体を伸ばせば飲みかけの麦茶に手が届くのだが、それっぽっちの手間もマルーシャは惜しまざるを得なかった。
足裏の耐え難いムズつきに指は張り詰め、頭の天辺では、髪の毛が全部抜け落ちてしまいそうなチリチリした熱さが頭皮を焦がしている。
「ん、んく…っ!は…ぁ、あうっ!!]
滝のような汗がパジャマを素肌に縫い止め、不快指数を跳ね上げる。
両手の平は、秘所をまさぐる制汗剤を滑り落としてしまいそうなほど濡れていたが、それでも動きを止めようとはしなかった。
無理な力が掛かり、指の筋が吊りそうになるが、マルーシャは行為を続ける。
「ん、ん、あぁっ――――!!」
キャップの丸みが肉芽を滑り、股布の中心部に深々と食い込んだその瞬間だった。
脳天から爪先まで。電気柵に絡め取られたような刺激が全身に走り、マルーシャの体を支える全筋肉が痙攣する。
「ん、ん、んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜……っ!!!」
咄嗟にガバリと布団を被る。正解だった。
夏用にしてはいささかぶ厚過ぎると思われたその寝具は、三軒先まで聞こえそうな絶頂の叫びを、辛うじてこの部屋だけで止めてくれた。
「ん、んぁ――――…くっ。ハァ、ハァ、ハァ…」
ベッドの中はさながら異世界だった。自らの発した熱気と性臭、そして蒸れ。
バクバク踊る心臓の鼓動までそこに加わり、昼間に取り込まれたヒルバーツの体内とまるきり同じである。
マルーシャは跳ね除けるようにして布団から顔を出し、冷やされた空気を目一杯吸い込む。
軽い眩暈を覚え額に手を当ててみると、一足後れで遅れて吹き出てくる汗が手の甲にまとわり付いた。
(なんとか…。なんとか凌いだか…)
全身の力を抜き、戦闘直後のような荒い呼吸をなんとか整えながら、マルーシャは我が身を苛ませていた昂ぶりが引いて行くのを感じ取っていた。
悔しいが……一回達してしまえばだいぶ楽になる。
ベッドの中では生暖かいシーツを濡らす生暖かい感触がジワジワ広がっていた。
取り替えたばかりのショーツは迸る愛液を吸い尽くせず、ウエストの高さまで湿っている。
その正体は絶頂の際に自分が分泌した物に他ならない。
(うぅ…。なんつーみじめな…)
着替えたい。だが体が鉛のように重い。
仕方なく首だけを動かして時計を見ると、先ほど見たときから十分も経過していなかった。
手も洗いたいし、シャワーも浴びたい。しかし…。
(もう駄目。動けん)
ものの数分で、今日残っていた体力を残さず使い果たしてしまったようだ。
諦めてうつ伏せになり、枕に顔をうずめる。
時間が経つにつれ、びしょびしょになった下半身とシーツの不快感がハッキリしてきた。
寝よう。寝てしまうに限る。
さっさと寝入ってしまわないと、またぞろ媚薬の効果が首をもたげてこないとも限らない。
不幸中の幸いか、疲労は極限値に達している。
動き出したエアコンの音に耳を澄ましていると、石のように重たい目蓋が自然と降りてきた。
(明日は洗濯物地獄だな、こりゃ…)
♯
「あっ、あっ、あっ…あぁ!あひぃぃいッ!!」
二つの穴を突き上げる触手の動きから逃れようと、爪先立ちになったまま、彼女は獣のような呻きを上げる。
涙に潤むOLの視界では、自らの体を蹂躙している娘の旋毛がちょうど、真正面に揺れている。
スーツとブラウス、全てのボタンを乱暴に引き千切り、ブラジャーを鎖骨の位置まで捲り上げ……。
黒髪の少女は獲物の胸に顔をうずめたまま、その盛り上がりを舐め回し、甘噛みし、固くなった突端を真っ赤な舌の上で弄んでいた。
「おお、お、おねが…っ、お願い!も、もうっ!もうやめ――――…んむう!!」
哀願の言葉も半ばで途切れる。
胸の谷間から顔を離した娘が、間髪いれずにOLの口を自身の唇で塞いだのだ。
金切り声が止み、粘膜同士のこすれあう湿った音が高架下に反響する。
「んむーーーーぅ!!んー、んー!んんーーーーーッ!!!」
しがみ付くユイのハグが万力のように強まり、背筋をギリギリと締め上げた。
口腔に封をされたまま必死に身を捩る哀れなOL。
彼女の苦悶の表情を間近で眺めながら、ユイはうっとりと目を細めていく。そして…。
「…むぐっ!?」
唐突に反復動作をやめた触手が、女の体内でビクビクと震える。
魔女の責め具はみるみる内に膨らみ、膣壁と括約筋を強引に押し広げた。
前後の穴を内側から拡張されるという未体験の鈍痛に、彼女の意識が飛びかけた正にその時――――。
ドブッ!ブチュルルルルルルーーーーー……!!
「んぐッ!?むぐぅーーーーーーー!!!」
ゴボゴボゴボボボ………ドクッ、ドクッ、ドクン!!
「むーっ!!む、む、んぐ――――かはっ!!」
触手が爆ぜた。
火で炙った水飴のような、高粘度の流動物が、前後の穴に注ぎ込まれる。
ようやく唇を解放され、酸素を目一杯取り込もうとする彼女の顔にも、同じ液体がベチャベチャとぶち当たった。
直腸の内容物はギュルギュル鳴りながら逆流し、彼女の下腹部はみるみる膨れ上がって、スカートのウエストがギチギチ食い込んだ。
それでもなお触手は体内で脈を打ち、溜まりに溜まった欲望の汚泥を、一滴残らず捻り出そうとする。
「――――ふぅ…」
黒髪の少女が、まるで用を足した後のように、気持ち良さそうな息を吐き、体を震わせた。
ズボリという音と共に、局部に挿入されていた触手が引き抜かれ、女は膝から崩れ落ちる。
一拍間を置いて、彼女の下半身から白い粥のような物が、泡ぶくを立てつつ噴出した。
まるで自分の股から、薄いカーテンが伸びているかのようなその光景を、OLは虚ろな眼差しで見下ろし――――。
「あ……ぁ…。なに……これ…、せー…えき…?」
ドチャリ、と白い沼の中へ沈んだ。
その水源は勿論、自身の陰部である。
「あ……うぁ…。早く…帰らなきゃ……。おうち、帰って……お風呂はいって、ごはん…たべ、て………」
♯
「ふん。なによこれ、とんだハズレじゃない。エロい身体しといて。表紙に騙されたってヤツ?」
獲物の唾液と混じり合ったツバをペッと吐き出しながら、ユイその麗貌を失望に歪め毒づいた。
残忍極まる暴行を受けた挙句、その身を酷評された当のOLは、精液の池に浮かんだまま白目を剥き、小刻みに痙攣しながらうわ言を発している。
己の犯し尽くした女に、手当てをする訳でもトドメを刺す訳でもなく、ユイは腰に手を当て背筋を伸ばす。そして…。
「――――で、いつまでそこでそうしてるのかしら?」
さも自然な態で、堕天使は背後の暗がりに声を掛けた。
ヒタリ…、ヒタリ……。
果たしていつからそこにいたのだろう。
丁度街灯の陰に当たるその場所から、一匹の黒猫が音も無く進み出て来る。
その身体からは、微かにではあるが、腐臭が漂っており…。
「こんなシケた夜にまで、ワザワザ覗きに繰り出すなんて、あなたも難儀な趣味に走ったものね。レブナン」
『どの口で言う。昼間の盗み見、貴様の所業と見抜けぬ我々と思ってか。この蛇女め』
「ふふ。やっぱりね。バレてるバレてる」
そう。昼間、エミリアがレブナンに殺されかけた時、彼女を救ったあの殺気に満ちた視線。
その正体は他でもない、ここにいる辻堂ユイだった。
エミリアはどうやら気付かなかったようだが、流石と言うべきか、このデスパイアはその横槍の主を一発で看破したと見える。
『そんなにあの娘が大事か?我々と事を構えてまで生かして置きたい程に?』
黒猫…いや、レブナンの乗り移った黒猫の死骸は、眼球が転げ落ちそうなほどくわっと、その濁った瞳を見開いた。
だが、その怒りの矛先を向けられた当人は――――。
「そうカッカしないしない。ホラあれ。あなたも食べてく?」
彼女はクイっと、すぐそこで倒れている犠牲者を指差す。
「味の方は最悪だけど、まあ見てくれは悪くなし。あ、でも人が箸付けたモノはあんた食べな――――」
『…図に乗るな』
黒猫の背中が縦に裂け、無数の触手が飛び出す。
怒りのままに振るわれる凶暴な力は、避けようともしないユイを素通りし……。
「ぎゃ…っ!!」
虫の息で横たわっていたOLを、無残にも跳ね飛ばした。
「あらら、死んじゃった。いや、生きてる?…んー、微妙なトコね」
鉛弾を食らった獣のような悲鳴を上げつつ、細い身体は濡れた舗装の上を転がっていった。
激昂するレブナン。哀れな犠牲者。ユイはそのどちらをもせせら笑う。
『次は当てる』
「ふふふ。ガラにも無く怒り狂って。そんなにマルーを抱けなかったのが悔しい?」
レブナンの顔がヒクっと歪む。
赤信号などとっくに通り越しているのは明白だ。
「でもね……。あなたも実際、危ないトコだったのよ?」
ここに来てようやく、ユイがザっと一歩踏み出す。
そしてその美しい顔は、積乱雲が立ち昇るようにして、俄かに嚇怒の色に染まり…。
「あそこでエミィをどうにかしてたら、私があなたをどうするとか。考えた事、ある?」
瞳孔は爬虫類じみた縦一直線に変貌し、血管の浮き出た両の手は、背中に収めた二振りの刃物へ即座に飛べる位置へ。
僅かに浮いた軸足の踵は、その間合いに入る全ての物を、切断という行為で歓迎する意思表示である。
二匹の魔物はそのまま身じろぎひとつせず、狂気の彼方に座った視線で相手の肺腑を穿ちながら、互いを牽制し合っていた。
「――――でもね」
不意に、口を開いたのは蛇の方。
「これはチャンスでもあるワケよ」
『……………』
「あなたと私、望む物は似てこそいて互いに別々。決して利害はぶつからない…。違う?」
横一文字に結ばれていた唇の端がニンマリと緩む。
『同盟、とで言いたいのか?貴様と?』
「さァ。でも、どこかの大食らいと足並みを揃えるよりは、よっぽど現実的でしょう?そう思わない?」
『あの茨か。確かに、奴はこの街にいる全ての天使を側女にするつもりでいる』
「ついでに他の女の子もね」
レブナンの変化は覗えない。
彼にとって他の生き物の外観は、それこそ仮面のようなものだ。
それでもユイは、不適な笑み浮かべたまま、引こうとも押そうともしない。
やがて数十秒、たっぷり経過してところで――――。
『…貴様の欲する物はあの銀髪の天使だけか?』
「ええ。他に何も望まない。あなたの望みは…まあ、私の良く知ってる女ね」
『フン…』
それまでの緊張が嘘のように、レブナンはくるりと向き直り、自らが這い出てきた暗がりへと歩んで行く。
『時間を食ったな。近場にまだ幾らかばかり、ヒルバーツめの撒いた種がいるようだ』
「ふふ、ご苦労様、私も手伝おうか?」
『そう思うならば貴様は次に備えておけ。あれだけの疫病神が落ちたのだ。後釜を狙ってやって来る者は、恐らく一匹や二匹ではあるまい』
「んー。やっぱり年長者って頼りになるわ」
『心にも無い事を』
それだけ言い残すと、黒猫は闇の中へ溶け込むように、何処へとも無く消えていった。
「あー。ついでにその役者みたいな口調、直した方がいいわよ。ダサいから」
聞こえたかどうかは知らない。
臨戦態勢で凝った肩をほぐしながら踵を返し、レブナンの消えた方向と真逆へと、ユイは歩み始める。
まだ夜は長い。もう一仕事、こなしておくとするか。
「ん……あ………、がっ…」
「あら生きてたの。案外人間って頑丈ね」
強打された腹部を苦しそうに上下させながら、先ほどのOLが横たわっている。
半開きの股に剥き出しの乳房。真っ赤に腫れた女性器からは、膣内射精の証拠が今もどろどろ流れ出している。
ハンドバックから散らばった小銭が、ユイの爪先にコツンと触れた。
その少し先には、今や携帯電話に押しやられ絶滅危惧種と化した電話ボックスが。
「ま。救急車くらい呼んであげるとしますか」
錆び付いた十円硬貨を鼻歌交じりに一枚拾い上げる。
「うっかり子供できちゃったりしたら、エミィに言い訳できないし。うふ…ッ」