――――――唐突だが、俺は困っていた。  
 
困っている理由は唯一つ、俺の身体の事だ。  
いきなり激しい痛みに襲われてのた打ち回った挙句、  
気が付いて見れば俺は人間の姿から狼男へと変貌を遂げていたのだ。  
一応言っておくが俺は正真正銘の混じりっ気の無い人間だった……ついさっきまで、だが。  
 
俺は暫し呆然とした後、これは何かの悪い夢かと何度か頬を抓って見たが、  
結局、毛に覆われた頬が痛むだけで目が覚める訳でもなく、現実は何も変わる事はなかった。  
俺は一体、何でこんな姿になってしまったのだろうか……?  
 
        
     【MOON・LIGHT 第1夜 2話目 月夜に獣人(けものびと)は笑う】  
 
 
「はあ、こりゃ一体如何なってんだ……?」  
 
リビングで手鏡に映った狼の物へと変わり果てた自分の顔を眺め、呟きをを漏らしつつ  
指で頬を摘んで軽く引っ張って見たり、耳をピコピコと動かして見たりする。  
 
洗面台で自分の姿を見て驚いた後、何時までも呆然として居る訳にも行かなかったので、  
取り敢えず床の吐瀉物を片付け、色々と自分の身体を確かめた結果、  
やたらと嗅覚も鋭くなった上に、夜の明かりをつけていない部屋にも関わらず周囲も良く見えるし  
更に例に中身の入った缶ビールをいとも容易く握り潰せた事(無論、後で片付けた)から、  
今の俺のこの姿は着ぐるみだとか特殊メイクだとか言う物ではなく、  
マジで俺は人狼に変身してしまっている事が判明した……なんてこったい\(^o^)/  
まあ、思うとおりに動くフサフサの尻尾や獣耳がちょいとラブリーだと思ったのは否定しないが。  
 
因みに、今の俺の格好は腰にタオルを巻いただけで他は何も着けていない状態と言う、  
絶対に他人には見られたくない格好だったりする。  
と言うのも、俺が人狼に変貌した際に着ていた服やズボンが身体の変化に対応できずに全て破け、  
おまけに人間の姿だった時に着ていた服も、当然の事であるが今の身体には合わず着れなくなった為。  
仕方なくこの様な半裸な状態となった訳で……  
 
「……参ったなぁ…………こんな格好じゃあ仕事にも行けないし、世間にも顔出しできないし……ハァ……」  
 
こんな格好では迂闊に街中を歩けやしない、下手に街中に出ようものなら確実に注目の的になる。  
この姿が着ぐるみですと言って誤魔化したとしても余りにもリアル過ぎるし……  
つか、着ぐるみを着て会社に行く理由とかの言い訳も思いつかない、と言うか思いついたらスゴイ。  
これじゃ確実に会社はクビだ、そして新しい職を探そうにもこの姿では見つかる筈も無いだろう。  
いや、それ所かこの姿の物珍しさで何処かの研究所か見世物小屋に連れて行かれて  
一切の自由を失った不遇な一生を終える事になりかねない。  
無論、そんな一生は御免被る、かと言って外に出られないままでは生活に困る事になる訳で……  
 
「……やれやれ、これから如何した物か―――」  
「……どうやら、目覚めた様だな、お前の内に眠っていたモノが……私の見込み通りだ」  
「――――――っ!誰だっ!?」  
 
唐突に背後に掛かった声に、驚いた俺は思わずピンと耳を立て尻尾を逆立てつつ振り返り見ると、  
ベランダの前、其処で煌々と照りつける月光に照らされる形で少女が壁を背に佇んでいた、  
 
見た所、年齢は十代と言った所か、肩まで切り揃えられた艶やかな黒髪、  
整った顔立ちに鋭い眼差しのどちらかと言えばクール系と呼ばれる文字通りの美少女で、  
何処の学校の物かは知らないが、着ているセーラー服はかなり似合っている……少々場違いだが。  
何時の間にか俺の部屋に現れたその謎の少女は狼獣人に変貌している俺の姿を見て驚く所か、  
求めていた物を見付けたかの様に腕組をしながら口元に微笑を浮べていた。  
 
つか、この少女、見た所ベランダから部屋に入って来た様なんだが、この部屋は6階……何者ですか?  
ひょっとして泥棒?いや、そもそもセーラー服を着た泥棒なんて聞いた事も無いが……  
 
「……フフッ、その様子だと、私の事を忘れている様だな?」  
 
疑問と警戒の眼差しを投げかける俺を見て少女は口の端で笑い、妙な事を言い出す。  
……忘れている?はて……俺は何時この少女と出会ったのだろうか?  
 
言っておくが俺がセーラー服を着ている様な少女と付き合っている憶えなんて全く無いし(そもそも犯罪だし)  
以前に少女と関わり合いになるような事をした憶えなんぞ………いや、待てよ?  
 
――――俺はこの少女と出会っている、それもかなり最近に。  
 
それに気付いた時、俺は思わず「あ……」と小さく声に漏らしてしまう。  
そんな俺の様子を思い出したと見たのだろうか  
 
「ふむ、思い出したか……なら、大神峠、と言えばもっと思い出すだろう?」  
「まさか……」  
 
少女の投げかけた言葉で記憶が完全に甦った俺は口を開き、  
 
「……白い無地のパンツ!」  
「…………」  
 
 ど か っ !  
 
「―――ぐへっ!?」  
 
頭に浮かんだ事をつい口走ってそのまま無表情で歩み寄った少女に蹴られてしまう、痛い  
……まあ、変な事を言った俺が悪いんだけど。  
 
「……つまらない事を言うなら、蹴るぞ?」  
「いつつ……蹴ってから言わないで……  
えっと、確か俺が大神峠で事故った時、倒れている俺に変な物を飲ませた子だろ?」  
「そうだ、思い出したか?……全く、つまらない事を言わなければ蹴られずに済んだのだがな?」  
 
全身に殺気を薄く纏わせた少女を前に、俺は蹴られた所を擦りながら思い出した事を言う。  
それを聞いた少女は纏っていた殺気を消し、やれやれと言いたげなポーズを取る。  
……この子って、見かけによらずバイオレンス(暴力的)……  
 
「じゃあ、今度は俺から聞くけど、君は一体何者なんだ?それに俺に飲ませた物は一体何なんだ?  
今のこの姿になったのは君が飲ませた物が原因なのか?それと俺はお前では無く沢村 宏一って名前がある」  
「私の名は月詠 時子(つくおみ ときこ)、私が何者かは後で語る。  
そしてお前に飲ませた物は『月の欠片』と呼ばれる物で、お前の中に眠る物を目覚めさせる媒体であり  
その『月の欠片』が作用した結果が今のお前の姿だ。それとお前の事はお前と呼ぶので十分だ」  
 
今度は俺がまくし立てる様に質問(一部要望)を投げかけるが、  
それに対して少女、もとい時子は全く動じる事無く返答(一部却下)をする。  
ぐむぅ……なんか負けた気分になったのは気の所為か?……と、それより更に聞くべき事がある。  
 
「じゃあ、月詠さん、『月の欠片』がどう言う風に作用して俺は変身してしまったんだ?  
まさかと思うけど事故の時の大怪我が殆ど治り掛けてたのも  
そして何故、お前さんは俺に『月の欠片』を飲ませたんだ?」  
「一つ目の質問だが、少し違うと言えば違うな、  
『月の欠片』には人間の誰しもが持つ獣としての因子を目覚めさせる力を持っている、  
そして目覚めた獣の因子は徐々に人間の細胞を別の物に作り変えて行くのだ  
死ぬ程の大怪我をしていたお前が死なずに済んだのも、そして獣人へと変身してしまったのも  
『月の欠片』で目覚めたお前自身の中に潜む『獣』の因子がお前を構成する細胞を変質させた結果だ  
特に、『月の欠片』の作用は死に掛けている時と満月の時が最も強くなるからな、  
まだ『月の欠片』を受け入れたばかりのお前が、満月を見て変身してしまったのも無理も無い……  
まあ、私はそれを見越して、この満月の夜にお前の元に来た訳だが」  
 
むぅ……説明してもらって何なのだが獣の因子とか、細胞が変質とか難しく言われても  
学生時代の成績が五段階評価で3か2が殆どだった俺の理解力では何が何なのやら……  
まあ、唯一分かる事と言えば彼女が俺の命の恩人と言う事なのだが……  
 
「そして二つ目の質問だが、何故お前に『月の欠片』を飲ませたかだが  
『月の欠片』を通常の人間に飲ませた場合、  
普通では、人間の持つ”人間としての意思”で獣の因子を抑える事が出来ず、  
その結果、『月の欠片』によって目覚めた獣の因子に心を喰われ、発狂し、身も心も獣と化す事になる。  
だが、お前は事故によって死に瀕しても尚、生への強い意思を秘めた目を私に向けていた。  
お前のその意思の強さならば心が獣の因子に喰われる可能性は低い、と私は判断し、  
私は『月の欠片』をお前に飲ませた訳だ。それでも上手く行くかは如何かは五分五分だったのだがな?」  
 
なるほど……あの時は生きるのに必死だったからな、それがある意味功を奏した訳か……ってちょい待て!  
 
「あの……月詠さん、上手く行くか如何か五分五分って言ったけど、  
もし上手く行ってなかったら俺は如何なってた訳だ!?」  
「む?さっきも言ったが、そうなった場合、お前は身も心も獣と化して本能の赴くままに暴れ回っていただろうな  
……それと言って置くが、私の事は時子だけで良い、他人行儀なさん付けも要らんぞ?」  
「……月詠さ…いや時子、上手く行ったから良いけどさ、それってはっきし言って洒落になって無いんじゃ……?」  
「ああ、本当に洒落にならんな、もしお前が獣となっていたら私は他人のフリをしていた所だ」  
「…………」  
「……冗談だ、だからそんな目で私を見るな。……それで、他に聞きたいことは無いか?」  
 
さっきのは冗談に聞こえなかった、と彼女に言いたかったが、俺は敢えて言うのを堪えて  
俺が一番聞きたかった事を彼女に聞いてみる。  
 
「じゃあ、時子、俺は今のこの姿から元に戻れるのか?」  
 
そう、この獣人の姿から人間の姿へ元に戻れるのか、と言う事を。  
はっきり言って今のこの姿のままでは色々と支障がありまくるのだ、  
このままじゃ会社どころかコンビニすら行けないし、戻れる事なら早い事、人間の姿に戻りたいのが今の心情だ。  
 
「ふむ、お前の言う元の姿、言えば人間の姿に戻れるか如何か、と聞いているのか?……戻れると言えば戻れる」  
「だったら早く元に戻してくれよ!」  
「待て、まだ私の話は終わっていない、人間の姿に戻る為にはお前はまだ『仕上げ』が済んでいない  
それさえ終われば、お前の意思で自由に人間の姿に戻る事が可能となる  
だが『仕上げ』が終わらないままでは、お前はずっとその姿のままだ  
「『仕上げ』?……それが終われば元に戻れるんだろうけど……その、なんだ『仕上げ』ってのは何なんだ?」  
 
彼女の言う『仕上げ』の意味が分からず、俺は思わず首を傾げる  
そんな俺に彼女は妖しい笑みを浮べると、  
 
「フフッ、そう慌てる事は無い……これから『仕上げ』を始めるからな」  
 
バサッ  
 
「……なっ!?」  
 
ちょっwwwwおまwwwww一体何を!?と、俺が心の中で驚くのも無理はなかった  
何せ彼女が迷う事なく着ている服を全て脱ぎ捨て、俺の目の前にその白い裸体を晒したからだ。  
あ……時子って結構着やせするタイプだな、とか俺が思っている間も無く、  
 
「……フッ――――――」  
 
ギシッ……ミシミシミシッ……  
 
彼女はベランダから差しこむ月光に裸体を晒す様に両手を横に広げ、  
目蓋を閉じ、息を吐いて身体に力を込めると同時に  
彼女の身体がざわりと震え、彼女から何かが軋むような小さい音が聞こえ始める。  
 
「この音……!?」  
「―――くっ……ハァァァァァァァァッッ……」  
 
その音が、あの時、俺が狼獣人へと変貌し始めた時に聞こえた物と同じだと気付いた時には  
彼女は苦痛だけでは無く興奮も入り混じった声を上げ、身体を変貌して行く所だった。  
 
ビキビキッ……ギシッギシギシミチミチミチッ……  
 
先ず、彼女の体付きから変貌は始まった。  
全身の骨格が今ある形から別の形へと再構成されて行くらしく、目に見える速さで身体の体型が変化を始め、  
それに従う形で全身の筋肉が嫌な音を立てながら盛上り、或いは変形してゆく。  
少女の細く頼りない腕も、簡単に折れそうな首元も、歳相応に薄い胸板も、か細い腹部も、可愛らしい腰周りも、  
そのいずれも余す所無く発達する筋肉によって音を立てて肥大化して行く、  
特に脚は人間特有の踵のある脚から、獣の持つ踵の無い脚へと変貌するのが目に見えて分かった。  
更に両手両足の爪も、ぎしぎしと音を立てながら人間の物から獣の持つ鋭い爪へと変化して行く  
それと共にザワザワと小さな音を立てて彼女の全身の木目細かな白い肌が  
ブラウンがかった灰色の獣毛に覆われてゆく  
肩まで切り揃えられた黒い髪もまた、その色を全身を覆う獣毛と同じ色へ変えていく  
 
「グゥゥゥアァァァァァァァァッッッッ……」  
 
彼女が更に声を上げると共に増大する胸部の筋肉に合わせて胸の小ぶりの乳房が膨らみ始め、  
同時に人間では退化している副乳も膨らみ始めた事で1対だけだった乳房が3対へと増えてゆく。  
後腰の尾底骨の辺りから毛に覆われた狼の尻尾がゆっくりと生え、  
十分に生えきった事を確認するかの様に尻尾がブルンと横に振られ、  
同時に発達する筋肉と骨によって背も体格も大きくなっていっているらしく  
変化がある程度進む頃には、どちらかと言えば同年代の女性に比べ小柄だった彼女の背丈は  
獣人となった俺と比べてもやや低い位までの大きさとなる。  
 
「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァッッッ……」  
 
そして彼女の声が咆哮に変わると共に、ギチギチと音を立てながら整った少女の顔が歪んでゆく  
上下の顎が前へ伸びる様に変形し、その先端の鼻が黒く濡れた物に変わり、  
口から覗く舌も長く厚ぼったく蠢きながら形を変え、歯並びの良い歯も肉食獣の持つ鋭い牙へと変形し  
そして顔の両側の耳もまた、その位置を上へ移動しながら獣毛に覆われ、尖った形へと変貌してゆく。  
苦痛によって口から溢れ出た唾液なのだろうか、それとも興奮によって秘部から出てきた愛液なのだろうか、  
そのどちらともつかない粘液が彼女から床へとぽたりと滴を落とす。  
 
「フゥ……フゥ……フゥ……」  
 
彼女が上げる声が止み、荒い息へと変わる頃  
何時の間にか彼女の両目の瞳は黒色から変貌した俺と同じ金色へと変り……  
 
「フフッ、久しぶりにこの姿になったが……やはり爽快な気分だな」  
 
変貌が終わった後、息を整えた彼女は獣人と化した自分の身体を見やり、口の端に笑みを浮べ  
自分の指先と爪を扇情的に舐め上げながら喜びに満ちた声を上げる。  
 
「…………」  
 
それに対して、俺は未だに目の前で起きた事が理解が出来ず、  
只、呆然と数分前までは少女の姿であった雌の狼獣人を眺める事しか出来なかった。  
 

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