夜の三崎家の電話が鳴る。
昭司が受話器を取った。
「もしもし、裕一ですが」
「おう」
「……なんだ、昭司か」
受話器の向こうの声は、昭司の悪友の裕一だった。
「なんだとは、ご挨拶だな」
昭司が言うと、
「もし華菜さんが電話を取ってくれれば、ほんの少しでも会話ができたのに
さ」
華菜ファンを公言する裕一は落胆を隠そうともしなかった。しかし、
「なんだったら、姉さんに代わったっていいんだぜ」
と昭司が親切心から言えば
「馬鹿言え。そんなことして、華菜さんに図々しい男だと思われたらどうす
るんだ」
裕一はひどくストイックなことを言うのだった。鼻の下を伸ばしながら水泳
部の練習を覗きに行っている男の言葉とは思えない。
「……はぁ、華菜さんは今何をしているんだ?」
「ん……。そうだな──ソーセージを食べているよ」
昭司は少し考えて言った。
「そうか。華菜さんはソーセージが好きなんだな」
「ああ、そうだ。毎日食べてる。ソーセージが好きで好きで仕方ないんだ…
…あ痛ッ!!」
言葉の途中で昭司は悲鳴を上げた。
「どうした、昭司?」
「……いや、なんでもない。今は、姉さんは──飴玉を舐めているな」
「ソーセージを食べながら飴玉を舐めるのか?」
裕一は不思議そうな声を出した。
「おかしな食べ合わせだな?」
「そうかな。でも、姉さんはそれに白ジャムをつけて食べるのが大好物で
ね」
「ふうん……、変わってるな?」
「白ジャムが大好きで、毎日毎日、飽きるほど──痛てぇッ」
昭司はさらに大きな悲鳴を上げた。
「おまえ、どうしたんだよ?」
裕一が不審に思って問い質す。
「いや、なんでもない。それで、何か用か?」
「別になんでもないよ」
「てめえ、姉さんと話したいがために電話してきやがったろっ」
「うるせえ、悪いかっ」
開き直った裕一に、昭司は言葉をなくす。
「それじゃあなっ!!」
受話器の向こうで、勢いよく電話が切られた。
「──だってさ、お姉ちゃん」
昭司は呆れながら受話器を置き、足元にうずくまる姉を見つめた。
華菜は、椅子に腰掛けた昭司の前に膝をつき、顔を弟の股間に埋めていた。
じゅる……ちゅぽっ
深く咥えていた弟の男根から口を離す。
「誰が、ソーセージが好きで好きで仕方ないって……?」
モデルのように美しい姉は舌を伸ばし、昭司のペニスの根元から裏筋までぺ
ろっと舐め上げた。
「う……っ」
昭司は呻く。
「だって、そうだろう? 毎日、お姉ちゃんは俺のチンポをしゃぶってるじ
ゃないか」
「違うわ」
華菜は最強の生徒会長らしからぬ仕草で、人差し指を弟の亀頭に滑らせる。
「お姉ちゃんは、おまえの喜ぶ顔が見たくてチンチンを舐めてあげているの
よ。おまえのだから、こんなものをいつまでもしゃぶって、そして噴き出して
くる臭いものも飲んであげられるの。美味しいとさえ思えるの」
姉は恋人に口づけるように、唇を突き出してチュッ、と鈴口にキスをした。
恋愛ドラマに登場するくらいに美しく華やかな姉が、性器に接吻する姿はひ
どく場違いな感じがして、昭司を興奮させた。
「お姉ちゃんの口の中に出したい」
淫弟が言うと、聖母のような表情で頷いた華菜は、亀頭を呑んでいった。
じゅぷっ、じゅぷっ、じゅぷ……っ
やわやわとしていて、温かくぬめった口内に昭司の快感粘膜が包まれた。
口腔粘膜の空洞の中で、姉の舌が激しく動き、昭司のペニスを掃きまわす。
「ああ、お姉ちゃん、気持ちいい」
昭司は言った。
「お姉ちゃんは、フェラチオの偏差値もきっと学園で一番だよね」
ちゅうちゅうと亀頭を吸引されながら、彼は言った。
ちゅぱっ
「……おまえは本当に失礼な弟ね」
生徒会長の姉は、片手で弟の玉をやわやわと揉み、もう片手で肉幹をしごき
たてながら言う。
「おまえがお姉ちゃんに色々とエッチなことをさせたがるから、自然と覚え
てしまったのでしょう?」
「いや。きっと、お姉ちゃんには才能があったんだよ」
「そんな才能、要らないわよ」
華菜は顔をしかめる。
「でもその才能のおかげで、俺は最高に良い気持ちになれるんだ」
昭司が言う。
「…………………」
姉は宙を見つめて、少しだけ黙った。
「──そう。だったら、そんな才能があってもいいわね」
再び彼女は弟のペニスに唇をかぶせていった。
じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ……
激しいピストンが始まり、昭司はすぐにたまらない気持ちになった。
姉の美しい黒髪が彼の股間で揺れ、さわさわとあちこちをくすぐる。姉のか
ぐわしい香りが立ち、その甘さが鼻をついた。
昭司のペニスをしゃぶりたてているのは、学園一の清楚な美少女なのだ。
図書館で勉強している姉の姿や、全校生徒を前に演説している凛とした姉の
姿が頭に浮かんだ。
「裕一やお姉ちゃんの友達、先生や学校の皆は、お姉ちゃんがこうして毎晩
男のチンポをしゃぶってるなんて、夢にも思わないだろうなぁ」
ちゅう、ぶぶぶっ、ぶぽっ、ぺろん
まして、こんな激しい吸引や喉の奥までのディープスロートをしているなん
て、想像だにしていないはずだ。
「弟の精子をいつも飲んでいるなんてことも、きっと思ってないよ」
昭司が言うと、華菜は彼の目を見つめながら亀頭を舐めまわす。
「いいのよ」
彼女は言ってから、肉幹の根元まで皮を強く引き下げ、ぎりぎりにまで張り
詰めた亀頭を深奥まで飲み込み、喉でぎゅぎゅぎゅぎゅっ、と締めた。
「うッ、出ちゃうよっ」
昭司が呻いた瞬間。
ドピュッ、ドピュッ、ドピュッ、ドピュッ
玉袋がぴくりと跳ね、白い魔弾が次々と華菜の喉を撃った。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ」
華菜は慣れた態でそれをすべて飲みくだしていく。
自らが吸い飲まれているような錯覚の中で、昭司は忘我の境地を漂う。
「……今日は少しだけ苦味が薄いわね。体調悪いの?」
華菜は唇についた精子を舌で舐めとりながら言った。
「精子の味で俺の体調管理をするのはやめてくれよ」
「いいのよ。これは、私にだけしかできない体調管理なんだから」
優姉は、淫らに笑った。
「──いいのよ、昭司。お姉ちゃんが毎日おまえのチンチンを舐めたって、
精子を飲んだって。おまえに私のカラダを食べさせてあげたって。
だって……。
──私は、おまえのお姉ちゃんなんだから」
華菜は昭司の頭をそっと撫で、胸元に抱き寄せた。柔らかい胸に顔が押し付
けられると、ぽよん、と弾んだ。
唯一にして女神のごとく絶対的な姉。
それが、昭司にとっての華菜という存在だった。
夜の姉はどこまでも甘く淫らだったが、学校における三崎華菜は依然として
昭司の手の届かない最強の生徒会長のままだった。
「まったく、すげえよなぁ」
昭司は、成績順に貼り出された中間テストの結果を見上げて独り言ちる。
三年生の学年1位には必ず三崎華菜の名前があった。
生徒会長としての仕事や主将を務める水泳部の活動の合間をぬって、一体い
つ勉強しているのだろうか。
視線を一年生の成績表へ移す。
1位……、30位……、60位……、さらにさらに下がっていき、限りなく
最下位に近い場所にやっと三崎昭司の名前を見つけることができた。
とても姉弟とは思えない順位の格差である。
「──おまえが、華菜さんの弟か?」
背後からの男の声に昭司は振り返った。
そこには、三年生の襟章を着けた男子生徒が立っていた。
身長が高く、キリッと締まった顔のスポーツマン系の二枚目だった
男子生徒は、不躾な視線で昭司をつま先から頭のてっぺんまで舐めるように
ジロジロと見た。
「なんか、用ですか」
昭司はぶっきらぼうに訊いた。
「別に。ただ、あの三崎華菜さんの弟にしてはあまりぱっとしない男だな、
と思っただけさ」
男子生徒は失礼なことを、しれっと言った。その視線が目の前の成績表に走
り、昭司の凄惨な順位で止まる。
「なんだ、頭も悪いんだな」
昭司はむっとしたが、残念ながら返す言葉もなかった。勉強しておけば良か
った、とこんなにも後悔したのは初めてだった。
「あんた、誰です?」
無礼な態度に昭司が問う。
「なんだよ、知らないのか?」
彼はにやっと笑った。
「おまえのお姉様の一番大切な男、だよ」
その男の笑顔が昭司はひどく気に入らなかった。
教室に戻った昭司に、早速裕一が話しかけてくる。
「昭司。さっきおまえ、三年の佐伯先輩と何を話してたんだ?」
裕一は興味深げな表情を浮かべている。
「あのいけすかない先輩、佐伯っていうのか」
昭司が言うと、裕一は呆れた。
「なんだおまえ。佐伯恭介先輩を知らないのか?」
「有名なのか?」
「そりゃ有名だよ。うちの高校の男子生徒のアイドルが華菜さんと瑛子セン
パイだったら、佐伯先輩は女子の人気を一身に集めるアイドルだからな」
「ふうん。男には興味がないからまったく知らなかったなぁ」
「あの通りの男前だし、スポーツマンで、頭も良いから女子の視線を独り占
めなんだ。まったく、腹立つぜ」
裕一は私情を挟んだ評価をした後、昭司の目をじっと見つめてきた。
「しかし、昭司が知らないなんて意外だったな」
「どうしてだ?」
「──佐伯先輩は生徒会副会長で、水泳部の副主将なんだぜ?」
「なんだって」
さっき、佐伯恭介が思わせぶりに残した言葉が不意に甦った。
「いつも部活の時に女子に黄色い声援を受けてるのを見てないのか?」
「……俺はおまえと違って姉さんの覗きになんて行かないから知らないよ」
昭司は白い目で悪友を見る。
「でもまあ、今日は少し水泳部の練習を見に行くかな」
季節は秋に向かいつつあったが、相変わらず姉の水泳部は活発に活動してい
る。
放課後、金網越しに並ぶ水泳部のギャラリーに混じって立つ昭司の目の先に
は、姉のグラマラスな姿態があった。
プールサイドを歩いてきて、ちょうどこれから水に入って泳ぐ所のようだ。
不謹慎なことかも知れないが、昭司は姉が競泳水着で泳いでいるところを見
ると、欲情してしまう。
グラビア雑誌を手に取れば、色鮮やかで布面積の少ない過激な水着を着たア
イドル達をいくらでも見ることができる。
だが昭司には、競泳水着姿の姉にはそれを凌駕するだけのフェティッシュな
性的魅力が溢れているように感じられた。
水泳で鍛錬され、はちきれんばかりにむちむちとした姉の美肉。それがぴっ
たりと密着した競泳水着に締め付けられている光景は、下手なビキニよりもず
っとエロティックに感じられた。
肉体的な機能美は、同時に野性的な性美でもある。
限界まで水の抵抗を減らすということは、それだけ裸に近づいていくという
ことも意味していた。
爆乳と呼んでも差し支えない乳房、大きく盛り上がった尻肉。それらは表面
を露出されることはないけれども、極薄のナイロン地によってミリ単位まで正
確なフォルムを描き出されてしまっている。
それはある意味で、ビキニよりもずっと卑猥な光景のようにも受け取れるの
だ。
そして、そんな競泳水着姿の華菜が泳ぐことで発するフェロモンもまた、ビ
キニ水着によって発される媚態とはまた違う種のものだった。
はちきれて飛び出さんばかりに圧倒的に充実した肉体を、か細い布切れで辛
うじて拘束し、ダイナミックに泳ぎきる。
それは比類なく力強くて健康的なセックスアピールなのだった。
自由形の華菜はタイムもさることながら、人魚のように泳姿が美しいことで
も定評があった。一切の無駄なく力を推進力に変え、余分な水飛沫なく、優雅
なまでに水を滑る。
そして身を沈めてターンする時に、水上に一瞬だけ肉付きの良い美尻を突き
出す。
この瞬間を、昭司は密かに胸をドキドキさせながら心待ちにしていた。誘惑
のために尻を突き出しているわけでなく、競技の特性上心ならずも観衆の前に
尻を丸出しにしてしまう所が彼の倒錯的な興奮を高めた。
やがてゴールを迎え、華菜の足がプールの底に足をつく。
ゴールするといつも華菜は、頭部を締め付けるキャップから長い髪を解放し、
解きほぐすように頭を二、三度振る。
濡れた髪が乱れながら彼女の肩に降りかかる。それから華菜は天を満足げに
仰ぐと、静かに隅のラダーへと向かうのだった。
ラダーから水上に上がる瞬間、水圧から解放された乳肉と尻肉がぶるんと揺
さぶられる。
これも、昭司にとっては見逃せない淫景だった。
「華菜さんの魅力は」
と、華菜信者の裕一はよく言った。
「男心を鷲掴みにするような魅力を持っていながら、そのことにあまり自分
で気付いていない所にあるんだ」
「あれだけたくさんの男に告白されていれば気付いてるんじゃないのかな」
昭司が疑問を呈すると、裕一は首を振る。
「自分がもてることは知っているけど、どこに皆が魅力を感じているかきっ
とわかっていないんだ。だから、生真面目な顔で厳格な態度をとっていながら、
反面媚態的な態度をとったりするんだ」
ダイナマイトな肉体を競泳のために薄手の水着で覆うこと。そして、仕草の
中で知らず胸や尻をアピールしていること。それが、ひとつの象徴だと裕一は
考えているようだった。
そしてそれは、紛うことなく弟の昭司がずっと思っていたことでもあった。
昭司は、風呂上りにタオル一枚の姿で歩いたり下着姿で歩く美姉に何度胸を
かき乱されたことだろう。
そんな姉はいつもの優しげな笑顔で、「どうしたの。何か心配事でもある
の? 姉さんに話してごらん」と身を寄せてくる。
その深い胸の谷間を見せつけながら頭を撫でてきた時の、胸の痛みはどれほ
どのものだっただろう。
学校中の男子生徒達は同種の胸の痛みに身を焦がしているに違いなかった。
決して手に入らない禁断の果実が目の前でふるふると誘うように揺れているの
を、指を咥えて見つめているだけだ。
少なくとも今まで、昭司はそう思っていた。
プールサイドで、肩にタオルを掛けて姉が立っている。立ち姿のシルエット
だけでも妙になまめかしい。
その姉に向かって、競泳パンツ姿のたくましい男が近づいていった。華菜に
話しかけると、美姉はにこやかに笑った。
佐伯恭介だった。
ふたりは何事か談笑し、恭介が冗談でも口にしたのか、華菜は笑いながら彼
の肩を付いた。彼も笑い、そして、華菜の肩にそっと触れた。
姉はそれを拒まなかった。
今まで昭司は、学園一美しい姉に多くの男子生徒が告白し、撃沈していくの
を見てきた。
あるいは、馴れ馴れしく身体の一部に触れることがあれば、華菜はいつでも
相手を睨みつける気の強さの持ち主だった。
不遜な男子が一本背負いで投げ飛ばされた醜態さえ目撃したことがある。
そんな姉に触れることを許されたただひとりの男であることが、昭司にとっ
て世界で一番大切な特権なのだった。
彼はそう思っていた。
「──よう、心配になって見に来たのかい、出来損ないの愚弟君」
華菜が後輩の指導を始めた頃、恭介はプールサイドへ近づいてきて、金網を
越しに昭司に話しかけてきた。
「ふん。姉さんの様子を見に来ただけですよ、粗チンの先輩」
「そ、粗チンだと!?」
「競泳パンツ越しに大きさがバレてますよ」
恭介は股間に目をやってそっと手で覆った。からかってみると、意外に憎め
ない男なのかも知れなかった。
「……そんなことを言うからには、おまえはよっぽどモノがでかいんだろう
な?」
粗チン呼ばわりされた先輩は、挑発し返すように言った。
「そうだな。それは、姉さんに聞いてみたらどうですか? 姉さんはよく俺
のチンポを見ているんですからね」
嫉妬がそうさせたのか、昭司は多少危険球気味の返答をした。
「ちっ。いくら見てたって、どうせおまえのモノでどうこうできるわけでも
ないだろうに」
「………………………」
あながちそうでもありませんよ、先輩。毎晩これで姉さんをひいひい言わせ
ているんですよ、と昭司は胸の中で呟いた。
昭司の沈黙を降参と誤認した恭介は満足げな表情をして、プールサイドに目
をやった。
プールサイドに立って、声を出しながら後輩の泳姿に修正を加えている。
水泳帽を外して水着の胸元に押し込んでいる部分に妙な色っぽさがあった。
何か言うと胸がゆさゆさと揺れ、水泳帽も一緒に揺れている。
「──ああ。華菜さんはいつ見ても最高だな」
指導力を発揮する水泳部部長の姿に見とれながら恭介は言った。
「まるで女神のごとき美しさだ。制服姿も良いが、水着姿になると身体のラ
インがはっきり出て、正視できないぐらい悩殺的だな。テレビに出ているアイ
ドルなんて目じゃないぞ」
「先輩、鼻の下が伸びてますよ」
「え、おっと、すまんな」
律儀に鼻の下を触って確認する恭介。コイツは本質的には裕一と変わらない
な、と昭司は思った。
「いやいや。しかし、スゴイ肉体だな。エロすぎる。たまらんな。はぁはぁ
はぁはぁ。
……いかん、失礼」
うっかりと華菜の水着姿に見入って息が荒くなってしまった女生徒のアイド
ルは我に帰って涎をぬぐった。
こいつ、結構キているかもしれない。
「可哀相なもんだな、弟。おまえだけがあの女神の魅力を感じることができ
ないんだからな。
まぁ、落ちこぼれ弟に対しても惜しみない愛情を注ぐ華菜さんの姿が微笑ま
しくて、ますます俺の胸を打つわけだが」
微笑ましいだって?
昭司はなんだか、ひどく悔しかった。きっと、学校の皆は恭介と同じような
認識でいるに違いないのだ。
でも姉は、昭司だけの姉であるはずだった。
母親のいない三崎家では、夕食は姉弟がふたりで自炊をしている。父親も仕
事の関係から最近はめったに帰って来ないので、夕食を摂るのもいつもふたり
きりだ。
とんとんとんとん
華菜が小気味の良い音をさせながら野菜を切っていく。昭司は隣でえんどう
豆の鞘を取っていた。
華菜はひとりでも主婦並みの手際の良さで料理をすることができるが、必ず
昭司に手伝いをさせた。将来、家事ができずに困ることのないよう、教育的な
側面からであった。「自分のことは自分でできるようにしなさいね」といつも
厳格な目で姉は言う。けれど、一方で手取り足取り料理の手順を優しく教えて
くれ、作った料理を手放しで褒めて美味しそうに食べてくれるのだった。
そんな厳格さと甘さを持ち合わせた華菜は、世界一の姉だと昭司は思ってい
た。
エプロンを突き上げる巨乳が包丁の上下に合わせてダイナミックに揺れてい
る。
姉の少女としての初々しさを感じさせる学園の制服の上に、直接羽織ったエ
プロンが母性を感じさせ、アンバランスな魅力が胸を打つ。透き通る宝石のよ
うな瞳で次々と野菜を片付けていく美貌の姉を見つめていると、昭司は胸が苦
しくて矢も盾もたまらない心地になる。
「あ……っ」
と、姉が不意に声を洩らして身を硬くした。
弟が背後から両手をまわし、その豊かな砲弾乳を鷲掴みにしたからだ。
手のひらに、ふわふわしていて温かく、それでいて弾力のある極上の感触が
伝わってきた。
料理の最中に、何の断りもなく胸に狼藉を働いたのは、初めてだった。
そっと弾みをつけるように胸肉を揉みしだいていく。昭司が押していくと、
それ以上の力で押し返してくる。
脳がとろけていくような心地良さの中で、弟は姉の反応をじっと観察してい
た。気性の激しい姉がもしも腹を立てたら、と思うと不安で胸が苦しかった。
それでも狼藉したかったのは、佐伯恭介の存在があったからだ。
つまりは、昭司の姉への甘えに他ならなかったのだった。
「こら、昭司」
ややきつめの声を出して、姉は愚かな弟を振り返った。険しい表情をしてい
る。
昭司は悲しい気持ちになった。自分が悪いことは十分に承知していたからだ。
姉を困らせてしまったのだとわかっていた。
「…………………」
姉の目から険が落ちた。
「──そんなことをしたら、くすぐったいでしょう。料理、失敗しても知ら
ないわよ」
華菜は、最高の爆乳を弟に揉ませたまま払いのける様子を見せずに優しく諭
すように言った。
「後で、お布団の中で好きなだけ触らせてあげるから、今は料理をしましょ
う。ね、昭司?」
昭司は考えながら、そっと姉の胸を揉み続けた。
姉の爆乳を揉みほぐすと、ミルクを練った洋菓子のような甘い香りの成分が
立ってくる。鼻から匂いをいっぱいに吸い込むと、頭がくらくらした。
「俺は今、このおっぱいを揉んでいたい。……だめ? お姉ちゃん」
昭司は額を姉の背中につけてこすりつけた。
「昭司はしょうがないわね」
華菜はため息をついて、
「……少しの間だけよ」
と言った。
煩悩を抱えた弟は、勇躍して姉の乳房に向かった。
掴みきれないほどの大きさのミルクまんじゅうに指を沈めていく。
どんなもんだ佐伯恭介、と昭司は思った。
──おまえは背後からいきなり姉さんの胸を鷲掴みにして、ぶっ飛ばされな
いのか?
こりっ
勢いあまった昭司が先端の蕾を探り当ててつまむと、
「こらっ、調子に乗るんじゃないの」
と甘く姉に睨まれ、ぽかっ、と軽く頭を小突かれた。
華菜は昭司にとっては厳しい姉であり優しい母で、そして魅惑的な同棲相手
でもあった。
ただしそれでも、昭司は弟だった。
佐伯恭介がにやっと笑う姿が頭をかすめた。
くそっ、と昭司は思った。
三崎家の姉弟の寝室は一緒だった。
元々はふたりの寝室は別々だったが、毎晩のように弟が姉の布団に忍んでく
るものだから、そのうちに自然とふたりで布団を並べて眠るようになってしま
った。
「電気を消すわよ」
「うん」
パチン、と音を立てて消灯する。
華菜は、布団をかけてから目を瞑る。
そして、待つ。
五分、十分。
三十分。
──あれ?
布団の中で首をひねる。
いつもであれば、しばらくすると弟が華菜の布団に潜り込んできて、姉弟だ
けの甘い時間が始まるはずだった。
ところが、今夜は弟は身じろぎしないまま。そっと彼の方を窺うと、誰より
も愛しい実の弟は華菜の反対側を向いたまま眠ってしまったようだった。
こんなことは珍しい。
今日の弟は様子がおかしかった。いつもは姉を心配させるくらいに変に良い
子な昭司が、今日は華菜を困らせるような言動が多かった。
弟の変化を他の誰よりも敏感に気付けることが華菜の誇りだった。心配をか
けまいと空元気を出したり、わざと笑顔を作る弟を持った姉の特技かも知れな
い。
一体どうしたのだろう。学校で何か面白くないことでもあったのだろうか。
この間の中間テストの結果が悪かったことで落ち込むような弟でもないはずだ
が。裕一とケンカでもしたのだろうか。教師に叱られたのだろうか。
華菜は、弟が悲しげな顔をしているとどうしようもなく胸が痛んだ。弟が笑
うためなら、どんなことでもしたいと思っていた。
ブラザー・コンプレックスであることは承知していた。
だが、この気持ちに嘘偽りはなかった。
弟が幸せそうな顔をして「お姉ちゃん」と呼んでくれると、身体に電流が走
るほどに嬉しいのだ。
息を荒くしながら自分を求めてくる弟が可愛くて仕方ない。それが、そっぽ
を向いて弟の眠る今夜は、ひどく寂しくて悲しくて、胸が苦しいのだった。
昭司は眠れない夜を過ごしていた。
ため息ばかりが洩れる。
姉に無理を言ったのは、子供っぽい独占欲に違いなかった。自己嫌悪に苛ま
される。
佐伯恭介が姉の肩に手を触れていた時の姿がどうにも頭から離れない。
夜毎カラダを求め、激しい愛を交わしているのになぜこんなにも激しい嫉妬
に苦しめられるのだろう。
昭司は胸を触り、股間に侵入することさえ許されているというのに。
──可哀相なもんだな、弟。
恭介の言葉がこだました。
ああそうだ。昭司は華菜にとって一番近くて遠い男、弟なのだった。