「あいたたた…あ、あれ、お兄ちゃんっ?」
「あれ? はこっちの台詞だ。どうしたんだ、珍しい」
「ぁぅ。そ、それは…」
ぶつかった相手が兄だと認識するなり、ポッと顔を赤らめて目をせわしなく左右に振る。
そんな妹の可愛らしい奇行を目撃した大輔の第一考は何故愛菜がここにいるのかということだった。
修地兄妹の仲は悪くはない、というか比較的仲が良い部類といってよい。
とはいえ、ブラコンシスコンというほどでもないので用もないのにお互いの教室を訪ねるというようなことはない。
しかも最近は裸を見たりと愛菜からすればきまずいハプニング続きである。
にも関わらず妹の突然の来訪。
大輔が首をひねるのも無理はなかった。
「そ、そのね、あの…」
もじもじと肩を揺らしながら両手を後ろで組んで上目遣い。
美少女がやれば大多数の男がその愛らしさに撃沈するであろうその仕草に大輔は表面上何の動揺も見せない。
愛菜は十分美少女の範疇に入るのだが、相手は妹なのだから当たり前といえば当たり前だ。
といっても、心中では滅多に見ない妹の愛らしさにちょっと胸きゅんしていたり。
「ちょっとおかしいぞお前。なんか悪いもんでも食ったのか?」
「し、失礼な! そんなこというお兄ちゃんにはこれあげないよ?」
「これ…? あ!」
頬を膨らませた妹から突き出されたのは見覚えのある四角形の箱。
すなわち、自分がいつも使っている弁当箱だった。
「なんだよ、弁当用意してくれてたのか?」
「あ、当たり前じゃない。その、今日はついうっかりお兄ちゃんの分まで自分の鞄にいれちゃって…」
「言い訳はいいからまずは謝れ。もうちょっとお前が来るのが遅かったら購買で金を使うところだったんだぞ」
「あう…ごめんなさい」
大輔の叱責にしょぼんとなる愛菜。
「そ、それならこの」
「ちょっと! どさくさに紛れて何渡そうとしているのっ!?」
口喧嘩をしながらも兄妹の会話に聞き耳を立てていたどこぞのお嬢様がチャンスとばかりに動くがどこぞの幼馴染に阻止される。
なお、この二人のやりとりは大輔の耳には届いていない。
「そ、それでねお兄ちゃん。もしよかったら一緒にお弁当食べない?」
声こそ届かなかったものの、大輔の背後で行われているキャットファイトを見て大筋の事情を悟った愛菜がそう申し出る。
それが兄を助けようとする妹心によるものなのか、はたまた自分でも把握できない胸のもやもやが原因なのかは不明だ。
だが、愛菜の心中はともかくとして、大輔にこの申し出を断る理由はない。
いや、実際は文乃のパシリという用事があるのだがこの時点で彼はすっかりそのことを忘れていた。
妹>幼馴染。
これが大輔の基本スタンスである。
「…ちょっと待て。お前一人じゃなかったのか?」
「そんなこと一言も言ってないよ?」
場所は変わって中庭。
喧騒の教室を放置して弁当を食すべく移動した大輔はそこにいた人物を見て僅かに口元をヒクつかせる。
視線の先には愛菜と同じ学年である事を示すエンブレムを着けた一人の少女。
「先輩、こんにちは。愛菜、おかえり」
ボブカットというよりもおかっぱと形容したほうがぴったりな黒髪を下げ、少女は兄妹を迎える。
彼女の名は音那雫(おとなしずく)
愛菜の親友であり、大輔の後輩にあたる少女である。
「よ、よう音那…」
「苗字…雫と呼んで欲しい」
「そ、そのうちな」
大輔は流れる冷や汗を止められなかった。
雫ははっきりいって美少女である。
胸の大きさこそ愛菜には劣るものの、均整の取れたスタイルと白い肌は髪型と相まって正に大和撫子と形容するにふさわしい。
美香を洋風のお嬢様とするなら、彼女は和風のお嬢様と言ったところだろう。
まあ、実際に彼女はお嬢様なのだが。
閑話休題。
そんな美少女に名前を呼んでくれと言われればまっとうな青少年ならまず喜びを覚えるだろう。
だが、大輔は喜べなかった。
別に雫の性格が最悪だから、とか恥ずかしいからとかそういった事情ではない。
雫は少し世間知らずで偏ったところのある少女だが、総合的には文句なしに美少女であり、彼女にしたいと思える女の子だ。
大輔本人も、妹や幼馴染がいるために今更女の子を呼び捨てにすることに抵抗感はない。
では何故大輔は冷や汗を流しているのか。
それは周囲からの嫉妬と羨望の視線のせいに他ならない。
音那家はこの街でも一番の良家である。
しかも成り上がりの高見沢家とは違い、歴史と格式のある由緒正しい家柄だ。
そんな家の一人娘である雫の注目度は凄い。
家柄だけでもお近づきになりたいと思わせるものなのに、容姿までが上位ランクなのだ。
一見無口気味とややとっつきにくいところがあるが、男からすれば逆玉の輿としてこれ以上の存在はいない。
だからこそ、現行で彼女と最も親しい男子である大輔は多くの男――とりわけ一つ下の学年から目をつけられていた。
当然、雫に惚れているわけでも彼女にしているわけでもない大輔からすればそんな輩はいい迷惑に過ぎない。
もちろん雫から寄ってくる分には彼女の自由ではあるし、美少女に懐かれることは嬉しいので差し引きゼロではあるのだが。
「じゃ、食べようっ」
雫の座るシートにと大輔を先導する愛菜。
一層強くなる男子からの視線。
瞬間、大輔は回れ右したくなる衝動に襲われ――そしてはっと気がついた。
(待てよ? 今の俺があいつらにビクビクする必要ってないじゃないか)
そう、自分には念動力がある。
何故に女の子一人に声もかけられない意気地なしどもにビクビクしなければならないのか。
そう思うと急に怒りが湧き上がってきた。
愛菜と雫に気づかれないようにこっそりと集中し、男たちの身体を操りはじめる大輔。
――な、なんだ、身体が勝手に!?
そんなことを口走っているのであろう男たちを容赦なく操り、男子更衣室へと突貫させる。
「どうしたのお兄ちゃん、座らないの?」
「ん、ああ今座る」
すぐさま聞こえてきた『お、男が男を覗いてる!?』『それは私のおいなりさんだ』などという悲鳴は勿論ガン無視だった。
「いただきまーす」
愛菜の元気の良い声と共に三人は揃って弁当に箸を伸ばす。
周囲からの視線も騒音もなくなった大輔は年下の美少女二人の囲まれてご満悦だった。
「うん、今日もちゃんとできてる」
「愛菜はすごいね、お料理ができて…」
そんな女の子女の子した会話も今の大輔には心地よい。
これからは雫と接するのにいちいち男の視線を気にしなくて良いのだ。
ぶっちゃけ、大輔は雫に惚れているとまではいかないものの、知り合いの女の子では一番気に入っている。
きちんとした形で告白でもされれば一発でOKをだすかもしれない。
そんなことをたまに考えるくらいには好意を持っているのだ。
「…先輩、何?」
見つめすぎたのか、視線に気がついた雫が大輔へと目を向ける。
その頬は僅かに赤らんでいて照れているのがわかる。
可愛い。
大輔は素直にそう思った。
――と。
ぎゅっ
「いてててっ!?」
大輔は二の腕に走る痛みに思わず悲鳴をあげた。
見てみれば、愛菜が腕をつねっているではないか。
「な、何するんだよ愛菜!?」
「ふん! お兄ちゃんがデレデレしておかずをポロポロこぼすのが悪いんじゃない!」
妹の言葉に下を見てみれば、成る程箸からこぼれたおかずがいくつかシートの上に転がっている。
思考に気をとられるあまり、手がおろそかになってしまっていたようだ。
「う、悪い」
「しっかりしてよねっ」
ぺこぺこと謝る大輔を睨みつける愛菜。
食を握っている愛菜の機嫌を悪くするのは得策ではないのだ。
(…なんか今日はやけに絡むな)
普段ならば一言で済ますはずなのに今日の妹はなかなかにしつこい。
そもそも、愛菜は兄と雫をくっつけようとしているフシがあり、こういう場面ではむしろひやかしをいれてきたはずなのだが…
(ヤキモチか?)
ピン、とくる大輔だが賢明にもその推測を口にすることはなかった。
当たっていようが外れていようがそれを聞けば妹の機嫌が悪くなるのは間違いないからだ。
「まったくもう…」
大輔の様子を気にしながら食事を進める愛菜の姿は一見すれば浮気性の彼氏を見る女のそれだ。
数日前までは考えられなかったその様子は見ていてむしろ微笑ましい。
だが、楽しい昼食にギスギスした雰囲気はよろしくない。
現に雫は兄妹を交互に見てはおろおろしているではないか。
(ふむ、悪戯しよう)
雰囲気を変えるべく、大輔は素早く決断した。
幸いというか自分のやったことながら、現在周囲に人はほとんどいない。
ニヤリ、と僅かに口元を吊り上げた大輔は愛菜の箸に掴まれたミートボールに念を込める。
「あっ…」
ぽろっと箸から零れ落ちていくおかずに愛菜は声を上げた。
転げ落ちたミートボールは大輔の操作によって妹の足の付け根の下あたりに着陸する。
「おかずをこぼすのはダメなんじゃなかったのか?」
「うっ…ちょ、ちょっと箸が滑っただけだもん」
注意の後の失態だけに、気まずさに目を伏せた愛菜がミートボールへと箸を伸ばす。
ころっ。
「あれ?」
ころころっ。
「え、なんで?」
だが、愛菜が肉玉を掴むことはできなかった。
念動力によって、箸が掴もうとするたびにころころと奥へと転がっていくからだ。
「むーっ」
段々いらついてきたのか、愛菜は正座を崩し膝立ちになるとなんとか肉玉を捕獲しようと奮闘し始める。
だが念動によって操作されたそれはなかなか捕まらない。
愛菜は足を組み替えたり腰をフリフリと動かして箸を入れる隙間を作るが、一向に箸が獲物を掴める気配はなかった。
(愛菜、スカートが乱れてるぞー)
口には出さず、心の中で忠告する大輔。
大輔の学校の女子制服のスカートは基本的に丈が短い。
故に、愛菜のスカートは度重なる下半身の動きで乱れに乱れ、健康的な太ももをほとんど露出してしまっていた。
じっと見れば、白い布地までがチラチラと確認できる。
(うむ、今日は白か)
絶妙のチラリズムに大輔はうむうむと頷く。
隣には雫がいるので喜びのリアクションは取れないが、心の中では『GJ』の二文字が乱舞する。
(おっと、そろそろ止めたほうがいいな)
夢中になっているため、愛菜は自分の格好と転がる肉玉の不自然さに気がついていないようだが、いつまでも続けるわけにも行かない。
なので、大輔は妹にちゃんと掴ませることにした。
「やった!」
自身のスカートの裾を。
「あ、愛菜?」
親友の姿に真っ赤な表情で消え入るような声を出したのは雫だ。
彼女と大輔の目の前には満足そうな顔でミートボールを摘み上げた愛菜がいる。
だが、その箸が掴んでいるのはそれだけではなかった。
「え…?」
雫の表情に怪訝な顔をして視線を下へと向ける愛菜。
そこには、摘み上げられたミートボールと、自分の制服のスカートの裾。
「ふぇ?」
箸はおへその上辺りまで持ち上げられていた。
つまり、スカートの裾もそこまで持ち上がっていたわけで――ぶっちゃけ、丸見えだった、下着が。
「ひゃあっ!?」
慌てて箸ごとスカートを押さえつける愛菜。
反動でミートボールがシートの外へと飛んでいくがそれを気にしている暇はない。
慌ててきょろきょろと周囲を見回す。
こちらに視線を向ける人間がいなかったことを確認し、ほっとして、そして気がついた。
至近距離にいる二人の事を。
「お、お兄ちゃん…しずちゃん。み…見た?」
おずおずと口を開く愛菜に雫は戸惑いながらもコクリと頷く。
大輔は一瞬雫と同じように頷こうと思ったが、少し考えて首を横に振った。
嘘なのは明白だが、こういう場合は否定するのがマナーだろうと思ったのだ。
「う、うぅ〜」
愛菜は少しだけ唸ると何事もなかったかのように食事を再開した。
彼女とて大輔の嘘はすぐにわかったのだろうが、恥ずかしいのだろう、追求はなかった。
(…つか、もっと凄い部分まで見てるんだから今更恥ずかしがらなくても)
などとエロゲの主人公のような発言を心に浮かべるのは大輔だ。
まあ、女の子からすれば気分の問題なのだろう。
(しかし、何故に音那まで恥ずかしがっているのやら…)
大輔は横目で妹と同じくらい頬を赤らめている雫を見た。
音那雫という少女と大輔が初めて出会ったのは一ヶ月前。
自宅の自室にいたところに、愛菜のところに遊びに来ていてたまたま部屋に迷った雫が入室きたのだ。
ただし、大輔が着替え中の時に。
(今時珍しいくらい純情な女の子だよなぁ…言動はあれなのに)
あの時の雫の表情の変化は見ものだった。
何せ、呆然とした表情から真っ赤になって湯気を発した挙句に気絶したのだから。
なお、あまりにも見事な一連の流れにボケッとしていたその時の大輔は駆けつけてきた愛菜に飛び蹴りを食らっている。
(しかしなんで俺なんか…?)
年頃の女の子が同年代の男の半裸を見る。
イベント的には立場が逆なのだが、このようなショッキングな事件での出会いにも関わらず雫は大輔に懐いた。
曰く、裸を見てしまった責任を取るのだということ。
愛菜いわく、一目惚れもあるとのことらしいが、大輔は前者を信じた。
雫の貞操概念が古風なのは知っていたし、自分が一目惚れされるような男ではないと認識していたからだ。
勿論、責任云々の部分は流石に信じてはいなかったが。
別段、大輔的には上半身の裸を見られたからといって特に気にするようなことはなかったのだが
それを切欠に学園でも屈指の美少女が自分を気にかけてくれるようになったのだから文句などない。
(う〜む、やっぱ可愛いよなぁ…)
兄の贔屓目を抜きにしても可愛いと思える愛菜を並べてすら遜色ない雫の美少女っぷり。
愛菜を太陽の美少女とするなら、雫は月の美少女といったところか。
(ただなあ、世間知らずなところだけはどうにかして欲しいよなぁ)
しずしずと食事を続ける雫を見ながら大輔は唸る。
雫は性的なことに弱く、今時珍しいくらいの純情少女なのだが、何故か大輔に対してだけは大胆だった。
大胆といっても別に身体を擦り付けてくるとか愛してるとかそういうことを言ってくるとかそういうわけではない。
ただ、他の男子に対してはありえない積極性を見せてくることがしばしばあるのだ。
まあ、それだけなら大輔からすれば優越感こそ抱いても困るようなことはない。
しかし、雫はちゃんとした性知識を持っていないのか、自覚のないままにかなりきわどい台詞をいうことがあるのだ。
二人きりのときならともかく、誰かがいる時に「尻穴肉奴隷にして下さい」とか言われたら大輔とて焦るしかない。
誰かこの娘にちゃんと性教育をしろ。
切なる願いだった。
(ううむ、ここはやはり俺がどうにかするべきなのか?)
このままでは雫は将来困ったことになるだろう。
そうなる前に誰かがきちんと彼女を教育しなければいけないのではないか?
大輔は第三者が聞けば果てしなく大きなお世話だと突っ込むであろうことを考えていた。
ちなみに、意外に雫本人はそれを望んでいたりするのだが。
(しかし流石に恋人でもないのにそれはな…)
雫が自分に好意を持っているのは知ってはいるが、そのレベルがわからない。
大輔からすれば、単なる罪悪感が長じて今の状態になったとしか思えないのだ。
こういう時はテレパスの能力が欲しかったなーと思う。
(うん?)
と、そこで大輔は気がついた。
そうだ、自分には念動力がある。
直接的には無理でも、間接的には彼女にエロいこと、もとい、性的なことを教えられるではないか。
(うむ、これはあくまで心配から来る正当な考えであり、決してスケベ心ではない!)
それに愛菜と雫は親友だ。
愛菜だけ恥ずかしい目にあうのは不公平である。
あっという間に自分本位以外の何者でもない理論武装を固めた大輔は何をしようかなと考え始める。
美香に由貴、それに文乃や愛菜にまで既に能力を行使し、辱めた大輔だったが、相手が雫となると興奮も一際大きい。
何せ相手は音那家のご令嬢で不可侵の存在だ。
えっちな想像をするだけでも恐れ多いというものである。
だが、今の大輔は超能力という力でそのリミッターを外してしまった。
となればむしろ何もしないほうが失礼というものだ。
「さて、デザートデザート」
「…ゼリー」
女の子二人は大輔がそんなことを考えているとは露知らず、デザートであるゼリーに手を伸ばし始めていた。
二人はゼリーが好きらしく、笑みを浮かべてスプーンを取り出している。
(そうだ!)
そんな光景を眺め、大輔は一つの案を思い浮かべた。
だがそれは今までとは違い、やや難しいミッションだ。
何せ力を向ける対象が崩れやすいゼリーなのだから。
しかしやる価値は大いにある。
大輔は気合を入れると、二人の少女が持っているゼリーへと念を向けた。
瞬間、ゼリーは容器を飛び出してそれぞれの少女へと襲い掛かった。