放課後。  
大輔は当てもなくブラブラと校舎を徘徊していた。  
既に大半のクラスメートは帰宅ないしは部活へと向かっている。  
特に女子は自身の状態が状態なのでその足は素晴らしく速かった。  
そうなってしまっては大輔としても楽しみがないわけで、こうして一人ぶらつくしかないのである。  
(…暇だ。かといってまっすぐ帰るのもなんだしなー。暇つぶしをしようにも道具用意してないし…)  
愛菜や文乃は部活動があり、大輔は帰宅部である。  
である以上女の子と帰宅という素敵イベントも起こるはずもない。  
唯一の趣味も道具がなければ意味がない。  
少年は一人寂しく歩き続け、屋上へ続く階段に向かう。  
(屋上で一眠りでもしながら次の悪戯でも考え……ん?)  
ふと、足が止まる。  
大輔の目に階段でごそごそと動く少女の姿が映ったのだ。  
サッサッと階段の上で踊る箒と金の髪。  
それは紛れもなく掃除をする高見沢美香だった。  
(何やってるんだアイツ?)  
首をひねる。  
いや、掃除をしているというのは見ればわかる。  
だが彼女は一人だ、見渡しても他の人員は見えない。  
まあ、掃除など真面目に取り組む人間などそう多いわけではないので必要最低限をやって帰ってしまったのだろう。  
時間から考えてむしろまだ掃除をしている美香のほうが珍しい。  
(…アイツ、意外に真面目だからなー)  
大輔は眩しいものを見つめるように美香を見上げた。  
普段は唯我独尊に振舞う金髪お嬢様だが、彼女は筋の曲がったことが嫌いらしく定められたことはキチンとこなす。  
その辺りが普段ちょっかいをかけられていても美香を嫌いになれない一因なのだが…  
 
「よ――」  
大輔は声をかけようとして、止める。  
別に声をかけたら手伝わされると思ったからではない。  
むしろ手伝ってやってもいいかなと思うくらいの気持ちだった。  
だが、大輔は声を切った。  
理由は二つ。  
一つは、昼休みの一件だ。  
昼食から帰ってきた大輔を迎えたのは満足そうに微笑む文乃と空の弁当箱を睨み付ける美香の姿だった。  
それだけでおおよそ何が起こったのか予測できた大輔だったが、だからといって何ができるというわけでもなかった。  
何せ下手に声をかけたらどんなとばっちりがくるかわかったものではないのだ。  
といってもそれから放課後までずっと三人――由貴を含めた、からは悲喜交々の熱視線を向けられ続けはしたのだが。  
 
(くっ……こ、このアングルはっ…!)  
そしてもう一つの理由。  
それは少年の目に映る魅惑のヒップラインだった。  
右へ左へと箒が動くたびにふりふりと揺れる二つの桃が青少年の視線を捕らえて放さない。  
美香のいる階段上部という位置は大輔的には絶妙なポジションだ。  
スカートに包まれたヒップは勿論、その下の肌すらもチラチラと裾から覗けるのだ。  
しかも、恐らく美香はまだノーパンのままのはずである。  
ということはあのヒラヒラと儚く揺れる布地の下を守る物は何もないわけで…  
(これは…チラリズムグッジョブ!!)  
グッ! と大輔は親指を立ててそのシチュエーションに感謝を贈る。  
自分で起こすエロシチュもいいが、自然発生の光景も男の浪漫なのだ。  
大輔は極限までに自分の気配を消し、クラスメートの尻を凝視し続ける。  
幸いにも、場所が場所だけに他の人間が通りかかる気配はない。  
少年は心のメモリーにこの素晴らしい瞬間を収めるべく精神を集中し続ける。  
 
(…だがこのままというのも味がないな。よし)  
美香は後姿を向けたまま掃除に集中しているようだ。  
ならば少々のことには気がつくまい。  
そうタカをくくった大輔は慎重に念動力を起動させた。  
すると、美香のスカートの裾がそろりそろりと持ち上がっていく。  
(ぐはっ、こ、これはたまらんっ!)  
布地の下から、普段は見えないでいる太股が露出していく。  
更にスカートが持ち上がれば尻たぶが見え、割れ目までが視界に入ってくる。  
やがて、ヒップがほぼ全開になったところで布地の動きはぴたりと止まった。  
美香は下半身の変化に気づかずに掃除を続けている。  
露出した裸のヒップが大輔の眼前でふるふるんと魅惑的に踊り続ける。  
距離が距離なので見えはしないが、更にその奥のファンタジーゾーンも微かに見え隠れしているのだ。  
正直、大輔は限界だった。  
こんなセクシーダンスを見せ付けられて興奮しない男がいないはずがない。  
まるでかぶりつくように大輔はゆっくりと歩を進めていく。  
だが、荒い息丸出しで近づいていけば当然その気配はバレバレなわけで。  
 
「……え?」  
「あ」  
くるり。  
反転した美香が大輔の姿を認めた。  
 
『……』  
時間が止まったかのような静寂が場を包み込む。  
美香は思わぬ人物の出現に目を丸くし、大輔はまずいと承知しながらも少女の下半身から目を放せない。  
やがて、ゆっくりと美香の視線が少年の視線を追うように下がっていく。  
既に念動は解除され、スカートは元の位置に戻っている。  
しかし、それでも位置が位置だけに際どいアングルには変わりはない。  
勿論、それに気がついた美香の驚愕と羞恥は並大抵のものではなかった。  
大輔の表情が気まずそうに歪む。  
「なっ――!?」  
ババッ!  
神がかりな反射速度で美香の手が動き、自身のスカートを抑える。  
唇は震え、「な」の一文字しか出てこない。  
スカート+ノーパン+階段。  
そのイコールの先にある結論に達した美香の足が僅かによれ、そして。  
「へぁ…?」  
「げっ!?」  
金髪少女の落下が開始。  
幅の狭い階段の上で足が捩れれば当然の結果だった。  
だが当事者である美香は冷静に事態を把握している余裕はなかった。  
いきなり身が空中に投げ出されたのだ。  
これで思考を停止するなというほうが無理がある。  
自然、少女の身体は無防備に重力に従う。  
下にあるのは無機質で硬質な床だけ。  
このままでは大怪我は免れない、そんな状況だった。  
 
(想定の範囲外ーっ!?)  
下にいた大輔は目を見開いてその状況を把握しようと努めていた。  
だが残念ながら冷静に事態を把握する時間は残されていなかった。  
宙に舞った少女の身体がぐんぐんとこちらへと迫ってくる。  
無論、かわすという選択肢はありえない。  
果たして自分ひとりでこれから来るであろう衝撃を受け止め切れるのか。  
だが激突の刹那、大輔は自分の力を、念動力を思い出した。  
(ま、間にあ――)  
 
ドスン!  
乙女的に大変不名誉な衝撃音と共に、大輔は少女の身体を受け止め。  
そして念動で殺しきれなかった衝撃をモロに食らって床へと強かに頭を打ち付けるのだった。  
 
(思い出した…そういや、この状況ってコイツと初めて会った時と同じじゃないか…)  
朦朧とする意識の中で大輔は記憶に思いを馳せる。  
入学して間もなかったある日、今日のように校舎を徘徊していた大輔は階段から足を踏み外した美香を助けたのだ。  
助けた、といっても実際は突然の事態に動けなかった大輔の上に美香が着陸しただけなのだが。  
おかげで美香にこそ怪我はなかったが、ぶつかったショックで気絶した大輔は保健室に直行する羽目になった。  
それ以降だ、美香が凡人でしかない大輔にちょっかいをかけるようになったのは。  
(ったく、恩人に対してあの態度はないだろ…)  
危ないところを助けたというのに美香の態度は恩を感じさせなかった。  
上から目線のえらそうな態度を崩さず、重箱の隅をつつくように自分に構ってくる。  
正直、何度俺の目の前から消えてくれと願ったことか覚えていないほどだ。  
だがそれでも縁が切れていないのは、他の男子と同じようにその美貌にやられてしまったからなのか。  
それとも、いつの間にかこの関係が気にいってしまったのか。  
(…いや、それはないか。それだと俺がMみたいだし…?)  
そこまで回想してふと気がつく。  
妙に息苦しい。  
というかぶっちゃけ呼吸ができない。  
目を開けば薄暗い闇の中だった。  
かろうじて肌色っぽい何かが目に映るが、サッパリ状態が把握できない。  
とりあえず呼吸を確保するべく大輔は顔を動かす。  
「あんっ…」  
すると、何故か切なげな女の子の声が聞こえてきた。  
空耳か? とばかりに大輔は更に顔を動かす。  
「はぁぅっ…んあっ…」  
まただった。  
これは空耳ではないようだ。  
そう把握した大輔の思考が徐々にクリアになり始める。  
階段から落ちた美香を自分は身を挺して助けた。  
そして床に倒れこみ、頭を打った。  
ここまでは問題ない。  
では、この息苦しさと頭上から聞こえる女の子の声は一体何なのか?  
(まさか…)  
すんすんと鼻をかいでみる。  
甘い、頭をくらくらさせるような匂い。  
顔に感じるぷにぷにとした柔らかな感触。  
ここまで来れば大輔も理解できる、いや、できてしまう。  
 
――そう、今大輔は美香の股下に顔をしかれているのだ。  
 
(これが本当の尻に敷かれるって奴か…とか冷静に冗談を考えてる場合じゃないっ!?)  
太ももとかおしりとか顔全体に密着している部分に大輔は思わず興奮してしまう。  
――のだが、それによって息ができない状態とあらば話は別だった。  
このままでは女の尻にしかれて窒息死という世にも羨ましい(第三者的に)最期が待っているのだ。  
大輔は必死にその場から脱出するべく顔をよじらせる。  
正直、念動を使うなり首から下の身体を使うなりすれば脱出は容易だ。  
なのにそれをしないというのはひとえに大輔が混乱しているからに他ならない。  
まあ、本能の部分でもう少しこのままでいたいなーとか思っている部分があるのかもしれないが。  
 
「あはぅっ…」  
「きゃんっ」  
「うくぅっ」  
「だ、だめ…そこに息をかけては…」  
 
(うおおーっ!!)  
頭上から聞こえてくる喘ぎ声に大輔は気が気でない。  
こんな状況でなければ永遠にでもこうしていたい。  
だが、命の危機がかかっているのだ。  
なんとか呼吸を確保するべく大輔の唇が縦横無尽にうねっていく。  
しかしそうすることによって少女の股間にはどんどん刺激が与えられていくわけで…  
「やっ、やめ…ダメ! もうっ、だめです、わ…!」  
(…あれ、なんか湿ってき……!?)  
「い、いい加減に…しなさいっ! この超絶変態!」  
「むぐふっ!?」  
メゴス!  
スカートの上から打撃を加えられ、大輔の視界に火花が散った。  
と同時にずるりと顔がスカートの中から引きずり出されていく。  
「…っぶはぁ!? ぜはぁ…はぁ…はっ…」  
眩い光が視界に映る。  
解放された口から大輔は一心不乱に酸素を吸い続ける。  
だが、そんな少年の様子を見ていた美香ははっと何かに気がついたようにハンカチを取り出し  
そして、ビンタのような勢いで大輔の鼻をぬぐった。  
「ぶぐっ!? な、何しやがる!?」  
「う、うるさいですわっ! 貴方の鼻に私の……い、いえっ、汚れがついていたから拭き取って差し上げただけですわっ!」  
感謝なさい! とばかりに無意味に胸を張る美香。  
大輔はヒリヒリする鼻を押さえながらジロリと痛みの犯人である美香のハンカチをにらんだ。  
何か濡れているような気がする。  
別段、自分は鼻血を出しているわけではない、ならば何故…?  
 
そこまで考えたところで美香は慌ててハンカチを隠し、大輔の目から遠ざける。  
そして金髪お嬢様はキッと少年を睨みつけると、ふんっと息を吐き、口を開いた。  
「…この変態!」  
「第一声がそれか!? 恩人に対して!?」  
「お黙りなさい! スカートの中を覗こうとしたり、あまつさえ私の…私の……に、かっ、顔を…」  
「いや、それは事故で…」  
「せ、責任をとってもらいますわ!」  
「責任って……お前を嫁にもらえと?」  
「んなっ……何を馬鹿なことをいってるんですの!? ぞ、増長するのもいい加減になさい!」  
「じゃあどうしろっていうんだよ」  
「……そ、そうですわね。今度の日曜日あたりにでも、私に付き合いなさい」  
「は?」  
「か、勘違いしないで! そう、下僕よ! 一日貴方は私の僕になるのよ! 荷物もちよ!」  
ツンデレ全開でキーキーと騒ぐ美香に大輔は考え込む。  
話の内容からしてどうやら一日付き合えば今回の件は許してくれるらしい。  
危ないところを助けたのに命令されるのはむかつくが、考え方を変えればこれはデートの誘いだ。  
性格はともかくとして、美香は見た目は一級品である。  
そんな女の子と休日に二人で過ごせるというのは数あるマイナス部分を鑑みてもオイシイ。  
さて、どうしたものかと大輔は悩む。  
だがそんな少年の様子を不安に思ったのか、美香はおずおずと様子を窺って来る。  
「あ、あの、修地大輔? ひょっとして、怒って…」  
「わかった」  
「へ?」  
「今度の日曜日、お前に付き合えばいいんだな?」  
「え、あ…そ、そうですわ! そうすれば、今回のことはチャラにして差し上げましてよ!」  
おーほっほっほっと普段よりも五割増の高笑いを上げる美香を見やり、ちょっと早まったかと汗を浮かべる大輔。  
だが、こんなチャンスは滅多にない。  
女の子と休日を過ごすというのは勿論、相手が美香である以上遠慮なくハプニングが起こせるのだ。  
無論えっち的な意味で。  
そう考え、大輔はピンク色の思考を巡らせるのだった。  
 
「と、ところで」  
「ん?」  
「み、見てないですわよね? わ、私の…」  
「ああ、のーぱ」  
「記憶を失いなさいっ?!?!」  
 
ばちーん!  
 

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