「おうっ!?」
ガターン!
どことなく間抜けな悲鳴とともに響き渡る何かが倒れる音。
(え…?)
着地と同時に蹲りながらお尻を両手で隠していた由貴は反射的に音源の方向へと顔を向ける。
そこには、簡易椅子ごとひっくり返っている少年の姿と、その近くを転がるバスケットボールがあった。
状況から判断して、自分が先程あらぬ方向に投げてしまったボールをぶつけてしまったのだろう。
そう察した少女はやや顔を青ざめながら立ち上がる。
あの人に謝らなければ。
自身の不注意に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら駆け出そうとした足は、しかし一歩踏み出したところで止まる。
青空の下、露わになったままのお尻のことを思い出したのだ。
「あっ…やだ…」
青ざめた頬を赤く染めなおし、いそいそと短パンとショーツを引き上げる。
いきなりずり下がったのでゴムが緩むなり切れたなりしたのかと不安だったのだが、どうやらそういったことはないらしい。
恥ずかしい部分が覆い隠されたのを確認すると、由貴は改めて倒れた少年の元へと駆け出した。
「あたたた…」
一方、ボールを頭にぶつけられた大輔は地面に投げ出された身体をさすりつつ上半身を起こしていた。
椅子や双眼鏡、絵描き道具一式は倒れた衝撃で近くに散乱している。
幸いにも、どれも破損した様子はない。
ホッとしつつ立ち上がろうとするが、そこに近寄ってくるポニテ少女の姿が目に入る。
(げっ!)
思わぬ展開に焦った大輔は覗きをしていたことがバレないよう、すぐさま双眼鏡を念動力で近くの茂みに隠す。
しかしこの時、彼は双眼鏡にのみ気を取られてもうひとつの問題物を忘れていた。
自分のすぐ前に落ちている、スケッチブックの存在を。
「ご、ごめんなさい! あの、大丈夫です……しゅ、修地君!?」
「よ、よう、紫藤」
軽く手を挙げて挨拶する。
だが、由貴は自分がボールをぶつけた相手が大輔だということに余程驚いたのか、表情を凍りつかせた。
しかし元はといえば今の状況の原因は自分にあるとわかっている大輔としては罪悪感が刺激されてしまう。
「ど、どうして修地君がこんなところに…ううん、それよりも、あのっ、ごめんね!」
「い、いや、別に…」
「でも、私の不注意が原因で荷物も地面に…本当にごめんなさい!」
どうにかこの場を収めようとする大輔に対し、あたふたと謝罪を口にする由貴。
客観的に見て、現状の彼らは地面に座り込んでいる少年に今にものしかからんとしている少女の図だったりする。
明らかに男女逆の構図だった。
「いや、だから」
「い、今すぐ私拾うから……えっ?」
余程焦っているのか、大輔からかけられる声も聞こえていない様子で拾い作業をはじめようとする由貴。
が、その動きが膝を折り曲げかけたところで止められた。
地面のある一点を見つめた状態で、顔に浮かんでいるのは数秒前とは違う驚愕の感情。
急にどうしたんだ? と疑問に思う大輔は、しかし原因を見つける前に気を別の部分に取られてしまう。
そう、目の前に突き出された少女の豊満な乳房に。
(こ、これは…!)
現在、由貴は地面に散らばったものを拾おうとしてしゃがみかけた体勢のまま固まっている。
膝を軽く曲げた立位体前屈とも言うべきポーズになっているのだ。
そして大輔と彼女の距離は歩幅一歩分にも満たない。
更に言えば、由貴は本人が気にしているように女子にしては高身長だったためちょうど胸元と視線の位置が重なる。
つまり、地面に座ったままの大輔の目の前に前傾姿勢で突き出された少女のバストがある状態なのである。
(お、おおお…ッ)
急に固まってしまった少女の奇行など思考の彼方。
大輔は突如訪れた幸運な光景に幸せをかみ締めることしか出来ない。
ブラジャーを奪われた由貴の胸は、その重量ゆえに重力に負けて水滴型から砲弾型に形を変えていた。
Fカップはあると噂されているそれは、僅かな身じろぎにすら連動してぷるぷると揺れる。
揺れの震度からすれば、先程までの練習中のものとは比べ物にならないほど微小。
しかし、目と鼻の先ともいえる距離で目視できるその絶景は大輔から不満という感情を奪い去ってしまっていた。
「ゴクッ…」
思わず唾を飲み込んでしまい、音を聞かれたかと焦る。
だが、由貴は余程地面の何かに気を取られているのか動く気配すらなかった。
ホッ、と心中で胸をなでおろし、それをいいことにおっぱい観察を続ける大輔。
下を向く豊かな乳房に押されたタンクトップの襟口が通常よりも広がり、肌を大きく露出させている。
その中から見えるのは少女の胸元。
深みのある柔肉の谷間がまるで男を挑発するようにチラリと覗けていた。
ついさっきまで運動中だった身体からは珠のような汗が次々と流れ、その数滴が魅惑の谷間へと吸い込まれていく。
(……こんなものを見せられて何もしないとか、ありえないよな、うん!)
気がつけば大輔は念動力を行使し、目の前の襟口を引き下げ始めていた。
当然、そんなことをすれば谷間の露出は広がり、それどころか乙女の柔乳肌までもが空気に晒されていくわけで。
(うおお…)
熱で桃色に火照った少女の肌が徐々に露わになっていく。
既にバストは三分の一がタンクトップから零れ出るように姿を見せている。
もう少し引き下げれば、襟口の僅か下で黒の生地をツンと押し下げている頂上のさくらんぼまでもが見えそう按配だった。
だが、大輔にここまでやめるという選択肢はない。
むしろここまできて肝心の部分を見ないでどうするのか、という義憤すらあった。
(そーっと、そーっと)
慎重に、しかし大胆に、そして繊細に確実に。
不可視の力は由貴の生乳を露わにするべく襟を引き下げていく。
やがて襟はおっぱいの先端部分に引っかかり、一時的に停止した。
黒の生地のふちからは愛らしいピンク色の乳輪が見え隠れし、今にも見えそうになる。
大輔の興奮はクライマックスを迎えていた。
ほんの少し、あとほんの少し力を加えれば乳頭に引っかかっているタンクトップは外れ、その中身が見える。
(いざ――!)
積年の思いを果たすかのような万感の心情で力を込める。
瞬間、弾けるように胸の先端が飛び出し、大輔はその光景を目を収めようと集中し。
「あのっ!」
「うわあああああ!?」
ビクーン!
と、漢のロマンを達成しかけていた少年はかけられた声にのけぞってしまう。
絶妙なタイミングで集中をとかれた念動の力は霧散。
引っ張られる力を失った襟口は生地の弾力に従って元の位置へと戻っていってしまった。
一瞬だけ顔を出した乳首は名残惜しむ暇もなく再びタンクトップの中へと隠れ、ほとんど見えていた乳房も同様に姿を隠す。
「あっ、えっと、修地君!?」
「ど、ど、どどどどどうした紫藤!?」
(や、やばい! もしや今やってたことがバレたのか!?)
どうしたはむしろ相手の台詞な大輔がどもりにどもった声をあげながら再度身を起こす。
その心中は自身のエロ行為がバレたのではないかと焦り一色だった。
いや、僅かながらも「もうちょっとだったのに!」という気持ちがないわけでもないのだが。
それはさておき。
声をかけてきた由貴の表情に怒りや羞恥の感情はなかった。
つまり、自分の行為はバレていないということ。
「だ、大丈夫?」
心配そうに大輔の顔を覗き込んでくる由貴。
その表情には、自分の胸が露わにされかけていたという恥辱の感情は一切浮かんでいない。
大輔はそのことに安堵しつつ、大丈夫だと返事を返した。
「で、どうしたんだ?」
「うん、これなんだけど…」
「ん? げっ!?」
ゆっくりと由貴から差し出されたそれを見て、大輔は顔が引きつるのを感じていた。
目に映るのはスケッチブックに描かれている一枚の絵。
だが、そこに描かれているのはつい先程自分が描いた由貴の絵だったのだ。
「こ、これ……」
(しまったー! これも隠しておくのを忘れてたー!?)
双眼鏡に気を取られ、スケッチブックをそのままにしていた大輔痛恨の失敗だった。
描かれている由貴の絵は、練習中のものなので当然服装も今と同じものである。
ということは、昔描いたものなんだという言い訳は不可。
これでは練習に励む由貴の姿をずっと覗いていたことがバレてしまうわけで。
「あの…ひょっとして修地君、さっき私のおし……あっ、ううん、なんでもないの、忘れて…」
案の定、由貴は頬を赤らめながら上目遣いで口を開く。
だが、その内容は核心に迫っていながらも曖昧な形で取り消されてしまう。
由貴としても、半ばそれを――大輔に自身の恥態を見られた、確信していたとしてもなかったことにしたかったのだ。
まあ、実際のところはお尻どころか他にも恥ずかしいところを見られまくってはいたのだが。
とはいえ、それを知らない彼女からすればその一件のみをなかったことにすればいい。
ゆえに恥ずかしさを我慢してなかったことにしようとしているのである。
そしてそれは大輔にとっても渡りに船。
「なんだかよくわからんけど…そういうなら忘れる。なんのことかはわからないけど」
大事なことなので二度言いました。
かくして、とある少年の生尻覗き事件は有耶無耶にされて終わるのだった。
――が、それ以外のことは当然終わってないわけで。
「それで、この絵なんだけど…」
「うっ」
これにて一件落着、と立ち去ろうと考えていた大輔の動きはその声に止められた。
確かに生尻を見たことはなかったことにはなったが、覗きそのものはなかったことになるわけではない。
その証拠は被害者の手に握られているのだから尚更だった。
「こ、これ…私、だよね…?」
おずおずと、しかし否定を許さない口調で由貴が問う。
もはや言い逃れは不可能だった。
ガクリ、と探偵に真実を言い当てられた犯人のように肩を落としつつ大輔はコクリと頷く。
(…やっぱ怒ってるよなぁ)
頷いた後、黙ってしまった由貴に大輔は戦々恐々だった。
年頃の女の子が黙って異性に覗かれ続けていたのだ。
そりゃ怒るよなぁ、ともっと酷いことをしていたことを棚に上げて覚悟を決める大輔。
「あの、修地君。この絵もらっていいかな?」
「へ?」
しかし、次に少女から放たれた言葉は少年にも予期できないものだった。
聞き間違いか? と考えるも、由貴の表情は怒っているようには見えない。
むしろどこか照れているようで、物凄く可愛かった。
「…いや、紫藤。その、お前怒らないのか?」
「えっ、なんで?」
「だって俺、お前のこと無断で描いてたんだぞ。穴が開くほど見てたんだぞ」
胸とか尻も。
その言葉は心の中で続けつつ、大輔は不思議そうに首を傾げる由貴を見つめる。
だが、少女はその言葉を聞いても怒ることなく、むしろ照れを増した様子だった。
「あ、うん。勿論見られてたのは恥ずかしいけど…」
「じゃあなんでだ? 正直ビンタくらいは覚悟してたぞ俺は」
「そんなことしないよ。でも、そんなに悪いと思ってるのなら…この絵をくれたら許してあげる」
そういいながらはにかむ少女に、大輔は解せないものを感じていた。
許してくれるのは嬉しいが、その代償が絵一枚というのはどう考えても安すぎるからだ。
だが、そんな少年の考えていることが伝わったのか、由貴は理由を口にする。
「ねえ、修地君は私たちが初めて会った時のことを覚えてる?」
「紫藤と? いや、スマン覚えてない。そう言うってことは二年のクラス分けの時じゃないよな?」
「うん、私が修地君と初めて話したのは……その数ヶ月前、今の一年生の合格発表の日」
その日、由貴は部活を終えて帰宅しようとしているところだった。
合格不合格に一喜一憂する受験生たちに一年前の自分を懐かしみながら、その場を通り過ぎようとしていたその時。
彼女は受験生の輪から少し離れた場所で一心不乱に筆を動かす大輔を見つけた。
スケッチブックに描かれた少女の絵は、下手ではないが、上手いとも言えない出来だった。
それでも、その絵には心が込められているのがハッキリとわかって、由貴は目を奪われてしまっていた。
「あの、その絵…凄く綺麗ですね」
「え?」
それが二人の出会いだった。
「…あー、そういえばそんなことがあった気がする」
「覚えていないのも無理はないと思う。その一言しか会話はしなかったし、その後は…」
「ああ、あの後は愛菜――妹が怒って駆け寄ってきたんだよな。妹の合格を共に喜ばず絵を描いてるとは何事なのって」
「凄く怒ってたよね、妹さん」
「まあ、絵を渡したら機嫌直ってたけどな。っていうかあれ紫藤だったのか…」
「わからないのも無理はないよ。私、地味だし…」
苦笑しながらそう愚痴をこぼす由貴に、大輔は呆れた目を向ける。
目の前の少女が地味なら世の大半の女性は路傍の石ころと変わらない。
高めの背に均整の取れたスレンダーなスタイル、巨乳、艶やかな長髪、そして学内人気番付上位の美貌。
これで地味といっては罰が当たるというものだ。
現に当時の大輔はいつの間にか立ち去っていた由貴とお近づきになるチャンスを潰されて愛菜に憤ったくらいなのだから。
「本当に惜しいことをしたぞ過去の俺…」
「えっ、何?」
「いや、なんでもない。それで絵がほしいのとどういう繋がりが?」
「あ、うん。その時私思ったの、この人にいつか自分のことを描いてもらいたいなって」
「そ、そうだったのか…」
パアッと花が咲くような笑顔でそんな恥ずかしいことを言ってくる少女にさしもの大輔も照れてしまう。
と同時にこんな良い女の子に破廉恥な悪戯を働いた自分を恥じた。
とはいえ、エロ本能が刺激されればまた同じことをやるだろうからぶっちゃけこの場だけの反省ではあったが。
「それで、どうかな?」
「まあ、別にほしいっていうなら別に構わないけど」
「本当…? ありがとう! 大事にするね」
飛び跳ねんばかりに喜びを露わにする由貴に、ますます照れてしまう大輔なのだった。
(お礼をいうのはむしろこっちのほうなんだけどな…色んな意味で)
そう心の中でつぶやいた大輔はぎこちないながらも笑顔を返す。
そして目を時計に落とし、固まった。
「十時四十分…」
時計に表示されていた時刻を見た大輔は瞬時に計算を始めた。
家に帰るまで十分、待ち合わせの場所までやはり十分。
そして待ち合わせの時刻は十一時。
「…マズイ」
「え?」
「悪い紫藤! ちょっと俺用事があるのを忘れてた!」
遅刻して美香を怒らせるのはまずい。
覗きに夢中になりすぎて時間の経過を見逃し、状況が一刻を争うことになってしまったことを察した大輔の行動は素早かった。
即座にスケッチブックから一枚を取り外し、由貴に渡すと挨拶もそこそこに駆け出す。
残されたのはわけもわからず、自分の描かれた絵を受け取った格好のまま立ち尽くす少女の姿だけだった。
おまけ:その後由貴は…
用があるからと立ち去っていった大輔と別れ、ジャージを羽織って帰宅の途につく由貴はご機嫌だった。
朝から大輔に会えたこともそうだが、念願の彼作の自分の絵を手に入れることができたのだから。
大事そうに丸められた一枚の紙を抱えて道を歩く少女の姿は実に幸せそうだ。
「…あ、でも」
何かを思い出したのか、幸福に染まっていた由貴の顔が桜色に染まる。
思い出したのは、短パンとショーツが脱げてお尻が丸出しになったあの瞬間のことだった。
うやむやにはしたものの、あんな恥ずかしかった瞬間を忘れることなど純真な乙女である少女にはできようはずもない。
短パンや下着がずれるほどウエストが細くなったのだと考えようによっては良いことでもあるのだが。
「ぁう…絶対修地君に見られたよね?」
確認するように呟く少女の頭からは羞恥心からの湯気がたゆたっていた。
(前は汗で透けた体操服も見られちゃったし…)
見られたくないところばかり見られて恥ずかしい。
それは年頃の女の子としては至極自然のことだった。
勿論、その全てが大輔による故意的なものだとは思いもよらぬ由貴だったが、知らぬが仏というもの。
今はただ、己の羞恥心に身悶えするばかりであった。
(しかもあの時はブラも……?)
と、そこまで思い出して由貴はようやく胸の違和感に気がついた。
意識してみると、どことなく胸が涼しいというか楽なのだ。
嫌な予感を覚えつつも、ジャージの上着の下から覗く黒のタンクトップを見つめてみる。
そこに見えるのは両胸の先端からそれぞれポツンと突き出た小さなぽっち。
「え…もしかして…」
ブラをしていればありえない光景に、由貴は恐る恐る胸を触ってみる。
はたして手のひらに感じたのは、タンクトップ一枚のみを隔てた自分のバストの感触。
「……う、嘘」
思い出す。
汗だくでバスケットの練習をしていた自分(ノーブラ)
その光景をクラスメートの男子に見られていた自分(上半身タンクトップ一枚)
至近距離で無防備に話し込んでいた自分(汗で乳房に張り付いた布地と浮き出ていた乳首)
その日、由貴は自分の部屋に帰るとどんなに母親が呼んでも部屋から出ず、ひたすら布団に包まって転がっていた。