「…ッハァ! はぁ…ふう…ま、間に合ったぁ…!」
美香との待ち合わせ場所である駅前に到着した大輔は、身を投げ出すようにベンチに腰を下ろす。
腕時計の示す時刻は十時五十七分。
三分前とギリギリではあるが、どうにか約束の時刻には間に合っている。
その代償としてかなり体力は奪われてしまったが、大輔とて異性の前では見栄を張りたいお年頃。
己の疲労よりも、女の子との待ち合わせに遅刻するという失態を犯さずにすんだことのほうが余程大事であった。
「さて、高見沢のお嬢はっと……来てないな」
腰を下ろしてから一分が経過し、息も整ってきた大輔は待ち人を探すために視線を巡らせる。
しかし目的の少女は見当たらない。
これがそこら辺の女の子であれば見逃しもあったかもしれないが、相手は学校でも指折りの男子人気を誇る高見沢美香。
性格はともかく、美少女と評してもおかしくない容姿と、漏れ出す高貴オーラに気がつかないなどありえない。
(そういえば学校以外でお嬢に会うのって初めてだよな。アイツの私服ってどんなんだろ?)
新興の成り上がりの家とはいえ、普段は絵に描いたような高慢お嬢様然としている美香である。
制服以外ではどのような格好をしているのか気になるところだった。
普通そうに見えても生地などがやたら高級な服だったりするのだろうか。
それとも、成金趣味丸出しで貴金属の類をこれでもかと身につけてきたりするのだろうか。
いずれにせよ、普段はお目にかかれない姿を拝見できるのは間違いないだろう。
むくむくと膨らんでくる期待に、大輔は徐々に落ち着きをなくしていく。
(お、落ち着け俺。これじゃあまるで初デートに緊張する男みたいじゃないか…)
まるでもなにも正にその通りなのだが、幸いにも言及する人間はこの場には存在していない。
焦りつつあった大輔は、ふと数メートル先で遊んでいる三人の子供たちに目を向けた。
小学校低学年くらいと思われる子供たちが戯れているその光景は少年にどこか懐かしいものを思い起こさせる。
そしてしばらく見ているうちに、焦燥した心はいつの間にか落ち着いていた。
(男一人に女二人か。まるで小さいころの俺たちみたいな光景だな…)
大輔、愛菜、文乃。
無邪気に走り回る子供たちの姿に、幼少の頃の自分たちを思い出す。
「えいっ! パンツ見えたー! なゆちゃんは花柄で、まいはくまさんパンツっ」
「きゃあっ! もう、ゆーくんのえっち!」
「何するのー!」
(スカートめくりか。俺もよくやったな…)
女の子二人のスカートめくって楽しそうに笑う男の子に苦笑する。
その光景もまた、大輔に己の過去を想起させていた。
文乃が真っ赤な顔で怒りながら自分を追い掛け回し、愛菜がもうめくられないぞとばかりにスカートの裾を押さえる。
そんな懐かしくも楽しかった子供の頃の一コマ。
(…まあ、ぶっちゃけ今もやってるんだけどな。念動力使って)
てことは俺は子供と同レベルかよ。
そう落ち込みかけ、しかしすぐさま「俺は童心を忘れていないだけだ!」と気を取り直す。
実際は童心などという微笑ましい動機ではなく、ただのスケベ根性なのだが。
それはさておき、そろそろ時刻は十一時になろうかというところ。
いい加減姿くらいは見えてもいいのではないか。
そう考えた大輔が再度周囲を見回そうとしたその瞬間。
「な、何だあれ?」
その声を発したのは果たして大輔だったのだろうか。
いや、それはその場にいたすべての人間が発したものだったのだろう。
彼らの視線は車道へと向けられていた。
否、正確には車道を走る一台の車に釘付けになっていた。
黒く輝く車体は通常の規格よりも長く、一目でわかる高級感を醸し出している。
傷ひとつない漆黒のボディと、中が見えない窓ガラスが神秘性と威圧感を振りまく。
ロールスロイス。
漫画等において、金持ちが乗る車の代表格であるそれは周囲の視線を独占しつつゆっくりと車道を進んでいく。
やがて、速度を落とした高級車は駅前のスペースの一角に止められた。
ガチャリ。
まず開けられたのは運転席で、中から出てきたのは如何にも「金持ちのお抱え運転手」といった感じの初老の男性だった。
彼は機敏な動きで後部座席のドアの前に移動すると、うやうやしくそのノブを掴み、開いていく。
『おおっ…』
「うえっ」
感嘆のため息が場を埋め尽くす中、大輔はたった一人引きつったような声をあげた。
だが、それも無理はない。
何故なら、開かれたドアの中から現れたのは自身の待ち人。
すなわち、高見沢美香その人だったのだから。
「十一時ピッタリですわね。修地大輔、私を待たせまいと時間前に来ていたのは褒めて差し上げますわ!」
ほーっほっほっ! と何故か嬉しそうに高笑いをあげるお嬢様に、大輔は更に顔を引きつらせる。
今の彼女の発言によって、注目が自分にも集まってしまったからだ。
(お、お嬢…お前、俺に恨みでもあるのか…?)
美少女と二人で行動しようというのだから注目されるのは覚悟の上だった。
あの男じゃつり合わないだろという侮蔑の視線や嫉妬の視線も想定済み。
しかし、今自分に向けられている視線にのせられている感情は想定外としかいいようがない。
『……彼があんな格好をした女の子の相手か』
無言の中の異口同音。
そう、今大輔に向けられている視線に含まれている感情、それは同情と憐れみであった。
さて、あんな格好と評された美香の格好とはどんなものか。
それは一言で言えば―――ゴスロリだった。
赤を基調とした格調高いクラシカルな装いのドレスにはふんだんにフリルとレース布が散りばめられている。
ツインテールを縛るリボンは上品な茶色で、スカートの裾からチラリと覗く靴も服の外観を崩さないデザインのもの。
それは色白で金髪という欧風の容姿を持つ美香に非常にマッチし、よく似合っていた。
はっきり言って、悪目立ちするにもほどがあるレベルで似合いすぎていた。
「それではお嬢様、私はこれで」
「ええ、ご苦労様」
「修地様、お嬢様をよろしくお願いいたします」
(よろしくしたくねー!)
一礼して去っていく運転手を見送りながら声を大にして叫びたい大輔だったが、口どころか身体全体が動かない。
美香に見惚れた、というのもあるが、それ以上に彼は混乱していたのだ。
(こ、これがお嬢様のセンスって奴なのか!? それともやはり嫌がらせ? いやでもお嬢は普段通りっぽいし可愛いし…)
「修地大輔」
「な、なんだ!?」
「…何故どもるのかしら? そんなに、この格好は変?」
変だよ!
反射的にそう答えかけた口は、しかし放たれなかった。
変ではある、変ではあるが似合っているのも確か。
何よりも、目の前の少女の表情にからかいの色はない。
むしろ、緊張の面持ちすら見える。
そんな状況で場を台無しにするような感想を口にできるはずもない。
「いや、に、似合ってると思うぞ。その…可愛いし、綺麗だと思う」
「えっ…」
(って何を言ってるんだ俺はー!?)
男の甲斐性とばかりに衝動を抑えきった口から出てきたのは、大輔本人すらも驚く臭い台詞だった。
別に嘘を言ったわけではない。
可愛いも綺麗も、紛れもなく本心だった。
だが、こんな状況下でそんな台詞を吐けばどうなるかは火を見るよりも明らか。
案の定、大輔の台詞が脳に浸透したらしい美香が早速反応を示してしまう。
そう、顔を俯かせながら頬を薔薇色に染めて照れるという結果で。
「かわ…きれ…あ、え? その……な、何を言っているんです、のっ…?」
(ヤバイ、かなり萌える…!)
強気な態度を見せようとして、しかし全くできていない美香の愛らしさに大輔のハートが射抜かれる。
それは周囲の男性陣も同様だったようで、何人かが奇声を上げていた。
まあ、次の瞬間、大輔のサイコキネシスによって地面と口付けを交わしていたのだが。
「ふ、ふんっ…ようやく貴方にも私のみ、魅力というものがわかってきたようですわねっ」
目を伏せたまま、時々噛みながらもかろうじて高飛車にそう口にする美香。
だがその実、Dカップの胸の下では心臓がドキンドキンと高鳴っていた。
実際のところ、今袖を通している服は彼女の私服ではない。
美香は普段のイメージ通り華美な衣装を好む傾向はあるが、流石に買い物にゴスロリを着るほど非常識ではないのだから。
では、一体何故今日に限って違う格好をしているのか。
それは彼女の母親の指南があったからであった。
異性とのデート(本人は頑なに否定したが)なのだからできるだけ可愛らしい服装がいいに決まっている。
ママもこの服でパパをノックアウトしたのよ。
そんな熱心な体験談に説得されてしまい、今に至ったのである。
(流石はお母様。あの修地大輔が可愛い、綺麗って……べ、別に嬉しくなんてこれっぽっちも思ってませんけど!)
内心で母親に感謝しながらも口元の緩みは抑えられないのか、更に顔を伏せる。
そして十秒ほど経っただろうか、ようやく落ち着いてきた美香は勢いよく顔を上げた。
本人は気がついていないだけで、少々頬には赤みが残っていたりするのだが。
(くっ、お嬢のくせにやってくれるじゃないか…!)
対して、思わぬ先制攻撃を喰らった大輔。
まさかこうもいきなり意表を突かれるとは思っていなかっただけに動揺が収まらない。
普段の高慢ちきな態度の印象が強いだけに、ギャップ効果は抜群である。
不覚にも、思わず「こんな女の子が彼女だったらなー」と思ってしまったほどだった。
そんな少年の内心が伝わったのか、顔を上げた美香は再び顔を伏せようとし。
しかし今度は勝気な本能が勝ったのか、しっかりと目線を大輔に向ける。
「えーと…」
「あ…」
一メートルにも満たない距離をまたいで交わる視線。
お互いに気恥ずかしさを覚えながらも、上手く次の言葉が紡げずに沈黙が続いてしまう。
普段の喧嘩友達的な二人からは考えられない空気が周囲に充満していく。
気がつけば周囲の人々は二人から目を逸らしたり、足早にその場を立ち去ったりしていた。
あまりに甘酸っぱい空間の形成に、一般人の皆様は耐えられなくなってしまったのである。
(い、いかん、なんか喋らなければ…)
(は、早く何か言いなさい…!)
そしてこの状況に耐えられなくなっていたのは渦中の二人も同様だった。
どちらかが何かいえばそれで済む話なのだが、タイミングが掴めない。
あるいは、このまま放置していれば日が沈むまでこの二人はこのままだったかもしれない。
だが、空気を読まない輩というのはどこにでもいる。
唯一この場の空気に呑まれていなかった、理解していなかった存在が動き出した。
タタタッ。
(ん…?)
大輔がその足音に気がついたのは、ほんの偶然だった。
自分たちに近づいてくる小さな、そして元気なその音の主は先程何となしに見ていた三人の子供たち。
先頭を走る少年の顔には好奇心と悪戯っぽい笑顔が浮かんでいる。
その表情に大輔は覚えがあった。
それもそのはず、それは昔自分がスカートめくりをする時に浮かべていたものとまったく同じだったのだから。
「えーい!」
バサァッ!
先頭の少年が美香の横にたどり着いたその瞬間。
大きく真紅のスカートがはためき、宙を舞った。
重力に逆らってめくりあげられた布地は、その中に隠されていた美香の下半身をあらわにしてしまう。
コルセットのすぐ下にちょこんと見えるおへそ。
乙女の最も大事な場所を守る、両サイドが紐で結ばれた赤色レースのパンティ。
艶かしい太ももからくるぶしまでスラリと上品に伸びた白磁の美脚。
そして、それらを扇情的に覆うガーターベルトとガーターストッキング。
年に似合わぬ、しかしその成熟しつつある肢体にマッチした下着姿が大輔の目に映った。
「おお…!」
「え――」
服の色と同じ真紅の下着の材質はシルクだろうか。
光沢すら放っているように見える高級感のある小さな布地が魅惑の三角地帯でその存在をハッキリと主張している。
更に少年の目を引いたのはガーター類だった。
ビデオや雑誌でしかお目にかかったことがないそれは、実際に間近で見ると迫力満点。
少女にない大人の色気を加味しているようで、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「すげー、赤色だ、オトナだー!」
「うわぁ…紐のぱんつとか初めて見た…」
「中も全部赤いんだね。金髪のおねーちゃん」
状況が飲み込めず呆然とする美香、そして生み出された光景に釘付けとなった大輔。
そんな二人を意に介することなく、ゴスロリお嬢様のスカートを捲り上げたままの子供たちは好き勝手に感想を述べていく。
だが、すぐに興味がうせたのか子供たちはスカートの裾から手を離し、駆け去っていってしまう。
自然、赤の布地は重力に負けてヒラヒラと下がっていった。
おへそ、下着、足の順に再び隠れていく美香の下半身。
「あ…あああ…」
ここにきてようやく状況を飲み込めたのか、少女の身体がぷるぷると震え始める。
金髪のツインテールが本人の意思に連動するように揺れ、整った美貌が服や下着と同じ色に染まっていく。
「あ、まず」
「――っ!! っきゃああぁぁぁっ!」
バチーン!
大輔が呟くのと、その打撃音はほぼ同時だった。
美香は左手でスカートの上から下半身を押さえながら右手でビンタを繰り出し、対面の少年に一撃を見舞う。
しかし、半ばこの事態が予想できていた大輔はかろうじてその場に踏みとどまる。
だがそれで公衆の面前で恥をかかされたお嬢様の気がすむはずもなく。
ビンタからポカポカパンチに切り替わった軽い打撃が少年の胸を叩いた。
「いや、俺のせいじゃないだろ…」
「おだまりおだまりっ! 見たじゃありませんの! 見られちゃったじゃありませんの! もうぅ…っ!」
朱に染まった表情を見られまいと顔を伏せたまま両手を振り回す美香。
と、その向こう側に駆け去っていく子供たちがこちらを振り向いた。
その先頭を走る少年はニヤッと得意げな笑みを浮かべる。
それは「いいもの見れただろ?」と言っているようにも、愉悦を浮かべているようにも見えた。
(このガキ……うりゃ)
刹那、大輔は容赦なく念動を使って少年をこかしていた。
大人気ないというなかれ、これは正当な報復なのだ―――例え多分な感謝の気持ちがあろうとも。
「……行きますわよ」
いきなりこかされて半泣きになった少年が少女たちに慰められながら去っていって一分後。
ようやく落ち着いた美香は何事もなかったかのように身を翻し、先導を始めた。
だが、恥ずかしさは収まっていないのか、金糸の髪から覗くうなじはピンク色に火照っている。
(えい)
瞬間、大輔は反射とも言える速度と意思で超能力を使用していた。
タイミング的に特に意味はないが、少年への対抗心もあったのだろう。
発動した不可視の力は、少年の意図通り前を歩く金髪お嬢様のスカートを再度めくりあげる。
「ひあああっ!?」
今度は前ではなく後ろの下半身をあらわにされた美香の悲鳴が周囲に響き渡る。
ぷりぷりっと丸みを帯びたヒップが、やはり赤色レースのパンティに包まれながら姿を見せた。
先程の恥辱の名残か、心なしか赤みを帯びた肌が突然の外気の刺激にビクンっと跳ねる。
『……』
大輔も美香も無言だった。
距離が離れていたのは美香も承知だろうから今度はただの風の悪戯と思ったことだろう。
だが、大切なのは課程ではなく結果である。
「―――この、おバカァァッ!」
バチィーン!
故にお嬢様が再度ビンタを繰り出したことに無理はなく。
その一撃を甘んじて受け入れた大輔にも後悔の色はなかった。