『へ?』
ぱたり、と糸が切れた人形のように崩れ落ちる美香に彼女を注視していた全ての人間が間の抜けた声を上げた。
数秒の沈黙。
最初に動いたのは大輔だった。
戸惑った視線を背に向けてくる文乃を置いて美香へと駆け寄ると脈と呼吸を確かめる。
異常はない、恐らくは熱と羞恥によって頭に血が上りすぎた結果だろう。
そう判断し、保健室へ連れて行こうと美香の腕を掴む。
と、反対側から大輔の同じようにして少女の腕を掴む者がいた。
由貴である。
「紫藤?」
「私も手伝うよ」
「頼む」
美香一人を運ぶだけなら念動力を使うまでもなく一人で十分なのだが、助力を断る理由もない。
それに自分一人ではあらぬ憶測を呼ぶ結果になりかねないという懸念もある。
一瞬でそう判断した大輔は真剣な表情を作って由貴を見返し、頷いた。
美香の両腕をそれぞれが背負うような格好で大輔と由貴の二人は保健室へ向かう。
「…みんな、今頃騒いでると思う?」
「まあ間違いなくな」
「そうだよね…」
ずぅぅん、と影を背負って俯く由貴に大輔は少しばかりの罪悪感を覚えた。
彼女は美香のことを自分ひとりの責任だと思い込んでいるようだが、実際は違う。
一番の容疑者は自分なのだ。
形としては大輔が自分の私怨に由貴を利用した形になる。
「ま、まああんまり気にするなよ。わざとじゃないんだし、お嬢…高見沢も許してくれるさ」
「うん…」
言っててまるで説得力のない言葉に大輔は自分のボキャブラリーを恨んだ。
目を覚ませば美香は間違いなく由貴を怒る、間違いない。
自分に恥をかかせた人間を笑って許すなどありえない。
それを大輔はよく知っていたのだ。
(しかし…これはこれで役得だな)
大輔は心中で一人ごちた。
何せ今の状態は美少女二人と密着状態なのだ。
胸には歩くたびに弾み当たる美香のおっぱいが素晴らしい感触を伝えてくれる。
目では至近距離で透けている体操着から美少女二人の胸のふくらみとブラジャーを鑑賞できるのだ。
しかも授業中のため、廊下には自分たち以外の人影はない。
誰にも遠慮することなくこの状況を楽しむことができる。
「修地君は、すごいね」
「へ?」
いきなりかけられた声に大輔は戸惑った。
まさか視線がバレたのか!? と一瞬焦るものの自分を見る由貴の表情に批難の色はない。
とういうか、むしろその反対だった。
「皆が呆然としているだけの中ですぐに駆けつけて…」
「いや、別に大したことじゃ…」
「ううん、そんなことない。すごい格好よかった」
「う……」
純粋な瞳で自分を賛辞する由貴に、大輔は目をそらしたくなる衝動に駆られる。
元々自分が素早く行動に移れたのはある程度の心構えができていたからに過ぎない。
何せ、美香があの時腹いせに由貴に暴力を振るおうとし、自分がそれを止めるという可能性すら考えていたのだから。
「やっぱり…高見沢さんだから?」
「は?」
「好き、なんでしょう? 彼女のこと?」
「はああ!?」
大輔は驚いた。
目の前の少女は何を言っているのだろうか?
自分が、あの高見沢美香のことを好き?
「いや、ありえないからそれ」
「え、でもいつも仲良さそうだし…」
「デモもストもない。あれは仲がいいんじゃなくてあっちが俺にちょっかいだしてきてるだけ。
むしろ俺としてはあっちが俺に惚れているんじゃないかといいたい」
「そ、そうなんだ……」
何故か安堵したように息を吐く少女を大輔は不思議そうに見つめる。
そんな視線に気がついたのか、由貴は慌ててなんでもないと手を振った。
(俺が高見沢に? それは流石に失礼だぞ)
過剰なほど手を振る由貴に大輔は半眼を向けた。
正直、普段のやりとりを見ていて自分が美香に惚れているなどといわれるのは不愉快だったのだ。
(少し、罰を与えてやろうか…)
ニヤリと口元を吊り上げる。
紫藤由貴、大輔のクラスメートで女子バスケ部のキャプテンにしてクラス委員長。
成績、運動神経共に美香には一歩劣るもののサラサラのストレートロングの髪とそれに相まった穏やかな気性で男女間の人気は高い。
背が高めなのを気にしているようだが、文句なく学校でも十指に入る美少女。
念動力を行使する獲物としては不足がなかった。
(外れろ)
大輔が念じると同時に由貴のブラのホックが外れる。
ホックの位置は既にバスケの試合中に確認済み、フロントホックだった。
瞬間、由貴の胸がまるで爆発するようにぽよんっと大きく外へと弾む。
ブラジャーの締め付けから解放されたおっぱいが飛び出た反動だ。
下着の消失によって、つんっと僅かに乳首がその存在を体操服越しに主張し、そのピンク色を大輔の目に映す。
「えっ…?」
胸元の違和感に由貴は首を傾げ、俯いた。
そこには、ホックが外れ、胸に弾かれ脇腹の辺りまでずり落ちているピンク色のブラジャー。
「っあっ!?」
由貴は慌ててしゃがみ込み、胸を両手で覆う。
が、いきなり手を離してしまえば脱力状態で支えられていた美香の身体は当然のように傾く。
「っと」
しかし大輔は念動力を使いうまく美香を支える。
勿論、偶然を装って美香を抱き寄せるような形にすることも忘れない。
(うはっ、なんという感触…!)
内心でブラボー! と喝采をあげつつ大輔は美香の身体を抱きつくように支える。
胸、腰、太ももと美香の柔らかい身体全てと己の身体が密着する感触にニヤニヤが止まらなかった。
「やあっ…」
(この感触もいいけど、目に映るこの光景もすごい…!)
しゃがみ込んだ由貴は胸を両腕で隠すようにしているが、彼女の胸はその程度では隠せていなかった。
何せ彼女の胸は美香よりも大きい。
推定でE…下手すればFはある巨乳なのだから。
(おっぱいの肉が、はみ出るみたいに…むにゅっと、むにゅっと!)
腕の隙間からこぼれ出るように透け見える乳肉を大輔は注視した。
由貴は俯いているので視線には気づく様子はない。
ぶっちゃけ見放題だった。
「ど、どうしたんだ紫藤? 急にしゃがみ込んで?」
「え……そ、その、それは…」
「足でもくじいたのか?」
「え、あ、そ、そうなの!」
大輔のわざとらしい演技にも気がつかず、由貴は天恵とばかりに大輔の言葉に乗る。
それが彼の目論見通りだとも知らずに。
「じゃあほら、手を貸してやるよ」
「ええっ!? そ、そんな、いいよ…」
「遠慮するなよ」
「あっ、ちょっ…!」
美香を右手で抱え、空いた方の左手で大輔は由貴の手を掴む。
勿論これは親切心などではない。
由貴が足をくじいていないのは百も承知なのだから。
「よっと!」
「ああっ!」
引っ張り挙げられる勢いに由貴の手のガードが綻びた。
腕の中からぶるんと重量感のある胸がまろびでる。
ぴったりと汗で肌に張り付いた体操服は全く防護壁の役目を果たしていない。
大きく布地を押し上げ、その艶やかな肌色と豊満さをアピールする双子山が大輔の目に晒された。
「きゃっ…」
慌ててつかまれていないほうの腕で胸を隠す由貴だったが、それは手遅れだった。
何故なら、大輔はその光景を既にしっかりと脳内データに。
そして死角に浮かせているカメラに記憶していたのだから。
「しゅ、修地君…」
「何?」
「その…み、見た?」
「見たって…何を?」
大根役者だってもう少しマシな演技をするだろうというレベルの口調と表情で大輔はとぼける。
だが、由貴はその演技を信じた。
溺れている人間が藁をも掴む心境だったのだ。
まあ、人はそれを現実逃避ともいうのだが。
「さ、行こうぜ」
「だ、ダメだよ。一人で私たち二人を抱えていくなんて…」
「大丈夫だって、これでも俺は男だし。女の子二人運ぶくらいどうってことない」
ほらほらとせかす大輔に由貴は狼狽した。
どういうわけか、普段は自分の胸を覆っているはずのブラが今は外れてズレ落ちている。
体操服は汗で濡れて透けている状態なので胸は丸見え。
今はなんとか片手で隠してはいるものの、自分でも気になっているその大きさゆえにちょっと動けば乳首が手からこぼれだしかねない。
しかも息がかかるくらいの至近距離に男子がいる。
由貴は進退窮まった。
個人的にはすぐに人目のつかないところに移動してブラを付け直したい。
だが、そんなことを男である大輔にいえるはずがない。
「それじゃ…」
そして大輔が足を踏み出そうとした瞬間。
「しゅ、修地君!」
「ん?」
「ご、ごめんなさい…その、私……お、おトイレ!」
だっと駆け出す由貴を大輔は呆然と見送った。
それは足をくじいたという設定はどうなったのかというくらいの見事なダッシュだった。
数分後、由貴が戻ってきた。
ちなみに顔は依然真っ赤に染まったままだ。
どうやらブラを直すというのもトイレに行くというのも実は恥ずかしさに大差はないということに気がついたらしい。
ブラは既に元の位置に戻っている。
だが、しきりに胸元を気にし、手で覆っていた。
服が透けているのは変わらないからだ。
「お、お待たせ」
「おう」
「ご、ごめんね待たせちゃって。その…一度上着も脱がないといけなかったか……ううん、なんでもない!」
自爆して焦る由貴に大輔は苦笑を漏らす。
勿論由貴には見えない角度での話だが。
「さ、行こう?」
「それはいいんだけど、足は?」
意地悪く問う大輔。
「えっ!? ……う、うん、もう治ったみたい。だから平気」
「まあそういうなら構わないけど、一応診てもらえよ?」
「う、うん、ありがとう…あ、手伝うね」
「いや」
再び美香に肩を貸そうと近寄る由貴を大輔は手で制した。
そのまま手を美香に腰に回し、抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこの完成である。
「運ぶならこっちのほうが楽だしな。紫藤は用心したほうがいい」
「あ…そ、そうだね」
その光景にぼうっと見とれていた由貴は歩き出した大輔に慌ててついていった。
診察の結果、美香は熱中症だった。
そして彼女は放課後まで目を覚まさなかった。
なお、目を覚ました後、保険医からどういう経緯で自分が運ばれてきたのかを聞いて赤面しまくることになるのは余談である。
ちなみに、由貴の足は異常なしだった、当たり前だが。