二時間目、現代国語の時間。  
大輔はポケットからこっそりとあるものを取り出していた。  
それは昨夜、愛菜への悪戯に使ったねずみのおもちゃ。  
見た目には変化はないが、大輔は一点、歯の部分に改良を加えていた。  
プラスチックだった歯をカッターの歯につけかえたのだ。  
 
「それでは、浅生君。このページの段落の最後までをお願いします」  
「はい」  
(よし、始まったな…)  
大輔はほくそえんだ。  
現国の教師、村井(五十四歳・男)は授業のたびにクラス全員を当てて教科書を読ませることをモットーとしている。  
おかげで居眠りや内職ができず、大変生徒側には不評な教師の一人なのだが、大輔は始めて彼に感謝した。  
理由は単純、朗読は立ってさせられるからである。  
今回、大輔が目論んでいる計画は「ノーパン大作戦」だ。  
読んで字の如く、女子を皆ノーパンしてしまおうという計画である。  
当初はターゲットを近場の女子だけに絞る予定だった。  
だが、朝の騒動の際に自分を見捨てた女子たちが許せない! と憤った大輔はクラス全員にこの計画を実行することにしたのだ。  
なお、男子は既に首を捻って現在皆ムチウチのようになっているので気にしない。  
 
「では次、この段落を高見沢さん」  
(記念すべき一人目は高見沢のお嬢か…よし、いけっ)  
大輔の念によって無生物であるねずみに命が吹き込まれる。  
滑らかに動き出したねずみは素早く物影を移動するとあっという間に美香の足元へと到着した。  
(位置よし、角度よし、天候よし…アタック!)  
大輔の合図と共にねずみが跳躍した。  
大輔の脅威の集中力と妄想力によって的確に美香の下着の両サイドが鋭い刃で切り裂かれる。  
 
(よっしゃ!)  
朗読を続ける美香の足元にすとん、と落ちる純白の布。  
それを確かめた大輔は思わずガッツポーズを取る。  
これがこの時間を大輔が選んだ理由だった。  
座っているよりも立っているほうがこのミッションには確実性が増すのだ。  
無論、目視に頼ったこの操作はUFOキャッチャーの難易度を遥かに上回る。  
成功に思わずポーズをとってしまうのは無理もない。  
 
(何やってるんだろ、大輔くん?)  
隣の席で文乃はそんな幼馴染の奇行を不思議そうに眺めてはいたのだが。  
 
(…何か、すーすーするような?)  
下着が知らない間に使い物にならなくなり、自分の足元に落ちている。  
そんな自分の状況を夢にも思っていない美香は朗読を続けながら微妙な違和感に眉をひそめる。  
妙に下半身がすーすーするのだ。  
(まあ、夏だし涼しいのはいいことですけ……ど?)  
気にすることもなるまい。  
そう思いかけた美香はスカートの感触にふと違和感を感じた。  
布の質感が嫌にダイレクトに伝わってくる。  
おかしい…  
美香はいぶかしんで僅かに太ももを閉じ合わせ、そして蒼白になった。  
 
そこにあるはずのショーツの感触がなかったのだ。  
 
(なっ…なっ…?)  
青白んでいた少女の顔が一気に青から赤へと急変化を開始する。  
何故、どうして、何ゆえについさっきまで穿いていたはずの下着が!?  
美香は混乱した。  
思わず呂律が回らなくなり、読んでいた文章を噛んでしまう。  
 
「高見沢さん、ゆっくりで構いませんよ?」  
優しい村井の慰め。  
だがそれは今の美香には逆効果だった。  
珍しい美香のミスに教室の注目が集まってしまったのだ。  
「は、はい。A作は…」  
なんとか平然を繕い、美香は朗読を再開する。  
だがその心中は乱れに乱れていた。  
何せ今の彼女はノーパンである。  
しかもショーツの位置は足元というか床。  
授業中に他人の足元を注目するものなど普通はいない。  
が、誰かが消しゴムを落とすなどして足元を見られるなどの不慮の事態がいつ発生するかもわからない。  
ただでさえミスによって注目を集めている状況なのだ。  
今この瞬間にもノーパンがバレてしまってもおかしくはないのである。  
 
(は、早く、早く読み終わらなければ…)  
昨日とはまた違った状況で焦る美香。  
だが淑女たる彼女は身に染み付いた教育のせいで乱雑な速読などできない。  
(し、視線が…っ! 見ないで、私を見てはいけませんっ!)  
必死に心の中で訴え続ける美香だったが、当然それが届くことはない。  
それどころか、様子のおかしい彼女にクラスの大半が気づき始めていた。  
流石に足元を見るものはいないが、今の美香は目を向けられるだけでも精神的にまずかった。  
集まる視線が美香の焦燥を煽り、羞恥心を激しく苛む。  
ぽたり。  
美香の心境を表すかのように一滴の汗が純白のショーツに滴り落ちた。  
 
この後、美香は顔を真っ赤にしながらもなんとか無事朗読を終える。  
だが、焦りと羞恥と暑さによって汗が多量に発生。  
薄手の白い制服を透かした彼女は下半身の秘密を守りきった代わりに上半身の下着を大公開することになった。  
なお、この一件によって彼女は男子人気が跳ね上がることになる。  
普段とは違う弱々しい感じの態度がギャップ効果で男子の目には可愛らしく映り、大いにうけたのだ。  
当然それに比例して大輔が受ける嫉妬も跳ね上がることになるのだが、それはまた別の自業自得である。  
 
そして美香が着席してからちょうど五分後。  
朗読を終えた紫藤由貴は着席した瞬間軽く身体をビクッと震わせた。  
足の付け根からお尻にかけて、椅子のヒンヤリとした感触が彼女を襲ったのだ。  
(え…?)  
ダイレクトに伝わってきた感触に疑問を感じる由貴。  
おそるおそるスカートの上から腰の当たりを撫でる。  
と、次の瞬間、由貴の顔からさーっの血の気が引いた。  
大輔に見られたばかりの桃色のパンティが跡形もなく消え去っていたからだった。  
 
(パ、パンティが…!?)  
思わぬ事態に由貴は慌てて目を落とす。  
探しものはほどなくして見つかった。  
何せ靴に引っかかっていたのだから当たり前のことなのだが。  
 
(な、なんで…?)  
由貴は混乱する思考の中、考える。  
見た目、パンティに傷はない。  
となると考えられる原因はゴムが切れた――これしかない。  
実際のところは念動力に操られたねずみがゴムを切ったのだが、由貴がそんなことを知る由はない。  
 
(ああっ…)  
一瞬、羞恥心すら忘れて絶望する由貴。  
ゴムが切れた→ウエストがきつかった→太った。  
この連想が彼女の脳裏に浮かんでしまったのだ。  
実際は太ったどころかむしろ一ヶ月前よりも体重が減っている。  
だが既に彼女の中では太ったことが不変の事実として定着してしまっていた。  
今、一人の少女の繊細な乙女心が粉々に砕け散っていく。  
(ダイエット、しよう…)  
栄養バランスをよく考え食生活を送っていた由貴は、一歩不健康への道を歩みだした。  
 
「はぁ…」  
ずーんと影を背負いながら由貴はゆっくりと足元へ手を伸ばす。  
だがその瞬間、ある条件を満たした乙女だけがなせる業なのか。  
彼女は不幸にもその視線に気がついてしまった。  
そう、自分の方をじっと見つめる大輔の視線に。  
(え……あぅっ!?)  
ばちり、と視線が交錯した。  
思わぬアクシデントに由貴の頬が赤く染まり、胸がきゅんと高鳴る。  
一秒、二秒、三秒。  
無為に時間が刻まれていく。  
(〜〜〜〜〜っ!!)  
十秒後。  
ボン、と音を立てて由貴の顔が噴火した。  
足元に落ちているパンティを拾おうと屈みこんでいる。  
それが今の自分の体勢だと思い出したのだ。  
(あぅあぅあぅ……)  
目がぐるぐると回る。  
視界にモヤがかかる。  
身体がグラリと傾く。  
そして――次の瞬間、少女の意識は暗転するのだった。  
 
 
(はぅ…っ?)  
ガタリッ  
椅子を揺らして由貴は目覚めた。  
慌てて周囲を見回すと隣の席の男子(興味ないから名前覚えてない)が怪訝そうにこちらを見ている。  
教卓では村井が文乃を指名していた。  
どうやら数分ほど気絶していたらしい。  
そう状況を予測した由貴はすぐに隣に向けて頭を下げると、何事もなかったかのように教科書へと目を向けた。  
横目で名無しの男子が自分から意識を外したことを確認。  
そして由貴はほっと息をついて、ピシリ、と安堵の表情を停止した。  
(そ、そうだ、私…っ!)  
スカートに目を落とす。  
勿論透視などはできないが、スカートの下がノーパンであることはもはや明らかだった。  
再びじわじわと心臓の辺りから熱が込みあがってくる由貴。  
(そ、そういえば…パンティは!?)  
慌てて床に目を落とした由貴は愕然となった。  
靴に引っかかっていたはずのピンク色のパンティが跡形もなく消え去っていたのだ。  
 
(あ、あわわっ?)  
とんでもない事態の発生に由貴は脳が沸騰し始める。  
だが、それは噴火を待たずして治まった。  
何気なく開けた引き出しの中からパンティが出てきたのである。  
それも、まるで手で折りたたまれたかのような綺麗な収納状態で。  
(え、ど、どうして? なんで?)  
わからないことだらけだった。  
いつの間にか下着のゴムが切れていて、いつの間にかそれが自分の引き出しにしまわれている。  
しかも、気絶前は九十度以上前屈していたはずの上半身も元の位置に戻っている。  
(誰かが…? ううん、そんなことない、よね)  
他者がそうした、という可能性はない。  
周囲にそういった騒動を終結させた様子がなかったのだ。  
となると考えられるのは一点、無意識の内に自分で身体を動かしたという可能性。  
しかし寝ているならともかく、気絶している状態で勝手に身体が動くなど現実的ではない。  
必死に考える由貴だったが、超能力という答えには当然辿り着くことができなかった。  
 
(…わからないことを考えていても仕方ないよね。そ、それよりもっ)  
ひとしきり考えた結果、由貴は思考を放棄することに決めた。  
というよりも、正直なところもっと優先するべき事柄があったのだ。  
それは気を失う前の出来事。  
すなわち大輔と目を合わせたことが気のせいだったのかどうかということだ。  
だが、さりげなく(と本人は思っている)覗き見た大輔は既にこちらの方を見ていない。  
そうなると読心術が使えるわけでもない由貴に、確認する術はなかった。  
そして、彼女は放課後までこの悩みのせいでひたすら悶々と過ごすことになるのであった。  
 
一方、隠れファンクラブがあると噂の少女に熱い眼差しで見つめられている大輔はというと  
(段々コツがつかめてきたな)  
この男、ノリノリだった。  
最初の方こそ誤ってスカートに傷をつけたりすることもあったのだが、  
今ではなんとゴムの部分だけを狙ってパンツを切り落としている始末である。  
 
(それにしても、さっきはちょっと焦ったなー)  
由貴と目が合ったあの瞬間は彼にとっても予想外の出来事だった。  
何せその後由貴は気絶までしてしまったのだから。  
ちなみに、今更ではあるが由貴を救ったのは勿論この少年である。  
気絶し、頭から床へダイブしかけていた彼女を支え、元の体勢に戻す。  
そして床に落ちたままだった下着を足から抜き、丁寧にたたんで引き出しにしまう。  
これらは全て彼の念動力の仕業だったのだ。  
(ま、あのままだったら流石に寝覚めが悪かったしな…)  
あのまま放置していれば由貴は足にパンツを引っ掛けたまま床に倒れることになっていた。  
そうなれば当然教室はパニックである。  
最悪、由貴は授業中にパンツを下ろしてオナニーしていた痴女ということになりかねない。  
大輔としても流石にそこまでの騒ぎは望むところではなかったのだ。  
 
(っと、ラスト!)  
そして授業終了直前。  
大輔は朗読する最後の女子のパンツを切り裂き終えた。  
目標であったクラス女子全員のパンツ切りを見事に達成したのである。  
 

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