「は…ぁ…ひぁ……っ?」  
東雲夏樹は今、混乱の真っ只中に陥っていた。  
手には両手で広げられた自分のパンティがある。  
身体は床にはいつくばり、膝を立てて尻を天井に突き上げるような体勢。  
そして、直に窓からのそよ風が触れている――剥き出しの下半身。  
 
さて、時間は二分前に遡る。  
東雲は大輔が言うところの鉄面皮の下で、実は激しく動揺していた。  
(や、やっぱりズボンにするべきだった…!)  
東雲が下半身に身につけているのは昨日と同じ膝上までのタイトスカートだった。  
ウエストにある程度余裕を持たせるという予防線こそ引いてはいるものの、昨日を思い出すとどうしても腰から注意を離せない。  
しかし、彼女はそんな心境を表には微塵も見せずに授業を進めていた。  
教師として、大人の女性として、そして乙女としての矜持だったのである。  
(し、視線が…くっ…最近の男子高校生はふしだらすぎるっ)  
とはいえ、表には出さないだけで裏、つまり心中は乱れに乱れている。  
たまに後ろを向いた時に眼にする男子の目線で自分の下半身が注目されていることを察してしまうからだ。  
(うう、見られている…)  
下半身、とりわけヒップに集中している視線に、ともすれば羞恥の悲鳴を上げてしまいそうな自分を必死に律する。  
だが、着用者の意思とは裏腹にタイトスカートはその名の通りピッタリと尻に張り付き、その形をクッキリと浮き立たせていた。  
大きすぎずも小さすぎずもない美尻が足を運ぶたびに右に左にと揺れる。  
当然、そんな光景を見せ付けられて年頃の少年たちがふしだらな欲望を持たないはずがない。  
しかも彼らは昨日記憶に新しくもスカートの中身を確認しているのだ。  
視線に熱がこもるのも当然といえよう。  
 
すすす…  
と、そこに大輔から放たれた刺客が到着した。  
ねずみのつぶらな瞳が女教師のスカートの奥を捉える。  
無生物である彼が眼に映る光景に対して欲情を覚えることはない。  
しかし、その瞳はしっかと己の獲物を見据えていた。  
なお、この時東雲はチョークを走らせることに集中していたため注意がおろそかになっていた。  
…それが悲劇の要因となってしまったのだが。  
 
(いけ)  
大輔の合図と共にねずみが跳んだ。  
狙いは勿論東雲のパンティ。  
しかしここで障害が彼の目の前に現れる。  
それは、女子生徒たちにはなかったタイトスカートだった。  
女子生徒のそれとは違い、布と足の間に空間がほぼ存在しないタイトスカートは獲物に食いつかんとする獣の前に邪魔者として立ちはだかる。  
しかし大輔にはなんの躊躇もなかった。  
迷いなく念じ、ねずみはその意思に応える。  
キラリ、ねずみの刃が光った。  
ぴぃっ――!  
スカートの布が微かな悲鳴を上げ、切り裂かれていく。  
正に一刀両断といった勢いで大輔に操られたねずみはスカートを意に介せず跳躍を続ける。  
ピピッ…  
目的の位置まで達した襲撃者は確かな歯ごたえとともに床へと着地した。  
だが、動きは止まらない。  
瞬く間に逆サイドに回りこむと再度跳躍。  
あっという間に反対側のそこも同じ状態にしてしまう。  
そして――  
 
するん。  
的確にゴムのみを切断されたパンティが重力に負けて床へと落下した。  
 
ざわっ…  
まず最初に気がついたのは最前列の生徒だった。  
そしてそれは徐々に波紋のようにクラス全体へと広がっていく。  
彼らは、目の前でチョークを走らせている女教師のスカートに異常が起きたことに気がついたのだ。  
ピッタリと腰から膝にかけて張り付くようにフィットしているはずのスカートがひらひらと浮いている。  
いや、それどころではない。  
両サイドはチャイナドレスもかくやといった感じで大胆なスリットが生み出されているではないか。  
ひらっ…ひらっ…  
東雲の手が動くたびに連動して腰が僅かに振動し、スリットが広がり、中身が露出する。  
 
(こ、これは自分でやったことながら色っぽいな…)  
大輔はスリットから覗く肉付きの良い脚線美に眼が釘付けになる。  
しかも自分しか知らないことだが、彼女は今、穿いてない。  
だが、彼だけではない。  
既に教室全体が東雲に注目していたといってよかった。  
ごくり…誰かが我知らず唾を飲み込む。  
 
(…?)  
東雲は自分に寄せられる視線の数が変化したことに気がつく。  
視線の数が倍に増えたかのような感覚。  
普段から生徒の挙動に気をつけていたが故の鋭い感覚だったのだが、ここではそれが災いした。  
気がつかなければあるいは幸せだったのかもしれないのだから。  
だが、現実は無情にも女教師を原因究明へと振り向かせる。  
 
「あ」  
 
それは誰が発した言葉だったのだろうか。  
東雲だったのか、大輔だったのか、はたまたクラスの全員だったのか。  
とにかく、その瞬間――事件は起きた。  
東雲が身体ごと振り返ろうとしたとき、彼女のパンティは足元の床に落ちたままだった。  
それに反転のために動いた足が引っかかってしまったのである。  
つるん。  
この音でしか表現できないような見事な挙動で女教師とパンティが宙に舞った。  
びたん!  
仰向けで床に着地する女教師に教室全体がなんともいえない沈黙に包まれる。  
と、一呼吸遅れて東雲の頭にぱさりと何かが着地――彼女のパンティだった。  
なお、この一連の展開に大輔は一切超能力を使用していないことを明言しておく。  
 
「いた、いたたた…」  
鼻を打ってしまったのか、東雲は鼻を押さえながら顔だけをひょこっと持ち上げる。  
赤く染まった鼻と痛みに潤んだ瞳が普段のギャップと相まって非常に愛らしい。  
だが、それに和むものはいなかった。  
何故なら、彼らの視線は彼女の後ろに向いていたからである。  
 
見事にお尻が全開になっていた。  
スリット入りのスカートはもはやタイトとはいえず、その役目を放棄して背中へと持ち上がっている。  
しかも、東雲の体勢は膝を立てて尻を天井に突き上げるようになっている。  
顔が生徒側にあるので幸いにも見えるのはつきあがったふたつのふくらみだけ。  
無論、後ろに回れば前後の穴がクッキリはっきり見えたに違いない。  
「もう、一体なんな……え?」  
痛みに顔を顰めつつ、東雲は頭に乗る違和感へと手を伸ばす。  
だが、次の瞬間彼女は眼を見開いて硬直した。  
窓から流れてきたそよ風が彼女のお尻をふわりと撫でて行ったからだった。  
(ま、まさか…?)  
恐る恐る東雲は手を後ろへとまわす。  
そこには、滑らかな感触があった。  
布ではない、素肌の。  
「……!?」  
東雲は手の中の何かを両手で広げ、固まった。  
目の前にはうさぎさん柄のパンティ。  
それは確かに数秒前まで自分が穿いていたはずのパンティだった。  
「は…ぁ…ひぁ……っ?」  
そして時間は冒頭へと達する。  
混乱する思考の中、冷静な部分が彼女に教えていた。  
 
――今自分はノーパン状態でスカート全開なのだと。  
 
「ひっ……キャアアッ!!」  
東雲は全身がバネになったかのように勢いよく立ち上がると素早くスカートを元の位置に戻す。  
股からは依然と続くすーすーとした感触。  
そして、目の前に広がる自分への目、目、目。  
「あ…あああ…」  
一歩一歩後ずさる女教師。  
だが、壁につっかえた瞬間、その感情は決壊した。  
「も…もう……お嫁にいけないぃぃぃぃっ!!」  
 
「……そ、そういうキャラだったんだ、東雲先生」  
ぽつり、と教室全体に染み渡るかのように文乃の声が響き渡るのだった。  
 
 

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