川遊びは昔から好きだった。  
 
 泳ぎは得意な方だったし、何より麓の町にある恭子の家には、子供でも出かけられる位の距離に、  
今時珍しく泳げるほど奇麗な川があったのだ。幼い頃、親に連れられて何度も遊んだ記憶があるし、  
学校に上がってからは、友達同士で親に内緒で泳いだこともある。勿論、後でばれて大目玉を喰らった  
わけだが、それでも、またこっそり来たいと思うほど、それは楽しい思い出だった。  
 
 しかし、そんな恭子のやんちゃっぷりも、齢が二桁を迎える頃には徐々に鳴りを潜めることになる。  
その頃になると、成長の早い子に連られて、女子は皆段々と色気づき始める。そんな中、人前に水着に  
なるなんて恥ずかしいという思想が、学級内の女子の間で広まると、彼女もあっさりと染まっていった。  
 やがて、自分にも性徴が現れてくる頃になると、それは現実のコンプレックスとなって、彼女を無邪気な  
川遊びなんてものから、完全に引き離すこととなる。  
 
 それでも、大はしゃぎで橋から飛び込む同い年の男の子達を見ていると、羨ましい気持ちになるのもの  
だった。男って子供ねぇ、と級友の女子達と笑い合いつつ、同時にこんな所で背伸び合戦をしているよりは、  
一緒に川に入った方がずっと楽しいのに、という鬱積した思いを、慣れない生理痛と一緒に、お腹に抱えて  
いたものだ。  
 そして、いつか本当に気の置けない友人が……あるいは恋人が、出来たのなら。今度はもっと人気の無い  
上流の水場で、誰にも邪魔されず思いっきり遊んでやろう。そんなことを、中学に上がる頃、よく考えていた  
のを思い出す。  
 
 だが、しかし。  
 「……まさか、お年頃になって、触手と一緒に川に戻ってこようとは、予想だにしなかったなぁ。」  
川辺で水着に着替えつつ、今は17歳の野々宮恭子が、ふと独り言を呟いた。  
 
 
1.  
 
 その日曜日は、丁度梅雨の中休みだった。六月にしては大きく張り出した太平洋高気圧のおかげで、  
盆地の気温はグングンあがり、おまけにフェーン現象まで重なって、恭子の住む町の付近は、軒並み  
真夏日の予想であった。  
 丁度、その辺りで触手達の遠出を計画していた恭子は、これ幸いに、その日のイベントを川遊びに  
決定した。  
 
 普段、彼女が触手達に会いに行くのは、金曜か土曜の夜である。これは、毎週毎週、娘が趣味でもない  
山に出かけて、彼女の両親が怪しむのを防ぐためだった。しかしそうは言っても、触手だとて偶には  
ちゃんと明るい場所で、恭子と羽を伸ばしたいこともある。それに、ミノリとしても、定期的に昼間の森の  
様子を、自分の目で見て置きたいという考えがあった。そんなわけで、一月に一度程度の割合で、恭子は  
こうして休みに朝早くから、山に入ることがある。  
 
 しかし、その段取りは、夜中にこっそり出かける時とは比べ物にならないほど大変だった。なんといっても、  
明るい時間に触手と落ち合わねばならないのが、最大の難問である。  
 友人と出かけるのにおかしくない範囲で、出来るだけ動きやすい格好を選ぶと、恭子は朝一番のバスで  
山へと向かった。そして出来るだけ人気のない場所で下車すると、道から触手達が見えないところまで、  
自力で森に分け入った。後はひたすら犬笛を吹きつつ、誰かが自分を拾いに来てくれるまでの間、  
藪蚊と格闘し続けることになる。  
 
 暑さを圧して、ナップザック忍ばせたウインドブレーカーを着込み、顔をぱちぱち叩き続けること  
十五分。辛うじて二箇所の被害に押さえていたところで、漸くオクトルがやってきた。一旦巣穴で集合し、  
改めて四体と一人(+一人)で、今日の目的地である滝壺を目指す。  
 
 そこは、ずっと以前に見つけていた水場の一つだった。巣穴から距離があるので、崖下のものの様に  
気軽には使えないが、その水量は桁違いに多い。実際には滝というより、落差の大きい川の一部といった  
感じだったが、おかげでわざわざ訪れる人も無い、静かな場所だった。相当深い森の奥にあるし、釣り場  
や名所が近くにあるわけでもないので、余程のことが無い限り、人間と遭遇することは無いだろう。  
 
 彼らは小一時間ほどかけて、そんな滝壺までやってきた。恭子は四体に代わる代わる乗り換えながら  
登ってきたのだが、この暑さの中、荷物を抱えての登山は触手達にも結構な運動だったらしく、皆大量の  
汗を掻いていた。その腕の中にいた恭子も、暑いことには違いなかったが、お姫様よろしくずっと抱えられ  
ていたので、疲労そのものはゼロである。みんなを労い、ちょっと休んでてね、と言ってから、彼女は先に  
一人で準備を済ませることにした。  
 
 着て来た外出着を丁寧に畳んで、ナップザックに仕舞い、新調したセパレートの水着を身に着ける。  
初お披露目の相手がこやつらというのも、何だかなぁといった感じだが、まあ特別見せたい相手がいる  
訳でもない。  
 だが、どうせ人目を避けるなら裸でよくないかというミノリの意見は、当然、即時却下した。  
 
 サンダルを履いて水辺に下りる。気温はそこでも三十度以上あったようだが、ぴちゃぴちゃと足をつけると、  
川の水は流石に冷たい。水に入って暫くは気持ちいいだろうが、身体の冷やしすぎには気をつけなきゃな、  
と頭の端に書き留める。  
 
 深さは思ったよりもあった。透明度が高いので川底もなんとか見えるが、一番深いところでは数メートル  
あるだろう。ただ、そこは川幅も広く、流れは穏やかで、むしろ下流側の浅いところの方が、白波をたてて、  
岩の間を轟々と激しく流れていた。ここは恐らく、大水で流された巨岩が、滝壺周辺の流れを堰き止めて  
出来た、ミニチュアのダムなのだろう、とミノリは考えた。  
 
 彼は続けて、準備体操をする宿主の目を借り、水面の状態をよくよく観察した。そして今いる岸からおよそ  
ニメートル程度が安全範囲と見極め、それを恭子に伝えようとしたその時。  
 彼女はいきなり、一番深い場所を目掛けて飛び込んだ。  
 
 ”おい…っ!”  
 頭の中で絶叫するも、恭子は鼻歌交じりで水中を進む。そのまま十秒ほど素潜りをして、彼女は川の  
中心付近で顔を上げた。  
 「…っぷはー、いやー気持ちいいねっ、最高だねっ」  
 ”最高なのは結構だが、ここの流れの早さ、分かってるのか?”  
 「はふぃー。んなこと分かってるわよ。三歳から一人で泳いでた恭子様をなめんなー。」  
そう言って、今度は川の真ん中に転がる大きな岩を目指して泳ぎ始める。  
 
 ”そういった自信が毎年数多くの水難事故を…”  
 「知ってるわよ。もう子供じゃないんだし、川遊びで無茶なんかしないってば。」  
流れの中を十メートルも泳いで、息も乱さずそう言うと、彼女はよっこらせと岩の上に這い上がる。  
そこから川全体を見渡して、  
 「このラインから向こう。それから、あっちの岩で流れが割れて、後ろで水面が窪んでるとこ。あの辺は  
流れが速いし複雑だから近づかないわよ。でも、それ以外は全然平気じゃない。こりゃ穴場だわ。」  
 ”…見ただけで分かるのか。”  
 「うん?いや、見ただけっていうか、見たままっていうか。」  
そう言うと、本当に不思議そうに首をかしげた。  
 
 それにミノリが何か返す前に、彼女は対岸に触手達が現れたのに気がついた。様子がおかしい胎内の  
住人はひとまず放って、恭子は岩の上に立ち上がると、彼らに元気よく両手を振った。  
 「おーい、すんごい気持ちいぞー、早く入っておいでー!」  
 ところが、オクトル以下四名は水際まで来たものの、戸惑ったように蠢いて、こちらに渡ってくる様子が  
ない。もしかして登山で疲れきってしまったか、と恭子が思っていると、ミノリがポツリと違う、言った。  
 
 「?。なんで?」  
 ”………我々は、水の中を泳げない。”  
 
 
2.  
 
 たっぷり五秒、乗っている岩のように固まったあと、恭子は天を仰いで吹き出したした。  
 「ぶっっわはははは!な、何、何それ、触手が水に溺れるって、っあっはははは!」  
 ”溺れたとは言ってない。泳いだことが無いだけだ。”  
憮然として言い返すも、恭子の笑いは止まらない。  
 「だって、あんた達、そんな蛸か海星のお化けみたいな格好しといて、そ、そりゃないよっ!」  
 ”失礼な。君もヒトの形をしておいてそりゃないぞと私に思わせた事が何度あったと、”  
 「いや、そういう問題じゃないんだって。わはは、ごめん、収まんないっ!」  
 
今度はうつ伏せになって、ひぃーひぃー言いつつ岩を拳で叩いている。横隔膜の痙攣で、子宮ごと脳組織  
を揺さ振られながら、ミノリはじっと、宿主のバカ笑い収まるまるの待った。  
 
 五分ほどして、ようやく笑いを収めると、目尻に溜まった涙を拭きつつ、恭子は言った。  
 「そうか、そうよね、あんた達、徹底的に温室育ちだもんね。」  
 ”否定はしない。ニュアンスはともかく、言葉どおりの事実だからな。”  
そういうミノリの口調に、もう苛立ちの色は無く、代わりに諦めが浮いている。  
 
 「よし、じゃあ今日は、野生児恭子の水泳レッスンだ。ミノリ君も後日しっかり教えたげるから、今日は  
よくよく見学しておくように。」  
 ”君が触手の泳法に詳しいとは知らなかったな。”  
 「そうやって先を急ぐから金槌なのよ。取りあえず、今日は水に浮くとこまでいければ御の字だね。」  
そう言って軽く下腹をさすってやると、彼女は再び、岩から川面に飛び込んだ。  
 
 
 対岸には、オクトル達が行儀よく横一列に並んでいた。成る程、深さが50cm程のところまでは、  
皆じゃぶじゃぶと入ってくるが、それ以上の、流れがのある場所までは、決して出ようとしなかった。  
恭子が川の中から誘うように、ほ〜れほ〜れと水をかけても、せいぜいその場から肢で飛沫を飛ばす  
ぐらいで、誰もこちらに来る気配が無い。  
 調子に乗った恭子が、川上に陣取りばっしゃばっしゃと波を寄こしていると、やおら、デッカの長い触手が  
空中を伸びてきて、彼女の身体をひょいと釣り上げ、その懐の中に抱え込んだ。  
 
 ぺたぺたと巻き付く温い触手をあやしながら、恭子はわざとらしくため息を吐く。  
 「こりゃー重症ね。とりえあえず、水が怖いってことはないんだよね?」  
 ”いつもあれだけ行水してるのだから、そうだろうな。”  
 「しかし余裕で背の立つところでこの有様ってことは、要するに流れがだめなのか。」  
ふむ、といって身じろぎし、デッカの触手からスルリと身を抜く。お互い濡れた肌がよく滑り、いつもより  
あっさり触手の檻から脱出すると、彼女は水際を上流側へと歩いていった。  
 
 そこは急に深くなる代わりに、水の流れは淀んでいて大人しい。恭子は試しに底近くまで潜ってみたが、  
変に巻いている流れなどもなかった。  
 「えーと、物理的には水に浮くんだよね?」  
 ”『体』の比重はヒトより小さい。”  
 「よろしい。じゃあ、始めましょう。」  
 
 初めはノーナを呼んでみた。好奇心が強い方だし、何より体重が一番軽いので扱いやすい。それでも、  
恭子の二倍以上あるのだが、水の中ではその影響がグンと小さくなる。  
 右手を一本と絡ませ、ぐいぐい水の中へ引っ張ってみる。やはり流れが無いのが効いたのか、  
一メートル半ほどの深さまでついてきた。しかし、それ以上は戸惑うように、彼女の腕を引き返す。  
 
 恭子は一旦、立ち泳ぎでノーナの元へ戻ると、身体に伸びる触手をスルリとかわして、背中側へと  
回り込む。そのまま、後ろから頭の辺りを抱きかかえるようにして、背浮きの姿勢をとってみた。しかし、  
 「ノーナー。岩から手、離してみー?」  
第五・六肢が、岸辺の岩を、しっかりと挟んで離さない。  
 
 ニ・三度繰り返すも、やはり駄目だった。しかしその間に、恭子は触手の浮力が思ったより強い事に  
気がついた。なので、今度は正面から抱き合って挑む事にする。  
 腹側に回ると、無数の触手があっという間に全身に巻き付いた。この分だと、結構怖い思いさせちゃった  
のかなと、恭子はやや自分の強引さを反省する。腕だけなんとか触手から引き抜くと、ノーナの腹を優しく  
擦って、川に怯える大きな体を安心させた。  
 
 落ち着いた頃合を見計らって、再度トライ。と、今度はミノリがケチをつけてきた。  
 ”待て、今君の足が完全に固定されているのに気付いているのか?”  
 「完全にじゃないわよ。右の膝下は動くもの。それに、とりあえず一緒に浮いてみるだけだって。」  
 ”溺者はたとえ子供でも泳力ある大人を巻き込むことがある。まして、君とノーナの体重差は…”  
 「ノーナは溺者じゃないでしょ。溺れたことはない、泳いだことが無いだけだって言ってたじゃない。」  
そう言ってニヤリと笑うと、彼女は右手でノーナの頭を抱き寄せ、左手をゆっくりとスカーリングさせた。  
 
 距離にして三メートルほど、水深1.8メートルの場所まで進出して、そのまま流れにのって帰ってくる。  
ノーナが肢を真下に伸ばせば付いただろうが、如何せんそれら全てを一メートル半ほどの少女の体に  
巻きつけていたので、彼にはそれが分からない。だが、今はそのことが重要だった。  
 
 岸に着くと両手でポンポンと頭を叩いて、恭子が言った。  
「ほら、ほら、もう五メートル以上泳いだよ、ノーナっ」  
 流されたの間違いだろうというミノリの意見は黙殺する。恭子の声に、ノーナは慌てて触手を伸ばすと、  
岸辺の岩をはしっ、と掴んだ。瞳は確認できないが、この分だと、目も瞑っていたに違いない。だが  
それでも、自分が水に浮いたという感覚は、しっかりと得られただろう。それを好奇心に変換すべく、  
彼女はここぞとばかりに触手を褒め立てる。  
 
 「すごいすごい。わたしなんか、水中の輪投げ遊びから卒業するのに一ヶ月もかかったよ。まあ、あれ  
めちゃくちゃ面白いんだけどさ。でも水に入って三十分で五メートルなんて、霊長類顔負けだね。」  
 さあ、もういっちょいってみよう、と囃し立てると、その気になったのか、彼は恭子を抱えて、割りと  
機嫌よく先程の出発点へと戻っていく。  
 
 ”水を差すようで悪いが、分類学上我々が一番近いのが霊長類だ。褒め言葉としては微妙だな。”  
 「あっそう。」  
 
 いつになく無駄に饒舌なのは、きっとミノリも死ぬほど怖かったからに違いない。そう思っても、武士の  
情けで恭子は口にしなかった。もっとも、思考が伝わるので、余り意味はなかったけれど。  
 
 
 一体が成功すると、あとは皆スムーズだった。ノーナの様子を、岸から見ていたせいもあるのだろう。  
オクトル、トリデスと難なくこなして、デッカが最後に少し手間取ったものの、岸で少し水遊びしてから  
臨んでやると、それまでの抵抗が嘘のように、あっさりと川面に巨体を浮かべた。  
 
 結局、一時間もすると、夏川の淀みに四つの怪しげな塊がプカプカと浮かぶ不思議な光景が、恭子の  
眼前に広がった。ノーナとトリデスなどは、時々そのまま本流に流されて、下流の浅瀬に引っかかって  
から、岸辺を歩いて戻ってくる遊びをしている。  
 
 その様子を、恭子は河岸の岩の一つに腰を下ろして眺めていた。今は保温と日よけを兼ねて、  
水着の上からウインドブレーカーを羽織っている。  
 
 「何だ、みんな割りと筋いいじゃない。ミノリが騒ぐから、もっと手こずるかと思ったよ。」  
 ”まあ、比重からして、どうあっても浮く事だけは出来るよな。”  
 「あんたが今それを言うか。」  
 突っ込みを入れようにも、相手は自分の胎の中である。とりあえず、彼を滝壺に叩き落すイメージだけを  
脊髄越しに送りつけると、さて次はどうしよう、と彼女は思案に入った。  
 
 確かにここまではスムーズだったが、次のステップ、即ち潜るか泳ぐかを教える段階になると、さすがの  
恭子も、何をしていいのかさっぱり分からない。少なくとも人間の泳法は絶対に向かない気がするし、  
体形からして蛸の様な泳ぎ方が適当に思えたが、当然彼女は軟体動物に泳ぎを習ったことなどない。  
 
 まあ、初めてで無理してもしょうがないか。結局そんな結論に達して、彼女は上着を脱ぎ捨てた。  
折角楽しそうにしてるのだから、今はあれこれ教えるよりも、自分も一緒に遊ぶ方が、ずっといいに  
決まっている。  
 はずみをつけてジャンプすると、おりゃーと威勢のいい掛け声と共に、恭子はデッカとオクトルの間の  
水面目掛けて飛び込んだ。  
 
 
 ゴーグルをかけて水の中から窺うと、触手達は巨大な海藻の塊のように見えた。なんとなくイソギンチャク  
の様なものを想像していた恭子には、ちょっと意外な光景だ。彼女はその周りくるくる泳いで、ちょっかい  
を出しては逃げ回っている。  
 慣れてくると、彼らも恭子を追って触手を伸ばすようになったが、それでも、水の中を自由自在に泳ぎ回る  
彼女を、捕らえるまでには至らない。それが、恭子には凄く新鮮だった。  
 
 いくら言うことを聞くようになったとはいえ、今でも地上では、少女は触手に絶対に敵わない。彼らは  
その気があれば、いつでも自分を閉じ込めることも殺すこともできるのだ。勿論、そんなことは有り得ないと、  
この半年、共に過ごした歴史が証明しているが、それでも、絶対的な力の差は変わらない。  
 
 それが、この水中では完全に逆転していた。彼らは自分を捕えられないばかりか、自分の助けなしには  
満足に動くことすら出来ないのだ。その事実が、彼女の心に、どこかこそばゆい感覚を与えた。  
 
 それで少しハイになっていたのだろう。ミノリに指摘されるまで、恭子は自分の疲れに気付かなかった。  
 ”いい加減休んだ方がいい。これは嫌味でも皮肉でもなくて、体温が少し落ちてきている。”  
そういわれると、急に身体が重くなった気がしてきた。低体温症は、泳力に自信のある者にとって水難の  
一番の落とし穴だ。ごめん、ありがと、とよく分からないお礼を言って、彼女は急いで岸に上がった。  
 
 そのまま四つん這いで、先程脱ぎ捨てたウインドブレーカーを探していると、上からデッカが圧し掛かって  
きた。ぐぇっとわざとらしく潰れて見せる恭子を、ひょいと懐に抱え上げると、彼はそのまま触手で包んで、  
自分も川べりに横になる。触手の先は皆一様に冷たかったが、押し当てられたお腹は少しだけ生温い。  
彼も水に浸かりすぎて冷えたのだろう、と思って、恭子はそのまま身を任せた。何より、これはこれで  
日よけにも保温にもなる。  
 
 触手の毛布に包まって一休みしながら、恭子は他の三体の様子を窺った。ノーナはさっきから、飽きずに  
ずっと川流れをして遊んでいる。大分冒険心が出てきたようで、今はうまく勢いをつけて川の反対岸へ  
流れされるのに熱心だ。  
 オクトルは淀みの部分で、水澄ましの如くクルクルと回っていた。先程、恭子に徹底的に弄られたのが  
悔しいようで、なんとか迅速な方向転換を身に着けるつもりらしい。  
 
 さてトリデスは、と見渡すと、これが全く見当たらない。あれ、もう上がっちゃったかなと、触手から首を  
伸ばして見渡していると、こちらの意を汲んだのか、デッカが何やら水面の一点を指差して(?)いる。  
 
 はてな、と恭子が思っていると、やおらそこから、潜水艦の潜望鏡のように、一本の触手が顔を出した。  
ビックリしてよく見ると、それはトリデスの口管だった。先端の花弁が深呼吸するように蠢いた後、  
また唐突に水面下に沈む。  
 ”なるほど、シュノーケリングだな。”  
 「……おっぱいに吸い付くだけじゃなかったのね、あの触手。」  
感嘆を通り越して、半ば呆れの色を滲ませながらそうと言うと、恭子はゆっくり頭をデッカの懐に戻した。  
 
 
3.  
 
 しばらくそのまま包まっていると、二人の身体も段々に温まってきて、恭子は少し眠たくなってきた。  
しかし、本日水泳デビューの三体がまだ川に入っているので、目を離すのはちょっと不味い。寝落ち  
しないよう身体をもぞもぞ揺すっていると、デッカの触手も釣られるように蠢きだした。  
 
 ふくらはぎや二の腕をマッサージするように緩く締め付け、腰には硬い外足が按摩のように押し当て  
られる。最初はそれに「うひゃー気持ちいー」と身を任せていた恭子だったが、次第にデッカの動きが  
妖しくなってきた。  
 
 足の間に回される触手の量が多くなり、マッサージの重点が太股に上がってきた。上半身の拘束は  
段々に強まって、空いた脇から胸元へ伸びる触手も増えてきた。まだトップスの内側には侵入しない  
が、その頂きを掠める回数が、不自然に多くなってくる。  
 おややと思った時には、少女の身体はもうしっかりと抱え込まれていた。「デッカぁー?」と詰るような  
声を出しても、彼の態度はどこ吹く風で、マッサージの一環ですよとでも言いたげだ。  
 
 一応、当初の計画では、巣穴に戻ってから、ということになっていたのだが、まあこんな事になる  
だろうと、恭子も初めから予想していた。真っ昼間の野外と言う事に抵抗が無いわけではなかったが、  
それよりもここで断るのは可哀想という気持ちが勝る。恭子が意識して身体の力を抜くと、了承を得た  
デッカの動きが、一段と大きくなってきた。  
 
 そのままグニグニと揉まれていると、岸を歩いていたノーナが、早速デッカの動きに気付いた。抜け駆け  
すんなばかりに、浅瀬をバシャバシャと走ってくる。  
 その水音に他の二体も顔を上げると、一緒に川から上がってきた。  
 
 彼らは力を合わせて、よいしょとデッカの体をひっくり返すと、独り占め禁止、と自分の触手を彼の懐に  
差し込んで、恭子の身体を探りに来る。群れ一番の巨体を誇るデッカも、三人がかりではさすがに防ぎ  
切れないようで、温かい体の隙間から、冷たい触手が恭子の身体へ伸びてくる。  
 温度差にびっくりして、恭子が思わず声を漏らすと、それに気をよくした触手達は、ますます体を  
入れてきた。  
 
 温い触手と冷たい触手が、交互に少女の全身をまさぐる。本当に新手のマッサージ店みたいな感覚  
だが、店員がこんなに局所を狙えば、訴えられて一発で免停だ。いや、そいういうお店もあるんだっけ、  
と身も蓋もない事を考えていると、トップスの紐が解けてカップがずれた。  
 
 二つの乳房が露わになると、早速触手達が殺到する。普段は、しばし押し合いへし合いをした後に、  
大抵トリデスと他一名が確保して決着がつくのだが、今日は恭子も触手もよく濡れているためか、  
にゅるにゅる滑って、なかなか勝者が決まらない。一本がとぐろ状に巻きついても、他の触手が強引に  
押し入ると、胸は柔らかく形を変えて、その手を簡単にすり抜けてしまう。  
 
 「あっ…んっ…ん…あはは、ちょっと痛いよー…」   
 激しさを増す胸元での争奪戦に、恭子は苦笑いで苦言を呈する。けれどものの数分もすると、また  
バタバタと何本もの触手が暴れ出し、彼女は、結局、こりゃだめだと諦めた。  
 
 身体の位置を変えたらマシになるかと、身を大きく捩った拍子に、開いた股座にも触手が伸びる。  
しかし、ショーツより遥かに締め付けの強い水着のボトムを前に、彼らはやや攻めあぐねていた。脇から  
触手を潜らせようにも、ゴムが強くてうまく入れず、かといって無理に引っ張り破ろうもんなら、恭子の  
大目玉が待っている。仕方なく布地の上から、割れ目と豆を狙ってさわさわと蠢く。が、実は  
その緩慢な刺激は、感じ始めの恭子に対して、彼らの予想以上の効果をあげた。  
 
 頭にも触手がやってきた。柔らかな頬を押し、また眉を逆撫でしては、恭子の前髪を掻き揚げる。  
泳ぎに邪魔にならないよう、髪を固めていたゴムが、いつの間にか掏り取られ、下ろされた  
セミロングの黒髪の中を、細めの触手が泳ぎ回る。  
 
「ううっ…ん……あん…はれっ?」  
 と、唇をつつく二本の触手が、他のものと様子が違う。目を開けてみると、それはノーナとオクトルの  
生殖肢だった。今日は全部の触手がよく濡れているので、こうして見るまで分からなかったのだ。  
 意を得て恭子が口を開けると、彼らは二本いっぺんに、彼女の口腔に入ってきた。そのがっつきぶりに、  
恭子はおいおいと思いつつも、噛まないように口を大きく開け直す。すると二人は、彼女の舌を求めて  
口の中でも暴れ出した。まだ細めで柔らかいからいいものの、勃ってきたらどっちか抜かなきゃな、  
と舌を遊ばせつつ彼女は思う。  
 
 生殖肢への愛撫が始まると、二体分の触手の動きが、それまでよりやや雑になる。その隙を突き、  
どうやらまたトリデスが、胸部の支配権を得たらしい。お陰で無理な揉み上げがなくなり、彼女と  
してもちょっと楽だ。  
 しかし、口にノーナとオクトル、胸はトリデスと来れば、股座に構えているのはデッカだろう。となると、  
今日の一番乗りは彼になると考えるのが自然である。  
 そこでううむ、と恭子は唸る。別にデッカが最初で嫌な訳ではないのだが、しかし彼のものは、巨体を  
反映して些か大きい。一番に受け入れるのは、よく準備しておかないと辛いだろう。  
 
 よし、と決めると、彼女は自分からさっさとボトムを脱ぐ事にした。一旦両手から触手を外すと、水着を  
太股の下までずり下ろす。後は触手達が引き継ぎ、その小さな布切れをたちまち彼女の足から抜いた。  
 やっと邪魔者がいなくなり、開かれた秘部は無数の触手で埋め尽くされる。  
 
 「っ…んがっ…むあっ…はむっっ…!」  
 ようやく始まった直接的な刺激に、じっくり焦らされていた局所は敏感に反応した。たちまち愛液が  
溢れだし、彼女の体温をグングン上げる。生殖肢を二本挿しされた少女の口から、くぐもった喘ぎが  
絶え間なく漏れる。  
 
 デッカは細い触手群で陰核を徹底的に責めるとともに、その幾重にも分岐した舌を、膣口付近に  
宛がい始めた。零れる蜜を味わいつつも、細い分岐を一本づつ中へと収めていく。  
 三本目が入ったところで、それらは中で蠢き始めた。最初は一緒に、次はバラバラにと様々な  
動かし方をして、恭子に予想をつけさせない。  
 
 膣を犯す舌は、三つ合わせてもノーナの生殖肢より細い程度で、また柔軟性に富んでいるため、  
中でうねっても恭子に苦痛を与えなかった。しかし、そのうねりは、確実に彼女の中を緩めていき、  
生殖肢のための道を押し開けていく。  
 残り分岐は、それ以上入る動きは見せず、代わりにゆっくりと下腹を這い回り始めた。文字通り、  
中と外から同時に胎を舐め上げられて、恭子は思わず口の触手に噛みついた。  
 
 それでようやく、二本挿しは無理があると気付いたのか、オクトルとノーナは口の中から撤退する。  
やっと顎が楽になって、恭子がはあはあ息を吐いていると、とうとうデッカの生殖肢が、彼女の  
股に押し当てられた。  
 もうすっかり硬くなっていて、これ以上は我慢できないといった感じだ。恭子はまだ達したわけでは  
なかったが、デッカは既に、普通に受け入れるには十分過ぎる程の準備を、彼女にしてくれていた。  
覚悟を決めて、恭子は触手にGOサインを出す。  
 「ん…ふぁっ…い、いいよデッカ。一気に…いっちゃって。」  
 
 舌がスルリと引き抜かれ、早速剛直が当てられる。しかし、愛液で滑るそこは、太すぎる触手を  
何度も弾いた。  
 そこで、デッカは細い触手を二本、中に入れると、まずそれで膣口を簡単に開いた。そうして出来た  
小さな穴に亀頭をうまくはめ込むと、ぐっとめり込ませて固定する。ずれないことを確認して、補助の  
二本を下がらせる。  
 
 衝撃に備えて、恭子が大きく深呼吸する。その息が半分ほど吐かれたところで、巨大な触手は  
勢いよく少女の胎の中へ入り込んだ。  
 
 「っっ…はっ──ふうう、………っく、」  
 さすがに鈍い痛みが走る。だが、それは来るべき性感で、上書きできない程ではない。より彼女を  
圧倒したのは、お腹をギリギリと拡げられる強烈な圧迫感だ。  
 
 一度には半分しか入らなかった。だが、そこから時間をかける余裕はもう無いらしく、デッカはやや乱暴に  
身を捩ると、三度目の押しで、彼女を体奥まで抉じ開ける。全てを収めて、一度大きくうねると、そこで  
ようやく、恭子の様子を窺うそぶりを見せた。  
 
 「んんっ……は…ははっ、全部入ったねぇ。」  
 そう言って、なんとか笑みを見せるものの、眉は大きく歪んだままだ。限界まで拡げられた膣壁は、  
人間の男のなら痛みを感じるほどの強さで、デッカのものを締め付けている。彼は一旦、抽送を止めると、  
少女の胎に自分の形を馴染ませるように、生殖肢をグリグリと回転させた。  
 
 挿入が一段落したのを受けて、体外の触手が再び活発に動き出す。胎内はまだ生殖肢で感じられる  
状態にないので、彼らはより直接的な刺激で、恭子の性感を起こそうとした。デッカの舌は再度クリトリス  
の責めに転じ、胸に陣取るトリデスが、協力するように乳首への愛撫を強め始める。ノーナとオクトルも、  
彼女の背中に自分の腹を擦り付けるようにして、無数の触手で扱き上げる。  
  「ん…あんっ……ひゃっ…はうぅ!」  
 恭子の身体は、今や四体の触手で完全に覆われていた。分厚い肉壁の内側は、四体と一人の熱で  
どんどん暑くなっていく。  
 
 「ぅあうっ……んあっ……う゛くっ……あんっっ」  
 そして、デッカの抽送が始まった。体軸に巨大な杭を打たれて、全身の筋肉の動きがバラバラになる。  
まださほどの激しさは無いが、その一突き一突きは尋常でなく重かった。痛いとか、気持ちいいとか、  
そういう以前に、その圧力が恭子の身体を圧倒する。  
 額を流れる汗を拭おうと、彼女は何度も腕を上げたが、それは顔にたどり着く前に、悉く触手の突きに  
撃墜された。  
 
 汗はもう滝のように掻いていた。その0.8トンもの肉塊の内側は、いまや完全に蒸し風呂状態に  
なっている。この運動でデッカ以外の個体もすっかり温まり、おまけに気温は三十度越え、加えて南中  
直後の夏至近い太陽が、燦々と彼らに降り注いでいた。今、触手と少女を滑らせているのは、川の水に  
替わって、全て一人と四体の汗である。  
 
 「んんぅ……あっ……あつーぅうっ!……ひゃっ……」  
 これじゃ今度は熱中症になっちゃうよ、と思う恭子の頬に、ふと冷たい飛沫が触れた。あれっと思って  
手を伸ばすも、再びデッカの突きに邪魔される。仕方なく目を開けてみると、頭を覆う触手越しに、キラキラ  
と光る川面が見えた。四体がかりでくんずほぐれつしている内に、いつの間にか水面近くまでずり落ちて  
来ていたのだ。  
 
 涼やかな流れの煌めきに、恭子は思わず身を伸ばし、みたび身体を穿つ生殖肢に阻まれた。だが、  
触手のサウナに閉じ込められている身としては、その冷たい誘惑は抗い難い。  
 「うあっ……えいっ─あ゛ぅ!……はんっ…」  
 デッカの抽送の合間をついて、なんとか水面に手を伸ばす。川に向かって身体が自然とずり上がり、  
生殖肢も追いかけるように突き込んで来る。その反動を利用するような形で身を捩り、待ち焦がれた  
水風呂まであと一歩、というところで、  
 
 触手が足場にしていた岩が、突然ゴトリと浮きあがった。  
 
 
4.  
 
 「はぇ?……おわっわわっあーーがぼごぼごぼ!」  
 バシャーンとド派手な音を立てて、総計一トン近い肉と岩の塊は、涼やかな夏川の淀みに転がり落ちた。  
触手はすぐさま、きつく恭子の全身をくるんで、落下の衝撃から彼女を守る。お陰で結構な勢いで川底に  
ぶつかったのにも関らず、少女の身体にははかすり傷一つない。  
 しかし、この状況はちょっと不味いのではなかろうか。  
 
 幸いにして、恭子はいきなりパニックに陥ることはしなかった。しかし、地上で既に上がっていた息は、  
すぐに苦しくなってくる。どうにかするには、まず触手を外さねばと思うものの、それを伝える手段が、  
咄嗟には浮かばない。冷静になれば、彼らだって、恭子を呼吸させるべく水面へ押し出す知恵くらい  
あるのだが、何よりここは水の中、触手の方がパニクっている可能性は十分にある。  
 
 上半身の触手を外す。下の方は、ゴーグル無しではよく見えない。とにかく両腕だけは自由にすると、  
眩しい方向が上だと賭けて泳ぎ出す。と、腰から下が言うことを聞かない。  
 デッカの生殖肢が挿さったままだった。しまった、と思って手を伸ばすが、腰に打たれた巨大な楔の  
おかげで、うまく身体が起こせない。おまけに、その触手の表面は、自身の粘液で水の中でもぬらぬらと  
滑った。  
 
 本気で息が苦しい。もう迷っている暇はない。恭子は下半身を脱力させたまま、腕の力だけで再び  
光の差す方へ向き直る。しかし、いくら泳ぎが得意な彼女でも、足も腰も使えぬままでは満足に泳げる  
はずがない。いよいよやばいと、焦りで水を飲みかけた時。  
 一本の触手が、突然彼女の顔を押さえ込んだ。  
 
 トリデスの口管だった。彼は別の触手で、分けも分からず振り回す恭子の両手を縛り付けると、先端の  
花弁を開いて彼女の口と鼻周りを密閉し、舌で強引に唇を割る。  
 口を開ければ肺に水を飲んでおしまいだと分かっていても、我慢できるはずもない。もう駄目だ、  
と口を開け、思いっきり息を吸い、………息が吸えた。  
 
 あれ、と思ったのはしばらく後の話で、恭子はとにかくがむしゃらに呼吸をした。途中、また苦しくなって  
焦り出した彼女の頭に、吸い込みすぎだ、深く吐けとミノリの冷静な声が飛ぶ。  
 
 一分程そうして、ようやく彼女も落ち着いてきた。周りを窺う余裕も出てきて、恭子は現状を確認する。  
 どうやらトリデスは、水上に出ている本体の口から吸い込んだ空気を、口管を通して彼女にもお裾分け  
してくれているらしい。彼がどうして素直に水面に上げないのか、その理由は分からない。だが、何分  
初めての水中だったわけだし、こうして助けてくれただけでも御の字である。  
 
 実際のところ、触手達は恭子の特訓の甲斐あって、水に落ちても焦ってはいなかった。落ちた瞬間、  
彼らは皆教えられた通りに、全身の力を抜いて浮きの姿勢をとり、すぐにプカリと水面に浮かんだ。だが、  
四体が団子状に絡まったまま落ちたため、そのままではうまく恭子を水面に出せなかったのだ。  
 そこで彼らは、とりあえずトリデスで恭子の呼吸を確保して、後は、しっかりした足場に触手が届くまで、  
流れに任せてひたすらじっと待ったのだった。  
 
 
 水中でひとまず全員の無事を確認すると、早速ミノリが彼女をなじった。  
 ”恭子さんの水泳教室とやらは流石だな。まさか溺死体験までメニューにあるとは思わなかった。”  
そのいつに無く辛辣な口調に、恭子はうぐっと言葉につまる。  
 
 ”いや、その、でも、これは別にわたしが無茶をさせたとか、そういうんでもないような…。”  
 ”では君の川に対する慢心と侮りは、この結果とは無関係なわけだ。ところで、午前中に、休憩地点  
は川岸から1メートル外側へ設けようという私の意見を、怖がり過ぎと一笑に付したのは、一体誰だ…”  
 ”あああぅーはいわたしですとも。ごめんなさい。もっと気を付けるべきでした。”  
言って恭子は、水の中で誰へともなくペコリと頭を下げる。相手は胎の中なので仕方が無い。  
 
 子宮内部の寄生体に、宿主がひたすら平謝りしていると、彼らはようやく川岸の浅瀬に流れ着いた。  
デッカ達は触手を岸辺の岩に伸ばすと、今度こそ安全な足場かよく確認して、その体を固定する。  
 陸地につくと、それまで脱力していた触手群が、一斉に水中に伸びてきた。自分を案じて探りにきたと  
思った彼女は、心配ないよと抱き止めようとしたものの、何やらちょっと勝手が違う。  
 
 彼らはさっさと恭子の手足を固定すると、腹部に長めの触手を巻きつけた。冷えに弱い彼女のお腹を  
保温したつもりだろう。ついで、するりと局部にも触手を伸ばし、少女を水中に沈めたまま、当たり前の様に  
彼女への愛撫を再開する。  
 
 「んぶっっ?!……ふぅうぅ、すぅー、はぁー、すぅーんぶぶっっ!」  
途端に嬌声を上げかけて、自分が触手越しに息をしている事を思い出す。なんとか上ずる呼吸を抑え、  
意識を肺に集中して、トリデスの口管を押さえ直す。  
 ちょっと待ってと言おうにも、水の中ではどうにもならない。しかもこんな時に限って、手足の拘束も妙に  
固かった。振り払おうと力を入れても、一向に緩まる気配がない。  
 胸にも触手が伸びてきた。雰囲気からしてトリデスとオクトルのものだろう。彼らは、浮力で地上とは  
異なる形に膨らむ乳房を、面白そうに突付いたり巻き上げたりしている。  
 
 いきなり始まった強引な責めに、恭子は思わず疑問の声を──上げられないので、考えるだけにする。  
だが、それに何故かお腹の中から返事が来た。  
 ”ちょと、まって、なんで、うああっ”  
 ”ふむ、どうやら、水中では遠慮無用と考えたらしい”  
 ”ええ!?なんでって……やんっ!”  
 ”そりゃあ、アレだけ自由自在に振舞ってくれれば、私だってそう思うよ。”  
しかし、ミノリにしては妙にぼかした言い方で、恭子には何のことかよく分からない。  
 
 実のところ、触手達は恭子の心配など、殆どしてはいなかった。つい数時間前まで全くの金槌だった  
彼らにとって、流れの中を我が物顔で泳ぎ回る彼女はまさに魚そのものであり、水中で彼女が困る  
などという発想が、そもそも思い浮かばなかったのだ。  
 勿論、彼女がれっきとした哺乳類であり、水の中で呼吸出来ないのは知っている。だが、それさえ確保  
してやれば、彼女も水中の方が色々楽しいに違いない。先程だって、抱かれている最中にも関らず、  
仕切りに川の方へ、身を伸ばそうとしていたではないか。  
 
 そんなわけで、触手達はある種の思いやりすら持って、続きを川の中でする事にしたのだ。だが、  
そんな事を知る由もない恭子は、胎にデッカの蠢きを感じて、いよいよやばいと焦り出す。  
 
 ”ままま待てまて、いくらなんでもまずいって!”  
 ”そうか?まあとにかく吸うよりも吐くことに集中することだ。君の得意な水泳と一緒だろう。あと出来れば  
過呼吸にも気を配ったほうがいいな。”  
 ”そういう問題じゃないでしょ!えと、中に、み、水とか入っちゃうし、ていうか、”  
 ”私と免疫系で対処できない細菌類は見当たらない。体温もすっかり上がっているし、存分に楽しむといい。”  
 ”いや、そうじゃっきゃっっ……ちょっと、ミノリ絶対分かってて言ってるでしょ!”  
 ”はて。ああ、そう言えば行為中は黙ってろ言われていたな。邪魔して悪かった。”  
 
 そう言ってぱったりと黙り込む。こりゃ絶対金槌って馬鹿にしまくったのを根に持ってるなと思ったものの、  
今となってはどうしようもない。そしてとうとうデッカの抽送が始めると、恭子もミノリに構う余裕など  
なくなった。  
 
 生殖肢が少しだけ引き抜かれる。膣内の容積が減って内圧がさがり、傘の先がぎゅっと奥へ  
吸い込まれた。しかし膣壁は尚巨大な触手にピッチリと密着しており、まだ川の水は入ってこない。  
 小さく前後に動かして、デッカはしばらくその吸引を楽しんだ。その間に外の敏感な豆を責めて、やや  
下りてしまった彼女の性感を呼び覚ます。  
 
 「すぅーっ…んっ……はぁーー、…っんんっ!」  
 段々と抽送のペースが速くなる。岸辺で抱いていた頃から合わせて、もうかなり長い時間、繋がった  
ままのデッカは、いよいよ我慢できなくなってきた。頃合を見て、生殖肢を入り口付近まで一気に  
引き抜いてみる。  
 「すぅーっん……んんっっひゃぐぅぅ!」  
 すると、劇的な変化が現れた。内部の減圧に耐え切れず、触手と膣壁の隙間から、内へ一気に冷たい  
水が流れ込む。その感触に、恭子は思わず身を竦ませ、結果として浅い部分が生殖肢の傘のをぎゅっと  
強く締め付けた。  
 
 思いがけない快感に、デッカが夢中で生殖肢を動かした。亀頭が殆ど露出するまで引き抜かれ、  
空いた隙間から膣に川の水が流れ込む。その冷たさで壁が反射的に収縮したところへ、再び  
剛直が押し込まれる。  
 「んんっっ!!……はぁー!、ふぅっ…っ…あんっ」  
 普段と異なる胎の動きで、デッカは実に楽しそうだが、恭子の方はそれどころではない。ただでさえ  
デッカの巨大な生殖肢は受け入れるのが大変なのに、水深一メートル強の川底に沈められたまま、  
それでじゃぶじゃぶと胎の中を掻き回されているのだ。  
 
 触手が抜かれる度に、新たな川の水が流れ込む。その冷たい違和感はどこか怖くて、恭子は触手を  
追いかける様に腰を突き出した。いくら清涼な川の水とはいえ、そんな所に入れられても気持ち悪いだけだ。  
 自分の女を埋めるのは、やはり相手の男であって欲しい。たとえそれが触手であってもだ。  
 
 基本的に受身な彼女が、珍しく求めるような仕草をするので、デッカは張り切って生殖肢を振るった。  
だが、もう長くは持ちそうに無い。次第に興奮が勝ってきて、抽送も自分のための激しいものに切り替わる。  
傘が膨らみ、触手の限界を悟って、彼女も協力するように胎の中を締め上げた。恭子としても、デッカの  
射精は待ち望んだものだった。その熱い精で、早くお腹の冷たい異物を押し流して欲しかった。  
 
 「ぐっっ……んんっ……あ゛うっ……ふうぅっ……」  
 激しい突き上げに、息が詰まる。シュノーケリングの呼吸法としては零点だ。だが、どうせゴールまで  
あと少しだろう。呼吸のことは一先ず置いて、恭子はデッカを終わらせるために身を捩った。雰囲気を  
察したのか、胸の触手もその頂きを激しく責め立て、彼女の身体と膣の襞を蠢かせる。  
 
 それにたまらず、デッカは生殖肢を最奥に押し当てた。  
 「っっはっ……んんぁああっっ!」  
子宮頸部をこじりながら、巨大な生殖肢が傘を開く。随分と焦らされた甲斐あって、吐き出される精は  
大量だった。一瞬で体奥の精子溜りを一杯にすると、その水圧を持って膣壁と触手の隙間をこじ開け、  
胎の水を追い出すように、激しく膣口から溢れ出す。  
 恭子は性的に達してはいなかったが、自分の中が待ち望んだ熱でやっと埋められる嬉しさに、  
ブルッと身を震わせた。その動きは当然お腹の中にも伝わり、彼に更なる射精を促した。触手をゆっくり  
引き抜きながら、出来る隙間を自分の精で埋めていく。  
 
 おかげで、亀頭が最後にヌプっと抜け出た際にも、殆ど水は入らなかった。剛直で一時的に拡げられた  
膣には、パテのように触手の精液が詰まっている。川の流れが露出した陰核を撫で、反射的に括約筋が  
縮こまると、押し出された白濁が川の中をゆらゆら漂った。  
 
 そのあまりに淫靡な光景を、恭子が思わず呆然と見つめていると、早速次の生殖肢が入ってきた。  
折角水避けになっていたデッカの精は、数度の突きで完全に掻き出され、その冷たさに緩んでいた膣も  
ぎゅっと締まる。  
 
 ”あうぅ……もしかして、全員終わるまで陸には上げて貰えんのだろーか。”  
 ”折角だから、水の底でしっかり反省してくれたまえ。”  
ミノリは相変わらずにべも無い。そんな彼に、恭子は水中で一つ、ううっと唸ると、再び触手を  
受け入れるべく、意識して全身の力を抜いていった。  
 
 
5.  
 
 結局、四体全員が少女の中を味わい切るまで、恭子は本当に水から上げて貰えなかった。途中、  
彼女が何度か達した際には、流石に呼吸が出来ないので、顔だけ水上に出されたものの、身体が一旦  
落ち着くと、すぐに川底へ沈められた。  
 まあその際に、意地悪くやめろと言わせなかった、ミノリのせいでもあるのだが。  
 
 ともあれ、無事川の中で触手達を満足させた彼女は、今は水際で再び彼らに包まれながら、遅めの  
昼食を食べていた。場所は当然、ミノリが初めに設定した、『安全範囲』とやらの中である。  
 
 半分ほどを食べ終えて、傍の触手に弁当箱を預けると、恭子はうーんと伸びをした。川越しに通る風は、  
滝の飛沫に冷やされて中々に気持ちいい。ここでマイナスイオンとか言い出すと、お腹の中の現実主義者  
が、散々馬鹿にするので言わないが、それでも何か、身体に良さそうなものが、そこら中から出てそうだ。  
 
 川の匂いを胸一杯に吸い込んで、恭子は言った。  
 「お昼をするだけでもいい場所ね。今年の夏は暇を見つけてどんどん来よう。」  
 ”全くだ。わざわざ水に入らずとも、川遊びは気持ちのいいものだろう。”  
 「まだそんなこと言って。」 彼女は笑った。「大体、ミノリ今日の今日まで、川遊びなんかしたこと  
ないでしょうに。」  
 ”私自身は無い。” ミノリは応じた。”殆ど施設に缶詰だったからな。ただ、私の培養漕を担当する局員に、  
海川限らず水辺の好きな者がいて、よくそんな話をしていた。それを、今でも聞き覚えている。”  
 「……そっか。」  
 
 なんだ、結局聞きかじりかい。そう気軽に軽口で返してもよかったが、恭子は何となく、そうは言わずに、  
後は静かに川面を見つめた。彼女が会話を続けないので、ミノリも黙ってそれにならう。  
 
 二人して川のせせらぎに耳を傾けることニ・三分、恭子がふと出し抜けに言った。  
 「今のわたしの感覚は、生では伝わっていないんだっけ。」  
 ”ヒトである君と私では、五感を処理する脳構造が若干異なる。情報として参照しているが、体感という  
意味では、していないな。”  
 「よし、分かった。」  
 
 そう言って、恭子はまだ自分に入ったままになっている、オクトルの生殖肢に手をかけた。時間が経って  
とっくに小さく萎えていたそれは、彼女の手に従って簡単に抜けた。そしてオクトルが何事と顔を寄せると、  
恭子はそのまま一つ口寄せをして、"直結"の準備をするようお願いする。  
 
 突然どうしたと尋ねるミノリに、彼女はいいからいいからと取り合わず、珍しく自分から膣に細い連結肢を  
挿入した。勿論、彼女ではミノリの脳と繋げないので、あわててオクトルが手伝いの触手を差し向ける。  
 ミノリはそんな恭子の思考を探ろうとしたが、こういう突発的な思いつきは読みにくかった。彼とて彼女の  
頭の中を、何でもかんでも自由に覗けるわけではないのだ。原因が先の会話にあるのは明らかだが、  
それでもどこか符に落ちないまま、ミノリは『体』の掌握に努める。  
 
 十分程して、オクトルの体を殆ど自分の指揮下に置くと、ミノリは言った。  
 ”帰るには些か時間が早いが。もう一泳ぎするんじゃなかったのか。”  
 「するよ、もちろん。ミノリと一緒に。」  
 ”待て。それは一体どういう…”  
 「実際にやったことも無い奴に、川遊びのなんたるかを語られたくないもんね。」  
そう言って彼女はニヤリと笑い、  
 「そ・れ・に。この中で水に入れないの、もうミノリだけなんだよ?」  
実に楽しそうに、今はミノリの『体』であるオクトルの触手を、意地悪くツンツン引っ張った。  
 
 
 その後、泳ぎは『体』が覚えていれば十分だとか、連結肢を入れたままではいざという時危ないとか、  
果ては、そもそもまだ昼食の途中じゃないかと言って、なりふり構わず抵抗するミノリを、恭子は満面の  
笑顔で切り捨てた。  
 「デッカー、トリデスー。この駄々っ子を、わたしごと川に投げちゃってくれい。」  
 ”よし、待て。分かった、入水動作は私がやる。”  
すぐさま、少女を懐に抱え上げる。そしてくすくすと笑う彼女を腹の触手で締め上げつつ、擦り寄る二体の  
魔の手から逃げるように、彼はざぶんと水に入った。  
 
 川に入ると、さすがにミノリも観念したらしく、素直に恭子の指示に従った。元々、オクトルがうまく  
いった時点で、そのやり方は『体』側にしっかり刻み込まれている。要するに、後はミノリの思い切りが  
つくかどうかの問題だったのだ。  
 
 だから、流れの弱い淀みの中に、無事にその身を浮かべると、彼の強張りはすぐに取れた。恭子は、  
特に問題なさそうと分かると、そのまま彼を川の中心へ連れて行く。やがて二人は強い本流に捕まって、  
そのまま下流に流された。  
 
 なんとも独特な感覚だった。肌で感じる水の圧力は、思ったよりもはるかに強い。体が流れと等速に  
なっても、まだ四方から押される感じがした。事前に予想した、培養槽の中のようなふわふわとした  
浮遊感はなく、むしろ何かに乗せられて振り回される感覚。  
 基本的に全てが初めてで、うまい比喩表現が見つからない。ミノリがそう思いつつ恭子を見ると、彼女は  
ただ微笑んでにこちらを見ていた。  
 
 やがて下流の浅瀬に流れ着くと、恭子は早速触手に言った。  
 「どう、楽しめた?」  
 ”さすがにそんな余裕はないな。”  
 「あはは、まあ初めてだしね。でも聞くとやるとじゃ、全然違うでしょ。」  
そう言って、彼女はやおら、『体』の頭部を優しく抱きしめる。実は、オクトルでなくてミノリの時にそうする  
のは、ちょっと珍しいことだった。  
 
 黙って大人しく抱かれたままのミノリに、恭子は言う。  
 「研究所に帰れない気持ちも、頭と体を分断された気持ちも、わたしには分かんないけどさ。でも、  
こうでもなんなきゃ、きっと泳ぎの一つ覚えらんなかったと思うよ。ミノリ、臆病だもん。」  
 ”……そうだな。” ***34  
 
 やはり、彼女の思考は読めなかった。そもそも発言そのものが、彼女の思考に相関していなかった。  
つまり、今の彼女は、およそものを考えて喋っていない。要するに、少し精神が不安定なのだろう。だから、  
言葉を通しても、脳波を直接拾っても、彼女の言わんとすることは分からない。  
 
 だが、今の自分には『体』がある。その身をかき抱く、華奢な腕の力の意味は、ミノリにもちゃんと  
理解できた。それは、この半年で自分達が身につけた、新たな情報伝達の方法だった。  
 
 懐の中で自分の幸せを願ってくれる、たった一人のホモ・サピエンスに、ミノリはゆったりと触手を回す。  
 ”自分ごと溺れてでも水慣れさせるなんてスパルタは、君にしか出来んよ。”  
 「本当に憎まれ口しか叩かないんだから。」  
 ”おかしいな。今のは褒めたはずなんだが。”  
ひたすら軽口を叩きながら、川の浅瀬で二人は抱き合う。口先だけの不毛な争いは、ノーナが様子を  
見に来るまで五分以上続いた。  
 
 
6.  
 
 撤収予定は、ミノリの作ったタイムテーブルによれば、16:15時となっていた。だが、三時半を回った  
辺りで、急に風が変わってくる。  
 
 流れの穏やかな場所で、ミノリと触手泳法の開発に勤しんでいた恭子が、ふと口を滑らせた。  
 「……寒っ。って、あっ、違う、そんなことないない…」  
 ”ここまでだな。無理して風邪を引いても馬鹿らしい。撤収しよう。”  
 「うぅー。しまったぁ…。」  
 
 ぶつくさ言う恭子を抱えて、ミノリは水から体を上げた。真夏日とはいえ、まだ六月の山の中は、日が  
傾くと急に気温が下がってくる。  
 今はもう我が物顔で川の中を浮いている触手達を、川から上がらせると、彼らは撤収の準備を開始した。  
といっても、別に大した作業があるわけではない。荷物をまとめ、恭子を乾かして服を着せれば、  
大体の準備は完了である。  
 
 ナップザックを置いた岩陰まで行くと、先に上がったデッカが、既にバスタオルを広げて待ち構えていた。  
無数の触手でタオル越しにもみくちゃにされ、あっという間に身体の水滴を拭き取られる。しかし、髪の方は  
まだ触手には任せられないので、恭子は途中でデッカからタオルを受け取った。  
 
 その頃には他の触手も集まってきて、タオルドライをしている恭子に、彼らは丁寧に服を着せていった。  
途中、不必要な慎重さで、胸やら尻やらを擦る触手もあったが、その程度ならご愛嬌である。ただし、  
調子に乗って秘部の辺りへ潜り込もうとする触手には、恭子が容赦なく噛み付いた。彼女の感情の  
問題だけでなく、連結肢がある以上、そこでの悪ふざけは洒落にならない。  
 
 
 そんなこんなで、かなりバタバタしながらもも、無事四時前には帰宅の準備を終えられた。この後は、  
ミノリと森の様子をチェックしながら、皆で巣穴まで下山することになる。彼は早速何枚かの地形図を  
取り出して、チェックポイントの確認を始めていた。  
 しかし、触手が器用に地図を広げて、うんうん睨めっこしている様は、なんともシュールな光景である。  
 
 思わず恭子が吹き出すと、ミノリがジト目(のような気配)で彼女に言った。  
 ”人を笑っている暇があったら、忘れ物でも確認しなさい。”   
 「ごめんごめん、別に馬鹿にしたわけじゃないんだよ。」  
 そう言って首をすくめると、また文句を言われる前にナップザックを覗き込む。といっても、持ち物は  
殆どいつも通りなので、忘れ物などしようがない。ペットの水に弁当箱、タオルと虫除けスプレーと、  
いつもと違うのは水着ぐらいで……  
 
 「……え?」  
 ”……あ。”  
 「……っっぁあああ゛あ゛!!水着!!水着どこ!?」  
 
 素っ頓狂な声を上げて、恭子はミノリの体から飛び起きた。そのまま膣の連結肢のこともを忘れて川へ  
向かって走りかけ、ミノリが慌ててその身体を押さえ込む。  
 
 「ノーナ、デッカ、トリデス持ってる!?持ってない!?そうよね、持ってりゃとっくに出してるよね、ええと、  
ええと、ちょっとミノリッ!!」  
 ”怒鳴られたって持ってない。しまったな、完全に失念していた。”  
 「何で、いつから着てなかったっけ?つーか何でわたしも裸で平然としてたのよっ。ああもう…」  
 ”いつも通りずっと触手に包まっていたせいだろう。それより少し落ち着いてくれ。”  
 
 そう言って、ミノリはバタバタ暴れる恭子の身体を押さえつけ、ついでに口にも外殻付き触手を押し込んで  
黙らせる。勿論水中でやったように、脊髄越しでの会話は可能だが、パニックの彼女はそんな器用な  
マネなどしないだろう。フガフガ喚く彼女はとりあえず無視して順序立てて考えようとし、そうだ、水中だ、  
と思い当たる。  
 
 確か、水着の上も下も、水上でデッカが抱く前に、触手が取り去ったはずだった。普段なら、その時点で  
ナップザックにしまうか、或いは脱がせた触手が最後まで持っているはずである。例え行為の途中で  
落としてしまっても、巣穴ならすぐに見つけられる。  
 
 だが、今回は、途中で皆揃って水に落ちてしまっていた。しかもその直後、彼らは浮きの姿勢で全身を  
弛緩させ川をゆらゆらと漂った挙句、四体揃って水中で好き放題に恭子を抱いていた。彼女自身も、自分  
が脱がされてから長時間、川底でずっと水着どころではなかったため、その間にすっかり忘れてしまって  
いたのだった。それに元々、触手に抱かれている時は裸が多いこともあり、その後も違和感に気付かな  
かったという訳である。  
 
 ”まあ、99%川に流してしまったな。”  
 その結論を厳かに伝えると、彼女はぴたりと動きを止める。もう大丈夫かとミノリが口の触手を外すと、  
彼女はやおら、天を仰いで絶叫した。  
 「わたしの、下ろしたての、8925円を、返せーーーっっ!」  
 
 
 
 
 尚、その後、恭子は地の底から這い出たような声で、  
「──草の根分けても探し出せ。」  
との命令を下し、その迫力に恐れをなした触手達(含むミノリ)が、なんと五百メートル下流でボトムの  
発見に奇跡的に成功したりするのだが、それはまた別の話である。  
 
 

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