「・・・あー、だっりー」
何で学校というのは月曜から金曜まであるんだろう。週休二日制なんて野暮ったいことはせず、月・水・金だけ学校、なんてことにすれば良かったのに。
そうすれば、ゆとりも生まれて余裕も生まれて頭の悪いのが増えて、そいつらが目立って、私なんかは安穏としながら炬燵に入って蜜柑を食べられたのに。
「残念にゃー」
寒い中を登校することに精神がやられたのか、おかしな言葉が口から溢れ出た。ついでに溜息も吐いて憂鬱を噛み殺し、一歩一歩、歩を進める。
全くアスファルトなんて破壊して動く歩道にしてしまえばいいのに・・・とか思いながら猫背気味に歩き、溜息を連打する。
そんな平易の登校時間、不意に背後から鋭い音がして、反射的に一歩分だけ横にずれる。
一秒後、史の操る自転車は一秒前まで私の立っていたところに滑り込んできた。
「あ、おふぁよー」
口をマフラーで隠しているせいで舌足らずな声が、朝の挨拶を告げる。
私はいつものように自転車の前輪を軽く蹴り、溜息を吐く。
「だから、何で毎朝毎朝、轢く気まんまんなんだよ。もう少し早くブレーキかけるとか、横にずれるとか、とにかく私を轢かないコースを走れよ」
肩に触れるぐらいの黒髪に、切れ長の目。そして細い肢体と長い脚を見せ付ける史は、私の言葉ににっこり笑う。口元はマフラーで見えないけど。
「や、別に轢く気はないって。何でか毎朝、あたしの選ぶコースの先にあんたがいるのよ」
「・・・・・・はいはい」
もはや形式化されている言葉を交わしつつ、歩を再開させる。
史はサドルに跨ったまま両足を地面に触れさせ、えっちらおっちら、恐らく普通に歩くより面倒な歩き方で私の隣に並んだ。
「・・・あー、だっりー」
特に話すこともないので心情を吐露すると、史がマフラーをもふもふさせて声を出す。
「ならさ、さぼろうよ。一緒にゲームでもしない?」
「・・・んー。さぼることに異論はないが、お前とぉ?」
少しばかり、否、かなり肯定しかねる。
思わず顰められた私の眉を見たのか、史はマフラーをずり落として薄い唇を覗かせる。
「何よ、不満なの?」
無論のこと不満だ。何が、というと・・・史の家は殴りたいほど金持ちで、そこの一人娘である史は基本的に性格が悪い。だから一緒にいるのも好ましくないし、そんな史とゲームをするなんて勘弁願いたい。
「だってお前、性格悪いもん」
「・・・はっきり言うわね。や、間違ってはないけど」
史はやや赤くなっている頬を指先で掻き、白い息を吐く。雪に変わりそうな吐息は数秒で細かに散って消えた。
「でも、勝ったら賞金出すよ?」
「え、まじで?」
軽い言葉に、虚しい本能が咄嗟に反応する。自分で言うのも何だけど私は貧乏で、お金には目がない。そんな私の態度に満足気な笑みを見せた史は、おもむろに鞄に手を突っ込んだ。
「・・・ゲームって、簡単にできるのか?」
立ち止まって鞄の中を探る史に合わせて足を止め、髪に手を入れる。半年ほど前、史に負けて罰ゲームとして髪を茶色に染めたが、その名残が今でも感じられる。何しろ手触りが全く違う。
半年ほど前はさらさらだったというのに、今では砂でも混じっているような感触で、艶すら消えてしまった。
「あ、あった」
しかめっ面だが内心でしょんぼりする私の前で、史が勢いよく鞄から手を出す。
その手には・・・・・・私は素早く周囲を見渡し、人の姿がないことを確認して溜息を吐く。
「・・・前からおかしいとは思ってたが、お前、ほんと精神病院とか入った方がいいんじゃないか?」
心底から呆れる私の声を受け、男性器を模した物、いわゆるバイブを手にしている史はからからと笑った。
「や、欲しいって子がいて、でも自分で買うのは恥ずかしいってことで、頼まれたのよ」
「・・・ふーん」
頼まれたからといってバイブを学校に持っていく辺り、史の頭の悪さが窺える。ま、今更だけど。
「取り敢えず隠せよ、私まで捕まるのは嫌だ」
「えぇ? 別にバイブ持ってるだけで捕まったりしないって」
あははは、と軽く史のみぞおちに拳でも入れたい気分に襲われたけど、それを実行する前に史は、のんびりとだけどバイブをしまった。
漸く戻った平凡な女子高生二人という図に安堵を覚えつつ、溜息を吐く。
「・・・んで、お前はどんなゲームをするつもりだったんだ」
史はマフラーを巻き直してから答える。
「我慢大会でもしよっかなーって」
「・・・・・・・・・・・・」
ほんと、頭のおかしい奴って身近にいるもんだなぁ・・・変に深い感慨に襲われながら、髪に入れた手をがしがしと動かす。
「そもそも、それ一個でどうやって勝負するんだよ」
「え? あ、大丈夫、他にもあるから」
「いや出さなくていいから」
「え、そう?」
鞄に手を突っ込んだ史を制し、深々と本当に心の底から呆れを露にするために溜息を吐いてみる。だけど史は素知らぬふりで曖昧に笑い、私の顔を直視している。
「んで、どうする? する?」
気楽な調子の史を本気で殴りたい。
「・・・するわけないだろ。馬鹿か、お前は」
「え、でも・・・・・・」
そう言って不自然に顔を寄せてきた史は、私の耳元で何事か囁く。
「・・・・・・・・・まじで?」
何やら目の当たりにしたことのない金額を述べられた私は、目を丸くして問い返していた。
「ん、まじで」
きらりんと瞳を光らせる史の言葉に、どうやら嘘はない。そうなると、勝つだけで言葉通りの金額が懐に入るということになる。
「・・・・・・もちっと詳しくゲーム内容を頼む」
「あいあい」
頷いた史は再びマフラーをずらして口元を覗かせ、歌でも唄うようにルール説明を始める。
「お互いバイブを入れて移動、先にイッた方の負けってことで」
と、ルール説明は呆気なく終わった。
私は腕を組んで大きく息を吐く。
「・・・二つほど不具合がある」
「ん? 何?」
「まず、先にイッたらってことだが、どうやって証明するんだ? 男じゃないんだ、見た目じゃ分からないだろ」
しかし私の引っ掛かった点は史にしてみれば些細なことなのか、ふふん、と得意気に笑って答える。
「だから我慢大会なのよ。申告しなかったら続くだけ、もうイッてるのに刺激されるってのは辛いと思うけど・・・おーけい?」
「・・・・・・おーけい」
こいつの思考回路をフル活用すれば、世界の救われない人々の一割近くが色んなことを諦めそうだ。などと呆れながら、もう一つの不具合、最も気になる点を述べる。
「・・・あー、もう一個は・・・私は処女でバイブなんて入らないんだが、その辺はどうするんだ?」
この問いにも、史は軽やかなる態度で答えをくれた。
「大丈夫、入れる必要なんてないから」
そう言って史の取り出したものは、いわゆるピンクローター? とでも呼ぶのだろうか、ピンク色の小さな楕円形だった。
「・・・・・・なるほど」
私は首を左右に曲げて骨を鳴らし、勝ちへの意気込みを見せ付けた。
午前中の半端な時間帯ということで、電車内は驚くほど空いていた。
それなのに私も史も、目立つ空席になど見向きもせず、スライドする扉の側に並んで立ち尽くしている。
「んー、余裕余裕」
手すりを握る史は、電車の微妙な振動を身に受けつつ、平易の笑顔を見せた。
「・・・あっそ。それは良かった」
私はといえば同じく手すりを握り、そう暑くもない車内で顔を真っ赤に染めている。
理由は単純、バイブのせいだ。
私の下着の内には今、ピンク色の小さな楕円形が固定されている。それは緩い震えを起こしていて、硬くなっているのが分かる突起を絶えず刺激していた。
史も同様、しかし私とは違う男性器を模したバイブを入れているというのに、少なからず余裕を感じさせる。
だけど、負けるわけにはいかない。
何しろ多額の賞金が掛かっているのだ。
決意も新たに意気込む私の前で、史が小さく笑う。
「そろそろ、やばいんじゃない? 何か今にもイきそうな顔してるけど」
「・・・あん? まだまだ余裕だっての」
なんてな言葉とは裏腹に、私の額にはうっすらと汗が滲んでいる。無論、暑いという安直な理由からじゃない。
「・・・・・・そっちは随分と平気そうだな」
やや皮肉交じりに嘲ると、史は目を細くさせて八重歯を覗かし、不敵な笑みを形作る。
「ま、慣れってやつかな」
「・・・・・・なるほど」
自分がどんなことを言っているのか、ちゃんと分かっているのだろうか。よもや反射だけで生きているのではあるまいな・・・とか訝りながら、手の中のリモコンを見やる。
お互い、股に入れているバイブのリモコンは交換している。つまり私のリモコンは史が、史のリモコンは私が持っている。
その、史の股に入っているリモコンには強中弱のレベルがあり、今は確かに強になっている。否、ずっと強にしている。
それなのに・・・・・・何で平気なんだよ、畜生。
何気に挫けそうな心というか体を奮起させて、隣に立つ史を睨む。
「・・・どしたの?」
「・・・別に」
素っ気無く答えて、腰の辺りをむず痒くさせる震えに耐える。細かな振動は引っ切り無しに硬く尖ったものや割れ目を刺激していて、気を緩めるだけで頭の奥が溶けそうになる。
このままだと、ちょっとまずいか・・・否、男じゃないんだ、ルールにもあったが、申告しなければ負けにはならない。
つまり私に負けはないということに他ならない。
なら、考えることは一つだ。
史に負けを申告させる方法。
まだ余裕がありそうというのもあるけど、あの史がそう簡単に負けを認めるとも思えない。何しろ半年ほど前、ルール無用の50メートル走勝負をした際、スタートと同時に迷うことなく殴りかかってきた奴だ。
あの時は即行で返り討ちにして、つい脚の骨を折ってしまったことに罪悪感を覚えて救急車を呼んだが、史はその間に這いずってゴールに辿り着いていた。
それほど無駄な根性に溢れる史が、私の負けです、などという言葉を言うはずがない。もう地獄に落ちますよって寸前でも口を手で塞ぎ、尚且つ中指を立ててきそうな奴なのだ。
そうなると、史の負ける可能性もないに等しい・・・・・・ということは、この勝負、良くも悪くも引き分け、か?
「・・・・・・それは困る」
「何が困るの?」
私の独り言に律儀に応えた史が、その手に握るリモコンを見せ付けて指を動かす。かち、とモードの切り替わる音とともに、股で震えるものの激しさが増す。
「ぁっ・・・!」
油断もいいとこ、全くの不意打ちに思わず内股になり、そうなると振動の触れる場所が微妙に変わって、生まれた電気が腰から背骨を伝って首筋で弾けた。
危うく漏れそうになった声をぎりぎりで押さえ、しばき倒したい笑みを見せる史を睨み付ける。
「・・・お前、ほんとに性格悪いな」
史はリモコンを持つ手をひらひらさせながら、からから笑う。
「や、勝つ為には手段を選ばない? 至言だなー、なんて」
「・・・・・・馬鹿にはもったいない言葉だ」
「え? なに?」
「ばかっ・・・ぅ、ん・・・・・・!」
史がいかにも面白げにリモコンのモードをかちかち操作する。と、その度に股に触れるローターの震えが強くなったり弱くなったりして、硬い革靴の中の爪先に力が込められた。
僅かに内股になって汗を浮かべ、熱い息を吐く私は、しかし賞金を思い出して虚勢を張る。
そもそも、この車両にもちらほらだけど人がいるのだ。こんなところで変態女子高生の汚名を頂戴するわけにはいかない。
「イッた?」
「死ね」
無邪気に問うてきた史に本心を述べ、深く深く息を吐く。もちろん、その際も気を抜いたりしない。全身の神経を集中させてから緊張感もそのままに息を吐き、心を落ち着ける。
「前から思ってたんだけど、言葉遣いが悪いのって駄目くない? 印象悪いよ、印象」
不平を浮かべた顔でそんなことを言いながらも、史はかちかちリモコンを操作している。
「・・・っ、ぅ・・・」
すこぶるやばい。
実はさっきの不意打ちで軽くイッたのだけど、史の奴は容赦も糞もない。
私は体の表面という表面から吹き出そうとする熱を抑え、閉じた唇の内で舌先を噛み、仕打ちに耐える。
「・・・ぅ、ちょ、ちょっとタンマ!」
「・・・・・・また古い言葉ね」
少しばかり上擦った私の声に、史だけではなく、座って新聞を読んでいた中年男性までが視線を向けてきた。けれど中年男性にとって、お願いポーズをしている女子高生など興味の対象外なのか、すぐに視線は外される。
「んで、どしたの? 降参? 負けを認めますか?」
漸くリモコンを弄る手を止めた史は、にやにやにやにや笑って私の目を覗き込んでくる。
「あ、潤んでる」
「死ね」
頭を振り下ろすと、ごっ、という鈍い音が脳内で響いた。
「だっ」
額に頭突きを食らった史は俯き、体を細かに震わせる。そして・・・ん? 何故か俯いたまま震えている。
「・・・どした? ネジでも外れたか?」
さすがに今の衝撃で頭蓋骨が割れるということはないとは思うが、半年ほど前もそう思いながら踵で脛を蹴ったら折れていた。
よもや、まさか・・・・・・と不安になるも、史はゆっくりと顔を上げ、不自然なほど快活な笑みを見せた。
「い、いきなり頭突きとかしないでよ。びっくりするでしょ」
「・・・・・・ああ、悪い」
何か変だ・・・普段の史なら、無言で殴り返してくるのに。
「もしかして・・・・・・」
今まで自分のことで精一杯であんまり注意してなかったけど、よく見れば史の耳は真っ赤で、頬も朱に染まっている。
マフラーを外した首元には汗が浮かんでいるし、瞳を覗き込めば濡れているのが分かる。
「・・・それで、タンマって何? どうしたの?」
平然とばかりに笑う史を見つめて、私もにんまりと笑う。
「・・・いや、リモコンに細工でもあるんじゃないかなー、とか思ったんだけど・・・」
「細工って・・・や、私はルールは守るってば。変な言い掛かりは止めてよね」
「あはは、ごめんごめん」
私は髪に手を入れ、ざらついた感触を味わいながら、ごく自然な素振りを心掛けて史の耳朶を撫でる。
「ふっ・・・・・・うー、なんちゃって」
一瞬、大袈裟に体を震わせた史は、私の手を振り払ってから常の笑顔に戻った。
間違いない。こいつ、いつもの顔を保ってはいるけど、見せ掛けだ。ちょっと耳朶に触ったぐらいで体を震わせて声を上げるなんて尋常じゃない。こいつ、相当きてる。
「どうした、史。何か今にもイきそうな顔してるけど」
にへらっと笑って嫌味を吐くと、史は強がりの笑みを濃くして、手に持つリモコンを眼前にかざす。
「えー、あたしは全然平気だよ。余裕のよっちゃん」
そう言って史はリモコンをかちかち弄りだす。もちろん反動を受けるのは私で、突起に触れさせて固定してあるピンク色の楕円形が不規則に震えた。
「は、ぁ・・・あ、史ってば、首に汗かいてるよ。ほら」
私は股に力を入れて震えに耐え、史の首筋に手を伸ばす。少し汗ばんでいる肌に指先を走らせると、史は俯いて肩を震わせた。
「・・・ぁ・・・そ、そう? や、ちょっと暑いかな・・・って」
「暑い? そう?」
電車が止まり、スライドして開いた扉から新たな乗客と肌も凍てつく風が入り込む。私の言葉は白い息になって史の黒髪に触れた。
「・・・むしろ寒くない?」
ちょっと予想外なほど流れ込んできた乗客にどぎまぎしつつ、汗を塗りたくるように、史の首元や顎のラインを指先で撫でる。
「・・・や、ちょっと厚着してて・・・ん、ちょ、ちょっと、くすぐったいじゃない」
史は周囲を誤魔化す白々しい会話を放って私の手を振り払い、俯いたまま何度か大きく肩を震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は普段の小憎らしい笑顔を浮かべていて、額の汗さえなければ可愛いと言えなくもない。
「どした? コンタクトでもずれた? 目が潤んでるよ」
「・・・なん、でもない・・・ってか、コンタクトとかしてないってば」
隣に立った、どうやら私らと同じさぼりらしい制服姿の女の子が、細かく息をしている私と史をちらりと見つめる。けれど視線は一瞬で、彼女の興味はすぐに流れる景色へと向けられた。
向かいの扉の側に立つ今時の彩りを感じさせる青年は、耳にイヤホンを入れて中空を眺めている。
大丈夫だ、ばれるわけがない。
自意識過剰気味な心を落ち着かせていると、不意に史は視線を下に向け、八重歯を覗かせた。
「・・・そっちこそ、どうかしたの?」
「あん?」
意味が分からず眉を顰める私に、史は顔を寄せる。耳元で吐息を感じるだけで声が上がりそうになったけど、そこは自慢の根性で堪える。
けど史は、そんなことなど吹き飛ばすことを囁いた。
「・・・何か、垂れてるよ」
「・・・・・・・・・!」
言われて意識して初めて太腿に違和感を覚えて、しかし慌てず、さり気なく右手を太腿に滑らせる。そうすると感じたとおりに液体の感触があり、瞬間、顔が真っ赤に染まった。
そんな私を見つめ、史は必死に笑いを噛み殺す。私は殺意を押し殺し、史と座席の壁で周囲から隠れて、愛用のハンカチで垂れてきているものを拭い取る。まさかハンカチでこんなものを拭う日が来ようとは・・・ぐああ。
ローターを下着の中に入れていたせいで、下着は僅かに膨れ、脇を空けていたのだ。そのせいで、本来なら下着に吸い取られるはずの液が垂れてきた。
畜生・・・・・・ぐああ、悔しい。
ハンカチをポケットに入れ、周囲を見渡す。幸いというか危機一髪というか、私の不審に気付いているのは、笑いを噛み殺している史だけだ。
取り敢えず史はしばくとして・・・ちょっと、色々とまずい。ここらが潮時だ。
「・・・ああっと・・・ちょっと提案があるんだけど」
「んっ・・・? 何、降参?」
唇を震わせている史も限界っぽいけど、私も相当にやばい。さっきから何度か軽くイッてるし、これ以上は本気でやばい感じがある。
「いや、そうじゃなくて・・・何ていうか、この勝負、ここで決着はやばくないか? どこか人気のないところで、ちゃちゃっと決めないか?」
変態女子高生の汚名から逃れるため・・・というか、ある意味で死ぬのを避けるために提案すると、史は限界すれすれの笑みを浮かべたまま頷く。
「・・・ま、ぁ・・・確かに、その方がいいかもね・・・」
「・・・よし、決定。なら、次で降りよう・・・」
ほぼ初めて意思の疎通を図れたことに感謝しながら、手すりを強く握る。史も同じく手すりを握って俯き、密やかに荒い息を吐いている。
「・・・・・・ま、ともあれ・・・」
ともあれ、終わりだ。
私も史も限界に近いけど、というか限界ちょっと超えてるけど、衆目の前で結末を迎えるわけにはいかない。
これから舞台を変えて、そして勝って、賞金を・・・・・・そんなことを考えた、その時だった。
「きゃっ!」
史の向こうに立つ女子高生の甲高い声の後、異常に気付いた。
「え」
声に顔を上げれば、斜めになって呆然としている史の顔があった。
一瞬がゆっくりと連続で流れるような感覚に、思考が追いつく。
どうやら、脱線というほどでもないけど、大きく電車が揺れたらしい。線路に犬か猫でも飛び出したのか、急停車をしたらしい電車の揺れは小さな悲鳴の上がるほどで、視界の端に新聞を落とす中年男性の姿が見えた。
気付けば私の体は浮遊感に包まれていて・・・・・・倒れる先に、史の体がある。
「あ」
お互い、視線をばっちり合わせた状態で、間抜けな声を上げた。
理由は単純、史の考えていることも容易く分かる。
ただでさえ限界突破の体だというのに、こんな状態で刺激が加われば・・・考えるのも恐ろしい結末が待っている。
けど、現実は常に容赦なくて、私も史も体の向きを変えることすらできなかった。
膝を付いた女子高生を視界の端に映しながら、仰向けに倒れる史とうつ伏せに倒れる私の顔は近付き、驚きに目を見開いた顔のまま尚も近付き、唇と唇が触れ合う。
うげ、ファーストキスが・・・・・・とか嘆いている場合でもない。私も史も為すすべなく倒れ込んで、そして訪れた衝撃は、痛みなんて吹っ飛ぶほどの快楽だった。
「ぃ、やぁ・・・!」
衝撃で下腹部に力が入って、そうなると嫌でも震えを敏感に感じてしまって、私の頭はあっという間に溶けた。
ぞわっと舞い上がる熱っぽい寒気は頭の天辺から突き抜けていき、今まで溜まりに溜まっていたものが爆発するみたく盛大にイッてしまった。
史も同じなのか、お詫びのアナウンスに紛れて荒く声を上げながら、口をぱくぱくさせている。
そんな私たち二人には当然のごとく視線が集まり、ふと顔を上げた時、耳にイヤホンを入れている青年が顔を赤らめて息を呑んだのが分かった。
そして私たちは・・・・・・・・・
後日談。
「・・・あー、えらい目に遭った。滅多に使わない電車だし、時間帯も微妙だったから良かったけど・・・そうじゃなかったら殺してるとこだぞ」
登校中、自転車に跨ったまま歩く史に対して言うと、彼女はにへらっと笑った。
「や、あれは危なかったね。結局、勝負どころじゃなかったし・・・ま、気持ち良かったからいいけど」
「・・・・・・・・・」
えへらえへら、と笑う史に言える言葉は、一つしかない。
私は全くもって無意味だったゲームと史に対して、しかめっ面で言い放った。
「ばーか」
ま、分かりきってることだけど。
終わり。