「武」とは、二つの矛を止めると書く。見解は多々あろうが、一般的には  
武術家たるもの諍いを好んではならないとされている。が、しかし、  
『私立ボンジョルノ高等学校』  
においては、それが当てはまらない。ボンジョルノ高校は武を尊び、喧嘩  
上等、下克上が教育理念とされ、洋の東西を問わず、様々な武術家が  
存在する。その中でも際立っているのが、普通科に在籍する二年生、  
十河恭一(そごう・きょういち)であった。  
「ちくしょう!またかぶった!」  
初夏の吉日、恭一は某アニメショップにある大人ガシャポンの前で毒づい  
ていた。大人ガシャポンとは、アニメやゲームのお姉ちゃんフィギュアが  
入ったアレ。彼はあられもない水着姿や、下着が丸見えになっているフィ  
ギュアを集める事が趣味で、その造詣も深いダメ人間。見れば恭一はずいぶ  
ん散財したらしく、ガシャポン機の前にはカプセルがいくつも散らばっていた。  
「シークレットって、本当に入ってるのかな・・・?」  
目的のフィギュアが出ず、恭一は苛立っていた。ああでもない、こうでも  
ないとガシャポン機を揺らし、中を覗く様が情けない。しかし、これでも彼は  
空手三段の猛者である。特に足技が秀逸で、学生空手界からは大器として  
の期待を持たれていた。  
「あと、一回だけやろう・・・」  
小銭をジャラジャラと鳴らし、ガシャポン機に最後の戦いを挑もうとする恭一。  
「出ろよ・・・シークレットの満田臭美ちゃん・・・」  
ぐぐっと眉間に皺を寄せ、ハンドルを回す手に力が込められた。と、その時・・・  
 
「喝!恭一、貴様まだそんな玩具に狂っているのか!」  
という叫びと共に、身の丈二メートルはあろうかという巨馬に乗った少女が、  
恭一の背へ襲い掛かってきた。  
「わッ!あ、あぶねえ!」  
巨馬の足が頭を掠める寸前に、恭一は二間の距離を横っ飛びして、八双  
に構えた。そんな状況でも、手にはしっかりとフィギュアを持っている所が、  
ダメ人間。  
「何しやがる!美雪」  
恭一が間合いを取りつつ、フィギュアを学生服のポケットへしまい込むと、  
美雪と呼ばれた少女は、これ以上は無いという呆れ顔で、  
「な・・・情けない・・・十河家の嫡子ともあろう貴様が・・・そんな玩具に・・・  
魂を奪われているとは・・・」  
涙と鼻水、それに唾まで、汁気という汁気を零しながら、恭一を詰った。  
「な、泣くなって・・・俺だって、恥ずかしいっていう自覚はあるんだよ。でも、  
これが・・・やめられないんだよなあ」  
ポケットにしまい込んだフィギュアたちを愛しげにさする恭一に、照れ笑いが  
浮かぶ。収集癖のある人間に共通する事だが、他人が思う以上の何かが  
彼らには存在する。詳細は省くが、とかくマニアやコレクターなどという人種は  
大概が酔狂な輩ばかりで、自覚はあっても収集をやめる事が出来ないのだ。  
「なんたる堕落!貴様ぁ・・・そこへ直れッ!」  
巨馬に乗った少女が、どこから出したのか槍を持ち出し、恭一へ向き直る。  
騎乗から彼を討ち取ろうというつもりのようだ。しかし・・・  
 
「やめときな。馬上にあっても、お前の槍は俺には刺さらない」  
すすっと半身になった恭一が言った。普通に考えれば、相手が騎乗、  
更に長尺の武器を携えてるとなれば、素手の恭一は不利極まる。  
だが、彼は鼻先に突きつけられた槍の穂先にも、まったく怯む様子  
を見せてはいない。  
「おのれッ!このわたしを嬲るのか!殺してやるッ!」  
少女の手に力がこもった。突く、という意思が見て取られる。しかし、  
恭一は少しも怖気ず、  
「そう思ったら、突けよ。俺は手加減してやるから、安心しろ。ふふふ」  
と、不敵な笑みを浮かべた。その刹那、  
「死ねッ!」  
という少女の叫びと共に槍が空を切り、恭一の心臓をめがけていく。  
穂先は何の迷いも無く、一直線に急所へと向かった・・・しかし!  
「ふッ」  
恭一の体がゆらりと揺らぐと同時に、陽炎が少女の視界を遮った。  
「しまった!」  
目標を見失い、槍に迷いが生じたため少女は前のめる。と、そこへ、  
「だから、刺さらないっていっただろう?」  
そう言って笑う恭一の手が、少女の槍を掴んでいた。なんという早業か。  
恭一は槍の間合いを一息で詰め、いとも容易く少女の攻撃をおさめて  
しまったのである。  
「離せッ!き、貴様・・・」  
馬上にあって、間合いを詰められれば、後は白兵戦しか道がない。だが、  
か細い少女の力量では、とても恭一に敵いそうもない。  
 
「カリカリするなって、美雪」  
恭一は掴んだ手を離すと同時に、巨馬へぱっと飛び乗った。そして、  
やんわりと少女の腰を掴む。  
「ぶ、無礼な!降りろ、恭一!」  
自分の後ろを取られた少女が憤る。だが、恭一は知らん顔で、  
「いいじゃないか。一緒に帰ろうぜ。いくぞ、黒王」  
と、巨馬の鬣を撫でてやった。すると、黒王と呼ばれた巨馬がゆっくりと  
歩み始める。  
「いい子だ、黒王。さすが、名門、鬼龍院家の馬だけはあるな」  
恭一が少女の後ろに乗り、したり顔で呟くと、  
「当たり前だ!この黒王号は、かつて世紀末救世主と呼ばれた、胸に七  
つの傷がある男から譲り受けた、由緒ある馬なのだぞ!本来なら、我が  
鬼龍院家の『家臣』であった十河家の小せがれなんかが、乗れる代物じゃ  
ないんだ!」  
少女は顔を紅潮させ、恭一に食って掛かる。家臣、という所に語気を強めた  
あたりに気の強さが伺われる。  
「はいはい。分かったよ、美雪」  
「よ、呼び捨てにするな!家臣の分際で!」  
「じゃあ、なんて呼べばいい?」  
「ひ・・・姫と呼べ」  
「はい。姫ちゃま」  
「貴様ッ!わたしを愚弄するのか!」  
騎乗で二人の喧嘩が始まると、道行く人たちがにこにこと笑い、  
「またやってるよ、鬼龍院の姫さんと、十河の荒くれ坊主が」  
「本当ね。相変わらず、仲の良いこと・・・」  
そう言って、誰もが少女と恭一を優しく見遣っていた。  
 
かつて、この地を統治していた鬼龍院家は、今もって名家の趣を残して  
おり、市井の人々からも慕われていた。当代になり、その名を継ぐのは  
この少女、鬼龍院美雪。まだ十五歳になったばかりだが、鼻っ柱が強く  
早くも君主としての威厳を持っている。その鬼龍院家の直参である十河  
家には、このフィギュアバカ一代、十河恭一の姿がある。十七歳にして、  
空手三段。その他、武芸百般に通ずる猛者ではあるが、性格に問題が  
あり、家中の恥とさえ言われていた。  
 
帰途を半分ほど終えた所で、恭一がジャンクフードの店をじっと見詰めて  
いる事に気がついた美雪。彼の気持ちに呼応するかのように、黒王号の  
足も止まっている。そして、恭一は美雪の肩をつんと指で突く。  
「なんだ、恭一」  
「なあ、姫ちゃま。買い食いでもしていかないか?お前も腹減ってるだろ?」  
「な、なんという大馬鹿者だ、お前は!武家としての嗜みも無いのか?  
武士は食わねど高楊枝、という言葉を知らんのか?家まで辛抱しろ!」  
恭一が寄り道を提案すると、美雪は言下にはねつけた。年齢で言うと、恭一  
の方が年上なのだが、無作法なために美雪はいつも嗜める役。  
「だって、育ち盛りだし・・・ほら、腹の虫が」  
そう言って、ぐうぐうと腹を鳴らす恭一を、美雪は呆れ顔で見遣る。  
「分かった。うちで何か馳走してやるから、それまで我慢しろ」  
ぷいっと顔を背け、後ろにいる家臣を何とかなだめる。  
「了解、姫ちゃま」  
恭一が調子よく返事をした。これでは、どちらが主従か分からない。だが、  
(仕方のない奴・・・)  
と、美雪が小さな声で呟いた時、少しだけ口元が緩んだ。まるで、家へ招く  
ことが嬉しいとでも言いたげに・・・・・  
 
 
「うまい!うまいな、このお菓子。むぐむぐ」  
「慌てず食せ。無作法だぞ」  
しばらく後、広大な敷地の中にある鬼龍院家の豪奢な建物の中で、  
恭一は出された和菓子を頬張っていた。その姿が、家臣としては失格  
といえるほどあさましいので、美雪も苦い顔。  
「毎度言っているが、恭一。お前はいやしくも、この鬼龍院家の家臣なん  
だから、少しは礼儀というものをだな・・・」  
慇懃無礼とまでは言わないが、少しは嗜みを身につけてくれと美雪が  
諭す。しかし、恭一は手を振って、  
「いや、今は家臣でも何でもないぞ。ただのご近所さんじゃないか」  
と、のたまった。確かに武家の世は消え、万民平等の今、美雪の言い分  
はおかしい。だが、彼女にしてみれば十河家はまだ臣下の礼を、自分に  
対して持っていると思いたい。特に、恭一にはそう願っている。  
「それは、そうだけど・・・鬼龍院と十河の歴史はだな・・・」  
「そんなもん、俺には関係が無いな」  
「いいから、聞け!かつて、我が祖、鬼龍院貞元と十河の祖が・・・」  
美雪はとうとうと互いの家の成り立ちを説き始めた。菓子を頬張り、鼻を  
膨らませている恭一を、まるで赤子をあやすように機嫌を取り、なだめ  
すかしては話に集中させようとしたのだが・・・  
「ごっそさん!」  
ぱん、と手を合わせ、恭一が唐突に立ち上がる。菓子皿はすでに空。食う  
だけ食って、とっとと退散しようという腹づもりらしい。それを見た美雪は、  
「ま、待て!話を全部聞いていけ!」  
そう言って、恭一の学生服の裾を掴んで、引きとめようとした。しかし・・・  
 
「いや、帰ってアニメ見るから。じゃあな」  
恭一は事もあろうか、テレビ見たさに帰ると言い張る。しかし、美雪も食い  
下がった。  
「馬鹿者!いい年して、アニメなんて見るんじゃない!いいから、座れ。今日  
という今日は、言い含めさせて貰うぞ!」  
掴んだ学生服の裾を持ち、恭一を引き止める美雪。そうして、帰る、帰るなの  
押し引きが始まった。  
「帰る!アニメ見るんだい!」  
「バカ、バカ!それでも、お前は武士の子か!帰さんぞ!帰してなるものか!」  
鬼龍院家の客間で、世界一くだらない諍いが始まった。十七歳にして分別が  
つかない少年と、十五歳という若輩ながら礼儀作法を教えようと試みる少女は、  
いつしか掴み合い、もつれあっていく。  
「離せ、美雪!」  
「離すもんか!それと、姫と呼ばんか!家臣の分際で!」  
客間の扉へ手をかけた恭一の腰にへばりつく美雪が、顔を真っ赤にしながらも  
頑張っている。しかし、膂力で恭一に敵う訳も無く・・・  
「は〜な〜せ〜・・・」  
「い〜や〜だ〜・・・」  
恭一にぐいぐいと肩を押され、美雪は腕に力が入らなくなっていく。が、その時、  
肩を押していた恭一の手が滑り、美雪の柔らかな乳房を掠めてしまった。  
「あッ!」  
それが追い討ちとなり、美雪はとうとう恭一の体から離れてしまう。ぺたんと  
尻餅をつき、小さな悲鳴を上げた後、掠められた胸をそうっと両手で覆った。  
 
「美雪!」  
恭一が心配そうに駆け寄った。依怙地になった事を悔やみ、崩れた少女  
を慮ったように膝をつく。すると・・・  
「・・・ないで」  
美雪が小さな声で呟いた。  
「なんだって?」  
あまりにも小さな呟きを聞き逃した恭一が問い返すと、  
「帰らないで・・・」  
目に涙を一杯ためた美雪が、今度はしっかりと言い放った。そして、  
「帰っちゃ・・・やだ」  
乳房を覆っていた手を恭一の背へ回し、ゆっくりと体を重ねていく美雪。更  
にそのまま畳敷きの客間へ恭一を引き倒し、頬を近づけて視線を合わせる。  
「み、美雪・・・」  
「しッ!黙って・・・」  
二本の糸がもつれあうように、恭一と美雪の体は重なり合う。そうして、互い  
の目を見詰め合った時、唇は自然と吸い寄せられていった。  
「恭一・・・帰さないよ」  
美雪は恭一の頬へ両手を添え、目を潤ませている。帰さない、という言葉を  
裏付けるように足を積極的に絡め、静かに乳房を押し付けてみる。  
「ああ・・・やめるんだ・・美雪・・・まずいよ、こんなの」  
柔らかな母性の象徴が自分に触れたとき、恭一の理性が働いた。フィギュア  
バカ一代という不名誉な称号を持つ彼ではあったが、一応は自制というもの  
を持ち合わせているらしい。  
 
「駄目・・・やめない」  
学生服の前をはだけさせ、美雪の手は開襟シャツの合わせ目の中へ  
滑り込む。ボタンを丁寧に外し、恭一の厚い胸板をあからさまにさせる  
と、頬擦りしながら乳首を甘く噛んだ。  
「う、ううッ!美雪・・・」  
かりかりと小梅をかじるような、美雪の愛撫。舌を絡ませ、悩ましく乳首  
を吸っては、恭一を身悶えさせた。そうして、今度はぴったりと体を合わせ、  
「恭一・・・わたしの気持ち・・気づいてた?」  
と、尋ねてみる。手は答えを待ちきれないように、恭一の体のあちこちを  
まさぐり、妖しく動きながら。  
「気持ちって?」  
「まったく・・・分かってないな・・・いいわ、今から分からせてあげる」  
質問の意味を理解出来ない恭一がうろたえるのを見て、美雪は積極的な  
行動に出る。まさぐらせていた手を恭一の股間へ導き、ベルトのバックルを  
外しにいったのだ。  
「ああ!やめるんだ、美雪」  
ズボンから戒めを解かれた男根が、むっくりと起き上がっている。それを、  
美雪は何の躊躇も無く握り、  
「これで、あたしの処女・・・貰ってくれる?」  
そう囁いて、頬を染めた。  
 
 
陽が傾き始めた頃、美雪の純潔は破瓜の印と共に、散り去っていた。  
「う、うぐぐッ・・・き、きついね・・・」  
「大丈夫か?美雪」  
「うん・・・あそこがじんじんする・・・でも、平気」  
客間の畳の上で恭一は肌を汗ばませ、男根を深々と美雪の胎内へ捻じ込ま  
せている。畳は処女の証で赤く染まり、少女が大人へと変わる瞬間をまざまざ  
と表していた。  
 
「好きよ・・・恭一・・・家臣とかじゃなくて、一人の男性として」  
女を貫かれながらも、美雪は両手で恭一の頬をさすり、秘めていた思い  
を打ち明ける。女体が戦慄き、下半身ががくがくと震えたが、意識だけは  
愛しい男へ注がれていた。  
「美雪・・・ありがとう」  
強気だった美雪の一途な思いを知り、恭一は感動した。そして、いつも、  
からかいまじりでいた自分の態度をあらためる事を誓う。それと、フィギュア  
バカもやめようとか思いながら・・・  
「う・・・ああ・・・今・・・射精してるの?」  
「す、すまん・・・」  
「いいの・・・全部出しちゃって」  
女が温かみを感じ、受精の瞬間を悟った美雪が恭一の背に爪を立てた。  
それと同時に、ようやく思いが成就した少女の頬に涙が流れる。  
(ひとつになれた・・・)  
そう思った後、美雪はふっと意識が遠のいていく。だが、それは達成感にも  
似た、安堵からくる放心だったことを、彼女自身もこの時は気づかなかった。  
 
 
それから幾年・・・某アニメショップの前ではいい年をした青年が、  
「また、かぶった!くっそう!」  
と、大人ガシャポンの前で憤っていた。言うまでも無く、これは恭一。続いて、  
「あなた!何をやっているの!いい年をして!」  
と、赤子を抱いた美しい女性が、馬に乗って恭一を見下ろしていた。無論、  
これは美雪である。  
 
「わああ!母ちゃん」  
恭一は美雪を見るや否や、背を向けて逃げ始めた。手には、大人ガシャポン  
のフィギュアを目一杯持って。  
「逃がすか!」  
赤子を抱いた美雪が馬を駆り、恭一を追った。かつては武芸百般に通じ、空手  
に長けていた彼も今はただの男。逃げ去る姿が情けない。  
「母ちゃん、勘弁!」  
「許さん!」  
恭一は、母ちゃんと呼び名を変えた美雪に追われ、走っていく。そう、二人は夫婦  
となっていた。子を成した美雪も、純潔を失った時のしおらしさはどこへやら、今は  
母親としての貫禄に溢れている。しかも、亭主を尻に敷く、立派な鬼嫁という称号も  
得て。  
「ママ」  
「なあに?」  
赤子に呼びかけられると、美雪は頬を緩め目を細めた。今は夫の恭一よりも、この  
可愛い子供に夢中なのだ。そして、赤子が  
「パパ、バカ」  
と言うと、  
「そうね。バカだからおしおきしなくっちゃね!そらッ!」  
かつて、胸に七つの傷がある男から譲り受けた巨馬を駆り、夫へ襲い掛かる美雪。  
そして、  
「たしけて!」  
という、恭一の今際の言葉が響いたのであった・・・  
 
おちまい。  
 

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