急な雨を避けるためまったく知らない店に入ったあなたを、
純白のヘッドドレスと紺色のエプロンに身を包んだ美しい女性が
恭しくお辞儀をしながら出迎えた。
「お帰りなさいませご主人様。……あら、初めてのご主人様ですね?
『お仕置きメイドカフェ ピンクの卵』へようこそ。私が当店のメイド長です。以後お見知りおきを。
おタバコはお吸いになられるでしょうか? はい、ではこちらのテーブル席へどうぞ」
あなたが席に座ると、彼女はすっとメニュー表を差し出す。
しかしその紙には飲食物の名前は一切書かれておらず、
女性の名前と顔写真とお仕置きレベルという謎の言葉が列記されていた。
「まず当店では今日ご主人様がを世話するメイドを選び…… あら、ちょっとマキちゃんどうしたの?
……すいませんご主人様、少しお席を離れさせてもらいます」
メイド長が顔を真っ赤にしたショートカットの少女に後ろから引っ張られて姿を消した後、
こういった事態は珍しいらしく店内の客や他のメイドたちが何事かと
あなたを眺めながらひそひそと話を始める。
注目されていたたまれなくなったあなたはメニューのお仕置きレベルという言葉を眺め
それが何なのか想像して気を紛らわせようとする。
が、お仕置きレベルの横には「チクチクレベル」「ピリピリレベル」「バリバリレベル」
などという言葉が列記しており、ますますあなたの頭を混乱させた。
そこへメイド長が先ほどの少女を連れ立ってあなたの座るテーブルへと戻ってきた。
メイド長の促すようなしぐさに少女は俯いていた顔を上げ、真っ赤な顔でまくしたてるようにしゃべり始めた。
「ご主人様、私はマキと申します、以後お見知りおきを。
あの、私は以前ご主人様に会った事があるんですが憶えているでしょうか?
駅で気分が悪くなって医務室まで運んでもらって、ええ、その、
憶えてませんよね普通、2年前だし私学生服だったし髪型も」
「マキちゃん落ち着いて。ご主人様がビックリしているでしょう?はい、深呼吸」
「あ……その、それで、それから駅で見かけることはあったんですけど、向こう側のホームだったり、
満員電車で近づけなかったり。いえ、別にストーキングとかじゃないんですけど、その、
ただあなたにお礼がしたくて、じゃなくてご主人様にご奉仕させてもらいたいんです!」
「……と、いうわけでして、逆指名ですが、よろしいでしょうかご主人様?」
断る理由はないし、なによりマキと名乗った少女の懸命な視線が首を横に振るのを止まらせた。
あなたが承諾すると、様子を伺っていたメイドたちは口々に
「きゃー」「いいなー」「すっごいねー、恩人と偶然再会なんてドラマみたい」
と口々に騒ぎたて、反対に幾人かの客はあなたに対して敵意と悪意と殺意をむき出しにした視線を送る。
ますますいたたまれなくなったあなたが肩をすぼめて居心地を悪そうにしていると、
メイド長があなたにボタンのついたプラスチックのスティックと小さな紙片を渡す。
「では、マキちゃんの『お仕置きスイッチ』をお渡しします」
そしてその紙片には、綺麗な字で
〔彼女たっての希望で、最強レベルの「バリバリレベル」となっておりますが、これはサービスですので
お支払いは一番安い「チクチクレベル」で結構です。なお、このことが他のご主人様に判明すると
いろいろ面倒ごとが起こりますので、他のご主人様にはばれないようお願いします〕
と書かれていた。
……だからお仕置きスイッチてなんなんだ? ますますあなたは狐につままれたような顔をした。
あなたがスイッチを押すと、カウンター奥で立っていたマキの体ががくりと揺れ、
少し潤んだ瞳をしながらあなたの席へ近づいてきた。
「気が利かなくて申し訳ありません、ご主人様。
私はいったいどのようなミスをしたのでしょうか?」
あなたがコーヒーを注文すると、マキは注文した品を復唱して確認した後頭を下げる。
「メニューひとつ聞くのを忘れてすいませんでした。
このいたらない駄目なメイドに、今後もいっぱいいっぱいお仕置きしてください」
そう呟くと彼女は、少しためらうようにあなたを見ながら又カウンター奥へ引っ込んでいった。
しかし彼女は、本当にメニューを聞くのを忘れていたわけではない。 これが『お仕置き』のシステムなのだ。
あなたはさっきメイド長に受けた説明を思い出した。
(当店のメイドたちはみなうっかり者のドジっ娘なんです。 ご主人様がお仕置きをしないと
まともに働くこともできません。そこで必要となるのが、この『お仕置きスイッチ』です。
この『お仕置きスイッチ』を押すとメイドたちの体に取り付けられた健康用低周波発生装置が稼動し、
彼女たちに軽い痺れと痛みを与えます。この装置でご主人様がメイドたちを呼び出しご命令を与え、
それにメイドたちが応えるのが当店のシステムとなっております)
……いくら健康用とはいえ、危険じゃないの?君の問いに、彼女はにっこりと笑って答える。
(彼女たちはみな健康診断を受け心臓などに障害のある者がいないのは確認しています。
このレベルの低周波ならまったく問題ありません。
あ、あと可哀想だからなどとスイッチを押さず直接呼んでも彼女は少しも反応しませんからあしからず。
また、一度押しただけでは彼女たちはなかなかテーブルにはやってきません。
押し続けるか何度も押すかしてくださいね)
メニューの高さに驚いていたあなたもこのシステムを目の当たりにしてなぜこんな料金で客が入るのか納得した。
スイッチを押され、痛みと痺れに耐えながら客のほうへたどたどしく向かう女性の姿は、
ひどく艶かしく色っぽくって、取り付けられているものが健康用低周波発生装置
と知っていてもなんだか何かいけないものを連想してしまい、それが不健全な妄想を喚起する。
そこに悦びを見出す客もいるだろうが、あなたのお世話をするマキはどう見ても高校生、
下手すれば中学生という幼い容姿で、スイッチを押すあなたはどうしても罪悪感を感じてしまう。
小さな女の子を公共の場で慰み者にしているような背徳感。
どうにも、この空間は自分には馴染めないようだ。
そう思ったあなたは、お仕置きスイッチで彼女を呼ぶとお勘定を頼んだ。
「え……ご主人様、その、お帰りですか?」
あなたが頷くと、彼女は必死になってそれを制止しようとした。
「そんな……その、お願いです、もうちょっとだけ、いてくれませんか?
せっかく会えてお話できたのに……私、何か気に入らないことをしたでしょうか?」
あなたが首を振り、彼女に自分が感じた罪悪感を話す。
「それは……そんな、私は、私たちは全然嫌じゃないんです!
だから、その……もう少しだけ、いてくれませんか?あの、サービスをしますんで……」
目に涙をためあなたのシャツの裾を掴んで必死に留めようとする彼女に、
流石に決意を揺るがされる。
あなたはしぶしぶもう少しここにいることを彼女に伝える。
「あ……ありがとうございます!」
にこやかに笑顔を浮かべた彼女は、何かを決意したように表情を引き締め前を向き、
カウンター内に入るとメイド長を捕まえ耳打ちした。
メイド長が驚きの表情を浮かべ彼女になにか問い返すと少女はほんのり顔を赤らめながら黙って頷き返した。
少女がそのまま店の奥のスタッフルームへ消えると、
メイド長が入れ替わるようにあなたのテーブルに近づき、コーヒーを出した。
「先ほどはメイドが取り乱し失礼しました、こちらは当店のサービスです。
シャツのほうは皺になっていませんか?」
あなたが大丈夫と答えると、彼女は微笑んでコーヒーカップを置き優雅に去っていく。
あなたはカップを手に取り飲もうとすると、
皿の上にカップで覆い隠されていた紙片と小さなピンク色のスイッチを見つけた。
〔おめでとうございます、あなたはメイドに真のご主人様として選ばれました。
これは当店で3人もいない、全国のチェーン店を含めて50人もいない大変名誉あるご主人様となられたのです。
今からあなたのお仕置きレベルは隠しレベルである「ビクビクレベル」になります。
では、メイドでありながらご主人様に恋をした駄目駄目なメイドに
濃厚なお仕置きをたっぷりとお願いします]
……何かのイベントか?
思わず首を捻り続きを読もうとしたあなたは、カップから垂れる黒い液体に驚く。
どうやらカップにひびが入っていたようだ。やれやれとため息をついてスティックのお仕置きスイッチを押すが、
彼女は一向にやってこない。まだスッタフルームにいるのだろうかとカウンター内を見ると、
緊張した面持ちでこちらの様子を伺う少女の姿が見える。
ということは新しい小さなピンク色スイッチじゃなきゃ駄目なのだろうか?
あなたが新しいほうのスイッチを押すと、突然
「きゃ」
と短く叫んで少女の体が少し沈んだ。
これはかなり強い低周波が走るのか?
彼女は、少し前屈みなりながらよろよろとあなたの側へ近づいてくる。
「どう……されたのでしょう……ご主人様」
なんだか様子がおかしい。
いままでのスイッチを押した後の反応は、少女にいけないことをしているような連想をさせた。
しかし今回の反応はどうだろう。
「カップにひび……ほんとうに、本当に申し訳ありません……今すぐ代わりを……」
涙で潤んだ瞳、上気した肌、かすかに震える唇。
なんというか、連想どころではない。
どこからどう見ても、いけないことそのものをしているようじゃないか。
少女がカップを取り替えた後、あなたは困惑しながらメイド長を見ると、
彼女は妖艶に微笑みながら戻ってきた少女の腰を触った。
わずかな接触に少女の体はびくんと震え、顔を真っ赤にして俯く。
ここであなたは確信する。
彼女の衣服の中に、「ピンクの卵」型のものが入っているのを。
これは、メイドカフェの名を借りた羞恥プレイだ。
動揺した心のままに目の前の紙片に目を落としさきほど読めなかった続きを見ると、
さらなる驚愕の事実があなたを襲う。
〔なお、このお仕置きはメイド自身の希望で行われています。ですからお仕置きをしないということは、
ご主人様に捨てられるのと同じであり、メイド自信を傷つけることになります。
さらに当店では、ご主人様がスイッチを押さない時間が3分を超えると
勝手にお仕置きが発動される仕組みになっております。
ご主人様の興味をひけず放置されるメイドなんて、メイド失格ですからね〕
思わず少女のほうを見ると、耳まで真っ赤にして下を向きながら
スカートの裾を押さえていた。
その手が震えているのが、遠く離れたここからでもわかる。
彼女が自動的なお仕置きに苛まされているのは明白だ。
慌ててスイッチを押すと彼女はびくりと背をそらす。
どうやらスイッチを押したときのお仕置きのほうが自動的なそれよりも激しいらしい。
つまりスイッチを押そうが押すまいが彼女は延々とお仕置きに苛まされるわけだ。
客の何人かが彼女を不審そうな、そして情欲に駆られた目で見つめている。
様々な視線に絡みつかれながら、マキは湿った吐息を漏らしつつあなたに近づいた。
「すいま……せん……ご主人様ぁ……なにか…………ミスをしたのでしょうか……」
これが彼女の意思だというのなら、もう迷う必要は無いのかもしれない。
あなたに向けられた目も肌も言葉も、公共の場とは思えないほど淀み、発情していた。
蕩けきった彼女の顔を間近で見て、あなたの中の何かが吹っ切れた。
あなたは、不規則にスイッチのONとOFFを繰り返す。
すると、それにあわせるように少女の体が淫らに踊る。
あ、あ、あぁと、小さく、いやらしく悦びの歌を唄う。
腰をかがめた彼女が、そのままぱたりとあなたのほうへ倒れこむ。
柔らかい髪があなたの頬をなで、甘い香りが鼻腔に広がり、
さらっとした汗がシャツに降りかかり、どこか熱っぽい体温が手のひらを暖める。
そしてかすかに聞こえる、重低音。
彼女を抱きかかえた瞬間、少女はあなたのシャツを噛んで声を殺しながら
ひときわ大きく痙攣した。
「あの……私です、わかりますか?」
カフェを後にし、駅のベンチで呆然としていたあなたは、少女に呼びかけられた。
緑を基調としたブレザーに身を包んだ少女は、
姿こそメイドではなかったが、先ほど自分の腕の中で果てた少女に違いなかった。
マキちゃんだったよね、とあなたが少し戸惑いながら答えると、
耳まで真っ赤になりながら少女は頷いた。
「そうです、マキです!あの、あなたに渡したいものが……」
そういって渡された紙袋を見つめた後、あなたは彼女に開けていい?
と問いかけると、彼女は全力で首をぶんぶんと縦に振った。
それは、数万円はする電動かみそりだった。
「あの、男の人に渡すなら何がいいかわからなくて、そうしたらメイド長さんが
かみそりなら男の人は困らないって、その、
ずっと前からお礼がしたくてこれ買ったの2ヶ月前でして、
お店で渡すと他のご主人様が怒るから私がお店上がる時間まであなたに帰ってほしくなくて
あんなことしたけどいつもあんなことしてるわけでは」
あなたがありがとうと頷くと、彼女は嬉しそうに一息ついて携帯を取り出した。
「それでその……メアド……、交換してもいいですか?」
俺も交換してくれって言おうとしてたところだ、とあなたは少し照れくさそうに笑うと、
彼女は至福の笑みをたたえながら抱きついてきた。
「これからは……プライベートでいっぱいお仕置きしてくださいね、ご主人様」
終わり