【登校編】  
 
am7:15。  
望月家玄関前。  
リンゴ、のように頬を染めた女の子が一人。  
二度、大きく深呼吸。  
インターホンのボタンに恐る恐る手を伸ばす。  
――ピンポーン  
来客を告げる音が鳴り響くや否や。  
――ガチャッ  
当家子息が登場。  
「おっす。」  
「は、早っ!」  
「あー、何もやること無かったからなー。」  
てっきりドタドタと階段を転げ落ちて――のような喜劇的な登場でも、  
と思っていた未久の予想は大きく裏切られた。  
(まぁ、そりゃとっくに起きてたわけだもんね。)  
「予習とかしてたりしないの?」  
「あぁ。面倒くせぇーもん。」  
ナチュラルに答えたカケルであったが、既に二度、『ガス抜き』に勤しんでいた。  
未久という相手がおり、しかも今日の放課後には身体を重ねることを約束していながら  
自家発電に励むというのは少々後ろめたいところも確かにあった。  
だが今、当人を目の前にして、再びズボンが苦しくなっている。  
どうやら『若者』には調度良い塩梅だったということだ。  
(というか、もう既にヤバいような。)  
あまり背の変わらない二人は、自然、真正面から見つめあう形になる。  
未久は白のレイヤードトップスに鮮やかなオレンジのボイルシャツ。  
下は膝上10cm弱、紺のプリーツスカート。  
アクティブな装いでありながら、心なしか女の子っぽくまとめているようだ。  
ちなみに二人の通う高校は進学校であり、風紀の良さから私服が許されている。  
未久は実力通りに合格。  
カケルは・・・・・「運も実力の内」とするなら・・・・・実力通りに合格、というのが内外の評。  
合格発表の日、望月家に激震が走ったのは言うまでもないだろう。  
が、実際には、何かにつけて未久が世話を焼き、事実上の家庭教師になってくれた点が大きい。  
二人揃って同じ学校へ通う――幼稚園から中学まで、ずっとそうだった二人にとって、  
やはり離れ離れになることには納得できないものがあったのだろう。  
そして、願い適って二人は同じ学校に通えることになった。  
だが、一心不乱な受験戦争から明けて我に返ってみると、気恥ずかしくて躊躇われた。  
結局、入学から半年、今日初めて、二人は一緒に登校することになる。  
 
未久が緊張を紛らわせようと話題を振る。  
「えっと、おじさんおばさんは?」  
「あー、言ってなかったっけ?今海外旅行行ってるんだわ。家独り占めッスよ。」  
「ひぇ!?」  
情事を約束した日に両親が揃ってお出かけ。  
こんな都合の良い展開があるものか。  
・・・と思ったのは未久の方だけ。  
カケルはそもそも、親がいないからこそ昨日の顛末に及んだのである。  
カケルもヤりたい盛りの男の子。  
この期を逃すかという勢いで踏み出した次第だったわけである。  
踏み出す方向には少々問題があったようであるが。  
「あ、あぁ、あ、そ、そなんだ。」  
「?・・・!、ふーん、ミクゥ、今何考えた?」  
攻撃モードに入ったカケルは得意げに突っつく。  
「べ、別にっ!どうせ食事とかもカップメンとかなんだろーなって思っただけ!」  
案の定、未久ははぐらかそうとしてソッポを向く。  
「あーあ、残念。それじゃぁ、嘘をつく悪い子には・・・」  
カケルは辺りをチラリと見回して、ポケットから手を出す。  
「え?」  
只ならぬ空気を感じて未久が視線を戻すと、目の前には赤紫色の箱が。  
「あ、あああ!」  
 
 
 
「お・し・お・き♪」  
――ピッ  
 
 
 
箱についたスイッチをカケルの指が押し込む。  
赤色のパイロットランプが点灯する。  
ほんの1秒ほどの間が空いた後――  
 
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「ひぎぃ!?」  
残酷な指令を受けた毒蛾が息を吹き返す。  
腹に抱えた無防備な小豆粒に、無慈悲な激震を送り込む。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「んいいいいぎぎぎぎぃぃいいい!!」  
無数の触角にビチビチと弾かれた小豆粒は、逃げ場を求めて転げまわる。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「んんんぶぐぅうぅうぃいいぐぅ!!!!!」  
両手を口に当て、悲鳴が漏れないように押さえつける。  
それでも指の隙間から嬌声が溢れ出てくる。  
「おいおい、我慢しろって。人の家の前で。」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「んぐぅぅぅっ・・・っ・・・・・・んぐぃ・・・・い・・・!」  
なんとか声を抑えようとするがなかなか止まらない。  
「ほら、通行人が不思議そうに見てるよ。」  
「ぎぅ!?」  
その一言がよほど効いたのか、未久は一言も漏らさなくなった。  
「・・・・・っ!・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・・・っ!!・・・・・っ!」  
中腰で、俯いて、両手を口に当ててるその姿は不自然極まりなかったが。  
 
(うーん・・・)  
――カチッ  
――ヴィーーー!ヴィー・・・・・・・・・  
スイッチを止めても、まだ未久はピクピクと震えたまま俯いていた。  
一向に顔を上げない未久の様子に、カケルはさらに悩む。  
悩んだが、結局はこう言うしかなかった。  
「うーーーーーーーん・・・・、なぁ、ミク。」  
「・・・・・・・んっ・・・・くぅっ・・・・・、な、何?」  
「うん、もういいよ。ありがとう。取ってきていいよ。」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」  
驚いたのはむしろ未久の方だった。  
「だ、だから、もう十分だって。ミクのエロいの、十分見せてもらったから。」  
「・・・・・」  
未久は再び俯く。  
俯くがすぐに顔を上げて、詰め寄って声を張り上げる。  
「ち、ちがうわよ!なに勝手に決め付けてるわけ!?初めてで驚いただけよ!」  
「え?ええ??」  
怒気に押されて半歩下がる。  
なおも未久の攻勢。  
「な、なによこんなの、くすぐられたみたいなもんじゃない!」  
髪を掻き揚げて『フンッ』っと鼻で笑う。  
「何?まさかあんなので主導権握れるとでも思ってたわけ?」  
腰に手を当てて仁王立ちする。  
押し切られそうになったカケルも反撃に転ずる。  
「へ、へぇーっ、んじゃ耐えてもらおうじゃん!」  
そう言って再度スイッチに指を這わせる。  
 
――ピッ!  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?、あ、あれ??」  
どうせすぐギブアップするだろうと思っていたカケルは当てが外れた。  
(あれ???え、おい、こんなところで故障かよ!?)  
実際、リモコンバイブは故障しやすい。  
無線機能自体が精密機器であり、かつ振動品ゆえ半田付け等が剥がれ易い。  
加えて湿度の高い場所――時には秘蜜そのものの中――での活動を強いられる過酷さ。  
故にこの手の淫具は消耗品の一つとして接せざるをえないのである。  
だとしても、こんな土壇場で故障されては――とカケルが思うのもまた無理も無い話。  
だが、その不安は稀有だった。  
未久は、顔こそなんとか平静を保っていたが、腰から下はブルブルと震えだしていた。  
(あ!)  
それに気づくカケル。  
気づかれそうになって慌てて誤魔化そうとする未久。  
足をクロスさせながら毒づく。  
「どっ、どうしたの?何?これでスイッチ・・・っ!・・・入ってるの?」  
腕を組んで、高飛車なポーズを取って挑発してくる。  
しかし、下にした方の腕で、お腹をギュッと押して耐えているのがよくわかる。  
縦方向にだけ皺の入っていたボイルシャツに、横向きの皺が生まれたからだ。  
暫く見つめ合った状態――未久の方は『睨んだ状態』と言うべきか――が続く。  
早朝の我慢比べ。  
といっても、分は未久に圧倒的に不利。  
「あ!」  
未久が思わず声を上げる。  
「ん?」  
「・・・な、なんでも。」  
そう言いながら、眉を顰めて視線を外す。  
同時に、しきりに太股をモジモジと擦り合わせはじめる。  
単に振動に耐えられなくなった、というわけではない、何か別の事情が?  
そんなカケルの疑問はすぐに払拭された。  
内股の擦過面が、一筋の水滴が流れたからだ。  
丁度、朝日を乱反射する角度になり、キラキラと美しく光る。  
(え?う、うわ!すげぇ!垂れてるのかこれ!?)  
薄布で吸収しきれなくなった淫液が太股を伝い、未久は思わず声を発してしまったのである。  
(そ、それでも、耐えられるものなのか!?)  
未久は既に涙目。  
下肢はまるで小水を我慢するように無様なステップを晒けながら、それでも屈せずに立ち続ける。  
(ミク・・・。)  
何故未久がここまでして虚勢を張るのか、まだカケルには正確には掴めていなかった。  
だが、これが未久の望みであるということだけは分かった。  
ならば、言い出したのは自分だ。最後までやりとげるべきだろう。そう決心する。  
(いや、こんなことに決心とかするのも何か変なんだろうけどさ。)  
そんな自嘲と共に、淫具のスイッチを切る。  
「・・・・・・・・・・・・・・・んっ。・・・・・・・で、どうすんの?」  
まだ少し怒り気味な未久に、カケルはニコリと笑って手を伸ばす。  
「え?」  
その手は未久の顎と頬をそっと撫でるように宛がわれ・・・  
 
――ちゅっ。  
 
「・・・!・・・・・・・・っ!!?」  
一人パニックになる未久を尻目に、カケルはさっさと歩き出す。  
「さ、行くよ!」  
「!あああああああの、ちょ、ちょっとカケル!」  
慌てふためく未久の声に、ちょっと気分良く、ずんずんと歩く。  
(以外と音漏れなくてよかったなぁー)  
とか、  
(いやー、唇って柔らかいよなぁ〜)  
などと考えるカケル。  
だが。  
――ガシッ!  
「ぐえぇ!?」  
襟首を掴まれて強引に止められる。  
「げほっ!げほぅっ!・・・な、なんだよ!」  
あまりに乱暴な止め方につい邪険な言葉と共にふり返る。  
「あ、あの、ね、その・・・」  
「ん、んんん?」  
直前の粗暴さと、申し訳無さそうに具申する様子が全くリンクしない。  
「あのーーーーっ」  
「なんだよはっきり言えって。」  
「・・・・ぱっ!」  
「ぱ?」  
「・・・・・・・」  
未久はカケルの耳たぶを引っ張って、小声で、しかしはっきりと窮状を告げる。  
「ぱんつ穿き替えさせて!」  
「へ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あぁあ!」  
理解して真っ赤になるカケル。  
カケルが真っ赤になるから真っ赤になる未久。  
慌てて引き返し、家のカギを開けるカケル。  
一目散に玄関へ飛び込み、中からカギをかける未久。  
(いや、カギここにあるからソレ意味無いんだけど。)  
心の中でツッコミを入れるカケルであったが、まぁ野暮なことは言うまいと飲み込む。  
――スルッ、スルスルスルーッ  
(下ろしてる?)  
――パチッ、ガサゴソ・・・  
(カバンからパンツを?)  
妄想して、ドキドキして、落ち着けなくて、つい・・・  
――ピッ!  
『んぎぃ!?』  
――カチッ  
『こっ!こっ!』  
「んー、どうかしたー?我慢できないことでもあったー?」  
『!・・・・な、なんでもないわよバカァ!』  
結局、通学中は完全にカケルの攻撃モードとなるのだった。  
 
am7:35。  
二人の家からの最寄り駅。その構内、プラットフォームの端。  
カケルが一人、柱の時刻表をぼんやりと眺めて待つ。  
そこへ未久がおずおずとやってくる。  
「おー、穿き替え完了?」  
「い、言うなっての!!」  
『何を』が無くても会話が成立する、そんな二人。  
 
ここに至るまでの徒歩十分少々の間、カケルは何度もスイッチのオンオフを繰り返した。  
偶然未久が身構えてた時は、『スイッチ押し損ねたか?』とカケルが疑問に思うほど見事に耐える。  
しかし数分間一度も操作せずに突然、とか、切った直後に再度オン、といった変化球には弱い。  
その都度未久は『んぃ!』とか『ぎぅ!?』とか『むぐぃ!』とか、バラエティ豊かな返事をする。  
じっとスイッチを入れっぱなしにしていると、未久は押し黙ってしまう。  
本人は平時と変わりない挙動を意識しているのだろうが、流石に隠し切れない。  
特に太股を擦り合わせるような歩き方は、横目にチラチラ見るだけでも十分にエロティックだった。  
「もっと長いスカートにした方が良かったんじゃねーの?」  
「こ、これでも長い方なのよ・・・。」  
「ふーん。」  
「・・・。」  
未久にしてみれば『そんなんだとバレるぞ』と言われているも同然な言葉責め。  
当の本人たるカケル自身にその自覚が無いあたりがまた厄介だったりする。  
 
スイッチのタイミングは、カケルにしてみれば、ただ気まぐれに決めているだけのこと。  
しかし未久にとっては何時襲い掛かるか分からない矯激の元であり、常に身構え続けねばならない。  
ふと気が逸れた瞬間を狙ったかのように股間を擦られては、とても声を抑えられない。  
一方、一度スイッチが入ると、今度はいつ止まってくれるのかが気がかりになる。  
しかも、リモコンローターの振動は、ピンクローターのような一定した振動ではない。  
何故か『ヴィーーー!ヴィーーー!』と、2秒強振動しては一瞬止まるという、奇妙なサイクルを取る。  
このリズムが凶悪。  
一定周波の刺激は、集中力を急速に奪い取っていく。  
まるで催眠術でも掛けられているかのように、現実感が一気に削られていく。  
催眠状態への誘導として五円玉を揺らして見せるのと原理は一緒なのだろう。  
じわじわと、精神の防壁を一枚一枚丁寧に剥がそうとする、老練な痴漢の魔手の如き陰惨な愛撫。  
ぐちゃぐちゃ、ぺろぺろと、乙女の豆を苛め続ける変態的な陵辱・・・。  
それがピタリと止めば、当然、ほっと一息着くのが自然であろう。  
・・・それを見透かしたように再攻撃に転じられれば、平静になど保っていられるわけがない。  
一度それをやられると、また次にスイッチが切られた時にも緊張を保ち続けなければならなくなる。  
翻って、未久は十数分の間、一時も休まることなく『ずっと陵辱され続けた』のである。  
『ピンクローターが無線になっただけ』と思っていた未久にとっては完全な計算外。  
無線淫具は、それを着けているというだけで『役割』を果たしているのである。  
 
溢れ出る女滴を受け止めるのに薄布一枚では足りるわけがなかった。  
ナプキンでも当てれば足りたかもしれないが、オムツを当てるようで躊躇われた。  
太股を伝う愛液を拭うために、未久は何度か靴紐を結びなおすフリをしてしゃがみ込み、  
スカートの裏地で太股をそっと一拭いするのだった。  
傍目には何の不思議もない日常的な風景の一角。  
その裏で秘めやかに行われているイヤラシイ行為。  
もちろん、何をしているのかはカケルには筒抜けだったろう。  
ようやっと駅に到着すると、未久は何も言わずトイレへと駆け込んだ。  
『私はパンティを穿き替えなければならないほど、アソコを濡らしました。』ということ。  
カケルは何も言わなかった。  
『あなたがローターで濡らしまくってるのはバレてます。どうぞご自由に。』ということ。  
そんな無言の会話が、未久にはとても恥ずかしかった。  
パンティを替えている間も、また先刻よろしく突然動かされるのではないかと気が気でなかった。  
お尻の方までべちょべちょになったパンティを下ろす。  
クリトリスにぴったりと張り付く蝶々。  
そっと横へずらし、ペーパーを取って、惨めな滑り気を丹念に拭き取る。  
『・・・。』  
一度オナニーしてしまおうか、と考えて、やはり自重する。  
こんな場所でそんなこと、といった理由ではない。  
もしイけなかったらどうなるかという不安。  
多分、寸止め状態のまま電車に乗り・・・おそらくそこでまたイタズラされて・・・  
乗客の見守る中でビクビクと・・・。  
自室でのピンクローターオナニーでもイけなかったのだ。危険性は十分ある。  
ブンブンと頭を振って払拭する。  
(いけない、あまり遅いと変に思われる。)  
カバンから新しいパンティを取り出して足に通し、一番上まで持ち上げる。  
――ぺちょっ  
(!)  
デルタゾーンの下端に、確かに走った粘着感。  
穿いたばかりのパンティに、すぐに広がる水模様。  
パンティの方が濡れていたのか、などと自分に言い訳したところで通じない。  
リモコンバイブは動いていない。  
この短時間の間、自分の妄想だけで濡れてしまったという事実。  
(ああぁ・・・・私・・・・・・)  
スカートを戻し、ヨロヨロとトイレから出る。  
 
プラットホームの端の方に、カケルの姿を見つける。  
自分を淫らに改造する張本人。  
(私がこんなに感じてるって知ったら、カケル、喜んでくれるかな。)  
そんなことを考えながら歩く。  
だがふと、カケルから渡されたエロマンガの一節を思い出す。  
陵辱者たる男の発した言葉・・・  
 
『官能に狂う姿は確かに美しい。  
 だが、それを必死に抑えようとする姿こそ、真に美しい。  
 お前は人間だ。豚ではない。  
 羞恥心を失うな。  
 ただひたすら、恥ずかしさに震え続けろ。  
 それだけがお前の全てだ。』  
 
・・・カケルの志向もそうなのだろうか?  
もちろん、正確なところは分からない。  
だが、人前でアンアン声を上げるような女を望んでいないことはなんとなく分かる。  
家の前でスイッチを入れられた時も、我慢してる時の方がカケルは見入っていた。  
なら、自分もそう振舞うべきだろう。  
普通に歩いていって、『電車まだ来ないのー?』と、さりげなく話しかけよう。  
うん、それでいこう。  
よしっ!  
 
「おー、穿き替え完了?」  
「い、言うなっての!!」  
 
出鼻を挫かれた。  
まぁでも、いいか、と。  
 
程なくして列車が到着した。  
 
am7:40。  
列車先頭車両。  
田舎ゆえ、電車ではなくディーゼル機関列車。  
特に機関車はノイズが大きく、好き好んで乗り込む人は少ない。  
二重の意味で好都合。  
ざっと見回す。  
耳の遠そうなご老人と、寝入ったサラリーマンが何人かといった程度。  
それでも念のため端の方の、椅子で死角になりそうな場所へ歩く。  
先頭車両ゆえ、気をつける必要があるのは駅停車時くらいになる。  
未久もカケルの後ろをついてくる。  
カケルは壁に寄りかかるように立つ。  
厚壁の向こうには運転手がいるのだろうが、向こうの声が聞こえないということは、  
こちらの声が伝わる心配も無いということ。  
未久を目の前に立たせ、吊り革を握らせる。  
(やけに従順だな・・・)  
ここまで散々淫具責めを繰り返されれば少しは従順にもなるというもの。  
未久の背中越しに数人の乗客が見える位置。  
発車音が鳴り響き、ガタンという音とともに動き出す。  
と同時にスイッチオン。  
――ピッ!  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぉ。」  
見事、耐える。  
「へへん、読めてる読めてる。ワンパターンだっての。」  
強気な未久。  
先ほどまであんなにビクビクしていたのは棚に上げて。  
既にパンティが重いのも棚に上げて。  
到着まで30分もあることも全部ひっくるめて棚に上げて。  
つまり虚勢。  
「ありゃ、そっか、残念。」  
そう小声で答えるカケルであったが、スイッチは切らずにそのまま。  
・・・。  
 
未久の官能にローターの振動音が響き続ける。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
それを他所に、というかそれを承知で、カケルは日常会話を振ってくる。  
「あ、そうだミク、2限国語の課題やった?」  
「え、え、あ、あったりまえじゃない。やってないの?」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「おぅ、忘れてた」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「な、なんで・・・得意気なのさ。・・・ってか今日早起きしたんだから、やっとけっての。」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「ハゲ山の授業なんかに頭使いたくねーもん。」  
国語教師のハゲ山こと竹山への評は、男女ともに悪い。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「っ頭なんて、ふぅっ!、普段から使ってないじゃないのさ。」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「えー、使ってるよー。『色々なこと』考えるのにとか。」  
『色々なこと』という部分を殊更強調する。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「っ!・・・・ス、スケベ!」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「えー、俺何も言って無いよー。スケベって何のこと?ねーねー」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「・・・・・・・っ!・・・・・だっ、・・・・だから・・・・・そう、言うのとか・・・・コレとか・・・・・」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「コレって?」  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「っなんでもないわよ!」  
つい語気が強くなって声が大きくなる。  
慌てて口を抑える。  
今注目を浴びて困るのは明らかに未久の方。  
自分でそんな状況を招いてどうするというのか。  
硬直する未久の耳元で、カケルは呟く。  
「『お願いします止めて下さい』って言えたら、止めてあげるよ。」  
カケルから救いの手。  
いや、未久の反骨精神を計算に入れれば、それはむしろ加虐の言葉。  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
暫くそのまま流れる時間。  
客観的には停滞状態。  
ただ一つ、未久の身体だけが臨界点へと引き上げられていく。  
「・・・・・っ!・・・・・・ぅぅ・・・・・・・・んぃ・・・・・っ!・・・・・・」  
いつの間にか、未久は両手で一本の吊り革を握る形になっていた。  
「・・・・・・・・・・はぁ、・・・・・はぅ、・・・・・・・・・んっ・・・・・・」  
足元がふらついてしまい、両手で保持しないと立っていられないのである。  
「・・・・・っ!・・ぅく!・・・・っ!・・・・・ん!・・・・・・くっ!」  
座るか壁に寄りかかれば楽なのだが、カケルの視線がそれを許さない。  
実際、カケルの目付きは相当鋭いものだった。  
特に今、未久が両手で吊り革を保持している姿に対しては。  
(今のミク、天井から吊られてるみたいだな・・・)  
あの未久が動けない。  
そしてその秘部では、今も淫具が唸りを上げているはず。  
どうなっているのだろう。  
――見てみたい!  
そう感じたカケルは、そっと未久のスカートに手を伸ばす。  
未久は目線が定まらない様子。  
カケルはこれ幸いにと、そのまま、そぉ〜っと持ち上げていく。  
すぐに、ぐしょぐしょに濡れまくった太股が露になる。  
(うぉぉぉお!?)  
もう何度も腿を擦り合わせたのだろう、内腿は満遍なくコーティングされていた。  
(す、すげぇ・・・・、じゃぁ、この上は・・・)  
そのままスカートを上まで捲り上げる。  
シンプルなコットンパンティが現れる。  
色は多分、薄いピンク色。  
多分としか言えないのは、分泌液を吸い込んだために裏にあるモノの色が透けてたから。  
デルタエリア最下端には、赤紫色の凶器が強い存在感を。  
その少し上には薄っすらとした繊毛が、申し訳無さそうに。  
もっとガバッと上げれば、ヘソ付近のまだ湿っていない部分も見えるだろうが、  
さすがにそこまでは上げられない。  
尻の側の裾まで一緒に持ち上がれば、ふと客衆が顔を上げた時に見られてしまう。  
(・・・ミクは・・・俺のだ。誰にも・・・。)  
そんな独占欲が芽生える。  
公衆の場で痴漢同然の痴情に及んでいる時点で矛盾は確定。  
それでも、自分にとっての一定のラインは超えまいとする。  
だからこそ、その鬩ぎ合いが興奮を誘う。  
不道徳や反社会的な行動で快楽を得るというのは、この年頃においては自然なこと。  
人によって、それが喫煙や飲酒、あるいは薬や暴走行為だったりすることもある。  
二人にとっては、それがただ性欲だったというだけのこと。  
ほんの少々、一般的なスタイルから逸脱しているというだけのこと。  
 
ヘソ付近まで持ち上げた裾を、腰ベルトの中へ押し込んで留める。  
「あっ。」  
その動きでようやく未久は我に返る。  
だがカケルの動きを制止するには遅かった。  
カケルの右手が、未久のデルタゾーンに宛がわれる。  
「ひぅ!?」  
自然、パンティの上から、蝶々をギュッと押し付ける形になる。  
蝶々の裏側に聳える無数の突起物が、既に散々嬲られている小豆粒に再度襲い掛かる。  
ずぶずぶに濡れた豆粒を、これまたずぶずぶに濡れた樹脂のブラシが擦り上げる。  
優しく、乱暴に。  
――ニュルルルルルッ!!ニュルルルっ!!コリッ!ニュルルルル!!!!  
「くひぅ!?ちょっ!あひぅ!?きひぃ!?」  
カケルの手の動きが、ブラシで増幅され、天然ローションの滑りを借りて、少女の弱点へ。  
地獄の快楽。  
――ズリュッ!!ニュリュッ!!ジュリュッ!!コリコリコリコリコリッ!!!!」  
「くぃ!?ひっ!?だっ!ちょっと、こっ!ぅぅう!ひぐっ!・・・っ!」  
未久は腰を引いて逃げようとするが、カケルの左手が未久の腰ベルトを掴んで引き戻す。  
未久の両手は吊り革のまま。今手を離したらそのまま倒れ込んでしまいそうで離せない。  
「ミク・・・・あぁ、ミク・・・・・」  
「カ、カケッ・・・・・・・・カっ・・・・カクぇりゅ・・・・おね・・・・・がい・・・もぅ・・・もぅ・・・・・」  
必死の言葉と目線で、もう限界である故をカケルに訴えかけてくる。  
「・・・・・しっかり、つかまってろよ?」  
――コクン。  
カケルは一度車内をグルリと見回して・・・・  
 
しかし。  
 
(うげぇっ!?敷島さん!!)  
 
隣の車両とを繋ぐ連結部の扉が開いていた。  
丁度、カケル達がいる側から見て反対側。  
そして真にカケルが驚いたのは、入ってきた人物がクラス委員長たる人物だったこと。  
夏なのに長袖とロングスカート。それに厚縁の眼鏡。見間違えようがない。  
まさか走行中に人の出入りがあるとは思ってもみなかった。  
多分、だんだん込み始めた隣の車両からこちらへ避難してきたのだろう。  
その人物がよりにもよってクラスメイト。  
特に親しいわけでもない相手だがド肝を抜かれた。  
慌てて未久のスカートを元に戻す。  
絶頂へのいざないを期待して目を閉じていた未久にとっても想定外。  
「え?えー!?ちょっと!ここまでしといて!?」  
明らかな非難。明確な抗議。だがカケルも応じるわけにはいかない。  
「バッ!待て!いいからシャンとしろ!」  
吊り革に両手で掴まって足元フラフラ、という状況はいかにも怪しい。  
そうこうしている間にも委員長は近づいてくる。  
電車の揺れのせいか、何度か柱に手をつきながらのため、足取りはゆっくり。  
居心地のいい場所を探しているのか、キョロキョロと見回しながら。  
(やべっ!こっちくる!)  
カケルの慌てようと、自分の背中越しへ視線を泳がせる様子に、未久も異常事態を察する。  
一瞬後ろを振り返る。  
運悪く、委員長と目が合ってしまう。  
「!!」  
未久、硬直。  
クラスメイトを発見した委員長は、真っ直ぐ歩いてくる。  
未久が慌てて肘でカケルの腹を突く。  
(あ!)  
リモコンローターのスイッチがずっと入りっぱなしだったことに気づく。  
慌ててポケットへ手を入れて止める。  
委員長が二人の側まで来たのとほぼ同時。  
「おはようございます。」  
「お、おはよう!」  
「あっっとぁっおっおはよッ!」  
未久の動揺は凄かった。  
「・・・・何してるの?」  
いきなり直球の質問。まぁ当然であろう。  
「な、何も!」  
「う、うん何も!」  
そんな答え方をされて『はいそうですか』と納得できる人は居まい。  
カケルはポケットに手を突っ込んだまま、テントが張らないようにへっぴり腰で硬直。  
未久も両手を吊り革に当てたまま硬直。  
委員長も動かず。といっても彼女は普段からこんな感じ。  
時間ごと、硬直。  
・・・。  
 
「・・・・・まぁ、いいですけど。」  
何か感じるところがあったのかもしれないが、それ以上触れてはこなかった。  
やがて電車は目的地へと到着した。  
 
「・・・ではお先に。」  
そう一言残して、委員長はさっさと歩き出す。  
プラットフォーに残された二人。  
カケルは心底ため息をつく。  
「はぁー・・・・・・・・・・・・・。」  
が、すぐに未久に耳を引っ張られる。  
「あぃててててっ!?・・・な、なんだよ?」  
睨もうとした先には、既に鬼の形相の相手。  
蛇に睨まれたカエル状態。  
「ど・・・・どうしてくれるのよ!」  
「ど、どう?って何??」  
未久が何に対して怒っているのかさっぱり分からず、カケルは動揺しまくった。  
「こっ・・・・・・こんな・・・・半端な状態で・・・・・・・・・・・・」  
「あっ!!」  
そうだ、正に『あと少し』の状態で未久は『おあずけ』を食らっていたのだ。  
だがそれは想定外の来客のせいであって、カケルは当然の対応をとったまで。  
「ま、まて、あれは委員長がいたから!」  
「うるさいっ!」  
そんな道理は通用しなかった。  
未久の平手が振り上げられ、カケルが防御姿勢を取る間もなくその頬に――  
・・・。  
「・・・・・・あれ?」  
バチーンという軽快な音が響くかと思ったが、そうはならなかった。  
頬から首筋にかけて広がるはずの衝撃も無かった。  
代わりに目の前にはピクピクと悶絶する未久の姿が。  
「え?え?ミク??」  
「・・・・・・っ!・・・っ!・・・・くぃ!・・・・ぎぅっ!・・・・ひぅ!・・・・っ!」  
既視感。ここに至るまでに何度も聴き楽しんできた、未久のあえぎ声。  
(え?え?これローターが?あれ???)  
「んぐぅ!いぎぅ!いっ!くぁっ!あっ!いっ、イッ・・・クゥ!!!!」  
小さい声で、しかしはっきりと、極みの声を上げた未久。  
――ビクンッ!ビクンッ!・・・・ブルッ・・・・ブルルッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ガクン。  
倒れそうになる未久を慌てて抱えて、ベンチへ下ろす。  
幸い、近くに人はいなかった。  
部活動所属者はもっと早く、帰宅部員はもっと遅くに登校している時間帯。  
しかもわざわざ昇降部から一番離れた、五月蝿い機関車両乗り込み口。  
それらの選択が、未久の醜態を衆目に晒さずに済んだのである。  
ベンチに座らせてもなお、ミクは暫く痙攣し続けていた。  
足首をピンと伸ばし、つま先だけを地面に強く押し付け、跳ねないように耐える。  
両の手は太股の上、スカートの裾をギュウッと握って離さない。  
上体は膝に突っ伏し、顔を見られないように下を向く。  
お尻も完全にはペンチに下ろしてないのか、小刻みに上下動を繰り返した。  
馬跳びの馬を低くしたような姿勢、と言った形のよう。  
「はっ・・・・・・・・・・・んぁ!・・・・・・・・・・・・んっ!・・・・・はぁ、はぁ・・・・・っ!」  
(こ、これが、女の子の、未久の、絶頂・・・・)  
そんな艶やかな姿にカケルは目を奪われていた。  
 
やがて未久も言葉を発せられる程度に落ち着いてくる。  
顔を上げて、大きく深呼吸。  
そしてカケルの方を向いて、小さく一言。  
「・・・・・・・・・・りがと・・・・・。」  
「え?」  
「な、なんでもないわよ!」  
「そ、そう?」  
「えーあーっと、その、あぁそうだ!」  
思い出したかのように未久が質問してくる。  
「・・・今のってどうやってスイッチ入れたの?」  
「え?・・・・・あれ?そういえばどうやって・・・」  
平手打ちをガードするのに精一杯で、スイッチに手を伸ばす余裕は無かった。  
未久の絶頂後も、スイッチを止めた記憶は無い。  
「んと、今は止まってる、んだよね?」  
「うん。」  
「あれ??・・・・・・・あ!」  
逡巡して、説明書の一文を思います。  
「あぁ、多分、誤作動だ。」  
「へ?」  
キョトンとする未久。  
「電波の多い地域とかだと、勝手に動き出しちゃうことがあるらしくて・・・・・・・あ。」  
「ちょ、ちょっとそれって・・・・・。」  
そんなものを着けさせたのか、という怒り顔。  
「ああいやそのほら、ここ大きめの駅なだけだから、学校まで行けば・・・」  
再び未久の平手が振り上げられようとする。  
だが今度はカケルも防衛策を講じることができた。  
――ピッ!  
――ヴィーーー!  
「ひぎゃう!?」  
テイクバックモーションのまま腰砕けになる未久。  
「あ、あぶねーあぶねー。・・・って、ミク?」  
カケルはだた自己防衛のためにスイッチを入れただけ。  
だが未久にとってはそれ以上の意味があった。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「っ!あぁダメッ!ダメもうっ!!あああイったばかりっ!だからぁぁあああ!!」  
「え?あ、あぁ!?」  
女の子は一度イクと何度も連続でイクはめになる、というエロマンガ情報を思い出す。  
――ヴィーーー!ヴィーーー!  
「いぎぅっ!!いっぢゃう!!あぁあああまたいぐぅ!?!!イッッ!!!クゥ!」  
―ガクンガクンッ!ガクンッ!・・・ドサン。  
再びベンチに腰を下ろす、というか落ちる。  
カケルも慌ててスイッチを切る。  
 
「はぁーーー、はぁーーーー、はぁうっ・・・・・、はぁー・・・、はぁーーー。」  
未久にはもう反撃の力は残ってなかった。  
顔を上げて、複雑そうな表情でカケルを睨むくらいしかできなかった。  
だがその顔もカケルの眼には扇情的に映った。  
そんな未久の首筋を、一滴の汗が伝おうとした。  
 
――ぺろっ。  
 
「!?」  
思わず、なんとなく、自然に。  
カケルの舌が、未久の首筋を這った。  
「・・・」  
一瞬呆けた未久が次に示した反応は・・・  
 
「あっ!あああぁっ!」  
――ビクンッ!ビクンッ!  
 
「え?ええ?」  
どうやら、3回目。  
もはや未久の身体は全身性感帯の如き有様だった。  
「はっ、外してくるっ!」  
そう一言残して、未久は脱兎のごとく走り去った。  
「あ?あぁ。」  
まぁ、さすがにここまでやってしまっては当然であろう。  
程なくして、未久からメールが届いた。  
『先行っちゃって。』  
(あちゃー。)  
しまったしまった、と頭を掻く。  
『あいよ。ごめんね。』と返信。  
 
・・・未久からの返信が来ない。  
(うーーーん、どうしよう、なんて言うべきかー。)  
などと思案に暮れていたころにやっと返信が届く。  
『ううん。ありがと。』と。  
(あぁ・・・)  
ほわっと心が温かくなるような充足感。  
むず痒くなるような高揚感。  
(なんか、いいな、こういうの。)  
お互いに通じ合ってる、そう感じられる会話。  
(でも・・・・、リモコンローターで責められて『ありがと』ってのはどうなの・・・?)  
ゴクリと唾を飲み込む。  
(それに、これって、電車の中でのアレや、降りてからのアレとかも含めて・・・?)  
ギン!と再び硬くなる怒号。  
それを咎めるかのように、次の列車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響く。  
「うわっと!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やべ、俺もトイレ寄ってこっと・・・。」  
 
結局、気恥ずかしさで一杯の二人は、放課後まで会話らしい会話はできなかった。  
ちなみに2限目ハゲ山の授業で、カケルに雷が落ちたのは天罰、というか自業自得である。  
 
 
                              - 第一部 完 -  
 

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