そんな訳で、久々の連休が取れたその日の朝、僕たちは伊豆に向けて出発することになった。  
「うみ〜、うみ〜、うみ〜♪」  
「まあ、千奈美ちゃん。はしゃぎ過ぎてると、海に着くまでに疲れちゃいますよ?」  
「む〜、大丈夫だよ〜。うみ〜、うみ〜、うみ〜♪」  
朝早くから満面の笑みを浮かべ、車に荷物を積み込む千奈美。  
雪枝さんは、そんな千奈美を軽くたしなめるが言葉とは裏腹に、その声は弾んでいる。  
ううん、二人ともこんなに喜ぶのなら、僕もどこかに誘ってあげればよかったかな?  
 
よく考えたら、この車を買おうって言い出したのも、雪枝さんと千奈美だったしね。  
それってもしかして、暗に『どこか行きたい』っていう、二人の意思表示だったのかもしれない。  
 
もっとも買おうと思った途端、とある騒動が勃発して、某会社はあんなになってしまって……。  
でもって、ディーラーの人が半泣きになって『目一杯勉強するから買ってくれ!』と、泣きついてきたし。  
結果的に、僕にとってはお得な買い物、になったわけだけど……恐るべし、疫病神。  
 
そう考えると、時々千奈美と一緒に買い物に行ってるらしいけど、  
雪枝さんには、間違っても一人で運転させるわけにはいかない、よね。  
何となくだけど、運転中にタイヤが外れてしまいそうな気がしてならないし。  
…………で、ふと思ったんだけど、雪枝さんって免許は持っていたのだろうか?  
 
「さ、出発進行〜!」  
「へいへい。雪枝さんも忘れ物は無い?」  
「ええ、大丈夫です。招待状も地図も、ここにちゃんと…………あ、あれ?」  
車に乗り込み、片腕に浮き輪をくぐらせた千奈美が、反対側の手を天に突き上げて、歓声をあげる。  
僕はハンドルを握り締めながら、千奈美に返事をして、助手席の雪枝さんに声を掛けた。  
雪枝さんは、膝の上に抱えていたカバンに手を入れ、元気に返事をして………その声が小さくなる。  
も、もしかして……。  
「す、すみません! 家に忘れてきました、取りに行ってきます!」  
「も〜、雪枝さんたら〜」  
と、雪枝さんは顔色を変え、僕たちに詫びの言葉を述べながら、車から降りて家に駆け戻った。  
後部座席から、千奈美の呆れ声が聞こえてくる。  
……やれやれ、やっぱり。まあ、出発前に気がついて、よかったと言うべきかな。  
ハンドルに体をもたれかかせながら、僕はそんなことを考えながら、雪枝さんを待った。  
 
「お、お待たせしました。さ、これで大丈夫です。それでは参りましょう」  
しばらく待っていると、招待状と地図を手にした雪枝さんが、慌てた様子で戻ってきた。  
さて、それじゃあ出発するとしますか……。  
「あ、貴代子お姉さ〜ん!」  
突然、千奈美が車の窓を開け、手をぶんぶん振り回しながら、大声で叫んだ。  
ふとその方向を見ると、隣に住んでいるお姉さんが、ジャージ姿でこちらに走ってくる。  
「はあ…はあ……。あ、千奈美ちゃんか、おはよう。そっか、海に行くんだっけか。気をつけてな」  
「うん、ありがとう! それじゃあね!」  
肩で息をしていた彼女は、千奈美の声に立ち止まり、僕たちに軽くお辞儀をしながら、返事をしてきた。  
千奈美は白い歯を見せ、にっこり微笑みながら、元気に答える。  
僕は軽く会釈をして、アクセルを踏み込んだ。さて、今度こそ本当に出発だ――  
 
 
「お。千奈美、海が見えてきたぞ。……あれ? 千奈美?」  
「すう……すう……」  
運転を始めて数時間。高速道路沿いに、ようやく海が見えてきた。  
僕は、後部座席の千奈美に声を掛けてみたが、返事がまったくなかった。  
おかしいなと思って振り向くと、千奈美は浮き輪を抱えたまま、夢の世界を満喫しているようだった。  
「あらまあ、静かだと思ったら、すっかり……」  
僕に釣られて後ろを向いた雪枝さんは、そんな千奈美を見て優しく微笑む。  
「ま、いいさ。民宿はまだまだ先なんだ。着いたら起きるだろ」  
「それもそうですね、そっとしておきましょうか。……えっと、今がこの辺りだから……」  
「ん? 大体、あと一時間くらい掛かるよ。雪枝さんも眠ってたらどう?」  
僕の言葉に頷きながら、ナビと地図を見比べ始める雪枝さん。  
ナビを指差しながら、僕は雪枝さんに説明した。目的地は、出掛ける前に登録していたもんね。  
「いえ。千奈美ちゃんも眠っているし、これを機会に……」  
「ちょ、ちょっと!? ゆ、雪枝さん!?」  
言うや否や、雪枝さんは僕の腰に手を回したかと思うと、ズボン越しに僕の股間をまさぐりだした。  
突然のことに、思わずハンドル操作を誤りそうになってしまう。  
「うふふっ……ほうら、大きくなってきました〜」  
雪枝さんの言葉どおり、僕のモノは優しい刺激に対して、正直に反応していた。  
そんな僕のモノをズボンの上から軽く握り締めながら、雪枝さんは嬉しそうに微笑む。  
「ゆ……雪枝、さん……う、運転が……」  
思わず腰を引こうとするが、座席に腰掛けているため、それもままならず、  
たまらず僕は、身をよじらせながら雪枝さんに声を掛けた。  
「あ、亮太さんはちゃんと、前を向いて運転していてくださいね。事故を起こすと大変ですから」  
「ちょ……そ、そん……あっ」  
が、雪枝さんは委細構わず、しれっとした顔で、僕の顔を見上げながらそんなことをつぶやく。  
さらに、顔はこちらを見たままで、ズボンのチャックに手をかけ、おもむろに僕のモノを露出させる。  
抵抗の声をあげようとする僕だが、雪枝さんに優しくモノを握られ、反射的に甘い声が漏れ出してしまう。  
 
「まあ、亮太さんったら、こんなにさせちゃって。我慢は体に毒ですよ?」  
モノを撫であげながら、雪枝さんはたしなめるように、僕に向かって言った。  
雪枝さんの言葉どおり、すでにモノは例によって天を向き、戦闘準備は整っている。  
整いすぎて、モノが脈をうつたびに先端から、先走りの液がドクドクと溢れていますけど。  
………毎度のことですが、何でここまで敏感に反応してしまうんでしょう?  
「どうしたのですか? 目なんてつぶっちゃって。ちゃんと運転に集中しなきゃ、ダメですよ? ……っ」  
「そ……そん……。うっ……あ…あ……ゆ、雪枝さ……んっ……」  
僕に向かって、注意の言葉を投げかけたかと思うと、雪枝さんはおもむろに、僕のモノを咥えはじめた。  
反射的に上半身が仰け反り、足が引きつってしまう。  
「んんっ……ん、んっ、んふうっ……」  
雪枝さんは、モノからいったん口を離したかと思うと、左手でモノの先端を包み込むように握り締め、  
横からモノを咥えて、顔をゆっくりと左右に動かしだす。もちろん、舌を絡ませながら。  
「んっ……ん…んふ…んっ……んんっ……。亮太さん? スピード出過ぎてませんか?」  
「だ……だって、あ…ああ…ゆ、雪枝さんっ……」  
足が引きつった弾みで、アクセルを思い切り踏み込んでいて、どんどん加速してしまっていた。  
それに気づいた雪枝さんは、モノから口を離し、僕の顔をじっと見つめながらつぶやいた。  
「ダメですよ、亮太さん? 安全運転しなければ? ね?」  
「ゆ! 雪枝さん! ちょ! ダ、ダメだってっ!」  
モノをしごくスピードをあげながら、雪枝さんは眉をしかめて僕を諭すように言葉を続ける。  
運転をしなければという緊張感と、モノから伝わる刺激がぶつかり、新たな快感となって僕を襲う。  
さらに、別の車が僕たちを追い越していくたびに、もしかしたら彼らに見られているのでは無いか、  
という緊張感にも見舞われるようになってきた。も……どうなっちゃってもいいかも……。  
 
「ぐ…っ! ゆ……雪枝…さん……?」  
僕の目の前に違う世界が見え始め、まさに絶頂に達しようかという寸前、  
モノに快感とは違った、痛みに近い刺激が走り、現実の世界に戻ってきた。  
苦痛にあえぎながら下を見ると、雪枝さんが、モノの根元をきつく握り締めている。  
「亮太さん、言ったでしょ? 安全運転が第一、ですよ?」  
僕を見上げながら、雪枝さんはにっこり微笑む。……その笑みが、悪魔の微笑みに見えます、はい。  
「だ……だって……は、ああっ!」  
「だっても何もありません。それまで、ずっとこうしていますよ?」  
抗弁しようとする僕を見て、雪枝さんは軽く眉をしかめながら、モノを握り締める手に、さらに力を込める。  
快感を上回る苦痛に、思わず仰け反ってしまう僕。  
「う、うわわっ!?」  
同時にすぐ横を、大型トラックがクラクションを鳴らして通り過ぎていく。  
……ちょっと危なかったかも。……お願い、安全運転させたいのなら、もう止めて……。  
「あ……お、お願い……も、や、止め…て……」  
「まあ、亮太さん。反省しましたか? じゃあこれからも、安全運転に努めて下さいね? ……っ」  
「くあ! ゆ、雪枝さんっ! あ、ああっ! くううっ!?」  
僕のうめくような声を耳にした雪枝さんは、嬉しそうに微笑んだかと思うと、モノを根元まで咥え込んだ。  
再び、とめどもない快感が押し寄せ、僕はあえぎ声を漏らしながら身震いしていた。  
 
いっそ、車を停めてしまいたかったが、生憎ここは高速道路のど真ん中な上、  
パーキングエリアは、さっき通過したばかりで、停車できそうな場所はまったく見当たらなかった。  
 
「……んふ…ん……んっ、んんっ、んっ、ん、んんっ……」  
そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、雪枝さんはじゅるじゅると音を立てて、モノを吸い上げようとする。  
も…もう限界……だっ……。  
「………ゆ、雪枝さんっ! ぼ、僕もう! もう……っ!」  
「んぐっ……ん………ふっ……」  
僕はあっさりと絶頂に達し、雪枝さんはいつもどおり、僕の絶頂を口の中で受け止めていた。  
「んふっ、んっ……ん………んんっ。ふふっ、いつも元気いっぱいですね、亮太さん」  
精を飲み干し、モノの先端を舌でチロチロと舐めまわしながら、雪枝さんは僕に流し目を送ってきた。  
「あ、ああ…ゆ、雪枝さ…ん……」  
声を震わせる僕を見つめたまま、雪枝さんはモノから舌を離し、そっとズボンの中にしまい込んだ。  
「さ、続きはまた今夜、ですね?」  
ズボンの上から、モノをぽんぽんと軽く叩きながら、雪枝さんは微笑む。  
………雪枝さん、僕も嫌いだとは言わないので、頼むから場所を選んでください。お願いします。  
 
 
「ええっと……こ、ここかな?」  
「そう…ですね。あ、ちゃんと看板出てます。間違いないですよ」  
あれからしばし、どこをどう運転したか、よく覚えていないけれど、どうにか着いた……みたい。  
とりあえず、向かいの駐車場に停めて……と。何だか、今すぐ休みたい……。  
「さて、着きましたね。……千奈美ちゃん、着いたわよ? 千奈美ちゃん?」  
「ん〜? ……もう、食べられないよ〜」  
「千奈美ちゃん……まったく…、仕方ないですね。………よい、しょっと」  
雪枝さんは、後部座席の千奈美に声を掛ける。が、千奈美は思い切り寝ぼけている。  
ため息をつきながら、雪枝さんは千奈美を抱え上げた。……何だか本当の本当に親子みたい。  
「あ、亮太さん、私は千奈美ちゃんを連れて行きますから、荷物をお願いします」  
「はいはい、了解しましたよ」  
千奈美を抱っこしながら、雪枝さんは僕に声を掛けてきた。僕は軽く頷いて、リアゲートを開けて……  
 
「どわああっ!?」  
 
思い切り大声を上げてしまった。リアゲートを開けた弾みに、ビニールシャチが飛び掛かってきたのだ。  
………千奈美の奴、荷物を積み込むときに、妙にうきうきしてると思ったら、これだったのか。  
さすが座敷わらし。機嫌がいいときも悪戯を忘れない、その精神。感心すべきか呆れるべきか……。  
 
「どうも、おこしやす」  
「あ、どうも。えっと……予約していた、田中ですけど」  
民宿の入り口で、女将さんがにこやかな顔で僕たちを出迎える。  
やや釣り気味な目と、アップにまとめた長い髪が印象的な、和服が似合う女性だった。  
年の頃は……見た目、雪枝さんとほとんど同じくらい、かな?  
「はいはい、お待ちしとりました。さ、こちらへどうぞ」  
「えっと……車は、あそこでよかったのかな?」  
「ええ、かましませんですよ。さ、こっちどす」  
女将さんは、僕の言葉に返事をして、早速部屋へ案内してくれた。  
 
 
「さあ、どうぞ。うちの特等室になります」  
「あ、はいどうも。………わ、すっげえ」  
部屋に案内された途端、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。  
窓の向こう側には、見事な青い海が広がっていたのだ。  
「はい。何といっても、うちの自慢の眺めどすから。今日は、絶好の海水浴日和どすえ」  
僕の声に、満足そうに微笑む女将さん。……本当に、自慢なんだろうなあ。  
「……の、ようですねえ。さ、千奈美ちゃん。……着きましたよ?」  
「まあまあ、そんなに慌てなくても、海は逃げないどすえ。  
………それにしても、お客さんたちはホント、運がいいどすわあ。  
昨日まで、ずっとぐずついとったのに、今日は昨日までの天気が、嘘のように日本晴れどす。  
まるで、お客さんが来るのを、待っとったみたいどすわあ」  
「へえ、そうだったんですか……。なるほどねえ」  
千奈美を揺り起こそうとする、雪枝さんに声を掛けながら、しみじみとつぶやく女将さん。  
僕は何となく答え……雪枝さんの腕の中で寝ぼけている、千奈美が目に入った。  
……やっぱり、これも座敷わらしの福の恩恵、なのかなあ?  
 
「ん〜……あ、あれ? 雪枝さん……? も、着いた……の? ……うわあっ!」  
と、千奈美が寝ぼけ眼を擦りながら、抱きかかえている雪枝さんをじっと見つめる。  
寝ぼけたままで、辺りを見渡し、窓から見える景色に目をぱっと見開き、歓声をあげた。  
「うみだ、うみだ〜! さ、早く行こうよ! 行って、スイカ割りしようよ〜!」  
雪枝さんから飛び降りた千奈美は、窓に駆け寄って景色を一望したかと思うと、  
こちらを振り向き、満面の笑みを浮かべながら、いきなり服をばっと脱ぎだした。……え? 脱ぎだした?  
「な? ちょ、ち、千奈美!?」  
僕は慌てて千奈美に声を掛けた。誰が見てるか分からないってのに、窓際で服を脱ぐんじゃない!  
「ん? なに?」  
「あ…い、いや…な、なんでもない……」  
……が、千奈美は既に、服の下に水着を着ていたようで、きょとんとした顔で問い返してくる。  
返す言葉が無く、口ごもってしまう僕。………紛らわしいこと、しないで欲しい。  
「……………亮太さん、いったい何を考えていらしたんですか?」  
「い? な、何をっテ、何ヲ!?」  
不意に耳元で、雪枝さんの冷たい声が聞こえ、僕は声を裏返させながら答えた。  
ふと見ると、その雪枝さんも既に水着姿になっている。……あなたたち二人、用意よすぎ。  
 
 
「わ〜い、うみ〜、うみ〜!」  
「まあ、千奈美ちゃん。足元に気をつけないと、転んじゃいますよ?」  
ビニールシャチを抱えながら、海に向かって一目散に駆けていく千奈美を見て、  
雪枝さんはいつものように、優しく声を掛けている。  
「……っと、ここらへんでいいかな?」  
僕は砂浜の適当なところで、荷物を下ろし、ビーチパラソルを固定し始めた。  
 
 
「ん〜………えいっ!」  
「…………あ〜、はずれた〜!」  
隣近所にいた子供たちを何人か巻き込んで、スイカ割り大会を始めだす千奈美。  
ふと辺りを見渡すと、海岸には続々と海水浴客が集まり始めていた。  
来るのがもう少し遅かったら、場所探しで汲々としていたかもしれないな……。  
「ね、雪枝さん! 今度は雪枝さんの番!」  
「え? わ、私ですか? ……ちょ、ちょっと千奈美ちゃん」  
と、千奈美は、僕の隣でサンオイルを塗り始めようとしていた、雪枝さんの手を引っ張る。  
雪枝さんは戸惑いながらも、千奈美に手を引っ張られるままに、スイカ割りに参加していた。  
 
……さて、運転はもうしないし、たまには昼からビールでも飲もっと。  
折りたたみベッドに寝っ転がって、スイカ割りの様子を眺めながら、缶ビールに手を伸ばす。  
視線の先では、目隠しをされた雪枝さんが、周りの拍手や歓声に右往左往しながら、  
やや見当違いな場所で、竹刀を振り上げている。  
……あ〜あ、もう少し右前なのに……。そんなことを考え、プルタブを開けて………ゴク  
 
「………しょっ、と!」  
 
プフーーーーウッ!   
 
雪枝さんの掛け声とともに、僕は飲みかけたビールを思い切り噴き出していた。  
竹刀を振り下ろした途端、雪枝さんのビキニトップが一緒に吹き飛び、胸が露わになったから、だ。  
周りの子供たちは、露わになった雪枝さんのたわわな胸を凝視したり、ぽかんと口を開けたりしている。  
……確かに、あのゆさゆさ揺れる胸は、お年頃の子供たちには、ちょっと刺激が強すぎる、かも。  
「あ〜あ、失敗失敗。さ、次は千奈美ちゃんの番ですね。……? どうしました、亮太さん?」  
目隠しを解いた雪枝さんは、千奈美に竹刀を手渡しながら微笑む。  
……どうやら、今の自分の姿がどうなっているか、まったく気づいてないようだ。  
と、僕が口をパクパクしているのを見て、怪訝そうな顔でこちらに問いかけてきた。  
 
「あの……その…えっと……ゆ、雪枝さん……む、胸…」  
「え? 胸?」  
しどろもどろになりながら、雪枝さんの胸元を指差すと、雪枝さんはひょいと顔を下に向けた。  
「……な、ななっ!?」  
「わ〜い、成功成功、大成功〜!」  
次の瞬間、雪枝さんは顔を真っ赤にさせながら、悲鳴をあげて胸元を両手で隠した。  
そんな雪枝さんを見て、歓声とともにパチパチと手を叩くのが約一名。  
よく見ると、その手には雪枝さんのビキニトップが、しっかりと握られている。……お前か、犯人は。  
「ち、千奈美ちゃん!」  
「うふふ〜、鬼さんこちら〜!」  
雪枝さんは、千奈美に向かって叫ぶが、千奈美は”戦利品”である、  
黄色いビキニトップを人差し指に絡ませたまま、砂浜を嬉しそうに駆け出した。  
「こ、こら! 待ちなさい、千奈美ちゃん!」  
左手で胸を隠し、右手を伸ばして千奈美を追いかける雪枝さん。  
……む、無理してそのカッコで、追いかけなくてもいいじゃないか。  
それにしても千奈美。お前が悪戯好きなのは、今に始まったわけじゃないが……今回だけは許す!  
 
 
「亮太さん、亮太さん……もう夕方ですよ?」  
「え……? あ、あれっ?」  
不意に、雪枝さんの声がして目が覚める。……え? 夕方?  
辺りを見渡すと、周りにはすでに誰もいなかった。テント泊の人たちは、ここから少し離れているし。  
……いつの間に、眠ってしまったんだろう? というか、まだ泳いでなかったや。  
「ふふっ、ゆっくりお休みになれましたか? さ、民宿に戻りましょう。夕食が待ってますよ?」  
「あ、ああそうか……もうこんな時間か……」  
などと考えていると、雪枝さんは僕の手を取り、ベッドから起こそうとする。  
僕はベッドから起き上がり、独り言をつぶやく。ま、明日泳げばいい、か。……って、あれ?  
「うわ……雪枝さん、凄い日焼けしちゃったね」  
「ええ。少しばかり、鬼ごっこに熱中していたもので」  
そう、雪枝さんは見事なくらい、真っ黒に日焼けしていたのだ。  
僕の言葉に、雪枝さんは苦笑いをしながら答える。……え? 鬼ごっこ? 誰と?  
「雪枝さ〜ん! 許してよ〜!」  
「へ? あ……千奈美」  
そう思ったとき、千奈美の叫び声が聞こえ、思わずそちらの方を振り返った。  
波打ち際のすぐそばに、千奈美はいた。首から上だけを、砂浜から出して。  
……って、潮が満ちたら溺れちゃうじゃないの!  
「反省しましたか? 千奈美ちゃん」  
「うん、反省した! だから、だから許して!」  
雪枝さんは、千奈美のそばにしゃがみ込み、ゆっくりと声を掛けた。  
千奈美はコクコクと、頭を何度も上下に動かし続ける。……本当怖いです、雪枝さん。  
「そうですか……。それでは、これをどうぞ」  
「ゆ、雪枝さ〜〜ん!!」  
にっこりと微笑んだ雪枝さんは、千奈美に水中眼鏡とシュノーケルを装着させる。  
千奈美の必死な叫び声が、人のいない海水浴場に響き渡っていた――  
 
 
 

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