「何だ? どうしたんだい?」  
「中身が……中身が変わっている……」  
頬杖をついたまま、貴代子は僕に話しかけてきた。……そう。そのページには、  
かつては確かにアイリスの召喚方法が出ていたはずなのに、全然違うことが書かれていたのだ。  
「へ? ページ間違えてるだけじゃないの?」  
「いや……ちゃんと栞を挟んでおいたし……しかも…これって………」  
ソファに座った僕は、貴代子の言葉を否定し、書かれている内容を読みふけった。  
そこには、驚くべきことが書かれていた。  
 
〜警告〜  
本章では、具体的に悪魔を召喚する方法を載せていたが、この方法での召喚には問題がある。  
125回目に召喚された悪魔は、”名無き真の悪魔”なのだ。”名無き真の悪魔”は、その状態では、  
何の力も持たない非力な存在なのだが、召喚された124人の悪魔を取り込むことが出来る。  
そのたびに少しずつ力を増していき、124人全員を取り込んで、最後のひとりとなったとき、  
”唯一の存在”となり、絶大な力を持つことになってしまう。  
 
この警告が現れたときこそ、”名無き真の悪魔”がこの世に現れた証である。  
もし”名無き真の悪魔”に出会ったときは、下記の魔法陣を描き、これから述べる呪文を唱えること。  
さすれば次元の間から、”導きの手”が現れて”名無き真の悪魔”を引きずり込むことが出来るであろう。  
 
〜”導きの手”使用時の注意〜  
”導きの手”は相手を選ぶことをしないので、術者は魔法陣から2メートルは離れること。  
また、呪文を途中で唱えるのを止めたり、呪文の完了時に魔法陣の上に対象者がいない場合、  
”導きの手”は術者を襲おうとするので、使用時には注意されたし。  
 
「……こういう警告文ってさ。普通はこんな手の凝った方法じゃなく、最初から載せておかないか?」  
「うん、ボクもそう思う……」  
本を読んだ貴代子は、しばしの間テーブルに突っ伏していたが、顔をあげてつぶやく。  
ハヤトは本で頭をコンコンと叩きながら、そう答えていた。それは僕も思う。しかし、それにしても……。  
「だとすると、アイリスはどうなってしまったんだ………」  
 
ガチャ  
 
「ただいま〜。御主人サマ、今日は本当に早く帰ってきてくれたんだ。……あ、あれ? お、お客さん?」  
唐突に、買い物袋をぶらさげたアイリスが入ってきた。  
アイリスは、僕の顔を見てにっこり微笑むが、貴代子たちを見て目を丸くさせていた。  
「あれ? ア…アイリス……?」  
「そうか……彼女が………」  
思いもよらなかったアイリスの登場に、僕の頭の中は真っ白になる。  
いや、ここはアイリスの家だから、帰ってきてくれて当然なんだけれどさ……。  
何かを納得したように、貴代子はつぶやいている。  
「お醤油……切れてたから、買ってきたんだけど………ど、どなた?」  
「………なあ秀人さん、説明してあげたらどうだ? 本に書いていたことを」  
買い物袋から醤油を取り出し、アイリスは僕に声を掛ける。  
その声には、明らかに疑念の色が浮かんでいる。……もしかして、疑っている? ハヤトもいるのに。  
顔をアイリスに向けたままで、貴代子は僕に目配せしてきた。……そう、だね。それがいいかも。  
「あ、あのさアイリス……実はね……」  
僕はアイリスを見つめ、貴代子がここに来た理由と、本に書いていたことを話し始めた――  
 
「そ……それじゃ、私……。これから、どうなるって…いう……の?」  
「えっと……そ、それは……」  
アイリスは、僕の話を最後まで黙って聞いていた。聞き終えてから、震える声でポツリとひとこと。  
明確な答えなど、あろうはずもなく、しどろもどろになる僕。と、  
「あるべき場所へ戻る。ただそれだけ、さ」  
「な、何っ!?」  
背後から突然、聞き覚えのある声がして、驚きとともに振り返ると、そこにもアイリスがいた。  
まるで、見えない椅子に腰掛けるように、フワフワ宙に浮き、悪戯っぽい笑みを浮かべている。  
その笑みはまぎれもない、アイリスの笑みだ……で…でも……。  
 
「あ…あ……ああ………」  
先に現れたアイリスが、全身をガクガク震わせながら、声を漏らす。  
 
「……っと。まったく……”呼びかけ”にも中々応じないから、どうしたことかと思ったら……。  
しかも、自分を召喚した相手と、ま〜だ一緒に暮らしているなんて……ねえ……」  
トンッと床に降り立ち、両手を腰に当て、首を傾げながらつぶやくアイリス。  
よく見ると、こちらのアイリスは、僕が初めてアイリスを召喚したときと、同じ服を着ていた。  
……服っていっても、いわゆるヘソだしレオタードと、同色のレザーブーツだけなんだけど。  
 
「う、うわああああっっっ!!」  
「ア…アイリス!?」  
突然、先に現れたアイリスは、頭を抱え、叫び声をあげたかと思うと、一目散に駆け出した。  
後を追おうと、立ち上がりかけ――  
 
「うふふっ。どこへ行こうと言うの? 私はちゃんと、ここにいるよ?」  
「そ、そん……ん…んんっ…んっ………」  
背後から、もう一人のアイリスに抱きすくめられた。アイリスは、いつもの甘えた声でささやく。  
振り返りながら引き剥がそうとしたが、両手首をしっかり掴まれ、そのままくちびるを塞がれる。  
「んふ……ん…っ……んんっ……」  
アイリスの舌が、僕の口の中へ潜り込んでくる。……あ、いつもと同じ、アイリスの舌、だ………。  
僕はアイリスの背中に手を回し、しっかりと抱きしめながら、舌を絡ませた。  
 
「…ふう……んっ…ん……んっ……。ふふっ……それじゃ……お次は……」  
「ああ……あ…ア、アイリス………」  
アイリスは、僕の口中をしばし堪能していたかと思うと、おもむろに顔をあげ、  
悪戯っぽく微笑み、僕の下腹部を優しく撫でまわす。その刺激に耐えられず、あえぎ声が漏れ出す。  
「ふふっ……すっかり立派になっちゃって。さて、と……ん…ふう……っ……」  
「うああっ! アッ! アイリスうっ!!」  
ズボンとパンツをずりおろし、剥きだしになったモノを軽くしごき、嬉しそうに微笑んだかと思うと、  
舌なめずりをしながら、そのままモノを自らの口に含ませるアイリス。  
毎日、同じことをされていたはずだったが、今日感じる刺激は、今までとは何かが違っていた。  
そのあまりの心地よさに、思わず声を裏返させてしまう。ああ……気持ちイイ……。  
 
「んふ……んっ…んんっ……」  
「…あっ…ああっ……イイ…イイよ…アイリス……」  
アイリスは顔を上下に動かし続け、口中では舌先で僕のモノを、ピタピタと引っぱたいている。  
僕は思わずアイリスの頭を抱えながら、上半身を仰け反らしていた。  
「……ん? ……うっ! うわっ! アッ! アイリスッ! アイリスッ!!」  
いきなりアイリスは、モノの先端だけを咥え、顔を動かすのをピタリと止める。  
僕が怪訝そうに見下ろしていると、いきなり右手でモノを凄まじい勢いでしごき始めた。  
さらに、左手のひらに袋を乗せてコロコロ転がしながら、中指はすぼまり周囲をまさぐりだす。  
立て続けに襲い来る刺激に、僕は全身をビクビク震わせながら叫んでいた。  
 
「んふ……んっ……」  
アイリスは、頬が凹むほどの勢いで、モノを吸い込もうとする。  
そのいっぽうで、舌先はカリの裏側部分をほじくろうと、うごめき続けていた。  
……もう、もう限界……だ……。僕は思わず腰を浮かせ、アイリスの口中で爆ぜようとして――  
「………しょっと」  
いきなりアイリスは、ぱっと僕から離れた。……な、何で!?  
「うふふっ…あわてんぼさん……。まだまだ、これから…でしょ?」  
僕の鼻先を、ちょんちょんと人差し指でつつきながら、アイリスは妖しく微笑んだかと思うと、  
おもむろにレオタードを脱ぎ捨てた。形のいい胸が、僕の目の前でぷるんと弾んでいる。  
「はあ…あ…ああんっ……」  
僕はまるで、引き寄せられるように、アイリスの胸にむしゃぶりついていた。  
アイリスは喘ぎ声をあげながら、僕の頭を両手で優しく抱きしめる。  
「ん……っ…んっ……」  
「…あ…あんっ……」  
胸の頂を、舌先でちょんちょんと突っついてみると、アイリスはたちまち、甘えた声を漏らす。  
だが、そんなアイリスの嬌声も、僕の耳には半分以上届いていない状態で、  
夢中になって、アイリスの胸を堪能し続けた。  
 
「……! んぐ! ん! んんっ!!」  
アイリスの胸を堪能していた僕だったが、不意に下腹部を刺激が襲った。  
後ろ手ながら、アイリスは再び僕のモノをしごき始めたのだ。  
たちまち、モノから全身へと広がる刺激に、身悶えしながら悲鳴をあげようとしたが、  
アイリスが、僕の頭をしっかりと押さえつけているため、くぐもった声を漏らすのが精一杯だった。  
「……ふふっ……私も…気持ちよく、させてね………あ、ああんっ!」  
「う! うああっ! あ…ああっ!!」  
僕を胸から解放したアイリスは、妖しい笑みを浮かべたまま、そうつぶやいたかと思うと、  
ゆっくりと腰をあげ、モノの位置を確認し、そのままいっきにそこへと腰掛けた。  
今までの、口や手でしてもらっていた時よりも、遥かに強烈な刺激が全身を襲い、僕は悲鳴をあげる。  
「はああっ……イイ……イイッ……」  
「くあ…っ……ア……アイリス……」  
自らの胸を荒々しく揉みしだきながら、アイリスは腰を上下に揺さぶり続ける。  
繋がっている僕は、ただひたすら快感の波に溺れ、声を震わせていた。  
ああ……もう…もう、イッちゃう…イッちゃ…っ………。  
 
ドンッ  
 
突然、そんな音が響いたかと思うと、アイリスが壁に叩きつけられていた。  
何が起こったか分からず、辺りを見渡すと、拳を振り下ろした姿勢の貴代子が、  
厳しい表情で、すぐ横に立ち尽くしている。……何? 何がどうなっているの?   
「秀人さん! 何をぼうっとしている!? 早く、早く彼女を追いかけないと!」  
左手で玄関を指し示し、叫ぶ貴代子。……彼女…え? ええ? 追いかける?  
 
ガチャン  
 
僕がぼうっとしていると、玄関の扉が閉まる音が聞こえる。……これって、まさか?  
「……まさか、私の幻影が通じないとは、ね。少し、みくびっていたかな?」  
口から流れる血を右腕で拭いながら、アイリスは笑みを浮かべた。………幻影?  
「まったく……せっかく、”私”を召喚してくれた礼をしていたのに、邪魔するなんて野暮なんだから」  
小指の腹で、くちびるを撫でながら、アイリスはゆっくりと立ち上がる。  
「ええい、秀人さん! 何があったか知らないが、今の出来事はすべて一瞬の幻影だ!  
早く、早く外に出て行った彼女を追いかけるんだ! 今ならすぐ追いつく!」  
アイリス相手に、何かの拳法みたいに身構えながら、僕に向かって再び叫ぶ貴代子。  
……今の出来事が……一瞬の…幻影? すると…本物のアイリスは……。  
次の瞬間、僕は玄関に向かって駆け出していた。  
 
 
「それにしても……あなたって……フェンとリルは消してくれるわ、私と彼の邪魔をしてくれるわ、  
私がひとつになるのを邪魔するわ、いったい何者なの? …………許さないわよ」  
「ふざけるな! 許せないのはこっちのほうだ! ……覚悟しろよ!」  
外へ出ようとした時、部屋のほうから、二人の殺気立った声が聞こえてきた――  
 
アパートから出て辺りを見渡す。アイリスは……いた! すぐ横の、河川敷を走っている。  
僕は全力でアイリスを追いかけていた。  
 
「ア、アイリス! はあ…はあ…はあ……はあ…」  
「ご…御主人サマ……。わ、私…私……」  
アイリスに追いついた僕は、肩で息をしながらも、そっと背後から彼女を抱きしめた。  
涙をボロボロこぼし、戸惑い気味に声を震わせているアイリス。  
二人とも何も言わずに、いや、何も言えずに、しばらくの間、じっと抱きしめあっていた。  
 
「御主人サマ……あの本の出来事、本当だった。もう一人の私を見たとき、私が私でなくなる  
怖さもあったけれど、どこか安心できるような、落ち着けるような気持ちも……心のどこかであった……」  
「アイリス………」  
「で、でも! 私…私、御主人サマと別れたくない! ずっと、ずっと一緒に、そばにいたいよ!」  
「……アイリス……僕もだよ……」  
しばらく抱きしめあっていると、ようやく落ち着いたのか、アイリスはポツポツと喋り始めたが、  
ぱっと顔をあげ、叫ぶように訴えかけてくる。僕は優しくアイリスを抱きしめながら答えた。  
「でも…でも私…私、どうしたらいいの……」  
「………大丈夫だよ。もう一人のアイリスを、どうにかすれば、多分……」  
首を振り、弱々しくつぶやくアイリスの頭を撫でながら、天を見上げてつぶやく。  
まったくの思いつき、ではない。あの本に書いてあった方法を使えば、あのアイリスはいなくなる。  
そうすれば、また今までどおりの生活に戻れ………  
 
ドサンッ  
 
不意に、何か重たいものが地面に落ちる音が聞こえ、その方向を向く。  
そこには、血まみれで横たわる貴代子がいた。  
「な……き、貴代子…さん………」  
震える声で呼びかけるが、ピクリとも動かない。……ま、まさか………。  
「もう一人の私がどうしたって?」  
声のほうを見ると、返り血を浴びて真っ赤に染まった、もう一人のアイリスが、フワフワ宙に浮いていた。  
これって……やっぱり………。  
「く……う………」  
「……おや、まだ息があるのかい。まったく、しぶといものだね」  
呆然と二人を見ていると、貴代子がうめき声をあげた。もう一人のアイリスは、  
それを聞きつけて、呆れたようにつぶやき、貴代子のそばに降り立った。  
「ち……ちく…しょ…………」  
「そんなに悔しいかい? ま、次があれば、また遊んであげるわ。………さて、と」  
憎々しげに、もう一人のアイリスを見上げる貴代子に、もう一人のアイリスは冷笑を浮かべながら、  
ゆっくりとこちらを振り向いた。思わず、アイリスを抱きしめる腕に力がこもる。  
 
「本題は、こちらなのよね。もう逃げてもムダ……さあ、こちらへいらっしゃい………。  
言うことを聞くのなら、彼は殺さないでおいてあげる………。それとも、力ずくで一緒になる……?」  
「ふ…ふざけ……」  
「…………その言葉、本当なのよね?」  
「な…な、なな……」  
悠然と、もう一人のアイリスは、こちらに向かって手を伸ばした。  
僕は、ふざけるなと答えようとしたが、アイリスはぱっと手で僕の言葉を遮り、  
もう一人のアイリスに向かって話しかけた。その言葉に思わず我が耳を疑ってしまう。  
 
「ええ。自分で自分に嘘をつくと思う?」  
「アイリス! そんなの信じたりするな! 僕は…僕は……」  
アイリスと別れるほうが、アイリスがアイリスで無くなるほうが、辛いんだ!  
と、叫ぼうとしたが、アイリスは僕のくちびるに人差し指をそっと当て、言葉を遮った。  
「……御主人サマ………私、御主人サマと別れるのも辛いけれど、  
目の前で御主人サマがいなくなるのも、耐えられないよ………」  
「そんな……アイリ………」  
アイリスの言葉に納得できない僕は、なおも反論しようとしたが、  
優しくくちづけをされ、再び言葉を遮られる。  
「大丈夫……私が私で無くなっても、御主人サマが覚えていてくれる限り、  
御主人サマの心の中に、御主人サマを愛した私は、ちゃんと残っているのだから……」  
「ア、アイリス!」  
長い長いくちづけが終わり、アイリスは、にっこり微笑みを浮かべ、僕の手から離れた。  
そのまま、もう一人のアイリスの元へと歩き出す。  
「……御主人サマ……さようなら…………そして、ありがとう………」  
もう一人のアイリスの目の前まで行くと、こちらを振り向き、ぽつりとひとことつぶやいた。  
今まで、僕が見たことがないくらいの、儚い笑顔と、頬に光るひとすじの涙を見せて――  
「アイリス!」  
堪えきれず、アイリスに向かって手を伸ばした瞬間、もう一人のアイリスが、  
背後からアイリスを抱きしめ、そのまま二人のアイリスが、激しく光り輝き始めた。  
あまりの眩しさに目がくらみ、思わず目を閉じてしまう。  
 
光が消え、再び目を開けたとき、そこにはもう、アイリスが一人しかいなかった――  
 
 
……続く。  
 

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