■■【3】■■  
 寝台の横にある窓を開け、零幻が蒼月の光を部屋へと招き入れる。  
 月明かりの冴え冴えとした硬質な光と、行灯のあたたかでやわらかい光が、翼の、メリハリのある体を  
ひどく立体的に浮き立たせていた。  
 首も、腕も、腹も細いのに、胸と腰はしっかりと成熟した女の形をしている。  
 けれどその細い腕で、翼は剣より硬い地蟲の殼を砕く事が出来ると零幻は知っている。女性(にょしょ  
う)の姿形をしているが、そもそも亜人の筋力や骨の硬さなどを、人の子の身体と同等に見る事は出来な  
いのだ。  
 翼は、いつもの、体にぴったりとした黒い長衣ではなく、今は白い寝間着を身につけている。見れば黒  
い長衣は衣文掛けに掛けられ反対側の壁に在った。  
 薄い白布の寝間着は、袖は肘まで…と短いが、裾は足首までと長い。腰の高い位置で締められている帯  
のせいか、乳と腰がいつもより豊かに見えて、零幻は翼に「オンナ」を強く感じた。それに、彼女が毛布  
を被っていたことと、興奮して汗ばんだことが相乗となり、零幻の鼻腔に翼の芳しくも甘い香りが濃厚に  
届いている。汗の匂い、肌の匂い、それに翼がいつも持ち歩いている香袋の芳醇な匂いが、これから行う  
事への期待に高鳴った零幻の胸の鼓動を、よりいっそう激しくさせる。  
 それに加え、彼の目には翼の可愛らしい頬に残る涙の光と、夜目にも白い首筋の玉の汗がひどく艶かし  
く映る。  
 頬にかかる藍銀の髪を丁寧に指で除(の)けて、再び零幻は翼の汗ばんだ額に、涙の光る目尻に、熱く  
火照る頬に、可愛らしい鼻の頭に、そして、いかにも口付けて欲しそうにうっすらと開かれた唇へと順番  
にキスしていった。  
「……ん……ふ…ぁ…」  
 こんな時にだけ憎らしいほど優しい御主人様を、翼は抱き締めたくて仕方ない。  
 けれど、それはまだ許されていなかった。  
 まだ零幻は、翼の豊かな体をその腕(かいな)に抱いていないのだから。  
 
 帯を解き、着物を右、左と捲ってゆけば、その彼の手の動きを赤く腫れぼったいほっぺたのまま、じっ  
と潤んだ瞳で見詰める目があった。  
「ん?」  
 そう聞けば、ふるふると翼は首を振る。期待と情欲の浮かんだその瞳は、ただ一心に愛する御主人様を  
見上げていた。  
 
 白い肌が露わになると、その胸元や二の腕に“ふつふつ”と鳥肌が立っているのがわかる。寒いのか?  
と一瞬思っては見るものの、薄く開かれた腿の間にあるものがぬるぬるとツユにたっぷりと濡れているの  
を見てしまえば、それが寒さから来るものなどではなく、これから「食べられる」のだ、「貪られる」の  
だ、「愛してもらえる」のだという期待からくる“待ちきれないオンナの反応”なのだ…と知れる。  
 零幻は、袖から翼の腕を抜く事はせず、ただ前だけを開く。  
 帯を解かれ、着物を開かれ、行灯の火の元に晒された白肌には、腰帯も乳帯も無い。ただでさえたっぷ  
りと大きな乳房が、首と二の腕が細く、腰に至る線もきゅっと締まっているためになおさら豊かに見えた。  
股間に繁る茂みは眩しい銀色で、それが今はねっとりとしたツユにべたりと地肌に張り付いていた。  
「…ぁ……」  
 吐息のような、溜息のような声に彼女の顔を見れば、彼女はぴくぴくと固く閉じた瞼を震わせながら顔  
を背けている。呼吸に合わせて重たげな白い乳房が、蒼月と行灯の光に照らされる中、ゆらゆらと揺れた。  
 
 この国も故国でも、乳肉の豊かな者などほとんどいない土地柄であったから、むしろ翼のようにたっぷ  
りと盛り上がり、零幻の手の平を持ってしても包みきれぬ柔肉などは、女に対する「美人」の条件からは  
大きく外れ、むしろ侮蔑と軽蔑の対象でさえあった。  
 世界を鑑(かんが)みれば、そこには乳の豊かな事がすなわち豊穣を示し、むしろ賞賛されることもあ  
るのだ…と知るのだが、不幸にもその知識を持つ者は少ない。ゆえに、翼の大きく盛り上がり突出した乳  
房は、『亜人』であるからまだ許容されたようなもので、それが人であったならば、眉を顰めるに留まら  
ず嘲笑の視線と共に陰口を叩かれても甘受しなければならないところだった。  
 黄泉の国の“忌み神”は、“国創りの神”である大神と共にこの世界を創った妻神であったと伝えられ  
ている。  
 
 だが、妻神は「大神(おおがみ)を邪な呪いでたぶらかし、それゆえに地の底に落とされた」というの  
がこの地方での定説だった。さらにその妻神は、地の持つ力を大神の力でもって奪い、全て我が物とした  
ために、他のどんな神々よりも豊かな肉体を持っていると言われている。  
 が、ために、肉体が過度に「豊かである」という事は、この近辺の国々では「他の者から搾取し、奪っ  
た」象徴としての知識しか無かった。  
 翼も己の豊か過ぎるほど豊かな乳房を疎(うと)んでいる気配があったが、もっとも、それはむしろ先  
述の神話によるものなどではなく、ただ単に邪魔なだけなような気もしないでもない。  
 
 “はっはっはっ”と浅く短く繰り返される翼の呼気は、これから自分がされる…してもらえる事への期  
待と渇望に濡れていた。零幻の右手がもったりとした、やわらかく重たい左の乳房を下からすくいあげる  
ようにして揉み込むと、翼はすぐに首を竦め、唇をうっすらと開いて愛しい主人を見上げた。  
 乳肉はやわらかく、あたたかく、そして重くて優しい。手の平に吸い付くような…という比喩が相応し  
い、もちもちとした肌の触感だった。それは汗ばんでいるという事も、もちろん無関係ではない。だが、  
彼女自身の肌が瑞々しいのは、なにもこんな時ばかりでもないということを、零幻は知っていた。  
『こんなに気持ち良いもんを忌むだなんてなぁ…バカのやることだぜ』  
 そう零幻は思う。  
 揉み、撫で、揺らし、震わせ、嘗め、吸う。  
 豊かな乳肉は、ただ豊かであるというだけで、薄い乳肉よりも楽しみが増えるのだ。  
 そして、零幻が乳房を可愛がる時の翼の瞳は、ひどく慈愛に満ち、ささくれた心さえも癒してくれるよ  
うな気にさえ…させる。  
「ふあっ…」  
 ぷくりと硬く尖り始めた薄紅い乳首を、わざと翼自身に見せつけるようにゆっくり口を開き、舌を伸ば  
して嘗めた。“ねろっ”と唾液をたっぷりとまぶし、くりくりと尖らせた舌で弄べば、太股の間から膝辺  
りまで長く伸びる影が、ぴくぴくと動きを見せる。  
 それは、細かな鱗に覆われた龍の尻尾だった。  
 
 龍人の、頭の硬角が霊的・呪的なものを感じ取る特殊な受信機だとすれば、ふさふさと先端に銀毛の茂  
る尻尾は、地に走る龍脈から力を得るための植物で言う「根」のようなものだった。仰臥の今は見えない  
が、翼の細い首の後から尻尾までは、背筋を通って鬣(たてがみ)のような銀毛が生い茂っている。術を  
行使する際には頭の硬角から尾の先まで、鞘走りにも似た音を立て青い電光が火花散るため、身につける  
服は、薪にくべても燃えない上、呪術的にも強力な焔鼠(ほむらねずみ)の毛を編み込んだものでなけれ  
ばならなかった。  
 
 ただでさえ乳房が異様なまでに大きい上、そのような体質であるために、翼は街娘が着るような煌(き  
ら)びやかな服を着た事があまり無い。翼も使役魔とはいえ「オンナ」なのだから、味も素っ気も無い黒  
い長衣ばかり着るのではなく、少しは艶やかに着飾ってみたいと思ってるはずだ。その証拠に零幻は、立  
ち寄った国々でごくたまに市場などを通るい時など、正体を悟られぬよう目深に被ったフードの下から、  
軒先に吊るされた美しくも可愛らしい服へと、彼女がちらちらと視線を向けるところを何度も見ていた。  
「欲しいか」  
 と問えば  
「いいえ」  
 と答える。  
「遠慮しているのか」  
 と問えば  
「私には不要のものです」  
 と毅然と答える。  
 零幻の身の上と懐具合を慮(おもんぱか)っての言いようだとは思いながら、そう言われてしまえば無  
理に買い与える事も無いだろうと思うのが零幻という男だった。  
 
 そしてそのまま、今日まで来てしまった。体を合わせ、自分でも偽りとも真ともわからぬ言葉を囁いて  
いれば、どんな朴念仁であろうとも情は湧く。零幻も、今まで翼に何も買い与えなかったわけではない。  
いつも身につけている香袋も、紅玉の耳飾りも、右手の青い指輪でさえも、彼が少ない路銀から買い与え  
たものだ。彼女にはそれらを、娼婦や引っ掛けた一夜限りの女からもらったものだ…と言ってあったが、  
どこまで信じているものか彼にはわからない。ただ、「無駄遣いはしないで下さいね」と小言を言われる  
事も無かったから、少なくとも「無駄」とは思っていないのはわかった。  
 
 また、真面目な顔で受け取った後、零幻が見ていない(と思い込んでいる)ところで、何度も何度も何  
度も彼からもらったものを飽きずに眺めている様が、ひどく可愛らしかった…と思った事は、彼女には秘  
密であった。  
 
 右手と舌と唇で左の乳肉を嬲りながら、零幻は左手を右乳より“そろり”と下へと滑らせる。なめらか  
な脇腹を撫で、やわらかな下腹を撫で、もしゃもしゃと濃く生い茂った藍銀の陰毛へと至る。  
「…んっぅ…」  
 と小さく吐息を吐き、ぴくりと太股を震わせる翼にはかまわずに、指を茂みの上でしばし遊ばせた。陰  
毛はしなやかでありながらやや硬く、少し獣毛を思わせるものだが、これもしばしの間だけだ。翼の体が  
火照りきり、あと1・2度気をやれば、やがてしんなりと野兎の毛のように柔らかくなる。毛質そのもの  
が変わるのだと知った当初は驚きこそしたものの、今ではその柔らかさの程度で、挿入するべき機会を探  
るわかりやすい目安にもなっていた。  
「…ん…ふぁ…」  
 “ねろり”と舌で翼の乳首を撫で付け、“ちゅくちゅく”と口内で嬲りながら、零幻の左手はするりと  
太股の間へと滑り込んだ。指先に脚ではないもう一つの皮膚が触れ、生暖かい鱗の感触が指の先に残る。  
「…ぁ…」  
 期待に濡れた翼の声に、いつもの悪戯心が頭をもたげる。  
 翼は寝台の上に仰臥し、頭上に開け放たれた窓を戴きながら壁に肩を委ねて、ぐったりと体を横たえて  
いる。寝台と垂直に交差する形となっているその体を、零幻は左手で“ぐいっ”と開いた。  
「あっ…いやっ…」  
 「逆鱗」を嬲られ、立て続けに達してしまった翼のそこは、もうすでにこれ以上無いほどに濡れそぼっ  
ている。左乳を弄ばれながら右足を膝の裏に手を当てたまま引かれ、そのまま寝台の端に足裏を載せるよ  
うに言葉ではなく行為によって示された。  
 そして「まさか」と思う間もなく、左足も同様にされる。  
 
「…ぁあ…」  
 両足の裏を寝台の縁に載せ、膝を大きく開かれてしまえば、そこには割り開かれた自分の太股の深い谷  
が見える。翼はあまりの恥ずかしさに閉じようとするものの、御主人様の皮肉げな笑顔の拒絶に会い、あ  
えなく断念せざるをえなかった。  
 
 ぐったりとして両腕を体の横に投げ出したまま、あられもなく脚を開き行灯の橙色の光の元に全てを晒  
している。  
 その自分の恥知らずな姿に、翼の体が震えた。  
 両腿の辿り付く帰結点、すなわち女陰と尻穴のすぐ下からは、細かい青緑色の鱗に覆われた龍の尾がだ  
らりと寝台から垂れ落ちている。その先端が、ぴくりぴくりと動きを見せ、それと同調するように可愛ら  
しい尻穴がひくひくと蠢いた。  
「べちゃべちゃじゃないか…」  
 つつつ…と零幻の左手の中指が、ぬらぬらとした内腿に走る粘液のぬめりを撫で広げ、意地も悪く微笑  
んだ。  
「まさか、オレが帰ってくるまで一人でしてた…とか?」  
「ちがっ…」  
「いやらしいなぁ…翼は…」  
「ちが…だ…さっき…」  
 『先ほど「逆鱗」を嘗められたから』だと言いたいのだろうが、巧妙に股間を指が滑るため、翼はたっ  
たそれだけの言葉を紡ぐ事が出来ない。また、『いやらしい女だ』と思われてしまうのは嫌だったが、そ  
れもあながちウソでも無いのだから、強く否定は出来なかった。  
 出来れば、今すぐにも御主人様の「御情け」が欲しかった。先ほど触れた、あの硬くて熱い剛のものを、  
強く強く何度も何度も体の奥深くまで突き込み、熱い命の迸りを子袋の中に注いで欲しかった。  
 それは、事実なのだ。  
 
 何回も何回も、それこそ初めて体を合わせた日より何十回も御主人様とこうしているのに、飽くという  
事が無い。その時はそれで満足出来ても、すぐにまた御情けが欲しくなる。出来れば一日中、いや一月、  
いや未来永劫、御主人様に貪られ嬲られ、そして精を注がれたいと翼は願う。  
 だが、それが絶対に叶わない事もまた、翼ははっきりと認識していた。  
 零幻に精を注がれ、陰気が満ち、術式が完成すれば、『天仙昇華』によって天界に“昇らなければ”な  
らない。  
 
 それは、零幻との別れを示す。  
 だから翼は、本当はこうした交合を頻繁にはしたくなかった。  
 だが、交合しなければ陰気を練る事は出来ず、それはつまり力を失う事となる。故国を裏切り狂王に追  
われる零幻をこれからも助けるためには、こうした交合を何度も繰り返し、揺るがぬ力を身につけねばな  
らないのだ。  
『いや、それは詭弁だ』  
 幾度も、そう翼は想う。  
 陰気を練るためとか、天界に帰るためとか、そんな事より、今は翼自身が零幻と交合したくてたまらな  
いのだ。繋がっていたいのだ、抱かれていたいのだ。  
 愛している。  
 愛してしまった。  
 離れたくない。  
 だが。  
 
 愛すれば愛するほど、別れが近づく。  
 
 その相反した事実に魂が引き裂かれそうだった。  
 いっそのこと、本当に他の娘に精を漏らしてしまっても…とさえ思う。  
 そうなれば、陰気は霧散し、天界への道は閉ざされ、自分はずっと御主人様のそばにいられる。  
 けれど、自分は災厄の元であり、狂王が求める覇者の鍵だ。  
 抑えても抑えきれぬ強大な力を持つ異形の自分を連れている限り、彼には安息は訪れない。  
 それに、彼は翼が天界に昇る事こそが、翼自身にとっての真の幸せだと信じている。  
 哀しい。  
 苦しい。  
 想えば想うほど哀しさはいや増し、愛すれば愛するほど苦しさに身悶える。  
 
「んぅあっ!…はっ!…」  
 不意に“ぬるるっ…”と、胎内を細くて長くて節くれだったものが押し入ってくるのを翼は感じ、その  
圧迫感に思わず声を上げた。  
 待ち望んだ御主人様の、あの熱い激情ではない。だのに、泣きたくなるくらい気持ち良かった。  
 
 “ぬるぬる”“こりこり”と、しなやかな筋肉が潜む粘膜の中を、零幻の左手の中指と人差し指が何度  
も何度も往復する。あとからあとから溢れ出る粘液を、まるで掻き出すように…だが細心の注意をもって  
繰り返されれば、翼は白い腹をしゃくりあげるように震わせながら泣きじゃくるしかない。  
 胎道からとろりとこぼれた白濁の粘液が、脚の間に伸びる尻尾の鱗を濡らして敷布の上に垂れ落ちる。  
 その上で、長くしゃぶっていた左の乳を解放した零幻の唇が、再び「逆鱗」を嘗め上げれば、後は身も  
世も無く「狂う」しか残された道は無かった。  
「ああぁあぁああっ!!いやっぁあ〜〜〜…いやっ!いやっ…いやいやっ…あっあ〜〜〜〜っ!!!」  
 長く尾を引く艶声は、開け放した窓より夜風に紛れ、いかにこの場所が村の外れにあろうとも、村中に  
響き渡ってしまったのではないかと思える。実際、零幻が事前に音絶(おとたち)の術を家の周囲にかけ  
ておかなければ、こんな夜半に響いた女の啼き声に村人は驚き、様子を確かめようと集まってきたかもし  
れなかった。  
「声がでけぇよ」  
 “ひくっひくっ”と体を震わせながら、うつろな瞳で自分の主を見つめる翼は、零幻にそう言われて初  
めて自分が声高らかに悦びを告げてしまったのだと知った。  
 それでも、求める心を止める事は出来ない。  
「…りょ…りょうげんさまぁ…りょうげん…さまぁ…」  
 まるで子が親にするように、赤子が母にするように、両手を伸ばし甘ったれた鼻声を漏らすのが、昼に  
妖亀をつまらなさそうに焼き殺した小娘とはとても思えなかった。  
 零幻はその声に答えるように唇を与え、翼は心から幸せそうに彼の流し込む唾液を“こくこく”と飲ん  
だ。絡まる舌はねっとりと甘く、少し酒の匂いのする吐息は翼の身を何度も震わせる。  
「りょ…げ……さまぁ……」  
「ん?もう欲しいのか?」  
「ほし………りょ……さまの……」  
 とろりと唇の端からたれ落ちる透明な涎を、翼はうっとりとした瞳のまま“ねろっ”と長い舌で嘗め取っ  
た。  

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