■■【4】■■  
 それじゃあ…と、零幻(りょうげん)は言った。  
 そしてぼんやりとした翼(たすく)の左手を取って、自分の硬く張りつめたものを触らせる。  
「あ…かたい…」  
「そうだ。オマエがあんまりいやらしくて可愛いから、こうなってんだ」  
 『可愛い』という言葉はとてもとても嬉しかったけれど、翼にとっては『いやらしい』という言葉が  
“ちくり”と気持ちに冷たいものを刺す。それでも、手に感じる主(あるじ)の剛直が嬉しくて、愛しく  
て、翼は“こくん”と口内に溜まった唾液を飲み下した。これから自分がする事を想うだけで、自然と口  
の中が潤う。垂れ落ちるほどに唾液が満ちる。  
「立った方がいいか?」  
「…ぁ…ぃぇ……」  
 消え入りそうなほどの声で告げると、翼はいそいそと寝台を下りる。板間に厚い麻布を敷いただけの簡  
素な硬い床だったが、躊躇う事無く両膝を着いて、御主人様へ寝台に腰掛けるようにと促した。そして彼  
の着物の帯を解き、少し腰を浮かしてもらいながら下履きを引き下ろすと、両足からそれを抜き取って軽  
く畳んで床に置く。下から現れた濃紺の腰帯を解いて開けば、そこには猛々しくそそり立つ熱い剛直が、  
行灯の淡い光に照らされて在った。  
「ぁあ…」  
 思わず翼の口から、溜息にも似た声が漏れる。  
 翼の細い指三本分くらいの太い幹。  
 開きかけた茸のように張った赤黒い傘。  
 幹には青黒い血管が走り、ぴくぴくと脈動している。赤黒い先端は粘液で濡れて、行灯の光をぬらぬら  
とはじいていた。時折、全体が跳ねるように“ぴくっ”と動くのが、どこか別の生き物のように感じて可  
愛らしい。  
 
 一番最初に人の陰茎を見たのは、もう遥か昔の事となってしまった。この地に翼を顕現させ「未来永劫、  
共にあらん」と誓ってくれた命よりも大切な人は、もうこの世界にはいない。今では、世界で一番いぢわ  
るで、世界で一番優しく、そしてこの世で最も愛しい人の中に、その名残を見るだけとなってしまった。  
 同じ魂を持ちながら、肉体のありようはここまでも違うものなのか。  
 おかしな話だが、翼は愛しい御主人様の猛々しい激情を見るたびに、感じるたびに、何度もそう思って  
しまう。  
 
 王都の宝物庫地下壕で石の中に印されていた翼を目覚めさせ、解放したのは零幻である。彼はそれを  
「偶然」だと思っているようだが、翼にとってそれは出会うべく出会った「さだめ」であった。  
 だが翼は「さだめ」とは関係なく、零幻が飄々とした仮面の下に抱える深い哀しみに呼応し、「この人  
のそばにずっといっしょにいよう」と誓った。それは彼の前世や、翼との忘れ得ぬ『絆』が仕向けたとい  
うものではないのだ。  
 それを誤解される事を恐れ、翼は真実をまだ彼に伝えられずにいる…。  
 
 肉切り歯で傷付けないように、長い舌を伸ばして“ねろり”と傘の周りをまず嘗める。白く“ねとねと”  
とした恥垢をこそぎ取るようにして口内に運び、くちゅくちゅと唾液と混ぜて飲み込んだ。ツンとした刺  
激臭と苦(にが)じょっぱい味に、初めて口淫した時などは吐き気すら催したものだが、「やはり慣れる  
ものだ」と翼は思う。今ではこの味を思い浮かべるだけで口内に唾液が溜まり、喉が鳴る。決して美味だ  
というわけでもないのだが、自分の口で愛しい人の不浄を清めているのだ…と思えば、むしろ喜びさえも  
湧いてくるから不思議だった。  
「ん…ふ…んぅ…」  
 恥垢を全て嘗めとってしまうと、翼の舌は木に巻きつく蛇のように零幻の逞しい幹へと絡みつく。  
 蛇のように先端が2つにこそ割れていないが、翼の舌は人のものよりもずっと長い。伸ばせば、だらり  
と「逆鱗」の下辺りまで届き、「そんなに長いものがそんな小さい口のどこに仕舞われていたのか」と思  
われそうなほどだ。そんな舌で人間と同じ声を発声出来るのは不思議だが、あるいは自分の意思で長くも  
短くも出来るのかもしれぬ…と零幻は思った。  
「…ふぁ…」  
 その舌を、翼はずるずると幹に絡め、そしてぬるりと引く。ぬめぬめとした唾液の道筋が描かれ、その  
たびに頭上で主の押し殺したような声がする。  
「気持ちいいですか?」  
「…ああ……翼は上手だな」  
 主にそう誉められ藍銀の髪をなでなでと撫でられると、翼はそれだけで涙が出そうになった。  
 
 この地方の交合に、口淫の習慣は無い。  
 実際には知られていないだけで本当はあるのかもしれないが、この地方の褥(しとね)の睦(むつみ)  
を明らかにした文献は無いに等しかったし、口で相手の性器を愛撫するという行為は、娼婦宿などで行わ  
れても堅気の女性が好んでするような行為ではなかった。水が豊富にある土地ではあったから入浴の習慣  
はあったものの、その頻度は決して高いとは言えず、大小便する不潔極まりない不浄の場所を、あえて口  
で触れようとする者はいないだろう…というのが一般での認識だった。  
 そもそも口淫は、野良犬が互いの肛門の匂いを嗅ぐに等しい行為である…とも思われていたため、それ  
をする事は人ではなく獣へと堕ちる事だという認識の方が強いのだ。  
 娼婦に、最下層の貧民出身者が多い事もまた、その考えに拍車をかけていた。娼婦というのは、己の体  
以外に何も持たない、体を売るしか能の無い獣だと思われていたためだ。  
 けれど、翼はこの行為が好きだった。  
 正しくは、愛しい零幻に対してだけするのが、好きだった。もし零幻以外の人間に同じ行為を強要され  
ても、翼は決して従わないだろう。それどころか、命じた人間を有無も言わせず八つ裂きにするかもしれ  
ない。  
 卑しい口で卑しい使役魔が、卑しい行為をする。  
 跪き、御主人様に上から見下ろされながら、不浄のものを口を使って清める。  
 その屈辱的な行為は、屈辱的であればあるほど被虐心を呼び起こし、「私は零幻様のもの」という認識  
を強くするのだ。  
 自分には零幻様だけだ、と思う。  
 零幻様は、自分にとって唯一無二の存在だ。  
 だからこそ、自分は零幻様の唯一無二のモノになりたかった。そのためなら、どんな恥ずかしい事も、  
どんな屈辱的な事も、全て悦びに変える事が出来る。  
 翼にはその覚悟も自信も、あった。  
 
 翼は顔を傾け、茎を唇で挟むようにして“にゅるにゅる”と唾液のぬめりで滑らせる。そうしながら舌  
を伸ばして“にちにち”とくすぐるのだから、零幻にしてみればたまったものではない。気を抜くと精を  
放ってしまいそうで、歯を食いしばって耐えた。  
 
 人間の女に精を漏らせば、練り上げた陰気に女の陽気が巻き、せっかくの苦労も水の泡となる。自慰に  
よる精の放出では陰気が霧散してしまう事は無いが、それでも再び“満ちる”までは決して精を漏らす事  
は許されない。ただ、陰気を分け与え体内で練り上げている翼に注げば、自らの陰気が“満ちる”のも早  
い。  
 だが、胎道を経ずに体内に注がれても陰気は与える事が出来ず、翼の口内で漏らせばそれはただの「無  
駄」となる。  
 いかに零幻といえど、昨夜もしたばかりでは、今日注ぐことが出来るのは、1・2度が限度だろう。  
 だからこそ、いかに翼の唇が、舌が気持ち良かろうとも、そこに放つのは避けなければならなかった。  
「翼…あんまり頑張るな。出ちまう…」  
「…あ…」  
 あまりに口淫に夢中になってしまっていた事を、他ならぬ零幻に指摘されて、翼は胸元まで赤く染めて  
恥じ入った。  
 嘗め、しゃぶり、肉切り歯で傷付けないように気をつけながら口内で嬲り、ぶら下がる玉袋まで嘗めた  
くった。茎を右手で少し彼の腹の方に倒し、裏側を舌から上まで何度も嘗めれば、それだけで翼は下腹の  
中を“とろとろ”と、ねっとりとしたツユが垂れ落ちてくるのを感じた。愛しい人の体の一部をいとおし  
むというのは、まさしく至福の時だったのだ。  
 
 「逆鱗」だけが唯一の肉体的な弱点である龍人と違い、人の体は脆く、壊れやすく、全身が弱点と言っ  
ても過言ではない。その中でも男の性器は特別な器官であり、傷つければそれだけで悶絶し、場合によっ  
ては他のどの部分を攻撃するより的確に行動不能にする事が出来る最大の弱点だった。  
 その場所を、こうも無防備に自分に晒してくれる。任せてくれる。  
 それは、翼にとって最大限の信頼を寄せられているのと同じ事だった。命を預けてくれている…とまで  
思う。  
 だからこそ不浄の場所でありながら狂おしいまでに愛しく、そして夢中にさせるのだ。  
 
 長い真珠色の爪で傷付けないように、翼は細心の注意を払いながら零幻のモノをしごいた。それ自体か  
ら染み出すツユと、翼の唾液で“にゅるにゅる”と滑り、彼女の白くて細い指の中でそれは“びくびく”  
と元気に動く。  
 
「もう…いいですか…?」  
 “はあっ…”と、吐息を吐くように甘く囁き、翼は零幻を見上げた。彼は少し鼻腔を広げて「ああ」と  
だけ呟くと、寝台の上に横になる。  
 翼は“こくり”と喉を鳴らして、この上も無く嬉しそうにいそいそと自ら寝台に上った。そして零幻の  
腰を跨ぐと、ぱっくりと開いて透明な雫を滴らせる女陰に、零幻の激情の赤黒い先端をあてる。  
 粘膜と粘膜が、互いの半身に出会ったかのような親密さでぴたりとつき、「ぁあ…」と声を上げて翼が  
目を閉じた。  
 
ぬ…  
 
 と、その先端が膣口をくぐる。翼が肩を竦め、目を瞑り、口を笑みの形にしたままぶるぶると震えた。  
『たまらない』  
 そう言いたそうなほどの愉悦の笑みだった。  
「…ぁ…あ…………あ………」  
 
ず…  
 
ず…  
 
 と、軽く尻を振りながら少しずつ奥へ奥へと零幻のモノを呑み込み、翼は目を瞑ったまま可愛らしい顔  
に淫靡な妖婦の色を浮かべて“ぺろり”と紅い唇を嘗めた。  
「気持ちいいか?」  
「いい……きもち……いい……」  
「そう……かっ」  
 不意に零幻が翼の腰に両手を当て、ぐいっと下へ押し下げた。その拍子に、彼の太いモノが“ずぷり”  
と根元まで突き挿(さ)さる  
「…ぅおぉ…あぁ…ぁ…はぁぁああ…」  
 唇を「○」の形に開けたまま、翼は太い息を吐いた。涎が唇から垂れ、彼女のもったりと重たげに揺れ  
る乳房に落ちた。  
 “びくっ…びくっ…”と全身を震わせる翼は、うっすらと目を開いているが、見えるのは充血して少し  
赤味がかった白目ばかりで、零幻は彼女が入れただけで軽く達してしまったのだと知った。  
 
 さらりと流れる藍銀の髪を手に取り、零幻はその艶やかななめらかさを堪能する。右からは窓から注ぐ  
蒼月の冷光を受け、左からは行灯のやわらかな橙の光を受けて、情欲に溺れる翼はどこまでも可愛く、そ  
して美しい。人ではないからこその美しさであり、可愛らしさなのだろう…と思わなくもない。封印の解  
かれたばかりの頃は、ただのやかましい足手纏いでしかなかった事を思えば、零幻は自分自身の「変化」  
に気付かざるを得ない。  
 鬱陶しくて邪魔な亜人を天界に「送り返す」だけ…と始めた交合ではあったが、では「愛しい」という  
気持ちが全く生まれいずる事は無かったか?と問われれば、否と答えるより仕様が無い。それでも、翼に  
はこの地上の汚濁にまみれさせておくには清廉過ぎる心根がある。だからこそ、自分の想いなどは無視し  
ていいのだと思うし、一刻も早く天界に「送り届けて」やりたいと願うのだ。  
「今日は…私が……」  
 ひそやかな声に現(うつつ)へと引き戻されてみれば、翼が零幻の胸板に両手を置いて、けなげにも自  
分から腰を蠢かせている。困ったような、苦しいような、奇妙な表情は翼が激しい快楽に翻弄されてる証  
拠だ。少し前傾しているため、南国の果実か、はたまた冬瓜の実か…と思える形に重く垂れた乳肉が、零  
幻の眼前でゆさゆさと揺れている。  
 “ずっ…ぶちゅ…ちゅちっ…”と、粘液質の音が翼の背後から…いや、股間から聞こえ、零幻はもうす  
でにそこがどろどろになってしまっている事を知る。彼女の銀の陰毛は野兎の綿毛のように柔らかくなり、  
“もちゃもちゃ”とツユを吸った湿り気のある音を立てていた。  
 
 翼は一所懸命に腰を動かし、自分の乳肉を零幻に擦りつけたりもするが、いかんせん、どうにもぎこち  
ない。彼女は確かに身体的には人間よりも遥かに丈夫で体力もあるが、こうして陰気を練り込んだ状態で  
の交合では感覚がいつもの数倍にも研ぎ澄まされ、感じ過ぎてしまい、いつも零幻にいいようにされるだ  
けだった。そのため、この翼が主導権を握る女性上位では圧倒的に経験が少なく、どこをどうすればいい  
のか、さっぱりわからなくなってしまうのが常であった。  
 
 いつもいつも自分ばかり気持ちよくさせられてしまい、荒れ狂う波に翻弄されて、気がつくと何もかも  
が終わってしまっている…という状態が続けば、「奉仕したい」と願う心を体が裏切っている…と翼が思  
うのも時間の問題であった。二人の交合を、ただ「力を増すためだけ」の、「術式を練るためだけ」の、  
「快楽が伴うだけ」の味気無い「作業」にはしたくなかった。  
 自分が気持ち良いと思うのと同等かそれ以上、零幻には気持ち良くなって欲しかったし、そうでなけれ  
ば自分も本当の意味で気持ち良くなどなれない気がするのだ。  
「りょ……さまっ…あっ…りょ…げん…あっ…」  
 “ぬるっぬるっ”と、腰を上下し、陰茎を胎道に出し入れしながら、翼は一心に主の目を見つめ、名を  
呼ぼうとする。だが視界は涙に滲み、声は突き上げる快感に震え、途切れてしまうのだ。  
 …と、不意に彼が身を起こし、背中と尻に手を当てて翼を軽々と抱えた。  
「んあああっ…」  
 胡座をかいた主の腰に両足を絡ませ、翼は涙をぽろぽろとこぼしながら“ぎゅっ”としがみついた。  
「翼…ちーと苦しい…」  
 はっとして腕を緩めると、すぐに唇を据われる。ぞくぞくと震えが背筋を通り、その背筋の鬣(たてが  
み)のような銀毛がざわりと立ち上がる。  
「…ん…んむっ…んっ…ふっ…」  
 翼は夢中になって零幻の唇を味わい、舌を吸う。彼の左手が髪から続く鬣を撫で下ろし、右手が腰から  
続く長い尾を撫でた。肩甲骨の内側辺りからは細かい鱗が浮かび、鬣の根元は硬質化した鱗が覆っている。  
感覚など無いはずなのに、零幻の撫でる指の動きは手に取るようにわかった。  
「んぅあっ…はぁ…」  
 “きゅ…”と抱き締められたまま、御主人様の左手が翼の左の耳たぶを撫でる。彼の右手は、太い龍の  
尾の根本近くを何度も撫で擦った。  
「…んぅ…しょこ…らめぇ……」  
 とろとろにとろけ、舌がうまくまわらないのか、甘ったれた幼児言葉のような声が零幻の頬を撫でた。  
「ん?」  
「しっぽ…らめぇ…なのぉ…」  
「知ってる」  
 零幻はゆさゆさと腰を揺すり、突き挿(さ)さった陰茎で翼の胎道を擦りながら、ぴくぴくと震える尾  
を“きゅ”と握り込んだ。  

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