……暑い。当たり前である。なぜなら今は夏だから。  
だから私は暑さを凌ぐため、とくに用など無いにも係わらず百貨店に入った。  
 
 百貨店……それは都会のオアシス。都会のパラダイス。  
地下には食料品、地上階には衣類や雑貨など、ここで揃わないものなど殆どない。  
ここに来て、いろいろと見て回るだけで楽しく時間が過ぎていく……これぞ大人のテーマパークだ。  
しかし普段なら1時間は楽しめるはずの百貨店だが、今日に限っていえば楽しくともなんともない。  
何故なら暑さを凌ぐ為に入った百貨店でエレベータが故障してしまい、閉じ込められてしまったからだ。  
 
「……ちょっと!何時まで閉じ込められればいいのよ!アンタ大人でしょ?何とかしなさいよ!」  
 
 運悪く、私とともに閉じ込められた少女が大きな声で私にどうにかしろと無茶を言ってきた。  
はぁぁ〜……君は、同じく閉じ込められている私にどうしろというのですか?  
 
「……君ね、こういう時は大人しく待ってる方がいいよ」  
「はぁ?何時まで待てばいいっていうのよ!もう10分も閉じ込められてるのよ?」  
「まだ10分だよ。何があったかは知らないけど、もう20〜30分もすれば助けが来るよ」  
「っざけんじゃないわよ!そんな待てないっての!役に立たないオヤジね、もいういいわ!」  
 
 私と同じく閉じ込められた制服姿の少女……高校生だろうか?が、ドアをガンガン蹴りだした。  
はぁぁ〜、うるさいなぁ。そんな事をしてもドアは開かないよ。  
それにそんなに動いちゃ暑くなる一方だよ?  
 
「はぁはぁはぁ……っくわぁぁぁ〜〜!!あっつ〜い!あついあついあつい!あっっついぃ〜!」  
 
 5分ほど頑張ったのだろうか?汗まみれになり熱いと叫びだした少女。  
ドアはところどころ凹んでおり、少女の脚力の強さを物語っている。  
 
「はぁぁぁ〜……グスン。アタシ、こんなところで死んじゃうんだ」  
 
 蹴りつかれたのが、床にへたり込み、肩を落とす少女。死ぬとはまた考えが飛躍しすぎているね。  
 
「落ち着きなさい、夜の無人のビルじゃないんだから誰かが必ず助けに来てくれるよ」  
「……もし来なかったら?来なかったらどうするのよ!」  
「だから落ち着きなさいって」  
「イヤよ!アタシまだやりたいこと沢山あるんだから!こんなところで死ぬなんて絶対にイヤァァ〜!」  
 
 ……ホントにうるさい。耳がキ〜ンっと耳鳴りがしているよ。  
閉じ込められてパニックになっているのだろうか?少女を落ち着かせるために話しかけることにした。  
 
「君は高校生かい?今日はここに何を買いに来たんだい?」  
「……水着。せっかくの夏休みだから、カワイイ水着を買って、皆で海にでも行って彼氏をつくろうって話してたの。  
それなのに……何でアタシだけこんな目に会わなきゃいけないの?」  
「そうかい、水着を買いに来たのかい。そういえば私は海なんてここ何年も行ってないなぁ」  
 
 目の前の少女が水着を着ている姿を想像する……うん、やはり似合いそうだね。  
 
「ナニ想像してんのよ!これだからオヤジはイヤなのよ…」  
「オヤジって……こう見えても私はまだ33なんだけどね」  
「十分オヤジじゃないの」  
「そ、そうなのかい?私はオヤジなのか?そうだったのか……」  
 
 少女のオヤジ確定との言葉でガックリと肩を落とす。  
自分ではまだ若いつもりだったけど、33でオヤジなのか?  
 
「……っぷ、あっはははは!そんなに落ち込まないでよ、まだまだいけるって!」  
 
 落ち込んでいる私を励ましてくれる少女。なにがまだいけるのだろうか?  
 
「で、おじさ……お兄さんは何を買いに来たの?」  
「……君の優しさに、涙が出そうだよ。いらぬ心遣いは無用だ、私のことは思ったように言っていいよ」  
「あはははは、まだ落ち込んでるんだ?気にしちゃ負けだよ?」  
 
 なにが負けなんだろうか?少女の考えはよく分からないな。……これが年を取ったという事なのか?  
 
「私は特に買い物に来たというわけじゃないんだ。涼みに来ただけなんだよ」  
「ええ?涼みに来てこんな目に会っちゃったの?おじさ……お兄さんって運が悪いね」  
 
 どうやら少女は落ち着いたようだ。急に閉じ込められて軽いパニックになっていたんだね。  
 
「ははは、そうだね、本当に運がないね」  
「ま、運がないといったらアタシもそうなんだけどね。  
おじさ……お兄さんがいてくれてよかったよ。一人で閉じ込められてたら、多分パニックになってたと思うんだ」  
 
 さっきまで必死の形相でドアを蹴りまくってたのはパニックじゃないのかい?  
 
「アタシ、軽い閉所恐怖症気味なんだ。狭いところに長時間いると、少しパニくるの」  
「へぇ、そうなんだ。だからさっきすごい形相でドアを蹴ってたんだ」  
「もう!それは忘れてよ。さっきは少しパニックになってただけ。今はもう……多分大丈夫」  
「そっか、じゃあさ、気を紛らわすために少し話そうか?」  
「え?ア、アリガト。おじさ……お兄さんって意外と優しいんだね」  
 
 どうも私は彼女からすればおじさんらしい。ま、どうでもいいけどね。  
 
「君はここを出たらどうするの?水着を買いに行くの?」  
「う〜ん、どうしようかなぁ?こんな目に会ったからここで買うのはヤだしなぁ……  
そういうおじさ……お兄さんはどうするの?」  
「そうだねぇ、ここを出たらまずは……カキ氷かな?」  
「ああ!それ賛成!アタシも食べたい!イチゴカキ氷食べた〜い!」  
「ははは、やっぱり夏はカキ氷だよね。じゃあ私はメロンでも食べようかな?」  
「ねね!ここ出たら食べに行こうよ!」  
「私とかい?私はいいけど……」  
「やた!おじさ……お兄さんのおごりね?ご馳走様で〜す!」  
 
 ご馳走様と言いながら、ニッコリと微笑む少女。  
ははは、たくましいなぁ。閉所恐怖症じゃなかったのかい?  
 
 それから救助が来るまでの間、2人でいろいろなことを話した。   
学校での事。友達に彼氏が出来て焦っている事。バイト先の店長がイヤラシイ目で見てくるとの愚痴。  
……まぁほとんどが彼女のことだった。  
若い子はよく喋るね、それとも私が年をとったという事かな?  
 
 やっと来た救助の人にお礼をいい、百貨店の店長に平謝りをされる。  
僕たちが解放されたのは閉じ込められてから一時間が過ぎた頃だった。  
 
「ふぅぅ〜、やっと解放されたね」  
「ホント、つっかれたぁ〜!」  
 
 んん〜!っと大きな伸びをする彼女。  
これで彼女ともお別れだと思うと、少し寂しいような、やっと静かになる、と嬉しいような。  
 
「さてっと、おじさ……お兄さん、早くカキ氷行こうよ!喉がカラッカラだから一気に食べちゃいたい気分なの」  
「ははは、約束覚えていたのかい?一気に食べるのは頭が痛くなって大変だから止めてたほうがいいよ」  
「あははは、分ってるって、冗談だってば。で、カキ氷食べた後はアタシの水着選ぶの手伝ってね?」  
 
 ニコリと微笑みながら私の腕に手を回してきた彼女。  
ええ?なんでです?何で腕を組むんです?……えええ?水着を選ぶのを手伝う?何故私が?  
 
「ちょ、ちょっと君、何故私が君の水着を見なきゃいけないんです?」  
「ああ〜、ひっど〜い!カワイイ彼女の水着見たくないの?」  
「いや、見たくないといえば嘘になりますが……か、彼女?」  
「そ、彼女。アタシのことキライ?それとも結婚してるとか?」  
「い、いや、結婚どころか、ここ何年も女性とお付き合いした事はありません……って違うでしょ!」  
「何が違うの?相手いないんだったらちょうど良かったじゃん」  
 
 嬉しそうに私の腕をギュッと抱きしめて歩き出す彼女。  
な、何がちょうどいいのです?  
 
「付き合うっていうのはお互いの事をよく知ってから……」  
「アタシは知ってるよ?閉じ込められたエレベーターの中で、閉所恐怖症のアタシの気を紛らわせようとしてくれた優しい人。  
えっちなイタズラもしてこなかったしね。……それともアタシに魅力を感じなかったの?」  
「い、いや、君は十分すぎるほどに魅力的です……って違う!そんな話を言ってるんじゃなくてですね」  
「うわぁ、あの狭いエレベーターの中で、アタシに欲情してたんだ?あははは、エッチぃんだぁ」  
   
 私の腕を抱きしめて、グイグイと引っ張りながら歩く彼女。  
私はその嬉しそうな輝くような横顔を見て文句を言えなくなってしまった。  
ま、いいか。どうせ彼女の暇つぶしだろう。しばらく付き合ってあげるかな?  
 
 
 ……これが3年後、私の妻となる彼女との出会いでした。  
   
 

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