「貴巳さん、あのね、お願いがあるんだけど…」
夕食の乗ったテーブルの向かい側で、雪子がおずおずと切り出した。
夫婦二人だけの夕食だが、品数も多く手の込んだ料理が並ぶ。
別に今日に限ったことではない。
妻の雪子は24歳という若さに不似合いなほど料理上手であり、
また感心なことに、三度三度の食事の支度を手抜きしようという気が全く無いらしい。
もっとも、彼女の夫である貴巳が、スーパーの惣菜やコンビニ弁当を
ほとんど憎悪といってよいほどに嫌い、
そんなものを食べるくらいなら何も食べないほうがまだマシだと公言して憚らないので、
専業主婦である雪子としては手抜きをするわけにはいかない、という事情もある。
とにかくその日の食卓に並んでいるのも、
ぶり大根、きゅうりと菊花の酢の物、笹身の梅肉あえにひじきと油揚げの煮物、それに
水菜の卵とじ汁という目にも鮮やかなメニューであった。
中嶋貴巳(36)は、黙々とそれらを口に運ぶ。
旨い。というか雪子の料理が不味かったことなど殆どない。
芯まで味のしみた大根をじっくり堪能し、貴巳はいつものように上機嫌だった。
但し、他人からは決してそうは見えないだろう。
何せ中嶋貴巳氏は、無表情・無愛想・無口と完璧に三拍子揃った、
泣く子も黙る「鉄仮面」なのである。
鉄仮面とは、彼が勤める市役所の同僚たちによるネーミングである。
彼ほどそのあだ名が似合う男は、日本中探しても滅多にいないと思われる。
というわけで、はた目には葬儀に出席でもしているかのような仏頂面で
箸を運んでいたときのことだ。
「…何だ?」
元より慎ましい性格の妻は、何かをねだるということが殆ど無い。
夫である貴巳のほうが物足りなく感じるくらいに、わがままを言うということがないのだ。
毎日一生懸命に自分のために家事をこなしてくれているのだから、
雪子の願いなら何でも聞いてやるつもりで尋ねた。
「えっとね…今度の土曜…明後日に、お鍋してもいいかな?」
オナベシテモイイカナ、とはどういう意味か、貴巳は一瞬考えた。
わざわざ夫に許可を求めるような事柄とは思えない。
何か隠しているような、少しうしろめたそうな雪子の表情から推察して、
ただ明後日の夕食のメニューの相談をしているわけではあるまい。
「鍋料理をする際は俺の許可を得るように、なんて言った覚えは無いが?」
少々意地悪な言い回しをすると、雪子は肩をすくめ、観念したように話しだした。
「あのね、あやさんが鶏つみれ鍋の作り方を教えて欲しいんだって」
「…橋本が?」
橋本あや。
貴巳の同僚で、市役所の企画部企画課の主任である。
貴巳の直属の部下であり、優秀な右腕と言ってもよい。
東京丸の内の一部上場企業で、いわゆるキャリアウーマンとして働いていたが、
5年前に退職して、この市の地方公務員の社会人採用枠に応募してきたという
異色の経歴の持ち主である。
目鼻立ちのはっきりとしたなかなかの美人なのだが、
30を越えて浮いた話の一つもないのは、仕事が出来てその上美人だから敬遠されている、
などと言う理由ではなく、ひとえに彼女の性格のせいであろう。
一言で言えばがさつなのである。
限りなく好意的に言えば「男前」だろうか。
上等なスーツに身を包み、長い髪をアップに纏め上げてハイヒールで闊歩する姿は
周りの男達が皆、目を奪われるほど優雅なのだが、
仕事が忙しくなってくるとその仮面はいとも簡単に剥がれ落ちる。
残業中に夜食として、焼き鳥片手にパソコンで作業し、
食べ終わったらその串を爪楊枝代わりにしてシーハーシーハーとやっている。
デスクの周りは食べ終わった弁当のパックや空のペットボトルなどが山積みで、
少しでも手を触れたら雪崩が起きそうな惨状と化している。
また酒豪でもあり、一緒に飲みに行った同僚15人を一人残らず潰したなどという
エピソードには事欠かない。
一昨年の部署の忘年会で、遅れてきたと思ったら
「万馬券当てたぜぇぇぇ!今日はアタシの奢りなんで遠慮なく飲みたまえわはははは」
と高笑いしながら現れ、万札をばら撒いたのは役所内で既に伝説となっている。
とにかくそういう人物である。
雪子とは正反対なタイプだが、そこが却って馬が合うのか、二人は仲が良い。
雪子がまだ市役所に勤めており、二人が同僚だったころから、
あやは雪子を妹のようにかわいがり、また雪子もあやのことを慕っていた。
雪子が結婚退職したあとも、月に一度くらいは家にやってきて、
妻の手料理をさんざ飲み食いし、管をまいては帰っていく。
「雪子ちゃんみたいなお嫁さんが欲しい〜」というのが口癖で、
彼女自身は料理などは絶対にしそうにない。
実際に、常日頃、自分のお抱えシェフはコンビニと弁当屋と宅配ピザ屋であると公言して
はばからなかったはずだが。
「どういう風の吹き回しだ?」
「さぁ…私もよくわかんない。でもこれから料理いろいろ教えて欲しいんだって」
「…不気味だな」
「やる気になってるんだから、いいことじゃない」
まぁ、確かに料理は出来るに越したことはないだろう。
雪子の作る鶏つみれ鍋は絶品だ。薄味の上品なダシに、
鶏肉をすり鉢ですって作るつみれには柚子の香りと黒胡椒がきいている。
そういえば昨年、橋本は我が家でそれを食べ、余りの美味さに涙目になっていた。
その作り方を習いたいというなら納得できないでもないが、
雪子の表情を観察していると、どうもまだ何か言いにくいことがありそうだ。
大体、橋本が遊びに来るのはよくあることで、別に自分に伺いを立てるまでもない。
「…それで?」
「え?それでって?」
「ただ橋本がうちに来て料理教室するだけじゃないんだろう?」
「な、なんで貴巳さんはそんなに何でもわかるのかな…」
雪子が隠し事が下手すぎるだけなのだ。
とは言わず、無言でじっと顔を見つめてやった。
いたずらをして母親に問い詰められる子供のような表情で雪子は説明を始める。
「えーと、土曜日に一緒にお鍋作ろうねって、あやさんと昼休みに電話で話してたら、
それを沢木さんが聞きつけたみたいで」
「…それで?」
沢木勇治。最近どうも生意気な、貴巳の部下である。
貴巳の胸に、何となく嫌な予感がきざす。
「沢木さんも食べてみたいって言うから、どうせだったら企画課の皆さんで一緒に、
忘年会がてらにお鍋パーティーしようって話に…なっちゃった…」
「なっちゃった?」
「今日、あやさんから、全員出席できるってメールが届いたの…」
企画課の職員は貴巳を含め5人。あやを筆頭に酒と宴会を愛する賑やかなメンバーである。
雪子と夫婦水入らずの静かで穏やかなこの家に、あの連中が乱入してくると
想像しただけで頭痛がしてくる。
「俺は何も聞いていないが」
「ご、ごめんね?相談してからって思ったんだけど、なんか皆さんノリノリみたいで…
課長に相談したら絶対反対されるから、間近になるまで内緒にしとこうって
沢木さんが」
かつて雪子に想いをよせていた(そして多分今でも)、ちゃらんぽらんな部下が、
雪子の家に来て手料理を食べられる、と有頂天になっている様子が目に浮かび、
貴巳は深い深いため息をついた。
「ごめんね…。貴巳さんきっと嫌がるだろうと思ったんだけど。
でも、たまには賑やかなごはんも楽しいかなって…」
ばつが悪そうに雪子が呟く。
確かに、夫婦二人だけの生活は単調で静かである。
静寂と秩序をこよなく愛する貴巳にとっては、非常に居心地が良い環境だが、
もともと人好きのする性格の雪子は、寂しさを感じることもあるだろう。
それを思うと、鍋パーティーとやらを中止させるのも可哀想な気がする。
「…まぁ、今まで橋本以外にうちに同僚を呼んだこともなかったし、たまにはいいだろう」
自分の持てる最大限の寛容さでそう言うと、
「ほんとに?嬉しい!ありがとう貴巳さん」
はじけるような笑顔で雪子が抱きついてきた。
(やっぱり、いつもは寂しい思いをさせていたのかもしれない)
妻のはしゃぐ様子を見て、僅かに罪悪感を感じる。
首に回した腕から頭を優しく撫でてやると、絹糸のような髪がさらさらと
指の間を零れ落ちた。
雪子は、愛撫される子猫のようにうっとりと目を閉じて、貴巳の肩に頭を預けている。
間近にある雪子の顔をじっくりと眺めながら、その造形の繊細さに、貴巳は改めて
驚きに近い感動を覚える。
女優やモデルのような派手なつくりの美人ではないが、
優しく気品のある目鼻立ちに加え、真っ白できめ細かな肌の触り心地の良さはこの上ない。
そこに桜色をした薄い唇と、ほのかに紅をさしたような柔らかな頬が色を添えている。
最高の腕を持つ職人の作った日本人形はこんなふうではないだろうか、と思った。
少しいたずら心を起こして、閉じたまぶたを彩る睫毛にふっと息を吹きかけると、
驚いて雪子は目を開け、ふふっ、と蕩けそうな微笑を浮かべる。
可愛いとか綺麗だなんて言葉では言い足りない。あまりの愛しさに息が詰まりそうになる。
結婚して丸二年以上が経つが、そのころから変わらず、いや、それ以上に
雪子の表情や仕草、発する言葉のいちいちが貴巳を虜にするのだ。
そっと唇を重ね、やわらかな感触を存分に堪能すると、果物のように瑞々しく甘い舌を
むさぼる。
服の上から、胸を包み込むように優しく愛撫すると、口付けの合間に熱い吐息が漏れてきた。
唇を離し、今度は耳朶をねぶりながら、背後から抱きしめてブラウスの下に手を伸ばす。
「やっ…だめ」
雪子が慌てて貴巳の手を押さえて止める。
目顔で聞き返すと、真っ赤な顔で、
「…駄目だよ…まだ生理ちゃんと終わってないもん」
と消え入りそうな声で言う。
そんなことは貴巳も先刻承知だ。
「別に、最後までしなければいいだろう?」
「そんなの…無理」
「どうして?」
「だ、だって…無理なものはムリなのっ」
これ以上されると我慢できなくなるから、とは恥ずかしがり屋の雪子はとても言えない。
子供がいやいやをするように首を振り、一生懸命にもがいて貴巳の腕から逃れようとする。
そんな仕草が小動物のようで、いちいち可愛らしい。
小柄な雪子がいかに必死で抵抗したところで、腕力で貴巳にかなうわけもなく、
あっさりと抱き上げられ、リビングの大きなソファに下ろされてしまった。
だけではなく、ついでにブラウスも捲りあげられ、目に染み入るほどに真っ白な胸元が
あらわになっている。
貴巳の器用な指先が巧みにブラジャーのホックを外し、
唇と同じ桜色の乳首を、指の腹で、つつ、となで上げる。
「た、貴巳さんっ!駄目だってばぁぁ!」
「どうして駄目なのか説明してくれないと解らないな」
「い…いじわる…なんで貴巳さんは、そうやってわざと…」
「わざと…何だ?」
「わ、わざと、私に恥ずかしいことさせようとするの…?」
真っ赤な顔を隠すように腕を交差させ、弾む息の合間に雪子が囁く。
「何故って…」
答えは一つしかないではないか。
「楽しいからだ」
これ以上ないほど真剣な面持ちで貴巳が断言すると、
雪子は絶句し、あっけにとられた顔をしている。
そして次に困ったような、嬉しいような、泣きそうな複雑な表情を浮かべた。
「…た、楽しいの…?」
「もちろん」
「だって…最後まで、えっちできなくてもいいの…?
私ばっかり、その…気持ちよくなって…それでも、貴巳さん楽しいの?」
答えるかわりに雪子の胸元に唇を寄せ、乳首をそっと含んで吸い上げた。
「ひゃ、あんっ…」
徐々にこりこりと硬くなってくる感触を舌で味わいながら、
両手もぬかりなく、背中や脇腹、耳など、雪子の敏感な部分を責める。
雪子は最初のうち眉根を寄せて快感に耐えていたが、
だんだんと息が荒く熱くなり、唇を半開きにし、熱に浮かされたような表情になる。
ぞくぞくする快感が背筋を這い降り、体の中心の一点が熱を帯びていく。
そこに触れられないもどかしさもいつしか快感となり、雪子は奔放に声を上げはじめていた。
「や、あああああんっっ!きもち、いいよぉぉっ…」
唇を重ね、歯列を舌先で嬲るようになぞられたかと思うと、
両方の乳首を指でつままれ、優しく擦り合わせるように刺激される。
あまりの快感に、びくびくと腰が跳ねた。
露出している肌のあらゆる部分を貴巳の舌と指先が舞い、掌で撫で上げられる度に、
いちいち身体が痙攣するように反応してしまう。
「だ…め…あっあっ…あ、もう、もう…」
雪子がついに、限界を告げる声を上げた。
「ああああああ!うそぉ…触って、ないのにっ…いくっ……やぁぁぁぁんっっっ!」
ひときわ大きく雪子の身体が跳ね、力の限り貴巳のシャツを握り締めていた指が解かれた。
肝心の部分に触れられもせずに達してしまったことが信じられない様子で、
半ば呆然としながら荒い息を整えている雪子の頬を、貴巳は優しく撫でる。
「…ほんとに、楽しい?」
未だ半信半疑な様子の雪子に、貴巳の口元がほんの少しだけほころびた。
わずかな筋肉の痙攣というほどの動きだが、どうやらそれは微笑らしい。
と、雪子が、貴巳の顔を両手ではさんで、きらきら輝く目で顔を覗きこんできた。
「…何だ」
「今、もしかして、笑った…?ねぇ、もう一回見せて?」
「無理だ」
にべもなく断る顔は、既にいつもの微動だにしない鉄仮面である。
「…もう」
なんだか自分達のやりとりが可笑しくて、雪子がくすくすと笑う。
(雪子の生理が終わるまであと2日か…それまで本当のお楽しみは取っておくことにしよう。
届いたアレを試すにも、じっくり時間をかけたほうがいいだろうし…)
夫が自分の生理周期の計算をして何やら企んでいることなど露知らず、
雪子は貴巳の腕に抱かれて上機嫌だった。
そして土曜日。
日ごろ静かな中嶋邸は、貴巳が二日前に予想した以上の惨状を呈しはじめていた。
昼過ぎに橋本あやがやって来て、雪子の料理教室が始まったのだが、
台所から漏れ聞こえてくる物音がいちいち凄まじい。
鍋かボウルを高いところから落としたらしい派手な金属質の音が響き渡り、
ガラスや瀬戸物の割れる音は既に四度を数える。
そこに雪子の悲鳴のような声がしょっちゅう混じるのだから、
貴巳もいい加減、妻の身が心配になって台所を覗いてみた。
どうも、つみれの具のにんじんやネギをみじん切りにするだけで小一時間を費やしたらしい。
「えーとじゃあ、鶏肉をこまかく切るね」
「わかった。こう?」
「うわぁぁ包丁は突き刺すんじゃなくて、手前に引いてっっ」
「え?」
「あやさん、指!それじゃ指が危ないぃぃ!」
「えーじゃあどうやって」
「ほ、包丁持ったまま振り返らないでえっっっ!!」
驚いて後ろに飛びのいた雪子の背中を支えてやると、
貴巳が来たことでほっとしたのか、雪子が腕にすがりついてくる。
「…橋本、うちの妻に危害を加えないでくれるか」
「あーら、う・ち・の・妻ですか?ふぅ〜ん?」
貴巳は、にやにやと意味ありげに笑うあやの顔を睨み付けた。
「何が可笑しい。大体、なぜ突然料理を習おうなんて思ったんだ?」
「何でってそれは…あいにく私は誰かさんみたいに、可愛くて料理上手な女の子を
上手いこと騙くらかして、お嫁さんに貰ったりできなさそうなんで」
「人聞きの悪いことを言うな。というか嫁がもらえないって今更気づいたのか」
「はいはいそうですよだから自分で作るしかないじゃないですか?ええ?」
「…頼むから包丁を持って俺のほうを向くな」
「っていうか、なんであやさん逆切れしてるの…?」
貴巳の背後から恐る恐る雪子が覗く。
「…雪子ちゃん」
「な、なに?あやさん…なんか目が据わってない…?」
「サクっとやろうサクっと!次はどうすんの?」
「え〜っと、お肉を細かく切れたら、すり鉢で擂るんだけど…」
「あ、知ってる!すり鉢ってこれでしょ?」
「あやさん…それは、おろしがねです…」
付き合っていられないので立ち去ろうとする貴巳を、
一人にされたくないのか、雪子がすがるような目つきで引き止めようとする。
が、そもそもこの事態を引き起こすきっかけを作ったのは雪子である。
可愛い妻だが甘やかすのは良くない。自己責任、というのも貴巳のモットーの一つである。
「酒を買出しに行ってくる。怪我だけはしないように」
貴巳は心を鬼にしてキッチンを立ち去り、今夜の客(この上認めたくはないが客は来るのであ
る)のためのビールや焼酎を買いに行くため家を出た。
車のドアを閉める刹那、キッチンの窓から雪子の
「卵割るときはそんな力いっぱい叩きつけないでえぇぇ!」
という泣き声が聞こえたが、とりあえず聞かなかったつもりでエンジンをかけ発車した。
一時間半ほどして貴巳が家に戻ると、台所は今まで見たことのないほど散らかってはいたが、
肝心のつみれのほうは、何とかかんとか用意できたようである。
「貴巳さん、お帰りなさい…」
気苦労でよれよれに疲れている様子の雪子が出迎えた。
「橋本は?」
「今、白菜とか切ってもらってるの」
「一人にして大丈夫なのか?」
「うん大丈夫そう。あやさんね、今日一日でずいぶん上手になったよ」
さんざん迷惑をかけられたであろうに、それでも嬉しそうな顔で笑う雪子を見て、
我が妻ながらどれだけお人よしなのか、と貴巳は軽く呆れた。
「酒買ってきたぞ。これだけあれば足りるだろう」
「うわぁ、結構いっぱいあるね」
「8割は橋本と沢木の分だな」
「あはは、係長と高田さんはあんまり飲まないもんね」
「そろそろ来る時間か。独身連中はともかく、係長も土曜日なのに来られるんだな」
「うん、あのね…奥さんと娘さんが二人で温泉旅行に行っちゃって、
飼い犬に餌あげといてって言われてるから、係長はお留守番だって。
家でひとりでカップラーメン食べるつもりだったから、誘ってくれて嬉しいって」
「………」
「…かわいそうだよね…」
二人が今、しみじみとその不遇に同情しているのは、
中年の悲哀を背中に負う富岡係長(56)である。
貴巳の20も年上の部下であり、今後昇進する見込みも全くない、いわゆる万年係長である。
当然のごとくに、仕事上は有能とは言いがたい。が、年下の上司を妬んだりすることもなく、
その鉄仮面ゆえに特に年上の職員達から誤解されやすい貴巳の、数少ない理解者の一人だ。
それに今夜のメンバーはもう一人、高田諒(26)。
企画課のなかでは一番若いのだが、いつもにこにことしていて人当たりが良く、
かつ凧のように飄々としていて、どうもつかみ所のない男だ。
貴巳の鉄仮面とは対照的にいつ見ても笑顔なのだが、本心が窺い知れないという点では
どっちもどっちである。
このアクの強い顔ぶれを迎えて、もう間もなく我が家で繰り広げられる騒動を想像し、
貴巳は本日何度目かの溜息をつくと、それと呼応するように玄関のチャイムが鳴った。
「お邪魔しまーす!」
の大合唱と共に玄関からなだれ込んできた喧騒の塊は、
家のあちこちを歩き回っては、やれ広いの日当たりがどうの生活感が無いのと
口々にわめきたて、新築披露パーティーにでも来つもりのようである。
鉄仮面・中嶋貴巳氏の私生活はどんなものなのか、企画課の職員はそれぞれ非常に
興味を持っていたらしい。
「生活感は、これでもまだ出てきたほうなんです。私が結婚してここに住む前は、
ビジネスホテルより殺風景だったんですよ」
雪子は律儀に質問に答えている。それがまた彼らの好奇心を更にあおるらしく、
クローゼットやトイレまでくまなく見物を終わり、ようやく全員が酒宴の席につくまでに、
優に一時間は要したのである。
それからの時間がまた、輪をかけて賑やかなものだった。
「いやぁ、この鍋ホントに美味いっすよね!さすが雪子さん」
「沢木、それ私も一緒に作ったんだけど?!」
「わかるっす。野菜とか絶対あや先輩が切ったでしょ?一目瞭然」
「どういう意味だぁ!」
「いや、ほんとに雪子ちゃんは料理上手だねぇ」
「係長までそういうこと言う?!」
「まぁまぁ先輩、飲んで下さい」
「高田、あんた飲ませるばっかりで自分は全然飲んでないじゃん!」
「僕、人に飲ませるほうが好きなんですよ」
「ごたごた言ってないで口開けろ!ほれ飲め飲めぇぇ!」
「うごぁっ!ごふっ!」
「あやちゃん、焼酎ボトルから直接はさすがに止めたほうがいいんじゃない?
高田君お酒あんまり強くないし」
「でも飲まなきゃ強くなんないっすよね〜」
「沢木、お前いい事言う!つうわけでお前がまず手本として飲め!」
「おっし、沢木いきまーす!ごきゅごきゅ…げふんっ!ごほごほごほっ」
「沢木先輩、勿体無いんで、吐かないで飲み込んで下さいね」
「うるせぇ高田!いっつも笑顔で誤魔化しやがってお前絶対腹黒だろ!
大体お前が飲めないから俺が先輩としてだなぁ!」
「ほらほら皆、春菊煮えすぎちゃうから食べなさい」
「あ〜すいません係長!」
延々と続くやりとりを、隣に座る雪子はにこにこしながら楽しそうに眺めている。
雪子自身は酒がほとんど飲めない。今日もコップにはオレンジジュースが入っているが、
自分が飲まずとも、酒の席の雰囲気は好きなため苦にならない。
一方貴巳はというと、不機嫌の絶頂でむっつりと座り、早くこの馬鹿騒ぎがお開きに
なることばかりを祈って水割りをなめていた。が、
貴巳が無愛想なのも無口なのもいつものことであるため、座は一向に白けることなく
更に盛り上がっていくのであった。
そうして大量に用意したアルコール類の三分の二ほどが消費され、
酒に強いあやと沢木も、いい加減酔いが回ってきたころのことである。
「お鍋の具、全部取ってもらえました?最後の野菜とつみれ入れますね」
「あー雪子さんすいません。」
「やっぱ冬は鍋だねぇ。白菜最高!つみれ万歳!」
「あたしマロニーが好きー!」
「あぁ、ごめんねあやさん、マロニー探したんだけど、お店に置いてなかったの」
「え?品切れだったんすか?」
「はい。いつも置いてある場所に一つもなかったんです。お鍋の季節なのにどうしたのかな」
「え、雪子さん知らないんですか?」
おもむろに高田が口を開く。ちなみに彼のあだなは「スマイリー」である。
「え?何をですか?」
「今、世界的にマロニーが不作で、品薄状態なんですよ」
「不作って…え?マロニーって植物なんですか?」
「海草です。知らなかったんですか?」
「ええ?本当に?!あれがそのままの形で海に生えてるんですか?」
「そうですよ。」”スマイリー”高田はいつものようににこやかな顔でよどみなく話す。
他の企画課メンバーは笑いをかみ殺すのに必死だ。
貴巳はちょっと眉をひそめたが、この際雪子がどこまで素直なのか見てみたい、という
興味もあり、少しの間高田のホラを黙って聞くことにした。
「えええ!てっきり、デンプンか何かから出来てるんだと思ってました…」
「元々はノルウェー沿岸のごく限られた地域に自生している海草だったんですよ。
その養殖法が確立されて、全世界的に広まったんです」
「マロニーって、日本だけのものじゃなかったんですか!」
「だって雪子さん、マロニーって日本語だと思いますか?」
「え、そう言われてみれば…
(マロニー。まろにー。確かに日本語だと意味が通じないなぁ…)」
「マロニーというのは、ノルウェー語で(海の中でゆらめくもの)という意味なんです」
「はぁー。高田さん、物知りですねぇ」
「今年は近年まれに見る不作でしたから、世界各地でマロニー不足が深刻なんです。
イタリアではパスタ代わりにマロニーというのが大流行ですから、不足によって
デモが起きて警官隊が出動する騒ぎになっているとか」
「こんなにひどい状況は、1970年の第二次マロニーショック以来だって言われてるよね」
あやも加担する。
「そうですね。やっぱりこれも地球温暖化の影響なんでしょうかね。海水温が上昇して」
「あぁ、年々収穫量が減ってるって話だもんね」
「そうなんですか…全然知りませんでした。テレビとかあんまり見ないからいけないのかな」
雪子は本気で信じ込んでいる様子である。まさかこんなに簡単に騙されるとは、
話し始めた高田も予想していなかったに違いない。
「貴巳さんは知ってた?もちろん知ってるよね?あー、恥ずかしい…」
(頼むから俺に振るな…)
そう思って黙っていたが、自分の無知を心底恥じ入っている様子の雪子が
可哀想になってきた。
そろそろ潮時だろう、と高田に目線をやると目顔でうなずく。
「雪子、嘘だ」
「………え?何が?」
「今の話、全部だ」
「全部って…えええ?マロニーが不作だってことが?」
「いや、そもそも海草じゃないんですよねすいません」高田が嬉しそうに笑いながら謝る。
「ええっ?!じゃあマロニーは何でできてるんですか?」
「さぁ、デンプンか何かじゃないですか?」
「高田さんひどいです!っていうか皆で騙してたんですね?もぉぉぉぉ!」
「まぁまぁ雪子さん、飲んで飲んで」沢木が雪子のグラスにジュースを注ぐ。
それを半分ほど一息で飲み、涙目になった雪子があやを問い詰める。
「あやさんも知ってて黙ってたの?酷い、もうお料理教えてあげないから!」
「ごめんごめん、雪子ちゃんがあんまり可愛いからつい苛めたくなっちゃうっていうか」
隣で沢木が深くうなずいているのは気に喰わないが、貴巳も何となく納得できる意見である。
「もぉ…信じられない…」
雪子が顔を手で覆って、テーブルの上にくずれてしまったので一同は慌てた。
泣かせるほど苛めるつもりはなかったのだが、と慌ててあやが抱き起こすと、
雪子は泣いているわけではなかった。
ただ顔が急速に真っ赤になり、目がとろんと宙をさまよっている。
「雪子、どうした?」
「…なんか、くらくらする…」
貴巳はちょっと考え、雪子の前に置かれたジュースを一口含んだ。
「…誰だ、雪子に酒を飲ませたのは」
グラスに入っていたのはオレンジジュースのはずだが、いつの間にか焼酎が混じっている。
これまでのやり取りと、雪子が潰れたタイミングから、瞬時に犯人は知れた。
「…沢木」
名前を呼ばれた部下は明らかに動揺し、貴巳と目線を合わせないようにしていたが、
鉄仮面の眼力に敵うわけもない。
「いや、ちょっと、雪子さんの気持ちをなだめよっかな〜と…」
「…………」
「そ、そんな沢山入れてないですよ?ちょっとほろ酔いになるくらいいいかなと…」
「…………」
「あ、あと課長も見たくないっすか?雪子さんが酔ったらどうなるのかな〜とか…」
「…………単にそれが見たかっただけだな?」
アルコールで真っ赤になっていたはずの沢木の顔は、いつの間にかすっかり蒼ざめている。
「いや決してそういうわけじゃ!ただちょっと出来心っていうかですね」
「上司の妻を勝手に酔い潰すとは、実にいい心がけだな」
(沢木先輩…今度こそ消されるな)
(沢木君…君の事は忘れないよ)
(………バカ沢木…命を粗末にしやがって…)
すっかり傍観者となっている三人が、心の中で沢木へ今生の別れを告げているとき、
あやの膝の上につっぷしていた雪子が突然、むっくりと起き上がった。
「ゆ、雪子ちゃん大丈夫?」
「ごめんなさい、俺ちょっと悪ノリしすぎたっす」
「僕も、変な事言ってからかってすいませんでした」
「気持ち悪くない?お水あげようか?」
口々に気を遣う周りの四人には目もくれず、雪子はまっすぐに自分の夫を見詰めている。
「雪子、大丈夫か?」
「…………………マロニー」
「は?」
「マロニーって結局、何語らのっ?」
貴巳を糾弾するようにびしっ、と指差して、雪子はろれつの回らない舌で言う。
目が完全に据わっている。
日ごろおっとりとした性格だけに、貴巳でさえ思わずたじろぐほど、妙な迫力がある。
「…俺は知らないが」
「じゃあ、不作じゃないんなら、なんれマロニーがすーぱーに置いてなかったんですかっ?」
「何で敬語なんだ」
「答えてくらさい!」
「俺が知るわけないだろう。スーパーの店員に聞いてくれ」
「かちょーがそんな無責任なことでよいのですかっっっ!?」
(………手に負えない…)貴巳は溜息をつく。
「雪子ちゃん、絡み酒なんだね…」
「意外ですよね…もうちょっと可愛い感じに酔うのかと思ってました」
「眠くなっちゃった〜、とかね」
「でもこれはこれで可愛くないっすか。面白いし」
「確かに面白いわね…課長見てると」
「ええ、課長見てると」
「確かに中嶋君見てるほうが面白いね」
「課長はホント面白いっすよね」
常に冷静沈着、役所内で知らない人はない”鉄仮面”が頭を抱えて困惑している姿など
滅多に見られるものではない。
もちろん、貴巳も他人には絶対に見せたくない姿である。
「誰が面白いって?」
外野でお気楽なことを言っている4人をぎろり、と凍てつくような視線で黙らせ、
カセットコンロに乗っている土鍋の中身を無理やり4人の取り皿に全て取り分けた。
残っている酒類も、残らずめいめいのグラスに注ぐ。
早く食べて早く帰れ、という意思表示である。
雪子はというと、テーブルの上の、猫の形の箸置きに何やら人生相談をしている。
その内容もお気楽四人衆の大いに気になるところであったが、
さすがにこれ以上貴巳を怒らせると来週からの業務に差し支えると悟り、
割り当てられた酒と鍋をそそくさと片付け、タクシーを呼び、
「またお邪魔しますね〜!」と、来たとき以上に賑やかに帰っていったのだった。
玄関で見送る貴巳は、当然、返事をしなかった。
(…やっと帰ったか…)
酒瓶だのおつまみの空袋だので酷い散らかりようのリビングを眺め、
貴巳はようやく訪れた静寂の有難さを、しみじみと味わっていた。
雪子はいつの間にか、ソファの上で眠ってしまっている。
急性アルコール中毒を心配して様子をつぶさに観察したが、
顔色もよく、至って気持ち良さそうに眠っているので心配は要らないようだ。
シャツの首元が苦しそうだったので、ボタンを二つ外し、胸元をくつろげてやると、
「ん…んぅ」
と、眠ったままの雪子が身をよじる。その仕草が妙に色っぽい。
貴巳の頭に、ついよからぬ考えが浮かぶ。
(…もう生理は終わっているはずだ。少しだけ、あれを試してみるか…)
雪子は、自分の身体を這い回る、痺れるような不思議な感触に気づいた。
が、何故かひどくまぶたが重く、身体も思うように動かない。
(すっごく眠い…どうしちゃったんだろう、私…)
意識がはっきりとしないまま、その痺れるような感覚はだんだんと雪子の身体を
侵しはじめる。
(……なに?この感じ…ぶるぶるしてる…くすぐったいよぉ…)
それは身体のあちこちを触れるか触れないかの距離を保って移動している。
その振動が、或る1点―胸の先端に触れたとたん、
雪子の身体は、意思とは関係なくびくん、と痙攣した。
「あっっ!な、何?」
ようやく声が出て、同時に目も開けることができた。
夫が何やら自分に覆いかぶさっているが、何が起こっているのか全く理解できない。
振動する塊が、間断なく痺れるような刺激を乳首に与えている。
貴巳が何か下の方でごそごそと弄ると、その振動がさらに強さを増した。
「ひゃ、あああ!やっ、いやぁっ何これぇっっっ?!」
「…何だと思う?」
貴巳は顔を上げると、雪子の胸にあてがっていたものを、目の前に揺らして見せた。
雪子が初めて実物を目にするもの―ピンクローターである。
目の前の白いプラスチックの物体と、雪子の乏しい性知識が結びつくまでに少々の
時間がかかった。
「こ、これ…貴巳さん、なんでこんなの持ってるのっ?」
「買ったからに決まっているだろう。作ったり貰ったりするのは難しい」
それはそうだろうが、そういうことを聞いているわけではない。
「買ったって…な、なんで?しかもいつの間に私、裸になってるのっ?それに皆は?」
それ以上雪子に喋らせまいとするかのように、貴巳は雪子にくちづける。
雪子が生理の間じゅう禁欲生活を送っていたのだ。のんびりお喋りをする気はない。
まだアルコールの香りの残る舌が雪子の口内を縦横無尽に嬲り、
ただでさえ酔っている雪子をさらに陶酔させた。
再びローターが唸りをあげ、雪子の耳や肩甲骨のあたりをすべり、その度にびくびくと
未知の感覚が雪子の身体を這い登る。
「あああ、っやぁぁ…変な…感じ…やめてよぉ…」
「その割には気持ち良さそうじゃないか?」
「…っん…そんなことないもんっ…」
本当に、快感なのかどうかすらわからないほどに、初めてのローターの刺激は雪子にとって
強烈なものだった。
皮膚の表面をすべるようになぞられただけで体に電流が走ったような感覚である。
あまりの刺激の強さに耐え切れず、雪子は泣き声をあげた。
「だめ…たかみさん…ほんとに、だめぇっ…!」
「…じゃあ、少し弱くしよう」
貴巳がコントローラーを調節して振動が弱まり、ようやく一息つけたと思った途端、
夫は思わぬ行動に出た。
雪子の両足を掴んで拡げさせ、いきなり秘所にローターを押し当てたのである。
「…!?いっ、あ…」
目の前で火花がはじけ、あまりにも強すぎる刺激にほとんど声もなく、
全身の筋肉を極限まで張り詰めさせて雪子は最初の絶頂に達した。
ものの数秒のことである。
雪子の花芯はひくひくと痙攣しながら、白いぬめりをアナルのほうにまで滴らせている。
それをすくうようにして、貴巳は雪子の内部へ中指をゆっくりと進入させた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!」
指一本だけで、まるで挿入されたような激しい反応だ。
絶頂の余韻で、内部はまだひくひくと収縮を繰り返し、指を動かすのも
ままならないほどの締め付けである。
膣の上壁を、ゆっくりと指の腹でこすり上げながら、再びローターを
クリトリスに軽く触れさせると、雪子の全身が面白いようにのたうつ。
「やぁぁぁだめぇ!あ、ひぃぃやぁっいくうぅぅぅぅぅ」
絶叫に近い声を上げて再び快感の頂点にのぼりつめた雪子は、
既にもう何を口走っているのかわからない様子である。
何か掴んでいないと不安なのか、のけぞった自分の胸元にぎゅっと爪を立てている様子が、
ひどく扇情的だ。
真っ白な乳房に紅い爪跡がついているのを認めた貴巳はそっと雪子の手を外し、
自らの背中に腕を回させた。貴巳自身、もう我慢の限界を超えている。
昂ぶった自身を取り出し、雪子のひくつくマ○コの入り口にあてがって、
くちゅくちゅと音を立てて愛液を馴染ませた。ローターで刺激を続けられている雪子は、
それだけの行為がもう我慢できない。
「あああああんんっっっ!いっちゃうぅ先にいぃ」
「いいよ、ほら、雪子がイッた瞬間に俺のを入れてやるから」
「…ごめん…なさいっ…!ひあぁぁんっっいくぅぅぅぅぅぅっ!」
達した瞬間の激しく収縮する雪子の秘口に、貴巳の猛る肉棒が飲み込まれていく。
これ以上ないほどの強い締め付けをリズミカルに繰り返しつつ、雪子の肉壁は
貴巳自身を奥へ奥へと引きずりこむようにうごめく。
想像以上の快感に、瞬間的に達してしまいそうになるのを貴巳は必死で耐えた。
ゆっくりと抜き差しを繰り返しながら、ついに雪子の最奥へと挿入を完了すると、
先端が、何かこりこりとした硬い壁のようなものに、こつんと当たった。
その刹那に雪子がより一層激しく反応する。
先端でぐりぐりとそこを抉るように動かすと、悲鳴のような声が漏れた。
「あっあっあっ、そこ、っ…いいいいいい!!!」
「雪子はここが好きだな…この上ローターで弄られたらどうなると思う?」
「だ、だめっ………!それ、だめぇぇぇぇぇぇ!!!!」
膣の奥で、貴巳自身の先端が小刻みに動かされ、カリの段差が雪子の一番感じるスポットを
こすり立てる。それだけでも雪子は快感で目の前が霞みそうなほどなのに、
貴巳は容赦なくローターを最大出力にし、クリトリスに圧し当てた。
「…………………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、っ………」
目の前が白くなり、自分の声すらもう聞こえない。
心臓が胸を突き破って出てきそうなほど暴れている。
「た、か、みさ…んっ、たかみ…さんっ…」
無意識のうちに愛しいひとの名前を呼ぶことで、
遠のきそうになる意識を、雪子は必死につなぎとめた。
ローターの刺激は相変わらず、激しく身体を跳ねさせるが、
最後に欲しいのはそんな暴力的なまでの快感ではないと、雪子は掠れた声で夫の名を呼ぶ。
「たかみさん…はぁっ…ローター、やめて…」
「どうした…痛かったか?」
「ううん…すっごく、気持ちいい…。でも最後は、無理やりいかされちゃうんじゃなくて…、
ちゃんと、貴巳さんのこと感じながらがいい…」
「………わかった。一緒にいこう、雪子…」
「…うん」
そして二人は深く深く唇を重ねあい、お互いの舌を愛撫しながらゆっくりと律動を始めた。
繋がった部分が激しく水音をたて、二人の唾液と愛液が交じりあい伝い落ちる。
唇と秘所、二箇所で深く繋がっているという意識が、二人をさらに高みへと上りつめさせる。
「あっ、ああああっっ、もう…」
「雪子…出すぞ」
「んっ、いいよぉ…っっああああああんっったかみさん…好きっ…あん、いくぅ、っっ…!」
子宮口に亀頭をめり込ませるようにして、貴巳が濃い精液を放つ。
熱いものが最奥に勢い良く当たり、流れ込んでくるのを感じながら、
雪子は暗闇に飲み込まれるように意識を手放した。
そして日曜の朝。
雪子は微かに聞こえる掃除機の音で目を覚ました。
(あれ…?なんで私ベッドで寝てるんだっけ?昨日は皆さんが来て、お鍋して…)
ぼんやりとしたまま上半身を起こすと、鋭い頭痛がこめかみを突き抜けた。
「い、いったぁい…何これ…?」
昨日のことがうまく思い出せない。
(なんか…マロニー?マロニーがどうしたんだっけ…)
痛む頭を押さえながらリビングに向かうと、貴巳が掃除機をかけているところだった。
「あっ、ごめんね貴巳さん、寝坊しちゃって…」
散らかり放題だったリビングは、既にきれいに片付けられていた。
「昨日は疲れただろう?もう少し寝ていてもいいんだぞ」
貴巳がいつになく優しげな物言いなのは、昨夜の妻に対する所業を、
少々後ろめたく思っているからである。
性的な知識に乏しい妻には、随分刺激が強かったに違いない。
「うん、なんか、頭がすごく痛くて…」
「二日酔いだな」
「え?二日酔い?私、お酒飲んだの?」
「………覚えてないのか?」
「うん、なんか、マロニーがどうとかお話してなかったっけ?夢かなぁ?」
「………それはきっと夢だな」
企画課が総出で雪子をからかって遊んだことなど、忘れているに越したことは無い。
なによりも自分が(消極的にとはいえ)加担していたことは是非忘れていて欲しい。
「そっか…なんで私お酒なんか飲んだんだろう?」
「沢木が”間違って”雪子のグラスに入れたらしいぞ。申し訳ないと謝っていた」
思わず沢木をかばってしまった自分が忌々しい。
「そっか…じゃあ仕方ないね。私、二日酔いって初めて…こういうものなんだ。
頭が痛くなるのは知ってたけど、なんか体中が、筋肉痛みたいに痛いし…」
「………それも、二日酔いの一種だな」
「へぇそうなんだ。お酒飲むと色々大変なんだね」
「そうだな。…あとは食器洗うだけだから休んでいなさい」
「大丈夫だよ、私洗うから」
「いや、沢山あるからな…じゃあ手伝おう」
「ありがとう!…なんか、貴巳さん今日すごく優しいね?」
「…気のせいだろう」
「そうかなぁ?でも私は嬉しいからいいや」
筋肉痛は間違いなく自分のせいである、とはもちろん言えない。
キッチンに二人並んで洗い物をしていると、夫婦二人だけの静かな時間のありがたみが
身にしみた。二日酔いの雪子ではないが、昨日の騒動は悪い夢だったのではないか、
というような気さえしてくる。
隣に立つ雪子の横顔を、気づかれないようにそっと見つめる。
寝起きでぼうっとしていても、寝癖がはねていても、やはり妻は綺麗で可愛らしい。
飽かず見ていると、視線を感じたのか、雪子が突然貴巳のほうを向いた。
「なに?」
「いや…」
今日も綺麗だよ、などという台詞は、自分は一生口が裂けても言えないだろう。
咳払いでごまかして作業を続けようとすると、雪子がふんわりとした笑みを浮かべて言う。
「昨日は楽しかったね!またやりたいなぁ」
「………何を?」
「え?飲み会だけど…」
「…そうだよな」
「ええっ、いいの?嬉しい!貴巳さんきっと駄目って言うと思ってた」
「…………」しまった。
雪子が本当に昨夜のことを覚えていないのだと思うと、
ほっとするような、少し寂しいような、妙な気分だ。
が、本人さえ覚えていない雪子の痴態を自分は知っているという事実が、
雪子に対する独占欲をささやかながら満たしてくれるような気がして、
悪い気はしない。
日曜の朝のキッチンには暖かな陽が射し、微かに小鳥の鳴き声がする。
こよなく愛する秩序と静寂の中で、貴巳は、
雪子にも気づかれないほど微かに微笑んだ。
今後中嶋邸で、企画課の新年会と称するバカ騒ぎが年明けに開催され、
それが親睦会と名を変えて、月一回のペースで催されるハメになるとは、
さすがの中嶋貴巳氏も知る由がないのであった。