「……サファリパーク、ですか?」  
某市市役所職員の若き出世頭にして、無表情・無愛想・無口の三拍子揃った、  
通称鉄仮面・中嶋貴巳課長(36)が、  
彼の20も年上の部下である富岡係長に声をかけられたのは、  
そろそろ家に帰ろうかという午後7時過ぎのことであった。  
 
「そうそう。知り合いにタダ券もらったんだけどさ、  
うちの娘も奥さんも、別に行きたくないって言うんだよ。  
で、無駄にするのももったいないし、中嶋君たちどうかなと思って」  
「いえ、折角ですが、自分も特に興味はありませんので」  
部下であり先輩であるという微妙な立場の年配者を前にしても、  
貴巳の態度は常に一定しており、要するに取り付くしまもない。  
「いや、中嶋君は興味無いだろうけどさ、雪子ちゃん、動物好きでしょ?  
それにどうせ中嶋君のことだから、せっかくの正月休みにも、  
行楽らしいこともしなかったでしょ?奥さん孝行だと思って、  
今度の連休にでも行ってくればいいじゃない」  
鉄仮面のつれない態度にもめげず、恰幅の良い富岡係長は、布袋様のような笑顔で言う。  
 
痛いところを突かれて貴巳は黙った。  
確かに、彼の12も年下の妻で、元同僚の雪子は動物好きである。  
それに、貴巳は人込みが大嫌いなため、正月休みにもお互いの実家に顔を出したきりで、  
結局ほとんどを家で過ごしたのだ。  
自分はそれで何の不満も無いが、雪子には寂しい思いをさせているかもしれない。  
いい機会とも思うが、雪子に対する負い目を係長に見透かされたようで、  
素直にチケットを貰うのも、何となく抵抗があった。  
 
無表情のまま逡巡する貴巳の手元に、無理やりチケットの入った封筒がねじこまれる。  
「まだ頂くとは言ってませんが」  
「まぁまぁ。もし雪子ちゃんが行きたくないって言ったら、  
誰かにあげちゃって構わないからさ。じゃあお先に」  
難しい顔で手の中の封筒を睨む貴巳を尻目に、  
中年の哀愁をその一身に背負った風情の富岡係長は、  
「ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンだ〜♪」  
などと歌いながら、脂の乗った腰を左右に振りつつ帰途についてしまった。  
 
その夜の中嶋宅。  
全ての物事に対して迅速・正確を旨とする鉄仮面にあるまじきことに、  
貴巳は、サファリパークの一件を、雪子に言い出すことができないでいた。  
そもそも、貴巳が自分から雪子を外出に誘うなどということは、  
結婚して2年になる今まで、一度も無かったのである。  
必要にせまられない外出は、全て雪子にねだられ、貴巳が渋々承知する、という  
お決まりのパターンだったのだ。  
貴巳が自分から行楽に行こうと切り出すなぞ、天地がひっくり返っても無いと、  
夫婦はお互いに思っていたはずだ。  
こんなことで悩むのは自分でも馬鹿らしいとは解っているし、  
恐らく雪子はどんな誘い方をしても喜ぶだろう。  
が、どうにも言い出すタイミングが掴めずに夕食も終わってしまった。  
いつもなら、夕食後にお茶で一服するとすぐに風呂に向かう夫が、  
いつまでも食卓に座っているのを見た雪子が、不審げに言う。  
「貴巳さん、どうしたの?お風呂入らないの?」  
「……ああ、その」  
「なあに?」  
妻の、きょとんとした無邪気な顔を見ていると、せっかく口から出かかった言葉も  
喉の奥に引っ込んでしまった。  
「いや、風呂に入ってくる」  
自分の思いがけない優柔不断さを呪いながら、貴巳はリビングを後にしたのだった。  
 
妻を誘う良い口実も見つからないまま、風呂を出てリビングに戻ると、  
雪子がソファに腰掛け、何やらもぐもぐと食べている。  
「何だ、それは」  
「……どーなつ」  
いたずらを見つかった子供のように、ばつの悪そうな表情で雪子が言う。  
手には、何やら甘ったるそうなチョコレートの掛かったドーナツが、  
まだ半分ほど残っていた。  
「寝る前に食べると太るぞ」  
これは本音ではない。ただでさえ小柄で細身な雪子は、  
むしろもっと肉付きが良くなってもいいくらいだと、貴巳は常々思っている。  
しかし貴巳のそんな本心には気づかず、雪子は唇を可愛く尖らせて言う。  
「いいんだもん。たまにだから大丈夫だもん」  
 
確かに、雪子が甘いものを買ってくるのは珍しい。  
貴巳が、既製品の駄菓子など絶対に食べないので、1人分だけ買ってくるというのも  
気が引けるらしいのだ。  
甘いものが食べたい時は、雪子が自分で作ることが殆どだ。  
「…確かに珍しいな」  
テーブルの上に置かれた、ドーナツ屋の紙袋に目をやり、貴巳がそう言うと、  
雪子はえへへ、と笑いながら、ポケットから携帯電話を出して貴巳の目の前で揺らした。  
「これが欲しかったからなの」  
「…どれだ?」  
「ストラップ。ポ○デライオンの。可愛いでしょ」  
言われてみると、何やら奇妙な形の動物のマスコットが、携帯にぶら下がっている。  
ライオンと言われればそんな気もするが、どこが可愛いのか貴巳には理解できない。  
おまけ目当てで、滅多に買わないドーナツなど買ってきたということか。  
「……雪子は、ライオンが好きか?」  
「へ?ポン○ライオン?」  
「いや、ドーナツ屋のキャラクターではなく、本物のほうだ」  
「な、何で急に」  
「どうなんだ。好きなのか、嫌いなのか」  
妙に意気込んで尋ねる夫に、たじたじとなりながら、雪子はそれでも素直に考えこむ。  
「んっと……赤ちゃんライオンとかは可愛いと思うけど……大人のライオンは、  
好きとか嫌いとか、考えたことないなぁ……」  
「……実物を間近で見てみたいと思うか」  
背広の内ポケットに入れたままのチケットを脳裏に浮かべながら、貴巳は妻に詰め寄る。  
「え?檻の中にいるのなら、動物園で見たことあるけど……  
街歩いてて、いきなり目の前に『がおー』って出てくるのとかは嫌かも……」  
「いや、それは喜ぶ人間のほうが異常だと思うが」  
「ね、ね、もし、いきなり目の前にライオンが現れたら、貴巳さんどうする?」  
(……いかん、話が妙な方向に)  
「そんなことは、日本に住んでいる限りあり得ないだろう」  
慌てて貴巳が否定すると、雪子は何が面白いのか、目をきらきらさせて更に言い募る。  
「絶対無いとは言いきれないでしょ?例えば動物園とかサーカス団から逃げ出したり、  
あとサファリパークで車のドアが故障して閉じなくなったり。  
そうなったら、どうやって立ち向かったらいいかなぁ?」  
ようやく雪子を誘う糸口が見つかったと思ったら、  
話題は思いがけず、斜め上の方向へ転がっていく。  
どうやったら本筋に戻せるのか、貴巳は内心頭を抱えていた。  
 
「ドアが故障して、開かなくなるならともかく…閉じなくなるというのは考えづらい。  
そもそもサファリパークで車のドアを開けるような真似は、俺は絶対にしない」  
「だから、例えばの話だってば」  
「……その場合は諦めるしかないだろうな」  
半ば投げやりにそう答えると、雪子は何故か、むっとした表情になる。  
「……何だ」  
「約束が違うっ」  
「何の約束だ?」  
「貴巳さんは、私より早く死んじゃダメなの!」  
「……」  
確かに、それは二人が結婚する時に、雪子が唯一貴巳に出した条件である。  
12歳という年齢差があり、貴巳に先立たれる可能性の高い雪子の、  
必死にして健気な、ただ一つの願いである。  
 
が、しかし。  
「だから、ライオンに襲われても、貴巳さんは何とか切り抜けなきゃダメなの!  
お腹を空かせたライオンが目の前に迫っています!さあどうしますかっっ?!」  
これはどう考えても無理難題ではないだろうか。  
げんなりしつつ、それでも目の前に問題があると解かずにはいられない性分から、  
貴巳は無意識のうちに答えを模索していた。  
「……そうだな、まず、素手で立ち向かう場合…これは論外だ。  
人間の腕力で猛獣に敵うわけがない。格闘技の達人でも恐らく不可能だろう。  
次に何か武器を使う場合だが…包丁だのナイフだのでは太刀打ちできないだろうな。  
リーチが短すぎる。日本刀くらいの長さがあれば少しは違うかもしれないが、  
そんなものは身近にはない。拳銃……も、警察官でもない限りは現実的でない。  
もし手元にあったとしても、俺はそんなものの扱い方は知らんしな」  
「じゃあどうやって勝てばいいの?」  
「いや、この場合、目標はあくまで『生き延びる』ことであって、  
ライオンに勝つことじゃない。冷静に考えて、『逃げる』という選択肢が  
一番現実的だろうな。…しかしそれも、当然、容易ではない。  
近くにどんな建物があるかにもよるが、安全な場所まで走って逃げるにしても、  
ライオンの最高速は時速60km。自動車と競争するようなものだから、  
あっという間に追いつかれるだろう」  
「な、なんか貴巳さん、ライオンに詳しいね…」  
「常識だ。ちなみにトラは時速80kmだ」  
先程こっそりサファリパークのホームページを見たのだ、とは貴巳は当然言わない。  
「そ、そうなんだ……じゃあ、どうすればいいの?」  
「よほど好条件が揃っている場合を除いて、やはり諦める以外にないだろうな」  
「……」  
「何だその顔は」  
黙ってしまった妻のほうを見やると、雪子は頬をふくらませ、  
上目づかいで貴巳のほうを睨んでいる。  
「……諦めるんだ……貴巳さんは、約束破っても平気なんだ……」  
「いや、もちろん、最大限の努力はするが、不可抗力というものも」  
「他の人ならともかく、貴巳さんだけは絶っ対、約束破ったりしないって信じてたのに」  
うつむいてしまった雪子の前で、貴巳は頭痛を感じて頭を抱えた。  
どうにも理不尽な理由で責められているのだが、雪子が余りにも真剣なので、  
適当にあしらうこともできない。  
暫し考え込んだ後に、貴巳はおもむろに口を開いた。  
「……一つだけ、生き延びる可能性が高くなる方法が、無いわけでもない」  
「え?!本当に?!」  
途端に雪子が目を輝かせて飛びついてくる。  
貴巳の頭に浮かんだ考えは、あまりにも救いが無いのだが、  
この場合他に思いつかないのだから仕方が無いだろう。  
 
「……あまり褒められた方法ではないが……手近に他の人間がいた場合、  
その人間を犠牲にして、その隙に逃げる、というのが一番現実的ではないだろうか。  
腹を空かせたライオンなら、まず一人目を食べ始めるだろうから時間が稼げるしな」  
最初、期待に満ちた顔で聞いていた雪子だが、  
説明が進むにつれ、その表情は急速に陰り、曇り、そして今にも泣き出しそうな、  
聞いたことを後悔している様がありありと浮かんだ表情になった。  
「……ほかのひとを、ぎせいに」  
「いや、その、生き延びるという目標をどうしても達成しなければならない場合に、  
不本意ながら解決策はそのくらいしか見当たらないというか」  
「……」  
「そもそも日本にライオンが何頭いて、それが脱走する確率はどの程度かというと」  
「……」  
「更にその脱走事件が俺たちの生活圏内で起こる確率を考えると…雪子?」  
「……お風呂に入ってきます」  
これ以上ないほど暗い苦悩の表情で、ふらふらと立ち去った妻の後姿を眺めながら、  
(……だから、どうしてこんな話になるんだ?本題はサファリパークだった筈…)  
鉄仮面・中嶋貴巳氏もまた、深い苦悩の溜息をついた。  
 
 
雪子の入浴は、随分長くかかっている。そろそろ1時間を過ぎようというところだ。  
いい加減心配になった貴巳が、浴室まで様子を見に行こうとしていたところに、  
バスローブを羽織った雪子が、亡霊のごとき陰気さでリビングに戻ってきた。  
「……雪子?さっきの話なんだが…」  
「貴巳さん、あのね、考えたんだけど…」  
二人が同時に口を開く。僅かに躊躇し、貴巳は雪子に先を促した。  
バスタオルを手にしたまま、雪子は貴巳の隣に腰を下ろす。  
少しの間無言で俯いて、意を決したように息をつき、雪子は話し出した。  
「あのね、他の人を犠牲にするって聞いたとき、すごく後悔したの。  
なんでそんな事聞いちゃったのかなって。  
でも、どうしても貴巳さんに生き延びて欲しいっていう気持ちは変わらないのね。  
自分でも、すごく醜いっていうか、自己中心的だと思うんだけど、  
もし本当にライオンに襲われたら、最悪の場合、他の人を犠牲にしてでも、  
貴巳さんには生きてて欲しい……かもしれない。  
でもそんな事思っちゃう自分が凄く嫌で……それに、もし本当に貴巳さんが、  
他の人を盾にして生き延びて帰ってきたとしたら、  
きっと、今までと同じ気持ちでは貴巳さんと暮らせないような気がする。  
自分勝手ですごく嫌なんだけど、でもそうなの」  
「……」  
目の前の、少女のごとくあどけない風貌の妻が、素直で生真面目なのは知っていた。  
だがしかし、仮定の話でこれだけ真剣に悩めるというのは一寸どうだろうか。  
果てしなく呆れ、そしてそれを越える一種の感動すら覚えながら、  
貴巳は黙って先を促した。  
「それでね、どうしたらいいのか、お風呂の中でずっと考えてたの。  
貴巳さんが死なずに済んで、それで私も後悔しないで済むのにはどうしたらいいか。  
でね、もう、これしかないと思うんだけどっ!」  
雪子は握りこぶしを固めて、真剣な面持ちで貴巳ににじり寄る。  
次の瞬間、妻の可愛らしい唇から発せられた台詞に、貴巳は一瞬言葉を失った。  
 
「貴巳さんが他の人を犠牲にする場合、盾にするのは私にして欲しいの」  
「……は?」  
「ね?そしたら全部解決するでしょ?私が先に死んじゃうから、  
貴巳さんは約束破らなくてもいいし、関係ない他の人は犠牲にならなくていいし。  
私も、貴巳さんの身代わりなら、わりと心安らかに食べられちゃえると思うし」  
「……そんな事、できる訳がないだろう」  
もう、色々と考えるのも馬鹿らしくなって、貴巳は何度目かの溜息をついた。  
「どうして?」  
心底不思議そうな顔で、雪子が聞く。  
蒼ざめていた頬にはようやく血の気が戻ったが、濡れたままの長い髪が冷たそうだ。  
雪子の手にしていたバスタオルを奪い、貴巳はわしわしと雪子の髪を拭く。  
「わ、ちょっと、貴巳さんてば、真面目に聞いてよっ」  
妻の抗議には耳を貸さず、長い黒髪からしっかりと水気を拭き取りながら、  
貴巳は自分のした約束の重さについて考えていた。  
 
雪子は高校生のとき、父親を事故で亡くしている。  
貴巳は以前、彼女の母と二人きりになった機会に、その時の様子を聞いたことがある。  
雪子と母が事故の知らせを聞いて病院に駆けつけた時には、  
彼女の父の身体はまだ、ほのかに温かかったそうだ。  
遺体に取り縋り泣き叫ぶ母の横で、雪子は、  
見開いた瞳から大粒の涙をぼろぼろと零しながら、声もなく、  
ただ父の、力を喪った手のひらを握り締めていたそうだ。  
誰が話しかけても目を上げようともせずに、  
大好きな父の体温がゆっくりと失われ、完全に冷たくなるまで。  
ずっと、そうしていたという。  
「だからあの子との約束は破らないで」  
雪子の母、美紀子は、勝気な瞳を僅かに潤ませて、  
射るように鋭く貴巳を見据え、そう言った。  
 
「貴巳さんっ、もういいよぉ、髪の毛からんじゃう」  
ふと我に返った貴巳は、バスタオルを持つ手を止めた。  
目の前のタオルの塊から、雪子の白い顔が覗く。  
「もう、私の話、全然聞いてないでしょ」  
うらめしそうな顔で貴巳を見上げる妻の、すっかり冷えた頬を、  
貴巳は手のひらで包んだ。  
「……聞いている」  
「ほんとに?」  
雪子の潤んだ瞳の底に、普段は身を潜めている、微かな不安が揺れている。  
二人がこの先どんなに仲睦まじく暮らしたとしても、  
その不安を完全に葬り去ることはできないのだろうか。  
(……もし、本当にそんな決断を迫られる時が来たら)  
どうしたって自分には、雪子一人を犠牲にすることはできない。  
かといって、何よりも大切な約束を破ることは論外である。  
(……因果な約束をしてしまったものだ)  
雪子は気づいているだろうか。約束が守られるということは即ち、  
遺される痛みを味わうのはこの自分になるということに。  
それを口に出して言うのはやめた。きっとまた、雪子が悩んで泣くから。  
日ごろは思いやりのある雪子が、その点に気づいていない、というのも考えづらい。  
とすると雪子は、敢えてその点について考えないようにしているのだろうか。  
二人の年齢や経験の差からくる、雪子の、無意識の貴巳への甘えなのかもしれない。  
だとしても貴巳は、それを責める気は無い。雪子に甘えられることが、  
貴巳には喜びでもある。  
(そうなったら……いっそ、二人一緒に人生を諦める、という手があるな。  
雪子から一瞬遅れて俺が死ねば、まあ何とか約束も守れる)  
日ごろの貴巳らしからぬ後ろ向きな結論は、しかし、貴巳自身意外なほどに、  
魅惑的に心に響いた。  
 
「貴巳さん?どうしたの?」  
頬を撫でられるがままになっている雪子が、微かに震える声で言う。  
「雪子には負けた。もし万が一そんな状況になったら、  
雪子の言うとおりにする」  
「ほんとに?!良かった……」  
心底から安心した様子の雪子が、にっこりと蕩けるように微笑う。  
先程の密かな決意は、貴巳の口から発せられることはない。  
そんな事を言えばきっとまた、雪子が泣くから。  
 
「……ひゃぁ、くすぐったいよ」  
うなじに廻した手で雪子を自分のほうに引き寄せ、白い首筋に唇を這わせると、  
雪子が身をよじって笑う。鈴を転がすような無邪気な笑い声だ。  
「どうせ、真っ先にライオンに襲われるのは雪子に決まってるからな」  
そう貴巳が嘯くと、雪子が拗ねる。  
「どうせ、私は足も遅いし、カンも鈍いですよーだ」  
「いや、それも勿論あるが、何より」  
警戒する隙を与えないほどに素早く、貴巳は雪子の腰を抱え、  
リビングの柔らかい絨毯の上に押し倒す。  
「雪子のほうが美味そうだ」  
 
バスローブの下の素肌は、まだほんのりと風呂上りの湿気を帯びて、  
しっとりと手のひらに吸い付くような感触だ。  
うなじから鎖骨へと唇を滑らせると、手を使うまでもなく、  
バスローブの胸元はあっけなく開かれていく。  
「たかみさんっ……ダメ、ベッドに……」  
頬を染めた雪子の、小声の抗議をいつものようにあっさりと無視し、  
貴巳はエアコンのリモコンに手を伸ばし、設定温度を2度上げた。  
胸元をはだけ、洗い髪を乱れさせて横たわる雪子の姿は扇情的だ。  
染みひとつなく真っ白な脚が、所在なさげにもじもじと擦りあわされている。  
頼りなく細いふくらはぎから、やわらかな腿へと指を這わせる。  
そのまま手を手を上に移動させると、身体で一番熱を帯びた場所がある。  
雪子がはっと息を呑む音が聞こえるが、貴巳は敢えて其処には触れず、  
腰骨をくすぐり、滑らかな下腹部の肌を手のひらで撫でさすった。  
どうして雪子の肌は、何処もかしこもこんなに柔らかいのだろうか。  
時折、初めて肌を合わせた時の驚きを貴巳は思い出す。  
胸元をすっかり露出され、恥ずかしそうに顔を背ける雪子の耳朶を、  
貴巳はそっと舌先で舐め上げた。  
途端にびくり、と雪子の腹部が波打つ。桜色の唇から僅かに吐息が漏れる。  
もとより感じやすいたちの雪子だが、ここのところ特に、  
感覚が鋭敏になってきているような気がする。  
ほんの少し触れただけで、電流でも流されたかのような妻の反応が面白く、  
貴巳はつい必要以上に焦らして雪子を啼かせてしまうのだ。  
耳元で、わざと湿った音を出して耳朶をねぶると、  
雪子の唇から、押さえきれない声が漏れる。  
「ひゃ、や、ああ」  
苦しそうな喘ぎが、貴巳の嗜虐心を煽る。  
 
細いくるぶしを掴み、雪子の脚を自分の胸のあたりにまで引き寄せた。  
慌ててバスローブの裾を押さえながら、不自然な体勢に戸惑いの目を向ける  
雪子の瞳を凝視し、貴巳は、見せ付けるように雪子の足指を口に含んだ。  
「やっ、やだっ、、そんなのだめ、汚いよぉ」  
慌てて身をよじり逃れようとする雪子だが、貴巳の力には敵うわけもない。  
「だ、めぇっ……くすぐったいってばぁ」  
石鹸の香りのする、可愛らしい指を舌で転がして味わう。  
雪子の肌は、踵でさえまるで果物のように柔らかく、甘い。  
全身くまなく味わい尽くしたい衝動にかられて、  
貴巳の舌は雪子の脚をじわじわと侵略する。くるぶしからふくらはぎ、膝の裏。  
相変わらず拒否の声を上げている雪子だが、抵抗する身体にはもはや力が入らない。  
片足を肩に担ぎ上げ、腿の内側に軽く歯を立てた刹那、細い腰が僅かに痙攣した。  
「……いったのか?脚を舐められただけで?」  
耳元でそう囁くと、真っ赤になって首を振る妻。  
今まで何度同じようなやりとりを繰り返したか知れないが、  
飽きることなく欲情を駆り立てられる自分に半ば呆れる。  
もはや隠すことも忘れられ、あらわになった下着に、うっすらと染みが滲んでいる。  
わざと避けるように、足の付け根ぎりぎりを舐め上げると、  
下着越しにもそこが期待にひくついているのが解った。  
鼻先に、発情した雌の匂いが撒き散らされる。  
「……脱ぐか?」  
割れ目を軽く指でなぞりながら聞くと、妻は赤い顔を腕で隠しながら、  
ようやくそれと解るほど微かに頷いた。  
白いレースのついた下着に手をかけ、ゆっくりと引きおろすと、  
秘所は既に透明な蜜を溢れんばかりにたたえていた。  
充血した突起がぷくりと膨らんで、時折物欲しげに震える。  
着ていたバスローブは、殆どどこも隠さないほどにはだけ、  
僅かにベルトだけが腰に絡みついているという、しどけない姿。  
乱れて胸元に張り付いた黒髪が、匂い立つような色香を漂わせている。  
 
身に着けていたものを手早く脱ぎ捨てた貴巳は、  
期待に震える雪子の身体に覆いかぶさった。  
既に硬く張り詰めた棒の先端で、割れ目をくすぐると、くちゅくちゅと水音が響く。  
内部へ進入しようと圧しつけると、雪子の腰が僅かに浮いて、  
剛直を受け入れようと動いた。  
 
「……ん……やぁ……なんでぇ?」  
期待に反し、いつまでも与えられない快楽を待ちかねて、  
雪子が縋るように夫を見上げる。切なそうに息を荒げ、  
既に我慢の限界に達している様子が、ありありと見て取れる。  
焦れる妻の痴態を満足げに眺めて、意地悪く、貴巳は耳元で囁く。  
「……脱ぐかどうかは聞いたが、入れるとは言っていない」  
「……っ!い、意地悪っっ!もう、馬鹿ぁぁ!」  
充分に自覚していることをどんなになじられても、痛くもかゆくもない。  
亀頭でクリトリスを擦り上げながら、貴巳は再び、  
雪子の全身を味わい尽くす作業に戻った。  
 
快感に蕩ける顔を見られたくないのか、妻はいつも顔を隠そうとする。  
そのたびに貴巳にあっさりと阻止されるのだから、いい加減に諦めればいいものを。  
恥じらっている姿がかえって貴巳の劣情を駆り立てるのだということに、  
雪子はまだ気づかないらしい。  
今日もまた、雪子の腕はあっさりと捕らえられる。  
そればかりではなく、貴巳は、わざと見せ付けるように細い指の一本一本をねぶり、  
指と指の間を舌で擽る。  
すでに全身が性感帯となっている雪子は、指先に伝わる暖かい粘膜の感触にさえ  
激しく反応して声を抑えることができない。  
「ひゃ、や、も、もう、やめて、おね、おねがいっっ」  
泣き声のような懇願は、貴巳の舌が肘から二の腕、脇の下にまで及ぶと、  
悲鳴のように変わった。  
「ああああああっっ!や、だめ、いやぁぁぁ」  
激しくのたうつ雪子の身体を力ずくで押さえ込み、貴巳の唇は更に激しく全身を蹂躙する。  
揺れる両乳を、時折きつく吸い上げ、紅い跡を残しながら、くまなく舐め上げ、頂を甘く噛む。  
雪子は既に幾度も身体を痙攣させ、珠の汗を額に浮かべているのだが、  
責める手を緩めるつもりは貴巳にはない。むしろここからが本番である。  
仰向けの雪子の身体を、いとも簡単にうつぶせにひっくり返すと、  
膝をついて腰を浮かせる獣の体勢で、自らの肉棒を擦り付けた。  
「お……ねが、しますっ……も、もぉ……おねがいっ……」  
恥じらいも忘れて、身も世もなく挿入を懇願する雪子の声を快く聞きながら、  
貴巳は雪子の背筋に舌を這わせた。背骨の一つひとつを確認するようにじっくりと。  
一人の女性の身体を、こんなに愛しく隅々まで知りたいと思う自分が不思議だ。  
瑞々しい肌に溺れて、思わず肩口を強く噛む。そんな手荒な刺激でも、  
今の雪子には快感に変換されるらしい。  
紅く残った歯型が、妻の身体の隅々まで自分のものだという証に思えて、  
貴巳は物狂おしく、柔肉の彼方此方を噛んだ。  
腰を一旦離すと、雪子が切羽詰ったせつない声を上げる。  
最近より一層、女性らしい丸みをおびてきた尻を両手で撫で上げると、  
尖った尾てい骨に口づけて、更にその下の窄まりにまで、貴巳は舌を伸ばした。  
「きゃ、や、うそ、嘘でしょ、やめて、やめてぇええ」  
雪子が、恥ずかしさの余り、パニック状態で舌から逃れようとする。  
今まで、その部分に触れられたことくらいはあっても、直に口で愛撫されたことなど  
一度もなかったのだ。  
「や、やだ、ほんとに、き、きたないってばぁぁ」  
今までになく強い力で逃れようとする雪子の腰をがっちりと押さえつけ、  
貴巳は強引にそこをついばむ。  
「汚くなんてない。雪子の身体は」  
どこもかしこも綺麗だ、と内心で付け加える。歯が浮いたような台詞は不得手である。  
暫くそこを愛撫していると、雪子の声がほとんど泣き声になっていく。  
「いやあぁぁ、ほんとに、もお、ゆ、ゆるしてぇ」  
しゃくりあげる妻が流石に不憫になって、再びその身体を仰向けに戻してやった。  
涙でぐしゃぐしゃの表情でも、雪子はやはり美しい。  
「……嫌だったか?」  
言わずもがなの質問に、雪子は何度も頷く。  
「……ここは嫌だと言ってないが」  
先程よりも更に潤いを増し、既に滴っている秘所に、  
前触れもなく、貴巳は猛る自らを根元まで突き入れた。  
 
「……っっっっ!あ、あああああんっっっっ!!」  
白い身体が仰け反り、媚肉が激しく蠢く。  
限界まで反った身体がびくびくと跳ね、挿入された瞬間に達したことを示す。  
「ひゃ、あぁぁぅ、や、ああああ」  
壊れたように喘ぐ雪子に、貴巳は更に容赦なく腰を打ち付ける。  
今まで散々雪子を焦らしていた分、貴巳もまた、我慢の限界を迎えている。  
きつい締め付けを繰り返す膣内を、がむしゃらに突き上げ、奥を擦り上げた。  
「や、もうだめ、だめ、いってる、のに、っっああああっっ」  
無意識のうちに貴巳の胸に縋りついた雪子が、その背中に爪を立てる。  
僅かな痛みに、少し冷静さを取り戻した貴巳は、  
雪子の最奥を押し上げたまま、動きを止めた。  
暫くはゆっくりと、痙攣する熱い肉の感触を楽しむ。  
息も絶え絶えな様子の雪子の唇を割り、舌で咥内をまさぐると、  
熱く潤むひだが、物欲しげに奥へ奥へと誘う動きをする。  
「や……やだぁぁ、やめてよぉ」  
「俺は何も動いてないぞ」  
「わ……かんないっ……な、なんか……勝手に……いやぁぁぁ」  
雪子の肉壁が、まるで貴巳自身を舐め上げるように蠕動している。  
先端に密着した子宮の入り口が、亀頭を舐めしゃぶるように吸い付く。  
「ぁああ!とまんない!とまんないよぉぉ、ああああ!!!」  
貴巳も堪らずに、再び激しく内部を突き上げる。  
激しい水音と、肌を打ちつけあう湿った音が部屋に響く。  
貴巳のものが一層大きく膨らみ、容赦なく雪子の一番感じる部分を擦る。  
「あっ、ああっ、あ、くる、すごいの、くるぅっ」  
異常な興奮が一瞬にも、永遠にも感じられた次の瞬間、  
貪欲に精液を飲み干そうとする子宮に吸い付かれて、貴巳は爆ぜた。  
 
しばらくは口もきけないほど息の上がった雪子を抱きしめながら、  
貴巳は妻の乱れた長い黒髪を指で梳く。  
潔癖症と言えるほど神経質な自分が、何のためらいもなく、むしろ喜んで  
雪子の全てに口づけることができるのが、今更ながら驚きだった。  
瞼を彩る長い睫毛が震えて、雪子が目を開け、自分を見つめて、  
恥ずかしそうに微笑んだ。  
「……食べられちゃった、ね」  
「当初の予定通りだな」  
「ええ?貴巳さんに、じゃなくってライオンにって話だったじゃないっ」  
ころころと笑う雪子をみて、貴巳はそれこそ当初の予定を思い出した。  
(今だ……このタイミングでサファリパークに誘えば、きっと自然に違いない)  
「雪子、それなんだが」  
言いかけた貴巳の台詞は、次の瞬間無残にも断ち切られた。  
「でもね、やっぱりこうやって、ずーっと貴巳さんとくっついてたいなぁ。  
二人とも長生きするのが一番だよね。だから、なるべくライオンのいるところには  
近づかないようにしよーねっ!ふふふっ」  
「……」  
可愛らしく笑う妻のあまりの無邪気さに、海よりも深く沈黙する鉄仮面であった。  
 
 
次の日。  
貴巳の勤務する某市市役所の企画課ブースには、  
鉄仮面の有能なる部下、橋本あや女史の怒声が朝っぱらから鳴り響いていた。  
「だから係長、この企画書、何で私の意図が全然伝わってないんですかっっ!  
言いましたよね?私言いましたよね?むしろ文書にしてお渡ししましたよね?」  
隣ではバーコードヘアの富岡係長が、恰幅のいい体を最小限に縮こまらせている。  
 
「……またやってるのか」あやの、女性にしてはハスキーなよく響く怒声に  
眉をしかめながら、鉄仮面が二人の間に割ってはいる。  
「また、で済ませられる問題じゃありません。このミスのお陰で  
何時間ロスすると思ってるんですか」  
今朝の橋本女史はことさら虫の居所が悪いらしく、簡単にその怒りは収まりそうにない。  
貴巳としても気分的にはあやの立場を支持したいのだが、  
朝っぱらからこの怒声を聞き続けるのは耳障りであるし、  
怒っていても仕事が進むわけではない。  
「……まあ、そのくらいにしておいたらどうだ」  
「課長までそういう事言うんですか?」  
「タダとは言わん。係長からだ」  
そう言うと、鉄仮面はおもむろに背広のポケットから白い封筒を取り出し、  
あやの机に置いた。  
「何ですかこれ……サファリパークのチケット?」  
「あーそれ!中嶋君行かないの?どうして?」  
怪訝な様子の二人を、凍てつくような冷たい目線で黙らせると、  
鉄仮面は黙って立ち去った。  
「……今、『聞いたら殺すぞ』って目でしたねぇ」  
「中嶋くんもしょうがないねぇ。彼氏のいない橋本くんに、そんなもの渡しても  
仕方ないのにねぇ。逆に失礼だよね相手がいないのに。  
……え、橋本くん、何その目は。何で頷いてるの?」  
「納得してました」「……何を?」  
「係長がなんで出世できないのかを」  
「いやちょっと!そこ納得しないでよ!」  
 
背後の部下たちの大騒ぎから逃れるように外に出た鉄仮面は、  
厄介な胸焼けと戦っていた。  
昨夜無理をさせすぎて雪子が朝起きられず、仕方なく朝食代わりに食べたドーナツの  
せいである。しかも貴巳は、朝食べたものとは別に、  
30センチはある長方形の箱にドーナツがきっちりと詰まっているのを目撃してしまった。  
あれを誰が食べる羽目になるのか、想像するのも恐ろしい。  
ずっしりと重い箱の絵柄は、何やらとぼけた顔のライオンだった。  
 
 
終わり  
 
 

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