「貴巳さん、もうすぐクリスマスだねー?」  
「それがどうした」  
12月も下旬に差し掛かるころ。  
にこにこと問いかける、まるで少女のようなあどけない妻に対して、  
夫である鉄仮面、中嶋貴巳氏の答えはあまりにそっけないものだった。  
「貴巳さんは、クリスマスプレゼント、何がいい?」  
夫の反応が冷たいのはいつものことなので、全くめげることなく雪子は聞く。  
「毎年言っているが、キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝う必要はない」  
とりつくしまもない様子の夫に、雪子は真っ白な頬をふくらませる。  
「むー。じゃあ私クリスチャン」  
「じゃあ、とは何だ」  
「中学生の時に、学校で洗礼受けてるよ?洗礼名マリア・ジタだもーん」  
「初耳だが」  
「言ったことなかったっけ。カトリックの学校だから、入学したら形だけでも洗礼受けるんだよ」  
雪子の通っていた聖稜女子学園は、日本有数のお嬢様学校であり、厳格なミッション系教育の場でもあったので  
あった。  
「雪子は教会に通ってもいないし、この間、新年には神社に初詣に行きたいとか言ってなかったか?」  
「細かいことはいいの。神は愛なのです」  
「……意味がわからん」  
「だから、貴巳さんはクリスマスプレゼント何がいいのかな?って。  
それに貴巳さんは毎年、私にプレゼントくれるじゃない?しかも何がいいか私に聞かなくても、  
ちゃんと私の欲しいもの用意してくれてるし」  
「あれは断じてクリスマスプレゼントじゃない。雪子の一年の主婦としての働きを労う意味での」  
「うんうんうんありがとう。何も言わなくてもわかってくれるなんてほんとに貴巳さんはサンタさんみたい」  
「人の話を聞け」  
「今年は何くれるのかな?」  
貴巳の顔を覗き込みながら言う雪子の目が、いたずらっぽい光を帯びていることに、貴巳は気づいた。  
「……ネットの検索履歴を消すことを覚えたな?」  
「あー!やっぱりそういうのチェックしてたんだー!」  
12月に入り、そろそろ雪子へのプレゼントを手配しようとした鉄仮面であるが、  
それまで全く手付かずであった自宅のPCの履歴がクリアされていることに気づき、焦りを覚えたものである。  
「……どうせ橋本あたりの入れ知恵だろう」  
「あ、ばれた?あやさんに、どうして貴巳さん私の欲しいものわかるのかな?って相談したら、  
ネットの履歴とか見てるんじゃない?って。大当たりでしたー。さすがあやさん」  
貴巳の部下であり、雪子の友人である橋本あや女史の読みは正確であった。  
「……履歴が見れなくても、雪子の欲しいものくらいわかる。雪子はわからないのか?」  
してやられた悔しさを押し隠すため、貴巳は雪子を挑発した。  
根っから素直な妻は、口をとがらせ、  
「わ、わかるもん!」と強がってみせたのであった。  
 
そして24日、クリスマスイブの夜。  
ケーキだのチキンだののクリスマスメニューとやらの夕飯を覚悟していた貴巳であったが、  
食卓に並んだのは意外にもいつもと変わらぬ和食の数々であった。  
鶏肉のロール照り焼き、冷奴、卯の花、味噌汁。  
浮ついたメニューの嫌いな貴巳は、満足げに頷いて箸を取った。……が、  
鶏肉を一口食べて、ふと眉をしかめた。  
「……これは、何だ?」  
食卓の向かいに座った雪子が、してやったりとほくそ笑む。  
「騙されたー!鶏肉じゃなくて七面鳥です!ちなみに中に巻いてるのは丸焼きの中に入れるスタッフィング。  
照り焼きのタレ風なのはお醤油じゃなくてグレイビーソースでしたー!」  
「この卯の花は何だ」  
「あ、それはスモークサーモンとポテトのディップだよ。あとお味噌汁に見えるのはクリームコーンのスープ!  
一番大変だったのは冷奴風ケーキだよ?何もトッピング無いように見えるけど、中にはちゃんとフルーツがサンドされてます!びっくりした?」  
にこにこと嬉しそうに言う妻に、貴巳は深い深いため息をついた。  
まあ、いい。一年に一度くらいは、雪子に付き合ってやるのもいいだろう。  
何だかんだと言っても、雪子のおかげで毎日のちょっとした変化が楽しい一年だったのは間違いないのだから。  
 
無言で、テーブルの下に隠してあったプレゼントの包みを雪子のほうへ押しやる。  
「え、これプレゼント?ありがとう!じゃあ私もこれ、どうぞ」  
目を輝かせて受け取った雪子は、隣の部屋から持ってきた四角い包みを貴巳へと手渡す。  
がさごそと包装紙を取ると、雪子の持つ包みから出てきたのは枕であった。  
「わあ、ありがとう!こういう頭にフィットする枕欲しかったんだ。どうしてわかったの?」  
不思議そうに言う雪子に、貴巳はやや勝ち誇ったように答える。  
「簡単だ。最近雪子の目の下にクマができていたからな。よく眠れないのかと思ったんだ」  
「……え、うん。た、確かに……」  
何やら物言いたげな雪子を尻目に、貴巳は自分への、ずしりと重いプレゼントの包みを開封した。  
「……栄養ドリンク?」  
「うん、貴巳さん無駄なもの嫌いでしょ?だから実用品がいいかなって。  
それにこれから、お仕事も年末の大詰めで忙しいでしょ?だからちょっと奮発して良いの買いました!」  
胸を張って言う雪子の頭を子供を褒めるようにぐりぐりと撫でて、貴巳はその中の一本を開封し、飲み干した。  
「……え?今飲んじゃうの?明日もお休みだよ?」  
「だから、だ。確かにこれ以上ない実用的なプレゼントだな」  
そう言い放つと、貴巳はやおら雪子を抱き上げ、リビングのソファに押し倒す。  
「えっちょっ……き、今日もするの?」  
「もちろんだ」  
「えっでも昨日もしたよね?それに一昨日もしたよね?」  
「今日もする。というより明日までする。今年のクリスマスはうってつけなことに三連休だ。これ以上ないプレゼントだな」  
「いやっ待って、や、あんっ、うそ、だめぇぇぇっ!もう、貴巳さんの性欲魔人!」  
「巷では性夜、とか言われているらしいからな。本望だろう?」  
「誰のせいで目の下にクマできてると思ってるのよぉぉっ!!!」  
 
メリークリスマス。  
 

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