「ときに雪子さん、今度の土曜……明後日だな。何か予定はあるのかね」 
 
平日の昼下がり。穏やかな春の日差しの差し込む窓際のソファ。 
昨年末から同居している義理の祖父、中嶋総二郎にそう尋ねられ、雪子は考えるまでもなくすぐに答えた。 
「土曜ですか?特に、何もないですね。何かご用事ですか」 
「いや、そういうわけじゃないんだが……その、私がこの家に来る前は、二人は週末、どんな風に過ごしていたのかと思ってな」 
総二郎の、何となく奥歯にものの挟まったような言い方が気にかかりつつ、雪子は微笑んで答える。 
「週末ですか。そうですねぇ……大体はお掃除ですね」 
「……掃除?」 
「ええ、私が普段行き届かない所を貴巳さんにお願いしたり、あとはお庭の手入れをしたりです」 
「どこかに出かけたりはしないのかね」 
「たまにはお出かけもしますよ。重くて持てないお米やお水を一緒に買いに行ったりします。おじい様がこの家に来られてからと変わりませんよ。あ、去年の夏はプールに行ったんですよ!貴巳さんの職場の方が誘いに来てくれたんです」 
にこにこと答えた雪子は、目の前のソファに腰掛ける義祖父が、深い溜息をついたのを見て首をかしげた。 
「どうなさったんですか?」 
「いや……うむ……何でもない。ちょっとそこらを散歩してくるよ」 
「?ええ、いってらっしゃいませ」 
闊達な足取りで玄関に向かう総二郎の背中を、雪子は怪訝そうに見送った。 
 
 
その日の夕食の時間。 
貴巳が帰宅し、食卓を囲んだ三人が、いつものように言葉少なに食事を終え、いつものように席を立とうとした時であった。 
総二郎が、厳かな調子で口を開いた。 
「貴巳、ちょっとそこに座りなさい」 
「……何ですか」 
改まった様子の祖父を見て浮かしかけた腰を再び下ろした貴巳が、眉間に皺を寄せる。睨み付けているようにしか見えないが、無表情・無愛想・無口と三拍子そろった人呼んで鉄仮面の中嶋貴巳氏は、これでも感情表現が随分豊かになってきたほうなのである。 
向かい合って座る二人の表情にただならぬものを感じた雪子が、食べ終わった食器を台所に下げながら、そっと様子をうかがう。 
総二郎はテーブルの上で両手を組み、少しも面白みというものを感じない孫息子の表情をつくづくと眺めると、口を開いた。 
「お前、休みの日の過ごし方はどうにかならないのかね」 
「どうにか、とは。自堕落に過ごしているつもりはありませんが」 
1ミリたりとも表情を崩さずに応える貴巳に、総二郎は溜息まじりに首を横に振った。 
「そういう意味じゃない。むしろ逆だ。もう少し……なんというか……楽しい過ごし方をしなさいと言っているんだ」 
「突然何を言い出すんです」 
「いや、以前から気になってはいたんだよ。週末になってもお前たちは朝寝するでもなし、行楽に出かけるでもなし、する事といったら掃除や買い物くらいだろう。私がこの家に来たから、一人にしておけなくて気を遣っているのかと思ったが、雪子さんに聞けば以前からずっとそうだということじゃないか。これじゃ雪子さんが可哀想だ」 
「おじい様、あの、私そんなに気にしてませんよ……?」 
おずおずと言う雪子をとりなすように頷いて、総二郎は続ける。 
「いいからいいから。大体、たまには色々なところに出かけたいというのは人間として当たり前じゃないか。お前は例外なのかもしれんがな」 
内心、痛いところを突かれ、貴巳は口を開きかけてまた閉じた。 
自分の我儘で雪子を家に閉じこもりがちにしていること、そして雪子がそれをさほど苦に思わないらしいことに甘えている現状については、貴巳は十分に自覚している。 
ばつが悪そうにしている夫を横目で見ながら、雪子は二人の間に立っておろおろと言葉を紡いだ。 
「でも……貴巳さん、人ごみも外食も嫌いですし……私も、それは、どこか出かけたいと思う時もありますけど……でも、貴巳さんが嫌がってるのに無理やり行きたいというほどでもないんです。おじい様のお気持ちはとっても嬉しいんですけど、本当に私、平気なんですから……その……」 
困って目を伏せてしまった雪子を見やり、総二郎は眉間の皺を深くして、目を合わせようとしない孫息子を叱咤した。 
「お前、情けなくはないかね。こんなにいい奥さんを少しは喜ばせてやろうという気はないのかね。私だっておせっかいだとは思うが、雪子さんも私がこの家に来てから気が休まらないだろう。それで考えたんだがな、明後日の土曜日、朝から晩までだ。奥さん孝行だと思ってどこかでデートしてきなさい」 
「で、でーとって」言いなれぬ単語に顔を赤らめる雪子は、しかしふと思い当たる。 
「……でもそしたらおじい様はお一人になっちゃいますし」 
「私のことなら心配いらないよ。去年までは自分の事は自分でしていたんだ。正直なところ、一日くらい一人でのんびりしたい気持ちもあってな。いいな、貴巳」 
祖父とはいえ頭ごなしに自分の日ごろの態度をなじられてはいい気はしないが、しかし非は圧倒的に自分にあるという自覚もある。貴巳は深い溜息をついて、覚悟を決め口を開いた。 
「……わかりました。土曜ですね……雪子、どこに行きたい。俺はどこでも構わない」 
「えっ、でも……貴巳さん」 
「人ごみだろうと外食だろうと雪子の行きたい所に付き合う。どこがいいんだ」 
「よしよし。雪子さん、この際だからうんと我がままを言ってやりなさい。何なら土日で泊りがけでもいいんだよ」 
二人の男性に詰め寄られ、雪子はたじたじとなって眉尻を下げた。 
「えと……えっと……あの、どうしよう……あんまり人がいなくて、お弁当持っていける所って」 
「俺のことは気にしないでいいと言っているだろう。雪子の行きたい所を聞いているんだ」 
呆れたように言う夫に、雪子はうつむいて暫し考え込む。 
あれこれと行楽に行くような場所を思い浮かべたが、結局首を振った。、 
「……だって……貴巳さんが我慢してると思うと……私も、あんまり、楽しくない」 
そう、ぽつりと呟いた。 
「……雪子」 
今度は総二郎と貴巳が困り果てる番であった。 
困惑に満ちた沈黙を破ったのは、何かに気づいたような雪子の声だった。 
「……あっ」 
「何だ」 
「山」 
「……ヤマ?」 
「山に行こうよ、貴巳さん」 
唐突に何を言い出すのかと眉をひそめた貴巳に、雪子はぱっと表情を明るくして詰め寄った。 
「山菜採り!」 
「……何だって?」 
「山に行って山菜採りをするの!楽しいよ?山の中ならほかに人もいないし、お弁当持って行けるし」 
「そりゃあそうだろうが……雪子さん、そんな所で本当にいいのかね」 
「えっどうしてですか?」 
きょとんとした雪子の様子に呆れながら貴巳が言う。 
「大体、どこの山に行くんだ。勝手に他人の山林に立ち入るわけにはいかないだろう」 
「あのね、橘のおばあちゃまのお友達で、K町に広い山林をお持ちの方がいらっしゃるの。私が子供のころにとっても可愛がってくれて、よく一緒に山に連れて行って下さったの。この前寒中見舞いを頂いたんだけど、山菜を採りに来るならいつでも好きな時にどうぞって。電話でもお願いするつもりだけど大丈夫だと思うよ」 
「……なるほど」 
総二郎と貴巳が目を見合わせる。 
雪子の母方の実家である橘家は、今でこそ没落したとはいえ、ほんの15年ほど前までは、この地方でも有数の資産家であったのだ。 
交友関係に大地主がいるというのも全く不思議な話ではなかった。 
「今の時期ならこごみとかぜんまいとか、あとはワラビにウドかな。美味しいんですよ?おじい様のお土産に頑張って採ってきますから、楽しみにしていてくださいね。帰ったら天ぷらと山菜そばにしましょうね」 
満面の笑みで言う雪子に、 
(……この子は本当にそんな地味なところで良いのだろうか……) 
という総二郎の感想は、口から出されることなく飲み込まれたのだった。 
 
 
そして土曜日。 
 
ハンドルを握る貴巳は、事前に地図で調べた経路を頭の中でたどりながら、快適な速度で車を走らせていた。 
この車にはカーナビはついていない。ほとんど遠出をせず、また、仮に地図が必要となるような場所に出かけることがあったとしても、そこは職場で鉄仮面と異名をとる彼の、一種人間離れした記憶力である。事前に一度地図で道順を調べれば、ナビなど無くとも道に迷う心配は皆無なのであった。 
窓の外の景色は、次第に人家が減り、畑や空き地が多くなる。視界に緑色が増えてゆく。 
家を出て1時間半ほど経ったころ、車は目印の交差点を曲がり、国道から幅の狭い私道へと進んだ。 
助手席の雪子が歓声を上げる。 
「懐かしい!この道覚えてるよ。子供の頃、よく家族で遊びに来たの。山菜採りももちろんだし、夏は虫捕りをしたり、沢で遊んだり」 
「……雪子がそんな活動的な子供だったとは思えないが」 
「うん、普段は家の中で遊ぶ方が多かったけど、お父さんがキャンプとか好きだったからね。お休みが取れた時はよく連れて行ってくれたんだ」 
貴巳が納得して頷き、同時にブレーキを踏みこむ。十分に減速したにも関わらず、車体はガタン、と大きく揺れた。続いて小刻みにがたがたと振動が身体に伝わってくる。舗装路が終わり、細い砂利道に入ったのだ。 
「このまま進んで大丈夫なんだな?」 
「うん、確かもうちょっと進んだら、少し広くなっているところがあるの。そこに車を停めて、そこから歩いていくんだよ」 
雪子の言うとおり、300メートルほども進むとそこで砂利道も終わりになっていた。脇に車が数台停められるほどの場所がある。敷き詰められた砂利の隙間から背の高い雑草が生い茂り、さわさわと軽い音を立てて車体をくすぐった。 
「到着!お疲れ様、貴巳さん」 
雪子は、シートベルトを外すのももどかしげにドアを開け、こわばった身体を伸ばした。 
雪子の服装はジーンズに長靴、帽子をかぶり、トレーナーの襟にはタオルを巻いた、山菜取りのお手本のようなスタイルである。 
似たり寄ったりな恰好の貴巳も、遅れてドアを開けた。外に降り立った途端、草いきれのような、それよりももっと濃密な緑の香りが鼻腔に流れ込んでくる。 
空はどこまでも澄んで雲一つなく、気温も寒すぎず、また暑くもなく、まさに行楽にはうってつけの上天気と言えた。 
トランクを開け、運転用の靴から長靴に履き替える。弁当などを詰めた大きなリュックサックを背負った貴巳は、すでに森の中に分け入ろうとしている雪子の背中を追って、足早に歩きだした。 
 
 
 
森の中は、貴巳が想像していたよりも静かだった。 
風が時折、広葉樹の葉を揺らす音以外に聞こえるのは、地面に降り積もった朽ちかけた落ち葉を、自分たちの足が踏みしめる音ばかりだ。 
道らしき道はない。木立の間を縫うように歩いてゆく。雪子が、帰りに迷わぬようにと目印に、数メートルおきに木の幹に黄色いビニールテープを巻いていた。 
地形を覚えているから大丈夫だと貴巳が言っても、山は怖いんだから、と胸を張って言い返し、せっせと巻いている。 
山林に入った経験がない貴巳に、珍しく先輩風を吹かせているらしい。 
 
やおら頭上で大きな物音がして、名も知らぬ大きな鳥が飛び立つ。 
遠くでヂーィ、ヂーィと、これも聞きなれぬ鳥の声がした。 
再びの静寂。いつの間にか追い越した雪子の、微かに弾んだ息遣いまでが耳元で聞こえるような気がする。 
きつい斜面に長靴の爪先を突き刺すようにして登ってゆく。登りにくいところは、丈夫な草のつるを手繰って身体を支えたり、切り株や朽木に注意深く足をかけて進む。時折後ろの雪子に手を貸して引っ張り上げる。雪子の手は小さくて、軍手ごしに握るとするりと抜けおちてしまいそうだった。手首をしっかりと握りしめ、自分が踏みしめた足場に引き上げる。斜面を踏むと落ち葉の下から露わになる土は黒くしめっていて、ぷんと濃い腐葉土の香りがする。 
滑りやすい足元に気を付けながら、時間をかけてゆっくりと斜面を登りきると、雪子が歓声を上げた。 
目の前いっぱいに、うつむいて頭を垂れたような恰好の野草が群生していたのだ。 
「ぜんまいだよ。こんなにたくさん」 
雪子が、自分の背負ったリュックからビニール袋を取り出した。 
「あんまり大きく育ったのは固くて美味しくないから、この位の大きさのね。根っこを傷つけないようにそっと採ってね。来年もまた生えてきてくれるように」 
貴巳に遅れるまいと必死で後をついてきたのか、雪子の息は上がり、頬は真っ赤に染まっているが、それでも目をきらきらさせて説明している。 
言われた通りに黙々とぜんまいを採っていると、雪子の持っている小さ目の袋はほどなくして一杯になった。 
「ご近所におすそ分けするにしても、ぜんまいはこの位でいいかな。あとはもう少し森の奥へ行って、違う種類のを探そうか。それともお弁当にする?もうすぐお昼だし……確か、あっちにきれいな沢があるんだよ」 
雪子の指差す方に歩いていくと、小さな谷があり、その底に細い川が涼やかな音を立てて流れていた。 
流れの脇には平坦な場所があり、そこで座って食事もできそうだった。 
下りの斜面に一歩踏み出す。十分に注意深くしたつもりだったが、ずるり、と表層の落ち葉が滑り、一瞬身体がぐらついた。 
「……成程、下りの方が危険ということか」 
「貴巳さん、大丈夫?」 
「問題ない」 
後から来る雪子の足場を作るようにと、足元の土をステップのように踏み固めながら進む。一度コツを覚えてしまえばたやすく、ほどなくして貴巳は谷底に降り立った。しかしそんな貴巳の労力もむなしく、雪子は2、3歩も下らぬうちに「うわっ、わわわわわっ」という声と共にあっけなく足を滑らせて、斜面に両手両足をついたまま、ほとんどずり落ちるようにして谷底に着いた。 
「なかなか効率のいい下り方だな」 
貴巳の皮肉に、軍手とジーンズの膝を泥だらけにした雪子がふくれっ面で睨む。 
下に降りてみれば、沢は斜面の上から覗くより更に細く、水深も深いところでも20センチほどの小川であった。 
泥だらけになった軍手を沢の水で洗った雪子が、貴巳にも手を洗うように促す。 
渋っている貴巳に雪子は、 
「大丈夫、この小川は水源地に近いから、すごく水がきれいなんだって。もっと上流まで登れば、そのまま飲めるくらいなの」 
と、水にひたしたハンカチで頬についた泥をぬぐった。 
真上まで登った太陽の日差しが、沢の流れにきらきらと乱反射している。 
貴巳がそっと手を浸すと、沢の水は不思議なほど冷たかった。 
 
それから数時間は、拡げた敷物の上で弁当を食べ、少し休憩して、また谷を登り森の奥を目指した。山うどは育ち過ぎていて食べられる大きさのものは無かったが、こごみ、たらの芽、そして蕨はぽつぽつと生えている場所を見つけることができた。 
持ってきたビニール袋がいっぱいになり、雪子は満足の吐息をついた。 
「これだけあれば充分だね。帰って下ごしらえしなきゃ。まだ時間は早いけど、そろそろ帰る?」 
「ああ……いや、待て」 
頷きかけて、貴巳はふと眉間に皺を寄せて上を仰いだ。 
「どうしたの?」 
「……雨だな」 
「えっ、雨?ほんとに?」 
こんなに晴れているのに、と怪訝な顔で空を見上げた雪子の鼻先にも、確かにぽつり、と小さな雫が落ちてきた。 
本降りになる前に早く帰ろう、と二人が言い合う間に、雨粒は大きくぽたぽたと垂れはじめたかと思うと、勢いを増して本格的に降り込め始めた。 
慌ててタオルで頭を覆い、手近な木陰に避難する。 
大きく枝を広げた木だが、生い茂る葉にも完全に雨を防ぐことはできない。 
「天気予報では降水確率0%って言ってたのにね」 
「山の天気は変わりやすい、というのはこういう事なんだな」 
事実、あれだけ澄みきっていた青空が、見る間にどんよりと曇り、あたりはあっという間に薄暗くなっていた。 
「どうしよう……雨具持ってきてるから、それ着て車まで戻る?」 
二人分のレインコートを引っ張り出す雪子に、貴巳は頭を振った。 
「いや、空の向こう側は明るいし、風向きからしてそれほど長い時間は降り続かないだろう。視界も悪いし、気温も下がってきた。今動くのは危険だ」 
「じゃあ、ここでしばらく雨宿りってことだね」 
頷いて貴巳は自分のリュックから、先ほど食事の時に使った大きなビニールシートを取り出す。 
「さっき目印に使っていたテープをくれ」 
貴巳は頭上に張り出す太い枝を背伸びして掴み、シートの端をテープでしっかりと巻いた。 
屋根の部分は雨水が貯まらぬように角度をつけ、折り返したシートは床の部分として、木の根元に広げる。 
「わあ、テントみたい!凄いね」 
出来上がった簡易タープに二人並んで腰掛けると、雨は待ち構えていたかのように激しく降り出した。 
気温が急激に下がり、雪子は慌てて持ってきた上着を着込む。 
森の中の雨音は、街で聞くそれとはまったく違っていた。 
雨の一粒一粒が木の葉や落ち葉に当たる音は、アスファルトに降る雨音よりもよく響き、空気を震わせる。 
それが何千、何万と共鳴し、地面から沸き起こっているごとき音のカーテンに包みこまれる。 
地面がけぶり、木立の隙に薄もやが立ち込めて視界を遮った。 
先ほどまでの草木の緑と土の色の景色が嘘だったかのように、空気は急激に灰色に重くたちこめ始めた。 
雪子が、隣の貴巳との距離をつめるように身体を寄せる。 
「どうした、寒いか」 
「ううん、大丈夫」 
 貴巳は、微笑んでかぶりを振る雪子の頬に触れた。ひんやりとしている。 
有無を言わさず自分の分の上着を雪子に着せようとしたが、雪子の抵抗にあった。 
「だめだよ、貴巳さんもちゃんと着ないと」 
「俺は寒くないから大丈夫だ」 
「うそ、手が冷たいじゃない……ほら」 
雪子は小さな両手で貴巳の左手を掴むと、さすりながらはぁっと息を吹きかけた。 
「貴巳さんもちゃんと着て?くっついてれば寒くないから大丈夫」 
渋々自分も上着を羽織った貴巳が、無いよりはマシだろうと、雪子に二人分のレインコートを掛け、脇へ抱き寄せた。 
貴巳の胸元に頭を預け、うっとりと心地よさそうにしていた雪子の身体が、ふいに硬直した。 
 
稲光。数瞬遅れて、ゴロゴロという雷鳴。 
 
「雷だね……近くには落ちてないよね」 
雪子の呟きが終わらぬうちに再び空が光り、先ほどより大きな音が鳴り響く。 
びくりと身体を固くした雪子の肩をなだめるように抱き、貴巳が案じる声を上げる。 
「怖いか」 
その言葉に、雪子は貴巳の顔を仰いだ。 
緊張に強張っていた表情がふっと緩み、口元に笑みが浮かぶ。 
「怖くないよ」 
「妙なところで強がるな」 
「本当だってば!……怖くないよ、貴巳さんと一緒だもんね」 
雪子が微笑んで、貴巳の左手を両手で包む。 
肩に回した右手を引き寄せて、貴巳は唐突に雪子に口づけた。 
「……っ!ん、むぅっ……ぷ、はぁっ……な、何するのいきなりっ」 
「暇だからな」 
「暇だからって!こんな時におかしいでしょ!何かほかにすることあるでしょ?」 
「何がある」 
聞かれて雪子は口ごもる。もとより深く考えての発言ではない。 
「えーっと……ほら、あの……雨が止むまで待つ、とか」 
「その待っている間が暇だと言っているんだが」 
「だからってこんな所でするなんて……そ、外だよ?それに寒いし」 
「何のことだ?これ以上するとは一言も言ってないぞ」 
貴巳の言葉に、雪子は耳まで真っ赤に染めて口ごもる。 
「えっやっそれはっ別にそういう意味じゃ」 
「何だ、期待していたのか。それなら」 
「ダメだめだめ!絶対だめっ!!」 
「なら、冷えた手を温めるというのはどうだ」 
「そう!そういう大事な用があるでしょ?」 
ぶんぶんと頷く雪子の上着の裾から、貴巳は器用にも素肌へと手を滑り込ませた。 
「ひゃ、っ、冷たっ……何するのっっ」 
「こうした方が早く温まるからな」 
「っ……んっ、そ、んなっ……」 
ごつごつした冷たい夫の手が雪子の滑らかな腹を撫で、更に上をまさぐる。 
胸乳をくるむように愛撫されて、雪子は思わず熱い吐息をついた。 
「こうしていれば雪子の体温も上がるし、一石二鳥だな」 
「ば、ばかっ……やだ、こんなとこで……誰かに、見られたら、っ」 
「誰もいないと言ったのは雪子だ」 
「そうだけど!万が一ってことも、っ……あっ、やっ」 
下着をずらされ、乳首を親指と人差し指で摘ままれて、雪子が歯を食いしばる。 
軽々と腰を抱えられ、向かい合って貴巳の膝の上に座らされる体勢になった。 
貴巳が雪子の首筋に唇を這わせる。 
脈打つ首に触れる貴巳の鼻先はひんやりとしていて、野外で嬲られる事態を、雪子に強く実感させた。 
裏腹に、襟から胸元へ入りこんでくる吐息は熱い。 
少し汗ばんだ雪子の胸元から、甘い肌の香りが立った。 
 
残響を残しながら続く雨音。響く雷鳴。 
 
小柄な身体を後ろ向きに抱えなおし、貴巳の器用な指先は、目にも止まらぬ早業で雪子のウエストのボタンを外し、行為に必要な最低限の露出をさせた。猛る自分のものも開放すると、抱えた腰をゆっくりと抱き下ろす。 
「やっちょっとっ何、うそ、さっきこれ以上しないって」 
秘裂の入口のきつい締め付けに阻まれる。 
そこが既に十分に潤っていることを確認すると、貴巳は抱き上げた雪子の体重を支えていた腕の力をふいに抜いた。 
「……っああああ、あああっ……!!」 
急に支えを失って、雪子は自らの全体重をかけて根本まで貫かれた。 
膣内は濡れてはいてもぎちぎちと狭く、まだほぐされていない最奥までを一気に押し上げられて、雪子が苦悶の入り混じった愉悦の表情を浮かべる。 
「……っ、いきなりっ……こんな、ところでっ……ばかぁ、っっ……」 
涙目で抗議する雪子の頭を、なだめるように撫でて、胎内が馴染むまで少しの間動かずに抱きしめる。 
「……や、ああっ……んうっ……あっ、あっ……あ……っ」 
貴巳が積極的に動かなくとも、自分の体重がほとんど一点にかかっている雪子は、子宮を押し上げられ続け、鈍い痛みと同時に、じれったく甘いもどかしさを感じていた。 
呼吸する度ゴツゴツと最奥に当たる張りつめた貴巳の先端が、動いていないせいでその質量を雪子に否が応でも意識させる。子宮口に押し当てられた亀頭の張りつめたかたちを鮮明にイメージしてしまい、淫裂からじゅわりと新たな蜜が滲み出る。 
硬く締め付けていた内部も徐々にほぐれ、身体が猛る雄の肉を受け入れてゆく。 
(だめ……こんな、外で、気持ちよくなっちゃ……ダメなのに) 
一向に動き出そうとしない貴巳に焦れる自分を、雪子は必死に抑えた。 
高まる気持ちとうずく身体をなだめようと深呼吸を試みるが、それは熱く震える吐息になるだけで。 
先に我慢がきかなくなったのは身体のほうだった。 
「……っ」 
背後の貴巳が、僅かに息を呑む。 
「……っ、あっ?やっ……何、これ、っ……」 
焦れきった雪子の膣肉が、しゃぶりあげるような動きで痙攣する。 
貴巳自身は全く動いていないのに、まるで剛直を舐めあげるように媚肉が蠕動している。 
「凄いな。こんな事ができたのか」 
「っ知らな、っ……やぁっ……勝手に……あっ、あっやっ……だ、めぇ、……っっ!!」 
自らの無意識の動きに責めたてられて、雪子の四肢が張りつめる。 
内部はますます激しくうごめき、貴巳の先端に口づけるように吸い付いた。 
「あっ……ああっ、うそ……や、あ、あああああああああっっっ!!!」 
根本まで肌を密着させながら、雪子は自らに追い上げられ絶頂した。 
 
小刻みに痙攣する身体を愛しげに抱きしめ、貴巳は雪子の膝裏に手を回し、抱え上げる。 
粘着質な音を立て、愛液をまといつかせた肉棒が露出する。湯気を立てる淫水が冷える間もなく、貴巳は再び手を離した。 
「いっ……あ、あああああああっっっ???」 
ばちゅん、と派手な水音を立てて肉と肉がぶつかる。 
密着したまま、今度は自らも下から突き上げる貴巳自身に、雪子の子宮がひしゃげるように押しつぶされた。 
「やあああ、っっ、あっあっだめ、も、だめ……っひぅっ……」 
達ったばかりの最奥をこじ開けようとでもするようにえぐる動き。激しすぎる快感から逃れようとのけぞる雪子の身体を、貴巳はつなぎとめるように強く抱きしめ、容赦なく突き上げる。媚肉がひくひくと規則的に痙攣し続け、雪子の絶頂が間断なく続いていることを伝えた。 
「あー……あー……や、も、だめっ……あー、っ……」 
涙をぼろぼろ零しながら乱れる雪子の姿は凄艶で、すでに貴巳から逃れようとはせず、無意識のうちだろうが自らも腰を使って感じる部分を擦りたてた。 
先ほどから続く、肉棒を吸い上げ舐めしゃぶるような動きも加わって、あらゆる方向から濡れた淫肉がからみつく。貴巳はこみ上げる射精感を耐えきれなかった。 
「……っっ!!」 
一際強く雪子を貫いて、かつて無いほどに強く最奥に鈴口を圧し当てながら、白濁が放たれた。 
逃げ場のない精液が子宮口を蹂躙する感触。 
「や、あっっあっあっあっ、きてる、ああ、あ、やぁぁっっっ!!」 
もう幾度目かわからない絶頂の連続に苛まれ、雪子はくたりと身体の力を抜いた。 
 
 
声も出せぬほどぐったりした様子の雪子をシートの上に寝かせ、貴巳は素早く行為の始末をした。今の雪子は寒さを感じないだろうが、かいた汗が冷えてはいけない。取り出したタオルで、皮膚を露出させないよう気を遣いながら、背中や腹、額に浮いた汗を拭いてやる。雪子は意識も朦朧としているのか、目を閉じてされるがままだ。 
 
身づくろいを終えて一息つくと、簡易タープの背後、少し離れた場所から、何やらがさがさと落ち葉を踏みしめる音がする。足音は徐々にこちらに近づいてくるようだ。 
まさか本当に人がいたのか、と身構える貴巳の視界に入ってきたのは、ちょうど雪子が四つんばいになったくらいの大きさの黒い塊だった。 
「……」 
ふんふんと鼻を鳴らしながらこちらを伺う二つの黒く丸い瞳は、しかし貴巳の、凶悪なオーラを最大出力にした、目を合わせるだけで呪い殺されそうな視線に気づくと、ぴたりと動きを止めた。一人と一匹がにらみ合い、どのくらいの時間が経ったであろう。やがて黒い獣はそれとわからぬほどにじりじりと四つ足で後ずさりし、貴巳が駄目押しのようにゆっくりと、威圧感を込めて立ち上がると、野生の本能で生命の危険を察知したのか慌てて山の奥の方へ逃げて行った。 
「……」 
「……ん……あれ……貴巳さんどうしたの?」 
ようやく目を開いた雪子に、いや何でもない、と答える。 
「あ、雨あがったね……良かった」 
その声に貴巳も初めて、いつの間にか雨が上がっていることに気付いたのだった。 
もやがかかった空気に、枝ごしの日の光がところどころにスポットライトのように差し込んでいる。 
灰色だった景色が、ゆっくりと色彩を取り戻してゆく。 
「綺麗……」 
ぽつりと呟く雪子の横顔にも柔らかな陽光が注がれている。 
頬の細かな産毛が金色に輝き、長い睫毛が影を落としていた。 
こういう時、写真でも趣味にしていれば、この瞬間を永遠に切り取っておけるのだろうか。 
そんなことを思う貴巳は、頭を振って柄にもない物思いを振り払った。 
「……帰るか」 
「うん」 
 
 
 
帰り道は、行きよりも数倍難儀した。 
雪子の足腰がまともに立たなかったせいである。 
「貴巳さんのっ、ばかっ……」 
ぜいぜいと息をつきながら、雪子が恨み節を漏らす。 
「雪子はもう少し体力をつけた方がいいな」 
「誰のせいでこんなに疲れてると思ってるのっっ!!私そんなに体力無い方じゃないもん!」 
「確かにそうだな……女性が性行為のあとぐったりするのは、行為の直後はなるべく安静にした方が受精を助けるからだという説があるらしい」 
いきなり何を言い出すのか、と怪訝な顔の雪子を後目に貴巳は続けてひとりごちる。 
「ちなみに男性が射精後すぐに冷静さを取り戻すのは、野生動物などが外敵に襲われてもすぐに戦えるようにという本能らしいな……なるほど」 
「え?なに納得してるの……?」 
「本州に住んでいてよかったな」 
「な、何の話???」 
本州の山林に生息しているのは小型で主に草食のツキノワグマ。これがもし北海道の、肉食で獰猛なヒグマだったらさすがに危なかったかもしれない、と貴巳は内心でひとりごちた。 
 
 
ようやく車に辿り着いたころには、すでに日は少し傾いていた。 
帰りの車内、雪子は助手席で気持ちよさそうにぐっすり眠っている。 
あたりは徐々に暗くなり、街の灯りが近づいてくる。 
靴底に残った土が、微かに山の空気の余韻を香らせた。 
(たまには、こういうのも悪くない) 
隣の雪子の、規則正しい寝息を耳に快く聴きながら、貴巳は住み慣れた自分の街へ続く道へとハンドルを切った。 
 
 
 
 
 
 
 
 

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