1 営み 
 
 
 
 
長い髪から滴る雫を、バスタオルで絞るようにぬぐう。 
ほのかに湯気を立てる白い素肌が、脱衣所の曇った鏡にぼんやりと映った。 
パジャマを身に着けてドライヤーで髪を乾かし、歯を磨くと、雪子は脱衣所のドアを開けた。 
以前は風呂を出ると寒くて身を縮めたものだったが、ここのところは急に気温も上がり、夏の気配を忍ばせる汗ばむ陽気である。風呂上りに慌ててパジャマを身に着ける必要もなくなってきた。 
 
音を立てぬよう静かに、居間のドアを開ける。 
暗くしんとした空気を手探りして、キッチンの冷蔵庫のドアを開け、ミネラルウォーターのボトルに手を伸ばした。 
庫内から漏れるオレンジ色の光が、ぼんやりと辺りを照らす。 
指先に伝わる冷えた感触に心地よさを覚えながら、雪子は居間と続きになっている和室へ目をやった。 
襖の隙間から灯りも漏れておらず、耳をそばだてると微かないびきが聞こえてくる。 
貴巳の祖父、総二郎はぐっすり眠っているようだった。 
 
そっと冷蔵庫を閉め、来たときと同じように手探りでドアを開ける。 
総二郎を起こさぬよう細心の注意を払いながら雪子は、二階の夫婦の寝室に、まるで猫のように身体を滑り込ませた。 
「何だ、忍者の真似でもしているのか」 
途端にまぶしい灯りに目を細めた雪子に、貴巳が声をかける。 
ベッドに腰掛け、手にしていたタブレット型の端末に視線を戻した貴巳は、画面を数回タップして、ベッドサイドテーブルの上に置き充電ケーブルを繋いだ。 
「だって、おじい様がよく寝てらっしゃるみたいだから」 
「爺さんは昔から、寝つきも寝起きもいいし一度寝たら途中で目を覚まさないんだ。枕元をどたばた走っても平気だろうから、そんなに気を使うこともない」 
「それは昔の話でしょ。最近眠りが浅くなってきたっておっしゃってたもの」 
隣に腰掛けた雪子が、手にしていたペットボトルの口を開け、こくこくと冷たい水を飲む。 
僅かに仰向いたその横顔が、ここのところ顔色もよく、以前よりも疲労の影も見えないことに貴巳は気づいた。 
「……なに?貴巳さんも飲む?」 
夫が自分の顔を凝視していることに気づいた雪子がボトルを差し出す。 
「いや、いい」 
そう言いながら貴巳はボトルを取り上げ口をつけた。不思議そうに首を傾げる雪子にやおら口づけて、自分の口に含んだ冷水を、雪子の喉に流し込んだ。 
「……っっ!!んくっ、……っ、ぷはぁっ……な、何するのっ」 
むせ返りそうになりながらようやく飲み干した雪子が、頬を真っ赤に染めて抗議する。 
そんなことには構わずに、貴巳はか細い身体にのしかかり、ベッドの上に押し倒した。 
「……や、ちょっと、待って……」 
パジャマの上から身体を撫でまわす、節くれだった大きな手の感触に、快楽の予感がぞわりと背筋を這い上る。 
「待って、ってば……おじい様が……いるのにっ」 
「よく寝てると言っただろう」 
「だけどっ……声、でちゃ……うっ、そしたら……起きちゃう」 
のしかかる貴巳の胸板を、必死で押し返そうとする雪子にかまわず、細い首筋に舌を這わせながら貴巳が聞く。 
「……やめるか?」 
囁かれた言葉に、雪子は耳まで真っ赤に染めてうつむく。 
二人とも予想していた事とはいえ、総二郎との同居を始めて以来、やはり以前よりも夫婦生活の頻度が落ちているのは事実だ。 
現に雪子も、拒絶するそぶりとは裏腹に、その吐息は細かく熱く、もじもじと両の太ももを擦りあわせており、心底では交わりを望んでいるのは明らかだった。 
沈黙を了解と受け取って、貴巳の舌が白い耳朶をくすぐる。 
音を立てて舐られて、雪子は思わず身体をよじった。 
「……た、貴巳さんっ」 
「何だ」 
休みなく両手で細い身体をまさぐりながら、貴巳が聞き返す。 
「なるべく、て、手短に……」 
「妙な要求だな」 
「だって……この間みたいに、朝起きられなかったら恥ずかしいもん!おじい様、何だかちょっと気まずそうにされてたし……気づかれてたら私どうしたらいいの」 
「夫婦なんだからセックスしていない方が不自然だろう。気付かれたって別にどうということはない」 
「貴巳さんはそれでもいいかもしれないけど!私は違うの、っん……」 
パジャマの裾から侵入してきた貴巳の手に、やんわりと乳房をくるまれて、雪子が鼻にかかった声を上げる。 
そっと指の腹で頂を撫で上げられて、雪子の瞳はとろんと潤み、吐息は甘く熱を帯び始める。いつものようにずるずると快楽に流されそうになる雪子は、しかし今日は必死で理性を保ち、貴巳の胸板に腕を突っ張った。 
「ね、だからっ……あんまり、その……体力、使わないように、っ……」 
「具体的にどうしたらいいんだ」 
「んっ……やぁっ、だからぁ……いつもみたいに意地悪しないで、普通に……」 
「人聞きが悪いな、俺がいつ雪子に意地の悪いことをしたと言うんだ」 
「意地悪くないことの方が珍しいでしょおっ!!」 
涙目の雪子の抗議を聞き流して、貴巳は妻の下着に手をかける。 
ズボンごとするりと脱がし、自分もパジャマを素早く脱ぎ捨てると、ベッドの頭板に上半身をもたせかけて、雪子を腿の上に対面で抱えるように座らせた。 
か細い腰を抱き寄せると、猛る自身のものと、少女のような淡い茂みが触れ合って、雪子の身体がびくんと微かに痙攣した。 
そのまま小さく上下に腰を揺すると、ちゅぷ、と秘所が水音を立てる。 
「ひゃ、やあ……だから、そういうの、ダメ……」 
「どういうのだ」 
「私ばっかり、いっぱい……い、いっちゃう、から……あんまり、構わないで……早く、終わらせて」 
目を潤ませ、細かい吐息をつきながらそんな事を言っても却って貴巳の嗜虐心を煽るだけなのだが、雪子があまりに大真面目なのに貴巳は溜息をついた。 
「早く終わらせるというのは、要は余計なことをしないで入れて、動いて、早く出せということだな?」 
あまりに直截な貴巳の物言いに赤面する雪子だが、やっとわかってくれたか、とばかりに何度もうなずいた。 
「なるほど、わかった」 
「……っっっ!!!」 
その瞬間、軽々と抱え上げられた腰を一気に根本まで沈められて、雪子の身体に電流が走る。 
普段ならば身体が馴染むまで少し時間を置くのだが、今日の貴巳は遠慮なく、間髪入れずに最奥を激しく突き上げた。 
「いあ、ああああっダメ、やっああああ!!っ……っっ!!」 
自分の喉から漏れる悲鳴のような嬌声に、雪子は焦って自分の掌で口を塞いだ。 
ずくずくずくずく、と間断なく蠢く剛直に、敏感な内壁をめちゃくちゃに蹂躙されて、意識が飛びそうになる。 
「ひゃっ、やっ、やああ……んっ、ま、ま、ってぇぇ……っ!!」 
力の入らない両腕を突っ張って何とか力強い腕から逃れ、雪子は自分の腰を縫いとめる貴巳のものを、ずるりと胎内から吐き出した。 
半透明なぬめりの強い液体が、銀の糸をひいて二人の間に淫らな橋をかける。 
「どうした」 
「だ、だめ……これ、身体、もたないっ」 
「どうしろと言うんだ」 
「んと……あんまり、動かないで」 
「それで早く終われと言うのは矛盾していないか」 
「ごめん……だ、だって……」 
涙目になる雪子が、泣きそうな顔でうつむく。 
「……わかった。動かなきゃいいんだろう」 
溜息をついて、しかし内心泣きそうな雪子の表情を堪能している貴巳が、再び雪子の腰を抱え、今度はそっと、自身の上に下ろした。 
白濁した愛液にまみれた屹立が、陰唇を掻き分け、じわじわと飲み込まれていく。 
二人の皮膚がぴったりと密着すると同時に、先端がこりこりと固い感触を伝えた。 
「……っ、はあ、っ……」 
目を瞑って吐息をついた雪子が、ぺたりと貴巳の胸に頭を預け、背中に手を回す。 
身体の中心に、貴巳のものが割り入って熱く脈打っている感触が生々しい。 
暫くそのままで二人は抱き合っていた。 
素肌の触れ合う感触が心地よい。ようやく二人の身体がなじんできたかという頃合いに、雪子が戸惑いの声を上げた。 
「……あ……、っ……?やぁ、っ」 
「……どうした?」 
「な、なんか……へん……あ、ああ、っ」 
雪子の言葉の意味はすぐに知れた。貴巳を呑みこんでいる秘所が、ずるり、と咀嚼するように蠢いている。 
「あ、きゃ、だめっ……」 
「俺は何もしていないが」 
「や、だって……勝手に、……っっっ」 
刹那、雪子の身体がびくびくと痙攣する。 
規則的なきつい締め付けに、貴巳がわずかに眉間に皺を寄せた。 
「達ったのか?動いていないのに」 
汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔をいやいやと横に振りながら、雪子が貴巳の胸に縋りつく。 
密着したままの肌が汗で滑った。 
その間にも雪子の内部はめちゃくちゃに貴巳のものをしゃぶりあげている。 
「や……とまんない、とまんないっ……」 
「手短に、というのが不可能だとよくわかったな?」 
「やあ……やだぁ」 
嗚咽のような嬌声を上げながら、それでも聞き分けなく首を横に振る雪子の耳元に、 
「……俺もいい加減生殺しなんだが」 
囁いた貴巳が、強く腰を突き上げた。 
「……あっあっあっ、……や、あああああっ、ダメ、だめぇ」 
「雪子が悪い」 
「やっごめんなさい、ごめんなさいぃっ……だめ、ほんとに、声、こえ出ちゃうう、ゆるし、て、たかみさんっ……ごめんなさいぃ」 
感じながら泣きじゃくる雪子の姿は、貴巳の理性を押しとどめるためには完全に逆効果であった。 
甘い啼き声を吸い取ろうとするように、激しく口づけたまま、めちゃくちゃに最奥を突き上げる。 
激しく水音がしぶいて、べっとりと結合部を濡らす。 
声にならない叫びが雪子の喉を枯らす。 
ひときわ強く突き上げると、先端から噴き出す熱い白濁が、女の器官に最後の止めをさした。 
「ひゃ、や、……あ……っ、あっ……あっ……あっ……」 
深い絶頂に、雪子が後ろにのけぞり倒れそうになる。 
壊れたように痙攣を繰り返す妻の身体を慌てて抱き寄せて、最後の一滴まで注ぎ込んだ。 
 
「雪子……雪子?」 
呼びかけても、ぐったりとした妻は微かにくぐもった声を上げるだけで、身体に力が入っていない。 
明日の朝食はどうやら自分でパンでも焼いて済ませるしかないな、と貴巳は内心ひとりごちた。 
 
 
 
 
 
 
 

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