俺の名前は佐藤志章。パッとしない三十路寸前の独身会社員だ。  
が、実は俺は超能力者。いわゆる透視能力者というやつに分類される。  
透視能力っていうのはすなわちアレだ。なんでも透けて見える能力で。  
パッとしないなんていいやがって、結構いい目見てるんじゃないかとか思った君。  
実は俺が授かったこの能力、それほどいいことづくめじゃない能力なんだよね。  
 
その証拠を今から見せよう。  
と、思った俺の前に、ちょうど一人の女性が通りがかる。  
清楚なロングヘアに対し、白いブラウスにGパンという格好。さらに黒ブチ眼鏡。  
もちろん髪は染めてもいないし、化粧さえしている様子はない。  
正直地味の一言。女子大生、短大生あたりだろうか。  
ま、ちょうどいい。俺の能力を示す文字通りの生贄になってもらおう。  
 
混雑した電車内。俺はちょうど、彼女の前面が見えるような場所に陣取る。  
そして、彼女をジッと見つめる。  
いわゆる“服を透かせるような視線”をさらに強く強く、念さえ込めて彼女に向ける。  
(……透けろ)  
 
そう念じると同時に、彼女のブラウスもGパンも、眼鏡さえも視界から消え  
下着姿のスッピンの彼女が俺の視界に映ってくる。  
その下着姿とは、まさしく純朴そのものの綿素地の白いブラとショーツ。  
全く飾り気のない、まるで高校生が履くような、はっきりいってショーツというより  
パンティと言った方がいいその清楚すぎる下着に、ちょっと異様な興奮を覚える。  
さらに体つきもそそられる。女性になりきる寸前の少女といった風。  
しかも意外と出るとこ出て締まるところは締まっている。Gパンの張り具合である程度は予想できたが。  
何よりも透視能力のおかげで見えなくなった黒ブチ眼鏡の奥から出てきた彼女の素顔は……  
(か…可愛い……!)  
まさにその年頃に相応しい、綺麗さと可愛さが両立した、しかも優しげで穏やかな表情。  
これほどのモノを黒ブチ眼鏡と地味な服で隠していたなんて……  
 
しかし、そんな俺の思いとは別に、急に彼女がビクリと震えた。  
端整な顔が見る見るうちに赤くなり、片手で顔を覆い、片手で胸を掻き抱く。  
そして……涙さえ浮かべた彼女の視線が、俺の妖視線と合う。  
ボンッ、と耳まで染まった彼女は、電車の混雑を掻き分けてさえも、俺の視線から逃げ出した。  
 
そう。これが俺の能力の致命的なデメリット。  
相手の服を透かせて見ることは楽に出来るのだが、相手にその感覚を伝えてしまうのだ。  
つまり彼女にしてみれば、スッピン顔の下着姿を、舐めるような俺の視線に見られてたと思ってる。  
“服を透かすようないやらしい視線”とはよく言うが、  
俺の透視能力は、対象女性に、本当に服を透かされたような感覚までも与えてしまうのである。  
 
(ま…いっか)  
あれほどの女性のあれほどの半裸姿。そしてあれほどの羞恥をまのあたりに出来たのだ。  
またいつか見ることもあるだろう。その時は下着だけじゃ済まさない。  
一糸纏わぬ彼女の身体、そして彼女はその時、どんなにか恥じらうだろうか。  
近いうち逢えるだろう、そんな期待を胸に俺は家路についた。  
 
翌日。当課に配属された新入社員の挨拶。  
正直、運命というのものはなんでこんなにも性急なのかと俺は思った。  
 
「立花優子と申します。至らないところだらけですが、ご指導よろしくお願いします」  
 
挨拶が終わり、ふと俺と目を合わせた彼女の顔が、眼鏡の奥で真っ赤に染まり、目を逸らされた。  
(……極上の獲物がよりによって直属の部下かよ)  
前途多難と思いつつも邪な期待にも胸躍らせる俺、まさに「どーしよ」と思うしかなかった。  
 
 
 
「よーし、それじゃ佐藤は立花くんにいろいろ教えてやってくれ」  
「は、はぁ……」  
 
「………」  
と、当の優子はわずかに強張ったように顔を赤らめ、志章のほうを見ている。  
「あ……、それじゃ立花さん。佐藤志章と申します。  
いちおうあなたにいろいろと、その案内する係りになったので、よろしくお願いします」  
元々教育とか指導とかという言葉は苦手な志章。  
しどろもどろにそれらしい言葉をかけて頭を下げると、  
「……佐藤さん、よろしくお願いいたします」  
それが何かおかしかったのか、優子の強張りが少し取れて、少しの微笑みを向けてくれた。  
(やっぱ可愛いよ、彼女……)  
思えば彼女の笑顔を見るのははじめてだったことに、志章は気づくのであった。  
 
優子のほうも、懇切丁寧な志章の案内に、それからも少しづつ緊張が解けてきた。  
しかし、昨日の出来事もあってか、未だ志章に対する警戒心は解けていない。  
それくらい昨日の出来事は優子にとってショックであり、また、信じられない出来事だったのだ。  
まるで本当に服を透かされて下着を、素顔を、見られたという感覚……  
(あれは……あれは一体、なんだったんだろ……?)  
「あ、あの……!」  
「ん?」  
「あ、いえ……なんでもないです。……気にしないでください」  
「あ、そう?」  
私ってばなんてことを、と、顔を真っ赤にし俯きながら優子は思った。  
(この人が、佐藤さんが、そんなことできるわけないじゃない。超能力者でもあるまいし。  
 ……でも……  
 昨日感じた感覚は、とても気のせいとは思えない……  
 そしてこの人が、すごくいやらしい目で私を見てたのも事実……  
 ……もしかして……、……本当に……?)  
「あ、あの……! ――キャッ!」  
意を決して声をかけようとした優子になにかがぶつかった。  
考え事をしていたせいもあってか、  
急いで走っていた人間とぶつかり、思い切り転倒してしまったのだ。  
「立花さん、大丈……」  
声をかけてくれた志章の声が途中で止まる。  
次の瞬間、優子はとてつもない羞恥心に襲われた。  
 
「きゃああああっ!!」  
 
その場に這い蹲るようにうずくまり、顔を両の掌で覆い隠してしまう優子。  
必死に顔を隠している優子は、耳やら首筋までも真っ赤に染めている。  
その傍らには、さっきまで彼女がつけていた度の強い黒ブチ眼鏡が転がっている。  
「あ、あのっ! メガネ、メガネを取ってもらえますかっ!?」  
必死に顔を隠しながら、切実そのものな声で優子が訴える。  
眼鏡が外れた程度のこの狼狽振りに志章もはじめはなにがなにやらわからなかったが。  
(もしかしてこの娘、スッピンコンプレックスってやつか?)  
スッピンコンプレックス。素顔を見られるのを極端に恥ずかしがる性質。  
 
「メガネ、メガネを取ってくださいっ! お願いしますっ!」  
優子にぶつかった男も駆け去ってしまい、まわりには誰もいない。  
今にも泣きそうな声で訴え続ける優子。その姿は無防備そのもの。  
まるで身動きが取れない優子の姿を透視し辱めるには、ある意味絶好の機会。  
 
(さぁて、どうしようかなぁ……?)  
 

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