検体の保管庫に戻ってきた。  
小間に支持されて少女達の首輪からチェーンを外す。  
そしてチェーンが付いていた首輪のリングに番号が書いてあるプレートを吊るす。  
<Sー2217>芽衣の首輪に書いてある番号だ。  
 
「よし、一人ずつケージに入れるぞ」  
そう言って並んでいるケージの扉をあけ  
少女を追いやるように中へ入れていく。  
全員入れると扉を閉める。  
オートロックになっていて閉めると同時にカシャンと鍵がかかって中からはもう開けられない。  
芽衣は透明な特殊ガラスの向こうから僕のほうを見つめている。  
 
「ふう・・やっと済んだな」  
「平君、コーヒーでも飲みに行くか」  
そう言って小間は出口へ歩き出した。  
「は、はい」  
僕は芽衣のことが気になっていたが後ろ髪を引かれる思いで後をついて保管庫を出た。  
 
広い職員食堂で小間と向かい合ってコーヒーを飲んでいる。  
時間帯のためか人はまばらだった。  
 
僕にはさほど興味もないが小間は延々と自分のことを話していた。  
どうやら彼の父は地方の総合病院を経営しているらしい。  
彼もそこを継ぐべく医者になったまではいいが重大な医療ミスを犯してしまい  
刑事裁判こそ逃れたものの一般の医療業界には居場所がなくなった。  
彼も僕と同じく父の口添えでこの研究施設にやってきたが  
所詮は能力がなかったのだろう、現在の飼育係から昇進できなくて今に至るようだ。  
 
「まあ・・こんな場所でも慣れるとそれなりにいいもんだよ」  
「生活に必要な物は全て揃ってるし、高い給料はそのまま貯蓄できる」  
「俺もあと数年勤めたら、外国にでも移住してノンビリやるつもりだ」  
小間はどっかの公務員のようなことを言っている。  
やはり根本的に僕とは違う。  
僕は自分から進んでこの研究施設にやってきたのだ。  
 
「それにここならではの特典もあるしね・・・」  
小間は薄ら笑いを浮かべた。  
「平君、君も若いからあっちのほうも溜まるだろう?」  
「心配しなくてもちゃんと処理する方法はあるからね」  
意味ありげに言った。  
 
「さてと・・・じゃあ戻って雑用を済ませたら夜間の連中と交代だ」  
小間は残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。  
 
保管庫に戻ってきた僕達は検体用の食事を用意しだす。  
食事といっても白いゼリー状の流動食だ。  
健康維持のための栄養補給はこれで全て賄えるらしい。  
メリットとしてほぼ体内に吸収されるため大便はほとんど出ない。  
そのためケージの中は比較的清潔に保たれる。  
 
僕は以前からいる少女たちに飲ませてまわった。  
ケージの扉についた小窓を開け、そこから少女に顔を出させる。  
少女は扉に向かって膝まずいたような体勢で口をあける。  
流動食は500のペットボトルくらいの大きさの容器に  
先にいくにしたがって細くなった直径5センチ弱の長いノズルが付いている。  
ノズルの先を少女の口に刺し込む。  
そのまま食道までグイグイと送り込んでから容器を逆さにして中へ流し込む。  
まるでペニスを咥えてフェラチオしてるかのような状態だ。  
少女は苦しそうな表情を浮かべる。  
口の端からは溢れてこぼれ落ちた白い流動食が垂れていた。  
ものの15秒程度で全て流し込み食事は終了だ。  
これを順番にこなしていった。  
 
小間は今日入荷したばかり少女たちに指導しながら与えていた。  
言葉の通じない外国産の少女達にはまたしても電撃棒で脅しながらだ。  
慣れてない少女達にはかなり苦しいらしく泣きながら流し込まれている。  
僕は早くこっちを済ませて芽衣のところに行ってやりたかった。  
しかしどんなに急いでもこっちのほうが人数がはるかに多い。  
 
「おい、次はお前だ」  
小間は芽衣のケージの前で声をかけていた。  
僕はハッとしてそっちを見た。  
「言葉はわかるんだろ?早くしろ!」  
芽衣が恐る恐る小窓から顔を出した。  
 
「ほら、口を開けるんだよ!」  
小間に急かされて芽衣が口を開く。  
「もっと大きく開けろ」  
芽衣は精一杯口を開けた。  
口の中に小間がノズルを突っ込む。  
しかし口の一際小さな芽衣にはノズルが太すぎてすぐにつっかえる。  
「チッ・・いちいち手間の掛かるやつだな」  
あきらかに芽衣にはサイズが合ってない。  
それでも小間は強引に出し入れしながら奥に刺し込んでいく。  
ノズルを取り替えるのが面倒なのだろう。  
「ううーうー」  
芽衣は苦しがってガラスの向こうで足をバタバタさせている。  
瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。  
 
なんとか食道まで届いたようだ。  
芽衣の喉が薄っすらとノズルの形に膨らんでいる。  
顔が赤らんでいる、呼吸はほとんどできてないようだ。  
 
容器を傾けて小間が流動食ゼリーを流し込んでいく。  
芽衣の顔はみるみる真っ赤になってきた。  
「ごっ・・ごっ・・」  
半分くらい流し込んだところでむせて咳き込みだす。  
「げほっ・・」  
ついに芽衣は飲み込んだゼリーをまた吐き出してしまった。  
吐き出されたゼリーは小間の白衣にバシャッとかかる。  
「ごほごほ・・」  
芽衣はまだ苦しそうに咳が止まらない。  
口からは白いゼリーが垂れている。  
 
「このガキ・・・モルモットのくせに俺の服を汚しやがって!」  
小間の顔色が変わった。  
ポケットから電撃棒を取り出すと、芽衣の口をこじ開けて中へ突っ込んだ。  
「・・!小間さん、やめ・・」  
「あがっ・・」  
僕が叫ぼうとした次の瞬間、芽衣の体が水から揚げたエビのように跳ねた。  
 
ぐったりしてビクッビクッと痙攣する芽衣の口から小間は電撃棒を引き抜く。  
芽衣の頭はそのまま前にうな垂れる。  
 
「なんてことするんですか!?」  
僕は小間に突っかかった。  
「なんだ?何を検体一匹にムキになってるんだよ」  
「心配しなくてもレベルを下げてあるから死にはしないさ」  
小間は白衣をハンカチで拭いながら言う。  
 
「こんな幼い子相手に無茶し過ぎですよ!」  
 
「おいおい・・言ったはずだぞ」  
「こいつらはもうただの実験台なんだよ、勘違いしてるのはどっちだ?」  
 
「あなたはただ自分が思うようにならないのをこの子達に八つ当たりしてるだけでしょう!」  
小間の眉間に皺がよる。  
言ってはならない一言を言ってしまったようだ。  
 
「・・・そうかい」  
「じゃあ、後は君一人でやってくれ・・・」  
小間は僕の胸元に流動食の容器を投げてよこした。  
「明日の朝遅れるなよ・・」  
そう言って小間はさっさと保管室から出て行った。  
 
「もう大丈夫だよ、あいつは出て行ったから」  
僕は芽衣を床に寝かせて話しかけた。  
「う・・・うう」  
気が付いた芽衣は僕の胸に顔を埋めて泣き出した。  
無理もない・・・こんな小さな女の子がある日突然こんな施設に連れて来られて  
今日一日だけでとんでもない酷い目に遭わされたのだ。  
 
僕はしばらく芽衣を慰めて落ち着かせると  
流動食をコップに移して芽衣に飲ませてあげた。  
ゼリー状なので飲みにくいらしく規定量を飲み干すのにかなり時間が掛かってしまった。  
たしかに全ての少女にこうしてコップで飲ませていたのでは時間が掛かりすぎる。  
効率化を考えればノズルで流し込むのは合理的と言えた。  
 
芽衣をケージに戻し、全ての少女に流動食を与え終えた頃  
交代の職員2人がやってきた。  
 
僕は簡単な自己紹介と引継ぎを済ませて職員宿舎の自分の部屋に戻った。  
 
シャワーを浴び、ベッドに横になるとドッと疲れが押し寄せる。  
今までなら夜はパソコンを開いて論文を書いたりするのだが今日はそんな元気もない。  
なにより芽衣と小間のことが気になってそれどころではなかった。  
 
やはり入所したばかりで、一応は上司の小間に逆らったのはまずかった・・・。  
これからの仕事のことを考えても、気は進まないが明日謝罪するしかないだろう。  
 
それよりも芽衣だ・・・。  
研究材料でしかない芽衣に対して特別な感情を持ったりしてはいけないことは自分でも分かっている。  
しかしもう自分では抑えられないほど情が移っていることは否めない。  
 
なんとか彼女一人だけでも助ける方法はないのだろうか・・・。  
そんなことを考えながらいつの間にか僕は眠りに落ちていった。  
 
 
翌日、僕は小間に前の日の非礼を詫びた。  
 
小間は勝ち誇ったような表情を浮かべ  
30分ほど偉そうに説教をしてから許してくれた。  
思ったとおり単純な男だ。  
しかし当分の間は上辺だけでも従順な振りをしとくことにした。  
 
僕達の仕事はまず少女たち全員の体調管理からだ。  
一人ずつケージから出してシャワーで体を洗う。  
尿を専用の採取容器に跨らせて出させる、これもサンプルとして必要だ。  
すぐに出ない少女には導尿カテーテルで強制的に採取する。  
便は例の流動食を与えているのでほとんど出ないが  
それでも定期的に洗腸を行なって綺麗にする。  
その後、検温などを済ませてから  
コンビニのレジにあるバーコードスキャナのような機械を  
少女の下腹、つまり子宮の上に当てる。  
すると体内に埋め込まれた内部センサーから情報を読み取れる仕組みだ。  
生理や排卵など様々なデータを常に把握できる。  
 
けっこうな人数がいるので一通りすませるのはそれなりに時間が掛かる。  
小間と僕とで手分けをしながら作業した。  
さりげなく芽衣は僕が担当して小声で優しく話しかける。  
芽衣もすっかり僕に懐いてしまいケージに戻すときもなかなか離れようとしなくて困ったりした。  
 
それらが済むと出庫請求の書類に目を通す。  
書類には年齢、体格、初潮の有無など条件が書いてある。  
それに見合った検体を選んで各研究班に運ぶ。  
 
出庫した検体は戻ってくるかどうかは半々くらいだ。  
簡単な実験や検査ならまたここへ戻される。  
しかし長期に及ぶ実験や場合によってはすぐに消費してしまう実験なら  
そのまま廃棄処分にされるかまたは標本として保管されるらしい。  
 
年端もいかない少女たちがそんな扱いを受けるのだ  
もちろん僕は胸が痛んだ。  
しかし慣れというのは恐ろしいもので  
日が経つにつれ感覚が麻痺していった。  
と言うよりも、なんとか芽衣を出庫しないでいいようにごまかすので精一杯だった。  
 
あるとき小間が僕をニヤニヤしながら呼んだ。  
「平君、そろそろ溜まってきてるだろ?」  
「は・・?」  
「いいからいいから隠さなくて」  
「今日、夜間と交代したら僕について来なさい」  
「すっきりさせてあげるから」  
小間はそう言って作業に戻った。  
僕は憂鬱になった・・・ただでさえあんな気分の悪い男と仕事してるのに  
プライベートの時間までつき合わされるのはたまらない。  
しかし無下にするわけにもいかず仕方なく付き合うことにした。  
 
小間に連れられて今まで来たことのない区画に入った。  
途中のゲートの警備員と小間は親しいらしくIDカードも提示しないで通された。  
薄暗い廊下を進んで行き、ある扉の前で止まった。  
 
プレートには「廃棄物貯蔵室」と書いてある。  
 
なんでこんな所に・・・?  
小間が何を考えてるのか分からなかった。  
扉を開けて中に入る。  
中はまた何個かの部屋に分かれている。  
小間は熟知しているようでスタスタと歩いて更に奥へ入っていく。  
そしてある部屋に入った。  
「え・・」  
その光景に僕はビックリして思わず声を出した。  
 
人間だ。  
それも若い女性が両手の手首を束ねて壁に並べて吊り下げられている。  
一瞬死んでいるのかと思ったが辛うじて息はあるようだ。  
年齢は様々で10代から30代前後だろう。  
 
「好きなの選んで自由にしていいぞ」  
小間はそう言って自分も物色しだした。  
 
よく見るとどの女性も様々な実験に使われたのだろうか体のあちこちに傷などがある。  
中には大きな手術の形跡がある者もいた。  
ほとんどの女性が意識はないようだが微かにうめき声を出している者もいる。  
 
「まずはこいつかな・・」  
小間は20歳くらいの女を髪の毛を掴んで顔を上げさせて言った。  
自分のズボンのベルトを外してペニスを出すと女の口の中に押し込んだ。  
 
「おい・・どうした、平君?」  
「君も早く選びたまえ」  
呆然と立ちつくしていた僕に小間が女の顔に股間を打ちつけながら言う。  
 
「ハハ・・まさかとは思うが、すでに冷たいほうが好みなら隣の保冷庫にあるぞ」  
「さっきの警備員の奴なんて、最近じゃそっち専門らしいけどな」  
 
なにを言ってるんだ・・・吐き気がする。  
小間の言っていたここならではの特典とはこういうことだったのか・・。  
僕は寒気がした。  
 
小間は女の口からペニスを抜くと女を後ろ向きにさせてバックから刺した。  
「うう・・」女は小さく呻いた。  
部屋の中にパンパンと腰を打ち付ける音が響く。  
 
「まあな・・俺だってそりゃ新品の女がいいに決まってんだよ」  
「けどな、下っ端の職員にはこんな廃棄用の女しか手が出せねえ・・」  
小間は腰を振りながら僕に話しかける。  
 
「それなりに昇進すると、個人研究用って名目で検体を2,3人までなら所有できるんだ」  
「ま、ほとんどの場合は性欲処理用のダッチワイフみてえなもんだけどな・・・ハハハ」  
 
「・・・!」  
僕はハッとした。  
芽衣を助ける手段が見つかったからだ。  
そうか、僕が昇進して芽衣を個人研究のため引き取ればいいのか。  
しかし、そのためには一日も早くそういう立場にならなければいけない。  
 
「う・・!」  
小間は女の中で射精したようだ。  
ぬるっとペニスを抜くと女の股から小間の精液が流れ落ちる。  
ぐったりしたその女には興味がなくなったようで、また違う女を物色しだす。  
まるでサカリのついた犬だ。  
到底、人間の性交とは呼べない。  
 
「どうすれば昇進できるんですか・・?」  
僕は小間に尋ねた。  
「なんだって・・?」  
小間は違うの女の股に手を入れながらこっちを振り向く。  
「ははあ・・・さてはあのお気に入りの検体を自分のものにしたくなったか?」  
小間は見透かしたようにニヤついた。  
その下衆な顔が僕の神経を逆なでする。  
 
「なにも焦ることはないさ・・あの子だっていづれはここに来るんだ」  
「それから楽しんだって遅くはないだろう?」  
「けどまあ・・・どんな状態で来るかは分からないけどな、ハハハ」  
僕は全身の毛穴が開くような怒りを覚えた。  
 
「僕は貴方とは違う・・!」  
「こんな場所でストレスを発散してるような低脳な人間じゃない!」  
つい声を荒げて言い返してしまった。  
 
「何だと・・・?」  
小間が目を細め、股間をいたぶっていた女が「ぎゃ・・」と悲鳴をあげた。  
 
しまった・・そう思ったが、もう遅かった。  
僕だってもう引っ込みがつかない。  
「とにかく僕は貴方のようにはならない・・」  
「これ以上、こんな悪趣味に付き合うつもりもありません!」  
「失礼します」  
そう言って僕は部屋を出て行った。  
小間の顔は真っ赤になって怒りを表していた。  
 
僕が来た道を引き返していると、後ろから女性の悲鳴が聞こえてくる。  
また小間が罪の無い者に八つ当たりしているのだろう・・・。  
 
 
まずいことになった・・・。  
これで、もう小間との関係修復は不可能だろう。  
僕は一人、職員食堂で考え込んでいた。  
 
「あれ、君はたしかこの前、小間先輩と一緒にいた新人の平君だよね?」  
とっさに声を掛けられて振り向くと先日の検体入荷の際に会った青木副主任が立っていた。  
「ここ、いいかい?」  
「あ、どうぞ・・」  
青木はコーヒーを持って僕の向かいに座った。  
 
「聞いたよ、君は平先生の息子さんだってね?」  
青木はコーヒーを啜りながら言った。  
 
「え、父をご存知なんですか?」  
僕は驚いて答えた。  
 
「もちろんだよ、君のお父さんはここじゃちょっとした有名人さ」  
「お父さんもここの出身なのは知ってるよね?」  
 
「いえ・・知りません」  
意外だった、自分の父もここの施設にいたことがあるなんて・・・。  
 
「ああ、そうなのか・・・」  
「君のお父さんがあの世界的な伝染病の研究で第一人者なのは周知のことだけど、  
実は彼の研究の基盤はここで培ったものなんだよ」  
 
「そ、そうなんですか・・」  
僕の心境は複雑だった・・・。  
何故ならそれは父もここで大量の人体実験を行なっていたこと意味するからだ。  
 
「僕は君のお父さんを尊敬してるよ」  
「だから、できれば息子さんの君とも一緒に研究してみたいと思ってるんだ」  
青木は笑顔で言った。  
どうやら彼は僕達親子には好意的なようだ。  
 
僕は少し考えてから、思い切って青木に小間とのことを話してみた。  
しかし芽衣のことは除いてだ。  
特定の検体に執着してるなんて知られたくはないからだった。  
 
「なるほど・・・そりゃあ君もあんな男とは一緒にはいたくないよなあ・・」  
「だけど基本的に昇進は試験じゃなくて各班の主任からの推薦なんだよ・・」  
僕は心底残念だった・・・試験ならどんな難問でもそれなりに自信はあったが  
推薦となるといつになるかわからないからだ。  
 
「僕から、うちの主任に相談してあげようか?」  
がっかりとしている僕を見て青木が言った。  
「え・・本当ですか!」  
「ああ、そのかわり結果は保証できないけどね」  
「ありがとうございます!」  
八方塞だった僕に光が見えてきた。  
 
青木にくれぐれもよろしく頼んで僕は宿舎に戻った。  
 
次の日の朝、検体保管室に出勤した。  
珍しく小間のほうが先に出てきている。  
僕が挨拶しても小間は無視したまま返事もしない、まるで子供だ。  
僕もそれ以上、何も言わずいつもの作業に取り掛かることにした。  
 
ふと、机の上を見ると検体用の首輪が一つ無造作に置いてあった。  
なにげに番号が目に入る・・・<Sー2217>  
「・・・!?」  
芽衣の番号じゃないか。  
急いで芽衣のケージの中を覗いてみると空っぽだった。  
 
「どういうことですか!?」  
僕は小間に詰めかかる。  
「なんのことだよ?」  
小間はヘラヘラしながら答えた。  
「芽衣・・いや、S−2217ですよ!」  
「今日の出庫はまだのはずなのに、いなくなってるじゃないですか!?」  
 
「ああ・・今朝早くね、Bブロックの連中から頼まれたんだよ」  
「生体解剖の実習用に1体ほどまわしてくれってね」  
小間は下品な笑顔を浮かべて言った。  
 
「なんだって・・?」  
僕は頭を金槌で叩かれたような衝撃を受けた。  
解剖実習・・・芽衣が生きたまま切り刻まれるっていうのか。  
 
小間が僕への当て付けにわざと芽衣を選んだことは明白だ。  
この男を殺してやりたい・・・激しい衝動にかられたが、  
いまはそんなことを言ってる場合じゃない。  
なんとかして芽衣を取り戻さなければ・・・。  
僕はドンッと小間を突き飛ばして出口へ向かった。  
 
「ハハ、どうやってBブロックに行くつもりだい?」  
「この施設の中は許可無く他のブロックへ行き来することはできないんだぜ」  
小間の声が背中に響く。  
 
しかし僕は廊下を走り出していた。  
 
以前、聞いた話では、Bブロックは外科医療での新しい術式を研究する機関だ。  
実際にそこ出身で世界的権威のある外科医は多数いると言われている。  
しかしその裏では生きている人間を研究実習のため大量に消費してきたのも事実らしい。  
そんなところに芽衣は運ばれてしまった・・・想像するだけでも恐ろしくなる。  
 
芽衣を取り戻す確実な方法は思いつかなかったが、  
とにかくBブロックのゲートのまでやってきた。  
駄目もとで僕のIDカードを差し込んでみるが当然ゲートは開かない。  
何度か試していると横の警備員室から警備員が出てきた。  
 
「何か問題でも?」  
警備員は疑うような目つきで問いかけてきた。  
「実は・・」  
僕は検体が間違って運ばれてしまい、それを引き取りにきたと取り繕って言った。  
しかし、警備員はそれなら上司の証明書を持って来いと言う。  
当然だろう、僕のIDは一番下っ端だ。  
そんな人間が口頭で説明しても信用してはくれまい。  
 
困り果てていると、後ろから女性の声がした。  
「何やってるの?」  
振り返ると、女医の黒田主任が立っていた。  
「あら、あなたはたしか新しく入った・・・」  
 
まずいところを見られた・・・いや、もう一か八かだ。  
僕は黒田女医に全てを正直に話した。  
 
「ふうん・・・そういうことなの」  
「この前の、あの子がねえ・・・」  
女医はしばらく考えて、ふと微笑を浮かべたように見えた。  
「いいわ、とりあえず私からBブロックの担当者に話してみましょう」  
 
「え、本当ですか!?」  
 
「ええ、でも話が上手く纏まるかはわからないわよ」  
「一度、ブロック間を越えた検体は原則として向こうの持ち物だから」  
 
「わかりました・・・お願いします」  
僕は藁にも縋りたい気持ちだった。  
 
女医が言うと、警備員はすんなりとゲートを開けて僕達を通した。  
 
初めて入ったBブロックを僕は黒田女医のあとをついて歩いた。  
黒田女医はこのブロックにも詳しいらしく迷うことなく進んでいく。  
 
すると前からストレッチャーに乗せられた少女らしきシルエットの検体に  
白いカバーが掛けて運ばれてきた。  
「ん・・ねえ、それって解剖実習に使った検体かしら?」  
黒田女医が運んでいた職員に話しかけた。  
 
「ええ、そうですよ」  
職員が答える。  
 
「ちょっと見せてもらっていい?」  
黒田女医がカバーをめくる、中から少女の足が見えた。  
僕の心臓が高鳴る。  
次第に下半身から胴体部分が見え始める。  
「う・・・」  
思わず僕は口に手を当てた。  
無い・・・首筋から縦に切り開かれた体には内臓はほとんど入っていなかった。  
 
僕は眩暈がした。  
(ああ、芽衣・・・一足遅かったのか・・・)  
全身を脱力感が襲い、立っているのも辛くなってきた。  
 
「あら、違うわね・・」  
女医の言葉にハッと我に戻る。  
カバーを捲って見えた顔は芽衣ではなかった。  
 
「ごめんなさいね、もういいわ」  
バサッとカバーを戻した女医は職員にそう言ってまた歩き出した。  
 
僕は慌てて、あとを追った。  
 
「おやおや、どうしたことだ?」  
「今回、Dブロックからまわしてもらった検体はずいぶん上物じゃないか」  
実習室で手術台を囲んでいる医師たちの真ん中にいた50代の教授が言った。  
他は比較的若い医師が男女で8人いる。  
 
「そうですね、いつもは薬や実験で半分ガラクタになったのばかりなのに  
どういう風の吹き回しですかね?」  
若い男性医師が答える。  
 
「今日はラッキーですね、こんな新品の検体で実習できるなんて」  
「すごく可愛い子で、なんだか勿体無いみたい・・・」  
眼鏡をかけた女性医師が嬉しそうに言う。  
 
「うむ・・そう思うなら、なるべく大事にして長持ちさせなさい」  
「君達はとかく乱暴にやりすぎて検体を粗末に扱いすぎる」  
「技術というのはスピードも必要だが、第一は正確さだ」  
教授が若い医師たちに諭した。  
 
「はい、わかりました」  
皆が返事をする。  
 
医師たちが囲む手術台の上には芽衣が乗っていた。  
すでに手足を広げた状態で完全に固定されている。  
麻酔はされておらず意識はあるが、開口器具がはめられているため喋ることはできない。  
周りには人工呼吸器や輸血器具をはじめ様々な延命器具が備えられている。  
 
「それじゃあ始めようか」  
教授が言うと、女性医師が芽衣の腕に強心剤を注射する。  
針が刺さると「ん・・」と芽衣がぐぐもった声を出す。  
頭が固定されて動かせないため必死に目を動かして下を見ようとしている。  
 
教授はペンを取り出して、芽衣の薄っすらと膨らんだ胸に当てた。  
ツーっと赤い線を引きながら今から始める手術の説明を始める。  
芽衣のシミひとつない真っ白な体に見る見る曲線が書かれていく。  
まるで標本のようだ。  
 
手術と言っても助命のためではない、あくまで技術研究のための解剖だ。  
そのため手術は一箇所に限らず全身に施す予定だった。  
それぞれの部分で担当の若い医師が交代で執刀する。  
教授はそれを横から指導する形式だ。  
 
一通り説明が終わると、最初の担当医師がメスを持って芽衣の前に立つ。  
腹部の教授によって書かれた線の上にそっとメスを当てる。  
「んんー」開口器の奥で芽衣が声にならない悲鳴をだす。  
瞳からはすでに涙が流れている。  
 
芽衣の白い皮膚にメスの先端がプツッと突き刺さった。  
 
 
 
「すみません、お邪魔しますよ」  
実習室の扉を開けて黒田女医が入っていく。  
僕も続いて入る。  
 
手術台を取り囲んでいた皆がいっせいにこっちを見た。  
「おー、黒田くんじゃないか」  
教授が黒田女医に笑顔で話しかける。  
 
「実習中にごめんなさいね、西教授」  
「あらあら、やっぱりもうここにいたのね・・」  
若い医師たちの間から芽衣の顔が見えた。  
「芽衣・・!」  
思わず僕は叫んでしまった。  
 
「黒田くん、どうしたんだ一体?」  
教授が尋ねる。  
 
「えっとですねぇ・・ていうか、その子もう切っちゃった?」  
黒田女医が医師たちの間から手術台を覗き込む。  
僕もすぐに駆け寄って周りの医師を縫って入る。  
 
「いえ、今からですが・・・」  
執刀していた若い医師がメスを持った手をスッとあげる。  
芽衣の体に赤い線が何本も書いてある。  
その腹部の一箇所だけ切っ先を入れられたのだろう  
プクッと赤い血の玉ができてツーとわき腹をつたって下へ流れた。  
間一髪だった・・・僕はホッとして全身の力が抜けた。  
芽衣も僕に気が付いた様子だ。  
瞳から涙があふれている。  
 
「いえね・・・この検体なんだけど、私が使う予定だったんですよ」  
黒田女医が教授に説明する。  
「それを、保管室の馬鹿が間違えてこちらにまわしちゃったみたいで・・」  
「勝手言って申し訳ないんだけど、返してもらうわけにはいきませんこと?」  
 
「そうだったのか・・・どうりでこんな上物がまわってくるはずだ」  
まわりの医師たちも皆、ガッカリした様子だ。  
「しかしねえ・・・黒田くん、キミもここのルールは知ってるだろう?」  
教授が上目遣いで黒田女医を見る。  
 
「ええ・・それはもちろんですわ」  
「研究ブロックごとで権限は完全に分かれていて、他からの干渉は一切受けない」  
「当然、一度こちらに運ばれた検体は、もうそちらに決定権があることも・・」  
 
「そうだろう・・」  
「なんせ、うちのブロックは切るのが仕事だからね」  
「実習資材の消耗が激しすぎて上質の検体はなかなか回してもらえないんだよね・・」  
「いや、せっかくこんな機会だったから、うちの若い連中も喜んでたのに  
今更、やっぱり駄目ですじゃ、あまりにも可哀想だろ?」  
 
まわりの医師たちは皆、芽衣の体を物欲しそうに見ている。  
メスを持った医師など切りたくてウズウズしてるようだ。  
 
「もちろん・・代わりにそれなりの検体はご用意しますわ」  
黒田女医が答える。  
 
「ほう・・・例えばこのレベルの国産でも?」  
教授が聞き返す。  
 
「・・・どうなの、保管室にストックがある?」  
黒田女医が僕に尋ねた。  
しかし、必死に思い出してみるが現在は国産未使用で芽衣ほどの美しい検体は無い・・・。  
 
困っている僕を見て、黒田女医が教授に言う。  
「外国産じゃ駄目かしら?」  
 
「そうだなあ・・・」  
教授は腕を組んで考えてる素振りを見せるが口元は笑っている。  
「じゃあ、こうしよう・・・」  
「外国産で構わないが、これと同じレベルの未使用を2体だ」  
「それなら手を打とうじゃないか」  
この教授、顔は優しげな紳士だが本性はかなりの狸だ。  
 
黒田女医の眉がピクッと動く。  
「仕方ありませんわね・・・わかりました、それで構いませんわ」  
 
交渉が成立した。  
 
「ああ〜残念だったなぁ・・・」  
そう言ってメスを持った医師が芽衣のお腹を切っ先で軽く撫でた。  
「ホントだよ・・俺なんてここの予定だったのに・・」  
違う医師が芽衣のピンクの乳首を指で押した。  
 
「ハハ・・おいおい、もうお返しする検体だ、遊ぶんじゃない」  
「ほら・・キミ、そこを綺麗に縫合してあげなさい」  
執刀していた医師に教授が指示する。  
黒田女医との交渉を有利にまとめた為か機嫌がよさそうだ。  
 
芽衣の傷跡は見事に縫合され、薬をつけてガーゼが貼られた。  
さすがは専門だ、これなら傷跡も残らないだろう。  
 
芽衣の拘束が解かれ、開口器も外された。  
フラフラと手術台から降りる芽衣を僕が支える。  
体に書かれた赤い線はそのままだ、  
それがいかにも命拾いしたのを表している。  
 
僕は自分の白衣を脱いで芽衣にかけてやった。  
その様子を周りの医師たちは不思議そうに見ている。  
当然だろう、この施設の中で検体が衣類を身につけることはまず無い。  
まして僕のように芽衣を人間扱いするのは異色な光景に移ったに違いない。  
ただ黒田女医だけは意味ありげな表情で僕と芽衣を見つめている。  
 
しかし、今の僕にはそんな周りの目など気にならなかった。  
芽衣が助かった・・・それだけが全てだった。  
 
 
そして僕達3人はBブロックを後にした。  
 
 

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