僕が芽衣を連れて保管室に帰ってくると小間が驚いた。
そして一緒に黒田女医がいるのを見て顔が引きつっている。
「小間君・・・あなたのおかげでうちの貴重な検体は大変な損失よ」
「覚悟はできてるわね・・・?」
黒田女医は小間に言い放つ。
小間は青くなった。
そのまま小間は黒田女医に連れられて保管室から出て行ったきり戻っては来なかった。
芽衣をケージに戻し、仕方が無いので、その日の業務は僕1人でこなした。
翌日、僕が出勤すると始めて会う職員がいた。
名前を丸田、年齢は30歳くらいで典型的なガリ勉タイプに見える。
しかし不器用であまり優秀そうではない。
聞くと、小間は他のブロックへ移動となったらしい。
おそらく黒田女医による制裁だろう。
そんなことは僕にとって、もうどうでも良かった。
なによりも今日は非常に気の重い仕事が待っていたからだ。
そう、昨日Bブロックの教授と約束した2体の検体を選んで送り届けなければいけないからだ。
向こうに引き渡せば、その後どうなるかを知っている以上、気持ちの良いものではない。
並んだケージの中にいる少女たちを見て回る。
芽衣は昨日のことがよほどショックだったのだろう、今日はまだ目を覚ましてない。
僕は起こさずそのまま寝かせておくことにした。
ふと、足を止める。
僕が初めてここへ来た日に入荷した、あのロシア産の少女のケージの前だ。
美しい顔立ちと透き通るような肌の少女だ。
(このくらいのレベルの検体じゃなければ、教授は納得しないだろうな・・・)
可哀想だと思いながらも、芽衣のためには仕方が無いと自分に言い聞かせた。
ケージを開けて少女を出す。
まだ、もう1人選ばなければいけない。
そう思っていると、横から声が聞こえる。
この少女の姉だった。
自分の妹がどこかに連れて行かれるのが分かったのだろう。
言葉は分からないが必死になにか訴えている。
僕の心は決まった、この二人の姉妹にしよう・・・。
姉を外に出すと二人は手を握り締め合った。
二人の首輪に運搬用のチェーンを付ける。
丸田にその旨を伝えて僕は姉妹を連れて保管室を出た。
途中で僕は白衣のポケットからキャンディを出して姉妹に与えた。
これは今日、Bブロックへ行く少女たちに与えようとあらかじめ用意してきたのだ。
もちろん本当は規則で禁止されている。
しかし、そのくらいしてやらなれば僕の気がすまなかった。
二人はこの施設に来て初めて流動食以外のものを口にした。
よほど美味しいのだろう、すごく喜んで微笑み合いながら舐めている。
僕はたまらなく胸が痛くなった。
これ以上姉妹の顔を見てるのが辛くなり足早にBブロックへ歩いた。
Bブロックのゲートをくぐると、昨日の若い男性医師が迎えた。
「やあ、お待ちしてましたよ」 さわやかな笑顔で言う。
「どうも・・」 僕も会釈した。
「ほう・・この子達かい?」 姉妹を下から上へ眺める。
「いいねえ、これなら教授も喜ぶと思うよ」
「そうですか・・・じゃあ、僕はこれで・・」
チェーンの持ち手を医師に渡して帰ろうとする。
「おっと、待ってくれよ・・まだ居てもらわないと困るよ」
医師は僕を引き止めた。
「一応、教授の受け取り許可をもらうまではね」
「それにキミだって教授のサインを貰って帰らなきゃいけないだろ?」
そうだった受け渡し伝表のことすら忘れていた。
「あ、はあ・・わかりました」
一刻も早くこの場から逃げ出したい僕は憂鬱になった。
僕達は昨日の実習室に入る。
すでにそこには若い男女の医師たちが集まっていた。
教授はあとから遅れて来るらしい。
「お、きたきた」
「おいおい、ホントに上物だよー」
医師たちは口々に言って姉妹を取り囲んだ。
姉妹は怖がって二人で寄り添っている。
「可愛いなぁ・・ん、顔がよく似てるね、姉妹か」
男性医師が少女達の顔を覗き込みながら言う。
「肌のキメが細かいわ、やっぱり寒いところの白人は美しいわね」
妹の背中を下から指でなぞりながら若い女医が言った。
医師たちはそれぞれ好き勝手に姉妹の体を
揉んだり触ったり引っ張ってみたりしている。
まるで子供たちが人形遊びしているようだ。
少女達は恐怖を感じて体を強張らせるが、男性医師たちは両腕を掴んで拡げさせた。
「そうそう、昨日はやり損ねたけど、僕の担当部位はここなんだよね・・・」
そう言って男性医師が姉の乳首を摘む。
「ん・・・」 姉は小さく声を出した。
「ふふ・・私はここよ」
そう言って女医が妹の肛門を指でぐっと押した。
「ヒャ・・」 妹がビクッとした。
この若い医師たちは、検体を人間扱いしてないどころか、
いたぶって楽しんでいるかのようだ。
外科は患者を人とみないで物と見たほうがスムーズに執刀できると聞いたことがあるが、
それにしたって、この医師たちの態度には嫌悪感を覚えてしまう。
さっきまでキャンディを美味しそうに舐めていた可愛らしい少女達が
いまは玩具のように扱われているのが僕は辛くなった。
入り口の扉が開いて教授が入ってきた。
「やあ、お待たせ」
「お・・!早速、届いてるね」
「さすが黒田くんだ、約束きちんと守ってくれる」
教授は姉妹を見て嬉しそうに言った。
「やあ、ご苦労だったね」
僕のほうをチラッと見て声をかけてきた。
僕は軽く会釈する。
「じゃあ早速、事前検査をしてみようか」
教授と医師たちは隣の部屋へ姉妹を連れて入った。
僕も教授に合格のサインを貰わないといけないのでついて行く。
その部屋は通常の病院の診察室のようになっている。
部屋の中央にベッド型の診察台、医師用の椅子と患者用の丸椅子があり
他には体重計、身長計など、どこでも見かける器具が置いてある。
この部屋だけ見れば、どこかの一般病棟の診察室かもしくは学校の保健室にさえ見える。
「えっと・・・ロシア産か」
教授は僕から受け取った伝表を見て言った。
「おい、この中に誰か露語が話せる者はいるか?」
教授が若い医師たちに尋ねると
「はい、私が」と1人の女医が手を挙げた。
その女医は20代後半くらいで、いまどき珍しい黒ブチの牛乳瓶のようなメガネをかけている。
オカッパの髪型、一重で釣り上がった眼とのぺっとした顔はお世辞にも美人とは言い難かった。
「ああ、三木くんか・・・」
「じゃあ、ちょっとこの子達に通訳を頼むよ」
「事前検査するのに言葉が通じないと面倒だからね」
三木が姉妹に向かって露語で話しかける。
しばらく聞いていた少女達はコクンとうなずいた。
幾分、表情が軽くなったように見える。
おそらく素直に言うことを聞けば危害は与えないとでも説明したのだろう。
教授が椅子に座ると、向かいの患者用の椅子に姉を座らせる。
少女の口を開けさせ懐中電灯で診察、次に聴診器を持って胸から背中まで当てていく。
普通の病院に風邪で通院して来たかのようなごく普通の光景だ。
姉が済むと妹も同じように診察する。
今度はベッド型の診察台に姉を乗せてうつ伏せに寝かせる。
お腹のあたりを教授が掌で押して触診する。
「うん、健康的な体だ・・・腹圧もいい感じだな」
「この年代の検体は内臓に脂肪がついてなくて、まるで標本のように綺麗なんだよな」
ゾクッとするようなことを言う。
横に立っていた若い医師が少女の足の間に手を入れて開かせる。
少女の綺麗な性器があらわになった。
この少女も芽衣と同じくクリトリスの皮が切除されており小さな粒が丸見えになっている。
性器を指でぐっと開いて中を覗きこむ。
「ふむ・・・ここも美しいな」
教授の眼が卑猥な光を放つ。
次に少女を四つん這いにさせ、胸を下につけさせる。
お尻を突き出したような体制になった。
教授が手を出すと隣の医師が小型の肛門鏡を渡す。
肛門にワセリンを塗り手早く肛門鏡を刺し込む。
少女は「う・・」を声を上げて体を丸めるように動いたが
すぐに周りの医師に押さえつけられる。
教授はダイヤルを捻って小さな肛門をグイグイと開かせた。
少女は唇を噛み締めている。
懐中電灯で中を覗きこんで「うむ、やはりDブロックは管理状態が良いな・・・清潔に保たれている」と言った。
「よかろう、次の検体だ」
姉が診察台から降ろされて、妹が上げられる。
同じように次々と診察された。
「合格だよ、本当に昨日の子と同じレベルの上級品だ」
教授はそう言って伝表にサインすると僕に渡した。
三木によって姉妹の首輪が外される。
これで正式にこの子達はBブロックの持ち物となった。
僕は二つの首輪を受け取る。
手に持った首輪にはまだ少女達の温もりが残っているようだ・・・。
「どうだい、君もせっかくだから見学していくかい?」
教授が僕に話しかける。
「え・・・?」 ぼくはドキッとした。
「ああ、いい機会じゃないか、是非見ていきなよ」
若い男性医師も誘ってきた。
僕は断りきれず見学することになった。
昨日と同じ実習室、芽衣が乗せられていた手術台。
その前に姉妹がならんで立ち、周りを医師たちが囲んでいる。
僕は少し離れて後ろのほうから見ていた。
さすがにここまで来ると少女達の顔色が曇ってくる。
トレイに乗せられた手術器具を見れば無理もないだろう。
教授が眼で合図すると若い医師が妹を連れて部屋から出て行く。
妹は医師に手を引かれながら姉のほうを何度も不安げに振り返っている。
そして三木がひとりになった姉に露語で何かを話しかけた。
三木の口調は穏やかだが、少女は見る見る顔が青くなっていく。
「なにを話しているんですか・・・?」
僕は近くいた医師に尋ねた。
「ああ・・妹を助ける代わりにどんな辛いことにも耐えられるか?って訊いてるんだよ」
「こういう姉妹で来るケースは珍しいからね、
どうせならギリギリまで本人に我慢させてみるんだ」
「え・・・なんのために?」
「痛覚耐久検査とか無麻酔での呼吸法とか色々と検体にやらせたいことがあるんだけどね、
普通はパニック起こして暴れちゃうからそれどころじゃなくなるんだ」
「今回のようなケースだと妹を助けるためなら姉は頑張れるかもしれないだろ」
医師は軽い口調で言った。
なんてことだ・・・そんな恐ろしいことをあんな少女にさせるつもりか?
あまりの恐ろしさに僕は眩暈がしてきた。
少女は自分の手をギュッと握り締めて、コクンとうなずいた。
三木から聞かされた提案を承諾したのだろう。
唇は奮え、青い瞳には涙がたまっていた。
三木はニコッと笑うと少女の頭を撫でて露語で何か言った。
おそらく「いい子ね」とでも言ったのだろう・・・。
少女は恐怖でフラフラとした足取りで手術台に乗せられる。
そんな少女の様子を全く意に介さないように周りの医師たちは準備を始める。
手足を皮ベルトで拘束して、体のあちこちにセンサーを取り付ける。
そしてケーブルが何本もついた機材を転がしてくる。
ケーブルの先には長いニードルのような針がついていた。
それらを見た少女は表情が凍り付いている。
「す、すみません・・・やっぱり仕事があるので帰らせていただきます・・」
僕は耐え切れなくなり、そう言って部屋を飛び出してしまった。
頭が真っ白になり、どこをどう通って来たのか分からないが
僕は自分の職場である保管室まで帰ってきた。
手にはあの姉妹がしてきた首輪が握られている。
「もう、何やってたの?遅かったじゃないか」
1人で作業をしていた丸田がむくれた顔で言う。
「あ・・すみません・・」 僕は答える。
「まあ、いいや・・俺はこれから上に在庫報告に行かなきゃいけないから、あとは頼むよ」
そう言って丸田は保管室を出て行った。
僕は机の上に二つの首輪を置いて、椅子にどさっと腰掛けた。
まるで全身の力が抜けたような感覚だった。
あの子は今頃どうなっているんだろう・・・?
妹を助けてやるという約束は守られるのだろうか・・・?
そんなことばかりが頭の中を駆け巡った。
僕はフラッと立ち上がると芽衣のケージの前に来た。
芽衣は既に目を覚ましており、僕を見てニコッと笑う。
僕はケージの扉を開けて体を中に覗き込ませる。
白衣のポケットから朝あの姉妹にあげたのと同じキャンディを取り出すと芽衣に差し出した。
「え・・いいの・・?」 芽衣は不思議そうに言う。
「ああ、いいから食べなよ」 僕は答える。
芽衣は笑顔を浮かべてキャンディを口にした。
コロコロと口の中で転がせて「おいしい」と嬉しそうに言った。
僕はここでは無力に等しい。
しかし何があってもこの子だけは救い出そう・・・。
芽衣の顔を見つめながら、そう心に誓った。
芽衣が僕の顔を見てふと心配そうな表情を浮かべる。
「どうしたの・・?どこか痛いの・・?」
「え・・?」
気が付くと僕は涙を流していた。