第一章「六年後の『始まり』」  
 
 
 
 窓から差し込む陽光の眩しさで目が覚めた。  
体を起こしてうん、とのびをする。あの時の夢を見るなんて…今日が特別な日だからかな。  
 ベッドから抜け出してハンガーにかけてある真新しい制服を手に取った。今日から通うことになる中学校の  
制服だ。残念ながら紺色が主体の地味なセーラー服。  
「もうちょっと可愛い制服だったらなぁ」  
 なんて思わず声に出して呟いちゃってみたり。  
 パジャマを脱ぎ散らかして、まだ着け慣れてないブラを背伸び気分で着けて部屋を出る。顔を洗って歯磨きを  
して居間に入って――  
「あら、和美」  
 台所で洗い物をしていたらしい和美を発見した。  
「あ、おはよう。勇希ちゃん」  
「おはよ。今日は母さんは?」  
「今日は仕事早くからなんだって。昨日帰りに会った時に勇希ちゃんのことよろしく、って」  
 
「まったく。実の娘に予定を知らせないでなんでお隣さんには知らせるんだか…」  
 和美は「あはは」と笑って手を拭きながら尋ねて来た。  
「勇希ちゃん、朝ご飯どうする? パン? ご飯?」  
「んー、じゃあパンで。あと一品何か付けてくれる?」  
「目玉焼きとかで良い?」  
「それで」  
 答えてキッチンの椅子に座る。和美の後姿に話しかける。  
「ねぇ、和美。いい加減にその髪、何とかしなさいよ」  
「うーん、まぁ…その内ね」  
 気のない返答が返ってくる。全く、ちょっとは格好に気を使えば良いのに。  
 あたしは頬杖をつきながらはぁ、と溜息を付いて学ランにエプロンという妙ないでたちの幼馴染を眺めた。  
和美の髪は肩口まで伸びていて、その先端を短くゴムで結んでいる。お洒落で伸ばしている――のでは  
勿論ない。ただ単に切るのが面倒だから、と本人は言っている。そのせいで後ろ姿は女の子にしか見えない。  
女の子に間違われるといつも嫌そうな顔をする癖に、どうして切らないのかしら?  
 まぁ、あたしもお洒落らしいお洒落はしてないからあんまり人のことは言えないけど。  
髪、伸ばしてみようかな。楽だからってずっとショートカットだし。  
「しかし、和美…あんた、どんどん家事関連の腕上げていくわね」  
「まぁ、趣味みたいなものだし…と、はい、出来たよ」  
 
 あたしの前にトーストとカリカリに焼いたベーコンが添えられた目玉焼き、それに牛乳が置かれた。  
トーストには既にマーガリンが塗られている。  
 いただきます、と言ってかぶりつく。サクッという子気味良い音を立ててトーストを噛み切る。  
 和美の料理はますますおいしさを増している。  
 最近、いつもあたしが思うことだ。と言うか、いつもあたしの好みを悔しくなるくらいピンポイントに的中させてくる。  
初めてのあの時なんてあんな――しまった。嫌な事思い出しちゃった。あ、目玉焼きの黄身半熟だ。流石和美。  
 集中して食べると食べ終わるのにさほど時間はかからなかった。ごちそうさま、お粗末さまでした、  
といういつも通りのやりとりをした後、皿洗いだけは習慣であたしがする。放っといたら和美が全部やってくれる気は  
するけど…流石にそれは、ね。  
 さっさと片付けて戸締りをして家を出る。時間は充分以上に余裕がある。履き慣れない革靴の爪先で地面を  
とんとん、と蹴って空を見上げた。  
雲一つ無い青空!  
「晴れてよかったわね」  
「うん、折角の入学式が雨じゃあね」  
 二人で並んで歩き出す。身長はあたしの方がずっと高い。確か、和美の身長って150あるかないか――  
そのくらいだったかな? 当然、前にならえで和美はこれまで一番前だった。中学でもきっとそうじゃないかしら。  
 和美が小五だかぐらいに、もう腰に手を当てるのは飽きたよとうんざりしながら言っていたのを思い出した。  
思わず、くすくすと笑ってしまう。  
 
「勇希ちゃん、何笑ってるの?」  
「ちょっと、思い出を、ね」  
「?」  
 和美が良くわからない、という顔をする。  
「と、そうだ和美、いい加減そのちゃん付けで呼ぶのやめてよね」  
「えー…なんで?」  
「なんでって…あたし達中学生よ、ちゅうがくせい。もうそんなちゃん付けで呼び合う歳でもないし」  
 あたしは腕組みをして頷きながら言った。  
「なんて呼んだら良いの?」  
「うーん…呼び捨てとか?」  
「じゃあ…勇希」  
「…ごめん、なんかムカつくからやっぱそれなし」  
「ほら、やっぱりそうなるじゃないか」  
 なんてやり取りをしながら、あたし達は入学式、とでかでかと書かれた大きな看板がかけてある校門をくぐる。  
生徒会と記されている腕章を付けた上級生らしき人がパンフレットを配っていた。受け取って眺める。あ、クラス表がある。  
えーっと…宮間勇希、宮間勇希、宮間勇希…と、あったあった。  
「和美、あたしB組だったけど、和美は――」  
「勇希ちゃん、僕B組だったけど、勇希ちゃんは――」  
 
 一瞬の沈黙。すぐに二人で顔を見合わせて吹き出す。  
「また同じ、ね」  
「うん、これで七年連続だね――あ、幼稚園も合わせると九年かな」  
「でも、ちょっと残念かも」  
「何で?」  
「だって違うクラスだったら教科書とか忘れた時便利じゃない」  
 あたしがそう言うと、和美はむくれた顔。  
「ひどいなぁ、僕の価値は教科書と同じだなんて」  
「やーね、ウソよ。冗談冗談」  
「本当に? そういう時って勇希ちゃん本気で言ってる時あるからなぁ…」  
 その後は長い割にはためにならないお話を講堂で頂戴した後、各クラスに割り当てられ、教室に移動した。  
見回せば小学校からの馴染みの友達もいる。ようようやあやあという感じの適当な挨拶を交わした後、  
席を決めた。何と窓際の一番後ろ。これはラッキーと思っている何と、和美が隣の席になった。  
「席が隣同士になるのは初めてだね」  
「そうなのよねー、何故か」  
 そうなのだ、これでまでクラスはずっと同じだったけど席が隣同士になったことは何故かこれまで無かったのだ。  
あたしは心の中でこっそりガッツポーズを作った。これで授業で当てられて、まずい時に答えを教えてもらえるかも。  
 今日はオリエンテーション中心で、授業らしい授業は無い。まずは自己紹介から。窓際の列の前から席順に  
自己紹介だったのであたしの番はすぐに回ってきた。  
 
 まぁ、無難に。  
「西小出身の宮間勇希です。見知った人も結構いますけど、初めての人はよろしくー」  
 ちょっと間が空いて和美。結んである髪を尻尾のように揺らしながら和美が立ち上がった。  
「えっと…西小出身の島本和美です。これから一年間よろしくお願いします」  
 和美も無難だ。そういえば、あの髪セーフなのね…ギリギリだったみたいだけど。結んでるから?  
 自己紹介もとどこおり無く終了。次はオリエンテーション、つまりは学校の案内だった。体育館、プール、  
部室棟、食堂と、学校の施設を順繰りに巡った。今日は入学式だけあって、授業は一切合財無い。十一時を軽く  
回ったところで入学式の行事は終了した。  
――そして、決戦の放課後。  
 
「青春過ごすならここ! 来たれ雲中柔道部!」  
「キミの熱い想いを白球に込めて見ないか!? そんなヤツは雲中軟式野球部へ!」  
「花を一緒に愛でませんか? 希望者はグラウンド横の花壇へ。園芸部…」  
「これからの時代はアニメ・ゲームだ! 雲中現代視覚文…」  
 とてつもない熱気だ。噂には聞いていたけど、これが新入部員勧誘ね。  
中庭から校門に向かう道のスペースを一杯に使って、見るからに先輩と解る人達がクラブ紹介のチラシを手に、  
ところせましと思い思いのアピールをしながら絶叫している。中には(あれは空手部かしら)瓦を割って  
パフォーマンスをしたり、往来でラケットを使ってボールを打ち合っているような人達もいた。  
 
「なんか、迫力が…」  
 隣でたじろぎながら和美が言った。  
「確かに、すごいわね」  
 まぁ、あたしはもう入る部活は決めてるんだけど。  
「和美はどこか部に入る予定あるの?」  
あたしはがっしりと和美の肩を掴んでにっこり笑った。  
「う、うん、園芸部か家庭科部にでも入ろうかな、って…あの、勇希ちゃん肩、痛いんだけど…」  
 あたしは肩越しに親指で少し離れたとこに看板を出している部活を指差した。  
「剣道部とか、どう?」  
「僕、運動神経壊滅してるし…」  
「マネージャーがあるじゃない。じゃ、決定ね」  
 そのままあたしは和美の腕を右手で抱いて引っ張っていった。  
「ちょっ、ちょっと、勇希ちゃん! ってゆうか、勇希ちゃんは空手部じゃないの!? 昔やってたじゃない」  
「空手なんてとうの昔に辞めたこと知ってるでしょ。まったく。男なら昔のことを蒸し返したりしないの。ほら、  
観念なさい」  
「僕、剣道のこと何一つ知らないんだけど…」  
「これから覚えれば良いのよ。あたしも大して知ってるわけじゃないし」  
「そんな、無茶苦茶な…」  
 
 少しの罪悪感はあったけど、感じからして和美はそんなに嫌がっていないとあたしは思っていた。  
幼馴染の勘ってヤツで根拠はないけど。それに、あたしは和美の腕を引っ張りながらも何故か気持ちが  
うきうきしていた。  
 何でそんな気持ちが湧き上がってきてるのかな。それにしても、何であたしは和美を無理矢理誘ったんだろう?  
何でだろう。でも、何か嬉しいから、まぁいいか。  
 
 

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